なにかおかしいと思ったのは次の日だった。
昼休み、いつも通り谷口、国木田と飯を食べようと鞄から弁当を取り出すと谷口からこんな事を言われた。
 
「悪いキョン、今日は一緒に食えねえ」
「ん?なんかあるのか?」
 
「国木田と二人だけで話したいことがあるんだ」
 
そう言うので国木田の方をみると、国木田も手を顔の前にあげてごめんのポーズをとっていた。
 
「まぁ…そういうことならしゃあないか」
 
「悪いな」
 
教室の中で一人食べるのも寂しいので、部室に行って食べることにしようと部室に向かう。
多分長門がいるだろうが、まぁ飯食うぐらいは許してくれるだろうさ。
 
そんなこんなで部室に向かうと、案の定長門がいた。
 
「悪いな長門、今日はここで食べさせてもらうぞ」
 
長門はなにも言わないので了解の意を得たと思い弁当を開こうとしたら、思わずびっくりするようなことを長門が言った。
 
「今は一人で考えたいことがある」
 
まさか長門に断られてしまうとは…しかし、長門には普段から助けて貰ってるんだ。
ここで駄々をこねたら俺はただの最低野郎ということになる。
 
「そうか…。わかった、思う存分考えろ」
 
そう言って俺は部室から出た。
長門は一度も俺の方を見はしなかった。
結局俺はいつかハルヒに呼び出された階段の踊場で食べた。一人で食べるとやっぱり美味しくないな。
 
しかしたまにはこんなこともあるだろうとこの時はさして気にしていなかった。
多少いつもと違うことがあったにしろ、午後の授業もつつがなく終えさっさと部室に向かってしまったハルヒを追って俺も部室に向かう。
 
「………」
 
ドアをノックしようとしたら、なかからひそひそと声が聞こえてきた。
いったいみんなでなにを話しているのか。
やれやれ、またハルヒがよからぬことでも企んでいるんじゃないだろうな。
ノックをしてから入ると、なんと鶴屋さんに谷口と国木田までいた。
 
「ん?よぉ、お前らも来てたのか」
 
「あっあぁ…」
 
「ちょっとね…」
 
「きょっキョン君久しぶり」
 
なんか三人とも変だな。妙によそよそしい気がする。
 
「遅かったじゃないキョン」
 
「お前が速すぎるんだよ。俺は普通に歩いてきたまでだ」
 
「ふーん、あっそ。まぁいいわ」
 
なにかおかしいと思ったのはこの時だった。
みんないつも通りのはずなのに、妙によそよそしく感じる。
なぜだか、変に疎外感を感じるのだ。
みんな変に目配せしあっているし(長門はいつも通りだが)
 
まぁ、またなにか変なことでも企んでいるんだろう。
聞いてもどうせ教えちゃくれんだろうし、いつかは俺の身に降りかかるのだから結局は一緒だと思いここでもあまり気にしないようにした。
妙な疎外感を感じたまま、部活を終えみんなと帰る。
 
しかしなぜか気になって、全員と別れてからさりげなくきた道を引き返してみたら、なんと全員揃ってどこかへ向かっていった。
いったい俺一人を除け者にしてなにを企んでいるのか。
足りない頭を振り絞って考えていたら、ある一つの結論にたどり着いた。
 
「そう言えば…一週間後は俺の誕生日だ」
 
なるほどな…嬉しいことしてくれるじゃねえか。
まさか俺の誕生日をみんなで祝おうとしてくれてるとは、持つべきものはなんとやらだ。
ちょっとでもみんなを疑った自分を恥じて、後は追わず今日は帰った。
この時はまだ幸せだった。
誰よりも最高の友達に恵まれていると、そう信じていた。
 
異変に気付いたのは次の日だった。
 
「…画鋲?」
 
なんと俺の上履きの中に画鋲が置かれていた。
チャチなイタズラだ、SOS団をよく思ってない奴の仕業だろうか。
しかしみんなは何も悪くない、むしろいい奴ばかりだ。
それに俺は望んでSOS団に在籍しているのだ。こんなイタズラでやめてやるものか。
みんなには心配をかけないように、このことは言わないことにした。
どうせ度胸もない単発のイタズラだろう。
画鋲を取り除き靴を履くと
 
「ん?なんか靴の裏が粘っこいな…ガムか」
 
前言撤回、相手は度胸がないのではなく相当嫌な奴だな。
 
ガムをティッシュで取り除いてから水道でたわしでゴシゴシして履けば、なんとか普通に歩けるようになった。
まだ少し粘り気が残ってて嫌になったが。
 
少し沈んだ面持ちで教室に向かうと、国木田が心配そうに聞いてきてくれた。
 
「どうしたんだいキョン、なんか元気ないね」
 
「いや、別になんでもない。寝不足なだけだ」
 
「大方ネットで粘ってナンパしてたんだろ?」
 
「んなことするか、お前じゃあるまいし」
 
谷口の軽口も、今は気分を軽くしてくれた。
本当に友達ってのはいいもんだ。こいつらとなら一生の付き合いになってもいいな。
 
その後は変なこともなく午前の授業を終え昼休みになった。
 
「あのよ、キョン」
 
「わかってるよ、今日も無理なんだろ?」
 
「ほんとごめんね?」
「別にいいって」
 
いつかやってくる幸せに比べりゃ、今の苦労なんてちょっとしたもんだ。
部室にいっても長門がいるだろうし、今日もまた踊場でご飯を食べた。
あー、早くまたあいつらと飯を食いたいな。
その後も何事もなく午後の授業を終え、部活動を済ませて帰宅した。
やはり今日も部活に鶴屋さん谷口国木田は顔を出し、部活後みんなで集まっているようだった。
来週が楽しみだ。
 
次の日、画鋲の数が増え、紙屑が入れられていた。
 
「おいおい、相当陰険な野郎だな」
 
幸いガムは貼られていないようだ、紙屑と画鋲を取り除き上履きに履きかえると
 
「ん?なんか足先に妙な感触が…」
 
今度は上履きの中の先にガムが貼られていた。
よくもまぁこんな陰湿な手が思いつくもんだ。
相手はかなりSOS団、もしくは俺を嫌っているようだな。
ガムをひっぺはがして履き直す。
うぇ、まだちょっとヌチャヌチャしやがる。
中を洗うとさすがに履けないので我慢するしかない。
しかしみんなには言わない。
俺が気にしないようにしていれば、相手もいつかほとぼりがさめるだろう。
きつくない訳ではないが、来週のことを考えればなんとかやっていけそうだ。
努めていつもの表情で教室に向かった。
 「よっおはよ」
 
「ああ、おはよう」
 
いつもの調子で谷口が話し掛けてきた。
まさか谷口に心が救われる日が来るとは…いや、そんなこと言っちゃいけないな。
こいつも俺の最高の友人の一人だ、何より大事な仲間なんだから。
 
「今日も元気ないね、本当に大丈夫?」
 
「気にするな、最近久しぶりにやってみたゲームにはまって夜更かしが続いてるだけだ」
 
心配して聞いてきてくれる国木田も大事な友人の一人だ。
そんな友人達にイタズラされてるなんて言って心配させられるか。
 
「そうかい…あんまり夜更かししちゃだめだよ?」
 
「ああ、わかってるよ。ありがとな」
 
そこで会話を切り椅子に座る。
 
「よっ、ハルヒ」
 
「おはよ、ゲームで夜更かしなんてバカなことやめなさいよ。寝不足で倒れられて団の活動に支障をきたしたら大変なんだからね」
 
こんなことをいっちゃいるが、こいても心配してさっきの会話を聞いていたんだろう。
つくづく素直じゃないやつだが、やっぱりハルヒもいい奴だ。本当に俺は恵まれているな。
こいつらに心配をかけさせない為にも、誕生日までの数日、絶対に耐えてみせてやる。
 
次の日、上履きがゴミ箱の中に入れられていた。
においでバレたら大変なので仕方なく水で洗った。
バケツの中に足を突っ込んだと言い訳するためにズボンまで濡らした。
 
「あっはっは!バカだなお前。寝ぼけてたんじゃねえの」
 
「こら谷口、でも気をつけなよキョン」
 
今日が終われば土曜、すなわち休みだ。
そう考えればなんとか我慢できると思った。
 
しかし相手の執拗な嫌がらせはついに上履きだけじゃ足りなくなったらしい。
 
四度目の踊場での一人飯を終えた五限目、現国の教科書を開くと
 
「…なんだこれ」
 
ページいっぱいに上履きの靴跡が残されていた。
いつの間にこんなことをしたんだろうか。
そりゃ俺が飯を食いにいってる間だろうが、誰も気がつかなかったのだろうか。
いや、気がつかない筈はない。
そうなると犯人はこの教室にいてもなんらおかしくない…つまりクラスの奴ということになる。
やれやれ、まさか同じクラスの奴にこんなことされてるとはな。
腹が立つよりも少し悲しくなる。
 
とりあえず読むことに支障はなかったのでバレないように隠しながら授業を受けた。
 
次の日、今日は土曜。SOS団不思議探索の日だ。
今日こそは誰よりも早くつこうと思って早起きし準備をすませた。
集合の一時間、さぁでるかと決めた時に電話がかかってきた。
相手はハルヒ、いったいなんだろうか。
 
「今日の探索は中止よ」
 
「なに?そりゃまたなんでだ」
 
「ちょっと用事があるのよ、他のみんなにはもう言っといたから」
 
それだけ言って電話が切れた。
珍しいな、ハルヒが探索を中止するほどの用事とはなんだろうか。
 
せっかく早起きしたのにこれじゃなんだか虚しいので谷口と国木田に電話をしてみたら
 
「悪いキョン、今日は用事があるんだ」
 
「ごめんキョン、今日はちょっと野暮用があってね」
 
二人してこれだ、いったいなんの用事だろうか…と考えたとこですぐに答えがわかった。
 
「ああ…あいつら俺のプレゼントを…」
 
嬉しいもんだ、しかしそれなら昨日のうちに言っといてくれりゃいいのに。
なんかあるのかと誤解しそうだったじゃねえか。
 
せっかくの久しぶりの休みなんだと思い、土曜日曜は家族孝行に使った。
 
そして月曜、そして俺の誕生日だ。
いったいどんなプレゼントが待っているのだろうか。
期待に胸を膨らませ学校に向かった俺への最初のプレゼントは、上履きを隠されるというサプライズだった。
 
「ついに隠しやがったか…誰だよほんと」
 
ここにきて俺はようやく確信した。
相手がやってるのは生半可ないたずらじゃない、完全ないじめだ。
しかし今日は俺の誕生日、これくらいのサプライズは許そう。
しかしいい加減バレないか不安だ。
保健室でスリッパを借り教室に向かうと、案の定訊かれた。
 
「あれ、キョン上履きどうしたの?」
 
「ああ…いや久しぶりに洗おうと先週持ってかえったら今日もってくるの忘れたんだ」
 
「はは、バカだなお前」
 
なんとかごまかせたみたいだ、危ない危ない。
 
しかしおそらく上履きはもう返っちゃこないだろう。
また新しいのを買わないとな…やれやれ。
 
そして昼休み、今日で最後であるはずの踊場一人飯をしようと鞄の中を覗いたら…弁当箱がなかった。
忘れた?いや、二時限の時鞄からノートを取り出した時はちゃんとあった。
となると…さっきの休み時間トイレに行っていた間にか。
どうしようか、さすがに昼飯抜きはきついぞ。今日は財布も持ってきてないし。
途方にくれていると、谷口が近づいてきた。
 
「どうしたんだよキョン、途方にくれた顔をして」
 
「…あっああ、どうやら弁当忘れちまったみたいだ。財布も持ってきてない」
 
「…お前アホだな、しょうがねえな。弁当少しわけてやるよ」
 
「えっ…?」
 
「ほら、こっちおいでよキョン」
 
「お前ら…すまん、本当にありがとう」
 
「今度奢りな」
 
「お安いごようだ」
 
何度か言った気がするが、ほんと持つべきものはなんとやらだ。
腹は満たされなかったが、心がこんなに満たされた昼食は初めてだった。
 
そして放課後、少し遅れてこいとハルヒに言われたが待ちきれず俺はハルヒや谷口に国木田が消えてからすぐに部室に向かった。
 
やっぱりのけ者は寂しかったからな、こっちからも驚かせてやろうとドアをノックしようとした俺の耳に…信じられない言葉が聞こえてきた。
 
「いやぁまじに面白かったぜ。弁当隠したのが俺達とも知らずにありがとうだってよ」
 
「傑作、それ傑作よ谷口」
 
「毎日毎日全くごまかせてない言い訳も面白かったよ」
 
「いやぁ、ぼーっと歩いてたらバケツの中に突っ込んじまってな。おかげでズボンまでびしょ濡れだ」
 
「あはは、古泉君全然にてないですぅ」
 
まさか…まさかあのいじめの張本人が…みんなだった?
 
信じられず勢いよくドアを開き中に入った。
 
「げっキョン!」
 
「今のは嘘だよな?まさかあのいじめをやってたのはお前らじゃない…よな?」
 
みんな押し黙る。おいおい、それじゃ犯人ですって言ったものじゃねぇかよ。
 
「おい、なんか言えよ!」
 
「そうよ。だったらなに?どうだって言うのよ」
 
「なっ…」
 
やっと口を開いたハルヒの声は…否定ではなく肯定の言葉を示していた。
 
「なっなんでそんなことを…」
 
「別に、ただおもしろそうだったから」
 
「ふざけんな!じゃっじゃあ最近みんなでなにか隠してたのも…」
 
「うん、どうやってキョン君を苛めようって話だよ」
 
そんな…俺は、俺はみんなを信じて…。
 
「俺の…俺の誕生日を祝おうとしてくれてたんじゃ…」
 
「はっ?あんたの誕生日なんて知らないわよ。みんな知ってた?」
 
全員が首を横に振る、嘘だろ?じゃあ土曜日にみんなで集まってたのは…俺をはぶるためだけだったのか…。
 
「ああもういちいちうざいわね。バレたならもうあんたはSOS団を強制退部よ。代わりに谷口と国木田をいれるわ」
 
「なっ!?そんなの認められるか」
 
「うっさいわねぇ、古泉君、谷口、このうるさいゴミをどっかに連れてってよ」
 
「かしこまりました」
 
古泉と谷口に引きずられ部室を追い出される。
そのままどこかへとつれられていく。
 
「おっおい!お前らほんとに」
 
「うるせぇな」
 
腹に一発いれられ押し黙る。
そのまま体育館裏に連れて行かれた。
 
体育館裏に連れていかれた俺は、古泉と谷口によってボコボコに殴られた。
 
「がっ…ごほっ…なんで…」
 
「なんでなんでうっせぇな。前から本当は気に入らなかったんだよ。
ブサメンの癖にあんな美人三姉妹の中に居座りやがって」
 
「それは同感ですね」
 
まさか俺が信用しきっていた裏でそんなことを思われていたとは。
 
「こ…いず…み…」
 
「うーん?…別にあなたに個人的恨みはなかったんですが…ね!」
 
腹に一発蹴りをいれられた、胃液をはいた。
 
「げぇっ…だっ…たら…なん…で」
 
「涼宮さんがそう望まれたので」
 
ああ…そうだ、こいつはハルヒのイエスマンだったな。
 
それから指も動かせないくらいぼこられてようやく二人が帰った。
 
「がっ…がは…しんじて…たのにな…なかま…だって」
 
今日以来俺の日常は完全に変わってしまった。
幸せから一瞬にして二度と這い上がれない地獄に転落してしまった俺を待っていたのは…本当に地獄のような毎日だった。
 
 
第一話「幸せからの転落」 了
 
 

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最終更新:2020年07月21日 13:58