「キョン、なにそれ」
 
「ん、あぁこれか?」
 
騒々しく部室の扉を開いたハルヒは、俺のいじっていたカメラに食いついた。
 
なんでも、親父が学生の頃に少ない小遣いと
何年分かのお年玉を費やして買ったカメラで、この間物置を
整理していたときに発掘された物で、親父は今デジタル一眼とか
いうのを買ったらしくて今は使わないというから、俺は別に要りはしないけど、
くれと言ったらやると言うのでもらったんだ。
 
「へー、いいやつなの?売ったらいくらくらいになるかしら。
高く売れたらなんかおごりなさいよ」
 
「知らん。というか売る前提で話をするなよ」
 
「別に要らなかったんじゃないの?」
 
「だからと言って親の思い出の品をうっぱらう訳にもいかないだろう」
 
「そんなもんかしら。
でもまぁ、売らないにしてもどのくらいの価値になるかは知りたいじゃない」
 
そりゃそうだ。
だが生憎と俺はカメラには明るくない。
だから誰か詳しいやつはいないかなと思って持ってきたんだ。
 
「ふーん」
 
「興味なしか」
 
「だって私も詳しくないもの」
 
まぁそうだろうな。
ハルヒにカメラの知識なんてハナから期待などしてなかったし。
 
カメラを覗いてみる。
筒?かな、レンズのところの筒を回すと、ピントが前後する。
 
 
「使えるの?」
 
「らしい。フィルムも入ってるそうだ」
これがピントで、これが明るさ。
デジタルなら一瞬でピントが合うのにな。なかなか時間がかかる。
慣れたらもっと手早くできるんだろうか。
 
「なぁハルヒ」
 
「なに?」
 
ハルヒが、ふんわりと振り返る。
シャッターを押すと、カシャリと軽い音がした。
 
カメラが手の中で小さく振動する。
 
「あ!なに勝手に撮ってんのよ!」
 
「いいじゃないか減るもんじゃなし」
 
「減るわよ!」
 
なんて超常理論だ。
フィルムにおさまるたびにお前は薄く削り取られるのか?
 
「今すぐ消しなさい!」
 
「デジタルじゃないから無理だって、そんなの」
 
「そうよ、フィルムを日光にさらせば消えるのよね!」
 
「あっ、こら!よせ壊れる!」
 
カシャリ。
 
「また!撮ってんじゃないわよ!」
 
「知らん!」
 
「おや、なにをしてるんです?」
 
 
いつの間にか古泉が部室に来ていた。
 
「おぉ、ちょっと見てもらいたいものがあるんだ」
 
「この夫婦漫才みたいな取っ組み合いの事ですか?」
おーなんとでも言え。もう慣れたよそういうのは。
 
「…うーん、すいません。ちょっとわからないですね」
 
「そうか。いや、気にしなくていい」
 
古泉はこの古めかしいカメラが気に入ったらしく、いろんな角度から眺めていた。
 
「これ、フィルム入ってるんですね」
 
「お、なんでわかった?」
 
「透視ね!?」
 
古泉は肩をすくめた。
 
「残念ながら違います。
ほら、ここに小さい窓みたいなところがあるんですよ
そこからフィルムの有無がわかったんです」
 
「おー本当だ」
 
「…撮ってみても?」
 
普段見たことないような、子供みたいな顔で聞いてくる。
断る理由もなく、首肯する。
 
「しのびねぇな」
 
「構わんよ」
 
「あ、それ知ってる!誰だっけ?」
 
古泉がファインダー(覗くところをそう呼ぶらしい)を覗く。
 
へぇ、だのなるほど、だの言いながら、レンズの先を部屋中に向ける。
 
こいつがやるとなかなか絵になるな。
 
「旅行代理店のネタもいいけど、俺は
あの旅館のネタが一番よかったかな」
 
「決勝でまたスタイルを変えるのはすごいとは思うけどね。
オードリーも準決勝とは変えたじゃない?」
 
「そういえばそうだな。選挙演説ネタか……ん?」
 
なんとなく視線が気になって古泉の方を見ると、
カメラを構えてこっちを見ていた。
 
「ちょっと、モデルになってくれませんか?」
 
「俺は嫌だぞ」
 
「誰もあんたなんて言ってないじゃない。自意識過剰」
 
うるさい笑うな。
 
「せっかくなのでお二人とも。さ、並んで立って」
 
「え、私とキョン!?」
 
「えぇ、是非」
 
とたんにまごつくハルヒ。そんなに嫌か。
 
「いや、ってわけじゃないけど…」
 
 
「で、どこに立てばいい?」
 
「そうですね。逆光になるといけないですし、黒板を背にして窓際で」
 
「えぇっ、撮るの!?あんた嫌って言ったじゃない!」
 
二人でなら別だ。犠牲者は多いほどいい。
 
めったにない古泉の頼みだ、きいてやろうじゃないか。
 
「…わかった」
 
「どうだ古泉」
 
「ちょっと待ってください、なかなかピントが合わなくて」
 
「ねぇ、早くしてよ」
 
「んー、お二人とも、もう少し寄ってもらえますか?
フレームにおさまらなくて」
 
悪戦苦闘する古泉。
興味があったとは言っても、使うのがはじめてならこんなもんなのだろうか。
 
「…あっ、すいませんまたいきすぎました」
 
いや、不器用にも程があるな。
 
「今度こそ合いました!撮りますよー」
 
「ごめっ、ちょっとタンマ!」
 
ハルヒは前髪を押さえながら、
「寝癖で一ヶ所はねてるから、ちょっと直してくるわね!」
 
そういって、慌ただしく部室から出ていった。
 
そんなに髪はねてたか?
 
「なんだ、せっかく準備できたところだってのに」
 
「…ふふっ、あなたも顔真っ赤でしたよ」
 
「ん、なんだって?」
 
「いえ、何でも。僕には向いてなかったみたいです」
 
古泉はカメラを諦めて、返してよこした。
フィルムは巻いたままだった。
 
 
「なぁ古泉」
 
「なんでしょう」
 
カシャリ。
 
「…不意打ちとは人が悪いですね」
 
「まぁいいじゃないか。記念だ、記念」
 
何の記念かは知らないが。
 
「……遅れて申し訳ない」
「今、すごい速さで涼宮さんが出てきましたけど、
なにかあったんですかぁ?」
 
ハルヒのすっ飛んでいった方向をチラチラ見つつ、朝比奈さんと長門が入場。
この二人の組み合わせってのはまた珍しい。
 
「いえ、特に何もありませんよ。なぁ」
 
「ええ」
 
「………それは?」
 
「ん、これか?」
 
長門も、このアナログでアナクロな機械に興味を持ったらしい。
 
 
ハルヒや古泉にしたような説明を手短にする。
その間、ずっとファインダーを覗いていた。
 
「気に入ったのか?」
 
「……わりと」
 
ふむ。
 
やっぱり何かに熱中してる長門の表情はいい。
目がキラキラしてて。
 
「長門、カメラちょっといいか?」
 
「………わかった」
 
残念そうな顔をするなよ。後ろめたい。
 
渡されたカメラのフィルムを巻いて、長門に返す。
 
「ほら、あとはここを押すだけだ。好きなもん撮っていいぞ」
 
「……」
 
コクリと、小さくうなずく。
喜んでくれて何よりだ。
 
 
カシャリ。
 
 
長門はいつものパイプ椅子に座って、そこから俺たちを撮った。
油断していた俺が、あくびをしたタイミングで。
 
 
「不意打ちとはな」
 
「さっき貴方もやったじゃな
 
カシャリ。
 
 
それぞれ二度目の不意打ちをくらって、俺も古泉も吹き出した。
 
「私も、撮らせてもらっていいですか?」
 
「どうぞ」
 
そう言えば朝比奈さんは普段から撮られてばかりなんだよな。
撮るのは専ら俺の仕事だ。
 
渡されたカメラを拳銃を構えるような表情で持ち、部屋中を見渡す。
 
 
その表情をこそ、俺はカメラにおさめたいです。
 
「えいっ!」
 
 
カシャリ。
 
 
散々迷ったあげく、朝比奈さんは俺ら一人一人のスナップを撮った。
 
 
「あとは涼宮さんですね」
「おや、もう一人忘れてません」
 
「……あなたがまだ」
 
「えっ」
 
うろたえたり照れたりする朝比奈さんをなだめて、
黒板の前に立たせる。
 
何度もハルヒに変な写真撮られているから慣れているかと思ったが、
全然そんなことはなく、カチコチに固まったままだ。
 
「ほら、朝比奈さん、笑って笑って」
 
「わ、笑ってますよぉ…」
 
「おや、何をしてるんですか?」
 
「……落書き」
 
朝比奈さんの背後の黒板に、うさぎの耳や羽なんかの絵を描いている。
 
なるほど、そういうことか。
 
「朝比奈さん、いい写真が撮れそうです」
 
「ふぇ、それってどういう…?」
 
カシャリ。
 
 
朝比奈さんが長門の落書きに気付いたのは写真を撮り終えてからだった。
 
 
「結構撮ったな」
 
「そうですね」
 
朝比奈さんの逆襲を受けた俺たちが同じように変な写真を撮られたり、
なかなかうまくピントが合わせられない古泉の練習をしていたりしたら、
フィルムは残りわずかになった。
 
ドアがもう限界だと叫ぶような音をたてて、
我らが団長が再び参上する。
 
「やっほー!みんな揃ってるわね!」
 
「えいっ!」
 
カシャリ。
 
「あーっ!みくるちゃん何撮ってんのよ!」
 
「いいじゃないですかぁ」
 
「……ちょっと、こっちへ」
 
「有希、なんか嫌な予感がするんだけど、
なにその落書きは」
 
ちなみに猫の耳としっぽ、「ご主人様(はーと)」という吹き出しである。
 
「……おとなしく従うべき」
 
「ゆ、有希?」
 
「ハルヒ、ちなみにお前以外は全員撮ったぞ」
 
この一言がきいたのか、ハルヒは顔を赤くしながらも落書きの中におさまった。
 
カシャリ。
 
「いい絵だな」
 
「同感ですね」
 
「………いい」
 
「可愛いです」
 
「ああああああああもうっ!!次は私ね!!
すっごい恥ずかしいの撮ってやるから!!」
 
耳まで真っ赤にして意気込む。だが残念なことに、フィルムはあと一枚だ。
誠に残念だ。
 
「なんですって!
じゃあキョンだけでもいいわ!ものすっごい恥態を公衆の面前でポロンと……っ!!」
 
断る、絶対に。
 
「せっかくだし、全員で集合写真でも撮らないか?ちょうどあと一枚なんだし」
 
「僕もそれに賛成です」
 
「むー、仕方ないわね。
じゃあキョンの恥態は次回にしといてあげるわ!!」
それは決定なのか。
 
「でも、それだと誰かにシャッターを頼まないといけないですよね……?」
 
そこは心配ない。
このカメラにはどうやらタイマーが
ちゃんとついているというのだ。
 
「古いんだか新しいんだかよくわからなくなるわね」
 
「じゃあ並んでくれ。
セットしたら俺も入るから」
 
「これで全員入りますか?」
 
「……もっと詰める?」
 
「あー、男二人後ろ、女三人が前に並んだ方がいいかな。そう、よし、大丈夫だ」
 
タイマーを仕掛けてシャッターを押すと、ジーッとゼンマイの音がする。
 
「キョン、早く!」
 
「急かすな」
 
駆け足で古泉の横に並ぶ。
前には朝比奈さんと長門とハルヒ。
こう並んでみたら、けっこう身長差あるんだな。
 
「あ、掛け声どうしよう!」
ハルヒが早口で叫ぶ。
 
「ハイチーズ、でいいんじゃないか?」
 
「良くない!」
 
「でも時間ないぞ」
 
「えっ、あっ!」
 
ジーッ ……………ッ。
 
「あれぇ?」
 
「シャッター、降りてませんよね?」
 
「………故障?」
 
まぁ古いものだしないでもないか。
 
「ちょっと見てみる」
 
接触が甘いのか、それともタイマーが機能していないのか。
 
 
 
……ジッ、カシャリ。
 
「えっ!」
 
「まさか、これは……」
 
「…………素晴らしいタイミング」
 
「こら!ハルヒ!笑うな!笑うな!」
 
家に帰ると、両親はカメラと一緒に発掘されたアルバムを二人して眺めていた。
 
「父さん、後でフィルムの出し方教えてくれ」
 
「お、一日で全部使ったのか。やる気満々だな」
 
父さんは嬉しそうに言う。
 
「物置の中で錆びさせるよりは、誰かに使ってもらった方がそいつも嬉しいだろう」
 
そんなもんか。
しかしこいつのアナログ加減には少々疲れた。
 
「写真、始める気になったりしないか?」
 
「さぁ」
 
父さんは別のアルバムを手に取りながら言う。
 
「今は別になんともないと思っていてもな、
後で振り返るとなかなかいいもんだぞ?」
 
「へぇ」
 
親父は最近年寄臭くなったと思う。
よく昔の話をするようになった。
 
母さんとの馴れ初めや、高校の時の部活の話。
俺からしたらとてもどうでもいい話。
もう一度、カメラを手に取ってみる。
 
親父がじいちゃんからもらったと言う骨董品。
歴史と言うか、古さがなんともいえない
重い雰囲気を醸し出している。
 
親父と母さんは、まだ飽きずにアルバムを見ている。
 
「ねぇキョン、ほらこれ、
あなたが部室にカメラ持ってきたときの写真」
 
 
「ヘッタクソだなぁ、それに変な顔だ」
 
 
「あなたが急に撮るからよ」
 
 
 
 
 
おわる
 
 


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