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"金"は人類の発展の中で生み出された素晴らしいシステムである。
このシステムがあって現代社会は成り立っているのだといっても過言ではない。
しかし、長所ばかりではない。
金に価値がありすぎるために金を巡っての争いが起きたり、
金をあまり持たない者が社会的に弱い立場になったりする。
今の日本には、物々交換していたころの人々のような暖かみが必要だろう、とたまに思ったりする。
さて、かくいう俺も金の無い高校生のひとりだ。しかし、今、俺は金が必要だ。
金が無い高校生が金を稼ぐためにすることといえば、そう――
「バイト・・・ですか?」
部専用の癒し系メイドさんがきょとんとした顔で答えた。
「そうです。朝比奈さん、なにかいいバイトご存知ありませんか?」
「知りませんね・・・。すいません。私バイトしないので。
でもどうしてお金が必要なんですか?」
そうだな。うるさい団長様もまだ来てないことだし、今の内に話しておくか。
「長門と古泉も聞いてくれ。実はだな。」
俺は自分の計画していることを他の3人に話した。

「あー。そっかー。そうですよね。そっかー・・・。」
朝比奈さんは納得したように手を叩いた。
一方、長門は何一つリアクションする事なく、黙々と読書を続けている。聞いてたのか?
「聞いていた。」
そうか。ならいいんだが。何かリアクションがないと聞いてないのかと勘違いしてしまう。
「それはまた、面白そうな話ですね。でもやるなら涼宮さんにバレないようにしないと。
バレたら色々と面倒そうです。」
古泉がニヤケ顔で言う。面倒になるから、ハルヒがいない時にこの話をしたんだよ。
「それで、資金は誰が出すのですか?なんなら"機関"の方で用意させてもらっても結構ですが?」
それじゃあ意味が無いだろう。何の為にやると思っているんだ?資金は俺達で出すに決まっているだろう。
「冗談です。そんな本気な顔しないでください。」
古泉はニヤケ顔を崩さず小さく手を振る。
お前の冗談は冗談に聞こえない。それに笑えないぞ、古泉。
「すみません。僕にギャグセンスは無いもので。
でも、あなたがクリスマスにやったあれよりは良いと思いますがね。」
やめろ!あの時の話はするな!思い出したくない。1秒たりとも思い出したくないぞアレは。

「キョンくん、それだと私もお金が足りないんですけど・・・。」
俺が古泉を睨んでいると、横で朝比奈さんが言った。
俺は顔を朝比奈さん専用スマイルに切り替えて応対する。
「それだったら、朝比奈さんも一緒にバイトを探しましょう。」
「僕も一緒にいいですか?」
古泉が割り込んでくる。
「お前にはもうバイトがあるだろう。赤い玉になってぴゅんぴゅん飛んでりゃいいじゃないか。」
「閉鎖空間も随分ご無沙汰でしてね。仕事が来ないんじゃ稼ぎようもありませんよ。」
古泉は肩をすくめてみせた。俺がその怪しい古泉の動きをじっと見つめていると、
「何て、冗談です。僕は充分お金を持っていますよ。」
冗談に聞こえないし、どこから冗談かわからないし、笑えないし、自慢くさいし、憎たらしい。
「おやおや、嫌われたものですね。」
古泉はまた肩をすくめて見せた。お前は1日に何回肩をすくめているんだ。

「そうか・・・あの店だったら雇ってくれそうですね・・・。」
俺がバイト先はそこにしようかと考えていた時、
「ヤッホーー!!遅れてゴッメーン!」
うるさいのが来た。
「ん?何これ?求人情報誌?」
ハルヒが俺が長テーブルに置いていた求人情報誌を手にとる。
「何あんた。バイトなんかするの?」
「しねぇよ。それは古泉のだ。」
と、嘘をついておく。古泉は一瞬驚いたような顔をしたが、
「ええ、ちょっと高校生らしくバイトでもしてみようか、と持ってきたのですが、
見たところ僕向きなバイトは無いようです。
やっぱり僕は部室でボードゲームをしてる方が気楽でいいですよ。」
と、冷静に対応した。ちっ、もうちょっと困れよ。
「ふーん。」
ハルヒは求人情報誌を古泉に渡し、またいつもと同じ場所に座った。

「王手。」
「お手上げです。」
今日もまたいつもと同じSOS団の風景だ。
俺と古泉は、古泉のボロ負けの将棋を楽しみ、
朝比奈さんは編み物、長門は読書だ。
我等団長様は、電脳界の不思議探しと銘打って
ネットサーフィンをしながらニヤニヤしている。何がそんなに面白いのだろうか。
そして黙々と時間は流れ―。
ぱたん。
本が閉じられる音。これがこの団解散の合図だ。

「今日はみんなで一緒に帰りましょ!」
ハルヒが元気ハツラツな顔で言う。
「悪いハルヒ。俺と朝比奈さんはこれから少し用事があるんだ。」
そういうと、ハルヒは元気ハツラツな顔を解き、口をへの字にして、
「何よぉ、つれないわね。まぁいいわ。有希、一緒に帰りましょう!」
「そう」
古泉を忘れているぞ、ハルヒ。

ハルヒ、長門、古泉と別れ、俺は朝比奈さんと肩を並べて大森電気店に向かった。
「やぁ、いらっしゃい。今日はどうしたんだい?」
店につくと、店主さんが愛想のいい笑顔で話しかけてきた。
「いやぁ、今日は少し、お願いがありまして。」
俺は店主さんに事情を説明した。

「そういうことかい。丁度、お手伝いさんが欲しいと思っていたところなんだよ。
うちでいいなら、よろしく頼むよ。」
「本当ですか!?」
朝比奈さんと俺は同時に言った。
「ああ。ところで、土日はいいとして、平日はどうするんだい?」
「早めにお金を貯めたいので、俺は平日も学校が終わったら来ることにします。」
「お嬢ちゃんは?」
「えーっと・・・。キョンくんがそうするならわたしもそうしようかな。」
「わかった。準備しておくね。じゃあ、今日は帰って明日また来なさい。」
「はい。ありがとうございました。」
俺と朝比奈さんは、声を合わせてお辞儀をし、その場をあとにした。

次の日。
「キョン、今日も来なさいよ。」
「何処にだ。」
「決まってるじゃない。SOS団部室よ。」
わかっている、と言いかけて俺は口を止めた。そうだ、今日からバイトだ。
「すまんなハルヒ。俺はしばらく顔を出せないと思う。」
「えっ?どうして?」
「バイトがあるんだ。」
俺がそう言うと、徐々にハルヒの眉が吊り上がっていった。
「なーに言ってるのキョン!!バイトなんかよりSOS団を優先させなさいよ、SOS団を!」
「この間の不思議探索パトロールのときのおごりで、俺の所持金が底をついてしまったんだよ。
俺も苦労してるのさ。」
「何が苦労よ!!そもそもあんたが集合時間に遅れなきゃいいんじゃない!!」
ハルヒは立ち上がって言った。眉がますます吊り上がる。
「俺は他の団員のために自らおごりを引き受けているのさ。」
「下手な嘘つくんじゃないの!どーせ毎日寝坊してるだけでしょう?」

「それに、あんたが来なけりゃ・・・!!」
ハルヒはそこまで言うと、口を開けたまま静止した。どうした?
「・・・いや、何でもない。」
ハルヒはそう言うと、黙って席に着いた。なんだってんだ?
そんなことをしていると、担任の岡部が教室に入ってきた。
「よーし。ホームルーム始めるぞ。」

そして放課後。
ハルヒと別れを告げて、俺は学校を出た。
校門まで行くと、朝比奈さんが両手で鞄を持ちながら立っていた。可愛らしい。
「朝比奈さん。」
俺が言うと、朝比奈さんはこちらに気付いたらしく、ぱたぱたと駆け寄ってきた。
「行きましょうか。」

大森電気店につくと、店主さんは丁度大型テレビの入ったダンボールを運んでいるところだった。
「やぁ、来たね。」
店主さんはこちらに気付くと、顔を上げてそう言った。
「こんにちは。」
「はい、こんにちは。じゃあ、まず作業服に着替えてもらうね。」
作業服?
「うん、これ。」
店主さんは服のわき腹の部分を摘まんでぴらぴらさせる。
緑色のこの服、これが大森電化店の作業服らしい。
「奥に用意してるからね。そこで着替えてきて。」
「わかりました。」

電気店の奥のドアを開けると、畳が敷かれている小部屋があった。
ここが店主さんの移住スペースらしい。さらに奥に2階に続く階段がある。
ちゃぶ台の上に、二人分の作業服が置いてあり、その上にメモ書が置いてある。
"これに着替えてね"だそうだ。
「じゃあ着替えますか。」
「待ってください。」
朝比奈さんはきょとんとする。
「ここで二人で着替えるわけにもいかないでしょう。
俺は少しの間外に出てますから、その間に着替えてください。」
そう言っても朝比奈さんはまだきょとんとしていたが、
10秒ほどして意味が理解できたらしく、顔を赤らめて、
「あっ、そうですよね。着替えるところ見られるのはお互い恥ずかしいですよね。
すいません。それじゃあお先に。」
朝比奈さんになら俺の下着姿を見られても問題ないが。
とかくだらないことを思いつつ、俺は部室の時と同じように一礼して部屋を出た。

「どーぞ。」
朝比奈さんの可愛らしい声を確認し、俺はドアを開けた。
中には、作業服の朝比奈さんがいた。
メイド服の可愛さには劣るものの、これはこれで別の可愛さがある。
まぁ朝比奈さんが着ればどんな服でも可愛く見えるのだが。
「じゃあ、次はキョンくんどうぞ・・・。
私は店長さんに仕事を貰ってきますね。」
そう言うと朝比奈さんは部屋を出てぱたぱた走っていった。
さて、着替えるか。

初めての電化店での仕事は意外にも、かなりしんどいものだった。
主な仕事は大型の電化製品を運ぶことで、
その他には店の商品に値札をつけたり、商品の確認、などなど。
電気店の仕事がこんなにきついものだったとは。
バイトの終了時刻は夜9時。
その頃になると、俺も朝比奈さんもへろへろになっていた。
「お疲れさん、今日の給料だよ。」
給料が入った封筒が手渡される。
今日は帰ったらすぐ寝よう。

今日もまたあのしんどい上り坂をのぼり、登校。いやになるね。坂にエスカレーターでもつけてくれないものだろうか。
教室に入るや否や、ハルヒが大声で言ってきた。
「キョン!あんたが働いているところ何処?」
「大森電気店」
俺は鞄を机に置きながら答えた。
「えっ、そうなの?」
ハルヒは意外そうな顔をする。
「どうしてだ?」
「いや、みくるちゃんも急にバイト始めるとか言い出して、
ひょっとしてあんたたち同じところに働いてるんじゃないかって思ってたんだけど。」
思ってたんだけど・・・?俺達は同じところに働いているはずだ。
でもハルヒがそう言っているってことは・・・。
「朝比奈さんは何処で働いているって言っていた?」
「近所の喫茶店だって。」
「へぇ。」
喫茶店?何故嘘をついているんだ、朝比奈さんは。
とりあえず、朝比奈さんにも何か理由があるのだろうから、ハルヒに本当のことを言うのはやめておいた。

今日は日曜日。不思議探索パトロールの日だが、俺と朝比奈さんは欠席することになった。
「おはようございます。」
俺が電気店に着いた時、朝比奈さんはもう作業服に着替え、作業を始めていた。
真面目だな、この人は。これでドジがなければどれだけ有能な店員だろうか。
「彼女は真面目で助かるよ。」
と、店主さんが笑いながら小声で言った。

「ところで朝比奈さん。」
「何です、キョンくん。」
「あなた、ハルヒにバイト先嘘教えてましたね。何故です。」
俺がそういうと朝比奈さんはビクッとした。何故驚く。
「だって、私とキョンくんが一緒に働いてることを涼宮さんがしったら、
また涼宮さん モゴモゴ・・・」
なんかモゴモゴ言っているが、何をいっているのか分からない。
まぁいいか。

日曜日なだけに、平日よりも客の数が多い。
それに合わせて俺達の仕事量も増える。日曜日だから時間も長いし。
ふと時計を見ると、もう正午になっていた。あと半日、頑張れ俺。
「キョンくぅぅーん。これ、重くて持てないんですけどー。」
店の奥から朝比奈さんの声が聞こえてきた。はいはい、ただいま。
見ると、そこにはいつも持っているののテレビの段ボール2倍ぐらいのサイズの段ボールがあった。
段ボールの中身は冷蔵庫らしく、とても一人じゃ持てないだろう。
「俺はこっち側持ちます。朝比奈さんはそっち側持ってください。」
「あ、はい。」
俺と朝比奈さんは、合図と共に、同時に段ボールを持ち上げた。
段ボールを縦じゃなく、横に持った方が効率が良いというのは後で気付いたことだった。

俺と朝比奈さんは、段ボールを持ったまま店先にでる。
どすん。
「っと。これでよし。」
「ありがとうございました、キョンくん。助かりました。」
朝比奈さんが俺に向かって微笑む。
いえいえ、お礼なんていりません。あなたのその微笑みだけで充分です。
むしろお釣りがくるぐらいです。
ふと、フフフ、と微笑む朝比奈さんの背後の人影に気付き、
俺はぎょっとした。
無表情少女とニヤケ顔青年に挟まれた団長様が、そこにいるではないか。

「どういうこと?」
俺と目があうなり、ハルヒはそう言った。
「どういうことって、バイトだって言っただろう。」
「そんなことじゃないのよ。」
ハルヒの声がいつもより少しだけ冷たい気がしたのは気のせいじゃないだろう。
「みくるちゃん。」
ハルヒは朝比奈さんをじろりと睨む。朝比奈さんはハルヒの視線に身体をビクッとさせる。
「あなた、喫茶店に働いてるって言ったわよね。」
「言いました・・・。」
何だ何だこの険悪ムードは。ハルヒ、朝比奈さんを睨むんじゃない。
「キョン。なんであんたみくるちゃんと同じとこでバイトしてるって言わなかったの?」
ハルヒは今度は俺をギロリと睨んで言った。
「なんでって言われてもねぇ・・・。」
気付けば、この険悪ムードに圧倒されて、店の周りの客はいなくなっていた。
営業妨害だ、ハルヒ。

「帰るわ。」
ハルヒは不機嫌そうに踵を返すと、そのままずんずんと歩いていった。
何だってんだ。
バイト先を隠していたのがそんなに気に食わなかったのか?
それにしてもそんなに怒る事はないだろう。ったく何考えてるのやら。
「ごめんなさい・・・私のせいです・・・。」
朝比奈さんが涙目で言った。何故朝比奈さんが謝る必要があるんですか。
「だって私が・・・・・・涼宮さんを騙そうと・・・」
朝比奈さんはそのまま俯いたまま、しばらく硬直し、
顔を上げると、何が起こったか把握できていない店主さんのところに駆け寄っていって言った。
「すみません・・・。突然ですみませんが私、今日でやめます。」

次の日、ハルヒはまだ不機嫌オーラを漂わせていた。
「今日もバイトがあるから。」
俺がそういうと、ハルヒは窓の外から視線を外さず言った。
「あっそ。みくるちゃんと頑張ってね。」
何なんだ、一体。とりあえず朝比奈さんの事を伝えるとするか。
「そうそうハルヒ。朝比奈さん昨日でバイトやめたから。」
そう言うと、ハルヒは少しだけ目を見開き、俺を見て、
すぐにまた元の不機嫌な表情に戻って窓の外に目をやった。
「そう。」

偶然にも帰りの廊下で朝比奈さんに会った。
聞いたところによると、今度こそ本当に近所の喫茶店でバイトをするらしい。
コーヒーをひっくりかえさないか不安だが。
そんな事を思いつつ、今日もまた大森電気店に向かう。
朝比奈さんと一緒じゃないと、仕事にやる気が出ない。
しかし、最近頭の中はバイトのことばっかりだ。バイト中毒か?
目的のために頑張らなくてはならないからな。うん、頑張れ俺。

バイトを続けてる間にあっという間に金曜日になってしまった。
もうバイトも慣れてきた頃だ。
さて、と。バイトいきますか、バイト。
と、自転車で坂を下っていると、見覚えのあるふわふわした髪の少女が目に入った。
「朝比奈さん!」
俺は自転車のブレーキをかけ、朝比奈さんの近くに停車する。
「あ、キョンくん。」
朝比奈さんは、もうすっかりハルヒに怒鳴られた時のブルーモードを脱したようだ。
一方のハルヒはまだ不機嫌オーラをムンムンさせているのだが。
「一緒に帰りましょう。鞄、持ちますよ。」
俺は朝比奈さんの鞄を受け取ると、空いている自転車の前かごの中に入れた。

「どうです、喫茶店の方は?」
「いやぁ、私のドジで店の人に迷惑をかけっぱなしです。」
朝比奈さんは右手を握り拳にし、自分の頭をコツンと叩いて、舌を出した。可愛い。
しかし、"ドジ"ねぇ・・・。
俺の頭の中にコーヒーの入ったお盆をひっくり返して涙目の朝比奈さんの姿が浮かんだ。
そもそもハルヒが「みくるちゃんをドジっ娘にする!」
とか言い出さなければ朝比奈さんがこんなにドジをすることはなかっただろう。
「全く、ハルヒは朝比奈さんに迷惑かけてばっかりですね。」
「いえいえ、気にしてませんよ。」
朝比奈さんは微笑む。
「いえ、あんなのには一発ガツンと言ってやればいいんです。
『迷惑だ!』ってね。そうすればハルヒも少しはおとなしくな――」
「仲いいわね、二人とも。何の話かしら?」
突然発せられた声は朝比奈さんの声ではない。振り返ると、その声の主が立っていた。
「ハ・・・ハルヒ・・・」

「私が迷惑だって?」
ハルヒがいつものように眉を吊り上げる。声が微妙に震えてる気がしたのは気のせいだろう。
「いや、冗談だ、すまん。本気にするなよ。」
「ふーん。」
朝比奈さんは、ハルヒの姿を見るなり黙り込んでしまった。
「ハルヒ、今日SOS団は?」
「休んだわ。ノリ気じゃなかったのよ。
それで、帰るついでにキョンに荷物持ちでもさせようと思ってたけど・・・。」
ハルヒは自転車の前カゴをちらりと見る。
「先客がいるみたいね。」
そう言うと、ハルヒは俺をキッと睨みつけ、坂を駆け下りていった。
何だってんだ。最近機嫌が悪いな、あいつ。
横を見ると、朝比奈さんがまたブルーモードに突入していた。

俺はブルーモードの朝比奈さんを喫茶店まで送りとどけ、
また大森電化店に向かった。
足が痛い。筋肉痛だ。
「やぁ、また来たのかい、キョンくん。大丈夫かい?働きすぎじゃないかい?」
「いえいえ、大丈夫です。高校生の体力を甘く見ないで下さいよ」
俺は強がって見せたが、本音を言うと疲れていた。
しかし、"あの日"まで時間が無いんだ。弱音など言ってられない。
「さて、まずは何をすればいいですか?」
「じゃあ、そのテレビを運んでくれ。」

日が落ちてきた。バイト終了まであと30分だ。
「この段ボールも運ばなくちゃな。」
段ボールの取っ手を掴む。む?力が入らない。
疲れすぎか。ふぅ。
俺は一息置いて、今度は腰に力を入れてそれを持ち上げた。
これを店先に・・・っと。ん?
やけに足元がふらふらとする。思わず手を離してしまった。
何だこれは?重力の感覚がおかしい。
上に引っ張られているような、身体が逆さになっているような。
あれ?視界が・・・ぼやけ・・・て・・・・・・。




目を開けると、そこには白い天井が広がっていた。
「お目覚めですか?」
横を見ると、古泉がナイフで林檎の皮を剥いている。
「あなたの看病をするのも2度目ですね」
看病?というとここは・・・。
上体を起こしてみる。病室だ。左手には点滴の針が刺されている。
「どうして俺はここにいる?」
「覚えていないのですか?あなた、バイト中に倒れたそうですよ。」
バイト中・・・。ああ、そうか。段ボールを運んでいる時にいきなり視界が真っ暗になったんだ。

古泉はしゃりしゃりと黙々と林檎を剥いている。
「ハルヒは?」
俺は無意識に聞いていた。
「涼宮さんですか・・・。一緒に見舞いに行こうと言ったのですが、行かないと。
説得したんですがね。どうしても行かないと聞かなくてですね・・・。
何やら様子が変でした。それで仕方無しに僕だけで来たんですよ。」
古泉は林檎を剥き終わると、それを一口サイズに切り、皿にのせる。
「長門と朝比奈さんは?」
「今頃彼女を説得していると思います。」
古泉はおもむろに紙袋からもう一つ林檎を取り出す。もういらねぇよ。

古泉が、3個目の林檎を剥きおわる頃、廊下からコツコツと足音が聞こえてきた。
遅れて、誰かが喚く声も。
「・・・と・・・ちゃん・・・・・・ないって・・・・・・。」
ハルヒ?次第に足音と共に声が大きくなってくる。
「行きた・・・ない・・・言って・・・しょう?」
ハルヒだ。
「有希!!離して!!行きたくないのよ、キョンのところなんか。」
ハッキリ聞こえるぐらいの距離になってきた。
「離しなさい!!あの馬鹿キョンなんかほっとけば――」
「あなたは勘違いをしている。」
声がドア前ぐらいにきたところで、長門がハルヒの声を遮るように言った。

「何をよ。」
不機嫌な声なハルヒ。
「彼のこと。」
「キョンのこと?」
「そう。」
俺の事?
「どういうことよ。」
「彼がバイトをしていた理由。」
長門は淡々とした口調で言う。
「え・・・?」
「知ってる?」
「オゴリで金欠なんでしょ。そう言ってたわ。」

「違う。」
「・・・?・・・違うって?」
ハルヒはきょとんとした声で言う。
まさか、おい、長門。
「彼はあなたの誕生日プレゼントを買う為に働いていた。」
バラしやがった。俺の苦労が水の泡だ、バブル崩壊だ。
…。
沈黙が流れる。ハルヒは押し黙ってしまったようだ。
つられてこちらも黙ってしまう。

1分ほどたって、ハルヒが口を開いた。
「ちょっと1人にさせて。」
足音が、来た方向とは今度は逆の方向に響いていった。
それから10秒ほどして、がちゃり、と音をたて、静かに病室のドアが開いた。
長門と、付き添うように朝比奈さんが立っている。
長門は俺を見て、首を1ミクロンだけ下に動かし、部屋を出て行った。
なんだってんだ?
「じゃあ僕もそろそろ帰ります。林檎、食べてくださいね。」
古泉はニコリと微笑み、たたんでいたブレザーを羽織って、一礼して出て行った。

それから30分ぐらいたっただろう。
コンコン。
ドアがノックされた。
「どうぞ。」
がちゃり、と音を立て、ドアが開き、ハルヒがゆっくりと入ってきた。
「お前がノックして入ってくるなんて珍しいじゃないか。」
俺は笑って言う。
ハルヒは俯き気味だ。聞いているのか?
「聞いてるわよ。」
小さく言った。

ハルヒはとぼとぼとした足取りで俺の横まで来ると、古泉が座っていた椅子にすとん、と腰掛けた。
しばらく沈黙が続いた。
「林檎剥くわ。」
ハルヒはいきなりそういって、古泉が残していったナイフと林檎を手にとる。
林檎なら古泉が山のように剥いていってくれたが、まぁあえて言わないでおこう。
しゃりしゃりという音だけが病室に響く。
「痛っ!」
突然小さくあげられた悲鳴はハルヒのものだった。見ると、ひとさし指からじんわりと血が出ている。
「あー。何やってんだ。」
俺はハルヒの手をとり、ティッシュで血を拭いてやると、新しいティッシュで傷口を縛ってやった。
「あ、ありがと・・・。」
ハルヒはぎこちなく礼を言う。
俺はハルヒが剥きかけの林檎とナイフを手に取り、残りの皮を剥いてやった。
「・・・・・・あんた意外に器用ね。」
「林檎の皮剥きだけは得意だ。」

ハルヒはそのまま、傷口に巻かれたティッシュをじっと眺めていた。
「どうした、元気ないじゃないか。」
俺がそう言うと、ハルヒはしばらく黙り込んだあと言った。
「有希から聞いたわ。」
「聞こえてた。」
またしばらく黙り込む。こんなにおとなしいハルヒは珍しい。
「バイトで倒れたんですってね。」
「ああ、ちょっとクラッてきてな。情け無いぜ。」
「そんなに頑張っていたの?」
「まぁ俺なりには頑張った方だと思うが。」
「みくるちゃんがバイトしてたのも?」
今更隠す必要もないので本当のことを言ってやった。
「ああ、お前のプレゼントを買うために金を貯めてたのさ。」
「・・・・・・。」
再び沈黙が続く。今日は沈黙デーなのだろうか。

「キョン。」
少しだけ大きな声で言った。そして今度は小さく弱々しい声で、
「ごめんね・・・。」
・・・・・・。
「ごめん、本当にごめんキョン。私、何も知らないで勘違いして。
皆の気持ちも知らないで・・・。ごめん。許して。」
ハルヒは俯き気味で言った。

……こんなに弱々しいハルヒも可愛いな。しかし――
「やっぱりお前は笑顔が似合う。」
俺が言うと、ハルヒは何の事を言われているのかわからなかったらしく、
ぽかんと口を開けた。

「ハルヒ。許してくれもなにも、俺は最初から怒っちゃいねぇさ。
多分朝比奈さんもな。だからもう気にするな。
いつものような笑顔を見せてくれ。」
俺がそういうと、ハルヒは少しだけ目を見開いた。
そして、両目を右手で覆って、小さな声で言った。
「ありがとう・・・。」
ハルヒはそのまますくっと立ち上がると、
病室のドアの辺りまで歩いていき、立ち止まって振り向かずにもう一度言った。
「ありがとう・・・・・・キョン・・・。」
そしてハルヒはそのまま病室を出て行った。

ドアの足元に2,3滴の大粒の雫が落ちていた。




がちゃり。
きた!!
パァァァァァン!!
「誕生日おめでとーーう!!」
突然のクラッカー攻撃に、流石のハルヒも驚いたらしく目を見開き、口をぽかんと開いた。
よし、いいぞその表情。俺は手元に控えていたデジタルカメラで、その間の抜けた顔を撮ってやった。
部室の窓にはクリスマスの時のように、スプレーで"ハルヒ 誕生日おめでとう"と書かれている。
ただし、今回これを書いたのは俺だけどな。
「どうぞ、こちらへ。」
古泉はハルヒを団長席に案内する。
「ありがと、古泉くん。」
ハルヒはいつものように団長席に座り、斜め上方向に人さし指を突き刺して言い放った。
「さぁ、あんた達!!私を祝いなさーい!!」
なんだそのふてぶてしさは、と思いつつ、だが、これがハルヒらしいな、とも思っていた。

クリスマスのときと同じく、今日も鍋を持ってきた。
今回は俺特製鍋だ。学校で鍋を作ったりすると生徒会の方がうるさいが、
こんな日ぐらい騒いでもばちはあたらないだろう。
それで、食事風景だが、長門は毎度のごとく力士のようにもりもり食べ、
朝比奈さんは、ちまちま少しづつ肉をちぎりながら可愛らしく食べており、
古泉は何か横でべらべらと鍋に関するうんちくを並べていたが、ぶっちゃけ聞いていなかった。
ハルヒはというと、肉と野菜の位置がどうこうだとか、具がどうこうだとか、
俺の鍋に色々と文句をつけつつ長門に負けないぐらいのスピードで肉を頬張っていた。
俺が自分がほとんど食べていない事に気付いたのは具が全部無くなった時になってのことだが、まぁいいだろう。
「それでは、涼宮さんへのプレゼントタイムとしましょう。」
司会っぽく言うが、お前を司会にした覚えは無いぞ、古泉。
勝手に仕切るな。とか思いつつ、俺達はプレゼントタイムに入った。

最初にプレゼントを渡したのは長門だった。
綺麗な包装がされており、ハルヒが開けてみると、中には
何やらカタカナがやけに多いタイトルのハードカバーが入っていた。
SF学園モノ、だそうだ。どういうジャンルだ?
長門はハルヒに無言でプレゼントを渡すと、またいつものように本を取って
窓辺のパイプイスに座って読書を始めた。
こんな時ぐらい読書はやめようぜ、長門。

次にプレゼントを渡したのは朝比奈さん。
紙袋の中から取り出したのは、少し大きめのテディベアだった。
テディベアはどっちかというと、ハルヒより朝比奈さんが持ってるほうが似合うが、
まぁハルヒも喜んでいるのでそれは言わないでおこう。
「僕からはこれです。」
といって古泉が取り出したのは小さな箱だ。なんだこれ?
「フフフ、まぁ見ててくださいよ。」
古泉がその箱をパカッと開けると、オルゴールが流れ始めた。
ん・・・?この曲は、ハルヒが文化祭でやったENOZの曲じゃないか。
「そうです。僕の知り合いに作ってもらいました。」
「すごいじゃない!ありがとう古泉くん。」
ハルヒはオリジナルのオルゴールに感激していた。

「じゃあ次は俺のプレゼン――」
そこまで言った時、俺はとんでもない光景を目にした。
なんと、長門が本を窓の外に向かって投げているじゃないか。
長門はすくっと立ち上がると、ハルヒの背中をちょんちょんとつついて言った。
「風で本が飛ばされた。拾ってくる。」
ハルヒは不思議そうな顔をする。
「いや、長門、お前今自分で――」
と言ったところで、突然俺の唇が動かせなくなった。アリかよ!反則だ!
長門がすたすたと部室を出て行くと、ようやく俺は長門の呪縛から開放された。
「あ、お水が切れてる・・・。汲んできますね。」
そう言って今度は朝比奈さんが出て行った。
「じゃあ、僕はトイレにでも、ね。行ってきますよ。」
古泉はニヤケ面でドアのところまで行き、俺に小さくウインクをして出て行った。寒気がしたね。

二人だけになっちまった。
「・・・それじゃあ、次はあんたのプレゼントを発表しなさい!」
ハルヒは何故三人が出てってのかということをつっこむ事無く、そう言った。
「ほらよっ。」
俺はバッグに入れていたそれを、ハルヒに投げてやった。
小さい箱はちゃんと包装してある。
「ちょっと、もうちょっと丁寧に渡しなさいよ。」
「悪い。」
ハルヒは口をへの字にして、箱の紐を解き始めた。
そこに入っていたのは・・・。
「これ?」
ハルヒはそれを摘まんで、ぶら下げて見た。
黄色いリボンだ。

言っておくが、そこらで売ってる安いリボンではない。
高級リボンだ。派手すぎず、地味すぎず、さりげない加工が随所にちりばめてあり、
布も高級な物を使用している。見た目よりも驚くほど高ぇんだぞ、それ。
「ふーん。あんたセンスないわね。」
なんて事を言うんだ。
「冗談よ。素敵じゃない。」
ハルヒは、今してるリボンを解いて、俺がたった今プレゼントしたそれを結び始めた。
「どう?」
髪にリボンを結び終わったハルヒは得意気に言う。
「いいじゃないか。」
普段のハルヒより輝いて見えるのは気のせいではないだろう。

「仕方が無いわね。」
何が仕方ないんだ。俺は何も言って無いぞ。
という俺の言葉を無視し、ハルヒは結んだリボンを解き始めた。
そして、
「今日はサービスよ。」
とニヤリと微笑むと、今度はリボンを頭の後ろ側で結び始めた。
ハルヒがそれを結び終わった時に、俺はハルヒが何をしようとしていたのか理解した。
「ポニーテールか。」
「そ。・・・その、好きなんでしょ?」
「ああ。」
ハルヒの頭の後ろのしっぽのところがぴょこんと動く。
それを見て、俺は思わず笑みを浮かべてしまった。
「ハルヒ。」
「何?」
俺はいつかの日のように言ってやった。


「似合ってるぞ。」



fin
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