目次
第三回君誰大会の続きです。
君誰大会 「未来も朝日は照るだろう」
「そもそも、あなたがのろのろと決断を渋っているからこんな事態になったんです。」
「ぐ、それを言われると……」
「決断しなさい! さあ!」
いつもの喫茶店で、いつもの面子+いろいろの、総勢二十名ほど。
そんな大所帯で、店内の客の七、八割は関係者だ。
そして、さっきの決断を迫られているのが俺ことキョンで、決断を迫っているのが何故だか分からないが喜緑さんだ。
ああ、俺だって馬鹿じゃあないさ。何故こういう状況になったのか、なんてことはよーく分かってる。
どうすればよかったのかも合わせて分かってるが、いまさらくよくよ言ったって始まらない。
と言うか、そんなに深刻なものではない、と思う。
まあ、これは俺の感覚だから他の七人は知らないが、こいつらの中には「失恋したー死んでやるー」なんて言う輩もいないだろう。
逆を言えば死んでやると行かないまでも確実に六人は傷つけるし、悪い選択肢を選べば七人全員を傷付けることになるかもしれない。
しかし、それでも、俺は決めなくちゃならない。そうでなくては、確実に七人全員を傷付けてしまう。それだけは分かっている。
俺が、へタレだってことは分かってるさ。だけど、それでも男だ。決めなきゃならんときは決めるさ。
決意だけは無駄に固い。あとは、言葉に移すだけだ。
さあ、決断の時。
ここまで、何で迷っていたのか。それは、単に臆病だったからだ。
ならば、その殻を自ら打ち破ろうではないか。
「朝比奈さん、どうか俺と付き合って下さい。」
そして訪れたのは、一瞬の静寂と、穏やかな余韻。
そこには、ただの一つも恨み言や妬み嫉みを口にするものは無かった。
いたのは、ただ涙を両目に湛える少女と、それを見守る者たちだけだ。
◆ ◆ ◆
……はぁ、みくるちゃんかぁ。仕方ないことなのかもね。だってキョンは部室でも街中でもみくるちゃんを見ては鼻の下を伸ばしてたし。
でも、やっぱり、悔しいわね。
あ゛ー、イライラ、とも違うなぁ。
なんだろこれ。…………切なさ?
◆ ◆ ◆
やっぱ、ダメだったかぁ。そりゃそうだよね。自分のことをナイフで刺したやつなんて好きになれるわけないもん。
さしずめ、私の役回りは嫉妬の女王ってとこかしらね。
白雪姫を殺そうとして、最終的に死ぬまで踊らされた哀れな人。
彼は白雪姫なんて柄じゃないけどね。ふふっ、これでこの世ともお別れかな。
そこは有希ちゃんの采配次第か。
お幸せにね。二人とも。
◆ ◆ ◆
やはり男は乳が好きなのか。
あんなもの………ただの脂肪細胞の塊にしか過ぎないというのに。
………………………………………………。
寂しくなってきた。やめよう。
素直に彼らを祝福してあげよう。
その後、朝倉涼子とでも自棄酒を喰らおうか。
◆ ◆ ◆
ああ、何か久しぶりな気がするね。そんなに時間は経ってないはずだけど。
キョンは朝比奈さんを選んだ、と。
くっくっく、どうやら三年越しの思いも潰えたようだ。
まあ、これからは『親友』として仲良くするとしよう。
はあ……どこか泣ける場所無いかな。
◆ ◆ ◆
あうぅ、これは、失恋の痛みというやつでしょうか。
朝比奈さん、良かったですね。
ああ、長門さんが呪詛を唱えかけて……やめました。
流石に野暮ですもんね。
まあ、せいぜいお幸せになりやがれです。
◆ ◆ ◆
あの、朝比奈さんという方………なんとなく親戚のお姉さんに似ているような……?
はっ、まさか、覚えていないだけで親戚の方だったり…!?
まあ、それは無いですか。親戚にあんなに可愛い人はいなかったと思うし。
とはいえ、私より小さいのにあの胸って……世界って理不尽です。
お兄さんには振られちゃったけど、でもまだまだ小学生ですし早過ぎたってことでしょうか。まだ先は果てしなく長いですし、あまり落ち込まずいきたいと思うんですが、やっぱり多少落ち込んでしまいますね。
ああ、堪えていたはずなのに。
零れ落ちてしまいました。
◆ ◆ ◆
六者六様の感情が表情に溢れ出てきていたとは古泉の言葉だが、正直俺はそんなもんは気にしちゃいられなかった。
女神か天使と見紛うような美人が目の前でってか腕の中で号泣してんだぜ?
それ以外の何に気を取られればいいってんだよ。
この感触に身を預けているといつかは空まで昇れそうだ!
はっははっはあ最高だぜ!
と、どこまでもテンションが上がっていけるはずもなく、俺はどうにかしてこの胸の昂りを押さえ込みながら、(感情が溢れそうなときは対象を変えて発散するのがいいって美術部員が言ってた。ものに八つ当たりとか。自分が登っちゃダメなら人を持ち上げるのさ!)朝比奈さんを頭上に見つつ言った。
「もう泣き止んでくださいよ。涙は悲しいときだけに流すものじゃあないですけど、そこまで涙の大安売りしちゃうともったいないですよ?」
我ながら、何を言いたいのかさっぱり分からない言葉だ。
最早、日本語なのかも怪しいが、そこまで動転していたのだと思っていただきたい。
あと、朝比奈さんは軽かった。両手で持ち上げられるくらいに。
「だから、ほら、笑ってくださいよ。俺には笑顔が一番綺麗に見えるもんで。」
我ながら痛い台詞である。もう少し精神力が弱ければこのままぶっ倒れているところだった。
ハルヒに精神力を鍛えられたのが幸いしたな。
そんなくさい台詞のおかげで、朝比奈さんの顔にわずかながらも微笑を取り戻すことが出来た。
自ら心を削った甲斐があったってもんだ。
二人して、ふふふ、くくくと笑いあう。
なんだか、今まで悩んできていたのがどうでもいいことだったかのように思えてきた。
まあ、周りにはあまりどうでもいいような状態のやつはいないのだけれど。
「なんというか、付き合いだしたからって突然何が変わるわけでもないですね。」
「そうですね。でも、劇的に変わったこともありますよ?」
「なんですか? 朝比奈さん。」
「もう…お約束ですけど、そこは“みくる”ってよんでくれないと。」
「そうですね……み、みくる、さん。」
「そこもまたお約束ですか。ちゃんと名前で呼んでくれるのはいつの日になるでしょうかね。」
「ははは、まあそう遠くない日にするよう努力しますよ。それで、変わった部分というのは?」
「それはですね……」
そこで、朝比奈さん――おっと、もうみくるさんというべきか――は、顔を近づけてきた。
ちょっと、近いんですけど。やばいんですけど。俺の中のケモノが目を覚ましちまうぜよ?
………………………………………………。
さすがに、何が起こったのか分からなかったなんて言うつもりはない。
ただ、頭の中は真っ白になった。
「こういうことを、周りをはばからずに出来るっていうことですよ。」
いや、あの、言わせて貰うと、こういうことは周りの人に見えない場所で行うべきなのではないのだろうか。
察しのいい皆さんはもうお気づきだろう。
朝比奈さんは先ほど、口唇同士を接触させる親愛や愛情を表す行為――つまりはキス――を仕掛けてくださったのだ。
それはもう天にも昇る思いなのだが、忘れていらっしゃるのだろうか。
周りには二十人ほどの知り合いと、十人ほどの他人がいるということを。
「あ………………………。」
忘れていらっしゃったらしい。
と、思いきや。
「見てましたよねー。これで、ツバつけましたよ。もう私のです。」
しっかりと覚えていて、あえてされたようだ。
何か、キャラ違いませんか?
「ふふふ、いままであ色々とがまんしてきましたからね……これからは自由に楽しむことにします。」
そうですか。それはいいんですが、あまり迷惑はかけないようにしてくださいよ?
「善処します。」
まあ、帰りましょうか。
「うちにですか?」
ええ、そうですよ?
◆ ◆ ◆
ああ。このときの俺はどこかほうけていたように思う。
だからなんだ、と、いいわけさせてもらおう。
俺は、いつの間にか朝比奈さんの家にいた。
「あのー。はじめてきましたけど、ここって朝比…みくるさんのおうちですよね。」
「そうですよ? 下宿してるわけでもなくて、ここに一人暮らしです。」
「ここって、ふつうにアパートですよね。」
「そうですねえ。ふつうにアパートですねえ。」
「なんで、狛犬なんですか?」
「………普通ないんですか?」
「普通ないですね。」
「大家さんの趣味、とか。」
「でしょうかねえ。」
「そういえば、大家さんは神社の神主さんだと聞いたことがあるような…」
「それでも自宅に狛犬は……」
「ないような………」
「どっちですか。」
「まあいいじゃないですか。どうせそんなこと大して違いないんだし。」
「そうですか。」
「そうですよ。」
まあ、そんなことは置いといて。
「さり気なくつれてきましたね。」
「ええ。さり気なくすればキョン君はついてきてくれるかなー、みたいな?」
「まあ、気付いてたけど送っていくのは彼氏の責務かなー、なんて。」
「送り狼になりたいんですか?」
「なりたいです!」
「ええと……そこは『そんなことないですよ』って言ってわたしが『本当はどうなんですか~』って絡むとこじゃないんですか?」
「送り狼になりたいです!」
「ええと………………………家に呼んだの、早計でした? 決めるのに時間がかかってたしへタレキャラかなー、なんて。」
「襲っていいですか?」
「真顔でそんなこと聞かれても。」
「襲っていいですか?」
「だからっていやらしい顔しないでください。」
「美味しく頂いていいですか?」
「あ、あの、今はやめませんか?」
「分かりました。」
「あそこまで迫っておいて引くの早いですね!」
「無理強いはしない、と決めていましたから。」
「紳士ですね。」
「まあフラグクラッシャーと呼ばれただけはありますよ。」
「それってつまり、分かってて女の子の誘いを断っていたってことですか? それはちょっとひどいですよ。」
「なんて言うか、体に染み付いた無駄な気遣い精神が勝手に動いて結果フラグを折りまくったわけですよ。」
「ある意味不幸体質ですね。」
そんなことを話しながら、リビングに入った。いままで玄関で喋っていたのだ。ほら、靴を脱ぎながら。
そうして入ったみくるさんの部屋は、なんというか、とても女の子女の子していた。イメージどおり、とでも言えばいいのだろうか。
そんなに広くない四畳半ほどの部屋の、床はなにやらふわふわしたカーペットで覆われていて、窓の端にまとめられているカーテンは暖色系の花柄。
しかも、今気付いたのだが何か芳しい香りがしていらっしゃる。壁の近くには熊さんと言いたくなるようなぬいぐるみやらデフォルメされたクジラやら何やらよく分からないけどなんか可愛い謎のぬいぐるみがいくつも並んでいる。ああ、自分の描写力のなさを今呪いたい。この感動をあなたにも伝えたいのに!
そのようにテンパっていると、みくるさんが恐る恐るといった感じで聞いてこられた。そのしぐさも可愛いですよ。
「な、何かへんですか?」
いえいえ、ただ少し大空の彼方を飛び回っていただけです。
みくるさんのお部屋自体はとてもイメージどおりにファンシーでしたよ。
「ありがとう、って言っておくべきなの? ここは。」
此方こそありがとうございます。
「いえいえ。」
謎のお礼合戦の後は、夕飯をご馳走になることに決めた。みくるさんに料理スキルがあるのか不安だが、どんなものが出てくるとしてもぜひ一度食べてみたいものだと思ったからだ。
一人『胃薬の用意はいいかー!』『サー、イエッサー!』とやっていると、みくるさんが「もう、そんなにわたしが料理できなさそうに見える?」と。
「いや、そんなわけではないんですが、いつものドジっ娘属性をここでも遺憾なく発揮されるかも知れないと思いましてね。」
「それなら、二人で作りましょうか。」
「そのほうが楽しそうですし、俺が手持ち無沙汰になることもないのでそっちでお願いします。」
そんなわけで始まったどきどきみくるさんとの新婚っぽいお料理風景……の前に、家に電話でもしておかなければ。
晩飯は外で食うことになった、とだけでも。
携帯を取り出し、さあ電話をかけよう。
「あらー、キョン、どうしたのー?」
「ああ母さん、すまんが晩飯は外で食うことになった。」
「そうなのー。ま、しっかりやりなさいねー。」
「なにをだよ。じゃあ、そういうことで。」
「はいさー。」
「さて、作りましょうか。」
そういった矢先。
携帯がメールを受信した。バイブが鬱陶しい。受信トレイ一件母親から。何かいい忘れたことでもあったのか?
本文。彼女としっかりやるのよ。
~P.S~するときはちゃんとつけるのよ。
「余計なお世話だ!」
おもわず携帯を思いっきりぶん投げてしまった。壊れてたら母さんに文句言おう。
「ど、どうしたんですか?」
「すいません。取り乱しました。」
そこからは、驚き(?)の連続だった。
まずみくるさんが包丁でジャガイモの皮を剥き(わたしをなんだと思ってるんですか!)
それから見事な手際で肉と野菜を炒め(そんな褒めても何もでませんよぉー)
煮立ってきたら灰汁を取り(そういえば、灰汁ってなんなんでしょうねぇ。)
少し水を足してカレー粉を入れた(粉は分量量るの大変なんですよねー)。
そう。ここまで来たら分からない人はいないだろう。カレーだ。カレーである。宇宙人も大好きあのカレーだ。
色気も何も感じられねえよ! という阿呆は歯をくいしばれ。
みくるさんの入れたお茶でさえかつてない至高の一品だったというのにカレーなど出された日にはそれこそ舞い上がって戻ってこなくなりそうだ。
もうひたすら美味いの一言しか出てこない自分を恥じるね。もっとグルメ番組でも見ておけば良かった。
「そういってもらえると嬉しいです。」
おや、声に出てましたか。
「ええ。というより、キョン君が誰かに向かって言っているような時は大抵口に出てますよ?」
なんと恥ずかしい。触れられると考えていることが伝わってしまうとある陰陽師一家の娘さん並に恥ずかしい。
「でもそれ面白いですし、いいんじゃないですか?」
ならいいや。俺の特技は『諦観』と『受容』だからな。
「ていうか、諦観でもしなきゃ何も知らずに涼宮さんに巻き込まれて正気を保っていられなかったでしょうね。」
ハルヒタイフーンは天災以上の威力がありますからね。