あの日の午後。あたしは有希と映画を見に行った。
 
なんてことはないコメディ映画。
 
どうしても見たかったわけではないが、何かしらの理由をつけて有希と遊びに行きたかった。
 
もちろん有希は、いつも通りのなんともいえない反応。
 
そりゃそうよね、コメディ映画のくせに中途半端だったし。
 
面白ければ、有希は決まってこう言う。
 
ユニーク、って。
 
最近は暇さえあれば、有希を引っ張って色々出かけている。
 
動物園や遊園地、ウィンドウショッピング、今日の映画だってそう。
 
なんだかデートみたい。
 
分かってると思うけど、あたしに同性愛の趣味はないわよ?
 
 
 
一緒に行った場所は、本当はあいつに連れて行って欲しかった場所。
 
もう無理だと分かっていても望んでしまう。
 
あたしってばしつこい女よね。
 
でも胸の内くらいならいいじゃない。
 
 
もちろん有希をあいつの代わりにしているわけじゃない。
 
有希は大事な大事な親友。
 
みくるちゃんや古泉君、鶴屋さんだって大切な友達。
 
でも、今のあたしがほんとの意味で心を開けるのは、有希だけ。
 
寡黙で無表情。何を考えてるか分かるようになるまで、随分とかかったわ。
 
だけどそんな有希と一緒にいるときのあたしは、とても穏やかでいられる。
 
 
でもその日の有希は、最初から用事があったらしく、映画を見終わった後に帰ってしまった。
 
まったく、あたしを残して用事とはいい度胸ね?次はないんだから。
 
……さぁて、暇になった時間で何をしよう。
 
そういえばこの間、新しい小物屋さんが駅前の外れに出来ていた。
 
とりあえずはそこを見てくることにしよう。
 
それからのことはその後決めればいい。
 
 
でも、それは間違いだった。
 
結論から言えば、おとなしく家に帰ればよかった。
 
なぜなら、あたしが一番会いたくない人に出会ってしまった。
 
そして最低な行動を。
 
嫉妬って、本当に醜いわよね。
 
あの日の午後。私は橘さんと一緒に休日を過ごしていた。
 
「あっ!これこれ!これは佐々木さんに似合いそうですよ」
 
ぐいぐいと橘さんに手を引かれ、店先まで連行される。
 
「本当だ。確かに可愛いね。でも私に似合うかな?」
 
 
今日は朝からずっとこんな調子。
 
以前は一緒に行動することが多かった。
 
でも近頃は休みになると彼と遊びに行くことが多くなった。
 
今日は彼とは会わない、そう言った途端に連れ出され、今に至る。
 
 
 
「佐々木さんなら何でも似合うのです!」
 
褒められてるのかどうかよく分からない。
 
けど、橘さんの感性は彼に近いものがある。もちろん悪い意味で。
 
「佐々木さん!これもこれも!」
 
そう言いながら次々に品物を持ってくる。
 
私が彼ならこう言う、やれやれ。
 
 
周辺の店をあらかた回った辺りで、橘さんの携帯が鳴った。
 
「はい、橘です!」
 
元気に電話に出た橘さんの顔は、みるみると不機嫌になっていく。
 
時間にして二、三分といったところかな?通話を切り、肩をガックリと落とした橘さんは、ゆっくりとこちらを向いた。
 
「……お仕事が入りました」
 
 
橘さんの言う仕事は、私に関連したもの。内容は聞いたことがない。
 
「なんで今?」
 
「……大人の都合なんて分からないのです」
 
うわぁ、すごい落ち込みよう。さっきのテンションから比べると、軽くマイナスには到達してると思う。
 
「せっかく佐々木さんと久しぶりに遊びに来れたのにぃ」
 
「また来ようよ、ね?なんだったらお仕事終るまで待ってるよ?」
 
落ち込む橘さんを慰めるように声をかける。
 
 
私と遊びに行くのをここまで楽しみにしていてくれたのは、正直悪い気はしない。むしろ嬉しい。
 
「どれくらいかかるか分かんないんで、今日は解散したほうがいいと思います」
 
溜息混じりにそう言う。
 
「でも!また遊びに行きましょう!約束なのです!」
 
「もちろんだよ」
 
そう答えてあげると、橘さんは嬉しそうに微笑んだ。
 
その橘さんの笑顔は相変わらず眩しい。
 
名残惜しそうな橘さんの背中を見送る。
 
ぶんぶんとこちらに手を振っている。
 
周りの視線が少し痛い……
 
結局お互いの姿が見えなくなるまで、橘さんは何かしらのアピールをしていた。
 
 
今はまだ午後三時。
 
さて、どうしようかな。彼に連絡を取る?
 
ダメ。彼は今日友達と遊びに行くと言っていた。
 
彼と一緒にいるのは、私の友達でもある国木田くんと、もう一人は……よく知らない。
 
今日は家の合鍵を忘れてしまったために、夕方まで家にも帰れない。
 
……そうだ、駅の近くに新しく出来たお店に顔を出してみよう。
 
そして、せっかくだから少し装飾品を見てみよう。
 
彼の気に入ってくれそうなものがあればいいけど。
 
とはいえ相手は唐変木。そんなアピールも無駄になることだろう。
 
 
 
お店が私の視界に入ってきた。
 
可愛らしい小さな店。店構えは上々。
 
これは少しは期待していいかも。
 
中に入ると、装飾品というよりは小物が大半を占めていた。
 
しかしそれがなかなかいい。値段もお手頃。
 
これはいい発見をした。今度彼も連れてきてみよう。
 
 
小さな店だから店内も狭い。私の他にいるお客さんは三名。
 
カップルと、女の子。
 
ん?あの子どこかで見たことある。そう思っていると、その子がこちらを見た。
 
「あっ」
 
視線があった途端のこのリアクション。間違いなく向こうは私を知っている。
 
思い出さないと。こちらだけ覚えてないなんて相手に悪い。
 
あちらはあちらで、少し居心地悪そうな顔をしている。
 
ダメ。出てこない。喉まで出かかっているのに。彼女には申し訳ないが、名前を聞こう。
 
「あの、悪いんだけど、どこかで会った事あったけ?」
 
そう言うと彼女はとても困った顔をしてしまった。どうしよう。
 
「お、お互いに面識はないわ。でも、知ってるわ」
 
イマイチ分からない。
 
「えっと、デジャブ?」
 
私の言葉に彼女は首を横にふる。
 
 
「あたしは涼宮ハルヒ。あなたは……キョンの彼女よね?」
 
恐る恐る聞いてくる彼女。
 
どおりで知っているはずだった。名前を聞いてすぐに思い出した。
 
もうひとりの力を持つ少女。
 
世界を自分の思いのままに出来る、私よりも強力な力を持ち、彼が所属するSOS団なる部活の部長。
 
あれ?団長だったけ?この際どっちでもいいや。
 
それにしても何故私のことを知っているのだろう?
 
「私は佐々木。キョンに聞いたの?」
 
 
 
 
聞いた話だと彼女は自分自身の力のことを知らない。
 
それと同時に周囲の出来事も気付いていない。
 
「え?そ、そう。そんな感じよ」
 
ぎこちない笑顔を浮かべて返事をしてくる。
 
「涼宮さんってことは、キョンがお世話になってる部活の人だよね?」
 
「……そうよ」
 
もしかしたらこれはチャンスかもしれない。
 
彼女には興味があった。
 
同じ力を持った、つまり同じ境遇の人物。
 
普段は状況も立場も違うから直接は会えない。
 
以前、涼宮さんに会ってみたいと言ったら、橘さんに酷く怒られたことがあった。
 
彼女は危険だ、と。
 
でもどういう人間なのかを知るいい機会。
 
「涼宮さんはこの後予定は?」
 
「え?ないわ」
 
初対面でこんなことを言うの変だけど、お互いの取り巻きがいない今が、唯一の機会。橘さんごめんね?
 
私はダメもとで言ってみた。
 
 
「もしよかったら、そこの喫茶店で少しお茶でもしない?」
 
「あたしと?」
 
予想通りの反応。私も逆の立場だったら同じような反応をすると思う。
 
「無理にとは言わないけど」
 
「……別に構わないわ」
 
「よかった、それじゃ行きましょ?」
 
そう言って店を後にした。
 
買い物はまた後日。そのうち彼と見て回ることにしよう。
 
なんであたしはここにいるんだろう。
 
相手はいわゆる恋敵。
 
ううん。恋敵どころかすでに勝敗は決している。
 
あたしの完敗。
 
恨んでいるというわけではない。
 
ただ、羨ましい。あの人は私じゃ手に入れることの出来なかったものを手に入れている。
 
気持ちが揺れる。久しぶりに気持ちが不安定になる。
 
 
「私はアイスコーヒーで。涼宮さんは?」
 
「同じものを貰うわ」
 
おまけにここはいつも団活で使う喫茶店。複雑な気分にもなるってもんでしょ?
 
本来ならここはあたしのテリトリー。それでもなぜか居心地が悪い。
 
とっとと用件を聞いておさらばしましょ。うん、それがいい。
 
「で、何のようなの?」
 
少し口調が強かったかも。恋敵だと思ってるのはあたしだけなのに。
 
「大した事じゃないんだけど、普段部活でのキョンってどんな感じなのかな、って」
 
あたしにそれを言わせるの?そんなの本人に聞けばいいじゃない!?
 
それともなんかの嫌がらせ?ふざけないで!
 
……だめ、落ち着かなきゃ。これじゃただの八つ当たりじゃない。
 
この人は……あたしがあいつのことを好きだったなんて、知らないんだから。
 
「どんなって、いつも通りじゃない?」
 
目線を外してぶっきらぼうに答える。
 
どうしてこういう態度をとってしまうんだろう。
 
 
「そうなんだ。キョンが部活が楽しいって言ってたから、少し気になってたんだ」
 
あっそ。それは良かったわね。
 
「それにしてもあたしとは初対面でしょ?よくお茶なんかに誘えるわね?」
 
「だってキョンが入ってる部活の部長さんでしょ?悪い人だとは思えないから」
 
部長じゃなくて団長よ!……あたしはこの人とは合わない。イライラする。
 
それ以前に、あたしの前であいつの話をしないでよ!
 
 
 
佐々木さんは確かに可愛い。
 
あたしと違っておしとやかに見えるし、なにより私があいつと過ごした一年間より、ずっとずっと長い時間を過ごしている。
 
ねえ有希?あたしはどうすればいいの?
 
このままこの人のノロケ話に付き合ってあげたほうがいいの?
 
でも無理よ、そんなのピエロじゃない。
 
じゃあ言ってやればいいのかな?あたしの方があいつを、キョンを好きだって。
 
 
そんなことを言えばきっと……今あるキョンとの関係も崩れる。
 
ただでさえギリギリのバランスの上に成り立っている。次に傾くことがあれば、それは修復不可能になってしまう。
 
そもそも、あたしがキョンにちょっかい出してたのは、迷惑をかけたいからじゃない。
 
あたしを見ていて欲しいから。それだけ。
 
「涼宮さんは学校楽しい?」
 
「……あんまり」
 
 
ここ最近はずっとそう。あいつに告白してからというもの、全てがぎこちなくなってしまった。
 
そういえばなんかの本で読んだっけ。
 
友情を超えてしまった愛情は、友情に戻すのは簡単ではない。
 
完全にそんな感じ。もちろん表面ではいつも通り。
 
そうしないと有希が心配する。
 
「……佐々木さんはキョンのどこが好きなの?」
 
あたしはなにを聞いてるんだろう。相手からノロケ発言を言わせるようなことを言って。
 
ほんと、馬鹿みたい。
 
「えっと、その、私にもよく分からないの。でもあえて言うなら、一緒にいた時間が長かったぶん、離れてみたら急に気付いた」
 
何よそれ。そんなこと言われたら何も言い返せないじゃない。
 
「そんなとこかな。ほら、キョンは朴念仁だし、とりわけ容姿がいいわけじゃないでしょ?」
 
「それには同意だわ」
 
実際そうよね。変に達観したようなそぶりを見せて、でも抜けてて、優柔不断で、……あたしはそんなやつのどこが良かったんだろ?
 
「やっぱり他の人にもそう思われてたんだ。ほんと、変わんないだから」
 
「中学の時もあんな感じだったの?」
 
気付けばあたしはこの人の話に付き合っていた。
 
話を聞けば、中学時代のキョンも今と全く変わらない。あいつは体格以外で成長しているところないんじゃないの?
 
「……佐々木さんは、ほんとにあいつのことが好きなのね」
 
そう言われた佐々木さんは、顔を赤くして頷く。
 
だって、あいつの事を話している時の表情が嬉々としているもの。
 
かなわないなぁ。
 
有希、どうやらあたしの完敗で間違いないみたい。
 
 
 
でも、次に佐々木さんが言った言葉で一瞬にして空気が変わった。
 
あたしが変えてしまった。
 
佐々木さんはにこやかに言った。
 
その言葉には、嫌味も嘲笑もない。純粋な興味の言葉。
 
「涼宮さんは彼氏とか好きな人はいるの?」
 
あたしは次の瞬間、手に持った水を佐々木さんに浴びせていた。
 
佐々木さんは突然のことに呆けていた。
 
あたしも自分の行動にビックリよ。
 
でも、体が反応した。今思えば、あたしは少し泣いていたかも。
 
このときほど感情的になったことは、ここしばらくないと思う。
 
想像してみてよ。まるで昼ドラみたいな展開よ?
 
 
あたしは佐々木さんに謝ることもなく、その場を後にした。
 
あの喫茶店には行きにくくなるわね。
 
どう考えてもあたしの行動は悪いことだと思う。
 
佐々木さんは嫌味な気持ちで言ったわけじゃないのは理解している。
 
でも、あの言葉をあの人の口から言われたら……我慢が出来なかった。
 
 
驚いた。こういうかたちで水をかけられたのは、生まれて初めて。
 
私の言葉が彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
 
正直、怒るようなことを言ったとは思えない。
 
思えば彼女は、私の話を辛そうに聞いていたようにも見えた。
 
なぜ?
 
話の内容の大部分は彼のこと。
 
なら、答えは一つ。
 
……好きだったんだ。彼のことが。
 
 
 
これは迂闊だった。自分の行動、言動を思い返す。
 
最低だ。本当に最低。人の気持ちも考えずノロケ話をして、挙句の果てのあの質問。
 
今日話して分かった。
 
彼女は私と同じ特殊な力を持つとはいえ、一人の普通の女の子。
 
それを身をもって知った。
 
 
喫茶店の店員からハンドタオル借りて、服を拭く。
 
これ以上ここにいる理由はない。会計を済ませ、店外へ。
 
外に出て人通りの少ないところを歩いていると、見覚えるのある顔がこちらに走ってくる。
 
「さ、佐々木さん平気ですか!?」
 
橘さんだ。ツインテールを振り乱し、息を切らしながら私の手を握る。
 
 
「え?平気だよ?」
 
彼女には全て筒抜けだと分かっていても、つい強がりを言ってしまう。
 
「平気なわけないじゃないですか!!相手はあの涼宮ハルヒなのですよ!会うんだったらせめて、せめて一言ぐらい言って下さい!」
 
「ご、ごめんね」
 
あまりの剣幕に少しひるんでしまう。
 
 
「情報が早いね」
 
なんとなくは見張られていると思っていたけど、こうも迅速に情報が伝わっていると少々不気味でもある。
 
「佐々木さんのことなら何でも知ってますよ!」
 
そう言って控えめな胸を張る。……これは人のことは言えないか。
 
でも、あまりにも堂々とストーキング宣言するのはどうかと思う。
 
 
「あっ!服が濡れてますよ!どうしたんですか!?」
 
濡れた上着を指さして言ってくる。
 
「す、少し落ち着いて」
 
興奮した彼女は扱いづらい。
 
「すぅーーはぁーー。……はい!落ち着きましたよ!それで涼宮ハルヒと何をしてたんですか!?」
 
変わらぬテンションで言ってきた。
 
仕方なく、私は洗いざらい話した。
 
 
 
 
たまたま会って、お茶をして、話をして、怒らせて、水をかけられた。要点を抑えるとこんな感じ?
 
それを聞いて橘さんが言った言葉が、
 
「ただの逆恨みじゃないですか」
 
身も蓋もない。
 
「だってそうじゃないですか。佐々木さんは悪くないのです」
 
「……そう簡単な問題じゃな」
 
「そんなことより!」
 
私の言葉を無理矢理中断させると、彼女は言葉を続けた。
 
 
「分かっているのですか?佐々木さんは涼宮ハルヒを敵に回したのですよ?」
 
「敵って、そんな大げさな」
 
「大げさじゃないです!相手は佐々木さんが力を付けるまでの間だとしても、紛れもなく神(仮)なのですよ!」
 
詰め寄るようにそう言ってくる。話は止まらない。
 
「佐々木さんは涼宮ハルヒを怒らせたんですよ?もしかしたら、もしかしたら佐々木さん、消されちゃうかもしれないのですよ?」
 
 
そうだった。もし私のことが邪魔だと彼女が思えば、私はこの世界から消える。まるで最初からいなかったように。
 
「軽率です!軽率すぎます!」
 
「ごめん」
 
「どれだけ心配してると思ってるのですか!」
 
彼女は私の身を真剣に案じてくれている。とても嬉しい、けど……
 
「……私は涼宮さんに酷いことを言っちゃったよ」
 
そのことが自分に重くのしかかる。
 
 
 
もし自分が同じことを言われたら?
 
水をかけたかどうかは分からないけど、憤りを感じるのは間違いない。
 
そしてきっと、好きだった、ではなく、まだ好きなんだと思う。
 
でも、どうしよう。
 
私個人としては涼宮さんに謝りたい。
 
でも、彼女の性格からすると、火に油を注ぐような行為だと思う。
 
「とにかく!涼宮ハルヒとはなるべく接触しないで下さい!」
 
橘さんの目尻に涙が浮かんでいる。
 
そのあと、少し話をして橘さんと別れた。
 
今夜また電話をすると言っていた。私がこの世界にいるかの確認らしい。
 
 
 
一人になった私は考えた。
 
涼宮さんは魅力的な女の子だった。
 
私よりも彼と一緒にいる時間が長い分、浮気をするかもと思ったけど、そこは彼を信用している。
 
一度彼に相談した方がいいのだろうか。
 
でもそんなことをすれば、涼宮さんは彼と会うのが辛くなると思う。
 
我が身可愛さで彼女を傷つけたままなのはいけない。
 
しかし下手な行動、言動をすれば、私どころか世界も終ってしまう。
 
けどこのまま謝らないのは悪い。
 
ただ謝ることさえも自分達の力が邪魔してくる。
 
橘さん、これが神様の力なの?
 
この力を得ることで当たり前の人間としての行動すら制限される。
 
彼女に会ってたった一言、ごめんなさい、こう言いたいだけなのに。
 
結局私は彼に連絡を取らなかった。
 
当の彼は、遊びに行ったという証拠にと、三人で写った写メールを送ってきた。
 
そんなことしなくてもちゃんと信じてるのに。
 
そして予告どおり、日付をまたぐ少し前に橘さんから連絡がきた。
 
 
 
 
「……こんばんは……佐々木さん、ですよね?」
 
「そうだよ、橘さんは私に連絡したんじゃないの??」
 
泣きそうだった声を和ますために、軽く冗談を言う。
 
「だって、だって……」
 
そのまま泣いてしまった。
 
橘さんは私のことを神様だと言ってくるけど、こういう反応を見る限り、友達のそれだと思う。
 
このあとは泣きじゃくる橘さんをあやし続けておしまい。
 
おかげでなんだか少しだけ元気が出た。
 
 
 
後回しにしていいと言うわけじゃない。
 
でもいますぐ涼宮さんに会いに行くのはよくない。
 
だから少し時間を置いてみよう。
 
 
 
いずれ時が解決してくれる
 
 
 
映画で聞いた台詞。
 
でも、そんな考え方は絶対間違っている。
 
解決できるのはあくまで当の本人達。
 
最後は必ず自分の口から謝罪をしたい。
 
それしか私には出来ないから。
 
 
時間帯は夕方。さっきの出来事を思い出しながら足を進める。
 
フラフラと着いたところは有希のマンション。
 
まだ帰ってきているかは分からない。
 
インターホンを押して有希の部屋に繋げる。
 
 
用事があると言っていた。
 
それでも自然に足がここに向かった。
 
返事がないインターホンをもう一度押す。
 
お願い、出て……。
 
 
「……」
 
繋がると、いつも通りの無言が返ってくる。
 
「……あたしよ、上げてもらっていい?」
 
自分の声に抑揚がないのが分かる。
 
ガラス戸が開いた。電子ロックが外れたみたい。
 
エレベーターのボタンを押していつもの階へ。
 
 
エレベーターを降りると有希が目の前に立っていた。
 
「出迎えなんかいいのに」
 
有希は無言のままあたしの手を取って、自分の部屋に連れて行ってくれた。
 
部屋に入ったあたしは、無言で机に突っ伏した。
 
何も聞かずにお茶を入れてくれる有希。
 
……ありがとう。
 
 
どれくらいたっただろう。まだ数分かもしれないし、一時間経っているかもしれない。
 
あたしは突っ伏した体勢のまま有希に話し始めた。
 
「……さっきね、あいつの、キョンの彼女にあったわ」
 
有希は何も言ってこない。これはいつも通り。
 
でもあたしの言葉には必ず耳を傾けてくれている。
 
 
「もちろん偶然よ?有希と別れた後に、たまたま店先でね。そしたらお茶しないかって」
 
一つ一つ話す。いつもの喫茶店で話した内容を順番に。
 
たまに有希は、そう、と相槌をしてくる。
 
「あたしね、その話を聞いてて辛かった。でも、段々あの人のこと認めていたのよ」
 
全部本心。あたしは有希の前ではウソはつかない。まぁ、くだらないのならいくらでも言うけどね。
 
 
「この人が相手なら仕方ないかって、でもね、最後の最後に我慢が出来なかった」
 
どうしよう、涙がこぼれてくる。近頃は涙腺が脆くって困るわ。
 
「だって、こう言ったのよ!あたしに彼氏いるのって!好きな人はいるのって!あたしがこれだけ我慢して聞いてやってるのに!」
 
顔を上げ、怒鳴るように言った。全部吐き出したかった。
 
有希に怒っているわけじゃない。
 
聞いてくれるのは、言っても許してくれるのは有希しかいないから。
 
「ふざけんじゃないわよ!どの口で言ってるの!?あたしがどんな気持ちでおとなしく身を引いたと思ってるのよ!」
 
感情が溢れる。有希も呆れていると思う。
 
今あたしが言っているのはただの愚痴。それも嫉妬にかられたつまらない愚痴。
 
涙で前がグチャグチャになる。正面にいるはずの有希は歪んで見える。
 
ひと通り愚痴を言うと、スイッチが切れたようにテンションが下がった。
 
「気付いたら水をかけてたわ。もう最低。キョンにあわせる顔もないわ」
 
言いたいことを言ったあたしは、また机に突っ伏した。
 
嗚咽をあげて泣いてるわけじゃない。でも今は確かに泣いている。
 
悲しいから?辛いから?悔しいから?
 
 
分からない。泣くことで何かが変わるわけでもない。
 
でも泣いた。今はそれしか出来ないから。
 
ふと、後ろから抱きしめられた。
 
「……」
 
何も言わずに、力強く抱きしめてくる。
 
有希は優しいわね。
 
 
 
 
どれくらい泣いたかしら。たぶんここ何年かで一番泣いたと思う。
 
みっともなく目元を腫らし、鼻をすする。
 
「いつも悪いわね」
 
「いい」
 
最近は辛いことがあると、いつも有希に愚痴っている。
 
その度にあたしの傍にずっといてくれる。
 
ほんとに助かる。
 
 
冷めきったお茶を一口で飲み干す。
 
泣きすぎたせいで水分が体からだいぶ抜けた。
 
それを見た有希が、すぐに次のお茶を入れてくれる。
 
飲むたびに入れてくる。
 
ゴメン有希、さすがにもう飲めないわ。
 
 
時間も遅くなってきた。有希にお礼を言って帰ると伝えた。
 
「そう」
 
わずかに頷きながら有希がそう言う。
 
あたしはヨロヨロとその場から立ち上がる。もう体中の力が抜けきっているって感じ。
 
「また明日」
 
有希のその言葉に苦笑いで返す。
 
「えぇ。また明日」
 
 
有希の部屋を出る。外はもう暗くなりだしていた。
 
気持ちがスッとしない。
 
明日からはいつもの学校。
 
たぶん……あいつの顔をまともに見ることなんか……出来ない。
 
もしかしたら、今日のうちに佐々木さんから聞いているかもしれない。
 
そう考えると、余計に会いたくない。
 
 
家に帰り、お風呂に入る。
 
今日は食欲がない。
 
夕食を食べずに布団に入る。
 
目を瞑ると、今日のことが自然に頭によみがえる。
 
そして、あたしは思った。
 
とても馬鹿げている。
 
でもこう思ってしまった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
キョンさえいなければ……こうはならなかったのに、って。
 
 
 
 
 
 
 
~To Be Continued~
 

 
 

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最終更新:2020年03月12日 00:31