「おい、狭いんだからもう少し詰めてくれ」
「申し訳ありません、こちらも少々限界のようで」
ったく、なんでこんなことになったんだ。
ため息を吐き、横で寝転がっている三人娘を見る。
「ま、良いんじゃないでしょうか。折角映画の撮影も終わったことですし」
「たまには、ねぇ」
ん?状況がよくわからないって?
そんじゃ、少しばかり遡ってみますかね。
「折角だからあそこで打ち上げしましょう!」
文化祭に出すハチャメチャ映画の撮影後、ハルヒはこんなことを言い出した。
「あそこ」というのは、ハルヒの不思議パワーによって生み出された場所であって、それはこんな秋まっただ中な状態ではあり得ない場所なわけで。
かつて朝比奈ミクルと長門ユキが死闘を繰り広げたその場所には満開の桜が咲いていたわけで。
「…いや、待て待て。確かに映画の撮影は終わったが、まだ編集作業が残っているだろう」
満開の桜の木の下で、シートを敷きながら疑問を口に出す。
そう、確かに内容は撮り終えたのだが、その継ぎはぎを一本の映画にする作業がまだ残っているのだ。
「そんなのあんたがやるに決まってるじゃない」
「普通、それが終わってから打ち上げってしないのか?」
「いいの!折角晴れたんだし、いいじゃない!」
楽しそうにハルヒは言う。
まぁいいか。
このまま俺だけ編集作業に飛ばされるよかマシだ。
「おや、そういえば朝比奈さんはどこに行ったのでしょうか?」
「みくるちゃんならお使いに行ってるわよ。丁度ウェイトレスの格好もしてたことだし」
何が丁度なんだ、一体。
因に、長門は魔法使いの格好をしたまま本を読んでいる。
なぁ長門よ。
こういう機会なんだし、本を読むのは無しにしないか?
ゆっくりと顔を上げ、無機質な目が俺に向けられる。
「…そう」
「それにしても遅いわね。そろそろ来ても良いはずなんだけど…あ、来た来た!」
「お、おまたせしましたぁ…はぁ、店員の人から変な目で見られましたよ…」
そりゃまぁ、そんな格好で店に行ったらそうなりますよ。
朝比奈さんからスーパーの袋を受け取って中身を出す。
「えと、お菓子と、紙コップと………」
「おや、チューハイですか」
「…んなもん見りゃ分かる」
「ほらほら、ぼーっとしてないでみんなに配りなさいよ!早く乾杯するんだから」
「…ま、いいか」
というわけで、ハルヒの高らかな音頭によろ、かくも非日常的な打ち上げは開催されてしまったわけである。
「ふぁぁ…もう駄目ですぅ…」
…一口飲むか飲まないかの瀬戸際で、朝比奈さんはダウンしてしまったわけだが。
そういや、離島に行ったときにもワインの匂いを嗅いだだけで真っ赤になってたっけか。
「まぁ、疲れが溜まってたのもあるんじゃないでしょうか」
「ずっとフルパワーな人間もいるんだがな」
目の前でぐびぐびと一缶飲み干すハルヒを見ながらそう呟く。
「ぷ、っはー!たまにお酒を飲むのも悪くないわね!」
「飲み過ぎると、夏休みの二の舞になるぞ」
「む、分かってるわよそのくらい」
「そう言いつつ、もう一缶開けるんだな」
…わかった。
好きにしろ。だから睨むな。
「しっかし、映画撮影ってやりがいあるのねぇ。内容を考えるのと、イメージ通りにするのがこうも違うだなんて」
「雑用も疲れるもんだぞ?来年もまたやるなら是非、雑務を減らしてもらいたいもんだ」
古泉と長門はのんびりと桜を眺めながら飲んでいる。
そんな中、朝比奈さんの寝息が聞こえて。
「ま、これからのあんた次第ね」
「…そーかい」
「とりあえずは、編集頑張りなさい」
「おう」
ま、なんとでもやってやるさ。
「それにしても、こんな季節に桜が咲くなんて、珍しいこともあったものよね」
「…はは、全くだ」
おい古泉、笑うんじゃねぇ。
そのお手上げのポーズも止めろ。
ったく、それもこれもハルヒが望んだからに決まってるじゃないか。
「どうせならもっと超常現象が起こればいいのに」
「俺としてはお断りだがな。ってか、まだそんなこと考えたりすんのか?」
「え?いや、そういうわけじゃないけど…ほら、桜がいきなり咲いたりするから期待しちゃうというか」
間違っても望むんじゃないぞ。
今日はもう頭を悩ませたくないんだからな。
「…どうせなら、ずっとこの撮影が続いたらいいなぁとか、思ったりするわけよ」
「ん?薮から棒にどうしたんだ一体」
「全くと言っていい程、ありふれた撮影だったのに、楽しかったから」
グイ、と何杯目かのチューハイを開けて、ハルヒは言う。
おーい、そろそろ飲み過ぎじゃないのか?
「うっさいなぁ…いいじゃない、楽しいんだから!」
「あー、完全に酔ってやがる…おい古泉、止めるの手伝ってくれ…」
「すみません、こちらも潰れてしまったようで…」
…はぁ、こいつにもやっぱり疲労ってあるんだな。
くたりと横になって眠る長門を見て、またまたため息を吐く。
「おかしいじゃないこんなの!いろんな普通じゃない何かを望んだのに!日常が楽しくてしょうがなくて…!」
「あー、わかったからもう横になれ」
「むぅ…」
…寝ちまったか。
「ったく、馬鹿だよなぁ。そんなの、こいつが一人じゃなくなったからに決まってるのに」
ハルヒの寝顔を眺めながらポツリと呟く。
さすがに、三人も横になっていると場所をとるな。
「案外、気付いてるのかもしれませんよ?」
「いや、気付いてるだろう。ただ、こいつの場合は少しだけいじっぱりなんだよ」
「…というと?」
「今を楽しいって認めちまうと、今まで不思議を求めていた自分に嘘をついたとでも思っちまうんじゃないのか?」
「なるほど。なんとも彼女らしいですね」
「ま、今日はとりあえず桜でも見て楽しもうぜ」
古泉に一缶チューハイを手渡す。
「…おや、そんなことも言ってられないみたいですよ?」
が、それを受け取らずに上を指差す古泉。
ん?何かあるってのか…って、おい。
「…これは…まじかよ」
「少し酔ってしまったのかと思ったのですが、気のせいでは無いみたいですね」
『どうせならもっと超常現象が起こればいいのに』
「ったく、口ではあんなこと言っといてしっかり望んでいやがった」
「それでも、今回のことに関して彼女のリミッターを外したのは貴方ですよ?」
「なっ、それはお前がハルヒに元気になるようにしてくれとけしかけたからじゃないか」
おーい、だからにやけるのを止めてくれ。
酔ったことにしてお前のことを投げ飛ばしそうだ。
ごろんと横になり、空から降り注ぐそれらを見つめる。
「ま、これくらいなら歓迎してやってもいいか」
「…それもそうですね」
きっとこれが最初で最後の、桜の花びらと季節外れな雪の組み合わせは、疲れきった俺に笑みをもたらすには十分すぎるものだった。
おわり