≪God knows...≫


誰も居ない街を自転車を駆り、ひた走る。
存在しないと思った風は確かにそこに在った。
動き出さなきゃ、何も感じられない。
話さなければ、何も伝わらない。
昔、果報は寝て待ってちゃいけないとか言ってたよな。
今ならお前の言う事にも頷けそうだ。

ハルヒ。会いたい。会いてぇよ。
理由なんかねぇ。そんな事に理由なんか要るかよ。

景色が次々と流れていく。
長い坂、踏み切り、市民グラウンド、駅前。
その全てにハルヒが居た。
俺達はこんなにも長い間一緒に居たのに。
お前に話したい事が、伝えなきゃならない事が山ほどある。





「はぁっ…はっ…くっ…はっ…はぁっ…!」

ガシャッ!!

自転車を乗り捨てる。スマン愛車。
肩で息をする俺の目の前にはそびえ立つような神社の階段。
…前に来た時、二度と登る事は無いと思ってたんだが。
また今度があったじゃねぇか、ちくしょう。

足が棒みてぇだ。感覚が鈍い。
ここまで正に全力疾走。俺は競輪選手になれるかも知れない。
ならんが。

だけど、こんな所で休んでる訳には行かない。
神殿への長い長い階段。それを立ち止まらず、振り返らず、一気に駆け抜ける。


「ゲホッ! はぁっはっ…はぁっ…!」

ノドが乾き、張り付く。
呼吸がおかしい。
筋肉が悲鳴をあげやがる。
だが、そんな事よりも俺の頭は一つの事で一杯だった。

ハルヒ。

お前は何を考えていた?
何を思い、何を考え、こんな馬鹿でかい空間に閉じこもりやがった?
話せば良かったんだ。
俺に何でも言ってくれれば良かった。
どうでもいい事はペラペラと次から次へと話す癖に、大事な事は語ろうとしやしねぇ。
お前が何か悩みを抱えてるなら力になりたかった。痛みを分かち合いたかった。
お前が話したくないってんなら、それでもいい。
何も出来ないかも知れない。それでも、お前の側に居てやりたい。






ダンッ!

「はぁっ…げふっ…ゴホッゴホッ! ゲホッ! …はぁっ…はぁ…!」

勢い良く階段を上りきる。
神社はあの日と全く変わっていなかった。
巨人もここまでは現れていないようだ。

つか。死ねる。マジでくたばる5秒前。

自転車を飛ばして、階段を走り抜けて。
全身から滝のように汗が流れていた。
心臓は破裂寸前。
…致死量の運動量だぜ、クソが。

だが、それももうすぐゴールだ。

最後の力を振り絞り、境内を駆け抜ける。
そうして、たどり着いた扉。
神社の本殿への扉を、パンッと開け放つ。



「ハルヒっ!」

…そこに、居た。
暗い神社の中、その壁際に、体操座りで。
あの日、隣に俺が居た場所に。ハルヒは一人っきりで。

「キョ、キョンっ!?」

ハルヒの驚いた顔。
あぁそうだ。
俺だ。そうしてお前だ。
会いたかった。

「なんであんたここに居るのよっ!?」

お前が勝手に引っ張って来たんだろうが。
そんな事はどうでもいい。
今は。ただ。

「はぁっ…はぁっ…! ハルヒ、聞いてくれ、俺は…!」

止められない。止めたくねぇ。
けれどハルヒは。

「…やめて。…聞きたくない」

俯く。
その表情は見えない。

「ちょっと待てよ、俺は、お前に!」

「…聞きたくないって言ってんでしょっ!」

そうかと思えば、神殿の中から俺を押しのけるように飛び出すハルヒ。
賽銭箱を踏み台にすんのはどーかと思うぞ。

「ハルヒ! どこ行くんだっ!」

その姿が真っ直ぐ境内を突っ切り、階段に消えて行くのが見えた。

………おいおい。マジか。
……降りろって?
…今、必死に登ってきたばかりなんすけど。
ヒザとかガクガクしてんすけど。

………あの馬鹿。



「くそっ…はぁっ…はっ…!」

ハルヒを追いかける。
階段の上から見下ろせば、階段を駆け下りるハルヒ。
そんなに俺と話したくねぇってのかよ。
…上等だぜ。追いかけりゃいいんだろ。追いかけてやる。

誰も居ない灰色の世界で、ハルヒとの追いかけっこ。
ハルヒの制服だけが白く輝いて見えた。
見失う訳にはいかない。
死んでも、食らい付いてやる。

「なんで、逃げんだよ!」

階段を駆け下りながら叫ぶ俺。

「付いてくんな、バカっ!」

意味が分からん。
付いてくんなとか何だよ。
じゃあ、そんな顔で振り返んなよ。
明らかに付いて来いって言ってんじゃねぇかよ。
…そんな顔のお前を一人で放っておけるかよ!



「はぁっ…はぁっ…! ハルヒは…!?」

転げ落ちるように階段を駆け下り、素早く左右を見渡す。
住宅街をひた走るハルヒの背中はやたらに遠かった。
…あのアホが。なんでそんなに足速いんだ。
俺の体力なんてもうカケラも残っちゃいないんだが。

……迷ってる場合じゃねぇ。
ぶっちゃけダッシュで追いつける自信が欠片も無い。
さっき捨てた自転車を引き起こす。
女一人追っかけるのにどーかと思うが、これぐらいのハンデはいいだろ?







「待てよっ! ハル、ヒっ!」

「…ッ!? あんた、自転車なんて卑怯だと思わないのっ!?」

走りながら振り返るハルヒ。

思わねーよ。
つか、お前の足が速すぎるのが悪い。
…そう言えば、あの日、この道を二人で帰ったんだったな。

「ハルヒ、止ま、れっ!」

逃げるハルヒと追う俺。
スピードはかなりのものになっていた。

「なんなの!? なんなのよこの世界は! なんで誰も居ないの!? なんでまたココに来たの!?」

…そんな事、簡単に説明出来るか。
俺だってよく分かんねぇよ。つか、止まれっての。


やっぱり自転車と走りの違いで。
その内、ハルヒの背中に追いつく。
だが、こっからどーする。
ハルヒは止まりそうに無い。

「はぁっ…はっ…はぁっ…はぁっ…!」

…それこそ迷ってる場合じゃねぇ。
そんなに漕ぎ続けてられる自信が無い。
疲労は極限を超え、俺の全身に重たくのしかかっていた。

…やるしか、ねぇ。
バランスを取り自転車のペダルの上に立つ。
そのまま自転車を捨てて、ハルヒに飛びついた。


ガシャンッ!!!

主を失った自転車が派手な音を立てて、後ろに吹っ飛んでいく。



ゴロゴロゴロ…!


「くっっっ!」

「キャァッ!」


ハルヒともつれ合うようにして地面を転がる。

…痛ぇ。…流石に無茶が過ぎた。こりゃどっかから血が出てるな。
咄嗟にハルヒの頭を抱えたがケガとかさせてないだろうか。
ハルヒの様子を確認しようと、地面に手を着き身を起こす。


………つか、なんだこれ。
気付けば俺がハルヒを押し倒しているという構図が出来上がっていた。
…はたから見たら俺がハルヒを襲ってるな、こりゃ。
…それでもいいか。そんな事はどうだっていい。

「…はぁっ…はぁっ…なんで…逃げ…んだよっ…!」

全力で呼吸するもうまく喋れない。
今の俺の体は声を発するよりも何よりも酸素を欲しがっていた。

「…ッ…! あんた何考えてんのよ! 痛いでしょ、バカ!」

…そりゃそーだ。走ってる自転車から飛び降りた人間と、走ってる人間同士がぶつかったら痛いわな。
つか、俺だって痛ぇよ。

「はぁっ…はぁっ…お前が…逃げるから…だろ…!」

「逃げてなんか…ないわよ」

………俺に押さえつけられたハルヒは、それでも顔を背け、俺の目を見ようとしなかった。

「…はぁ…はぁ…。…嘘つけ。思いっきり逃げたじゃねぇかよ」

「………あんたが追っかけるからでしょ」

ハルヒは俺の目を見ない。…言い知れぬ不安。苛立ち。


「…ハルヒ、嘘はやめろ。お前らしく無い。俺の目を見ろ」



俺がそう言った瞬間。
ハルヒがギンッと俺を睨んだ。
久しぶりに見たハルヒの視線は怒りに満ちていた。…むしろ、殺気立っていた。
…地雷?


瞬間、ハルヒが俺の腕を払う。

マズイ、倒れる。

そうかと思えばハルヒが素早く体を捻り、倒れこむ俺の体を避けると、強制的に俺の体をひっくり返しそのまま地面に叩き付けた。


ガツッ!

「ぐふっ!」

…背中に強い衝撃。
ハルヒと俺の体勢は一瞬で真逆になっていた。
俺の上に馬乗りになるハルヒ。月光の逆光。

「………なによ…、…なによなによなによなによなによ!
あたしらしさって何!? あんたに何が分かるってのよ!!」

久しぶりに見たハルヒの視線。
それは怒りに震えていた。

「あんたはいいわよね、一人だけいつもと変わんなくて!
あたしが、どれだけ、どんだけあんたのコト考えてたと思ってんのよっ!!」

……その烈火の瞳に、大粒の涙が浮かぶ。
…誰だよ。コイツを泣かせた奴は。
俺がぶっ飛ばしてやる。

「手を繋いだ時だって、おべんと食べてくれた時だって! あたしがどれだけ嬉しかったか、あんたに分かる!?」

…いや、違うな。コイツを泣かせたのは俺だ。
スマン、谷口。約束、破っちまった。

「膝枕だって脚が痺れたけど…でもあんたと一緒に居たかったからっ!!」

初めて見るハルヒの涙。

「ペンダントだってスゴク、スゴク嬉しかったっ…!」

その瞳から涙がこぼれ、俺の胸に落ちる。
一筋の熱い雫。

「でもあんたが…何考えてるか…分かんなくて…!」

涙に歪むハルヒの顔。そうして絶叫。

「…あんたが遠いの…こんなに近くに居るのに…っ…! なのに、あんたが遠い…、遠いのよッ!!!」



…あぁ。そうか。
俺は馬鹿だ。
ハルヒは、こんなに。
それなのに俺はずっと気付かない振りをして。自分をごまかし続けて。
こんなにもハルヒを傷付けて。

初めて触れる、むき出しのハルヒ。
その魂はささくれ立っていた。
俺が踏み荒らしたその心。
その傷跡をなぞるように、ハルヒを抱きしめる。

「………キョ…ン…?」

ハルヒの動きが止まる。

「…ハルヒ」

今までずっと言えなかった。
俺がチキンだから。俺がミジンコだから。
でも。もう逃げる訳にはいかない。
だから。今、全てを。


「…好きだ。」


お前と過ごして来たこの半年。
なんだかんだで、楽しかったんだ。
お前が居たから。居てくれたから。
もう迷わない。









俺の言葉を聞いたハルヒは抱きしめられたまま石化したかのように固まっていた。

「…ハルヒ?」

…リアクションが無いと凄まじく恥ずかしいんだが。


「…遅い。」

その内、ポソッと呟くハルヒ。
…そうしてそれは、ゆっくりと嗚咽に変わる。


「……おそい………おそい……おそいおそいおそい…!
ホント遅いのよ…このドンガメ…! バカ…バカぁ…っ…!」


ハルヒはぎゅっと俺の服を掴み、俺の胸に顔を埋めた。
細い肩が震えている。その指先は白くなるほどに力が込められていた。
…ハルヒの気持ちが切実に伝わる。

「…スマン、今まで、待たせて」

「…バカキョンのクセに…あたしを…待たせるなんて…ぐすっ…千年…早いんだから…!」

ハルヒの顔は見えなかった。
…けれど涙声。
…本当にゴメンな。

謝罪と愛しさと。
その気持ちだけでハルヒを強く、強く抱きしめる。
ハルヒもそんな俺に答えてくれた。

二人だけしか居ない灰色の世界。
ごまかし続けた時間を取り戻すため、乱暴に抱き合う俺とハルヒ。
月は俺達を祝福するかのように淡い光を放っていた。

…なぁハルヒ。
…俺達、ずいぶんと遠回りだったな。
けれど、やっぱりお前は、暖かい。










































そのままハルヒは俺の胸に顔を押し付けたまま、声も無く泣いていた。
…何故分かるかって、俺の胸が濡れているからだ。
それにしても重い。…つか、柔らかい。ハルヒの体が完全に俺と密着していた。
……なんかこのままだと変な気分になってきそうだ。
…間近にあるハルヒの髪からは甘い匂いがする。

「…ハルヒ? 落ち着いたか?」

しばらく経った後、声をかけてみる。

「…うん」

力ない声。
…やれやれ、急にしおらしくなりやがって。

「じゃあ、どいてくれ」

……この状況に照れてるって訳じゃないぞ。
正直な話、このままで居るってのはかなり問題があるんだ。
…性的な意味で。

「ヤダ」

間髪いれず答えるハルヒ。

「なんでだよ」

「…今、あんたに顔見られたくない」

…そりゃひどい事になってるだろうからな。

「…それに、もうちょっとだけ、こうしてたい。
…今までずっと我慢して来たんだから。…少しぐらい、甘えさせなさいよ」

……そう言うとハルヒは子猫が甘えるように、俺の胸に顔を擦り付けた。
…くすっぐたいっす。
…つか、あの。…お前誰だよ。
…ハルヒか。…ハルヒだな。…まごう事なきハルヒだ。
何やら可愛すぎる気もしたが。どーやらハルヒらしい。

「…なんか…こーしてるとキョンに抱っこされてるみたいね」

みたいじゃねぇよ。
実際そーなんだよ。

「まぁ…いいけどな…」

出来るだけ優しく、ハルヒの髪を撫でる。

「…それ、好き」

「…ん? 何がだ?」

「…髪、撫でてくれるの。…もっと、して?」

…あの、涼宮さん。
もっと、して? とか甘えた声で言わないで頂きたい。
ただでさえ、お前がモゾモゾ動くもんだから、その下半身の柔らかさがダイレクトに伝わるってのに。
…いや、ふとももとかって意味だぞ? …他に変な意味なんて無いんだからな?
…って俺は誰に言い訳してんだ。

………つか、ヤバイ。俺のジョニーが覚醒しそうっす。
……バレたら間違いなくボコボコにされるな。
…静まれ。俺。









「ねぇ、キョン?」

俺が内心の青春と戦っていると、ふと思い付いたようにハルヒが話し始めた。

「…なんだ?」

「あんた…その…いつからだったの?」

いつから?

「…何の話だ?」

「だから、あんた、いつからあたしのコト…好きだったの?」

………なんだその質問は。






rァ羞恥プレイの星の加護

すてる

それをすてるなんてとんでもない!






えぇい、もはや懐かしいんだよ、くそが。
つーか、俺はまだそれを装備してたのか。

それにしても…だな。
…なんて答えりゃいい。

「…答えなさいよ」

ハルヒがようやく顔を上げて俺の顔を見た。
その瞳はやたらと潤んでいる。…そりゃそうだろうが。

「…少なくとも、結構前からだったぞ」

「結構前っていつよ」

ハルヒの追求がやたら厳しい。

「そう…だな。お前の誕生日には、もう…そうだったのかもな」

…本当はもっと以前から。そんな気もするが。
…わざわざ自分から恥ずかしい事を言い出す事もあるまい。

「…そうって何? ちゃんとハッキリ言いなさいよね」

…その顔を見ればハルヒは上気した頬でニヤけてやがった。
…このヤロウ。無駄に言わせようとしてやがるな。

「だから…」

「…だから?」

「誕生日の頃にはもうお前の事………ふぃきだったよ」



ハルヒが('A`)って顔をした。

「……今かんだ。ちゃんと言いなさいよ」

……いや、かんだ訳じゃないんだ。
何やらうまく口が回らない。
さっきは頭に血が登っていたから素直に言えたが、冷静になるとどれだけこっ恥ずかしい事を言ったのかが自覚出来る。
…それに告白なんて何度もするもんじゃないだろ。それを分かってくれないかハルヒよ。

「えーと…だな。…お前が、うぃきだ」

自分で編集も出来るぜ。

「……あんた、バカにしてんの?」

違う、違うんだ。
その、だな。なんつーか、うまく喋れん。

「…そういうお前はどうなんだよ」

ハルヒの追求を逃れるために同じ質問を返してみる。

「…あたし? あたしは………。
…ううん、やっぱり教えてあげない。だってあんた、言ってくれないもの」

そう言い挑発的に笑うハルヒ。
…膝枕事件を思い出す笑顔だった。
…そう言えばあの時と状況が似てるな。
膝枕か馬乗りかって違いだけだ。

「…俺が言ったら、教えてくれるのか?」

「いいわよ? ヘタレなあんたが言えるなら、ね」

…コイツ、馬鹿にしてやがるな。
よし、分かった。言ってやる。いくらでも言ってやるぜ。
…別にハルヒに好きって言われたいからって訳じゃないが。
…本心だからな。…しょうがねぇ。

「…出会った時から、お前が好きだ」

俺がそう言った途端、ハルヒが俺の胸をきゅっと掴んだ。

「………さ、さっきと言ってるコトが違うじゃないっ」

そっぽを向く、その顔は真っ赤だ。
…照れるぐらいなら言わすなよ。



「…で? お前は?」

ただ言わされたんじゃたまらねぇ。
…そもそも俺はハッキリお前の口から聞いてないぞ。そんな訳で。
俺のターン!
ブラックマジシャンを攻撃表示で
以下どうでもいい。


「あたしはっ…その…」

ハルヒは俺の上で何だかモジモジしている。
…なんつーか。似合わない仕草だな。

「なんだ? 言ってくれないのか? 俺が言ったら、お前も言うって言ったのに。
そーかそーか、神聖で高貴なるSOS団・団長様が嘘を付いたのか」

…俺も意地が悪いね。

「ウ、ウソなんかじゃないわよっ!」

「じゃあ言えよ」

「…う…。…分かった。言うわよ。言えばいいんでしょ。
一回しか言わないんだからね? 耳かっぽじってよーく聞きなさいっ?」

お前は俺に二度も言わせた癖に自分は一回しか言わないつもりか。
流石SOS団・団長様だな。格が違ぇ。

「あー、あー、こほんっ」

団長様は喉の調子をお整えになると、俺の上でモゾモゾと動き、その顔をグイッと近付けて来る。
…近い。つか、近い。…デコがくっ付きそうなんだが。

……俺の視界を埋め尽くすハルヒは、何かを覚悟したかのような顔をしていた。



「…あたしも。」

震える唇。

「あんたが…好き。ずっと前から。」

甘い囁き。



…ずっと前ってのがいつの事かが気になったが、今はこの際どうでもいい。
そんな事は後で聞こう。
今、俺の頭はそんな事を考えてられる余裕が無い。

…何故って、ハルヒの唇が俺のそれに近づけられているからだ。
…その目はしっかりと閉じられていた。


………俺も、目を瞑った方が、いいよな。














…しかし。しかしだな。
俺が目を瞑った瞬間ハルヒが声をあげた。

「…なーんかこぅ、しっくり来ないわね」

…俺が目を開けた時、ハルヒは既に俺の顔すら見ちゃいなかった。
身を起こし、明後日の方を向いて、顎に手をやり、何かを考えている。
…つか、俺の上で体を起こすな。…当たる。当たるから。
…何がかは口が裂けても言えんが。

「…何がしっくり来ないってんだよ」

「うーん…そーね…。やっぱりムード! ムードが足りないのよ!」

…おい。
この甘々空気ですら足りないってのか。
これ以上甘くなったら糖尿病になるぞ。

「ね、キョン」

ハルヒが俺の肩をガッと押さえ見下ろす。
…背中のコンクリが痛ぇよ。

「あんた、あたしの好きな所、10コ言いなさい」


………コイツの頭は杏仁豆腐で出来てるのかも知れない。

「…なんで俺がそんな事を言わなければならんのだ」

「いいじゃない、減るもんじゃないし。…それとも………」

ハルヒが俺の唇にそっと触れる。

「………あたしとキス、したくないの?」

舌を出して自分の唇をペロッと舐めるハルヒ。
その唇が魅惑的な柔らかさで揺れた。

………あぁっ! さっきからなんなんだコイツは!?
…いくらなんでも小悪魔すぎる。

……分かった。分かったよ、言えばいいんだろ。
…したいさ。そりゃしたいに決まってるだろーが。くそったれ。



「…そう、だな。…顔は好き、だ。…結構。…あとは……えーと…だな…。……スタイル、いい、よな」

「それから?」

何この屈辱感。何この負け犬気分。
ハルヒが腫れた目でニヤニヤ笑ってやがる。

…なんだかその顔を見ていたら、素直に言うのが馬鹿らしくなってきた。


「…あと超絶ワガママな所。すぐにキレる所。
あまりにも気分屋。都合の悪い話は耳に入らない。
他人をブンブン振り回す所。自己中オブ自己中。
気に入らない奴には速攻ドロップキック。コスプレの趣味。
…これで10個か?」

言い終えた時、ついさっきまでニヤニヤしていたハルヒは途端にキレそうな顔をしていた。
…つか、俺の肩にハルヒのツメが食い込んでるんですが。
…我ながら的確だな、俺。

「…あんた、あたしを怒らせたいワケ?」

…ダメだな。
ハルヒを相手にするとどーにも素直になれん。…まぁ、それはコイツも一緒か。
…ゆっくり時間をかけて素直になっていきゃいいさ。…お互いに。
…とりあえずは、一つ、素直になるとしようか。

「……そんなお前の全部をひっくるめて、好きって事だ」

…何言ってんだかね俺は。古泉菌にでも感染したのかも知れない。

「…ッ…! …バッカじゃないの。…自分で言ってて恥ずかしいと思わない?」

…あぁ、俺もそう思う。
けど、まぁ…いいじゃねぇか。
…お前のそんな照れた顔が見れたんだからな。



「…お前も、言えよ」

「…あんたの、好きな所?」

「…あぁ」

…ハルヒに好きって言われると背筋がゾクッとするな。
…これは永遠に慣れないかも知れん。

「…そーね」

ハルヒの瞳がイタズラに輝く。



「まずバカな所でしょ、それからアホな所」

純然たる悪口じゃねぇか。
…反撃のつもりかね。

「それからヘタレ。それとエっローな所」

…エロい所が好きってどーなんだ。
つか、エロくねぇよ。

「それと…鈍感な所に…、…あたしを気にかけてくれる所」

…甘くなるハルヒの声。その体がくてっと俺にしなだれかかる。
ハルヒの重さが心地よかった。…いや、そんなに重くないが。…やっぱり華奢だよな。
…というか。何か胸に当たるんですけど。
…コイツ、わざと当ててんじゃねぇだろうな。

「…イザって時には助けてくれる所。…あたしを好きでいてくれる所」

間近にあるハルヒの唇がゆっくりと囁く。
…その声を聞いていると何だか頭の芯がボーッとしてくる。

「…素直じゃない所…」

お前にだけは言われたくねぇよ…。

「あと…バカな所ね」

…バカ二回目。





「…ねぇ、キョン? 責任、取りなさいよね。…もうあんたじゃなきゃ…ダメなんだから…」

…奇遇だな、ハルヒ。俺もそう思う。

溢れる気持ちそのままに、その細い体をぎゅっと抱きしめる。
ハルヒの華奢な体はやたらに抱き心地が良かった。
ぴったりと、はまる感覚。

…ダメだ。ぶっちゃけ、もう、離したくねぇわ。

俺の気持ちが伝わったのか。
ハルヒの瞳がスッと閉じられる。

それはまるで誕生日の夜、その焼き増し。
けれど、あの時とはハッキリと違う事が一つ。
今はしっかりとハルヒとの気持ちの繋がりを感じた。



「…ハルヒ」

「…ん」

欲望のまま。ハルヒの頭をそっと引き寄せる。



…ここまで長かったよな。
本当に俺達、遠回りばかりでさ。
帰ったら、皆に礼を言わなきゃいけねぇな。

けれど、今は。何よりお前に、ありがとう。

お前が生まれて来てくれて。
お前に会えて、嬉しい。
心から、そう思うぜ。





そうして。

誰も居ない灰色の世界で。

俺とハルヒの距離はようやく0になる。







その瞬間、世界は急速に色付き、混ざり合い、そして収束していった。
…なんだ、天と地がひっくり返る事なんて、ザラにあるじゃねぇかよ。

…こんな簡単な事だったのにな。
俺達はわざわざこんな灰色の世界くんだりまで来て、ドタドタ走り回って、ギャーギャー騒いで。

…まぁ。それもまぁ、俺達らしいっちゃ…らしいか。


…な、ハルヒ―――。



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