第2周期 nOiSEleSsphAnTOmGIrL3

 場面は転じて、夜の公園。しかも一人ベンチで寂しく……はないが座っている。
 何故こんなところに居るかというと、此処で待つように指示するメモ書きが下駄箱にあったためである。
 で、それを見た俺は素直にその指示に従って此処で待っているということだ。飯は食ってきたから長時間待っても大丈夫である。
 まあ、この手段で呼び出しというのであれば、SOS団の緊急召集ではないことは皆さんもお分かりであろう。
「お久しぶりです」
 朝比奈さん(大)がやってきた。
「今日は、ハルナについてですよね」
「はい、そうです」
 取り敢えずベンチに座り、話を切り出した。
「今回のことで未来はどうなったんですか」
「不思議なことに、影響は少ないんです。確かに大きな変化が無かったとまでは言えませんが、私達が動く必要性はないとの見解です」
「そうなんだー」
「!!!!!!!!!」
 !!!!!!!!!

 何ということでしょう、そこにはニヤニヤしながらこちらを見ている団長の姿があるではありませんか。
 勿論、慌てるとかいうレベルではない俺と朝比奈さん(大)。
「は、ハルヒ!?」
「あ……えっと……」
 朝比奈さん、今更隠れようとしても無駄ですよ……。
「うーん、やっぱり大人になったみくるちゃんのもなかなか。これは揉みがいがありそうね…」
 何だその品定めするような視線は。そしてその怪しい手の動きを止めなさい。というかさっきからどこを見ているんだ。
「決まってるでしょ、みくるちゃんのその立派な」
「あー、それ以上は言わなくていい」
 駄目だ、あれは完全に獲物を見る目だ。
「例えおっきくなってもみくるちゃんはみくるちゃんよ!!」
「えっ、あ、ちょっと…! ぃゃ………………!!」
 ハルヒが朝比奈さん(大)に飛びかかった瞬間には俺は即座に後ろを向いて見ていないので何があったのかは分からない(ということにしておいて貰いたい)。
 背後から天使の悲鳴が聞こえるが俺にはどうにもできません、ごめんなさい……。

 しばらくして悲鳴は止んだ。どうやらハルヒが満足したらしい。嗚呼無力な自分が悔しい。
「いやーやっぱり気持ち良いわねー」
「ぅぅ……涼宮さん…」
 やはり泣いていらっしゃる。だがしかし俺にはどうすることも以下略


 こうやってこそこそしていたわけだし、ハルヒに見つかってしまうのは相当まずいことなのではないのだろうか?
「はい、以前まではそうでした。涼宮さんに見つかることだけは避けなければならなかったんです。でも、涼宮さんによるリセット以降、これは規定事項になってたんです」
 これ、とはつまり、ハルヒに見つかって……
「い、言わないで下さい……」
「なに? つまりあたしから逃げられなくなったってこと?」
「簡単にいえばそうなります。その原因は分かっていませんが、リセットされたことで私達の未来とはほんの少しではありますが方向が変わったのかもしれません」
「少しねえ。その『少し』の影響量が気になるわね」
「それについては調査中ですので何とも言えません」
「調べ終わったらまた報告してくるの?」
 朝比奈さんの言うことをしっかり聞いているのは、罪悪感などが残っているからなのだろうか。
「ここにおっきなみくるちゃんがいるってことはキョンに何か大事な話があるんでしょ?」
「え?」
 再び二人は仰天である。何でそこまで知ってるんだ。恐るべし、全能の涼宮ハルヒ。
「お邪魔しましたー、ごゆっくりー」
 ハルヒはそう言い残すと俺達に何も言わさぬままどこかへ行ってしまった。
 ぽつーんと残された二人は呆気にとられていた。
 あんなにあっさりしていたのは全くもって予想外であった。ハルヒがあれほど追い求めていた未来人に対面したのだから、もっと首を突っ込んでくると思ったのだが
「それにしても、なんかあの言い方はむかつくな」
「私があまり長時間この時間平面に留まれないことも知っているのかもしれません」
「あ、なるほど」
 しかしまさかハルヒが配慮するなんてな。『事件』とやらが与えた影響はかなり大きいのかもしれん。

 しばらくの沈黙ののち、本題へ戻った。
「リセットの影響はあるのにハルナの出現の影響はないというのはどういうことですか? ハルヒが二人になったも等しいというのに」
「そう思われたのですが、これが私たちの調査結果です」
「この先、何か重大なことが起こるんですか?」
「それはキョン君の結論次第です」
 朝比奈さん(大)は真っすぐ俺を見てそう言った。
 俺達がハルナを認めるか否か、それによって朝比奈さん(大)の時代で予測されているのとは異なる未来に向かうかもしれないのだ。
「では、そろそろ失礼します」
 朝比奈さん(大)がベンチから立った。
「最後に一つ聞いてもいいですか」
「何ですか?」
「朝比奈さんはハルナのことはどう思いますか?」
「そうですね」
 しばらく空を見上げていた。その後こちらを向いて微笑みながら言った。
「妹って、なんか羨ましいです」


 翌日、ハルヒによる世界改変でハルナは元々いたことになっていたという報告を長門から聞いた。
「現在、涼宮ハルナは近所の小学校に通っている」
 長門は廊下で俺が登校するのを待っていたのだ。朝会うなりそんな重要なことを聞かされるとはな。
「この改変に対し幾つかの派閥が苦言を呈している」
 長門は付け足すようにそう言った。そんなこと無視してしまえばいいと思ってしまうだろうが、相手が相手だけに注意しなければならない。
「だが暫定的であってもそうでもしなけりゃハルナの居場所がないぞ」
「そう主張したが受け入れられなかった」
「そうか……、済まんが引き続き説得を頼む」
「わかった」
 僅かに頷いた長門はカバンを持って教室へと入って行った。
 その姿を見ていてしばらくその場に突っ立っていた俺であったがが、「廊下のど真中で何してんだこいつ」という周囲の視線を喰らったため教室へ入ることにした。

 教室には既にハルヒがいた。頬杖をしてぼんやりと外を眺めている、やはり考え事をしているようだ。
 俺が来たことに気付き、こちらを向いた。
「おはよ」
「おう」
 綿菓子のように軽い挨拶だけすると、また視線を外に戻していた。
「……」
「……」
 着席して以降お互いに話しかけようとせず、会話が成立することはなかった。
 その後は雑談もしたが、さすがにハルナのことについて教室で話すのはまずいと考えたのでそれを話題にすることはなかった(ハルヒも同じ考えだったようだ)。

 放課後、真っ先に部室へ向かうとすでにみんな揃っていた。団長様は腕を組んで仁王立ちしていた。
「遅い!」
「そんなに遅くないと思うんだが」
「もうみんな揃ってんのよ、あたし達を待たせたのがアンタが遅れた証拠」
「そうかい、そりゃあ失礼」
「まあいいわ、全員揃ったことだし、早速会議を始めましょう」

 というわけで各々が着席する。議題は言うまでもなくハルナについてである。
「そういえば、ハルナちゃんは小学校に通ってるんですよね」
 朝比奈さんも知っているのか、長門はみんなに報告して回っていたのだろうか。
「そうよ」
「何歳なんですか?」
 その質問に及んだ瞬間、ハルヒがわざとらしくため息をついた。
「それを考えてなかったのよ。突然生み出されたんだから自分でも年齢なんて分からないのよ。二人で随分考えたけど、アンタの妹ちゃんより二つ下ということにしたの」
 つまり4年生か。
「あの骨格からすればそのあたりが妥当」
 長門がそう言うのだから、ハルヒの勘は正解だったということか。
 だとしても、あいつの頭脳からしたらまさしく某小学生名探偵のような状態だな。
「仕方ないじゃない。あの姿で高校に来てもいいけど飛び級なんて……そうよ! 飛び級ってことにすればいいのよ!」
 ぶっ飛んでいらっしゃる。この国に飛び級の制度はなかったと思うんだが。
「ちょっとまて、いいのかそれ」
「あたしがいいって言ったらいいのよ!」
 自分中心に回るハルヒ節が復活していた。それもそれで悪くはないんだがな。
「だがハルナはそれに賛成するのか?」
「それはハルナに聞いてみないと分からないわ。あくまでもハルナの意見を最優先にするつもりだけど」

「古泉君、そっちには何か動きはあった?」
「機関からは正式な結論は出されていませんが、賛成意見が多数を占めているので心配はいらないと思います」
「そうか、まず一つは良しだな」
 朝比奈さん(大)が言っていたことを賛成意見と捉えてもいいならば、早くも統合思念体以外はOKということになる。順調と言えば順調だが、ここからが正念場である。
「有希の方はどう?」
「こちらとしては結論が出ない限りは無暗に行動できない」
「まだ結論は出てないの?」
「審議中。なかなか折り合いがつかない」
「大変みたいね、ちゃんと休んでる?」
「大丈夫」
「そう、ならいいけど。無理はしちゃダメだからね」
 そのいたわる気持ちを小さじでもいいから俺に対しても持ってほしい。
「じゃあ今日はこれで解散ね」
 いきなりの終了宣言であった。
「やけに早いな」
「あたしにだって色々あるのよ、じゃあね」
 自分のカバンを持ってさっさと出て行ってしまった。

 昨夜同様、取り残された形となって呆気にとられていたが、気を取り直して気になっていたことを尋ねた。
「なあ古泉」
「なんでしょうか」
「閉鎖空間はどうなってる」
「やはり悩んでいるようです。小規模ながら高い頻度で発生しています」
 長門に言っておきながら、お前が無理してどうすんだよハルヒ。


 ハルヒが帰ってから十分と経たないうちに、自然と解散になった。
 だが俺はまだ帰らず、一人で廊下を歩いていた。
 実に不覚である。教室に課題プリントを忘れるとは。
 教室に入る時に、どっかの誰かみたいに『忘れ物の歌』なんか歌わないぞ、と思ったものの結局脳裏にあのリズムが浮かんだまま席に向かっていた。
「あったあった」
 目的のプリントを見つけ、それを四つ折りにしてカバンの奥にねじ込んだ瞬間であった。
 一瞬にして明かりが消えて真っ暗になった。
「おいおい……」
 蛍光灯がすべて同時に寿命を迎えるなんて奇跡的なことがあるのだろうか。経験者はぜひともSOS団に連絡してほしい。
 驚いたのは勿論のことだが、すぐさま身構えた。この真っ暗な教室は見覚えがある。窓も扉も、無機質なコンクリートのようになっていたからな。
 暗がりの中、机に座って待っていたのは予想通りの人物であった。
「朝倉、またお前か」
「そう。悪い?」
 十分悪い。
「今回はハルナの件についてだろ? あいつの能力が未知だからって、俺を殺して涼宮ハルナの出方を見るとか言うなよ?」
「残念ながら貴方の予想はハズレね」
「どのみち俺には生命の危機がやって来るんだろ?」
「あら、でもこれからの動向によってはキョン君の運命も変わるかもね」
 わざわざウインク付きの笑顔をありがとう。あまり嬉しくないね。

「キョン君の予想通り、今回は涼宮ハルナちゃんについてなんだけど」
 ちゃん付けなんだな。まぁハルナは見た目は幼いからな。
「こんな場所に閉じ込めたんだから、お前の派閥が賛成じゃないってことは確定なんだろうな」
 朝倉はあの時のように俺の正面に立つと下を向いた。
「ごめんなさい。急進派としてはあの要求は不都合みたい」
「一体どこが不都合なんだ。ハルナの存在か? 不干渉という条件か?」
「残念だけど両方。私達の正体を知ってしまった以上、こちらにも涼宮さんの影響が現れかねないという見解なの」
 で、俺を人質にしてハルナの要求の撤回を迫っているって訳か。

「警告はしたはずです」
 その声に仰天した。
「え……おい……」
 まるで最初からいたように、俺の隣にハルナがいた。いつ来たんだろうか。
「まあ、これは想定の内なんだけどね」
 余裕の表情を見せる朝倉をハルナが睨みつけている。
 初対面のはずなのにお互いをよく知っているようだ。
「警告を無視すると、言った通りになりますよ」
「貴方の脅し文句は統合思念体の無力化、だったかしら? 残念だけど、貴方にそれは出来ないわ」
 そう言うと背中を向けて教室内を歩き回る。
「貴方には涼宮さん……貴方のお姉さんみたいに意志を貫くことが出来ない。貴方には強い責任感があるから」
 朝倉が立ち止まると、誰かの机の中から忘れ物らしき教科書を手に取った。
「強い願望を抱いても、現実が伴い『でも』等と考えてしまう。だから願望が完全に実現することはないわ」
 それは瞬く間に槍へと形を変えた。
「たとえそうだとしても、彼を殺させはしません」
 ハルナが更に語気を強くしているが、朝倉は相変わらず挑発的な笑みを浮かべて俺とハルナを交互に見ている。
「更に残念だけど、キョン君は只の撒き餌なの。本当の目的は貴方ってこと」
 だろうな、俺を殺すなら以前にでも来たはずだろうし。
「私に与えられた仕事は貴方を殺すことだもん、ハルナちゃん」

 壁が一瞬光った。嗚呼やっぱり強烈なデジャヴを感じる……。
 それを見たハルナは明らかに動揺していた。
「空間が上書きされて封鎖が強力になっています。私一人では突破出来ません」
「そうよ、逃げられないの。だから、抵抗しないで殺されて」
 それだけは避けなければならない。ハルナがどれ程の力を持っているかは知らんが、朝倉に対抗できるかどうかは更に分からない。もしかしたら敵わないか可能性だってある。
 急進派の好き勝手を許してなるものか。
 俺は傍にあった椅子を掴んで投げ飛ばした。勿論、効果はないのは承知済みである。しかしささやかな妨害くらいにはなるだろう。
「ん? キョン君は私達とは逆の意見のようね」
「そうみたいだな」
 そう言った瞬間、強烈な痛みを感じた。
 朝倉が持っていたはずの槍が左肩に刺さっていた。投げたモーションが見えなかったぞおい。
 傷口から止めどなく熱い液体が流れている。
「てめぇ……」
「あら? その目はまだやる気ってことかな? 勇敢ね」
 またしても気付いた時には朝倉が目の前に移動していた。そして俺を壁に押し付け、肩に刺さっていた鎗を握った。
「うるさくしてもいいんだけど、邪魔しないでね?」
「うあああああああああああああああああ!」
 鎗がねじ込まれ、肩に猛烈な痛みが走る。右手で必死にそれを止めようとするが力は相手に比べりゃ圧倒的に少ない。
「やめろおおおおおおおおおおおお…………!!」
 叫んでも全くもって無駄である。容赦なく肉を裂き骨を割り、鋭利な金属が奥まで侵攻してくる。
 遂には貫通して壁に深く刺さっていた。俺は磔にされたも同然だった。
「利き腕にしなかっただけましだと思ってね」
 俺が身動きできなくなったのを見届けると、ハルナのほうを振りかえった。
 ハルナはじっと動かずにこちらを見ていた。

「お待たせハルナちゃん、そろそろいくね」
 朝倉がナイフを手にハルナに近づく。
「くそっ、やめろ……」
 少しでも動けば傷に刃が食い込み激痛に襲われる。
「逃げないの? いい子ね」
 朝倉がハルナを切りつける。ハルナは慌てる様子もなくナイフの刃を掴んでいた。
 しばらくの無音の後、ハルナの手から血が滴り落ちた。
「どうしたら、許してくれますか?」
 その問いかけに朝倉はまた笑っていた。
「それ無理。許すも何も、私は貴方を殺さなきゃいけないもの」
「私を殺したら、姉さんの分も許してくれますか?」
「さあ。私には決定権はないの」 

 その時、普通に扉が開いた。ハルナいわく頑丈に封鎖されていたにも関わらずである。
 やって来たのはハルヒと長門だった。
「あら客さん?」
「また随分と行動が早いのね、早速攻撃をしてくるなんて」
 磔にされた俺を見た長門が高速呪文詠唱をすると、左肩を貫通していた鎗が消えて傷も痛みも全く無くなっていた。
 鎗は教科書に戻って床に落ちていた、って谷口の数学の教科書じゃねえかこれ。
「あんまり面倒を起こしたくなかったんだけどね」
 そういうとハルナの前に立ち、朝倉と対峙した。
 だがこれにも朝倉は動揺することはなかった。それどころかクスクスと笑ってやがる。
「もう、みんな邪魔が好きなのね」
 朝倉がジャンプしたかと思うと、ハルヒが吹き飛ばされて壁に衝突した。とんでもない速さの跳び蹴りだった。
「ハルヒ……!?」
 急いで駆け寄ったが、頭を強打したらしく気を失っていた。
 ちょっとまて、朝倉強すぎないか? 

 長門に心の声が届いたのだろうか、その答えを出してくれた。

「反対派が朝倉涼子に協力している可能性がある」
「だとしたら対抗できないんじゃないか……?」
「こちらも協力を要請している。それまで私が時間を稼ぐ。貴方は涼宮ハルヒを」
 そう言って朝倉に攻撃を仕掛けようとした長門であったが、朝倉の方を向いた瞬間に動かなくなった。



「…………」



「何……」
 長門がそう呟いた。何かあったのか? そう言おうとした瞬間だった。
 全身の毛が逆立つのを感じた。
 人の目を見てあれほど怖いと思ったことはなかったな。
 悲しみか怒りか、ただ黒いだけではない黒い影がハルナを中心としてブラックホールのように全てを喰らい尽くそうとしていた。
 それを間近で見た朝倉は硬直している。ただ動かないだけなのか、動けないのだろうか。





)H??繼bモM、・.09wSS瞑Iコen:蹣、、h.1ae,顳コ・f%HdL、&udjmx劉_??KU、夊?&・F?Vz?






 何と言っていたのかはノイズ混じりだったのでさっぱり聞き取れなかった。
 ノイズはさらに増幅して防犯ブザーに負けず劣らずの大音量となって耳を襲い、俺の聴力を狂わせていた。
「ハ、ハルナ……?」
 そう呼び掛けたであろう自分の声も骨伝導でわずかに聞こえただけであった。
 耳を押さえても無駄であった。そのノイズは耳を介さず直接脳に響いているようであった。

 気付いた時には、教室は荒野に変貌していた。
 机と椅子はそのままにして、現実離れしたほどに荒れ果てた大地である。
 ここはどこだ?
 見上げると、異常な早さで雲のようなものが流されている。


 とうとうノイズは聴力だけに飽き足らず、視力さえ侵食し始めていた。
 目の奥が焼けるように痛い。視界がぼやけ、時折テレビのチャンネルを合わせていない時に映るあのノイズが見える。
「……何……………これ…………」
 朝倉に何が見えているのだろうか。
「…………めて……………来……で……!!」
 視力を奪われつつある俺の目には、金切り声を上げながらナイフを振り回す朝倉の影がかろうじて映っていた。
 何に襲われているのだろうか、俺には朝倉が怯えるほどのものは確認できていない。

 視力がほとんどないので無暗に動けない。
 俺はただ朝倉が発狂する様を見ているしかなかった。
「何が起こっているのか全く分からない」
 長門の声が聞こえた。この異様な光景を前にした宇宙人は一体どんな表情をしているのだろう。


「いったぁ……生身の人間相手にあんな強くやるなんて……」
 ハルヒが意識を回復した。
「大丈夫か?」
「なんとかね」
 だが周囲の様子を見るや否や、ハルヒの表情は一変した。
「派手にやってくれたわね……全く」
 怪我は大したことなかったようにすっと立ち上がると、何やら念ずるように目を閉じた。


「……は?」
 またしても一瞬の出来事であった。次の瞬間には、荒野が再び元の教室へ姿を変えていた。
 もう何が何だか。
 だが完全に元の世界に戻ったわけではなかった。灰色に染まった見覚えのある空間だ。
「閉鎖空間……って言うんだっけ? それに上書きしたのよ」
 淡々と語っていつその目は、真っすぐハルナを向いていた。
「それしか戻し方を知らないから」
 その視線に刺されたハルナは、悪戯が見つかってしまった子供のような表情で固まっていた。

 ハルヒは硬直しているハルナに歩み寄ると、思いきり頬を叩いた。
 それはもう凄い音が教室に響いていたから、本気で叩いたのではないだろうか。
「ハルナ、それは使わないって約束だったよね?」
「……」
 怒りに満ちたその声を聞いた俺と長門は、こちらに向けられたものではないのに委縮してしまいそうだった。
「二度目は無いからね!! 分かった!?」
「……ごめんなさい」
 これほどまでに厳しく叱りつけるのは、その力がどれだけ恐ろしいかを知っているからなのだろう。

 そのころ朝倉はというと、一体何を見たのだろうか、震えたまま教室の隅で子供のように丸くなっている。
「これはやり過ぎね……」
 そう言ってハルヒが近付くと、朝倉が弱々しい悲鳴を上げる。
「や…………め………て………」
 もはや言葉は一文字ずつしか発することが出来ないらしい。
 ハルヒはしゃがむと怯える朝倉の頭に手を置いた。
 すると朝倉の呼吸が少しずつ落ち着き、恐怖一色だった表情が段々穏やかになっていく。


「……」
 落ち着いたとはいえ、言葉が出ないらしい。
「貴方達は……何なの?」
 ようやく出た言葉は、高い能力を誇る宇宙人らしからぬものであった。
「あたしは涼宮ハルヒ、でこっちが妹のハルナ」
「そうじゃなくて……」
「あたし達にとってはそれ以上もそれ以下もないわ」
「……でも貴方達は我々にとっては脅威なのよ。だからこんな命令が下っ」
「そう思ってるだけよ、あたしはアンタ達を敵視してるつもりはないわ」


 ハルヒがこちらに振り返った瞬間、朝倉が床に横たわってそのまま動かなくなった。
「言っとくけど眠らせただけよ」
 ナイフのように鋭利な眼光であった。こいつ、最近で一番と言っていいほどに苛立っているな。能力のことに関して神経質になっているのだろうか。
 その表情を緩めると長門と対面した。
「有希、このことは上には報告しないってことは出来る?」
「それは不可能。既に送信されている」
「そう……じゃあせめてさっきの記憶だけでも消してあげてくれる?」
「分かった」
 長門が朝倉の記憶を修正している間にハルヒは教室を出ていってしまった。
 ハルヒが帰ってから数分後、閉鎖空間は消滅し、窓からは夕闇が差し込んでいた。

 

 ハルナはすっかり落ち込んでいた。夕日よりも真っ赤に腫れた頬を涙がつたっていく。
 教室を荒野に変えてしまったあの時からずっと動かずに立っている。俺はその小さな背中の後ろに行くと、ハルナが呟いた。
「……ごめんなさい」
「失敗から学ぶっていうだろ? 学習学習」
 頭を軽くぽんぽんと叩いた。
「同じ過ちを繰り返さなけりゃいいんだよ」
 ハルナは少しだけ頷いた。
 そう言ったものの、その力がたった一回の過ちで世界を滅ぼしたのではなかったか。
 俺が言っていることは矛盾していた?
「繰り返さなきゃ……な」
 二回目のそれは、どちらかといえば自分に言い聞かせているように思えた。
 朝倉の記憶修正を終えたらしく、長門が立ち上がった。
「終わった」
「御苦労さま」
「いい。朝倉涼子のことは私に任せて、貴方は涼宮ハルナを」
「長門、あの時言ってたことに間違いはないんだな」
「何」
 長門がこちらを振り向いた。その奥で朝倉はいまだに眠っていた。
「あの時言った『無理はしていない』ってのは嘘じゃないだろうな」
「嘘ではない。無理をするのは反対派との全面衝突になった時」
 答えるまでに少しの無音があったので、図星なのかと思ってしまった。
 まさか長門がジョークを言うとは思わなかった。あまり笑えないのだが。
「分かった、それなら安心だ。それと、もう一つ頼みがあるがいいか?」
「何」
「ハルナのケガを治してやってくれ」
「分かった」
 長門がハルナに近づき、その手を取った。
 ナイフの刃を握っていた小さな手からは、未だに血が流れていた。高速呪文を呟くと、傷は跡形も無く消えた。
「……」
 ハルナは傷の消えた手の平をずっと見ていた。
「ほら、お礼」
「え、あ、ありがとうございます」
 俺が促すとはっとしたようにそれだけ言って、また視線を手の平に戻して黙り込んだ。
「いい。……また明日」
「おう、またな。行くぞ、ハルナ」
 やっぱりこの名前を呼ぶのにはまだ違和感がある。早いとこ慣れないと。
「……」
「いつまでもここで落ち込んで立って仕方ない、帰るぞ」
 今度は頷くことはなかった。だが、俺が廊下に出でもう一度呼ぶとついて来た。
 廊下を歩く俺の隣の小さい影は下を向いていた。何と言ってやればいいのか分からず、帰って墓穴を掘りかねないので黙っているほかなかった。
 無言でいる間、さっきのことを思い出していた。
 砂漠のように荒れた大地、激しいノイズ、何かの叫び声のような音、現れたものは散々ハルヒのことに巻き込まれてきた俺でさえ全て未体験のものばかりで、それらはハルヒの閉鎖空間とは似ても似つかぬ光景を生み出していた。
 何より気になったのが、ノイズに視力や聴力を奪われていてもしっかりと感じたあのどんよりとした重たい空気である。
 あの空間はあの『事件』とやらの記憶が影響しているのだろうか。ハルヒが詳細を言わないので推測にすぎないが、好んであんなものを創造するとは到底思えないからな。
 ハルナは事件の記憶を引きずっているのだろう。その時にハルナが関与していたのかもしれない。

 昇降口に差し掛かった時に俺は立ち止まり、こう切り出した。
「さて、そろそろ仲直りタイムにしようか」
「あ……」
 ハルナもすぐに気付いたようだった。
「どうして分かったの」
 そこにハルヒが待っていた。
「勘、だな」
「なによそれ、カッコつけてるの?」
「これでもいたって真面目の回答なんだがな」
「ふぅん」

 夕日に照らされながら坂を下る三人。結局ハルヒと合流しても無言に変わりはなく、気まずい雰囲気が持続していた。
「……さっきはごめんね。思いきり叩いたりなんかして」
 で、ハルヒが口を開いたかと思えば……。
「……」
「あたしが無茶苦茶してた時は、ハルナは何にも咎めず許してくれたのに、あたしは散々怒鳴り散らしちゃって……」
 ハルナはそれを黙って聞いていた。
「ハルナを苦しめ続けてきたのよ、あの時からずっと」
 俺もなかなか割り込むチャンスを得られなかった。
「あたしばっかりが勝手に怒って、勝手に泣いて。ハルナのことを思ってのはずなのにそれは二の次三の次にしちゃって」
「ちょっと止まれ」
 急な命令に驚いたのか、二人はすぐに立ち止まった。
「どうしたのよ急n……」
 こっちを向いた瞬間に、二人同時にでこピンをお見舞いした。
「いっ」
「ぅぅ……」
「何すんのよ!」
「本当にそっくりだよな、自分にばっかり責任を感じちまうところも」
 その指摘を受けた二人は、額を押さえながらお互いを見ていた。
「何と言ったらいいかよくわからんが、あんまり深く考えない方がいいんじゃないか? この世界は崩壊してないんだし……な」
 返事がない。そりゃあ俺のどうにも言葉足らずなものではどうにもならないか。
「なんかごめんね。じゃ、あたし達はこっちだから、またね」
「おう」
 何か気の利いたことが言えないのか俺。
 だんだんと小さくなっていく二人の背中を見ながら、おれは自分の手の平を見ていた。
 どうも違和感があったんが敢えて何も言わなかった。
「現実までこうなんのか……」
 俺の手の平には赤いべとべとがついていて、鉄の臭いがした。いつついたんだよこれ。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2010年01月05日 17:49