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 ブ・イン・エー戦死に続いて教皇戦死の報が戦場を駆け巡ると、コンピケン連合軍将兵の戦意は跡形もなく消え去っていた。自然と砲火の応酬は止み、次々に艦の機関を停止して降伏していった。戦争を!勝利を!と呼号する総司令官が消滅したからには、圧倒的不利になった状況下で得ることの叶わない勝利を求める理由はどこにもなかった。
十一月三十日五時十一分、コンピケン連合軍の残存部隊をまとめたブ・イン・ビーが、全軍を代表してSOS帝国軍に降伏を申し出た。本国には名のある指導者や提督は存在せず、織的な抵抗はほぼ不可能なため、事実上のコンピケン連合の敗北宣言である。
ハルヒは即座に降伏を受理すると同時に、SOS帝国の勝利を宣言した。帝国軍の全艦艇で歓喜と興奮の活火山が爆発し、勝利の雄たけびと音階を無視した歌声が響き続けた。一時は不利かと思われたものの帝国軍の全将兵が信奉する英雄は辛くも勝利して、彼らは無事に生き残ることが出来たのだ。
宣言は直ちに銀河中を駆け巡り、SOS帝国の五つの星系では戦場での歓喜がスケールアップして再現された。どの惑星でも人々は家を飛び出して所かまわず感情を爆発させ、飲食店では料理と酒が無料で振舞われ、テレビ局は自分達の指導者の偉大さを称える報道特集を流し続けた。星系の指導者達やツルヤ財閥の関係者も胸をなでおろしていた。彼らは賭けに勝ち、自分達の判断が正しかったことがひとまず証明されたのだ。
生者にはどのような形であれ未来が待っている。これは死者にはない特権だった。ブ・イン・ビーは兄の死を聞いたとき、悲しみよりも先に安堵と羨望が心を占有していた。彼自身も驚いたが、逆に納得もいった。強力で有能な敵と双方全力を尽くして戦い敗死したことは、武人としての王道を突き進み、それに誇りを持って生きてきた兄にとって申し分のない死に方ではないか。
それでも、オキタを脱出してきたダラヴィ参謀長から遺言を伝えられると、ブ・イン・ビーは堪えきれず十五年ぶりに涙腺の機能を全開にし、嗚咽をたむけの言葉にして最愛の兄の冥福を祈った。彼は一ヶ月間喪に服して心情を整理すると、亡き兄のアドバイスに従ってSOS帝国軍の門を叩き、実践経験を豊富に持つ貴重な提督として帝国軍の一翼を担っていくことになる。
アサクラ分艦隊旗艦トリスタンでは勝利に酔いしれる乗員の海を、ただ一人だけ沈痛な表情をした艦長が司令官に向かって泳いでいた。
「あら、浮かない顔をしちゃって、どうしたの?」
「それが……戦闘中に本艦から敵に向けて通信が発信された形跡があります。司令室のコンピューターから味方の位置情報も抜き取られていまして、どうもこの艦に内通者がいると思われます」
艦長は重要な部分を言わなかった。味方の位置に関する情報が抜き取られたコンピューターは高級士官のみが使用を許可されたもので、通信が発せられた時間にそのコンピューターを使える場所にいたのは目の前にいる人物を含めて数人しかいない。アサクラは自身が疑われることを承知しているはずだった。
「困ったわね。せっかくの勝利に水を差すようで嫌だし、内通者がいたなんて恥ずかしいし……そうね、この件はナガトさんには黙っておいてくれない?その代わり、わたし直属の部下に内緒で処理させてちゃうから」
艦長は沈痛な表情を崩さなかったが、内心ではたじろいでいた。前々から底が知れない女性だと感じていたが、内通者であることを疑っている人物の眼前で、堂々と隠蔽工作をほのめかす話をするとは!よっぽど豪胆な性格なのか、それとも単に鈍感なだけなのか。彼は判断できなかった。
「……それは司令官としての命令ですか?」
「んーん、わたしにはそんな権限ないわよ。内通者なんて諜報戦の専門家である情報管理局に丸投げしちゃった方がずっと効率的だし。だからね、これは一人の女の子としてのお願いよ。素敵な艦長さんは聞いてくれるかしら」
無意識の内にうなずいた後、艦長は背信行為の片棒を担いでしまったかもしれないことに気づいた。
「ふふっ、ありがとね」
アサクラはそう微笑むと、ようにきびすを返して女性兵が会話の華を咲かせている輪に戻っていった。艦長は呆気にとられつつも、何事もなかったように談笑する司令官に感服していた。獅子身中の虫となるか、それよりもさらに異質な存在となるか。ナガトの右腕が向かう先は未だあやふやなままである。
ヒール・アジス・サウド中尉はブリュンヒルト内の廊下で血を吐いて倒れているところを、メイ・ユンファ中尉によって発見された。ブリュンヒルトへはナガトに付いてきたのだが、別行動をとったため緊張を解いた瞬間、胃に開いた穴から出血が始まってしまったのだ。すぐさま医務室へ収容されたサウドは更迭されるかに思われたが、本人が辞めるつもりはないと主張し、ナガトもそれを許可したため留任することになった。
射手座の会戦においてSOS帝国軍で最大の犠牲を払い、自らも三度旗艦を変えながら不退転の決意をもって戦ったモリは、皇帝ハルヒから褒め称えられいくつかの勲章と新しい旗艦を賜ることとなった。れと同時に周囲からは“鉄壁モリ”の二つ名も賜った。
“鉄壁モリ”の名は以前から一部の部下の間でささやかれていた。それは彼女に美貌に惑わされた男性将兵が、赤々と燃え盛る火に集まる虫のごとくアタックをしては跳ね返され、いつしか彼女の前は死屍累々の惨状となっていたことに因んでいる。こうしてモリ・ソノコは公私共に“鉄壁モリ”と呼ばれるようになった。
良将と称えられるようになっても本人は驕るでもなく、帝国軍内の一提督として誠実の態度を崩さなかった。ただし、集まる虫に対してはより冷淡になったので、彼女がこの異名を気に入っていたかは定かではない。
「これより三分間の黙祷を行うわ。やらなかったら全ての戦死者への冒涜とみなして死刑よ。嫌でもやるふりはしなさい。黙祷!」
会戦後の膨大な後始末が一段落つくと、ハルヒは全軍に敵味方の戦死者への黙祷を命じた。
SOS帝国軍の参加兵力は補助艦艇を含めて7万5780隻、将兵1136万7000名。完全破壊された艦艇3306隻、大・中破した艦艇5673隻。戦死者および負傷者は124万5950名。コンピケン連合軍の参加兵力は補助艦艇を含めて8万3300隻、将兵1249万5000名。完全破壊された艦艇9120隻、大・中破した艦艇1万3411隻。戦死者および負傷者は337万9650名。
キョンはこの数字を前に戦慄を覚えざるを得ない。たった一夜にして星系政府の予算をはるかに上回る額の兵器が失われ、大都市の人口に匹敵する数の人間が傷つき不本意な死を遂げていったのだ。戦争というものはどれだけ正義、信念、義務といった言葉で飾っても、所詮は底なしの穴に金と人命を投げ入れ続ける行為に等しい。その行為で真に利益を得る者は極少数で、残りの者は利益を得たと思い込んでいるに過ぎないのではないか。
結局、キョンは、
「満足な豚と不満足な人間、どっちにしろ面倒なことに変わりはないか」
とつぶやくにとどめた。戦争の当事者達は理想のために起こした行動と罪悪感の狭間で悩み、それぞれの方法でその矛盾を解決、または無視しなければならなかった。
三分間の黙祷を終えると、キョンは目当ての人物を探して総旗艦ブリュンヒルトを歩いた。黙祷を挟んでも勝利の余韻は健在であり、すれ違う乗員は皆どこか浮ついていた。それでも、彼に尊敬の念をもって敬礼するところをみると、武勲により部下からの信頼を集め、スズミヤ・ハルヒの威を借る狐状態から脱出することに成功したようだった。
果たして見当は的中していた。スズミヤ・ハルヒその人はブリュンヒルト内のSOS団専用室にいた。団長椅子の上で胡坐をかいていた皇帝は近づこうとする腹心を制止した。
「まだお風呂に入ってないんだから近づかないで。あんただって同じようなもんなんだから、お互い恥はかきたくないでしょ」
キョンは袖口を鼻先まで持って行き、息を吸ってうなずいた。皇帝の説明には確かに一理あったのだ。キョンは部屋の隅に立てかけてあったパイプ椅子を持ってきて、銀河一匂っているであろう皇帝から少し離れた場所に座った。それからは二人とも口を閉ざして沈黙に身を委ねた。部屋の中では壁にかけてあるアナログ時計だけが能弁に、ゆっくりと時間を告げていた。
「250万人」
ハルヒの口からぽつりと、数字が漏れた。実際の量がどれほど膨大で重くても、数字に還元されてしまえば驚くほど軽い存在になってしまう。250万人が新聞に記載されても、想像力を羽ばたかせなければその数字が意味するところは見えてこない。ましてや、数字の横に被弾した艦内の惨劇ではなく、勝利という華々しい文字が並んでいたとしたら、もはやその数字は人々にとって何の意味もなさない記号と化してしまう。
「戦死者だけで250万人。家族まで含めればどれだけの数になることやら。これでまたあたしを憎む人々が何百万人か加えられたわけね。ちっぽけな肩で全て支えきれるかしら」
「比べられるような理論じゃないが、犠牲と引き換えに、お前に感謝する人々が何千万人か加えられたはずさ。辛いのなら俺が半分くらい憎しみを背負ってやるよ。それとも、ここで戦いをやめるか?とりあえず帝国の命脈は保たれたわけだから、頃合といえば頃合だ」
キョンは親友のまねをして肩をすくめた。あえて挑発的な言動をとってみせるのは、ハルヒの理性ではなく猛々しい本能にささやきかけたからである。大きな志を持って行動する人間はむしろ何も考えずに突っ走った方が楽だ、と彼は信じていた。彼自身がそうであるように。
「冗談?やるなら徹底的にやる、中途半端は一番迷惑がかかるわ。もう、後悔はしても迷いはしない。銀河を統一するまで走り続けてみせるわ」
もっとも、キョンに心配されるまでもなかったかもしれない。ハルヒは団長椅子の上に立って腰に手をやると、一言一言を噛み締めるようにして語り始めた。
「これからの戦いでどれだけ戦死者が出るか分からない。でも、あたしはその死を忘れないし、無駄にもしない。どの戦いでも最小限の犠牲で勝ってみせる。ううん、あたし達なら必ず出来るはずよ。だから、銀河の全てを敵に回そうとも、掲げたSOS帝国の旗は守りきる。皆が仰いでくれた旗を降ろしてたまるものですか!」
下から眺めていたキョンには、その姿は死者に対しての宣誓とも、謝罪とも、開き直りとも見て取れた。彼としては目の前で輝く少女を見失わないようにその後ろを歩くだけなので、迷いはなかったのだが。
「さて、暗い話ばっかりだと不公平だから明るい話をしましょ。ユキの報告では、すでにコンピケン連合内の四つの星系が連合からの脱退を宣言して、SOS帝国への参加を求めているらしいわ。それだけじゃなくて、九つの星系で住民と駐屯軍による反乱が発生、残りの星系も反乱が発生したり離反するのは時間の問題だって」
「加えて、俺達の勝利に焦った周りの勢力が戦争の準備を始めて、一部は崩壊したコンピケン連合に侵攻しようとしてる、だろ?」
「その通り。あたし達は速やかに行動しなければならない。部外者に漁夫の利を取らせないよう、このままコンピケン連合の領土へ進撃するわよ。幸い向こうの補給艦隊と陸戦部隊が反乱を起こしてくれたおかげで、燃料に余裕があるし、星系を制圧する兵力も十分だしね」
「まあな。だが、進撃もいいがまずは風呂。そうじゃないか?」
キョンの極めて現実的な提案に、ハルヒは一瞬きょとんとした顔をした。我ながらうまく出来たはずだよな、とキョンはやきもきしていたが、やがてハルヒは鈍感な彼の進歩に満足そうにうなずいた。
「あんたも気が利くようになったじゃない。殊勝な心がけね。いいわ、褒美として神聖不可侵の団長にしてSOS帝国の皇帝であるスズミヤ・ハルヒと一緒にお風呂に入る権利を進呈するわ。さっ、行きましょ!」
「お、おい、引っ張るな」
ハルヒは匂いも気にせず彼の腕を掴むと、豪奢な風呂がある皇帝の私室へ向けて駆け出した。二人が風呂から上がる頃には、士官用食堂でささやかな戦勝パーティーが開かれることになっている。そこではSOS団員やSOS帝国の忠臣、彼らを支える多くの幕僚達が待っているだろう。
戦術について持論を展開するコイズミと、料理を賞味しながらそれにじっくりと聞き入るナガト。チアガール姿でパーティーに参加することを強制されて赤面しているミクル、それを笑いつつカメラに収めようとするツルヤ。お互いの戦果について激論を交わすビッテンフェルトとグエン。なぜか執事服でパーティーを取り仕切るアラカワと、メイド服で給仕をするモリ。ちらちらコイズミとナガトの方を見ながら朗らかに談笑するアサクラとキミドリ。相変わらず毒舌を飛ばし合っているタニグチとクニキダ。誰一人として欠かすことが出来ない仲間達だった。
建国後、初めての危機を退けたSOS帝国は、自らの手で存続する道を勝ち取った。しかし、会戦前にハルヒが演説の中で述べたように、この戦いは始まりに過ぎない。遠大な理想を追い求め続ける限りSOS帝国とハルヒに休みはなく、彼女を忠誠心と崇拝の対象とする人々を率いて立ちはだかる敵を打ち破らなければならない。新たな風はまだ胎動を始めたばかりであり、その行き着く先はまだ誰にも分からない。

 

 


銀河の歴史が、また一ページ……

 

 

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