「あーあ、採用されちゃったね、あの作戦」
「不満があれば反対すればよかったのに」
作戦の詰めを終えて会議が終了すると、ナガトの前にはアサクラ、キミドリのスクリーンだけが残った。キミドリは平然と、アサクラはわざとらしく肩をすくめて状況を受け入れていた。どちらもカフェでメニューを相談する女学生といった風体で、とても宇宙艦隊を指揮する提督には見えないタイプである。
「別に不満なんてないわよ。ただ、遺書を書いてなかったなー、って思い出しただけ。これまでのと比べてちょっぴり危ないでしょ、これ」
「危険かどうかは指揮官の能力に依存する。あなたは兵士を率いてその生命を預かる者として、もっと自覚を高めるべき」
「はーい」
極低温の矢が一閃したが、返答はまだ生ぬるいものだった。SOS帝国の特徴として後世において指摘されるものに、伊達と酔狂のお祭り騒ぎと純粋な生真面目さが同居している、というものがある。自身の欲望のおもむくままに動いて、その挙句に無謀ともいえる大事業を成し遂げようとする純粋なまでの直線さがある一方、事業を動かす中心人物達には学生の集まりのようにエネルギーと華やかさに満ち溢れていて、目標までの道のりの困難さを微塵も感じさせない。このような異質さが同居することが可能だった要因は一概には言えないが、その一端は当事者達の多くが若く、個性豊かな面々がそろっていたことにあるだろう。
「とはいえ、あなたのおかげで各戦隊長の了承を速やかに得ることが出来た。その点については感謝を」
「皆を説得するの、すっごい大変だったのよ。やってられるか!って憤慨しちゃった人もいたしさ。もっと褒めて~」
「こらこら、調子に乗らない。それじゃあナガトさん、あっちの人達の休憩がそろそろ終わりそうだし、わたし達はいつでも行動できるよう準備して待機、でいいかしら」
「いい。ただし、リョウコは話があるから残って」
「えー……お説教?」
「ふふ、居残りおめでとう。じゃ、また後でね、二人とも」
キミドリは微笑むと、永久の別れにもなりうるあいさつをさらりと告げてからスクリーンから消えた。この軽さが作戦への自信から来ているのか、どれほど手痛い敗北をしても自分だけ生き残るという救いがたい思考からきているのか、それは当人にも分からないかもしれない。
「んー、準備が残ってるから早くして欲しいなぁ。あっ、恋愛相談だったら大歓迎ね。お姉さん何でも答えちゃうぞ。まずは彼の…」
「リョウコ」
アサクラとスクリーン上で向かい合ったナガトは、相手の繰り出す微妙な部分を突いたジョークに、少なくとも表面上は動じなかった。仮に無表情の仮面の下に熱い溶岩が渦巻いていたとしても、無秩序な噴火ではなく、彼女の用兵と同じく完璧にコントロールされたエネルギーの解放を好むところであった。たとえそれが現実と異なっていたとしても。
「随伴している情報収集艦に通信を解析させた結果、あなたの分艦隊から我が方の艦隊の位置を知らせる通信が出ていることが分かった。この戦闘後、情報管理局でさらなる調査を進めなくてはならない。さしあたって心当たりは、ある?」
心当たりを聞く、にしてはナガトの声には質量があり、瞳にこめられた眼光の温度は低すぎた。一言を物質に還元していけば、それ自体が持つ鋭さで聞く者を切り刻めそうであった。
元工作員と対峙した少女はスクリーン越しに飛ばされた冷気に全身をさらしていながら、不自然なまでに平然としていて、眉毛すら一ミリたりとも微動だにしていなかった。その代わり、腰まで伸ばした自慢のロングヘアーに手をやりながら澄まして答えた。
「嫌ねえ、そんな困ったちゃんが近くにいるなんて。でも、ごめんなさい。いくら部下との交流を大事にしているわたしでも、何万人もいる部下を全員知っているわけじゃないから心当たりはないわ」
「……そう。ならいい」
冷気を静め、返答するのに要した時間は平時の会話では考えられない長さだった。そこに潜む沈鬱な瘴気をアサクラは完璧に無視してみせた。
「とりあえずは分散行動中は無線封鎖をしているから位置を知らせることは出来ないわね。やったら一発でばれちゃうから。そうね、わたしも信頼できる部下に命じて探らせてみるかな。お前の部下のせいで負けた、なーんて後ろ指を差されたくないし」
「お願い」
「話はこれでお終いね。もし、恋愛相談をしたかったらわたしの乗艦に来てちょうだい。彼のことをたっぷり聞き出したいし、いつでも歓迎するわ。話の潤滑油が欲しかったらお酒だって用意するけど、そんなもの必要ないかな。トリスタンの乗り心地はブリュンヒルトにだって負けないんだから、話も翼が生えたみたいに弾むこと請け合いよ。でもまあ、さしあたっては眼前の敵を倒さないと機会は訪れない、か。なら努力しましょう、わたし達の美しき未来のために。ナガトさんに武勲と幸運を、バイバイ」
「あなたにも武勲と幸運を」
自身も元工作員の経歴を持つ麗しき少女は、ついに微笑を崩すことなくスクリーンから去っていった。彼女の残した戦場に似つかわしくない春の残滓に包まれながら、冬をつかさどる少女はじっとたたずんでいた。その視線の先には仲間への信頼と、失われた祖国への不信感が黒々と渦巻いていた。
「閣下、司令室へお戻りください。敵の攻勢が始まってしまいます」
時計の秒針を十週ほど旅させたとき、壁と同化していた副官のサウド中尉がついに沈黙、正確には胃痛に絶えられなくなって口を開いた。ナガトが振り向いた瞬間、ようやく存在を思い出してもらえた副官は思わず息を飲んだ。上官の瞳に浮かぶ闇の暗さに驚愕し、かつ底知れぬ不安の池に引き込まれそうになったのだ。唖然とする副官の前まで歩み寄ると、ナガトは人差し指を唇まで運び、ささやいた。
「ここで見聞きしたことは他言無用」
異性と秘密を共有することは恋愛において重要なステップである、とぬかしたハイスクールの友人が突如として脳内に出現し、あわてて追い払った。体温を激しく上下させる副官に付いてくるよう一瞥を放つと、返答を聞かずに司令室へと向かった。その後姿を痛み止めを口に含んだ副官が追いかける。
宇宙暦2003年、SOS帝国暦一年、十一月三○日、二十四時十五分、コンピケン連合軍の攻勢が再会された。優勢におごるB、C艦隊を迎え撃つナガト艦隊の陣形は微妙に変化し、ヴィーザル、トリスタン、サルガッソーといった司令官を乗せた艦は、飛び出す方向へ狙いを定め虎視眈々と機会を待ち構えていた。
「兄者、こいつは妙だぞ」
ブ・イン・エーが指揮するブラインドネスがキョン艦隊に奇襲を成功させてから後退を開始し、それに呼応して教皇のディエス・イラエがキョン艦隊の援護に向かおうとしたコイズミ艦隊を奇襲しかけたとき、ムスペルヘイムの旗艦コダイから兄へ向けて緊急通信が飛ばされた。戦闘中の艦隊間の通信は戦法の発覚を防ぐために禁止されていたが、ブ・イン・エーは叱責しなかった。実直な弟が自分のように冗談のために通信を使わないことを知っていたからだ。
「どうした?」
「敵の第三艦隊の陣形を見てくれ。ナガト・ユキが指揮をとっている艦隊だが、これは戦いの最中にとるような陣形ではないぞ」
「ふむ……」
幕僚に命じて詳細な三次元図をスクリーンに出させると、彼は首をひねった。戦隊同士の隙間が異常なほど開いており、まるで突撃してください、と言わんばかりであった。
「確かに妙だな。経験の浅い指揮官がやらかしそうな陣形だが、どんな知略に富んだ罠が待っていることやら。あるいは、戦術AIの従兄弟と賞賛されたナガトの頭脳が酷使しすぎて退化したのかもしれん」
「どう考えても前者だろう。罠が発動しても対応できるようにしておかないとまずいぞ」
ブ・イン・エーも得体の知れない恐ろしさを感じてうなずいた。次のムスペルヘイムの突撃を延期して、いつでもB、C艦隊の援護が出来る位置へ移動させ、貴下の艦隊も戦闘を中断して直ちに離脱するよう命じた。しかし、時すでに遅く、弟の懸念は現実のものとなってしまった。二十四時二十三分、射手座の会戦における最大の転換点が訪れた。
「こっ、これは!」
ブラインドネス旗艦オキタの司令室で叫び声をあげた幕僚を誰も非難しなかった。勇将と目されるブ・イン・エーでさえ驚きのあまり声が出なかった。イクイノックス、ルペルカリアの攻勢を受け止めて善戦していたナガト艦隊が、突如として二十以上の小集団に分裂して各々違う方向へ疾走を始めたのだ。交戦中の標的が分散してしまった二個艦隊は各艦が勝手に砲撃を続けていたが、司令官が命令を出していないのか、やがて全ての行動を停止した。
「閣下!敵艦隊が迫ってきます!」
コンピケン連合軍の受難は続く。それまで受動的な戦闘をしていたキョン艦隊が態度を一変させて、猛然と急進してブラインドネスの前衛を切り崩そうとビームとミサイルを叩きつけてきた。ディエス・イラエは奇襲こそしたものの、逆撃してきたコイズミ艦隊に押されまくっていた。攻守の位置が一瞬で逆転していた。
「あ、兄者!」
「閣下ご指示を!」
ブ・イン・ビーは動転して兄を呼ぶ声が裏返り、司令室中の人間がコンピケン連合軍の宿将へ視線を集中させた。全軍の頼みの綱は必死の形相で三次元戦況図に喰らいついて、脳に搭載された戦術コンピューターをフル稼動させていた。人が見て、考えることで死ぬことがあったら、彼はおそらく死んでいただろう。
現在の両軍の配置を確認し、教材として学んだ全ての知識と、これまでの戦闘の推移を照らし合わせ、ナガト艦隊の旗艦が含まれる集団を目で追ったとき、彼の脳裏に一つの答えが導き出された。
「ナガト艦隊の予想進路を出すんだ。全部じゃなくていい、急げ!」
すぐさま五つの小集団の予想進路がはじき出され、その全てが大きく弧を描いて補給艦隊へ達していた。無口な少女によって作られた謎は氷解した。
「はっ、こいつはたまげた!」
一人だけナガトが意図したものを理解した彼は歓喜の声を上げた。敵への憎しみは皆無でむしろ晴れ晴れとしこの作戦を考案した名将を褒め称えたい衝動に駆られたのだ。ひとしきり笑って弟と部下を心配させたところで、提督としての責務を思い出した。
「兄者!どうなっているんだ!敵は何を考えているんだ!?」
「まいったまいった。あのチビッ子の頭をなでたい気分だ。ナガト艦隊は我らの足を封じるために補給艦隊を狙っている。どうやってかは知らんが、ワープを使っていることに気づいたようだな」
「ではナガト艦隊を止めなければ!今なら各個撃破を…」
「頭を働かせろ。ナガトは我らが襲ってこないと判断して分散行動をとったんだ。全てが露呈した今、無駄な行動をしている暇は一秒たりとない。狙うは第一目標の敵総旗艦ブリュンヒルト、皇帝ハルヒの首だけだ!」
第一目標はキョン艦隊とコイズミ艦隊の前進によって空白となった空間を最大戦速で移動していた。それまで惰眠をむさぼるしかなかったハルヒ艦隊は、遅れを取り戻すかのように突撃を敢行したのだ。矛先はいくつかの集団をアメーバのように包み込もうと鈍重に動き始めたルペルカリアであった。イクイノックスは司令部が恐慌状態なのか依然として沈黙している。
「あれは貫かれるな。弟者は第一艦隊がルペルカリアを突破して減速したところを叩け。俺も嫁を守るのに必死な旦那を巻いたら援護に行く」
「分かっ………通し……妨…」
うなずいて見せたブ・イン・ビーの顔に砂嵐が混じり、そのまま通信が途絶えてしまった。
「どうした!?」
「帝国側の電子妨害が強まっています。我が方の電子妨害と相まってすさまじい効力を発揮していて、各艦隊との通信はほぼ不可能です」
「ワープ戦法の隠蔽があだになったか。こちらの電子妨害を中止して対電子妨害を強化しろ。何としてもディエス・イラエ、イクイノックスと連絡を取るんだ。全艦隊でハルヒを攻撃せよ、とな。時間がない、勝利の女神にそっぽを向かれないうちに連絡艇を出せ!」
「進め!進め!勝利の女神はお前らに下着をちらつかせているんだぞ!」
ハルヒ艦隊副司令官ビッテンフェルト中将のおよそ上品とは言えない鼓舞は、会戦後に女性将兵一同からセクハラで訴えられることになるが、このときは確かに艦隊全体の士気を高めていた。
「突撃!突撃!突撃!」
同じ副司令官グエンの乗艦マウリヤから発せられる命令は単純明快で、部下達が誤解のしようがないものだった。宇宙最強の破壊力を持つハルヒ旗下の猛者達が、ルペルカリアなる哀れな犠牲者を新しい戦果に加えようとしていた。
「我が艦隊の損害はなし、前方をさえぎるのは敵艦隊のみ。ふふん、あたしがやってきた突撃の中でも一位二位を争う最高のコンディションね。全艦、敵の旗艦の周辺に照準を定めなさい。学んだものはすぐに試してみないと。さあ、蹂躙よ!」
自分が生贄の羊にされていることに気づいたルペルカリアは、あわてて防御体勢をとろうとしたが、かえって陣形を混乱させてしまい突撃の威力を最大限に高めてしまった。コンピケン連合軍の将兵が見たもの、それは数万本のレーザーではなく光の壁であった。無数の火球が炸裂して光り輝く破壊と殺戮のネックレスとなる。無名の歴史家の推奨した一点集中砲撃戦法が、数百年の時を経て実践されたのだ。
二十四時五十五分、ルペルカリア旗艦ズォーダーは消滅した。旗艦の周囲を固めていた二百隻の護衛戦隊ごと文字通り蹴散らされたのだ。艦隊の士気はとうに粉砕され、残された艦は上官の怒号もむなしく、逃亡か降伏を選んだ。
「閣下、降伏を申し出ている艦が増えておりますが、いかがいたしますか?」
「降伏を受け入れている余裕はないわ。死にたくなかったら、急いで戦闘宙域から逃げること。その後は、本国へ戻るなり機関を停止して降伏が受け入れられるまで待つなり好きにしなさい、と伝えて。うちの艦隊にも逃げる敵を攻撃しないよう遵守させてちょうだい」
イヴァノフの問いに答えたハルヒの横顔にはスクリーンを染め上げる光芒が反射していた。彼女の胸のうちには自分が大量殺戮者であるとの自覚が常に存在していて、今回も突進による心理的圧迫と指揮系統の破壊によって相手の戦意をくじくことにより、敵味方の無用な殺傷を食い止めることに成功していた。現在は煮えたぎる血の前に暗いそれは鳴りを潜めて用兵家としての高揚感に包まれているが、戦いが終わると再燃して幾人かの腹心を悩ませることになるだろう。
ハルヒ艦隊は爆発や逃亡によって生じた間隙に踊りこみ、絶望的な反撃に止めを刺しつつルペルカリアの残骸を突き進んだ。艦列の槍が残骸を貫通してコンピケン連合軍の艦隊を一つ無力化した時、ハルヒ艦隊の左翼前方からビームの雨が降り注いだ。機会を見計らったムスペルヘイムがワープして砲撃を開始したのだ。ブ・イン・ビーの目論見としては、このままハルヒ艦隊をキョン艦隊の背後まで押し込んで、二個艦隊を兄のブラインドネスと挟撃することにあった。
「あれはブ・イン・ビー旗下の艦隊です。前進なり後退なりして艦隊を再編しないと、いかに我が艦隊でも危険かと」
「それも一つの手ね。でも……我が艦隊の士気は旺盛かしら?」
「敵艦隊の一つを打ち破り、士気はきわめて高揚しています」
「そうね、士気が上がっているうちは消極的な作戦をとる必要はないわ。ひたすら突撃あるのみよ!」
手早く幕僚達の意見をまとめたハルヒは好戦的な対応に出た。反撃しつつ再び最大戦速に加速して左旋回、ムスペルヘイムの左翼とぶつかるように緩やかな弧を描きつつ、その後方へ回り込む。さらに直進してコイズミ艦隊と交戦中のディエス・イラエを討つ、というものだった。
「ビッテンフェルト、左翼に位置するあなたの分艦隊が一番大変だけど、大丈夫?」
「なに、この程度の攻撃はそよ風のようなもの、閣下にご心配いただくことはございません。我が分艦隊、“黒色槍騎兵”の突撃によって敵左翼を吹き飛ばしてご覧にいれましょう」
「上等よ。グエン、右翼はとにかく遅れないよう全力で飛ばしなさい。イヴァノフ、艦隊を紡錘陣形に。全艦隊、目指すは教皇のお花畑よ!」
ハルヒ艦隊はブ・イン・ビーの予想を裏切って、砲撃をものともせずに加速を始めた。無謀にさえ見える彼らの突進に、ビームやミサイルさえ恐怖におののいて回避しているかのようだった。
「お久しぶりー」
旗艦ヴィーザル以下千隻を率いて迂回してきたナガトは同胞との再会を数十分ぶりに果たした。敵を引き付けるために旗艦がいることを示して最大の集団を指揮していたが、それが杞憂に終わるほど敵は混乱していた。再集結したナガト艦隊の損害はほぼ皆無だった。
「ナガトさんの集団で最後よ。艦隊の編成は済ませておいたから、いつでも攻勢に出られます」
「ご苦労。では…」
「それがね、ちょっとばかり困ったことになってるのよ」
「?」
先に到着していた二人の副司令官によると、惑星ウィンダーズを制圧するために運ばれていた陸戦部隊が輸送艦内で反乱を起こし、さらに補給艦隊の護衛部隊もそれに呼応して補給艦隊を制圧してしまったとのことだった。反乱部隊のリーダーはSOS帝国軍に参加する意思を見せているという。
「参加といったってほとんど輸送艦に詰められた陸戦部隊と補給艦でしょう。どうせ鈍くて敵に追いつかれるから、戦闘が終わるまで逃げてなさいとも言えないし。結局、守るべきお荷物が増えたってことなのよ。嫌ねぇ」
「そんなこと言わないの。戦力にならなくても、彼らは仲間なんだから。ナガトさんの考えは?」
愚痴をこぼすアサクラを軽く叱りながらキミドリが聞く。再集結後は補給艦隊を一蹴してしかる後に反転、ディエス・イラエへ攻撃を集中する予定だったが、思わぬ変更を余儀なくされそうだ。
「コンピケン連合から離脱してSOS帝国に参加する意思を見せたなら、我々には彼らを守護する義務がある。彼らを艦隊の後方へ。リョウコ、あなたは彼らの行動が欺瞞だった場合、すぐさま反撃できるよう後方へ注意を払って」
「面倒くさいなぁ」
「文句言わない」
コイズミ艦隊と交戦しつつ、徐々にこちらへと近づいてくるディエス・イラエをハルヒ艦隊を含めた三個艦隊で包囲すべく、艦隊に指示を与えていると、反乱部隊のリーダーがナガトとの通信を求めてきた。スクリーンに現れた男を見てサウド中尉は上司のように冷静でいられず、思わずのけぞってしまった。その男の顔は明らかに戦闘以外の原因で上気して朱色に染まり、額には汗がにじんで、鼻孔は絶えず大きさを変えていた。何よりも、屈強な体躯をつつんでいるのが戦闘服や近接戦闘用の装甲服ではなく、おろしたてのタキシードであることが異様さを強調していた。
「じっ、自分はコンピケン連合陸戦軍第八十二、通称ラグビー連隊隊長ナカガワであります!ナガト・ユキ上級大将殿!」
この時点でサウド中尉は耳を塞ぎたくなった。司令室にいた多くの人間も同じ気持ちであっただろう。ナガトは律儀にも無表情にスクリーンを見やっていた。
「星間ニュースであなたのお顔を拝見した時、自分は高層ビルの屋上から真っ逆さまに落下したような衝撃を受けました。あれは人目惚れなどと表現できるものではなく…」
そこからが長かった。ナカガワは軍用通信を使って、しかも戦闘中に愛の告白とこれからの人生設計を伝えて見せたのだ。司令室では我関せず、といった感じに黙々と作業が進められた。通信士は一度ならずナガトの方を向いて、通信を切ってもよいかと尋ねたが返答はなかった。
「…年度ごとに最低十パーセントは利益を上げていく計画です。その頃には自分も一息つけるようになっているでしょう。それで、ようやくあなたを……その、迎えに…行……っ!」
「隊長!?」
「いかん、衛生兵を!」
結局、ナカガワの演説は独りよがりな独奏に終わってしまった。人生最大の興奮に彼の鍛えられあげた身体でも付いていけなかったのだろう。広げられた鼻孔からありったけの誠意を噴出しながら床に崩れた。背後で無言の応援団を形成していた部下達が一斉に駆け寄り、そこで通信は途絶した。
「どうしたの、彼は?」
白けきったサウド中尉は初めて意見を求められたことに気づいた。彼には答えが分かっていたが、あえて誤魔化すことにした。
「さあ……小官には皆目見当が付きません」
「そう。リョウコに断り方を教わらないと…」
小さくつぶやいたナガトを指示を仰ぐ大勢の部下が待ち構えていた。突発的な障害はあったものの、ディエス・イラエを捕らえる網は着々と完成されつつある。
戦場の各所で優勢に立つSOS帝国軍に比べて、コンピケン連合軍は不幸の女神に魅入られたかのように悲惨な有様だった。ブ・イン・エーは苦労しつつイクイノックス旗艦ベムラーゼとの通信を開いたが、得られた成果は失望だけだった。ルペルカリアが一撃で葬られたことに恐怖した将兵が次々に反乱を起こしたのだ。司令部は指揮系統の掌握に手一杯で、味方の同士討ちさえ発生する有様だった。このような状態で統一された艦隊運動などとれるはずもなく、イクイノックスもハルヒ艦隊に撃破されたのに等しかった。
そのブ・イン・エーのブラインドネスですら、ハルヒ艦隊を攻撃させまいと猛攻を加えるキョン艦隊に喰いつかれて、離脱する機会をつかめないでいる。
「閣下、このままではディエス・イラエの包囲殲滅も時間の問題です。そうなれば我が軍は……」
参謀長のダラヴィは最後まで言わなかったが、その先はブラインドネス司令部の誰もが共有する恐れだった。
「分かっている。だが、敵の正面からの離脱こそ至難の業だぞ」
スクリーンから目を離さず答えるブ・イン・エーの額には冷たい汗が浮き出ている。彼の視線の先には紡錘陣形で突進するハルヒ艦隊を押さえ込もうとするムスペルヘイムがあった。
「弟者がハルヒの突進を阻止してくれればありがたいが、それも無理か……」
突進する猪武者の牙はいよいよ鋭く、衝突した両艦隊の左翼周辺では火花が散っているようであった。ムスペルヘイムは突進されても整然と艦列を保って砲火を集中させたが、“黒色槍騎兵”の傲然たる前進を阻むにはなお不十分であった。
「猪突猛進こそ我らの本領よ!ひたすら突き進め!」
敵と味方の距離は無きに等しくなり、旗艦ケーニヒス・ティーゲルの至近で高速戦艦が爆発四散しても、ビッテンフェルトはひるむどころかその戦意は高められる一方だった。帝国軍の呼吸する破壊衝動と称されることとなる猛将とその部下達は、ブ・イン・ビーをして、
「やつらは化け物か!?」
と言わしめていた。
ついには一時四十分、ムスペルヘイム左翼を指揮していたシュルツ少将を戦死させた。これにより司令部が全滅した左翼は統一した動きが出来ず、ハルヒ艦隊に突撃の甘美な果実をむさぼらせることとなる。
ブ・イン・ビーが左翼の指揮系統を回復した時、ハルヒ艦隊はすでに後方へ突破していた。“黒色槍騎兵”が敵中にあっても本隊と右翼に遅れることなく前進したことは驚愕に値するだろう。驚いてばかりいられないブ・イン・ビーは怒号を上げて攻撃を命じる。
「全艦、ハルヒ艦隊の前進に合わせて回頭せよ!敵の狙いはディエス・イラエだ。行かせるな!」
それまで毛嫌いしていた教皇を命を張って守るなど、本来の彼ならば失笑していたかもしれないが、現在の彼は逃げた勝利の女神を引き戻すために努力を注いでいた。突破したムスペルヘイムに目もくれずディエス・イラエへ向けて進むハルヒ艦隊に、背後から砲撃を浴びせることに成功していたら、歴戦の猛者達も少なからぬ損害を受けていただろう。
結果として、勝利の杯はさらに遠のいてしまった。こちらもディエス・イラエへ向かっていたナガト艦隊が行きがけの駄賃だと言わんばかりに、回頭が完了する直前のムスペルヘイムを背後から襲ったのだ。ブ・イン・ビーはハルヒ艦隊の撃破に固執するあまり、旗をひるがえした補給艦隊を引き連れて進むナガト艦隊の注意を失念したのだ。
通信士の報告がなされた時には、長距離砲の斉射によって送りつけられた大量の死神によって、艦隊の後方と指揮系統が十全ではない左翼が混乱に陥っていた。ブ・イン・エーの顔は死人のそれと同じになっていたが、交戦の意思は放棄せず、もはや教皇のためではなく自分の艦隊を守るために必死で指揮をとった。
二時十分、射手座の会戦における二度目の転換点が訪れる。不利を悟った教皇がワープを命じたのだ。コイズミ艦隊の前から姿を消したディエス・イラエがワープ先に選んだのは、安全地帯であるはずの後方で待機していたミクル艦隊の目と鼻の先だった。教皇がせめて一矢報いようと撃破しやすい補給艦隊を狙ったのか、それともワープ用のエネルギーを奪って起死回生を図ったのか、それはミクル艦隊にとって関係のないことだった。
「慌てなくても大丈夫。これは敵の最後の足掻きさっ。のーんびり負けない戦いをしてれば、あっという間にハルにゃん達が駆けつけてくるよ。さあさあ、補助艦艇は後退、護衛部隊は応戦だっ!」
ミクル艦隊旗艦キャゼルヌの司令室では、悲鳴を上げた司令官に代わって副司令官が迎撃を命じていた。一時は恐慌状態に陥るかと思われた艦隊も、心強いというよりは聞く者を安心させる余裕たっぷりなツルヤの一声で戦意と冷静さを回復した。
ミクル艦隊の戦闘用艦艇は10000隻を数えていたが、当初あえて遊兵となっていたのは元コンピケン連合の艦艇であるという配慮からだった。それでも戦況の逼迫からそんな配慮もしていられなくなり、損傷した艦艇の穴埋めとして各艦隊に引き抜かれて、この時点では7000隻以下になっていた。対するディエス・イラエは連戦で消耗してはいるものの、未だに12000隻を超える艦艇を有していた。数量だけでなく重荷となる補助艦艇や修復中の艦がいるミクル艦隊が不利なのは明白だった。
ディエス・イラエが完全に有効射程圏内に入る前の段階でツルヤは砲撃を命じた。回避行動をとらせることで敵の攻撃の命中率を下げようとしたのだ。時間の経過と共に勝利が近づいているミクル艦隊としては、さしあたり救援が到着するまで戦線を支えることに専念すればよかった。正確に三十秒後、ミクル艦隊の倍に近い応射が暗黒の虚空を引き裂いて降り注いできた。
SOS帝国軍内では速やかに役割分担がなされていた。ハルヒ艦隊とナガト艦隊はミクル艦隊の援護へ、コイズミ艦隊はよろめいているムスペルヘイムの足止めとナガト艦隊から預かった反乱部隊の護衛、キョン艦隊も引き続きブラインドネスの足止めにかかる。そこで新たな誤算が生じた。
ブラインドネスの全艦艇がブ・イン・エーの司令の元、保有する全ての対艦ミサイルを放ったのだ。戦闘の持続性を半ば無視したこの作戦によって、通常時の数十倍にも上るミサイルが殺到したキョン艦隊は対応に追われて一時的に戦闘不能になった。その隙を突いてミサイルがなくなった分わずかに軽くなったブラインドネスは急速離脱して加速、先行するハルヒ、ナガト艦隊を追った。
「これは少し不味いですね。モリさん、お願いします」
「わたしが戦線を離れてもよろしいのですか?」
「仕方がないですよ。ここでお二人の勢いを削がせるわけにはいきませんから」
「……後で泣き言を言っても知りませんよ」
ブラインドネスの前に立ち塞がったのは、反乱部隊を守りつつムスペルヘイムを押さえつけていたコイズミ艦隊から急派されたモリ分艦隊だった。モリ分艦隊は艦列を左右に展開して突進するブラインドネスを受け止めようとする。
「敵は寡兵にすぎない。突破あるのみだ」
「砲撃しつつ敵の前進に合わせて艦隊をゆっくりと後退させ、敵の勢いを緩めなさい。その後は艦列を密集させて突破されないように。とにかく一隻たりとも通さないで」
ブラインドネスは強引に前進して中央突破を図ったが、その試みは全て失敗に終わった。モリ分艦隊は巧みに陣形を変化させて、荒れ狂う猛牛の群れを受け止め、勢いを逸らし、押し戻したのだ。しかし、突破されはしないものの、この場合受け止める側よりも前進する側の方がはるかに強かった。一方が正規艦隊なのに対してモリ分艦隊は5000隻にすぎず、砲火の応酬とそれに続く突撃で確実に艦数を減らしていった。
二度目の突撃でモリ分艦隊旗艦リューベックは敵の火線に捕らえられた。六発の単結晶タングステン弾が複合装甲を突き破って艦内に飛び込み、数瞬遅れて防宙用短距離ミサイルの誘爆を生じさせた。しばしば腹に爆弾を抱えたまま戦う、と揶揄される軍艦は、いくら艦内構造を強化しても敵を攻撃するための兵器を装備している限り誘爆の危険性を内包している。
リューベックも核融合炉に危険が迫るに及んで、乗員は退避せざるを得なくなった。モリは司令部要員と艦長を率いて死に瀕した旗艦を脱出し、最も近くにいた戦艦ノイシュタットへ司令部を移した。そのノイシュタットも艦体中央部を中性子ビームに貫かれたとき、対艦ミサイルとの不本意なダンスを強いられていたキョン艦隊がブラインドネスに追いついた。
「遅くなってすみません!」
「どうかお気になさらず。わたしだってあれだけの数のミサイルを撃ち込まれていたら、対処のしようがありませんでしたから。それよりも、今は敵を打ち破ることに専念してください」
キョン艦隊旗艦ヒューベリオンとの間に開いた通信がノイシュタット最後の通信となった。この通信の五分後にはノイシュタットは火球と化して消滅していた。
「運が良いんだか、悪いんだか」
と脱出艇の中で苦笑したモリは次の司令部を戦艦オッフェンブルフに定めた。
キョン艦隊の到着は味方に安堵を、敵に焦燥を与えていた。参謀長のダラヴィが青白んだ顔に汗の玉を貼り付けて報告したが、その返答に彼は耳を疑った。
「後背よりキョン艦隊が迫ってきます!どうかご指示を!」
「無視しろ」
「は、無視……ですか?」
「この段階で我らに勝機があるとすれば、それは皇帝スズミヤ・ハルヒを討ち取ることだけだ。背中に火がついていようとかまうな。ブリュンヒルトを撃沈することだけを考えろ!」
こちらも大粒の汗を浮かべて目を血走らせているブ・イン・エーが振り向きもせずに叫ぶ。もはや彼の中では教皇の生死やコンピケン連合の存亡は地平線のかなたへ追いやられていた。ただ一介の武人として強大な敵と戦って倒すことのみに全てを費やしていたのだ。それが達成されていれば、彼は人生最大の幸福を得ることが出来ただろう。
「落ちろ、蚊トンボ!」
キョン艦隊は先ほどのお返しだといわんばかりに、ありったけの対艦ミサイルを無防備な敵の背中に叩きつけた。ブラインドネスのそれが一か八かの賭けだったのに対し、こちらは戦闘が最終局面に差し掛かっているという分析の上に成り立った攻撃だった。モリ分艦隊への攻撃は依然として苛烈だったが、勢いは時間の経過と共に反比例して失われていった。
それでも、三時二十分、最後の力を振り絞り全軍死兵となったブラインドネスの突撃が成功したかに見えた。この攻勢により戦艦オッフェンブルフは致命傷を受けて、モリは三度目の旗艦変更を決断しなければならなかった。ブラインドネスは敵艦隊の司令部一時不在に乗じる形で中央部を突破していった。
ブラインドネス旗艦オキタが護衛戦隊と共に後背へ抜けた、まさにその瞬間、対艦ミサイルの形をした不運が中部胴体モジュールへ命中した。弾頭は設計通り正確に炸裂して艦の機能を半ばを奪っていった。核融合炉の誘爆という最悪の事態は免れたものの、巨大な不運の中のささやかな幸運は艦の寿命をほんのわずか延ばしただけに過ぎなかった。
「閣下!ブ・イン閣下!」
強い衝撃の後、気を失っていたブ・イン・エーが目を開くと、頭から血を流したダラヴィ参謀長に呼びかけられていた。司令室は燦々たる有様だった。スクリーンの一つが火を吹き上げ、スピーカーは狂ったように総員退艦を叫び、そこかしこに瓦礫が散乱する床には人が倒れたまま動かずにいた。
彼は立ち上がろうとして失敗し、自分にはそんな力がどこにも残っていないことを知った。視線を落とすと胸から流れ出る血が軍服を真紅に染め続けていた。爆発により速度を得た構造材の破片が突き刺さったのだ。奇妙なことに痛みはなく、現実感が失われた光景だった。軍医が駆けつけたが、首を億劫そうに振って延命措置を拒絶した。
「助かる見込みがない患者より、まだ助かる患者を治療してやってくれ。それと、ダラヴィ。声を出すのが面倒くさい、もっと近くに寄れ」
「は……」
「副司令官ハイデルンに連絡。艦隊の指揮権をやるから、後は前進を続けるなり降伏するなり好きにしてくれ。不甲斐ない上司ですまん、と。弟者には俺は疲れたから寝る。お前は達者に暮らせよ、SOS帝国に下るのも悪くはないと思うぞ、と伝えておいてくれ。ふう、お前達にもずいぶんと世話になったな。謝意を形で示すことが出来ないが、どこぞの生贄を求める神じゃないんだ、あの世には俺一人で行く。だから逃げてくれ」
無事だった幕僚達は絶句し、その場に立ち竦んだ。ブ・イン・エーは目を閉じていたが、目の前で壁を作る気配が不快になったのか再び口を開いた。
「どうした……早く退艦しろ。俺は結構満ち足りているんだ。勝つことはついぞ出来なかったが、一時は不世出の英雄達と互角に渡り合うことが出来たんだ。武人として最高の栄誉だよ、こいつは。お前達はそれに水を差すつもりなのか。それとも、俺の最後の命令を邪魔だからあっちへ行け、なんてみっともないものにする気か?」
それもなかなか良いジョークで悪くないな、とブ・イン・エーは血を吐きながら笑った。逡巡していた幕僚達もそれぞれの表情で敬礼をして、司令官の死に場所から退場していった。司令室でただ一人生きている者となった彼はふと、今回は自分が両親に連絡をしておくべきだったか、と思った。
「まあ、いいか。あの世でのんびりと待って、二人が来たら詫びればいいのだ。それに、弟者はまだ生きている」
そうつぶやいてからブ・イン・エーは満足感に身をゆだねた。死神が見えざる手を差し伸べようとしていた。
三時三十七分、ブラインドネス旗艦オキタの核融合炉は爆発して、艦体を原子に還元した。散らばった原子のうちいくつかは数億年後、新たに誕生する恒星の核になるかもしれない。
「ビームもミサイルもめがっさ撃つにょろ!在庫は有り余ってるからねっ!」
オキタ消滅に先立つ二時五十五分、戦場と化した後方ではミクル艦隊による負けない戦いが続いていた。ミクル艦隊の護衛部隊は豊富な物資を背景にした間断のない攻撃で隙を見せず、特に輸送艦の格納庫から二個戦隊分の対艦ミサイルを一挙に撃ち出す、といった戦法はディエス・イラエの兵士達を震え上がらせていた。たとえその輸送艦の格納庫が悲惨な状態になったとしても。
ミクル艦隊司令部の主役から厄介者へと転落した司令官は、黙然として司令室の隅に鎮座していた。ミクルが指揮官としては有能の対極に位置するため仕方のないことではあったが、一言も発さずかわいらしい眉を曲げて座り続けるその姿は見る者の心を締め付けた。
やがてミクルは口をへの字にして席を立った。ツルヤなど幾人かの視線がその後を追ったが、各々の仕事に悩殺されて声をかけたりは出来なかった。数分後、再び司令室に登場したミクルは、これ以上なく戦場にふさわしくない衣装を身に着けていた。鮮やかなブルーとホワイトを基調としたツートンカラーのノースリーブにミニプリーツ。両手には黄色のポンポン。まさにチアリーダーのそれであった。
「SOS帝国軍の皆さん、がんばってくださぁい!」
愕然とする司令部要員の間を悠然と歩いて通信用機器の前に立つと、魅惑のファルセットをマイクに叩きつけてポンポンを滅茶苦茶に振り始めた。スクリーンに突如として現れた上級大将らしき人物にSOS帝国将兵の視線はしばし釘付けになったが、ミクル渾身の応援が開始されると男性兵を中心に士気が急上昇した。奇声を上げて踊りだす者もいたが、応援の影響は味方だけでなく敵にも意外な形で波及していた。ディエス・イラエの少なからぬ数の“お調子者の艦”が敵と味方を取り替えたのだ。
教皇は血の気の薄い顔を怒りに震わせて、憎たらしいチアガールを血祭りにあげるよう命令したが、“お調子者の艦”でなくてもその命令は徹底されなかった。
「がんばれS・O・S!負けるなS・O・S!」
「ミクル~あんたってば最っ高だよ!こりゃ、あたし達だけで勝っちゃいそうだねっ!」
司令室では手が空いていた後方任務関係の幕僚も応援に参加して、その横で戦闘中のはずの副司令官らが歓声を上げるという、ある種の祭りを連想させる活気と華やかさが生み出されていた。SOS帝国のマスコットの能力は遺憾なく発揮されたのだ。
そして三時十三分、ハルヒ艦隊とナガト艦隊が同時にディエス・イラエを有効射程圏内に収めた。
「全艦全力射撃!コンピケン連合の親玉を地獄の業火で焼いてあげなさい!」
ハルヒの命令は完璧に遂行された。物資とエネルギーが底を突くかと思えるほどの火力が、補給艦隊をたぶらかそうとする教皇の艦隊を襲ったのだ。数百の艦が同時に爆発して閃光の壁となり、続いて中央から切断された艦、複数のエネルギーの槍で串刺しにされた艦、一ダースのミサイルが命中した艦などが遅れながらも閃光の仲間入りをした。
絶望的な状況にもかかわらず教皇は狂ったように笑っていた。彼が望む滅びの美学に合致した死に場所が見つかったことへの歓喜か、もしくは本当に狂ってしまったのかもしれない。いずれにせよ、彼の笑い声は指揮系統を麻痺させ周囲の人間の心を凍らせるばかりであった。
各戦隊や個艦による必死の奮闘も虚しく、ディエス・イラエは驚くべき速度で解体されていった。やがて分厚い艦列の層が取り払われて、ディエス・イラエの旗艦であり、コンピケン連合宇宙軍総旗艦でもあるデスラーがSOS帝国軍の前にさらけ出された。
「あれが教皇の乗っている艦よ、逃がさないで!」
ハルヒが怒号を飛ばし、各艦が我先にと照準を合わせてデスラーへ向けてビームとミサイルを発射した。デスラーの航宙士は悲鳴を上げ、己の命を守るためにデスラーを再び艦列の群れに潜り込ませようとした。一方、ナガト艦隊旗艦ヴィーザルで敵よりも胃痛に苦しんでいたサウド中尉は、苦痛に顔をしかめて偶然彼の上司が目に入った。冷静沈着よりは絶対零度の刃という表現が似合うナガトが無表情で、デスラーの姿を映すスクリーンを眺めていた。そこで彼女の瞳に普段とは異なる輝きを見出した瞬間、脳裏にひらめくものを感じた。
「艦長、大至急ナガト閣下の操作卓から、この艦の主砲の射撃システムを操作できるようにしてくれ」
「は、何故です?」
「いいから、大至急だ!」
艦長は首をひねったが、勝敗が決した今は多少の無理を聞いてもかまわないという判断と、何よりもナガトの信奉者であったことから速やかに命令を実行した。ナガトは操作卓を確かめると、一言だけつぶやいた。
「感謝する」
三時四十六分、ナガトの正確無比な照準で発射された四十一センチ中性子ビーム砲がデスラーを貫いた。艦内各所で爆発が発生し、躊躇することなく総員退艦命令が出された。この期に及んで笑い続けていた教皇は、もはや乗組員どころか彼のおかげで甘い汁を吸っていた取り巻きにすら無視されて、司令室に一人取り残された。
宇宙暦2003年、SOS帝国暦一年、十一月三十日三時四十九分、艦隊旗艦級戦艦デスラーはコンピケン連合軍総司令官にして教皇であるブッチョー・コンピケン三世を道連れにして爆散した。射手座の会戦が終結した瞬間である。

 

 

 

終章へ

 

 


|