「で、その撮影の時にキョンが持ってきたそのハンディカムなんだけどね」
「はい」
「ハルヒこれを使え、って持ってきたくせに充電されてなかったのよ。カメラが使えないんじゃその日のスケジュールはめちゃくちゃだったわ、結局カメラは古泉くんの知り合いに借りる事になっちゃって」
「さようで」
「何でこうキョンって鈍臭いのかしら、もう少し気を利かせてくれても良さそうなのに。だからいつまで経っても雑用係りのままなのよ。ううん、それだけじゃないわ──」

 

 
◇ ◇ マスターの退屈 ◇ ◇ 

 

 
「──ねえマスター。マスターだったらどう思う?」
「どう? で、ございますか。いやはや」
「もう、はぐらかさないでよね」
「しかしキョン君からしてみれば災難でしたな。お役に立てると思っていたら逆に足を引っ張ってしまった格好になるわけですか」
「そうよ、ほんとに、キョンったらドジで」
「まぁまぁ、キョン君に悪気があったわけではないのですから」
「そうかしら、あの鈍感もここまで続くとさすがに疑っても罰くらいは当たらないと思うんだけど」
「これは手厳しい、もし私がキョンくんの立場だったらと考えると恐ろしいものですな」
「マスターがキョン? あはは、そうなったら面白いかもね」

 

 
「いやいや。しかし、時として役に立たない物事が一番大切だったりするものでございますよ、涼宮さん」
「その時に役に立たなかったらどうしようもないじゃない、電池の切れたカメラじゃ撮影はできないのよ」
「たしかに。間抜けでございますな」
「ほらね? やっぱりそうでしょう?」
「はは。いやいや、私も若い頃は沢山失敗したものです」
「そのいくつかはあたしも聞いたわね」
「そうでしたかな。そういえば、私と涼宮さんとの付き合いも長くなりましたな」
「いつだっけ、あたしが初めて来たの」
「涼宮さんが中学三年生の頃ではなかったですかな? あの時もこうして二人でコーヒーをいただきながら涼宮さんのお話を聞いていた様な気がします」
「そうだったわね」
「どうですか? 宇宙人や未来人、超能力者とは出会えましたか?」
「ううん、だけど」
「けど?」
「それよりも。宇宙人とか未来人とか超能力者を探し出して遊ぶよりも、もっと面白い毎日を送れている実感はあるの。もちろん探すのを諦めたわけじゃなわよ?」
「さようで」
「だけど、こう。何かな。前と違って、人と触れ合うのが楽しいって、そう思えるようになったのかな」
「結構な事でございます」
「あたしがそう思えたのは」
「はい」
「マスターのおかげ……、かもしれないわね」

 

 
「ひとつ」
「え?」
「こんな昔話があります」
「また昔話? って、これも何回言ってきたのかしらね」
「歳寄りと上手に付き合うコツは、とにかく相手に喋らせる事でございますよ。十人居れば八人はお喋りが生き甲斐だというのが年寄りという生き物ですから、それに彼らの話は経験に裏打ちされた重みもまたあります。同じような話ばかりしてしまうのが玉に瑕ですが」
「あたしとしては、マスターにはまだ老け込まれちゃ困るんだけど」
「はは、これはこれは。光栄でございますな」
「それで?」
「む?」
「聞かせてよ、マスターの話」
「これは珍しい。明日は雹でも降りますかな?」
「もう!」
「はは、失礼致しました」

 

 
◇ ◇ ◇ ◇

 

 
いまより、ずっとずっと昔の話でございます。

 

 

とある喫茶店での話です。
お店は小さいながら多くの常連客に囲まれて、オーナーの出すコーヒーは超一流。お店はいつもそこで過ごす人々のメロディーで満ち溢れていました。
そこにその男の子はおりました。小間使いというか、そこで働かせてもらっていたのです。半ば押しかけの様な感じでしたがね。そこで将来の伴侶と出会うんですけどね? おっと、コレはまた別の話でございました。

 

その日も、いつものようにオーナーが客と談笑しながらコーヒーを挽いていると、外で突然強い雨が降り出しました。
その喫茶店は年季の入ったつくりで、雨が天井から漏れてしまう事がしばしばありました、その度に応急処置を行うのですが。
オーナーが「雨が漏れる」と大声で叫ぶと、新入りのアルバイトの男が手近にあったザルを持ってすっ飛んでいきました。
しかし当然、水を通してしまうのでザルは何の役にも立ちませんでした。新入りの男が「これは赤っ恥だ」と俯いていると、オーナーは何も言わず微笑んだそうです。
そこへ男の子がのっしのっしと歩いて風呂桶をもってきました。それで見事に雨漏りを防ぐことができたわけですが、お客さんの前にもかかわらずオーナーはこの男の子の事をひどく叱りつけたそうです。

 

男の子は「なぜ、自分が怒られなければならなかったのか。役に立ったのは俺じゃないか」と納得のいかない様子で。その事をその夜のうちにオーナーに直接聞きに言ったそうです。
するとオーナーは「たしかに風呂桶を持ってきてくれたことは嬉しかった。だが、お前はゆっくりと歩いてきただろう。それはお前の心に驕りがあったからだ、そこには誉められたいという計算があっただろう」と、そうやって優しく男の子に言い聞かせました。
役には立たなかったが「雨が漏れる」という声を聞くや否や、目の前にあるザルを持って馳せ参じる様な姿勢をオーナーはその男の子に持っていて欲しかったからです。掛け値の無い純粋な気持ちをもっていて欲しかったのです。

 

男の子はその時期に少しばかりコーヒーの事をわかった気分になっていて、仕事もある程度一人でこなせるようになり、アルバイトの後輩も入ってきたということで先輩風を吹かせて天狗になっていました。
それがどうでしょう、この出来事があったおかげで初心を取り戻すことができたのです。次の日からまた、「初心忘れるべからず」の思いでその男の子は仕事に励みました。

 
改心した男の子にオーナーが、
「人生に置いて大切な事は決して驕らず、慢心せず。誠実に、そして謙虚でいることです」
という言葉を与えました。
その男の子が今日の今日まで後生大切にしている言葉です。

 

かの有名な歌手、フランク・シナトラも同じ様な言葉を残しています。
「観衆の前で歌うとき、私は誠実を旨としている。観衆の心をとらえる方法はひとつしかない。それは誠実かつ謙虚な態度で観客に訴えかけることだ」と。

 

 
◇ ◇ ◇ ◇

 

 
「きっと、箪笥の奥深くに眠っていたハンディカムを見つけるのに手一杯で充電までに気が回らなかったのではないでしょうか。それでなくても普段からなかなかハンディカムの出番などないものですから、どこにあるものか探すだけでも一苦労です。彼は一生懸命だったかもしれませんよ、他ならぬ涼宮さんのためにね。確かに役に立たないザルだったかもしれませんが、その裏には彼なりの想いがあったのではないでしょうか」
「ふ……ぅん」
「涼宮さんは、彼の一体どういうところが好きなのですか?」
「あたしは。ただ……なんだかんだでいつも傍に居てくれるところとか、さり気なく優しいところとか……。その……誠実な、ところ、とか……」
「ははあ。こんなに想われているなんて彼は幸せ者でございますなあ」
「べ、べつにキョンが好きとかそういうのじゃないんだからね!」
「はて。そこでキョン君の名前が出てくるのはなぜでございましょう?」
「ぜ、絶対、ぜーったい違うんだからね! ああもう! どうしてマスターと喋ってたらいつもこうなっちゃうのかしら!」
「ここだけの話にしておきますよ、ね? 長門さん」
「そう」
「ちょ、有希? いつの間にっ」
「ここだけ」
「はぁ。一本取られたわね」
「わたしも、……負けない」
「あ、あたしは別にキョンなんて何とも思ってないわよ!」
「だったら」
「え?」
「わたしが」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ有希っ」
「はは、仲がよろしいようで何よりでございます」

   

 
カランコロン。

 

 
「おや? 噂をすれば──」

 

 

 
  おわり。

 

 

 

 

 

 


  おまけ。

 

 

 

 

 
「マスター、あれは何をやってるんです?」
「長門さんと涼宮さん、どちらが美味しいコーヒーを淹れられるか競っているそうですよ」
「はぁ、そうですか。いつもご迷惑をおかけしてすみません」
「いえいえ、私としても退屈しなくてむしろ良いくらいです。それより私はキョン君の身を案じなければなりません……こうなったのも私に責任の一端があります。先に謝っておきます、すみませんでした」
「え? それはどういう……」

 

「ちょっとキョン! あたしのプリン食べたでしょ!?」
「食べてねぇよ……、って何だ二人とも改まって」

 

「……飲んで」
「あたしのコーヒーを先に飲みなさいキョン!」

「ちょ、マスター? これは一体」

「は、はやくしなさいよ!」
「飲んで」

 

「ちょ、え。二人共待て、アツー!」

 
 

 

  おわれ。


喫茶店ドリーム

 

 


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