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このSSは、大槻ケンヂさんの小説「ステーシーズ」を元ネタに書いています。
 
 そういうのがダメって言う人にはすいませんです。

 



「あんただけなんだから、こんなこと頼めるの」
 
学校へ向かう坂道の途中で、ハルヒはくるくると笑いながら言った。
ぼんやりと歩く俺の前で、まるで糸の切れた凧みたいにふわふわしている。
 
秋の風がかさかさに軽くなった木の葉を掃き散らしながら過ぎていく。
 
「心配しなくても、ちゃんと再殺してやるさ」
 
「イヒヒ、頼むわね」
 
その時丁度、俺はいつだったか本で読んだ「一生、死ぬまで離さない」という言葉の無責任さについて考えていたので、もう何度も何度も聞いた彼女の台詞に、ほぼ無意識で返事をしていた。
 
 
 
「死ぬまで」だけだなんて、悲しいじゃあないか。
なーんてね。無責任だな。
 
ふたりして律儀に内履きに履き替えて、耳に痛いほどしんとした校舎を歩く。
ぺたぺたという俺の足音と、舞うような軽快なハルヒのステップだけが響いては消える。
 
薄く空全体を覆う雲のせいでどんよりと暗いが、今はまだ午前中、普通なら3限目の現代文を受けているような時間だ。
 
最後に受けた授業では 何を読んでいたっけ。舞姫だったかな。昔の小説はあんまり好きじゃないんだよな、あれは特に暗いし。宮沢賢治のやまなしだっけか。あれは好きだったな。意味わからなかったけど。
 
やまなしを読んだのは一年の時だっけか。いや、中学の頃だったかしらん。現代文はいつも睡眠時間だったから記憶が曖昧だ。
 
現代文なんて勉強しても点数が伸びない派の俺ががっつり寝る体勢に入ると、勉強しなくても点数がとれる派のハルヒに脇腹辺りをシャーペンでつつかれて、よく邪魔されていたな。
 
今俺の目の前で、幸せそうに、すごく幸せそうに笑うハルヒは、
そう、サワガニの兄弟の言った「かぷかぷ笑った」という描写が一番しっくりくるんじゃないだろうか。
 
一人で納得しているとハルヒは俺に向き直り、
 
「何ぼーっとしてるのよ。まったくあんたは」
 
現代文の授業の時と似たような台詞を、ニアデスハピネスの微笑みで。
 
 
 
ハルヒはもうすぐ死んでしまって、
さらにもうしばらくして、醜い姿をさらし人肉を求めて動き回るステーシーになる。
 
 
 
学校が機能しなくなってから久しいので日にちの感覚が曖昧で確かかどうかはいまいちだが、あれはたしか一ヶ月、つまり大体30日くらい前の事だ。
 
放課後の部室、朝比奈さんが新しく買ったという葉っぱでミルクティーを入れ、
俺と古泉が2人でダウトという暴挙に出て、
長門がいつものように鈍器クラスの本のページをめくり、
ハルヒがパソコンをいじりながらあくびを殺して殺して殺しまくっていた、いつもとおなじように時間の流れる日だった。
 
俺がゲームが終わらないという危険性に気付きながらもダウトを続け、朝比奈さんがかわいらしーくくしゃみをしたとき、弛緩しきった部屋の中で急にガタンと音がした。
 
またハルヒが騒いでなにかやらかそうとしているのか、と面倒ながらも目向けるが、
 
なんだ容疑者候補だったハルヒも目を丸くして口を開けているじゃないか。
 
 
その視線の先には、凶器になりそうな厚みの本を抱えたままパイプ椅子から転げ落ちて、ピクリとも動かない長門があった。
 
 
状況がつかめない焦りと、長門に対する心配と、パンツが見えそうだという雑念でごちゃ混ぜになった俺が当惑していると、
長門はよろよろと立ち上がり、何事もなかったかのように、
 
 
 
いや違う。何物か遠くの物を睨むようにして、目を見開いていた。
 
 
4人の驚愕の視線を浴びながら、長門は微動だにせず、ぼうっと突っ立ったままだった。
 
何かの冗談だろうか。
あれだ、また朝倉かなんかそんな感じの敵っぽい奴がやって来たのだろうか。
だとしてもハルヒに勘づかれるようじゃ駄目だろう。
 
見ろ、怯えたような顔でお前を見ているじゃないか。
 
 
「おい長門、一体どうし」
「あははは」
 
 
「あはははははは」
 
 
「あはっひイヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ
ヒ皮膚ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ
ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ
ヒヒヒヒッイヒヒキ嬉嬉嬉嬉嬉嬉嬉々ィヒヒヒッヒヒ
ヒヒヒヒ嬉卑卑ひヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」
 
 
 
紐を引いたらがたがたぶるぶる震え続ける人形、あれってどういう名前なんだろう。
 
自分の舌を血だらけにしながらぐりんぐりん笑う長門を見て、俺はただただ呆けたように立つ他にすることがなかった。
いつもの冷静沈着で無口なお前はどこに行ったんだ、
お前は。
 
 
「有希!一体どうしちゃったのよ!」
 
泣き出してしまった朝比奈さんを母親のように抱き締めながら、ハルヒは泣きそうに長門に言う。
 
何もできないでいる俺は、古泉が長門に駆け寄るのをぼぅっと見ていた。
 
「長門さん、どうしたんです!しっかりしてください!」
ケタケタケタ笑う長門の肩に手を置いて、古泉は諭すように言う。
 
あぁ頼りになるな、俺なんかと違って古泉は。流石日々世界を守っているヒーローだな。
 
お前、自分の好きな女の子がケタケタ笑い震えながら、大声で意味のわからないことを叫んでいても冷静ではないにしてもちゃんとした対応ができるなんて。
流石だな。
 
 
「長門さん!」
 
 
懇願するような古泉の声が届いたのか、コマが回転を止めるように、ぜんまいが切れたブリキの玩具みたいに、少しずつ静かになった。
 
 
 
「…長門さん」
 
そういって安堵に微笑む古泉に、長門は微笑み返す。
整った白い歯を見せて、目をぐるんとむいて。
 
薄紅色の柔らかそうな唇をそっと開き、
もたれかかるように抱きついて、
古泉の首筋にかぶりついた。
 
「あっああぁぁぁぁあっ痛っあああぁイっ」
 
 
古泉に突き飛ばされパイプ椅子にからまって転んだ長門は、口の中で自分の血と古泉の血とをぶくぶく混ぜて吠えていた。
 
 
「イタイイタイイツキッイタイヨイタイノイツキイタイイイイタぁぁぁっ 」
 
 
だらしなく開いた口からは激しく暴れまわる舌が飛び出て、床に泡立った血を撒き散らす。
 
肩口を押さえて息を切らしている古泉の制服は赤黒く染まっていて、俺もハルヒも二人を交互に見てあわてふためいていた。
 
朝比奈さんは、ハルヒの足元にこてんと座り込んで、涙でぐちゃぐちゃの顔一杯に疑問符を浮かべていた。
 
 
「おい、長門」
 
ようやく出てきた声は多分ほとんど聞き取れないようなものだったろう。
それでも長門は俺を見てカタカタと笑った。
 
ひんむいた白目でちゃんと見えているのかどうかは疑問だが、長門はゆっくり立ち上がって俺たちの方に歩いて来る。
 
 
やばい。
 
何かは知らんがやばい。
 
何故とかどうしてとかそんな場合じゃない。
 
「ハルヒッ!朝比奈さんを連れて逃げろ!」
 
固まったまま動かない朝比奈さんとハルヒがばたばたとうるさく部室から出ていく。
 
長門は依然かわりなく、糸のもつれた操り人形みたいに足をガクガク動かしてゆっくりと俺と古泉に近付いてくる。
 
「古泉、なんなんだこれは」
「…僕が…聞きたいくらいです」
 
そーかい。
またハルヒの力のせいか?だとしたら何を思ってこんなことを望んだ?
畜生、畜生。
 
 
長門は笑う。
 
俺は今にも泣いてしまいそうだ。
 
 
なぁ長門、俺はどうすればいい?
何かあったときにいつも助けてくれていたお前を、今俺はどうしたらいい?
 
************************
 
ハルヒは遊園地のアトラクションへと急ぐ子供のように、部室への廊下を走る。
 
あちらこちらに砕けたガラスや風に乗ってきた枯れ葉や血の跡が見られる。
 
たった1ヶ月くらい放っておくだけでこんなになるとは。
かったるかったが、やっぱり毎日掃除するのって大切だったんだな。
 
こんな状態だったなら土足で来ても変わらなかったかもな。
 
「久しぶりね、ここにくるの」
 
そうだな、ハルヒ
 
「前までは毎日くらい来てたのにね。
少しくらい懐かしい気分になるかと思ったのに、
なんだかそんなこともないわね」
 
まだ俺らの中で当たり前の感覚なんだろう。そう言うと、ハルヒはまたかぷかぷと笑った。
 
「色々あったって言うのに。
イヒヒヒヒ、変わらないなんてね」
 
 
すまんハルヒ、俺はちょっと嘘をついている。
 
俺は、前と同じ気持ちではここに立てないんだ。
 
 
でも、きっとそれは、気付かないだけでお前も同じだろう、ハルヒ。
 
 
******************
 
 
がしゃん、ばりん、ぶつん。
 
 
狼狽しきりだった俺の目の前で、窓ガラスが割れて、
何かが転がり込んできて、長門は赤い線で上下二つに別れた。
 
があっ、
と血を吐いて長門の体が長門の足に背中から崩れ落ちる。
 
うどんの玉を落としてしまったみたいな音がして、床には赤黒い水溜まりが広がる。
 
 
 
血にまみれ真っ赤なチェーンソーを持った朝倉涼子が、
制服に血がついてシミにならないかを気にしていた。
 
 
「…朝倉?」
 
「ねぇキョンくん、背中とか髪とかに血、付いてない?大丈夫?」
 
シミひとつない青いスカートと長い髪を翻し、朝倉は言う。
 
チェーンソーはどるんどるんと図々しく鳴って、部屋を油臭くする。
血の臭いと混ざって、交通事故現場みたいな臭いになる。
朝比奈さんの入れてくれたミルクティーがひっくり返ったのだろうか、
いやに甘い臭いが肺を苛々させた。
 
 
脳の中がぐちゃぐちゃになって、言いたいことは言葉にならなかった。
 
俺は酸素が足りない金魚みたいに口をパクパクさせていた。
誰かが答えをくれないだろうか、と。
 
 
「思いきったことやるわね、長門さんとこの上司も」
 
「なんでお前がここにいるんだ、なんで長門はこうなった、
なんで長門を殺したんだ」
 
「そんなにがっつかないの、ちゃんと答えてあげるから」
 
 
朝倉はチェーンソーを構え、俺に笑いかけながら言った。
 
 
「殺しちゃいないわよ、元々死んでいたんだもの」
 
 
びちゃりと音が足元でなる。
 
赤い水溜まりのなかで泳ぐ蛙みたいに、長門の上半身は俺を睨んだ。
微笑んだ長門の口は、両端が裂けていた。
 
いくら食いしん坊だからって、それはないだろう長門よ。
 
「ちょっとでいいから、下半身の方よろしくね」
 
見ると、長門の腰から下は上半身とは別の方向に向かうように暴れまわっていた。
何度も蹴られそうになったが、下半身だけでは威力が弱いので
すぐに両足首を捕まえて長門の白くて細い足を黙らせることができた。
 
「よし、じゃあ見ててね」
朝倉はそう言って、爪を立てて這いずる長門の首を踏みつけて、
どるんどるんうるさい機械で容赦なく解体を始めた。
 
突きつけられたチェーンソーは、切り裂くと言うよりは
引きちぎるように長門を細かくしていった。
朝倉が新しい破片をつくるたびに、
長門の足は逃げ出そうと激しく暴れた。
 
 
なぜかなんて聞いたって、朝倉は何も答えてはくれないだろう。
大好きな恋人にグラタンを作ってあげているときの笑顔で
長門を殺し続けている朝倉は、
きっと他の誰かの言葉なんて聞きやしないだろう。
 
 
「いつかあなたもやらなきゃいけないかも知れないんだからね」
 
 
これがグラタンの話ならばよかったのに。
 
 
朝倉があまりに手際よく長門をバラバラにしていくので、
気づいたときには俺の手には長門の足首しか残っていなかった。
 
それはまな板の上の魚みたいに弱々しく跳ねていた。
床ではさばきたての新鮮な肉が、ひくひくと蠢いていた。
白い指が何かを探すように床を引っ掻いていたが、
朝倉がそれを踏みにじる。
俺の手に残っていた内履きは、それきり動かなくなった。
 
最初は返り血を気にしていた朝倉も、
今では赤黒く染まっていない方が少なくなっている。
 
空回るチェーンソーを携えて赤い池の中に佇む朝倉を見て、
俺はエリザベート・バートリとかいう吸血鬼を思い出していた。
吸血鬼を探そうとか言ってたときに、古泉が持ってきた資料に載っていた。
 
 
 
全く、美しくなんか、ない。
 
血を白い頬に伝わらせて、
恍惚している少女に、俺の心は、
ときめいたりなんか、しない。
 
「なんなんだ、これは」
 
チェーンソーの音が止まる。朝倉が俺の目をまっすぐ見る。
 
「飽きたんですって」
 
やれやれ、とため息混じりに言った。
 
「地球外生命体、つまり宇宙人っていると思う?」
 
そりゃ、お前や長門がそれだろう。
 
「違う、違う。あくまで有機生命体の話よ」
 
いる可能性は全くのゼロじゃないらしいが、だからなんだって言うんだ。
朝倉は淡々と語る。
 
「情報統合思念体は、この地球に生息する知的生命体を発見していたの。
 
それこそ高度な文明を築くものもいたし、程度の低いものもいたわ。
 
涼宮さんの監視を始めた少し後に、そのうちの一つから涼宮さんのそれと
似たような規模の情報フローが確認されたらしいの。
 
それは、私たちには知らされていなかったけどね。」
 
ハルヒみたいなやつがもう一体いるのか。
じゃああっちにも俺らみたいに振り回されてるやつがいるかもしれないんだな。
 
いや、そんなことじゃなく、
 
「はじめのうちは規模、頻度共に涼宮さんの方が
上回っていたから比較的そっちは軽視してたんだけどね、
 
最近は涼宮さん、すっかり落ち着いちゃったじゃない?」
 
 
それは俺や朝比奈さんや、
古泉と機関の人達の努力の賜物だ。それがどうした。
 
 
朝倉が何を言いたいのか、
情報なんたらとかいうやつの思惑が何か、まだ掴めない。
 
「だから、飽きちゃったんだってさ。涼宮さんに」
 
 
 
「もうひとつの観察対象からはすでに一定のデータを集めていて、
進化のヒントの糸口みたいなものが見つかるかもしれないんですって」
 
朝倉はどうでもよさげに言う。
 
 
「で、涼宮さんはこの調子。
 
突拍子もないことをやらかしたり、世界を滅ぼしかけたりしたくせに、
成果は残念。
下手したらあっちの観察対象にも悪影響が出るかも、
 
ってことで観察は打ち切り。はやいとこ片付けちゃおうってなったの。
腹いせに人類ごと」
 
 
 
 
意味がわからない。言っていることはわかるが、理解できない。
 
 
「それで主流だった長門さんの上司が採用した方法が、これ」
 
足の先で長門だったものをこねくりまわす。
 
「15,16,17歳の少女が突然死、その後ゾンビになって人を襲うようになる。
そんな奇特な病気を作って、自分の管理下においている
インターフェースをきっかけにアウトブレイクさせる。
なかなか酷いやり方だと思わない?」
 
 
そう静かに話す少女の眼はキラキラと濁り輝いていた。
 
 
「それでね、ただゾンビにするだけってのも趣がないからって、
適当に色んな設定を追加したらしいのね」
 
 
少女たちは死ぬ前に気が狂ったように充足、幸福を感じること。
 
 
そして死ぬ前の少女たちは死に対して肯定的になること。
 
 
ゾンビになった少女は165個の塊に切り刻むまで動き続けること。
 
 
少女たちは何の前触れもなく発病するが、体液からも感染すること。
 
 
その他諸々素敵なオプションをつけて。
 
 
そのどれもが、混乱を巻き起こすのが目的の悪意に満ちた腹いせだという。
 
 
「…なんで、こんなことをしなきゃならないんだ!
見切りをつけるにしても、他にやりようがあるだろう!」
 
「知らないわよ。強いて言えば、暇潰しじゃない?」
こともなさげに朝倉は言う。
 
「理不尽な死なんて、普通に生きていても
誰にでも起こりうるものなんだから、
納得して諦めたら?」
 
「…はいはいそうですか、なんて素直に納得できるはずないだろう」
 
「納得しなくてもなんにも変わらないんだけどね」
 
朝倉は俺に笑いかける。
 
「、ちなみに、感染してゾンビになるのは女の子だけ。
その他の場合は」
 
すっ、と
古泉の方を指差す。
 
「ああなるから」
 
 
 
床に転がった古泉はすでに呼吸をやめていた。
 
 
廊下から甲高い悲鳴が飛び込む。
 
「キョンッ!」
 
しまった。
ハルヒを廊下に逃がしたが、それだって安心だっていう保証はないんだ。
廊下一杯に溢れる女子生徒のゾンビが思い浮かぶ。
畜生。
 
 
 
「ハルヒッ!」
 
乱暴に扉を開く。
ハルヒの腕をつかみ、部室に引っ張りこむ。
 
 
「ハルヒ、大丈夫か、何があった」
 
ハルヒは肩を小さく震えさせ、奥歯がカチカチと鳴っている。
 
その肩を抱き締める。
 
 
 
「……る……、………んが」
 
虫の羽音みたいな声が震えている。
 
「……みくる、ちゃんが…………」
 
ハルヒの手には、見慣れた安っぽい衣装があった。
 
 
「みくるちゃんが、消えたの、突然、急に、目の前で、突然」
 
 
その事実が示す先の絶望を知りながら、
俺はただただハルヒを抱き締めることしかできなかった。
 
「……ははっ」
 
耳元で、
 
「……あはははっ」
 
笑い声がした。
 
「あはははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははは
はははははははははははははははははははははははは」
 
俺はハルヒを強く抱き締めることしかできなかった
 
「あははははははははははははははははははははッ
死ぬのね、私、死ぬのね今からウキウキしてきちゃった!
どうしましょう!今から準備していかなきゃ!
何が必要かしらね?イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ
どんな風がいいかしら?ロマンティック?バイオレンス?
今の時代いろんな前例があるってのが嬉しい反面、
画期的なものが出尽くした感があるわね!どうしましょう!」
 
ハルヒ。
 
「そうよ!そのときはキョンも手伝ってくれるわよね!
退屈な、誰とも知らないような人間に看取られたり
病院のベッドでおとなしく消えていくなんて嫌だもの!」
 
 
ハルヒ。
 
 
「大好きな人に抱き締められながら死ぬなんて、
ありきたりだけどやっぱり憧れるわよね!イヒヒヒヒヒ!
王道ってやつもたまにはいいわよね!ねぇキョン!
イヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒッ!」
 
 
ハルヒ。
 
大好きだ。
 
*****************
 
ドアノブを回し、ゆっくりと部室の扉を開く。
美術との格闘の末に気を違えてしまった芸術家のアトリエみたいに、
床や壁は赤黒い前衛的な模様でいっぱいだった。
 
 
30日くらい前、朝倉はここで長門を165個の肉塊にした。
 
 
30日くらい前、古泉は長門に噛まれてここで息絶えた。
 
 
30日くらい前、朝比奈さんと一緒に俺たちの未来が潰えた。
 
 
あの後、気が付くと朝倉はチェーンソーを残して消えた。
俺に何かを期待してのことだろうか。
 
しばらくして、校舎のあちらこちらから悲鳴が上がり始めた頃、
森さんと新川さんがヘリに乗ってやってきた。
 
 
古泉の死体を載せ、俺とハルヒを乗せて学校から逃げ出した。
 
機関は閉鎖空間が発生していないにも関わらず突発的に
起きたこの状況に混乱しきっていて、なんとか対策をと思い俺を頼って来たという。
俺は、朝倉に聞いたすべてを隠した。
 
 
ハルヒがこうなった以上、
全てが無意味になったとなんとなく感じていた。
 
 
そわそわふわふわしているハルヒを不審に思われる前に、俺はハルヒの手をひいては歩き出した。
 
 
 
その日の夕方には、政府から的を得ない発表があった。
 
危険ですから、少女の死体に近づかないでください。
現在、政府の関係機関が調査を進めています。
 
どうか取り乱したり混乱を招くような行動はしないでください。
 
世界中で同じような現象が確認されているようです。
 
WHOはこの事態に対して云々。
 
 
 
俺はそのニュースを、逃げながら隠れながら携帯ラジオで聞いていた。
 
少女の突然死に混乱した街は、
少女の復活とゾンビ化によってさらに混乱し、
大衆は暴徒に変わった。
 
 
まずはじめに、少女たちを片っ端から殺す輩が現れて、
結果としてはゾンビの数を急速に増やすことになった。
 
 
突然死した少女を凌辱する輩が現れた。
少女と交わった男たち(あるいは女たち)は、
少女たちの孕む毒によって次々と死んでいった。
 
 
一週間ほどして、研究者たちがサジをなげ、
何もできなかった言い訳みたいに
少女たちのゾンビにステーシーと、
少女たちが死ぬ前に見せる狂ったような幸せそうな状態を
ニアデスハピネスと名付けることで自尊心を保とうとした。
 
 
その頃には、自衛隊が独断でステーシーの再殺の手段を発見し、実行し、
民衆もそれにならって自警団のようなものを組織しはじめていた。
 
 
自衛隊や自警団からハルヒを連れて逃げてきて、
こうしてまた部室に戻ってきた。
 
 
ハルヒが言うのだ。
 
「わがままだとは思うけど、私も、
みんなが死んじゃった部室で死にたいの」
 
 
「それで、キョンがそばにいてくれて、
看取られながら幸せに死んで、蘇ってもキョンに殺してもらうの。
イヒヒヒヒヒ、とても幸せな最後だと思うの」
 
 
古泉が前に言っていたな。ハルヒが死んだら世界が滅ぶかも知れない、って。
 
それが本当だろうが嘘だろうが、どうせ世界が終わるんだ。
ハルヒが望むようにしてあげよう。
 
 
その日もハルヒは死ななかった。
 
聞くところによると、ニアデスハピネスが現れたら
なにもしなくても数日のうちに突然に死んでステーシーになるという。しかしハルヒはあの日から今日までずっとこの調子だ。
今思えば長門は死んですぐだった。
 
ずっと、ずっとこうならいいのに。
 
その日の夜は、部室で過ごした。
ハルヒは部屋の隅で毛布にくるまって、俺は椅子に座り机に突っ伏して。
 
 
長門と古泉の血の跡がすさまじいが、それ以上のものを
飽きるほど見てきた。この程度で眠れなくなるなんてことはない。
 
だのに、なのに、眠りに落ちる直前に涙が溢れだして、
呼吸が辛くなって、簡単には寝かせてもらえなかった。
 
 
 
泣きつかれて眠るなんて、
まるで餓鬼だ。
 
********************
 
「と、こんな夢を見たんだが」
 
昨日見た夢の話なんてどうでもいいことを、たっぷりと時間をかけて話した。
 
しゃべりすぎて喉が乾いた。
 
すっかりつめたくなったお茶は、今の喉にとっては好都合だった。
 
「ふえぇ、なんだか怖いですぅ」
 
朝比奈さんはお盆を抱え込んで、涙目になって怯えている。
 
「んふっ、何か悩みでもあるんじゃないんですか?相談なら乗りますよ」
 
机を挟んだ向こう側で、古泉が気持ち悪く微笑みながら言う。
 
それよりも速く次の手をさせ。どのみちもうすぐ投了するしかないんだ。
 
 
「………」
 
長門は無反応。黙々と読書を続けている。
せめて、目線ぐらいくれたっていいだろうに。
 
「悩みの種ならピンポイントで思い当たるんだがな」
 
「おや、一体何なんです?」
 
お察しの通り、今ここにいない誰かさんに関することだ。
 
古泉は苦笑する。
 
「そういえば、やつはまだ来てないのか」
 
「私は何も聞いてませんけど…」
 
「同じく、です」
 
うむ、なんだかとてつもなく嫌な予感がするんだが…
 
その時、バタンとでかい音がした。
 
**********************
 
その時、バタンとでかい音がした。
 
 
寝ぼけた頭がくらくらする。
 
外はもう明るい。
 
一体何時だ、それより今の音はなんだ。
 
 
慌てて部屋を見渡すと、団長の特等席をひっくり返して
ハルヒが仰向けに倒れていた。
 
 
頸動脈を切られ血抜きしている最中の羊みたいに、
ハルヒはガタガタと痙攣する。
 
 
ああ、時が来たんだ。
 
もう、ずっと、ずっと前から覚悟してきたことだ。
 
 
ハルヒは今ここで死ぬ。
 
 
死んだ後、もう一度歩き出すハルヒを俺はチェーンソーでちゃんと最後まで殺す。
 
 
責任をもって、殺してやる。
 
 
ハルヒはぐりんと目をひんむいて、
絶頂にも似た表情で、舌を突き出して、
涎を撒き散らしながら。
 
 
その姿さえも、目をそらさず見てやる。
最期まで、ハルヒのことを見ていてやる。
それが俺の決めたことだった。
 
 
しかし、現に今こうやって悶えるハルヒを見るのは、
とてもじゃないが耐えられそうになかった。
吐きそうになった。
もう、すでに泣いていた。
 
あまりに激しく暴れまわるので、ハルヒの肘や拳には薄く血が滲んでいる。
 
痛いだろうに、
苦しいだろうに。
 
 
「ッッッあぁ」
 
 
突然体をつぴんと伸ばしきったかと思うと、
それきりハルヒは動かなくなった。
 
 
つー
と、ハルヒのスカート辺りに透明な水溜まりができた。
 
死んで筋肉が緩んだんだ。どこかの本で読んだことがある。
 
死んでからとはいえ、ハルヒのお漏らしを見るとはな。
こんな状況の中で、常識的で間抜けな事が
起ったせことが、なんとなくおかしかった。
 
涙でぐちゃぐちゃになった顔で、ほんのすこし笑った。
 
ハルヒが死んで、部屋の中はそれこそ死んだみたいに静かになった。
 
いや、キリストみたいにまた復活するんだから、
まだ死んではいないのか?体はまた動く訳だし。
 
 
いや、でも、
ハルヒと同じ思考をもって動いてる訳じゃないから、
もうすでにハルヒは死んでいるのかな。
ふっと、悪い考えがよぎる。
ハルヒと同じ思考をしていない、
ニアデスハピネスの、虚ろでふわふわしていて、
俺に、素直に好きだと言ってくれたハルヒは、もうすでに別のものだった?
 
 
…いや、違う。
ハルヒはハルヒだ。
 
いつもみたいにめんどくさいのも、
かぷかぷ変な声で笑って俺に寄り添ってきてくれるのも、
死んでしまって、ステーシーになって俺に襲いかかってきたとしても、ハルヒはハルヒだ。
 
死んでしまっても変わらない。
 
 
 
俺はハルヒが、
 
 
 
すん
 
ハルヒの鼻が微かに動く。
 
ゆっくりと、突き出した舌が蠢く。
唇を湿らすように、くるくると円を描いて。
 
まず口から動き出すのは、その歯で肉を裂き、顎で骨を噛み砕き、血をその舌で味わうためだという。
 
長門じゃあるまいし、そんなに食い意地はって、みっともない。
 
ハルヒの眼球がぐるぐるぐると壊れた人形みたいに回る。
 
夢を見ている間、人の眼球はくるくる回るという。
ならば今ハルヒは夢を見ているのだろうか。
どんな夢を見ているのだろうか。
 
 
震えが振動になり、全身が忙しく蠢きだす。
 
スカートが翻り、白い腿がのぞく。
 
銀色のキラキラがきらめき、
部屋の中にミルクティーに似た甘い香りが広がる。
 
 
これはステーシーの体から分泌される鱗粉の香り。
 
それは、真昼の光で瞬き、美しかった。
 
 
ハルヒの肌が、体が、
輝いて見えた。
 
ハルヒの首がごきゅんと鳴り、それからゆっくりと上半身を起こす。
 
生まれたばかりのキリンのように、着実に立ち上がる。
 
俺は、朝倉の残したチェーンソーに手を伸ばした。
 
にこりと微笑んで見えたが、きっと俺の願望が作り出した錯覚だ。
ハルヒは死んでいるのだから。
 
 
そうだとしても、なぜか嬉しくなった。
 
 
さぁ、こっちにおいで、ハルヒ。
 
ちゃんと、最後まで愛してやるから。
 
 
 
 
 
 
報告書(記入者:森園生)
 
我々が北高文芸部室(通称SOS団部室)に到着した時点で、
少年Dは自警団の発砲によりすでに殺害されていた。
 
自警団は我々の到着する前に窓から逃亡した模様。
数発の銃弾を受けたステーシーが残されていた。
 
我々はステーシー特別対処規定に基づき、自警団を捕縛、ステーシーの処分を行った。
 
 
使用した装備は別紙に記載。
 
 
処分したステーシーが涼宮ハルヒのものであり、
また少年Dがその鍵であった少年だと発覚したのは、
ステーシーの処分後である。
以上
 
 
 

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