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土曜日は呆気なく訪れた。

恋人関係を彼女と営み始めてからの変化と呼べる変化は、下校を共にし、少し会話が増えた程度のものだ。それでも涼宮さんや朝比奈さん、「彼」には大層驚かれたし、自分でもその微小な移り変わりへの戸惑いは払拭できていない。それまでの僕らは私的な交流というものがそもそも皆無であった。
 
僕と長門さんが彼氏彼女の付き合いになったのだという報告は、長門さんに暫くは公にしないよう頼んで伏せさせて貰っている。機関に子細を伝えたところ、時期を見た方がいいという推断が下されたからだ。
機関の上層部は、想定通り、概ね今回のことをいい風向きと捉えているようだった。
かつて最大規模の閉鎖空間が、涼宮ハルヒの焼餅で発生したことを思えば。長門有希が恋愛的アプローチを「彼」に取らないということが手堅い事実としてあるだけでも、彼らにとって随分と助かる展開であるのは間違いない。

『出来得る限りその関係を継続し、従来通り涼宮ハルヒの精神の安定に努め、「彼」の補助を行うこと』 。
これが急務、僕に与えられた至上任務となっていた。



僕は腕時計を確認し、待ち合わせた場所に半時間前の到着を認める。長門さんは非常に珍しいことに、まだ来ていないらしい。
土曜日の正午だけあって、大通りのカフェテリアはカップルや家族連れで酷く混雑していた。
この群れの中、小柄な彼女をすぐに見出すのは難しそうだ。彼女からも見つかりやすいように、人の比較的まばらな位置を選んで待つ。

僕の当面の目標は、長門さんの目的がどうであれ――ひとまずは形だけでもこの関係をより長く持続させること。ひいては長門さんを満足させることだ。
二人で構築するデートのスケジュールは、長門さんの欲求を満たすものでなければならないだろう。
図書館では通例過ぎてありきたり、古書専門店も新装開店の大型書店も、以前の不思議探索で足を伸ばしたばかりだ。女性が喜ぶという標準的なデートスポットは雑誌で一通り調べてきたので、長門さんが望むならそういった場所へ足を運ぶのもいい。
それとも美味しいスイーツが食べられる店巡りの方が、健啖家である彼女は喜ぶだろうか。
彼女に直接希望を聞いた方が早いか、とぼんやり考えながら腕時計の文字盤に眼を走らせる。
 
長針が頂上を指そうかという時間になって、ようやく長門さんは姿を現した。

「……待った?」
「時間ぴったりです、問題ありませんよ」

卒なく応じながらも、長門さんの全身を眺め、常以上に目を瞠っている自覚があった。僕は内心で感嘆の息を漏らす。普段着ではないだろう、彼女の着るいつもの系統とは方向性の違う――「今時の」女性が着るような装いと呼べばいいか。基本色は秋らしい茶系で纏められ、白いブラウスも相俟って清楚なイメージを齎してくれる。彼女の魅力を引き立たせる、洒落たコーデイネートだ。
涼宮さんか、朝比奈さんのチョイスだろうか。長門さんが一人でレディースファッション店を見て回っている姿は、余り想像がつかなかった。

「個人的な用事で休日にお会いするのは、そういえば初めてですね。その服、よくお似合いですよ」
「……そう」
僕の世辞ではない賛辞に、彼女は口癖のような相槌を落とす。無表情の内に、言い表せぬ喜びか、恥じらいが滲んで見えるような気がした。気がしただけで、ただの錯覚かもしれなかったが。
「そろそろ行きましょうか。行き先にご希望は?」
やはり無難に本屋だろうか。それとも先に昼食か。博物館といった場所だと、事前準備をしていない分快適なデートの提供にはならないかもしれないから、ある程度僕の立ち振る舞いでフォローしなくては。

けれど長門さんは、そんな僕の様々な想定とはまるで外れた行き先を所望した。
歯切れ良く、されど声量は控えめに。

「――ゲームセンターにいきたい」 
 
 
 
 

  
 
中高生が屯しているのを見掛けることの多い、割合大きなゲームセンターは、若年層にはポピュラーな遊び場の一つだ。
僕のゲームセンター経歴は中学1年の時点でストップしている。神人退治に明け暮れる日々では、一緒にゲームセンターに行く仲間も、その暇もなかったのだ。
高校入学以降は「優等生古泉一樹」のキャラ構築のために、その手の娯楽は大方禁止されていた。元々ゲーム好きだった僕はアナログに走って、いまや「彼」に珍妙なと評されるほどのアナログゲーマーだ。ちなみに勝負強さは当時から獲得できないまま今に至っている。
 
何にせよ予想外だった。長門さんとゲームセンター。この上なく不似合いな単語の組み合わせではないだろうか。
僕は彼女の希望を肯定し、レジャー施設が集合した最寄のビルで初日を過ごすことにした。
けたたましいシンセサイザーの音、昔は時間を忘れて熱中した対戦型格闘ゲームの変わらぬBGM。耳に飛び込む音の洪水に懐かしさを見出しながら、僕と長門さんは未知の星の旅行者のごとく、一つ一つの機械を観察しながら歩いていく。カプセルに閉じ込められたお菓子すくいのクレーンゲームを見つめる彼女の目は、物珍しいものをより知りたいという知的好奇心が水のように満ちている。百円をさりげなく差し出そうか、迷っているうちに彼女は再び歩みを始めた。彼女にはどうやら目当てのものがあるらしいと見取って、僕は大人しく彼女の選ぶ順路に従うことにする。
カウンターから対角線上の位置にまで辿り着いた辺りで、長門さんが立ち止まった。
つられて足を止めた僕に聞こえる程度の声で、
「……最初にあれをやりたい」
喧しい音楽と効果音がガンガンに鳴り響くゲームセンター店内、長門さんが指差した先にあったのは、カップル御用達の箱型の機械。僕はその意外さに、思わず瞬いた。
「プリクラ、ですか?」
まさかそんな、まるで今時の女子学生みたいな願い事を、彼女が口にするとは思っていなかった。いや、長門さんは確かに、今時の女子高校生ではあるのだけれど。

「だめ?」
周囲の音に掻き消されそうな平坦な声、けれどその表情からは幾分か消沈したような雰囲気が漂っていた。
期待させて失望させるのは僕の本意ではない。彼女の告白を受けた理由自体、不純極まりない僕が言えたことではないのだが。
息を吸う。平静を保つ。
「……いいですね、撮りましょうか」
「いいの」
「僕が嫌がる理由がありませんよ。恋人同士なんでしょう?」
些少の気恥ずかしさはあるのだが、今は問題じゃない。放った言葉は我ながら言い訳じみていたけれど、彼女から取り立てて追求はなかったことにほっとする。
プリクラを撮るのは当然ながら僕も長門さんも初めてだったが、彼女の方は予め下調べをしてあったらしい。システム説明を読んでいる途中で長門さんが実行ボタンを押してしまい、慌てた僕の首をがっちりと両腕で固定した、長門さんの堂々たる写真写りが印象的だった。
それから三枚連写。フラッシュはさほど眩しくない。

「何か文字を描きますか?」
「いい。……このまま」

指示に従って何も描かずに終了。
吐き出された完成品を備え付けの鋏で半分に切って、長門さんに手渡す。彼女は両手で豆粒のような笑顔の僕と長門さんのペア写真を受け取ると、宝物を抱きしめる様に、それを抱え込んだ。
その姿は大袈裟にも思える。プリクラといっても、たかが写真なのだから。
けれど彼女の口元に、普段とは余りに微量な差異で目に付きにくい、けれども確かに仄かな笑みが浮かんでいるのを見て。
……僕は初めて、長門さんを可愛いと思った。 

 
 

  
 

 
思えば初デートだったのだ。
色気のない選択といわれればそれまでだったが、僕達は時間も忘れて遊び呆けた。大きなくまのぬいぐるみが山と積み上げられたクレーンゲームや、レーシングゲーム、落ち物ゲーム、アイスホッケーやらシューティングゲームやら。店内にあるものあるものを片っ端から、それこそ日が暮れるまでにプレイし尽くしていた。
長門さんは操作法の説明画面を斜め読みし、実際に軽く試演してからは即プロ級の実力を発揮して、対戦ゲームはことごとく僕の惨敗だった。
ランキングのある仕様の一人ゲームでは長門さんが1位を総なめにしていた。ダンスゲームでは完璧なステップで周囲を魅了した。彼女を取り囲むように人だかりが出来、観覧者から盛大に拍手が沸き起こったほどだ。ゲームセンターに日参するような常連達の間で、その日のYuki.Nは伝説になるにちがいない。
不本意なことに、と言わなければならないのだろう。僕の立ち位置からするならば。
不本意なことに、――とても、楽しかった。


「休憩がてら、喫茶店にでも入りましょう」
「了解した」
「夕飯はどうします?ご一緒出来るようなら、レストランを予約しておきますが」
「あなたの好きに」

……結局、一日中をゲームセンターの中で過ごしてしまい、コインゲームでせしめたコインや手に入れた商品類は全て受付に預けて店を出ると、外はうっすらと夕陽に染まり始めている。篭った空気から開放され、心地よい風を並んで浴びた。


「楽しかったですか、長門さん」
「とても」

訊ねてしまった自分の心境に驚き、穏やかに応じた彼女のあたたかな静けさにも心を揺さぶられた。今日一日、たった一日を共有しただけの時間で、強く彼女を意識し始めている自分を自覚した。
僕は長門さんの「僕が好きだ」というあの言葉を、信じても良いのだろうか。
あの告白の日の前後で、長門さんは明らかな変貌を見せていた。何処となく、纏う印象が丸みを帯びたというのだろうか。硬質さが薄れつつあるような気がするのだ。
それがもし、本当に、僕が彼女の告白を受け容れた故のことだというなら――

「あなたと居られること。……楽しい」

僕は変わらぬ微笑を彼女に与える。
自惚れてみてもいいのかもしれない。長門有希は古泉一樹に確かに恋着し、共に在ることを幸福に思ってくれている。
そしてそれが事実ならば、僕は、探していく必要があった。今後、どう長門さんと向き合っていくのか。
あの日に寄せられた心が何の瑕疵もない彼女の真実の言葉なら、僕は僕の良心にかけて。……彼女を、騙し続けることはできないだろうから。



そっと握った掌に、長門さんは虚を突かれたように瞬き、けれどすぐに僕の手を握り返してきた。繊細な手先とは裏腹に、力強く結ばれた指と指。冷えた掌は心地よく、恋人らしい恋人手繋ぎで広場を渡る僕達を見て、恋人同士であることを疑う者はいないだろう。 
 
夕闇にネオンサインが光のアートを描き出す。星がちらちらと輝き始めた、夕色を帯びた空の下で、僕は長門さんと歩いた。力を入れ過ぎれば千切れて戻らぬ紙人形の繋ぎ目のように、成り立ての未熟なつがいのように。 




+ + + 




「……蛙は、幸せ」



ささやきが聞こえた。
茫洋とした、ただあるがままのものを見て呟いたような一声。

見下ろした先の彼女に訊ねる。――今、なんと仰いましたか。よく聞き取れなかったのですが。
長門さんは、ただの独り言だと、首を振った。
 
 
 

 
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