ハルヒと喧嘩した。


自動車免許を取った俺の運転で出かけた海。
そこで、ふとした弾みで喧嘩をした。
理由はほんのささいなことで。本当にくだらないことで意地を張り合ってしまい、後に引けなくなってしまった。
丸い水平線。白い砂浜。人の海。ぼったくり価格の焼きそば。新しく買った水着。
楽しい思い出になるはずだった海が、嫌な記憶になってしまった。
こんな風になるなんて互いに思ってなかっただろう。少なくとも俺は全く思わなかった。ハルヒだってきっとそうだ。
いつもの調子で言い合ったらそのままずるずると後戻りできないところまで行ってしまった。
今すぐ過去に戻ってやり直したい衝動に駆られるが、あまりも情けなすぎて朝比奈さんに頼むことだって出来やしない。
頼んだって叶う願いではないしな。それは痛いほどによく分かっている。


カーエアコンが効いたレンタカーの車内の俺たちは、黙りこくったままだ。
ハルヒは助手席でむっすりとふんぞり返って携帯をいじくっているし、俺は運転で忙しい。
海からの帰り客で渋滞した道路で、歩く人に追い抜かされながらレンタカーは走ったり止まったりを繰り返している。
沈むにもまだ早い太陽がじりじりと俺たちを車ごと焼きつけているのに、肌に感じる温度はひんやり冷たい。
それは決してエアコンだけが理由ではないだろう。
いつもならばなんでもないような話で盛り上がって、たまに見つめあったり。
それが今は視線を合わせようともしないし、貝にでもなったかのように口を閉じたままだ。
冷戦ってのはこんな感じなんだろうな。ハルヒの沈黙がナイフのように突き刺さる。


―――RYOKOのはっぴー☆ちゃんねる!お相手は私、RYOKOがお送りしてます。
お送りしたのは平野綾で『Super Driver』。この夏、大注目のナンバーです―――

行きに付けてそのままにしていたカーラジオだけが、陽気で軽快なお喋りを続けていた。
ちょっと色っぽい声の女性DJは、はつらつと気持ちの良いトークで車内の空気をなんとか適温に保たせている。


―――今日はとってもいいお天気で、絶好のレジャー日和よね。
車のラジオで聞いてる人も多いんじゃないかな?たった一度しかない夏なんだから、めいっぱい楽しんでね。
私も今年こそは海に行きたいなぁ。連れてってくれる彼は随時募集中よ。
「俺が連れて行ってやるよ」って男の子は、番組までメールちょうだいね。なぁんてね。―――

 

 

―――さて、それじゃこの辺りでお便りの紹介をするわよ。
ラジオネーム・はるにゃんさんからのメールです。―――

…ん?なんかどこかで聞いたような名前だな。

―――「こんにちはRYOKOさん。」
はい、こんにちは。
「私は今、彼と海に遊びにきた帰りです。」
あら羨ましいわね。
「でも、せっかく二人きりでのお出かけなのに、彼と喧嘩をしてしまいました。
普段なら絶対こんなのことで喧嘩になんかならないのに、つい売り言葉に買い言葉が出てしまいました。
彼も悪いと思いますが、私も悪いのは分かってます。
だから彼に謝りたいのですが、どうしてもその一言が言えません。
RYOKOさん、どうしたらいいいでしょう?」―――

これ…もしかして、俺たちの事じゃないのか?
なんでラジオでメールが読まれてるんだ?
あ、そういえばさっきハルヒが触っていた携帯…あれはメールを送ってたのか。

―――うーんそっか、喧嘩しちゃったのかぁー…。
まぁ、一緒に居れば意見が対立することもあるわよね。
私の友達もつい最近恋人と喧嘩しちゃって、まぁ当人達には大切な事なんだろうけど、私から見たらすっごいくだらない理由で喧嘩しててね。
その子も自分が悪いって分かってるんだけど、相手から謝ってこないと許さないって意地張っちゃって。
ちょっとはるにゃんさんと似てるかもしれないわね。
…うん、ちょっと話がずれちゃったわね。そうね、どうしたらいいでしょう?って事よね。
簡単よ。謝っちゃえばいいのよ。
謝らないで後悔するより、謝って後悔したほうがいいじゃない?
大丈夫よ、はるにゃんさんが仲直りしたいと思っているように、きっと彼も同じように思ってるから。
だからほんのちょっとだけ勇気を出してみて。応援してるからね。
そして、彼の方もね。
あなたもちょっとだけ勇気を出してみて。女の子を困らせるのはカッコよくないぞ?
お互いに「ごめんなさい」って謝って、許しあえたらそれでいいのよ。―――

DJの言葉が、まるで乾いた大地を潤す水のように心に沁みる。
言ってることは割と普通なんだが、なんだかすごく説得力がある。

―――あら、ちょっと真面目モードになっちゃったわね。
学級委員長だった学生の頃を思い出しちゃったわ。よく女の子の相談に乗ってあげたりして。
これでも恋のキューピット役なんかをしたこともあったのよ。自分の恋は矢を外してばかりなのに。
んー、じゃあ、ここで一曲かけちゃいましょうか!大盤振る舞いしちゃいましょ。
はるにゃんさん、リクエストかけるから頑張ってね。―――


そうして流れてきた曲は、以前に俺が好きだとハルヒに話した曲で。
少し切ないが爽やかな、今の季節にぴったりな曲だった。

 

 

「………………なぁ、ハルヒ」
ハルヒの返事はない。
「あのな………………悪かった。すまん」
返事はやっぱりない。
沈黙の車内にラジオが静かに流れる。

「なんであんたが先に謝るのよ…」
曲もそろそろ終わる頃に返ってきた言葉は随分乱暴な物言いだったが、いつものハルヒからは比べ物にならないくらい弱々しかった。
「ごめんなさい。あたしも悪かったわ」
消えてしまいそうな声で、ハルヒの謝罪は続く。
「ダメよねあたし、いくつになっても変わらない。人を傷つけるような事ばかり言って…やんなっちゃう」
「俺だって成長してないよ。おあいこだ」
ハルヒの物言いがきついのは十二分に分かってるははずなのに、それに噛み付いてしまった。
もっと俺が大人だったら、さらっと暴言も受け流せて、ハルヒとこんなつまらない喧嘩をすることもなかったのだろう。
そう思うと自分の餓鬼っぷりに嫌気が差す。
「…ふふっ」
「なんだよ。何がおかしいんだよ」
「キョンは変わったわよ。大人になった」
はぁ?どの辺りがだ?
「うーん、うまく言えないんだけど…成長してるわよ」
「それだったらハルヒだって変わったよ」
「どこが?」
え、それは…なんとも説明が難しいな。でも、変わったよ。
「なによそれ、具体例を示さないで相手を納得させられると思ってるの?」
その言葉、お前にそっくり返してやるよ。
「ん、まぁそうね」
…なんなんだかなぁ、すっかり元通りだな。
「あんなに喧嘩してたのが嘘みたいね」
「ほんとにな」
馬鹿みたいな理由で始まった喧嘩だ。決着も馬鹿みたいにあっさりしてても…まぁ、良いよな?


ラジオはとっくに音楽も終わり、DJは次のメールを爽やかに読み上げてトークを展開していた。

DJ・RYOKOさん、ありがとうございました。
あなたがハルヒのメールを読んでくれなかったら、俺達はこのまま喧嘩別れしてたかもしれません。
勇気を分けてもらいました。背中を押してくれて、ありがとうございました。

―――それではラジオネーム・いっちゃんさんからのリクエストです。
これも夏のドライブにぴったりな曲ね。運転に注意しながらじっくり聞いてよ?
GLAYで『summer FM』―――

相変わらず道路は渋滞で、ちっとも前に進みやしないけど。
俺達はほんの少し、いや、たくさん前に進めたような気がしていた。

 

 


|