翌日
窓越しに聞こえる雨の音に起こされた俺は、予定時間より早起きしてしまったことを嘆いていた
しかし、覚めてしまったものは仕方なく、もう一度寝るのも忍びない、というかもう一度寝るほどの時間もない
…と、それは言い訳か
実際は昨日の出来事を思い出した頭の中がお花畑でチーパッパなのだ


―涼宮ハルヒと付き合うという事実

その喜びが、無尽蔵に押し寄せて実は昨夜もなかなか眠れなかった
思わず、今日の朝も早起きしてしまった、ということだ
まぁ気を取り直して、外は雨…部室か
ちゃっちゃと着替えて早めに行ってみようか
ハルヒに少しでも早く会えるかもしれない
とかそんなことを考え、心とは裏腹に降りしきる雨なんか気にも止めなかったのだが、今思えば

―雨はすべてを物語っていたのかもしれない


そして浮き浮きしながらも淡々と準備を終わらせた俺はとっとと家を出る
久しぶりに登る坂道を越え、文芸部室に到着した
部屋に入れば…なんと誰もいない、もちろんハルヒもいない。残念
大きな期待が裏切られた時というのはその分落胆も大きいもので無気力にイスに座る

しばらく何をするでもなく暇を持て余していると最初の登場人物
俺はハルヒを期待したのだが古泉だった
最大級の裏切りだ
「おはようございます、あなたが最初なんて珍しいですね」
諸事情で早起きしてな
「おやおや、遠足前の小学生みたいですね、そんなに涼宮さんにあえるのがうれしいんですか?」
昨日も会ってるだろうが、おまえはどこまで知っているんだ?
「どこまで…とは?涼宮さんと何かあったんですか?ぜひお聞かせ願いたいですね」
…しまった、つい口が滑った
気分が浮かれたいたのをいいわけにさせてくれ

「それよりも古泉、おまえはハルヒのスペシャリストじゃなかったのか?」
この言葉で話題をそらせれば御の字だ
「昨夜から妙に浮かれている、ぐらいしか僕にはわかりませんよ。それが負の感情じゃないから、こうやってあなたをいじれるんじゃないですか」
いじるとか言うな、気分が悪い
さて、どうやってごまかそうか、そんなことを考えていたのだが
「あ、おはようございますぅ」
とわが麗しの…
ハルヒと付き合うことになっても可愛いものは可愛い、そうだろ?
改めて、麗しの朝比奈さんのご登場である

「あ、そういえばキョンくんおめでとう、だよね?」
ちょっと待ってください朝比奈さん
あなたは未来人であってこの古泉のように超能力者ではないはずなのに、いや古泉も超能力で心が読めるわけではないですが、どうして俺の心を読んでしまうのです?
そんなに今の俺はわかりやすい顔をしていますか、そうですか

「いえ、そうじゃなくてこれは…」
とまで言って朝比奈さんは言葉をつまらせた
そして
「ごめんなさい、禁則事項みたいです」
と続けた
いったい何が禁則に当てはまったのか?
ハルヒと俺が付き合うのはこの時間平面上の必然だったのだろうか?
まあ、何でもいいか
朝比奈さんはこれから着替えるだろう、そう思って古泉を伴い、部屋を出ようとしたのだが、朝比奈さんに袖を捉まれる
なんだ、どういうことだ?

「キョン君ごめんなさい、ちょっとだけ…ね?」
と、首を傾けた朝比奈さんはとても可愛かった
…ハルヒに聞かれたらどうなるか、果てしなく恐怖だ
その仕草に気をとられそうになるが、朝比奈さんが時計を気にした一瞬を見逃さなかった
この感じは前にハカセ君を助けたとき…
また、前みたいなことがあるのか?
でも、未来人の直接干渉はタブーって言ってなかったですか?朝比奈さん

「あ、朝比奈さん?」
とりあえず何かを読み取ってしまった俺だが何をするのかまではわからない
中途半端な状況で俺の声は戸惑っていた
その声で俺の心境を読み取ったか、朝比奈さんは堂々と時計を見始めた
「ごめんなさい、キョン君、強制コードなの」
嗚呼、そんな潤んだ眼で上目遣いを…
「それはどういう―」
俺の言葉は途中で止められた
なんと朝比奈さんが俺に…
心の準備はいいか?
朝比奈さんが俺にキスをしてきたのである
…そこ、嫉妬していいぞ

ちょっとこんなとこハルヒにみられたら…
その時、俺は本当にこう思ったのか思わなかったのか
それほど、ぴったりのタイミングでドアが轟音をたてたのだ
「ヤッホー!み…」
轟音の先にいた人物、要するにハルヒだが
ハルヒは言葉途中で絶句していた
当然か、俺が入ってきたときにハルヒが古泉とキスしてたら俺も絶句する
やばいな、これは死んだかもしれん

美少女に
振り回されて
オチはこれ

―俺、辞世の句

なんてやってる俺の予想を裏切り…
ハルヒは目に涙を目一杯ため、駆け出して行ってしまった

しかし、あの朝比奈さん(大)の言っていた「ちゅーまでなら許す」っていうのがいやはや、規定事項だったとはね
…いや、落ち着いている場合じゃない
「ハルヒっ!!!!」
俺は走りだしていた
一番大切な人の笑顔を守るために
部室を出る時に朝比奈さんが「ウフフ、うまくいきそうです」といっていたのが聞こえた気がする


散々誰もいない学校を走り回ってやっと中庭で座り込んで雨の中泣いているハルヒをみつけた
やばい、可愛いすぎて理性が吹っ飛びそうだ
「ハルヒ!!!」
俺は無我夢中で駆け寄った
ハルヒは俺の声に気付いたのか、顔をあげると眉を釣り上げこう叫んだ
「キョンのバカッ!あっち行け!」
泣いたり怒ったり大変だなハルヒ
…と俺のせいか
しかし、あれだけのことをしたというのに頭ん中はやけに冷静だ
まぁ、それもそうか
あれは浮気ではなく事故なのだから
雨に濡れているのも原因の一つかね

「ホントは前からみくるちゃんと付き合ってて、あたしを弄んだだけなんでしょ!」
冷静な思考回路を巡らしてる間にハルヒがまくしたてていた
うーん…人間って不思議なもので、心が冷静でも体が勝手に動くことがあるんだな
ハルヒを抱き締めていた
「離せ!バカ!!」
叫びながらハルヒは俺のボディーに的確なブローを叩き込んでくる
世界を狙う気かお前は
ここで俺が保証する、難なく獲れるよ、世界
なんて言っている場合ではなく、ブラックアウトしそうになる意識をなんとか保ちながら、痛みに耐えていた
今は耐えるんだ、耐えて耐えて耐え抜けば、そのうち痛みに慣れる
だが、このままだと慣れる前にお星様が見える
仕方ない弁解を開始しようか

「ハルヒ、あれは事故なんだ」
言ってから俺はバカなことを言ったと思った
どうしたら事故であんなことになる?
「…事故?」
俺の腕の中でハルヒが涙目の上目遣いという究極のコンボで俺を見る
…って信じたのか?ハルヒは
とりあえず、続きを話させてくれるようだ
「ああ、何を思ったか、朝比奈さんが急にキスしてきたんだ、何が起きたか認識できなくてな、その瞬間にお前が入ってきた、というわけだ」
事実をありのままに語った以上、これを華麗にスルーされたら俺は言葉を失ってしまう
「…え?…なんで…みくるちゃんが…?」
それは禁則事項らしい
なので俺にわかるわけもなく、このキスが何をもたらすのか全然わからない

「さぁな、全然わからん」
古泉がいつもやるように肩をすくめてみせた
ハルヒも少し落ち着いてきたし、ちょっとぐらいユーモアを入れてもいいだろう
「…?」
謎である旨を伝えるとハルヒは考えだした
考えて出てくるのならフロイト先生もびっくりだ
しばらくハルヒはうんうんうなっていたが、なぞなぞの答えを聞いたときのような顔をして、こう話した
「なんだ、やっぱりキョンのせいじゃない」
ホワイ??なぜに??
何か俺、朝比奈さんにしたのか??
そんな疑問が顔にでていたのだろうか、ハルヒがしたり顔で続けた

「と、とにかくあんたが悪いんだから罰ゲームよ」
やれやれ、自分が悪い理由を知らないまま罰ゲームとはね
まぁ、それでハルヒの機嫌が治るならやすいものか
「何をすればいいんだ?」
できるだけ穏やかな、優しい笑顔で話し掛けた
俺だって早く仲直りしたい
「あ、あたしとキスしなさい」
顔を真っ赤にしたハルヒがそこにいた
「は?」
罰ゲームらしからぬ罰ゲームに思わず聞き返してしまった

「な、何よ、みくるちゃんとはキスしてあたしとはキスできないっていうの?」
そう言ったハルヒの顔にはいくばくかの焦燥が浮かんでいた
言っておくが俺は朝比奈さんとキスしたんじゃない
朝比奈さんにキスされたんだ
「ハルヒ、悪いが、罰ゲームは別のにしてくれ」
何で俺がこんなことを言ったかって?
すぐにわかるさ

「…え?」
ハルヒの顔に浮かんでいた焦燥が悲哀に変わる
かまわず俺は続ける
「俺は今からハルヒにキスをする、それは俺がハルヒにキスしたいからであって罰ゲームだから仕方なく、ではないんだ」
言いながらハルヒの濡れた髪を撫でる
それを聞いたハルヒは滴る雫など吹き飛ばすような太陽の笑顔になった
「キョン、そこまで言ったからには生半可なキスじゃ許せないわよ」
俺は真っすぐ俺を見据えるハルヒの瞳に吸い込まれそうだった、いや吸い込まれていた

次の瞬間には俺の口唇はハルヒの口唇と重なり合っていた
お互いの存在を確かめ合うような永い、深いキス
閉鎖空間を入れると2回目だが、お互いの気持ちが重なり合い、お互いの口唇を重ね合う、現実世界でのファーストキスだ
雨の中のキスなんてドラマティックこの上ない
そんな自分とハルヒに酔い痴れながらそっと口唇を離した
ハルヒはものたりなさそうな顔で、それでいて恥ずかしそうな顔をしていた
正直な話、俺も少し物足りないのだが、今は優先すべき事柄がある

「ハルヒ、部室に戻ろう」
そうなのだ、なんだかんだいろんなものを投げっぱなしにしてハルヒを追い掛けたからいつまでもここにいるわけにはいかない
ハルヒは不満そうな顔をしていたが、俺が手を差し出すとそれを握り黙ってついてきた
部室への道程は二人とも無言だった
だが居心地の悪さは感じない
お互いがお互いの存在を確かめるための無言なのだ
幸せいっぱいの俺たちだったが、ハルヒのまわりを彩る‘不思議’の固まり達が、そしてハルヒ自身が平穏な幸せを提供してくれるとは思えない
やれやれ、これ以上の厄介はさすがに勘弁だが、ハルヒとなら乗り越えられる気がするな

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最終更新:2020年03月12日 14:22