立場(風船)の続きです。

 

毎日上らなければならない傾斜角30度はありそうな坂のせいで、重力が俺の足にわざわざ鉛をくっつけてくれているようで、
30度も傾いていれば後ろ向きに重力の半分の力がかかるという物理の授業中に聞いた気がする話を思い出し、全く物理法則っていうのはなぜこうも足に優しくないんだろうとぼちぼち考えていた。
こんな時、確固たる物理法則が恨めしくなるのだが、どうやら俺の周りの物理法則は変化するらしいので、それならついでに力学の具合も都合の良いように変化させてもらいたいものだね。
「具体的には?」
坂にあがっているときは、重力の十倍の力で俺の背中を押す、とか。全くこれは俺の独り言だったはずだが、後ろから答えが聞こえた。
「了解した」

ちゅど~ん

骨が折れるかと思った衝撃がかかった次の瞬間、俺は校門の上にいた。というか、飛んでいた。
そうだよな~重力の十倍って、一秒間あたり時速360キロ加速って意味だからな~
このまま地面に激突し、死ぬのか…などと思っていると、ふわっと浮いて、落下速度が下がった。

学校の上空、百メートルくらいか。後ろから長門が俺をぎゅっと抱きしめていた。
長門の無いようにみえてそこそこある胸が肩に触っている。長門の吐息が俺の首にかかる。

そういうわけでやばい、この状況。俺の下半身的に。タダでさえ長門は冷たい美貌を誇る美少女なのだ。

無理矢理に意識を下半身から上半身へ持っていく。聞かなければならないのは…
「これ、誰かに見られたらまずくないか?」
長門は頭を肩に乗せ
「不可視モード……着地の後、解除する」
すこし冷えた、それでいて微かに甘い声でささやいた。まあお前ならそうだろうと思ったよ。

長門の吐息と、首にかかる髪と、制服越しに感じる肌の感触を楽しみながら。
俺達は羽が舞い降りるようにゆっくりと地面に着地した。ハルヒの目の前に。

地獄、カムバック。

その姿勢のまま、ハルヒに腹蹴りを入れられたのは言うまでもない。
え?パンツ?もちろん見えたさ。色?聞くな!


「全くうらやましい限りです」
ええい笑うな! 気色悪い。 それに何がうらやましいんだよ。俺はさんざんな目に遭ったんだからな!
「僕も長門さんに抱かれたいですよ。無いようで有る、というならばなおさらです」
なら抱きつけばいい。あの長門のことだ。頼めば抱きついてくれると思うぞ。
「そういう意味ではなく、そのような甘甘なシチュエーションで抱かれたいと言うことです」
あの状況が甘いだと?むしろ血の味が苦かったのだが…
それにお前は何か状況を勘違いしている。最初の時こそビビって本気にしかけたが、あれはどう考えても長門流の冗談だ。
何か期待する方が間違っている!

部屋には野郎しかいない。古泉はどうも気色の悪い笑みを浮かべたまま、にやついていやがる。ああ、忌々しい忌々しい。
長門、早く来てくれ。俺の精神まっが~れ三秒前!

がらがらがら

「あ、キョン君、古泉君。着替えるから外に出てくださぁぃ!」

こうして今日も(俺の精神)世界の平和は守られたのであった。

 


「まあ、そうはいっても」

まあ、こんな事を言っていながら、うれしい体験だったのは認めがたい事実だった。
たとえ長門のグレードアップした冗談だと分かっていても、なんか期待してしまう。

理性では理解していても、感情で理解しないときもある。
逆に、感情で理解していても、理性では理解できない時もある。
人間というのは、何故かくも難しいモノなのだろうか。

「分かりますね。僕の場合、超能力者という立場がいやでたまらないはずなのに、たまに超能力者でよかったと思うときがあるんですよ」
何言ってるんだ。今まで忌々しいと思って言っていなかったが、俺だってお前にあこがれてるんだぜ。
自分の身を削って世界を救うなんて特撮のヒーローみたいでかっこいいじゃないか。
「あれはあれで不幸なんですよ。世界の奴隷というのも」
イケメンのお前にかっこいい属性はこれ以上必要ないのか。ああ忌々しい。これ以上にないほど忌々しい。

「どうぞぉ!」
朝比奈さんの可愛らしい声で俺の心に巣くった醜悪な気分が発散した。朝比奈さん、あなたは地上に舞い降りた最後の天使です。
「うふふ」
ああ、朝比奈さんのメイド姿が毎日拝めるなんて、なんて幸せ。ハルヒが後ろの席でよかった~

 



毎晩、夢を見た。夢ばかり見た。
あいつが脳裏に浮かび、真夜中に朦朧(もうろう)としながらも目を覚ました。ああ、恥ずかしいわね。
キョンの声は深くて優しい、とっても魅力的な声だわ。

あいつともっと話したい。

あいつの事を知りたい。

あの包み込むような優しさが欲しい。

クリスマスくらいまでは私だけに向けられてた、あのあったかい視線を独占したい。

なのにぃ…
なのに何よ!有希に抱かれて、しかもデレデレしちゃって。もう、キョンなんか知らないっ!知らないんだからっ!
あんなやつ、だいっ嫌い!

ビリリリリリリ

「バイトです。どうやら特大の閉鎖空間のようですね」
心なしか冷めた視線を俺に送ると、古泉は走ってドアから出ようとした…
「ふ、もふっ」
そして入ろうとした長門とぶつかった。そして…長門はそのまま吹っ飛んでいった。

「長門さん!長門さん!大丈夫ですか?!ながとさ~ん」
古泉の叫び声が響く。

まあ、俺には分かっていたぜ。これも長門流冗談である、と。それになんとなくだが…古泉をバイトに行かせない策略じゃないか…とも思った。
古泉の奴はできるなら閉鎖空間には行きたくないみたいだからな。これも少しひねくれた長門の優しさだろう。
それにしても長門、お前の冗談には笑いのティストというモノがないのか。もう少し自重願いたい。

「ほ、保健室へ」
そういうと、長門を担いで、人が乗っかっているとは思えないほどものすごいスピードで長門を保健室へ運び去った。
しかし、古泉と長門がくっついてるのを見るとなんかむかつくな。む~ん。

そう思いつつ、中庭に目をやった。お、ハルヒがすごい表情で木を殴っていやがる。
閉鎖空間ができるほどのストレスでもあったのだろう。俺としても団長がハレハレしてないと不安だ。あくまで団員として、だが。

 

 …

 

風が吹いて、どこにこれだけの葉っぱがあったのかと思うぐらい、葉っぱが絶え間なく舞い落ちた。
私が木を殴っても落ちなかったのに。
「どうしたんだ、ハルヒ」

葉っぱを背景に、心配そうに私の顔をのぞき込むキョン。

「な、なんでもないわよ。バカキョン!」
「馬鹿は無いだろ。お前から言われるとへこむ」
地面の下に青い葉っぱが積もっていく。その葉には暖かみがあった。
「馬鹿は嫌い…じゃないわ」

私はあいつに抱きついた。あったかい。
時の予感に怯えながら、でも、それがまた気持ちよくて、自然に笑みがこぼれる。

人の感情は矛盾するものなのね。
きっと、恋愛が病気だと思うのも、恋愛することが普通だと思うのも。
私がキョンが大好きなのも。みんな正しいのよ。きっと。

古泉「命令を無視したことで、森さんから大変な目に遭ったのは別の話です。俺の身体マッガ~レ…」
森「こらぁ!ちゃんと反省しやがれこの野郎!」
古泉「森さん、胸が、胸がぁっ!」

 

立場(運河)へ続いてしまうらしい


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