立場(無印)の続きです。

 

 

その後のことを少しだけ語ろう。

 

次の日、放課後になり、掃除当番の後にでもSOS団の部室(わざと誤用するのがコツだ)に行こうなどと考えていると、ハルヒがらしくもなく、小さな震えた声で

「で、どうなのよ」

と聞いてきた。

考えられる質問内容はただ一つ。まあ、あれだけありゃどんな馬鹿でも分かるだろう。だがな…

お前が俺を好きであるのは当たり前だ。逆また然り。まったく何故今更そんな事を言うのか理解しかねる。
そりゃ俺は団員であり、団員を好きになれなきゃ団自体も好きになれないであろう。
それがお前の立場であって、俺の立場だ。違うか?

「じゃあ…有希は…?」

 

あれはどう考えても長門流冗談だろう。孤島の殺人惨劇の時の長門を思い出してみろよ。
傍目から見てるとマジでやってるようにしか見えないが、あんなんだって長門は冗談のつもりだぜ。
だいたいお前だって本気で鯨が可愛いとか思ってないだろ。まあ似たようなものだ。

俺は至ってまじめに答えたつもりだったが、ハルヒのほうは釣られたフグのように顔をふくらませて、

「キョンのばか!」

と言うが早いか、教室の外へ出て行ってしまった。
お前が頭が良いのは分かってるから、そんなこだまするような声で馬鹿って言ってくれるなよ。泣けてくる。


掃除が終わり、俺はさっさと部室へ行った。部室には野郎一人だった。
俺より先に教室から出て行ったのに、何故ここにハルヒがいないんだ?朝比奈さんでもいたら、華があっていいんだがな。
俺の精神安定剤であるはずの長門も珍しいことにここにはいなかった。

いや…ええと、ハルヒは?
「あなたのお返事について大変にお怒りで、長門さんに相談しに行かれるそうです」
ああ、俺の馬鹿直し対策会議だろ?ハルヒと長門で俺の家庭教師をしてくれたらうれしいぜ。あの最強の二人なら、俺の成績はうなぎ登りだろう。

「もう男なんてどうでもいいとおっしゃっていましたが…」

SOS団全女性化だけはやめてくれよ。そのときは古泉、共に戦おうぜ。お前とならうまくやれそうな気がするぜ。

「時に思うのですが、まさかあなたにはその気があるのですか?」

回りくどいこと言うなよ、親友。お前と腹の探り合いなぞしたくもない。
長門にも言ったが、お前も素のままでいてくれ。今のお前が仮面ならば、剥げばいいだけだ。
「なるほど、では僕も仮面を剥ぎましょう」
言うが早いか、にやけ顔を100Wの笑顔に変化させ

 

「キョンたん、すきだぁぁ!そういうわけで、や ら な い か」

 

数秒間の間、時間が止まった。久しぶりに怖気がした。春なのに首の後ろあたりが寒い。
俺が許可する。ハルヒ、今ならけっ飛ばしても良いぞ。長門、こいつなら情報連結解除してもいい。

「どうなされましたか、顔色が悪いですよ」
さわるな。後ろに来るな!さりげなく制服のズボンのベルトに手をかけるな!
「いやだぁ、キョンたん。緊張してるんですね。そんなキョンたん萌 え です」
初体験が古泉なんて絶対に…できるならハルヒか長…ごふんごふん、畜生SOS団なんてやめてやる!

 

「うぎゃ~」


一心不乱に部室から飛び出す。団長、ハルヒ、ハルヒはどこだぁっ!
あいつのことだから、中庭の木の下あたりで寝ているに違いない、間違いない!そう思って廊下の先を見ると…

 

「初めてってなんか緊張するわね」

ハルヒと…

「大好き」

長門が、数メートル離れた所で抱き合っていた。二人はお互いの手を後ろに回し、柔らかい表情で微笑みあっている。
「じゃあ有希、目を閉じて」
微笑んだままの長門の顔が、ハルヒに近づく。二つの唇が、求め合うように近づいていく。

ええと…長門さん?ハルヒさん?これは一体どういう事でしょうか?

「もう男なんてどうでもいいとおっしゃっていましたが…」
って古泉改めガチホモ、そういうことかよ!これは…悪夢なのか?疲れたが故に見る悪夢なのか?

 

古泉が駄目、長門が駄目、ハルヒも駄目…
俺の精神はどうやら悲鳴を上げる暇もなく奈落へ転落したようだ。目は前を向いているが、前の物体が何であるかは分からない。
俺が何をやっているのか、誰をつかんでいるのか、どうなって何がなんとかなるのか、抱きついてきた古泉や抱き合ってた長門とハルヒや、又見たかった長門の微笑みやハルヒのあかんべーやらの映像がごちゃ混ぜになって、

俺の意識が消失した。

 

 


おや、向こうで彼の悲鳴が聞こえてきましたね。どうやらまんまとはまってくれたようです。
七夕の日付を涼宮さんの誕生日と間違えるぐらい行事に無頓着な彼のことだ。今日がエープリルフールだとは思っていないでしょう。

案の定、涼宮さんと長門さんはしてやったりの笑顔で部室に入ってきました。今頃朝比奈さんがネタ晴らしをしているところでしょうね。
しかし、こんな得意げなお二人を見ると唇がゆるみます。保守してよかった。無論、機関にばれたら折檻ですまないかもしれませんが、超能力者という立場から離れてこのような芝居を打つのは、鈍い彼を殴って差し上げているようで、実にすっきりします。

ビリリリリリリ

僕が実に爽快な気分に浸っていると、例のうざったらしい電話が鳴りました。又機関ですか…
忘れてました。僕は惨めな超能力者です。そして、超能力がらみとなるとどうも鬱になるのは規定事項なのです。

「すみません、バイトなので帰らせて頂きます」

もう少し、涼宮さんと一緒にいたかったのですが、今の彼女は僕の敵でした。

 

春なのにやたら気持ちが寒い下り坂を走って降りていきます。目の上のほうに風船が飛んでおりました。
今回、涼宮さんの閉鎖空間の問題ではなく、敵機関幹部…橘京子が交渉を持ちかけてきたようです。
橘京子…あの人は理解のある、よい友人でした。
彼女のみならず神は友情を引き裂き、周りの関係をバラバラにして、ましてや重いいばらの木を僕たちの背中にくくりつけて行きました。


僕は、惨めだ。

暗い気持ちのせいか、

「いつか、元に戻ることがあるのでしょうか」

と、ついつい独り言が出てしまいました。

目の上の方にあった風船が割れました。引き裂かれて、バラバラになって、ゆっくりと下に落ちていきます。
そのかけらは風に乗って、僕の周りを花びらのように、ひらりひらりと舞っていきました。

この風船は、もう元には戻らない。惨めに人に踏みつぶされるだけです。

そのとき、聞き慣れたやや冷えた声が聞こえました。

「わたしは恐れない」

その声と共に、風船のかけらは独りでに集まっていきました。
つむじ風のような風に舞い、風船のかけらがボールのようになっていきました。
そして、長門さんの手の中で再び風船の形になりました。


「これ」
長門さんは風船を差し出し
「もっていって」
微か微笑みました。

これこそが同じ『超能力者』である長門さんの答えですね。
涼宮さんの相談に乗り、僕の心を慰め、彼や朝比奈さんが困っているときに協力する。

風船を直す立場、それが今の長門さんなのですね。

たとえ惨めなようにみえても、あなたが分かっていてくれるなら僕はがんばれる気がします。ありがとうございます。そうです、僕はもう恐れません。


そのころ、学校の保健室にて…

 

キョン「俺の精神マッガ~レ…」

 

立場(矛盾)へ続く

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最終更新:2009年06月11日 00:16