年中突拍子もないことを考え、ほとんど全てのイベントで周りの人間を巻き込んで振り回し続けるあいつがSOS団を立ち上げてからもうすでに3年目だ。
 

そろそろ俺たちも進路を本気で考えなければならない時期になってきた訳で、去年の同じ時期なら適当にあしらっていたであろう期末考査のために柄にもなく俺は勉強してない割に成績優秀なハルヒや、卒業後もこの時間平面に留まり、それなりの大学に進学した朝比奈さんに勉強を見てもらいながら過ごしていた。



 

そんな時期の昼休み、俺はいつもどおりに国木田と谷口と弁当を食っていた。そのときの話だ。

「…そんでその女がよぉ」

谷口のナンパ失敗談をいつもどおり適当に聞き流しているとき国木田がいつものようにやんわりと受け答えしていた。

「谷口もそのナンパへのエネルギーをもうちょっと受験勉強に注いだら?」

…もっともだ。

「別にいいじゃねぇか、ナンパやゲーセン以外の時間は勉強に当ててんだから」

「確かにこの前の中間考査は頑張ってたけど、そんなんじゃそのうち痛い目見るよ」

そうなのだ、忌々しいことに2年の学年末まで俺と一緒に赤点ラインギリギリを低空飛行していた谷口は前回の中間考査であろうことか学年順位のちょうど真ん中あたりにまで成績が上がっていたのだ。

くそぉ~、思い出しただけでも忌々しい。

「にしたってキョンはいいよな~、毎日麗しの涼宮に勉強見てもらってんだから」

「麗しのってなんだ、羨ましいんだったら代わってやってもいいんだぞ」

朝比奈さんならともかくハルヒ大先生のご指導はとんでもなく厳しいからな。

「遠慮しとく、涼宮なんてこっちから願い下げだ、今も大して変わらんが中学の時だって俺が何か聞くたんびに小動物なら焼き殺せそうな眼力で睨んできたんだぜ」

……そう言えば最近また谷口が中学のときのハルヒの話をチラホラ出すようになったな。

「そりゃ今は少しまともになったさ、でも常軌を異しているのには変わりない。……それにキョンから横取りしちゃまずいだろ」

なんだそりゃ。

それじゃまるでハルヒが俺の所有物みたいな言い方じゃねぇか、ハルヒの名誉のために言っとくが、そんなことは断じてない。ハルヒだって俺のことを団員その1としか思ってないさ。

「ま、そういうことにしといてやるよ……さてと、俺トイレいってくるわ」

そういいながら席を立つ谷口を見送りながら。

「なんなんだよ、まったく……」

「ちょっとぐらい察してあげなよ、谷口はああ見えてキョンのことが羨ましいんだよ」

「羨ましい?何のことだ?」

国木田が言ったことに疑問を抱き弁当の残りに手を付けようとした箸を止める。

「谷口は涼宮さんとキョンが仲良くしているのが羨ましいのさ」

そんなことないだろ、第一谷口は日ごろからハルヒのこと変人呼ばわりしてんじゃねぇか。

「そうでもねーと思うぞ」

後ろからニヤニヤしながら話しかけてきたのはクラスメートの後藤だった。

「後藤、そりゃどういうことだ?」

「ほら、オレも東中だったじゃん」

そうだっけ?

「んでさ、実はあいつ東中で一番最初に涼宮に交際申し込んだ相手なんだぜ」

そうだったのか。まあ、ハルヒは元々美人だからな。変な事件起こす前ならあの谷口のことだ、交際申し込んでてもおかしくはない。

「ちょうど今ぐらいの時期だったかな。で、OKの5分後に振られちまってさ。それでもその後も機会があれば涼宮に話しかけてたんだ。だから涼宮と仲いいお前に少し妬いてんのさ」

なるほどね。やっぱりOKした5分後に破局ってのは谷口自身だったのか。だからハルヒと仲良くしてる俺が羨ましいと。

無論、こいつらの考えすぎかもしれんが。

「ちょっと待て。お前らの考えすぎじゃないのか、第一、ハルヒに未練があるんならナンパなんかしないだろ」

「そういえば、谷口がプレイボーイ気取るようになったのも涼宮に振られた後だった気がす……「おい後藤、キョンとなに喋ってんだ?」

間が悪いときに帰ってきやがったな。

「別に、何も、ただの世間話だ」

そう言って後藤は意味ありげな視線を俺に送った後、自分の席に戻っていった。

「ホントか?キョン」

「本当だよ、お前も疑り深いな」

「ま、それなら別にいいんだけどよ」

谷口がそう言ったちょうどその時昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴っていた。


やべ!まだ弁当残ってる。

午後の授業は何の変哲もなく、眠りそうになったらハルヒに背中を突かれて過ごす。そんな感じで授業を消化していたのだが。昼休みの話が引っかかって、もし今ハルヒに背中を突かれてるのがクラスの前のほうでぼんやりとノートを取ってる谷口だったらどんな感じなのだろうと、一瞬想像してそれを全否定してる俺がいるのに気が付いた。
なんだってんだ、まったく。


結局、いつまで考えても埒が明かなさそうなので、6限目が終わる頃には考えることを放棄した。このとき、数時間後に俺にとっての一大事件が起こるのは知る由もなかったと言っておこう。


俺はHRが終了したので、掃除当番のハルヒを置いて、さっさと部室へと足を運んだ。
朝比奈さんは大学の講義が終わってから来ているので、今はノックせずとも着替えに遭遇してしまうことはないのだが、こう律儀にノックしている紳士的な俺を誰か褒めて欲しいね。
「どうぞ」

中からやに爽やかな声の入室許可を聞きつつ俺はドアを開けた。
部室にはいつもの爽やかスマイルを貼り付けた古泉しかいなかった。

「めずらしいな、お前だけなのか?」

「ええ、もしかしたら長門さんは掃除当番かもしれませんね、そういうあなたは涼宮さんと御一緒ではないのですか?」

「ああ、あいつも掃除当番だ」

長門が本当に掃除当番かは疑り深いがとりあえず不問にしておこう。とにかくすることもないのでハルヒか朝比奈さんが来るまで古泉相手にチェスを興じながら俺は、昼休みの後藤の話を思い出していた。

「なにか悩み事ですか?」

表情に出ていたのか古泉がそう聞いてきた。

「別に悩み事と言うほどでもないさ」

「そうですか。しかし、一人で溜め込むより誰かに話したほうが案外すっきりするものですよ。よろしければ僕が相談に乗りましょうか?」

「いや、今回ばかりはお前に話したところでもどうしようもないさ」

と言いつつチェックメイトをかけてやる。

「お手上げです」

ある意味ではハルヒ絡みだが今回はさすがにハルヒと谷口の問題だろう。

……って、俺はなに真剣に考えてんだ。

そもそも国木田や後藤の冗談か思い過ごしかもしれないし。たとえ二人の話してたことが本当だったとしても、谷口がそんなに悩んでるようにも見えないし、もう一度交際を申し込むとも思えない。それに、ハルヒも昔ならともかく今のあいつならば仮に申し込まれたとしても谷口の心をいちいち傷つけるような真似はしないだろう。

と、考えるのに没頭してしまったのだが、SOS団専属のエンジェル、朝比奈さんがやってきて俺の思考も一時中断だ。

「こんにちは~」

「こんにちは、朝比奈さん」

俺はそう言いながら自分のパイプ椅子から立つ。

朝比奈さんは卒業したにも係わらず今でもその神々しいメイド姿を守り続けているのだ。

古泉と共に部室の外で朝比奈さんの着替えを待っているとハルヒが長門の手を引っ張りながらやってきた。

「そこで有希と会ったのよ、ところで二人は何で外にいるの?」

「中で朝比奈さんが着替えてるのさ」

「みくるちゃんが?なら久しぶりにみくるちゃんで遊びましょうかしら?」

とか言いつつ部室のドアをお構いなしに開け、部室にずかずかと入るハルヒ。

しかし朝比奈さんはちょうど着替えを完了させたところだった。

「あ、涼宮さん、長門さんこんにちは」

「な~んだ、もう着替え終わっちゃたの?」

とか言いながらいつもの団長席に座った。

長門もいつもの定位置に座りハードカバーを取り出したので、俺と古泉も元の席に戻った。俺はそろそろ勉強をスタートさせるべくチェスを片付けた。


その後はここ最近のいつも通りのSOS団部室だった。
朝比奈さんの煎れてくれる甘露を堪能しつつ、ふとハルヒを見やると珍しくネットサーフィンをせずに窓の外を眺めていた。後姿からは表情をうかがえないが、夕日に照らされた窓の外の光景と相俟ってどことな神秘的な雰囲気をかもし出していた。
ハルヒがいきなり振り返ったため、ハルヒを見てた俺の視線とハルヒの視線がぶつかる。
「なに見てんのよ?」
「いや、別に」

 

パタン。


ここで俺たちの下校の合図が聞こえた、ラッキーだぜ、余計な言い訳考えずにすんだ。思わず見惚れてたなんて言えるはずないもんな。

グッジョブ、長門。

朝比奈さんが着替えるのでそのほかの人間は先に下校しようということになったのだが。

「ハルヒ、帰んないのか?」

ハルヒはまだ団長席に座っていたのだ。

「うん、ちょっと用事があるからあたしは残るわ」

「そっか、じゃ、先に行ってるぞ」

「うん」

ハルヒと朝比奈さんが追いつけるように比較的スローペースで歩いていたため着替え終わった朝比奈さんは校門近くで追いついた。

ハルヒが追いつくことはなかったのでいつものペースで俺たちは歩き出す。

ちょうど坂の中腹にまで下りてきたときに俺はあることを思い出した。

ノートを部室に置いてきたのだ。

「わるい、部室にノート置いてきちまった、俺は戻るから先に帰っちゃってくれ」

「わかりました」

そう言ってもと来た道を折り返す。

俺は後になってこのタイミングで思い出したことを後悔することになった。





~ハルヒサイド~


「それにしても遅いわね~」

いつまで待たせる気なのかしら。

キョンたちも帰っちゃたし、後5分待って誰も来なかったらあたしも帰ろうかしら。そう思いながら手に持った紙を見やる。そこにはこう書いてあった。

『あなたにお話したいことがあります。もし聞いてくださるのでしたら部活が終わった後部室で待っていてください。もしその気がなければ帰っていただいても構いません。そのときはこの手紙のことは忘れてください』

今朝下駄箱に入っていたこの手紙、この字はどこかで見たことある気がするけど思い出せない。
何か不思議な出来事の相談なら喜んで承るけど。もし、中学のときみたいなつまんない男の告白だとしたら、即刻断って帰ろ。第一、今はSOS団があるのに恋愛事なんて邪魔になるだけよ。それに、好きでもない相手に告白されても困るだけよね。
……って、あたしはまだ恋愛感情を持って異性を見たことがないんだった。精神病の一種なんて言ってるけど人を好きになるってどんなことなんだろう。



……コンコン。



「どうぞ」
さて誰が来るのか……。

それはあたしが予想してた状況とはまったくかけ離れた人物が入ってきた。

「よ、涼宮」

軽い挨拶をしながら入ってきたのは谷口だった。あの丁寧な文面はアホの谷口とはイメージがかけ離れすぎててまったくの想定外だったわ。

「谷口、あんただったの?」

「そ、意外だったろ」

そういってニヤリと笑う谷口、こいつがこんな表情してても様にならないわね、古泉君並の美形ならまだしもアホの谷口じゃ、余計アホな感じが際立つわ。そういえば、東中で一番最初に告白してきたのもこいつだったわね。面と向かって言ってきた数少ない一人だったわ。5分後には振ってやったけどね。

「で、何の用?つまんない事だったら容赦しないわよ?」

団長席に座ったまま谷口を睨む。

「そうだな、俺なんかの話を長時間聞いてくれるとも思えんし、単刀直入に聞いてみるか」

そう言いながら団長席の前、長机の端に腰掛けた。失礼ね、少しは礼儀をわきまえなさいよ。

「……なあ涼宮、お前キョンのこと、どう思ってる?」

「へ?」

我ながら変な声でちゃったわね。

いや、そんなことはどうでもいいわ、今谷口はなんて言ったの?

「ちょっと待ちなさいよ、何でそんなことあんたに教えなくちゃいけないわけ」

「いいから答えろよ」

谷口の癖に命令形なのがむかつくわね。

それにしても、あたしはキョンのことどう思ってんだろ?考えたこともなかったわ。

あいつはSOS団団員その1で雑用係、有希やみくるちゃんばっか見てて鼻の下伸ばしてる。でも、いつも文句言いながらあたしの我侭に最後まで付き合ってくれるやつ。心の中では感謝してるけど。でも、そんなこと本人には言えない。

「何であんたがそんなこと聞くの?」

あたしは質問を質問で返してくるやつが嫌いだけど遂そう聞いてしまうのはしょうがないわよね。

「そんなこと……」

そう言いながら俯く谷口、目元は見えないけど何か迷ってるようにも見える。

「……らに決まってんだろ……」

「え?」

かなり小さかった声なのであたしは聞き返してしまった。

「そんなこと、お前が好きだからに決まってんだろ!!」

顔を上げ突然大声を出す谷口の表情は5年間あたしの見たことのない表情でそう言った。一瞬思考が止まってしまう。

「ばっかじゃないの?あたしはあんたのことを一度振ってるのよ?いまさらそんなこと言われたって……「わかってるよ」

谷口のいつになく真剣な表情が直視できなくて顔を背けたあたしの言葉を谷口が遮る。

「そんなことはわかってる。俺は一度お前に振られた身だ。リトライするのにも遅すぎるってのもわかってる。でも、お前のことが好きなんだ。この気持ちだけは変わらねぇ。中一のときからずっとお前のこと見てた。この気持ちだけは誰にも負ける気はしない、だから……」

この時谷口があたしのすぐ後ろにいることにようやく気がついたわ。振り返ったあたしの視線と谷口の視線がぶつかり、その瞬間にまったく抵抗できなくなってしまった。

谷口の目を閉じた顔が目の前にあった……。





~キョンサイド~


通学路の坂を折り返した俺は、まっすぐ部室棟に向かった、鍵が閉まってる可能性もあったが、ここに来るまでハルヒに会わなかったことからまだ部室にいるだろ。ノックせずに入ってもハルヒが着替えてることもないだろうし、俺は軽い気持ちで部室のドアを開けた。


目の前の光景を俺は疑うことしか出来なかった。


この時ハルヒ以外の神様を恨んだね。

もう少し遅いタイミングか速いタイミングで俺が来ていたらこんな光景を俺は見ないで済んだだろう。でも、それは結局のところ全責任は俺にあるわけだがそれでも俺はその全てを神様に転化したくなるのも無理はないと思う。

だってそうだろ?何の気なしに部室のドアを開けたら団長席のところでハルヒと谷口がキスしてるんだぜ?

誰だって現実逃避したくなる。

谷口は左手をハルヒの腰に回し、顎に手を添えて目を瞑りながらハルヒに口づけている。ハルヒは目を見開いているが驚きと恐怖があるのかまったく動いてなかった。

「なにを……」

俺はそう言うしか出来なかったがハルヒは俺の声で正気に戻ったようだ。

谷口の胸の辺りを両手で押しのけそのまま……。


パァン。


乾いた音が響いた。

ハルヒが谷口の横面を張ったのだ。

「なにすんのよ!!」

「さっきも言っただろうが!俺はお前のことが……「谷口ぃ!!」

自分でも今俺はなにをしたのか理解するのに数秒かかった。

激昂した俺は狭い部室を全速力で走りその勢いにさらに全体重を乗せ谷口を殴り飛ばしたのだ。

谷口はそのまま掃除ロッカーに背中をぶつけ、へたり込んだ。

その先は聞きたくなかった、一瞬谷口とハルヒが心の通じ合ったキスをしたのかと思ったが、今のハルヒの態度からそれはないと感じ取った俺は谷口が言葉を言い切る前に殴ったのだ。

「お前、その先を本気で言うつもりか?」

ハルヒを庇うように自分の後ろに立たせながら言った。どうしてここまで俺が怒ってるのか俺自身わからないが。なにがなんでもこの大馬鹿野郎が許す気にはなれなかった。

「お前がその気なら、もっとハルヒを大事にしようって気持ちがないのかよ」

「うるせぇよ……」

さっきのパンチで切れたのか唇を手の甲で拭いながら谷口が立ち上がり、俺の前に立ちながら言った。

次の瞬間自分の体が宙を浮いていることがわかった。

そのまま自分が普段座っているパイプ椅子をふっ飛ばしながら倒れた。自分の右頬に鈍い痛みがあることからようやく俺は谷口に殴り飛ばされたことがわかった。

マジかよ……、俺が全体重乗っけて俺は谷口のこと殴ったてのに、こいつは勢いを付けずに左手の腕力だけでこんなとこまで俺を殴り飛ばしやがった。

「てめぇになにがわかるってんだ……」

俺のほうに歩きながら言った。

「俺はずっと涼宮のこと見てきた。笑顔にしてやりたくて頑張った。なのに、お前はいつも簡単に涼宮のこと笑わせて、俺が5分しか立ってらんなかった涼宮の隣をお前は独り占めしてやがった!」

そう言いながら俺の襟首を掴み持ち上げる谷口。

身長は大して変わらないので足が付かなくなるってことはないが、それでも俺の体は踵

が浮いてしまうくらいまでに持ち上げられた。

「ふざけたこと言ってんじゃねぇ。ハルヒは俺のものでもお前のものでもない。ハルヒはハルヒだ、お前にハルヒが誰と仲良くしてようがとやかく言う権利はねぇだろ」

そう言いながら谷口の目を真っ直ぐ見る。なんだか、こいつの目が人間ではなく野生動物のそれに見えちまったのは俺の気のせいだろうか。

「うるせぇ!俺はこいつのことが好きなんだ!恋人でもねぇのに余裕ぶっこきやがって!!そういう所がムカつくんだ!!」

そう言いながら谷口は右の拳を振り上げ、俺は思わず目をつぶる。

そのとき……。

「やめてぇ!!」

ハルヒの悲痛な叫びが響いた。

目を開くと谷口の拳は寸での所で止まっていた。

「もうやめてよ……谷口、あんたらしくないわよ。今まであんたの思いに気づいてあげられなかったあたしも……悪い。でも、だからってキョンをこれ以上傷つけないでよ」

ハルヒは今まで見たことのないような表情で必死に言葉を紡いだ。


…ギリィ…。


谷口は歯軋りが起こるくらい歯を食いしばっていた。

その顔は怒りと戸惑いがその他いくつもの要素が混じりあった複雑な顔をしていた。やがて。


「……すまん」


そう言って俺から手を離し谷口は部室を出て行った。

「キョン、大丈夫なの?」

ハルヒは谷口がいなくなってすぐに俺の元へ駆け寄った。

「ああ、大丈夫だ。なんとかな」

「そう、よかった」

ハルヒは安堵したようだがそれでも目に見えて困惑していた。

今にも泣きそうな表情だ。

「なにがあったのか教えてくれるか?」

そう言って俺の指定席であるパイプ椅子を立て直し、ハルヒに座らせる。

ハルヒは正直に全部話してくれた。

手紙のこと、待っていたら谷口が来たこと、谷口が聞いてきたこと、谷口がキスしてきたこと。

「あいつがキスしてきた時、閉じる前のあいつの目を見た瞬間、怖くて動けなくなった。まるで谷口じゃないみたいで、そしたら、あんたの声が聞こえて…」

「それであそこに至るわけか」

ハルヒは黙ってうなずいた後、言った。

「中学のとき、あいつが一番最初に告白してきたわ。最初は不思議が舞い込んできたのかと思ってOKした。でも少ししたらそうじゃないってことがわかって、普通の人間の相手をしてる暇はないって振っちゃったの」

昼休みに後藤が似たようなことを話してたな。しかし、ハルヒの話には続きがあった。昼に後藤が話してた通り、機会があればハルヒに話しかけてたらしかったが。しかし、ハルヒが話すには。

「……最初は鬱陶しいと思ってたわ。でも、あいつは他の男子が白い目で見るようになっても、あたしが一時期低レベルないじめにあってたときも、いつもと変わらない調子で話しかけてたきたわ。今になって考えればあいつはあたしのこと笑わせようとしてくれてたのかもしれない」

そう言って俯くハルヒをどうしてやればいいのかわからず、結局頭を撫でてやるしか出来なかった。今回の件を別にすれば、谷口は軽い性格だが根はかなりいいやつだ。例えダチがかなりひどいイジメにあっていたとして、あいつは自分に火の粉が降りかかるとしても態度を変えたりしないだろう。たぶん、国木田に聞いても俺と同意見だと思うね。

やがて、俺は考えながら自分でも言葉を選びながら俺は言った。

「お前は悪くない。かと言って谷口が悪いわけでもないだろ。あいつも、迷いに迷った末での行動だったんだろう。今あいつの気持ちが理解できるのなら、しっかり考えて、それから答えを出せばいい」

口ではこう言ったが俺はまだ今しがた谷口がしたことにはムカムカしていた。しかし、今はそうも言ってらんないな。

「もう大丈夫か?今日は送ってくぞ?」

そう尋ねた俺にハルヒは黙ってうなずいた。

ハルヒの話を聞いている間にもうすっかり当たりは暗くなっており。星が瞬き始めていた。


俺はすぐに自転車を回収しハルヒを後ろに乗せて帰った。一年の夏に後ろに乗せた事があるのに、今ドキドキしてるのはハルヒが腰に手を回してるせいか?

後ろで俺の腰に手を回しているのでどんな表情をしているかはわからないが、俺からハルヒに声を掛けることをしないでおいた、やがてハルヒが。

「ここでいいわ、ありがと、キョン」

「そうか、じゃあまた明日な」

「うん、バイバイ」

別れを告げても俺はハルヒの後姿を見送っていた。

谷口は何だってあんなことしたんだ。自分の気持ちを伝えるにしたって、いささか強引過ぎるだろう。

ハルヒの後姿が見えなくなるまで、俺はずっと考えていた。


「お帰りなさい」

「お前にお帰りと言われる筋合いはないぞ」

ハルヒを送った後、家に帰ると俺の家の前に古泉と長門が立っていたのだ。

大方、閉鎖空間が発生して原因でも聞きに来たのだろう。

「いえ、機関でも大方のことは把握しています。ですが、閉鎖空間が発生する兆しはありません」

「なら、何のようだ」

「あなたのご友人、谷口君のことについてです」

「あの馬鹿がどうした」

ハルヒに余計な刺激を与えたってんで、機関に暗殺でもされんのか?

「そんなことはしませんよ。それではかえって涼宮さんに悪影響を及ぼしかねません」

「ならなんだ?」

「このことに関しては長門さんに説明をお願いしましょう」

長門はおもむろに話し始めた。

「彼の体内、厳密に言えば脳内にウイルスプログラムが組み込まれていた」

「は?」

俺は長門の言ったことが一瞬理解できなかった。

「どういうことなんだ。谷口にいったいどんなウイルスが仕込まれてたって言うんだ」

「彼の脳内に仕込まれたプログラムは、彼の脳内の本来なら彼自身気づかないほど深くに存在した感情を暴走させていたと思われる」

「その感情ってのはなんだ?」

なんとなく、長門の次の言葉がわかる気がした。

「それは、涼宮ハルヒに対する恋愛感情」

「何だってそんなことを」

おかしなプログラムが仕込まれたのなら、谷口の異常な腕力もあの野生動物じみた目も納得がいく。が、しかし、全てを納得できるわけないだろ。

「おそらく、涼宮ハルヒを混乱させるため」

「ちょっと待て、谷口にウイルスが仕込まれたってのはわかった。でも何で谷口になんだ?第一、仕込んだのはどこのどいつなんだ?お前のところの急進派か?それとも天蓋領域か?」

「おそらく、別の情報生命体と思われる。彼にプログラムを仕組んだ理由は、感情までは偽装することが出来ず、また、SOS団内部の人間では我々が常に監視しているため、SOS団外部の人間でありながら涼宮ハルヒにある程度近しい人物の中で該当する感情を抱いている必要があり、それに該当するのは彼のみだったためと思われる」

「おそらく、彼に長門さんのようなインターフェースを接触させたのでしょう。ある程度美人の女性にしておけば、彼には近付き易かったでしょうから」

確かにな。谷口ならば逆ナンされたと思って喜びかねん。

「で、そのウイルスとやらはどうしたんだ」

「発見しだいすぐに取り除いた」

「そうか」

少しだけ安心した。いくらあんなことした後だからって悪友の安否は気になる。

「ところで、何で俺にこんなにすぐ教えたんだ?」

明日の昼休みにでも言いに来りゃいいのに。

「あなたのことですから、谷口君と仲違いになるのではないかと思いましてね」

なぜだ、谷口がハルヒにキスをしたことには激昂したが、あいつがハルヒのことを好きになろうと構わん。

「本当にそのようにお思いなのですか?」

「どういう意味だ?」

「あなたは前々から乙女心には鈍感な方だとは思いましたが、よもや御自分の……いえ、言うのはよしましょう。さすがにこれは、あなた自身の問題です」

古泉が言い切らなくても言わんとしている事はわかった。

いや、むしろもう自分で気が付いていた。古泉に無理やり諭されなくてもな。

たぶん、谷口がハルヒのことを好きかもしれないって聞いた時から谷口に対して沸いていた底知れぬ感情は、谷口に対抗心を燃やしていたんだ。

ただ、自分で認めようとしなかっただけなのだろう。

ここまでくれば言ってやるよ、くそったれが。




俺は、ハルヒのことが好きなんだ。




古泉と長門を見送った俺は、飯もろくに食わずにベットに潜り込んだ。

俺の気持ちに気づき、谷口の思いを知った今、俺はハルヒと谷口にどう接していいのかわからない。谷口だって中学のときから無意識にハルヒのことを見続けていたに違いない。それは普段の谷口の話しを聞く限り明らかだ。

俺だって譲る気にはなれないが、谷口との友情ってやつも壊したくはなかった。あんなふざけた野郎でも三年間の付き合いだからな。




「……どうしろってんだ」





  後編に続く

 


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