~佐々木宅にて~
 
 電話が鳴る。誰からだろう。
 
「はい、もしもし」
 
 携帯から聞こえてきた声を聞いて安心する。
 
「おう、佐々木か?」
 
 彼だ。
 
 
僕が別人だとしたら、君は一体誰の携帯に電話しているんだい?」
 
 言う必要のない文句を一つ。
 
 それを彼は、笑って返してくれる。
 
「はは。そういうなよ。社交辞令みたいなもんだろ」
 
「くつくつ。それでどうしたんだい?待ち合わせの時間まで、まだ二時間以上はあるけど?」
 
 私の声が聞きたくなったの?
 
 ……もちろんそんなことは聞けない。
 
 まだ恥ずかしい。
 
「あぁ、それなんだが……すまんが今日は行けなくなったんだ」
 
 なるべく不機嫌になったのを悟られないように言葉を返した。
 
 彼の勘はなかなかに鋭い。こと恋愛ごと以外には。
 
「……訳を聞こうか?」
 
 理由はこうだ。
 
 妹が風邪をひき、家には親がいない。
 
 そして彼はそんな妹を一人にしとくのは気が引ける、と。
 
「シスコンってわけじゃないが、休みの日に寝込んでる妹を放って遊びに行くわけにもいかんだろ」
 
 そんな妹想いな彼にまたいらない文句を。
 
「そうだね。君にしては正論だ」
 
「一言いらんぞ」
 
 だって彼は仕方ないとはいえ、私との約束を守れなかった。
 
 これくらいはいいよね?
 
「くつくつ。気をつけるよ」
 
「そういうことだ。悪いが、その、デ、デートはまた今度でいいか?」
 
「そ、そんなに恥ずかしそうに言われると、僕まで照れてしまうよ」
 
「すまんな、こればっかりは言い慣れていないからどうしようもない」
 
 彼とは付き合い始めてまだひと月と少し。
 
 長い間友達だった分、彼氏彼女の関係にはどうして慣れない。
 
「構わないよ。僕としては君とのデートも大事だけど、キョンの妹ちゃんの方が心配だし」
 
 これは本心。だって彼は優しいから。
 
「悪いな」
 
「謝ってばっかりだな」
 
 横にある枕を抱き寄せる。なぜだろ?
 
「そりゃな、穴を開けたのは俺だ」
 
「あんまり謝ってばかりだと、本当に謝ってもウソに感じてしまうよ?」
 
「それもそうだな」
 
「くつくつ。それじゃあ、妹ちゃんをお大事に」
 
「ありがとうな。またな」
 
 彼からの電話が切れる。少しは甘い内容の会話をしてほしいものだよ。
 
 でもそんなことを彼に期待するのは、本物のUMAを発見するより難しい。
 
 そんな彼を好きになってしまった自分を責めるほかない。
 
それにしても、今日の予定が無くなってしまった。
 
 二時間後に控えた三度目のデート。
 
 さて、どうしたものだろう。
 
 橘さんに連絡を取る?
 
 きっと彼女なら喜んで駆けつけてくれる。
 
 ……彼は今頃妹の面倒を見ているのかな?
 
 熱を測ってあげたり、水枕やタオルを換えてあげたり、お粥を作ってあげたり。
 
「くつくつ」
 
 そんな彼の姿を想像すると笑ってしまう。
 
 それと同時に、彼の妹に多少の嫉妬を。
 
 病人に嫉妬なんて不謹慎にも程がある。でも彼に構ってもらえるなら、甘んじてその役を代りたい。
 
 たった一週間会えないだけでこんな風に思ってしまう。
 
 付き合う前は一年も我慢したのに。
 
 でも仕方がないと思う。
 
 気持ちが通じたのだから。だからこそ、より愛しく感じる。
 
 恋愛は精神病の一種。
 
 付き合ってしまえば治ると思った症状は、まさかの大悪化。
 
 この病気の特効薬はどこで手に入るのだろう。
 
 風邪と水虫の特効薬を完成させればノーベル賞が貰えると聞いたことがある。
 
 きっと恋愛の特効薬を見つけることが出来ても、ノーベル賞が貰えるかも。
 
 !!!
 
 退屈な休日をどう過ごそうか考えていると、
 
 ここで名案が一つ浮かんだ。
 
 我ながらいいアイデアだと思う。
 
 双方にとって得のあるアイデア。
 
 まさに一石二鳥。
 
 よし、準備をしなきゃ!
 
~キョン宅にて~
 
「ケホケホ。キョンくんごめんね?」
 
 布団に寝ている妹が俺に謝ってくる。
 
 お前は熱があるんだ、仕方ないだろ?
 
「でも、きょうはデートだったんでしょ?」
 
 子供がそういうこと気にするな。いつの間にそんなにマセたんだ?
 
「えへへ」
 
 俺に出来ることなんてたかが知れているし、症状はただの風邪。
 
 まぁ、体格的にも幼い妹だ。ただの知恵熱かもな。
 
「なにか食べたいものあるか?」
 
「えっとね、アイス」
 
 予想していた答えとはいえ、まだまだ子供だな。
 
「わかったよ。ちょっとそこのコンビニ行ってくるから、おとなしく寝てるんだぞ」
 
「はーい」
 
「で、どんなのがいいんだ?」
 
「あまいのがいい」
 
 甘くないアイスがあるなら、俺は是非食べてみたいな。
 
「ちがうよー、あっまーいのがいいの」
 
 どう違うのかはイマイチ分からなかったが、妹にはすぐに戻るからとだけ伝え、コンビニに向かった。
 
「いってらっしゃーい、ケホケホ」
 
 
~コンビニにて~
 
 風邪にはなにが効くんだっけかな。
 
 ビタミンCだっけ?
 
 個人的にはとりあえずみかんのゼリーと、やっぱりポカリだよな。
 
 それと甘ーいアイスか……どれも大して変わらんだろ。
 
 バニラアイスを四つくらい買っとくか。
 
 こんなもんでいいだろ。
 
 
~キョン宅にて~
 
「キョンくんおかえりなさい」
 
 さっきより少し顔が赤い。熱がまた出てきたのかもな。
 
 冷えピタでも差し入れてやるか。
 
「ただいま。今食べるか?」
 
「う~ん、あとにする」
 
 まだ食欲は戻ってこないか。無理に食べさせるのも酷だな。
 
「そうか、じゃあ俺はリビングにいるから、腹減ったり、構ってほしくなったら呼べよ」
 
「わかったー」
 
 仕方ないとはいえ、やはり元気がない。
 
 いつもの元気な声が聞けないのは、兄にとっても寂しい限りだぞ。
 
「子機、枕元に置いとくから」
 
「ありがとー」
 
 そう妹に告げ、頭をひとなで、ふたなで。
 
 嬉しそうにする妹の笑顔を見れるだけで、少し俺も優しい気持ちになれる。……ような気がする。
 
 はは、がらにもなかったな。
 
 さて、暇になったわけだが……何をするか。
 
 部屋に戻って勉強、それは嫌だな。
 
 なら片付けでも、いやいやそれだとうるさくなるな。
 
 どうしたもんかね。
 
 そういえば俺の昼飯ってあるのか?まずは冷蔵庫チェックだな。
 
 ピンポーン。
 
 間の抜ける音だな。来客か?そんな話聞いてないんだがな。
 
 ピンポーン。
 
 分かった分かった、今出るから待ってろ。
 
「はーい、今出ますよっと」
 
 ガチャ
 
「……あれ?」
 
 おかしいな、なぜここに?
 
「や、やあ」
 
 扉の先にいたのは佐々木だった。
 
「どうしてお前がここに?」
 
 さっき頭の中に浮かんだ疑問を、本人に直接伝える。
 
「ど、どうしてって、それはその……」
 
 少し顔を赤くした佐々木が、俯き気味にぼそぼそと言う。
 
 う~ん、聞き取れん。 
 
「まあ、玄関で立ち話もなんだから上がってくれ」
 
 中途半端に開かれた扉を大きく開く。
 
 外の暖かい空気が家の中に流れ込んでくる。
 
「お邪魔します」
 
 どうぞ。
 
 パタン
 
 来た。彼の家に来た。
 
 いつぶりだろうこの家に来るのは。
 
 通されたリビングを見ると、昔からあるものがチラホラ。
 
 人の家なのに勝手に懐かしさを感じてしまう。
 
「妹の見舞いにでも来てくれたのか?」
 
 コップにオレンジジュースを持ってきてくれた彼が、それを私の前に置き聞いてきた。
 
「あ……うん」
 
 なんとも歯切れの悪い答え。自分に減点!
 
「ありがたいんだが、ただの風邪だからたいしたことないぞ」
 
「そう」
 
「悪いな、わざわざ」
 
「……」
 
 緊張して上手く喋れない。
 
 彼氏の家に遊びに行くのって、こんなに緊張するんだ。
 
「佐々木?」
 
 あまりに喋らない私を気にして話かけてくる。
 
 何か喋らなきゃ。
 
「今日はご両親がいないんだろ?」
 
「あぁ夜まで帰ってこないんだ。おかげで飯の用意もしなくちゃだ。お粥なんか作ったことがないんだけどな」
 
 つまり、これで私のアイデアが活かせる状況になったというわけだ。
 
 私が願ったから?そんなことはないはず、まだ私は不完全。
 
 完全になりたいというわけではない。
 
 いや、今はそれどころじゃない。次の言葉を言わなきゃ。
 
 
 
「も、もし、もし君さえ良かったらなんだが」
 
「なんだ?」
 
 もう一声。
 
「ぼ、僕がご飯くらい作ってあげようか?」
 
「佐々木が?」
 
 その言い方だと、私が料理出来ないみたいじゃない?
 
 ほんとにそういった心遣いは皆無なんだから。
 
「これでも多少は心得があるんだ」
 
 誇張はしない。ほんとに多少だから……
 
「いや、悪いだろ」
 
 そう返すことは想定の範囲内。だってキョンだもん。
 
「気にしなくていいよ、そもそも君のおかげで今日の予定は無くなったんだ」
 
 ここで小言を一つ。会話の主導権を握らなきゃ。
 
「耳が痛いな」
 
「くつくつ。一概に誰かのせいって訳ではないんだがね」
 
「しかしだな」
 
 彼が喋り終わる前に言葉を被せる。
 
「それに不慣れな君の料理を食べて、妹ちゃんが体調を悪化させても可哀想だろ?」
 
 我ながら、素直じゃないなぁ、とは思う。でも今の私にはこれが精一杯。
 
「ぐっ、まったくだ」
 
「そういうわけだよ。僕は暇を持て余している、君は人手がほしい。利害の一致さ」
 
 君に逢いたかった、こう言えればいいのに……
 
「いいのか?」
 
「もちろんだよ」
 
「それならお言葉に甘えさせてもらおうかな」
 
「賢明だね」
 
「すまんな」
 
「それで、キョンはお昼はどうしたんだい?」
 
「これからだ。ちなみに妹は今は食べたくないそうだ」
 
「じゃあ早速作ってあげる!」
 
 早速のチャンスに気持ちが早って、口調がおかしくなってしまった。
 
「ごちそうになろうか」
 
 よかった。あまり気に留めてはいないみたい。
 
「冷蔵庫開けさせてもらうよ」
 
「どうぞ」
 
 彼の実家で、彼のために私がお昼を作る。
 
 どうしよう。顔がにやけてしまう。
 
 これも一つの幸せの形なんだと思う。
 
 ふふ、まだ高校生なのにそんなものを感じるなんて、いささか生意気かな?
 
 ふと、何かの気配を感じる。誰かが近くにいる訳ではない、感じるのは視線。
 
 
「ん?僕の顔に何か付いてるかい?」
 
 彼の視線に気付いた私は彼を見て微笑む。
 
 どうかな、私の飛び道具は。少しは自信があるんだ。
 
 それにこんな笑顔を見せるのは君だけなんだよ?
 
「いや、なんていうんだろうな。なんかいいなぁって」
 
 強烈なカウンター。なんとかテンカウント以内に反応しなきゃ。
 
「……ま、真顔で言わないでくれないかな?」
 
 私のダメージはご覧の通り。もうフラフラ。
 
 反撃の言葉も出ない。押されれば倒れてしまいそう。
 
「正直な感想だよ」
 
 そして、放たれたフィニッシュブロー。
 
 もう決定。彼は天然の女ったらし。
 
 鏡を覗けば、まるでトマトのように顔を赤くした生き物が見れると思う。
 
 
 あまりに恥ずかしい。ちょっと話題を変えなきゃ。
 
「そ、そういえばこの間CDを買ったよね?」
 
 自分の記憶を探って一つの話題を。これなら無難かな。
 
「……あぁ、The Tel○ersか。よく覚えてたな」
 
「あの日の出来事は、そうやすやすと忘れられるようなものじゃないよ」
 
 ひと月と少し前、彼と一年ぶりに再会を果たし、彼に自分の気持ちを伝えた日。
 
 忘れられない日。
 
「そうだな」
 
 彼にとっても忘れられない日。……だと思う。
 
「せっかくだし聞かせてくれないかい?」
 
 聞かせてくれる約束をしていたしね。
 
「わかった」
 
 そう返事をした彼は、自分の部屋へと戻っていく。
 
 ふぅ、彼と二人っきりの空間は、まだちょっとキツイかな。
 
 普段より余計に意識してしまう。
 
 あれこれ考えていると彼が戻ってきた。
 
 そしてCDをDVDプレーヤーに入れる。
 
「君のオススメをとりあえず聞かせてほしいな」
 
 彼のセンスをお手並み拝見。
 
「いいぞ。そうだな……If I S○yなんてどうだ?」
 
 彼の口から出てくる英語に妙な違和感を感じる。
 
 単純に似合ってないだけだけど。なんだか背伸びしてるみたい。
 
 TVのスピーカーから優しい音が流れてくる。
 
 聞く人によっては女性の声に聞こえそうな柔らかい男性の声。
 
 軽やかなギター。自己主張が激しすぎないドラム。
 
 ふむ、彼のセンスはなかなかによろしい。
 
 そして、この歌詞。……分かっているけど、自覚は無いんだろうね。
 
「……柔らかい声だね」
 
 率直な感想を言う。
 
「悪くないだろ?」
 
「いいね。普段は洋楽なんて聞かないからとても新鮮だよ」
 
 洋楽なんて、有名どころしか知らない。
 
「俺もだよ。友達に紹介されるまで見向きもしなかった」
 
 笑いながら彼が言う。彼が言うには、その友達はすでに四百枚以上のコレクションがあるらしい。
 
 高校生のくせに随分とお金廻りがよろしいことで。
 
「ところで君はこの歌詞の意味を理解してるのかな?」
 
 答えは分かっている。だけど、一応聞いてみた。
 
 もしかしたら、ね?
 
「それが今まで洋楽を聞かなかった理由だな。さっぱりわからん」
 
 やっぱりね、日本人は勤勉なわりに英語の苦手な人が多い。
 
「君らしい理由だ。まぁ、みんなそうか」
 
 やれやれ、と彼は肩をすくめて苦笑い。その癖は変わらないね。
 
「友達にな、Sig○r Rsというバンドを紹介されたんだ」
 
「うん」
 
「音楽的には好みじゃなかったんだが、歌詞がアイスランド語と造語だと聞かされてな」
 
「それは画期的だね。そもそもアイスランド語さえ初耳だよ」
 
 果たしてアイスランド語なんて身近にあるのかな?
 
 多分聞いたことが無い。
 
「だろ?そのバンドが世界中から大絶賛されたんだと。つまり、いい音楽は歌さえ楽器なんだ、と教わったよ」
 
「言語は関係ないと?」
 
 
「歌詞に意味はあるが、それを歌う言語は関係ない、だそうだ」
 
 実に興味深い。
 
 考え方は人それぞれということだね。
 
「はは、実際同じ日本人でも歌詞カード見なきゃ、何言ってるかわからんやつらは山ほどいるからな」
 
「くつくつ。たしかにね」
 
 彼のいうことも分かる。もしかしたら今の日本人は母国語のリスニングすら危ういのかも。
 
「そういえば、佐々木は英語のリスニングは出来るのか?」
 
「人並みにはね」
 
「すごいな」
 
 猛勉強したからね、とは答えずに謙虚に答える。
 
「そんなに誇れるものじゃないさ」
 
 だってこう言ったほうが、より出来るように聞こえるでしょ?
 
 
「さっきの歌はなんて言ってたんだ?」
 
 ……それを私の口から言わせるんだね。君は。
 
「……えっと、その」
 
 ほら!口篭ってしまったじゃないか!
 
「……もしかして、卑猥な内容だったのか?すまん」
 
 そこで申し訳ない顔をされるとね。答えるしかないじゃない。
 
「ち、違うよ!その、ね、熱烈なラブソング……だった」
 
 歌詞の内容は、
 
 愛してると言ったら君にも言ってほしい、泣いていたらキスをしてほしい、死ぬ時は一緒に、お願いだらかどこにも行かないで
 
 だいたいはこんな感じ。ただの未練がましい男の言葉にも感じるけど、私にはプロポーズに感じる。
 
 だから私は後者を彼に言った。変な他意はないよ?
 
「……」
 
 そこで黙らないでほしいな、こっちだって恥ずかしいんだから。
 
「その、もし君が歌詞を理解していて、そのうえで聞かせてくれてたら、か、カッコよかった、かな?」
 
 って、何を言わせるの君は!
 
「悪い、ちょっと恥ずかしかった」
 
 それは私の台詞。耳まで熱い。
 
 いったい今日は何回赤面すればいいんだろ。
 
 これは釘を刺しとかなきゃ。
 
「まったく、もう少し勉強を頑張った方がいいんじゃないかい?」
 
「精進するよ」
 
「そうしてほしいね。それとお昼ごはん出来たよ」
 
「それはありがたい」
 
~食事後~
 
「ごちそうさま」
 
 そう言って彼は、お皿にスプーンを置く。
 
 作ったのはオムライス。これならあまり多くの食材を使わなくても出来る。あくまで人の家だから多くは使えない。
 
 ケチャップでハートを書こうと思ったのは内緒。
 
 黙って彼を見つめる。まだ感想を聞いていないからだ。
 
「ん?あぁ言ってなかったな。おいしかったよ。ついつい食べるのに夢中になってな」
 
 私の視線に気付いた彼が笑ってそう言った。
 
「くつくつ。君の口にあってよかったよ」
 
 それに私も笑顔で答える。
 
 でも、そこはキョン。次の瞬間には私の笑顔も凍りつく。
 
 
「しかしあれだな、将来お前と結婚するやつは幸せだな」
 
 ……今なんて?
 
「こんなうまい飯を毎日食べれるんだからな」
 
 さて、今のキョンの発言は二種類に取れる。
 
 一つ、その将来の相手を自分と置いての発言。
 
 二つ、お得意の鈍感、無神経。
 
 どちらにしても私の止まった時間は動かない。
 
 
「どうした?」
 
 どうしたと思う?わからないんだろうな。
 
 君って人は本当に、
 
「馬鹿」
 
「へ?」
 
 ほら、その反応だもの。……いいんだけどね、もう慣れたよ。
 
「そろそろ妹のとこにも顔を出さないとな」
 
 そう言って彼が椅子から立ち上がり、冷蔵庫の前に歩いていく。そして中から手にしたのは、冷えピタ。
 
「結構熱があるのかい?」
 
「さっき見たときは顔が真っ赤だったな」
 
 それはなかなか辛そう。
 
「こんな時期に珍らしいよ」
 
「夏風邪は馬鹿が引くっていうじゃないか、あいつもまだまだお子様だからな」
 
 それは聞き捨てならないね。ここは妹ちゃんに加勢しておこう。
 
「くつくつ。キョン、それはおかしいよ」
 
「なにがだ?」
 
 不思議そうな顔でこちらを見てくる。この小言にカウンターが出来るならしてもらおうか?
 
「その通説通りなら、この家に病人がもう一人いることになるよ」
 
「言ってくれるじゃないか」
 
「くつくつ。反論出来るかい?」
 
 今日は彼のペースにハマりまくり。ここらで挽回しないと。
 
「悔しいが出来んな。しかしだ、そんな俺を好きになったお前はほんとに物好きだな」
 
 彼の口元が意地悪く歪む。なんてやつ!
 
 認めるほかない。私は彼以上に恋愛に奥手なようだ。
 
 今も私は顔を赤くしながら、口を金魚みたいにパクパクさせてる。
 
「あっはははは、悪い悪い、冗談だ。そんなに困った顔をしないでくれないか」
 
 なんでそんなに余裕な態度なの?なんだか別人みたい。
 
 とりあえず私は俯いてから、彼のすねをトゥーキックしてやった。
 
 痛みにのたうちまわる彼を捨て置いて、妹ちゃんの部屋に向かう。
 
 コンコン
 
 ノックに返事はない。まだ寝てるようだ。
 
「お邪魔しまーす」
 
 小さな声で部屋に入る。なんだか忍び込んでるみたい。
 
 大佐、標的を発見した。これより標的を介護する。
 
 小さく寝息をたている妹ちゃんの枕元に近づく。
 
 もう温まりきっている冷えピタを剥がし額に触れてみた。
 
 まだ少し熱っぽいかな?
 
 顔に浮かんだ寝汗を濡れタオルで拭いてあげ、彼から取り上げた新しい冷えピタをつける。
 
「……ん」
 
 寝言かな?
 
 そう思っていると、うっすらと目を開けて私を見てきた。
 
「……おかあさん?」
 
 へ?どうやら寝ぼけてるみたい。
 
 ここは一つ、彼女の言葉に付き合ってあげよう。
 
「大丈夫?」
 
 声真似は出来ないからなるべく優しく声をかけた。
 
「まだ、ぼーっとするー」
 
 たしかに。表情がそう語っている。
 
「何か食べたいものある?」
 
 私の母は熱を出した時にこうやって聞いてくる。
 
 
「えっとねー、キョンくんがねー、アイスかってきてくれたのー、それがいいー」
 
 むむ、ちゃんとお兄ちゃんやっていたんだね。
 
「じゃあ今持って来るね」
 
 そう言って妹ちゃんの頭を撫でて、部屋を出ようとした。そしたら、
 
「ありがとー、おかあさん」
 
 ふふ、お母さんじゃなくてごめんね。でもそのうち本当のお姉ちゃんになるかも。……なんてね。
 
 リビングに戻ると、彼はさっき食べた食器を洗っていた。
 
「具合はどうだった?」
 
「前の様子は見てないから比べられないけど、食欲は出たみたいだよ」
 
「そうか」
 
 そう言って安心した顔をする。実に妹思いだね。
 
「なにが食べたいって?」
 
「アイス」
 
 彼は少し笑って冷蔵庫へ。そしてアイスを手にしてリビングを出た。
 
「さっきよりは具合が良さそうだ」
 
 その言葉を聞いて、少し安心した。
 
「くつくつ。良かったじゃないか」
 
「あぁ、まったくだ」
 
 彼はソファーに座るとTVを付ける。
 
 旅番組。お昼の情報バラエティー。昼ドラ。
 
 どれもこれも退屈なものばかり。
 
 それでもこの時間は悪くない。何の会話をせずともゆったりした気持ちでいられる。
 
 悪くない、悪くないよ。
 
 
 楽しいときの時間の流れというのは、あっという間だ。
 
 特に何かをしたわけじゃないけど、最近の出来事を話したり、昔話に花を咲かせたり。
 
 とても充実した時間が流れたと思う。
 
 すでに時間は夕方の五時。親には六時くらいには帰ると言ってある。
 
 そろそろおいとましないと。
 
「キョン、僕はそろそろ帰るよ」
 
「ん、……あぁ」
 
 歯切れの悪い返答。思わず聞いてしまう。
 
「どうしたんだい?」
 
 佐々木が俺に声をかけてくる。
 
 古泉の言葉が頭によぎる。
 
 本当に言うべきか分からない。
 
 でも、古泉は言っていた。
 
 佐々木もまたハルヒと同じ力があると。
 
 この一年で、俺は古泉が信用できる人物だと思っている。
 
 本当は今日のデートの帰りにでも言おうと思っていた。
 
 なんて?
 
 
 お前はおかしな力があるのか?
 
 俺の記憶をいじってないか?
 
 世の中を都合のいいようにしているのか?
 
 お前は、いわゆる神なのか?
 
 お前は……普通じゃないのか?
 
 
 こんなこと言えるわけがない!
 
 じゃあ、何も知らないフリをしてこのままいられるのか?
 
 それは無理だろ。でも、言うことでお前を傷つけたら……俺は……
 
「キョン!」
 
 佐々木の大きな声で、嫌な思考の流れから我に返った。
 
「いったいどうしたんだい?」
 
 
「いや……大丈夫だ」
 
「大丈夫なわけないだろ!顔が真っ青じゃないか!」
 
「本当だ、具合は問題ない。ただ考えごとをしてた」
 
 本当に心配そうな顔をした佐々木が、俺を覗き込んでくる。
 
 よりによって、なんでお前なんだよ。
 
「僕でよかったら相談に乗る。何でも言ってくれないか?」
 
 言うべきか。
 
 でもな、佐々木?これは俺だけの問題じゃないんだよ。
 
「僕にも……言えないことかい?」
 
 佐々木は問いに一向に答えない俺に向かって、とても寂しそうな表情をして言ってきた。
 
 頼む、そんな顔をしないでくれ。俺が泣きそうだ。
 
「キョン、泣いているの?」
 
 どうやら、佐々木の言葉通り、俺は泣いているらしい。
 
 なんて情けないんだ。
 
「分からないよ、さっきまで僕はあんなに楽しかったんだ。それを突然涙するなんて」
 
「悪い、笑っていいぞ。ちょっと感情のコントロールが出来なかっただけだ」
 
「笑えるわけないだろ!」
 
 ついに怒らせちまった。
 
「どうしたんだよ!全くもって意味不明だ!」
 
 そうだな。客観的に考えれば俺もそう思う。
 
「……先週のことだ」
 
「先週?」
 
 話そう。そして佐々木との関係をゼロに戻す。俺の余計な考えを全て話し、真っ白な状態でお前に向き合うよ。
 
 そして、また好きだって言ってやる。必ずだ。
 
 
「いや、その前に一つ確認させてくれ。お前は神をどう思う?」
 
「か……み?」
 
 その反応が俺に確信を持たせてくれる。
 
 古泉、俺は本当にこのまま続けていいのか?
 
「あぁ、神だ」
 
「ど、どうって、そ、そんなの空想の産物、だろ?」
 
「そうだな。しかし俺は、影で神と信じられている人間を一人知っているんだ。もしかするとそれは二人かも知れん」
 
「……」
 
 佐々木が無言になる。辛いよな、すまん。
 
「そいつは自分自身の力に気付いてはいないが、どうやら思ったことを何でも現実にすることが出来るみたいなんだ」
 
 俺の話は続く。佐々木は口を開こうとはせず、下を向いている。
 
「そして、そいつが望んだとおりの登場人物が周りに集まりだした。どうやら俺もその一人だったみたいだ。まぁ、イレギュラーみたいなもんだと信じたいがな」
 
 話を続けた。長門の情報統合思念体、古泉の機関、朝比奈さんの未来人としての情報。
 
 そういった情報はなるべく包み隠しながら。
 
 どれくらい話たんだろうな。
 
 しばらく話してから、俺は佐々木に聞いた。
 
 お前の顔を見れば答えは分かる。
 
 でも聞かなくちゃな。
 
「佐々木」
 
 肩がビクリと動く。
 
「なんで俺がこんな話をしたのか……分かるだろ?」
 
「……」
 
「冒頭の話に戻るぞ。俺は先週、お前がもう一人の神であると言われた」
 
 佐々木の体全体が震えている。本当にすまない。
 
「以前の俺なら、鼻で笑っておしまいだ。でもこの一年間で状況は変わったんだ」
 
「……誰だかは知らない。でも、その人の言葉を信じるのかい?」
 
 弱々しい声。こんな佐々木は初めてだ。
 
「実際は半信半疑だ。でもそいつは信用できるやつなんだよ。しかしだ。お前が違うと言うなら、俺はそれを信じる。天秤にかけるまでもない」
 
「……僕は」
 
 ここは黙って答えを待とう。
 
 佐々木を追い詰めるなんて、俺にはもう無理だ。
 
「僕は、僕は神なんかじゃない。……でもキョン。僕には力がある。君が言った不思議な力があるんだ」
 
 佐々木の目からは涙が零れている。
 
「不完全な力さ。でも言われたよ。僕の力が整えば全てが思いのままだとね」
 
 情けないことに言葉も出ない。俺には相槌をしてやるのが精一杯だ。
 
「初めはスゴイと思ったよ?でもよく考えてみてくれ。何でも出来るんだ、そんなの……人間じゃない。バケモノだよ」
 
「違う!」
 
 かろうじて声が出た。バケモノ?少なくともそれだけは間違っている。
 
「違わないさ。昔から異能の人間は決まってバケモノなんだよ」
 
 なかば諦めにも似た表情で微笑んでくる。
 
「誰かに言われたのか?」
 
「いや、ただ第三者の視点で見るとそうだろ?僕が誰々が嫌いだと強く思えば、その人は消えてしまうかもしれないんだ。そんなの普通って言えるのかい?」
 
 確かに異常なことだ。でもな、佐々木。お前はそんなやつじゃないだろ。
 
「そうかもね。でも……」
 
 
 こんなこと言わなきゃよかった。佐々木が辛い顔をするのだって分かってた。
 
 だが、それも後の祭りだ。でも俺は……
 
「別に佐々木を責めてるわけじゃない、俺がしているのは確認だ。現に俺はお前より強力な力を持つやつと一年間一緒にいたんだ」
 
 そう、古泉が言っていた。まだ佐々木の力は弱い。
 
「確認?確認したらどうなるっていうんだい?」
 
 
「現状が分からなきゃ、お前の力になれないだろうが」
 
 佐々木が不思議そうな顔をしてきた。なんだ、何か間違ったか?
 
「僕の力に?」
 
「当たり前だろ?」
 
「無理だよ。君は普通の人間なんだろ?僕の友達も言ってたよ」
 
 そうだな、普通だ。それでもな、俺はお前の彼氏なんだ。
 
 普通とか普通じゃないとか関係ない。自分の女の力になる。
 
 理由はそれで十分だろ?
 
「……不思議だよ。君はそんなことが言えるタイプの人間じゃないはずだろ?」
 
 さぁな、お前と付き合いはじめてからは世の中が変わって見えたんだ。
 
 つまり色々と価値観が変わったんだろうよ。
 
「くつくつ。……君は、僕が普通じゃなくても一緒にいてくれるのかい?」
 
 嫌いになる理由が分からんな。
 
「……」
 
 俺は気持ちを固めた。だから再度佐々木に言おうと思う。
 
「以前言ったとおりだ、俺はお前が好きだよ。この気持ちに気付かせてくれたのは、佐々木、お前だ」
 
 
 頼むよ佐々木。俺の言葉なんかで泣かないでくれ。
 
 俺は泣かせるつもりでこんなことを言ったんじゃないんだ。
 
「だって、ひっく、だって」
 
 古泉、お前は俺が鍵だって言ったよな。扉にしろ、箱にしろ、鍵がないと物は開かない。
 
 俺が鍵なら、佐々木は絶対に安全な存在だ。誓ってもいい。
 
 
 佐々木は泣きながら言葉を続けた。
 
「君に、き、嫌われると思ってた。ひっく、だから、だから絶対にばれないようにと思ってたんだ。でも、それでも君は受け入れてくれた」
 
「おいおい、俺を見くびるなよ?」
 
「そ、そうだね。ひっく。君は変に達観したところがあったから」
 
 やっと佐々木の顔にも少し笑顔が戻ってきた。やっぱりこっちの方が似合う。
 
 彼が昼間に聞かせてくれた曲。私の心境はまさに今そんな感じ。
 
 こんな私を彼は好きだと言ってくれた。ありのままの私を。
 
 だから少し行動を起こそう。
 
 今日は彼に主導権を握られ続けてる。
 
 この行動はあの歌詞の引用。でも、今はそんな気持ちだから。
 
 彼の目を見つめ、そっと目を閉じる。
 
 それだけ。いくら察しの悪い彼でも、これぐらいなら気が付くはず。
 
 私は泣いているんだ。だから、その涙を止めて?
 
 
「それじゃあ帰るよ」
 
「送っていく」
 
 彼はそう言って靴に足を通す。
 
「大丈夫さ、まだ外は明るい。それに妹ちゃんについていてあげてほしい」
 
「しかしだな」
 
「ほんとに大丈夫さ。きっと僕の知らないところに、護衛みたいな人もいるんだろうし」
 
 彼が苦そうな表情をする。けして自虐的な意味で言ったわけじゃないんだ。
 
「だから、ね?」
 
「……分かったよ、気をつけて帰れよ」
 
「もちろんさ、じゃあまた」
 
 玄関を開けて外に出る。空は夕暮れで赤く染まっている。
 
 今日は思いがけない展開だった。
 
 でも、おかげで彼との心の距離はなくなった。
 
 けして綺麗ではない空気を大きく吸う。
 
 なんだか清々しい。
 
 キョン。
 
 私が好きになったのが君で、本当によかった。
 
~To Be Continued~
 
 
 
 


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