暦上で言えば今は秋。
大量の枯葉が冷風に巻き込まれ至る所で群れを成して集落を形成している季節か。
この時期は俺のような学生は色々と忙しい頃で、
テストやら文化祭の準備が小型削岩機の如く精神を削り取っていくので、
それとは裏腹に最近になって随分と頭の晴れ具合に磨きがかかった女にボロ雑巾の様に扱われる日々で、俺は心身ともに虫に食われた林檎のような気分になっている。
言うなれば軽いメランコリー状態とでも言っておこう。
机に上半身を伏して惰眠を貪るに等しいこの退屈な時間はHMなわけで、
誰も参加する気になれてない我がクラスの今年の文化祭の出し物会議はあと何千秒で終わるのか?
ちなみに言えば、一学期に決めた各委員決めで文化祭実行委員を獲得した国木田君が今の時間を仕切って進行させている。
責任感の強い彼は誰もやりたがらなかったこの余り物を引き受けたのが運の尽きだ。
ご覧の通り、今の教室の雰囲気は拒絶と無責任さがこのしじまに居座っており、
担任のハンドボール馬鹿・岡部も口元を引きつらせ、「帰っていい?」みたいな顔をしていらっしゃる。
「何かいい案はないかい?」
と、沈黙を破ったのは国木田。
さっきから同じ台詞しか吐いてない限り、あいつのボキャブラリーの量もまだまだだ。
俺はテストに関しては醜悪な結果ばかりが轍を残していっている分けだが、国語に関してはクラスでも上位にランクインしている。
常日頃からこんなモノローグばっかりやってるからだ。
自分でも馬鹿らしいし変態臭いと認知済みだが、そこは感性に富んだ人とご理解頂きたいね。
…て、俺は一体誰にこんな弁解をうだうだ喋ってんだ?
やはり俺は変人なのだろうか…凡人としての自分が取り柄だと思っていたのに…。
と、勝手に自己嫌悪に陥っていると、

「演劇なんてどうですか?」

そう一人の女子が言い放ちやがった。
最早そんな言葉が今の教室内に木霊したら、それはホワイトハウスにテポドンが落ちる並みの威力を叩き出すだろうよ。
現にクラスの奴等の目はどこか諦めのような色に染まっていて、
誰しもが、「もう、それでいいや」―――こうとしか思ってないだろう。
国木田もその異様な空気を悟ったみたいで、
「…じゃあ演劇でいい?他の案も無いようだし」
すると、ちらほらと「いいよ」とか「いいぞ」なんて聴こえる。
全く…ウチのクラスはなんてやる気の無い奴等だよ、俺が言えた義理じゃないが。
「じゃあ次は、演劇の内容を決めよう。僕としては童話なんかがいいと思うんだけど…」
流石だ、流石としか言いようがない。
もうそれでいいよ、うん。
俺としてもクラスとしても、早くこんな無駄な事を済ましてHMを閉幕したいんだ。
さあ、誰かこの生き地獄に終止符を打ってくれよ、な?
…と思ってからが長い。
この世の摂理に感心しつつ、それとは裏腹に心底嘆くのは俺一人じゃ無いはずで、その証拠にあちこちで疲労感が混じる溜息が漏れ始める。
「じゃあもう白雪姫とかでいくねえ?」
アホの谷口だ。
白雪姫―――俺の軽度のトラウマ的単語の一つで、この単語のせいで去年の入学したての時に、
例のマヌケ空間でこれと同じ様なベタな展開をリアルでやっちまった訳だ。
あの時の俺はきっと壁際で猫に追い詰められたネズミのような心境であったに違いないね。
本当はあんなことやりたくなかったんだ、今の俺なら絶対にやらない自信があるぞ。
世界がどうなろうと、自分のプライドを保持し続ける、なんてカッコいいんだ。
…じゃなくて、白雪姫か。
劇というのなら一方的にやるのは構わないし、勿論の事俺は裏方でキャスト陣を全力でサポートする役に徹させてもらう。
ああ、異論は受け付けんぞ。

しかし、何故かそこからまた問題が湧き出した。
変なプライドを持っている奴がいるんだろう、「赤頭巾ちゃん」(これに対しても多少のトラウマがある)や「狼少年」とか、
おおよそ20分くらいのまともな議論の末、谷口の案「白雪姫」が採用された。
理由としては登場するキャストが多いからとのこと。
谷口は別段嬉しそうでもなく、よくよく見ると倫理の教科書を盾に早弁している。
まあ、あいつの馬鹿っぷりは放っておいておこう。

まさか、今の段階であんな事になるなんざ微塵も思ってなかったわけで、
本当に狐につままれたとはこの事を指すのかも知れんな。

                   


                   ―――トラウマ演劇 前編―――

 


そもそもの原因はあいつの捻じ曲がった思考のせいであると俺は確信している。
去年はC級映画撮影に没頭して、クラスの方になんか全く貢献してないでいた。
今年だってあれの続編の製作をこの期間の主なスケジュールとして組み込んでいたはずだ。
なのに、なのにだ。
何でこうもあっさり主役なんて引き受けちまったんだ、あの馬鹿は。
それにウチのクラスの女子も大層ズレた脳味噌の持ち主だこと。
中々決まらない「白雪姫」役、ある女子が
「涼宮さんなんてどう?」
なんてほざき始めた。
唐突に名前が挙がった本人は「え?何?」という表情を貼り付けており、
その言葉を待ってましたと言わんばかりに、他の女子たちも
「いいんじゃない?」「いいよね、涼宮さん可愛いし」と、便乗し始め一瞬の内に可決したのは言うまでもなかったか。
多分いつものハルヒだったら、ラーメンにガムシロップを入れたときの味くらいの拒否反応を示すだろうと思ったが、
「え?…うーん。ま、いいわよ、あたしで」
今が授業中ではなかったら直ちに「映画撮影は?」なんて訊いていただろうよ。
大体こいつは見た目だけが一級の美少女ってだけで、性格がモンスターってことをこいつ等忘れている分けではないよな?
…いや、ここまではまだ俺の許容範囲だ。何を許すのかは定かではないが。
「じゃあ白雪姫は涼宮さんで決定ね。そしたら次は…。」
国木田が黒板に書かれている「白馬の王子様」という項目に視点を向ける。
それと同時に「それ」は起こっていた。
これはまるでサブマシンガンを16方位から集中砲火されている感覚と言ってもいい。

クラス中の目が俺に向けられていた。

WHY?何故?
「いや、何故って…ねえ?」
「うん…。」
…そうかいそうかい。見損なったぞこいつ等には。
こうも簡単に俺を井の底に突き落としたいかい。
俺だってこれでも一人間である為、反論の余地は十分に与えられているはずと言う事を踏み、立ち上がった。

「おい皆、俺はまだ一言も承諾をしたような発言はしていないのだが?
 ここは一つ俺の反論を訊いてくれよ?
 お前らは、涼宮と自然な会話できる人物が俺しかいないから、一気に押し付けたんだと思う。
 だがな、よくよく考えてみろよ。
 これはあくまでも演劇という分けで、あいてに直接話し掛けるのでは無く、あいての役に話し掛ける。
 意味が判るだろうか?
 別に二人の仲が良かろうが、悪かろうが、所詮は劇だと言うことだ。
 わざわざ俺がこんな大層な役柄に就く必要なないのさ?
 と言うわけでここは、公平にジャンケンで決めようじゃないか、男子生徒諸君。」

「いや違えよキョン。これはお前の為を想ってのことでなー…。」
何が違う。何が俺の為だ。ふざけるな。
おい、ハルヒ。このアホ共に言ってやれ。
お前だって俺みたいな野郎と一緒に大舞台に立つなんて御免こうむるだろ?
「あ、あたしは別に…構わないけど…。あんたは、あたしと一緒にやるのが嫌なの?」
別に嫌では無いのだが…。
単純に俺は、これ以上目立ちたくないと言うのが本音だ。
只でさえ一年坊から注目を浴びるスクールライフだと言うのに…嗚呼、カムバック平凡。
「キョン君、涼宮さんはあなたと一緒にやりたがっているのね。」
阪中まで言うか。
「そ、そんなこと無いわよ! 別にキョンじゃなくてもいいけどさ…。」
そうら! ハルヒだってこう言ってる。
拒否権を発動するぞ。異論は断じて受け付けないからな。
「それじゃあここらへんでそろそろ踏ん切りをつけようか。多数決でいくよ。」
って、国木田!?馬鹿な真似はよせ。
流石に俺もこの不毛な討論には倦んできたが、それがこの状況の打開に繋がる案だとは思わないぞ。
これは最早悪辣な奴等による立派な悪政じゃないかよ。
「では、キョンが白馬の王子様でいいと思う人挙手。」
誤差およそ0,2秒。
全員がその腕を高く挙げていた。
どいつもこいつも口元がにやけていて、古泉が大量生産された気分だ。
そして後ろを振り向けば…何でこいつも手を挙げてやがる。
しかもそんな小さく。
後10分ほど時間が余っていたのだが強制終了へとシナリオを全員が持っていき、結局白馬の王子様は俺という事になり、こんな結果で悪夢の喧喧囂囂は一旦幕を閉じる事になったが、続いては俺の魂を流浪の旅に送り出すべきかと言う議題を用意した。
さあ皆で縷縷と話し合おうじゃないか。


一体あれから何回溜息をしただろうか。
時間を盛大に使った上に異常にあっさりと決まった演劇、そしてキャスト。
あっさりと決まり過ぎた為に、一部に異論を唱えたが、相手にされずHMは終わり今に至る。
では、ここで一応キャスト(仮だと俺は主張する)を紹介しよう。
白雪姫がハルヒ…上辺だけだ、表面だけあいつは申し分ない。
端から見ればそれはそれは超美少女なわけだが、なんせ性格がぶっとんでいる為に、ハルヒに位置付けられるキャラは陰険な王妃辺りじゃないかね。
んなことよりも俺だ。白馬の王子様だ、笑え。
本来、明らかに周囲から異論が飛びそうじゃないか、と思われる配置なのにクラスメートは悪魔にでも呪われたのだろう、俺を猛獣の闊歩する大地に強引に放りやがった。
実際このクラスは男女共に面のいい奴がぼちぼちと入っている。
だから俺はキャストについては警戒を緩々に解除していたわけだが、こうも運命に裏切られると悲しくなる。
他については別に話すほどの奴等じゃないので割愛に移させてもらう。
…にしてもガキ過ぎるぜ、今時の高校生がこんな寸劇やったところで誰が喜ぶか?
答えは簡単、幼稚園児か裏で暗躍しているらしいハルヒファンクラブといった所だろう。
ファンクラブの存在を聞いたときは正直驚いたさ。
何だかんだ言ってああいった美少女は多少性格が捻くれていようと許容の範囲なんだな。
一体どんな奴等で構成されているか見てみたい気もする。
「おいキョン!良かったな!」
変態谷口か、何がだ。
「愛しの涼宮と一緒に白雪姫だぜ?少しは喜べよ」
誰が愛しのだ。ふざけるな。
やりたくないものを強引に押し付けられて誰が喜べよう?
「大体、涼宮と言ったらお前っていう公式忘れたのか?」
常識だぜ、と谷口は付け足し肩を竦めた。その後ろから国木田もやってきて、
「涼宮さんは結構喜んでいるみたいだよ、キョンが一緒で」
確かに不機嫌な様子ではなかったが、俺が一緒だからというのは理論として成り立ってない気がする。
そもそも何だお前達は、そんなに俺とハルヒをくっ付けたいのか。
「くっ付けたいというか、もうくっ付いてんだろ?」
「僕も同感だね」
駄目だこいつら。
今思ったのだが、こいつらこそハルヒの毒に犯されているのではないか?
谷口は別として、前まではこんな腐食した思考は持っていなかったはずだと俺は理解している。
今回のことで分かった、まともなのはやはり俺のみなのだ。
「前にも言ったが、一番まともじゃねえのはお前だよ、キョン。涼宮に好かれている時点でそれは決定したも同然だぜ」
「だから谷口よ。あいつは俺を好いてなどいないぜ」
「いや、あれはもう変人じゃない、恋する乙女だ」
「一体どこが」
「全く気がついてないだろうが、あいつの視線をお前はいつも独占しているぞ。
 涼宮だから大して羨ましくないが、女に好かれているお前は気に食わんね」
「妬くのは勝手だ。だが万が一あいつが俺を見ていようが、きっとただ退屈なだけなんだろ。お門違いにも程がある」
「キョン、俺を誰だと思っている? 天下の谷口様だぜ。女を見る目に関しては常人をうわまるぞ」
ほざいてろ、と俺は言い捨て立ち上がった。
「どこ行く気だよ?」
屋上だ。


心地よい風が吹く中、柵に身を委ねて俺は流れていく雲をあおいでいた。
ここなら誰も来ない為、一人の時間を有意義に過ごせる。
多少精神的に参っていてもこうして十分ほど黙っているだけで、大分落ち着けるのだ。
―――そうだ落ち着けよ、俺。
まずは谷口曰く、「ハルヒが俺に惚れている」と言う件。
あいつの女に関して言うことは結構当たるのはこの界隈じゃ有名な話なのだが、今回はにわかに信じられん話だ。
ハルヒが俺に惚れている? 馬鹿馬鹿しい。
確かに長門や古泉、朝比奈さんが言うあたり、俺はあいつにとっての「鍵」、共に居たい存在なのだろう。
しかしな、それとこれとは話が別だ、絶対。
かれこれハルヒと出会ってから大分月日が経つが、不思議探索と言う名目の下、町を無意味に徘徊している時点で今現在もあいつは「ああ言う」女だ。
そう、SF的なことにしかまるで興味がない。
無口キャラとか、ロリ顔で巨乳とか、変な時期に転校してきたとか、俺にはそんな不思議ステータスはあいつからしてみればついていない。
俺がハルヒの近くにいる理由? それはSOS団発足のトリガーになった人物に過ぎない。
いくら「鍵」だからと言って、俺が引き金じゃなかったらここまで親密にはならなかったはずだ。
それをクラスメートは「くっ付いている」とアホな勘違いを起こしているのにはいささか腹が立つ。
近い内に眼科でも行ってみたらどうだか。
したがって、ハルヒの奴は俺に好意を寄せているなんてことは愚か、恋愛沙汰になんてからっきし興味がないのだ。
うむ、見事な証明じゃないか。
「随分と憂鬱そうですね」
何故このタイミングでニヤケ面の古泉が来るのか、そこの所については俺でも証明は無理だ。
「ああ、今日は色々あってな」
「涼宮さん絡みのこと意外でこんなにお疲れとは珍しいですね」
「一応はハルヒ絡みではある。最も他もあるが」
「少しばかり耳に入れておきたいですね」
古泉のニヤケ顔が更に増す。
「長くなるぞ? 俺も話すのはちょっと面倒だ」
「愚痴のように話して頂ければ結構です」
「初めからそのつもりだ」

そこから授業時間も跨いで、およそ15分ほど、俺は古泉に演劇の件とハルヒの件について話してやった。
第3者に直接話すことで、さっきよりも乱れた精神に回復の兆しが見えてきた。
「…本当に色々ありましたね」
全くだ。お前も何か感想はあるか?
「そうですね…無いと言ったら嘘になります。なるべくならこれ以上あなたを悩ませたくはないのですが、言ってもよろしいでしょうか?」
どんときやがれ。
「あなたのクラスメートが言うとおり、涼宮さんはあなたに的確な好意を示していますよ」
それはさっきも俺が言ったように、あくまでも一緒にいる時間が他の奴等よりも多いというだけだ。
お前も勘違いはやめてほしいぞ。
「まあ、ただその好意というものに彼女自身気がついているかどうかはまだ分かりませんがね」
だーかーらー、それもありえないっつうの。
普段から単細胞馬鹿としか思えない巨人と戦う為にハルヒの精神に入っていくから、多少あいつが何考えてるのか分かるかもしれないが、「それ」に関しては絶対にありえんし認めんぞ。
「だったら証明を解説してみましょうか?」
いや、聴きたくないな。
もしかしたらお前をここから突き落としてしまうかもしれん。
「ハハハ、やっぱりそう言うと思いました」
おい何だその笑い方。軽く癇に障るな。
「これは失礼しました。ああ、これは言って置きますが、あなたもそろそろ本格的に涼宮さんと向き合ってみてはどうでしょうか?」
向き合うだと? やなこった。
ただでさえ現実世界であいつの機嫌を取らなくてはいけないのに、これ以上何をしろってんだ。
「なるべく早急に迅速な行動を始めないと誰かに涼宮さんを奪われてしまいますよ?」
どうにでもなればいいのさ。ろくな男と付き合わない限りハルヒは大丈夫だろ。
今よりも更に精神が安定して俺もお前らも万万歳だ。
「僕個人としては一般人なんかよりもあなたと付き合って欲しいのですが」
その選択肢は俺の中には入ってないがな。
「そうですか。まあいずれその時がくるでしょうからそれなりに考えておいて下さい」
古泉はそう言い残し、ドアの方へと踵を返した。
「おっとそれから」
まだ用があるってのか?
「カルシウムは採ったほうがいいですよ?」
図星だった。


こんな体相が一週間続いた。
その間に着々と文化祭への準備が進行され、キャスト陣は今日辺り練習を始めるらしい。
俺はやはりと言うか…出番がほぼラストという事で出番が少なく、練習の初期の方はただ見るだけらしいが、それはそれでいい気もする。
乗り気ではないのは皆さんご存知のとおり、元々強制的にこの白馬の王子様と言う汚れ役へと縛り付けられてしまったからだある。
他は何故かやる気満々のようで、一人でもやる気のない奴がいない為に妙な疎外感を味わっている所だ。
俺以外、ということはハルヒも何故か皆と談笑しながら楽しく事を進めているみたいだ。
入学当初のあいつは一体どこへ行ったのやら。
後これは余談だが、今年の映画撮影は中止だそうだ。俺としてはよっぽどそっちの方が良かったぜ。
あー、それにしても眠いぜ。
「何欠伸なんてしてんのよ、ほら体育館に移動するわよ」
「え、何で」
「あんた話し聞いてた? 演劇の練習に決まってるじゃない」
「そうだったのか。俺しては寝ていたいのだが」
「何が寝ていたいよ。今のあんたはSOS団団員として由々しき体たらくをしているわ!」
何かと大袈裟に物事を言うハルヒを尻目に体を持ち上げる。
「ん? ハルヒ、それなんだ?」
ハルヒは腕の中に何やら薄い布を抱えている。
「ああ、これね。衣装よ衣装。後であんたも貰えると思うわよ」
ハッキリ言おう、いらん。どうせなら私服でやりたい。
「着替えたら感想…言ってよね!」
分かったよ。
「全く…間抜け面しちゃってさ。たまにはシャキっとしなさいよ」
「これが限界だが」
「どこがよ? て、もうあたし達だけ?」
一連の会話のうちに、クラスメートは全員居なくなっており、俺たちもまた目的地へ急いだ。

この練習に関しては岡部教諭は口出しせず、生徒たちで好き勝手…と言うのはおかしいか。
まあ、自分たちなりに練習に励んでくれとの事だ。
本音としては面倒臭い、とか思っているに違いないが、もしも俺があんたの立場だった場合同じ思考になるに違いない。責めはせんよ。
岡部がいなくなってから、あらかじめ作っておいた大道具やらをステージ上に設置していく奴等を遠めに眺めていた。
一応さっき衣装は受け取ったのだが、今着る気はさらさら無い。ていうか今後とも着たくない。
俺にとってはあれは内側に点火してあるダイナマイトがズラリと並んでいるようなマントにしか見えない。
この王冠だって実は避雷針かもしれない。あーやだ。
「どうしたのキョン君?」
何故かぞろぞろと俺の周囲にキャスト陣が蝿のように群がって来た。
「いや…何でもない。最近ちょっと疲れていてな」
「そうなんだ。なんだったら寝ていてもいいよ?キョン君の出番しばらくないし」
「ああ、そうさせてもらうよ」
移動するのも余計な労力を使うと判断した俺はその場に寝転ぼうとした、だが、
「ちょっとキョン! あんたせめて感想言ってから寝なさいよ」
感想? あーさっきのね。
と思いハルヒの方へと振り返ってみた。

いやあ、確か俺の記憶上白雪姫ってのは7歳から始まり10歳までって設定だったよな?
…いや、それは全く関係ないか。
だってな、ハルヒの着ている衣装という物が清楚ながら結構露出度の高い物で、その、ね?
胸元が大きく開いているわけよ。
高1の時から同学年の奴等からは群を抜いてグラマラスな身体をしていたハルヒだが、およそ一年半という月日が流れたことによって、至る所が成長しているわけだ。
うん、正直言ってしまおう。
コイツ普段着やせしている為か目立たなかったが、胸がデカい。去年の朝比奈さんを彷彿とさせる。それに腰のくびれが半端じゃない。
こんなものを見せられて俺の目は何処へと焦点を合わせればいいのだろうか、誰か教えを乞いたいね。以上だ。
「うん…まあ似合っている。文句はないな」
この回答が無難なのかは分からないが、そうであってほしい。
「そんなの駄目よ!もっとこう、具体的に感想を言いなさい!」
「具体的にか…。そうだな、その胸元と脚がチャーミングだな」
我ながらこれは羞恥の念にかられる。下手したら「このエロキョーン!」とか言われて心身ともに傷を負うかもしれない。
「そ、そう? …ま、いいわ。許したげる。」
「そりゃどうも」
そう言うとハルヒは美味いものを腹いっぱいに食ったような幸せな顔をして、向こうの方へ歩いていった。
今の顔に少し心臓が高鳴ったのは内緒にしておく。


その後、結局惰眠を貪るのに失敗し、ステージ上のハルヒ達を薄らぼんやりと見ていた。
順番にそれぞれの場面ごとで区切りながら練習をしていたから俺の出番はいつ頃か、考えながらある事に気を掛けた。
―――俺はハルヒとキスする振りをしなくてはならないと言うことだ。
マジでやるのか?
いや、それは御免こうむりたい。
そうだ、原作グリム童話の白雪姫では、キスという設定は組まれてなかったはずだ。
確か、白雪姫は完璧に絶命して、王子が死体大好き変体野郎だったけな?
あれ? 王子の兵共が棺桶に白雪姫を乗せて運んでいる途中、兵士の鬱憤が溜まっていて、憂さ晴らしに死体の顔面を殴りつけたら喉に詰まっていた林檎を吐き出す―――だったか?
まあいい。どっちでもいいや。
俺にとっちゃそっちの方が現実味があっていいと思うのだが。
明日辺り監督にこの案を提唱してみる。それ程の価値はあるのさ。

だがな、クラスの奴等が俺の前で声に出さないで、裏でこそこそ噂してくれるなら別にハルヒとキスくらい…て、俺は何を考えているんだ。

 

 

中篇へ

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2020年03月19日 01:00