「8時ちょうどか。これならあいつより遅く着くことは無いでしょ。」
今日は不思議探索。何時のように駅に向かうあたしは突然声をかけられた。
「あっ、ハルにゃーん!」
元気な声に振り返ると、そこにいたのは妹ちゃん。
こんな所で会うなんて珍しいわね。今日は休日だから、何処かに行く途中かしら?
「妹ちゃん。おはよう。お出かけ?」
「うん。友達のところに遊びに行くの。」
「そっか。」
「そうなの。それじゃあ、ハルにゃん、バイバーイ。」
余程友達と遊ぶのが楽しみなのだろう、妹ちゃんはそう言うと先にある十字路へと駆け出していった。
「またね。妹ちゃん。」
あたしは妹ちゃん見送りながら、ふとカーブミラーを見ると、そこに写っていた光景に驚いた。
「危ない!」
ミラーには見通しの悪い十字路近くにもかかわらず結構なスピードを出している車が
写っている。そのうえ、妹ちゃんは前しか見ていないらしく横から来る車に気付いていない。
「えっ?」
ブレーキ音が響く中、あたしは妹ちゃんの方へと飛び込んだ。
 
「…さて、そろそろ起きるか。」
今日は不思議探索の日。喫茶店で他人に奢らせるのを半ば諦めている俺は、何時ものように
駅前に9時5分前には着けるような時間に起床しようとした。
「ん?」
…したのだが、起きようとした瞬間に枕もとにあった携帯が着信音を奏で始めたので未遂で終わる。
 
着信 古泉一樹
 
朝っぱらから物凄く不吉な予感。なんせこいつが電話をかけてくるのは何時も非日常的出来事が起こったときだからな。
「…もしもし。」
「おはようございます。」
「こんな朝っぱらから何のようだ?ひょっとして今日の不思議探索が中止にでもなったか?」
もちろんそんなことがあるとは思ってない。ただ単に、休日の朝っぱらから厄介ごとを
持ち込んできたのであろう古泉の出鼻を挫こうとしただけさ。故に、このとき古泉が、
「おや、今日は何時も異常に鋭い。そのとおりです。」
と言ったときは正直な話かなり驚いた。
「本当か?あのハルヒが不思議探索を中止しただと?」
珍しい事があったもんだ。今日は槍でも降るんじゃないのか?
「いえ、涼宮さんが中止にしたわけではないのですが、故あってできなくなってしまったんですよ。」
「故って、今度は何が起こったんだ?」
やっぱり、いやな予感が当たった。今度は一体何が起こったのやら。
「それを今から説明します。ただその前に一つだけ。」
「何だよ。」
「これから話すことは少々衝撃的な事かもしれませんが、どうか落ち着いて聞いてください。」
何を今更。後ろの席の奴が突然いなくなったり、クラス委員長にナイフでわき腹を刺されたり、
目の前で可愛らしい先輩が誘拐されたり等々、数多くの非日常を体験してきた俺はもう滅多なことじゃ驚かんぞ。
「わかったからさっさと言え。」
「それでは…。先ほど涼宮さんが交通事故に遭いました。」
「えっ?」
古泉はなんと言った?ハルヒが交通事故に遭ったと聞こえた気がしたんだが。聞き間違いだよな。
いくらハルヒが向こう見ずな猪突猛進女だからって小学生じゃないんだ、車がぶつかりそうか
どうかくらいわかるだろ。第一、今は休日の朝っぱらだ。車なんて殆ど通っていないはず。
「すまん古泉、よく聞こえなかった。もう一度言ってくれ。ハルヒが何だって?」
「ですから、先ほど涼宮さんが交通事故に遭いました。」
あれ?ひょっとして聞き間違いじゃないのか!?
「冗談だろ?漫画やドラマじゃあるまいし。」
「認めたくない気持ちはわかりますが紛れもない事実です。」
古泉の声が冷静というよりは冷淡に聞こえるのは俺の精神状態がさようしているからか。
「…それで、ハルヒの様態は?命に別状はないんだろうな?」
「大丈夫です。仲間からの連絡によると怪我は軽傷で命に別状はありません。」
たく、驚かせやがって。
「そうか。」
「ええ。ただ、すこし困ったことになっていましてね。」
その困った事ってのは誰にとって困ったことなんだ?それによって俺の対応は変わってくるぞ。
「何だよ、困ったことって。ハルヒは無事だったんだろ。」
「今、そっちに向かっていますので、詳しい話は車の中で。」
「車で向かいに来るって、ハルヒの見舞いにでも行くのか?」
そうだったらいいんだが。
「まあ、そんなところです。それでは後ほど。」
こりゃあ、明らかにそういかなさそうな雰囲気。
「おい。」
くそ、古泉の奴切りやがった。
何で俺の周りには一方的な電話をかけてくる奴ばかりなんだか。
「やれやれ。とんだ休日になりそうだ。」
 
外で待つこと5分ちょい。黒塗りのタクシーが我が家の前に到着した。
「お待たせしました。」
車から降りてそう言う古泉は声や表情に多少のシリアススパイスが効いている。
「行き先は?」
「あなたもよくご存知の病院です。」
以前、俺や中河が入院したあの病院か。おそらく機関が手回ししたんだろう。
「涼宮さんはそこに運ばれました。」
 
 
「詳しい話を聞かせてもらおうか。」
「もちろん、そのつもりです。確か涼宮さんが交通事故に遭ったというところまでお話しましたよね。」
「それでハルヒが軽傷で済んだってところまでな。」
「ああ、そうでした。」
「御託はいいからさっさと本題に入れ。」
「わかりました。涼宮さんの怪我はたしかに軽傷ですみましたが、車に轢かれた際の
精神的ショックで気を失ってしまったんです。」
そりゃあ、車に轢かれたんだから、ハルヒだってショックで気絶くらいしてもおかしくないだろ。
「それで。」
「困ったことにですね、涼宮さんはそれっきり目覚めなくなってしまいました。」
おいおい。確かにさっさと本題に入れとは言ったが、いくらなんでも話が飛躍しすぎじゃないか。
「目覚めなくなったってなんだ。まさか打ち所が悪かったとか。」
「安心してください。涼宮さんは体のどこにも異常はありません。」
「じゃあ何で。」
「レム睡眠というのをご存知ですか?」
「夢を見ている事が睡眠時間のことだろ。それとハルヒが目覚めないのとどういう関係が。」
「つまりですね。涼宮さんは車に轢かれた際の精神的ショックによって気絶したわけですが、
その時に、おそらく防衛本能ででしょう、無意識のうちに精神的ショックから自分を守るために
彼女は力を発動させてレム睡眠時に生じた夢を閉鎖空間で実現させてしま―。」
「まさか、ハルヒの精神だか魂だかはその閉鎖空間に閉じこもっちまったとでも言うつもりじゃないだろうな。」
「話が早くて助かります。まさしくそのとおりです。推測ですが、実現した夢の何処かに涼宮さんの琴線に触れるものがあったのでしょう。」
相変わらず出鱈目だな。
「何でそんなことがわかる。ハルヒが目覚めてないと言っても、まだ気絶して1時間もたってないだろ。」
「わかってしまうのだから仕方ありません。因みに、長門さんにも確認を取りましたから間違いありませんよ。」
「そうか…。」
長門がそう言ってるんだったら間違いないよな。
「そこで、あなたにはこれから閉鎖空間に行ってもらいたい。」
まあ、そうなるよな。じゃないと俺がこのタクシーに乗ってる意味が無い。
「行くのはいいが、閉鎖空間はお前らの管轄だろ。俺が行ってどうにかなるものなのか?」
「今回の閉鎖空間は去年の5月末と同様に特殊なもので、我々では入れません。おそらく、
あの世界に行くことができるのは涼宮さんに選ばれたあなただけでしょう。」
あんまり期待してくれるなよ。なんせ俺は正真正銘なんの変哲もない普通の人間なんだから。
「おっと、もう病院に着きましたね、続きは涼宮さんの病室で長門さんを交えてしましょう。」
俺は古泉に対する肯定の返事の代わりに無言で車のドアを開けることにした。
 
 
「ここが涼宮さんの病室です。」
ハルヒの病室が以前俺が入院した所と同じなのは偶然かそれとも…。いや、そんなこと考えている場合じゃない。
今は非常事態だし必要ないかもしれんが一応ノックをしてからスライド式の扉を開ける。
すると、ドアの向こうにはベッドで眠っているハルヒとそれを見守っている長門、朝比奈さん、妹が……あれ、妹?
 
「あっ……。」
どうやら、妹が俺たちに気が付いたらしい。
「キョンくん。」
「おわっ。」
何で妹がここにいるんだ?友達の家へ遊びに言ったんじゃないのか?
「ハルにゃんが、ハルにゃんが目を覚まさないの。」
ああ、知っているとも。一生眠ったままな大人しいハルヒなんて不気味なことこの上ないから
さっさとたたき起こしたいね。…なんて、妹に言えるわけないが。
「大丈夫、ハルヒはショックで気を失ってるだけだ。直に起きる。心配するな。」
「でも…。」
「お前がそんな顔してるとハルヒが目覚めたとき心配するぞ。」
さっきまで泣きすぎたせいか目が赤い妹を撫でてやる。
兄として妹の泣いている姿なんて見たくないからな。
「…そうかな?」
「間違いない。」
俺が断言してやると妹の表情は少し和らいできた。もう少しか。
「もっとも、あいつのことだから心配するだけじゃなくて『妹ちゃんを泣かせた奴はどこの
どいつ!?あたしが成敗してやるわ!!』とか言って起きたばっかりだってのにそこら辺を暴れまわりそうだが。」
「確かに、涼宮さんならやりかねませんね。」
相槌ありがとよ古泉。
「そうなったら、キョンくん大変だね。」
「ああ。だから、元気を出してくれると助かる。」
「じゃあさ、キョンくんもう一回言って。」
「何をだ?」
「大丈夫だって、ハルにゃんは起きてくれっるって。」
何だそんな事か。お安い御用だ、必要なら何度でも言ってやる。
「大丈夫、ハルヒはもうすぐ起きる。1年以上あいつの前に居座り続けてる俺が言うんだから間違いない。」
ハルヒと出会ってから色んな事に巻き込まれてきたけど、そのたびに俺たちはどうにかしてきた。
だから、今回もきっと大丈夫……、いや、絶対大丈夫にしてみせるさ。
「ありがとう。」
「もう大丈夫だな?」
「うん!」
「結構泣いてたみたいだから咽乾いたろ。これでジュースでも買って来い。」
「わーい。」
すっかり元気になったみたいだな。よかった、よかった。
「あっ、それなら私も一緒に行きます。私も咽乾いちゃった。」
朝比奈さんがそう言って俺にウインクした。おそらく、こっちは任せてくださいということだろう。
「よろしくお願いします。」
「はい。行きましょうか、妹ちゃん。」
「はーい。」
 
 
「さて、本題に入りましょうか。長門さん状況説明をお願いします。」
「現在涼宮ハルヒの精神は彼女が創造した特殊閉鎖空間に滞在している。原因は涼宮ハルヒが
あなたの妹を庇った際に巻き込まれた交通事故による精神的ショック。」
それで妹がここにいたのか。
「涼宮ハルヒはその空間を自身の夢と認識しているが、意識下でそれから覚めないことを切望している。」
「一つ聞いてもいいか長門。」
「何。」
「ハルヒが見てる夢ってどんなのなんだ?」
まさか、宇宙人、未来人、異世界人、超能力者、喋る猫や魔法使い等が普通に闊歩する
ファンタジーな夢じゃないよな。もし、そうだったら、向こうで俺は何すりゃ良いのか皆目見当が付かんのだが。
「大丈夫。涼宮ハルヒが見ている夢はこちらの世界と構成要素に殆ど違いはない。現在
確認されている相違点は涼宮ハルヒとあなたが同一の金属製装飾品を身に付けている事、
涼宮ハルヒと向こうの情報統合思念体があちらの世界が涼宮ハルヒの夢であると認識している事、
向こうの世界は涼宮ハルヒの夢を元に創られたためこちらの世界より時間の流れが速い事の
3点。」
 
「それらのうち情報統合思念体の世界に対する認識及び時間の流れについては涼宮さんが
認知できないことをふまえると、キーポイントは涼宮さんと向こうの彼が見につけている
アクセサリーですね。長門さん、向こうで彼らが何を身に付けているかわかりますか。」
「彼らは指輪をチェーンに通し、それをネックレスのように首から提げている。」
「なるほど、指輪ですか。」
おーい。俺をほったらかしにして話を先に進めないでくれ。
「とりあえず、その指輪が原因でハルヒは無意識に夢から覚めたくなくなったって事でいいのか。」
「少し違いますね。恐らく指輪自体は涼宮さんが夢から覚めなければいいと
思わせた出来事の結果にすぎないでしょうから。」
何じゃそりゃ。
「おや、ここまで言ってもまだわかりませんか?」
「悪いが、全然わからん。」
「まあ、それがあなたらしさなのでしょう。ねえ、長門さん。」
「………………。」
古泉、その呆れ半分の笑顔は止めろ。なんかむかつくぞ。
「そんなことより、さっさと向こうの世界に行ったほうが良いんじゃないのか。
あっちはこっちより時間の流れが早いんだろ。」
「おっと、そうでした。」
全く、最初のシリアススパイスをどこに置き忘れてきやがった。今は非常事態だろうが。
「それで、どうやったら俺は向こうの世界にいけばいいんだ?また、お前と手でも繋ぐのか?」
「いえ。僕は向こうの世界に行けませんから。」
おい。何でお前ら俺の背後に回る。
「動かないで。」
いや、動くなって…。
「何かすごくいやな予感がするんだが…。お前ら何w―」
「引いても駄目なら押してみろですよ。」
「……いってらっしゃい。」
「うわっ。」
 
「いってー!」
くそ。二人して後ろからおもいっきり突き飛ばしやがって。おかげで壁に頭をぶつけちまったじゃねーか。
「おい!いきなり何すん―」
あれ?
「………………だ。」
誰もいない。
「…これは一体…。」
ふと床を見ると栞が床に落ちていた。
 
空間移動成功。健闘を祈る。
 
一体全体どういう理屈かはわからんが、どうやら長門と古泉に突き飛ばされたことでハルヒの夢の世界に来れたらしい。
「さて、これからどうするか。」
古泉の奴はハルヒが夢を気に入った理由に思い当たる節があったみたいだが、あいにく俺にはない。
となると、やはり他に思い当たる節がありそうな奴に協力を仰ぐのが一番かね。俺一人だと
ハルヒに夢から覚めたいと思わせるのにどれくらい時間がかかるかわかったもんじゃない。
幸いなことに、事情に詳しそうな奴に心当たりがある。もっとも、協力してくれるかまでは未知数だが。
…我ながら物凄く他力本願な考がえ。しかし、こっちには時間がない。
時間が過ぎれば過ぎるほどにハルヒは夢から覚めたくなるような気がするのでね。
「とりあえず、あいつに会うのが先決だな。」
俺はあいつに会うために病室を後にした。
 
「長門、俺だ。」
「……………。」
相変わらず無音と無言の二重奏であるがインターホンがつながったってことはどうやら部屋に居るらしい。
途中日時を確認するためにコンビニによった所、どうやら今が向こうの世界から2週間ちょい
たった平日の夕方だったのでまだ部活中だろうと思ったが居てくれてよかった。
 
後になって考えてみると、部活中と思いながらお宅訪問する俺ってかなり間抜けだが、
まあ、それくらいテンパっていたということだろう。そこまで馬鹿じゃないと思いたい。
 
「入って。」
 
何時ものようにマンション入り、これまた何時ものようにエレベーターに乗り、
すっかりお馴染みとなった708号室の前に行くと珍しいことに長門が外で待っててくれていた。
「待っていた。」
まだ、部活の時間なのに家に居てくれたのは、どうやら俺がここに来るのがわかっていたからのようだ。
「その言い方だと俺がこの世界の俺じゃないってこと知っているみたいだな。」
「知っている。」
さすが、長門。耳が早い。このまま、とんとん拍子に進んでくれればいいがどうだろう。
こいつにはこいつの事情があるはず…。いかん、緊張してきた。今ならハルヒ消失騒ぎの時の
朝比奈さん(大)の気持ちがわかるぜ。
「そうか……、なら話が早い。…その……ハルヒを起こすのを手伝って欲しい。頼む。」
俺たちの間を静寂が支配する。
……駄目なのか。無理もない、ハルヒの魂だか精神だかを向こうに戻した方がいいというのは
向こう側―俺たち―だけの理屈だからな。
「安心して。そのために私はここにいる。」
「長門。」
「情報統合思念体も私も涼宮ハルヒがあなたたちの世界に戻ること望んでいる。私たちはあなたの味方。」
長門の無表情に僅かだけど優しさが含まれている気がした。
「……ありがとう。」
「飲んで。」
「ああ。」
最初にここに来たときもこうやって長門にお茶を出してもらったっけ。
「確認したいことがある。」
「何だ?」
こっちは協力してもらう立場なんだ、俺に答えられることなら何でも聞いてくれ。
「あんたが今回の事件についてどんな情報を持っているか。」
そんなことか。
「俺が知っていることは向こうの長門と古泉から聞いたことだけだが、それでもいいか。」
「いい。」
「ええっとだな。この世界はハルヒが交通事故に遭って気絶したときの夢から出来た世界で、
ハルヒ魂だか精神だかがこの世界を気に入っているせいで向こうの世界のハルヒが目覚めなくなった。
この世界と俺たちの世界の違いは、時間の流れる速さと、ハルヒがこの世界が自分の夢だと自覚してることと…。」
「私たちも認識している。」
「そうだったな。」
だから俺はここに来たんだ。
「あと、ハルヒとこっちの俺が指輪をチェーンに通して首から提げてる事くら…。」
「…………。」
あの、長門さん。俺…何か不味い事でも言いましたでしょうか?
「続けて。」
「ああ…。二つの世界の相違点は以上。俺たちは二人がしてる指輪が今回のキーポイント
なんじゃないかと疑ってはいるが、ハルヒが夢から覚めたくないと思った原因は不明。そして、
この状況を打開するべくいまいち状況のつかめてない俺がこっちに飛ばされたわけだ。」
正式には突き飛ばされたんだがな。
「それだけ?」
「俺が知ってるのはそれだけだ。向こうの古泉はハルヒが夢から覚めたくないと思った原因に
思い当たる節があるみたいだったが。」
「そう。」
珍しい、長門が考え事をしてる。今回の事件はそれほどのことなのか。
「なあ、長門。」
「何。」
「考え事中に悪いが、お前はどう思う今回のこと。聞かせてくれ。」
「…………。」
再び沈黙する長門。
俺に何て言おうか迷っているようにも、情報統合思念体に許可を求めているようにも見える。
「…教えられない。」
「えっ。」
「先ほどあなたから得た情報から涼宮ハルヒが夢から覚めないよう意識下で切望している
原因は判明した。それをあなたに伝えれば涼宮ハルヒを目覚めさせれ事は一応可能。しかし、
今回の事件を本当の意味で解決するためにはあなたが自力で原因を理解し行動を起こすことが
必要だと情報統合思念体は判断した。それに、私という個体もそれを伝えるべきではないと思っている。」
「何でだ?」
「フェアじゃないから。」
フェアじゃない?誰と誰とが?
「…だから、私にできることはあなたが解決策に気が付けるように手伝うことだけ。」
「そうか。」
それだけでも十分にありがたい。
「あなたはこれからどうするの?」
「ハルヒを見張ろうかと思ってる。」
所謂ストーカー行為様な気がするが背に腹は変えられん。今は少しでも情報が欲しい。
「そう。」
言い終わると長門は俺の腕を取った。
「不可視遮音フィールドを展開させる。」
ということはまた噛まれるのか。
 
噛まれること数秒。
 
「終わった。」
「これで誰にも気付かれずにハルヒを見張れるわけだな。」
長門は俺にしかわからないくらい僅かに肯く。
「これであなたの存在が他に知られることはない。しかし、油断は禁物。我々には余り時間が残されていない。」
やっぱり時間に余裕はなかったか。今までの経験上そんな気がしてたよ。
「後どれくらい時間が残ってる?」
「正確にはわからない。推測でよければ。」
「頼む。」
「涼宮ハルヒがこの世界を肯定するまでの残り時間は、0~6時間が0.5%、6~12時間が2%、
12~18時間が8%、18~24時間が32%、24~27時間が57.5%。今は7時00分だから
タイムリミットは明日の10時00分。しかし時間が経つほどに危険性は高くなる。出来るなら
明日の部活が終わるまでには事件を解決することを推奨する。」
「…わかった。」
残された時間はおよそ1日か…、かなりきつい。
俺が今後のことに考えをめぐらせていると、すくっと長門が立ち上がった。
俺を見下ろすように、
「晩ご飯を用意する。」
そう宣言してキッチンに向かった。
そういえばもうそんな時間か。
「食べて。」
「いただきます。」
長門の今日の晩飯メニューはレトルトのハヤシライスとキャベツオンリーサラダだった。
前に来たときは晩飯がレトルトカレーだったし長門はこういうのが好きなんだろうか。
もしハルヒがいたら、レトルトばっかじゃ体によくないとか言ってキッチンをジャックして何か作り始めそうだな。
「どうかした?」
いかん。どうやら、ハルヒが長門家の台所をジャックする様を想像してたら苦笑してしまったらしい。
「いや、なんでもない。」
そのハルヒを元に戻すためにここに来たんだ。忘れるなよ、俺。苦笑してる場合じゃないぞ。
「そう。」
 
 
その後は特に会話もなく(ハルヒが居れば一人で喋ってくれたんだろうが)俺たちは夕食を食べ終えた。
「ごちそうさん。」
「お粗末さま。」
そういって長門は二人分の食器を片付け始めた。
「手伝おうか。」
「いい。……お客さん。」
長門はそう言いながら俺の顔をじっと見ていた。何だろう?
「俺の顔に何か付いてるか?」
「別に。何故?」
「いや、気のせいかもしれんがお前が俺の顔をじっと見てる気がしてな。」
「…………。」
珍しい。長門が返答に困った顔をミリ単位で浮かべている。
「泊まっていく?」
迷うこと数秒。その末に長門が口にしたのは以上の台詞だった。
そう言えば俺の家にはこっちの俺がいる。当然空きベッドは無い。俺には寝る所がないのか。
サンキュー長門。危うく野宿するところだったぜ。
「あ……。」
人間の脳みそってのは不思議なもんだな。俺が長門に泊めてもらうおうとした瞬間、何故か
脳内スクリーンに突如としてハルヒのアカンべー姿のアップがわいてきやがった。
「……あ…ありがたいけど遠慮しておくよ。」
おい、何言ってんだ俺。
「……そう。」
恐るべし涼宮ハルヒ。まさか脳内イメージだけで俺の行動を邪魔するとは。
「長門には世話になりっぱなしだからな。寝る場所くらいは自分でどうにかするよ。」
まあ、今の俺は長門のおかげで誰にも見えないから家の押入れくらいはどうにか確保できそうだが、
……って、そうじゃないだろ俺……もう遅いか。はあ。
「それに、今から急いで家に帰ればこっちの俺の家庭教師を終えたハルヒをこっちの俺が家に
送っていく所に鉢合わせできるかもしれない。情報収集のチャンスだしさ。」
「……わかった。」
ごめん、長門。その厚意だけありがたく受け取っておくよ。
 
 
 
その後、マンションの前まで見送りに来てくれた長門は、
「これ…使って。」
と言ってここに来たときは見当たらなかった自転車を指差した。
「いいのか?」
「問題ない。これは私たちからの救援物資。不可視遮音フィールドは展開済み。」
「悪いな何から何まで。」
これなら思った以上に早く家に帰れそうだ。
「いい。」
何から何まで世話になりまくりだな、俺。向こうに帰ったちゃんと礼をしないと。
「長門、今日は色々ありがとう。」
俺は長門に感謝の意を示しながら自宅へと向かうことにした。
 
 
 
「おっ。」
まさにグッドタイミング。俺が家の前に着くと、ちょうどこっちの俺がハルヒを家に送る所だった。
暗がりの中、自転車を押して歩くこっちの俺とその横を歩くハルヒの小指が
街灯の光に反射して光ってるのが見える。
「アレが長門が言ってた指輪か。」
確か長門は首から提げてるとか言ってたが、しっかり指にはめてるな。まあ、指輪なんだし
指にはめてておかしいってことはないが……、何で小指なんだ?
さらに近づいて見てみると太さを除いてそいつは赤銀色で少し高そうなだけの普通の指輪であった。
しかし、部屋を出る前にこっちの長門から聞いたんだが、あの指輪はハルヒの力でハルヒとこっちの俺と俺にしか、
見えていないらしい(ただし、現在ハルヒの力はこの世界にしか働いていないので外の世界から
監察すれば普通に見えるらしいが。)から、古泉の言ったとうりこいつが今回のキーポイントで
間違いないんだろう。じゃないとわざわざ能力を使って普通の指輪を隠す必要がない。
視線を二人の指からずらしてハルヒを見ると、ハルヒは何時のも笑顔でこっちの俺と
特に描写する必要がなさそうなくらいくだらない何時も道理のバカ話をしていた。
二人をつけ始めてから結構な時間が経つが、二人の様子に俺の記憶と食い違う所は特に見当たらない。
主観的に言うと、お袋に俺が塾に入れられるのを防ぐためにハルヒが俺の家庭教師をするように
なってから続いている、見慣れた光景である。…あるはずなのだが、こう客観的に見ると、
違和感があると言うか、もやもやすると言うか…、何か落ち着かない気分になるのはどうしてだろう?
 
「ここまででいいわ。」
「そうか。」
おっと、考え事をしているうちにハルヒの家の前に着いちまった。結局、ハルヒが夢から
覚めたくなくなった理由もそれに関する情報も得られなかったな。
「バイバイ。キョン。」
「ああ。また明日な。」
「うん。また明日。」
「……………。」
おい、こっちの俺。何、ハルヒの後姿をじっと見てるんだ?彼女との別れを惜しむ彼氏じゃあるまいし。
「…何よ。」
こっちの俺の露骨な視線にハルヒも気付いたらしい。
「べっ、別に。何でもない。じゃあな。」
あっ、慌てて帰っちまった。振り向かれて困るんなら最初からしなければいいのに。
一体何がしたいんだこっちの俺は。
「変なキョン。」
それには不本意ながら同感だが、笑顔でそんなこと言ってもあんまり説得力がないぞ。ハルヒ。
 
「ただいま。」
ひとしきり笑い終えたハルヒは家に入って行った。
このまま家にお邪魔して観察を続けるのも一つの手だが、相手はハルヒだ。180度見当はずれなことを
考えながら恐ろしいまでの勘の鋭さで俺のことを見つけてしまうかもしれん。そうなったら最後、
よくても怒り狂ったハルヒにボコボコにされた挙句、変質者の称号を与えられ、簀巻きにして
外に捨てられるだろうし、下手すると永眠させられるかもしれん。それだけは勘弁願いたい。
ハルヒを起こしに来た俺が永眠しちまうなんて洒落にならん。
というわけで、今日はこれくらいにして俺も家に帰ろう。
 
 
 
その後、家に帰り、長門から借りた自転車を庭の家族があまり行かないところに止めた俺は、
極力音を立てないよう気をつけながら玄関のドアを開け家に入り、こっちの俺を寝るまで観察した。
結果を言うとあんまり情報はえられなかったが、こっちの俺が寝る前にハルヒに電話を
かけているってことが判明した。会話内容自体は他愛もないものだったが、向こうでは、
俺とハルヒは夜寝る前に電話で会話する仲ではなかった。些細ではあるが、これも
二つの世界の相違点の一つだ。少しは確信に近づいてきた気がする。
「だけど、まだわからねえな。あいつが夢から覚めたくなくなった理由。」
その理由に指輪やら電話やらが絡んでいるのは間違いないだろう。しかし、どういうふうに
絡んでるんだ?いくら考えてもハルヒに指輪を送る事と俺がハルヒと寝る前に電話で
会話するようになる事との関連性がはっきりしない。こっちの俺とハルヒとの間に一体何が
起こったんだか。それさえわかれば事件解決なのになあ。
「はあ…。」
わからないことを考えててもしかたがないか。今日は色々あって疲れたしさっさと寝てしまおう。
明日はきっと忙しくなるだろうからな。それに備えないと。
「さっ…さと…寝…る……か。」
気を抜いたら急に疲れがきやがった。いかん、物凄く眠い。
俺は眠気でもつれる足を叱咤しどうにか背もたれになりそうなものの所にたどり着き、
それにもたれかかると同時に目を閉じた。
「明…日…は絶…対……叩…き…起こす…からな…ハル……。」
 
 
 
「いてて。やっぱり物置なんかで寝るもんじゃないな。体のあちこちがギシギシする。」
人生で1,2を争う酷い目覚めだ。やっぱり長門ん家に泊まって置けばよかった。
「くそっ、ハルヒの奴め。」
八つ当たりしても仕方がないか。原因は脳内スクリーンにわいた
ハルヒだとしても長門の誘いを断ったのは俺だ。やれやれ。
「今何時だ。」
携帯(昨日のうちにこっちの日時にあわせておいた)を見ると6時前だった。
「今から急いで支度すればハルヒの通学に立ち会えそうだな。」
あいつが普段どれくらいの時間に家を出ているかは知らんが今から支度すればさすがに大丈夫だろう。
 
というわけで、昨日の内に俺の部屋からがめてきた冬服のズボンとシャツに着替え(今日は
学校でハルヒの説得をすることになるだろうから私服よりは制服のほうがいいだろう)、
誰も居ない台所でお袋にばれない程度炊飯器から飯を頂き(傍から見たらポルターガイスト現象
にみえるんだろうなきっと)、さっさと支度を済ませ自転車を取りに行く。
「これから半日で大体決まっちまうわけか。」
長門の話によるとそれ以降はハルヒが夢を肯定する確立が大きく上がっちまうらしい。
もし失敗すればハルヒは目覚めないし、あっちの世界がどうなるかもわからん。責任重大だな俺。
「何でみんな俺に世界の存続を委ねるのかね。」
あんまり期待してくれるなよ、俺は間違いなくごくごく普通な一般人で特殊能力なんて無いってのにさ。
「まあ、出来る限りのことをやってやるさ。」
そう呟きつつ、俺はハルヒの家へ向かった。
事態が丸く収まることを切に願いながら。

 
「今頃教室では帰りのHR前の休み時間か。」
今朝からのハルヒとこっちの俺の観察を終えた俺は、観察で得られた情報を整理し
事件の解決策を見つけるために一人、文芸部部室で頭を抱えている。
 
考えるといっても時間はあまり残されてはいないんだから時間の無駄遣いはよくない、
まず情報整理のために朝からのこっちの俺やハルヒの会話のうち重要そうなものをピックアップしよう。
 
登校時
阪中「おはよう涼宮さん。」
ハルヒ「おはよう阪中。今日は早いのね。」
阪中「今日は日直なの。」
ハルヒ「成る程だからか。」
阪中「そうなの。」
ハルヒ「……どうしたの?あたしの顔じろじろ見て。」
阪中「ご、ごめんなのね。」
ハルヒ「別に怒ってないわよ。ただ単に気になっただけ。」
阪中「その…最近、何となくだけど、涼宮さん機嫌が良さそうだから何か良いことでもあったのかなって。」
ハルヒ「あら、気付いてたの。」
阪中「じゃあ、やっぱり。」
ハルヒ「あったわよ。ちょっとばっかしいいこと。」
阪中「何々?どんないいことがあったの?」
ハルヒ「それはね。」
阪中「それは?」
ハルヒ「ひ、み、つ♪」
阪中「き、気になるのね。」
 
1時間目(英語)開始前
こっちの俺「げっ。」
ハルヒ「どうしたのよ。」
こっちの俺「英語の予習忘れた。」
ハルヒ「あんた、今日和訳当てるんじゃなかったけ。」
こっちの俺「そうなんだ。すまん、ノート見せてくれ。」
ハルヒ「しょーがないわね。はい。」
こっちの俺「すまん。帰りに何か奢る。」
ハルヒ「次からは気をつけなさいよ。」
こっちの俺「ああ、善処する。」
 
昼休み
こっちの俺「…ふぁー。」
谷口「でっけえ欠伸だな。」
こっちの俺「少し寝不足気味なんだよ。」
国木田「大丈夫かい?最近ずっとみたいだけど。」
こっちの俺「気付いてたのか。」
国木田「まあね。」
こっちの俺「鋭いな。」
国木田「付き合い長いから。」
谷口「寝不足ねえ。まさかとは思うが、夜間にテスト勉強してるとか言わないよな?」
国木田「そうなの?」
こっちの俺「…まあそんなとこだ。」
谷口「信じられん。本当は涼宮と別の勉強でもしてるんじゃないのか?」
こっちの俺「ぶっ!」
国木田「大丈夫かい?」
こっちの俺「ああ、なんとかな。おい、谷口昼飯中に何てこと言いやがる。」
谷口「図星か。」
こっちの俺「馬鹿言え!俺とハルヒはま……。」
谷口「『ま』何だよ。」
こっちの俺「…全く持ってそんな関係じゃない。」
谷口「嘘くせー。」
こっちの俺「ふん。」
国木田「谷口。その辺にしときなよ。」
谷口「へいへい。」
国木田「全く、谷口は冗談が過ぎるんだから。」
谷口「まあ、そう言うなって。」
 
5時間目(体育)
長門「どう?」
ハルヒ「何が?」
長門「彼と。」
ハルヒ「キョンのこと?」
長門「……(コクン)。」
ハルヒ「…別に、キョンとは何時もどうりよ。」
長門「……(ジー)。」
ハルヒ「…な、何よ。そんなにジロジロ見て…。」
長門「……(ジー)。」
ハルヒ「…ううっ。」
長門「……(ジー)。」
ハルヒ「…有希、ひょっとして気付いてる?」
長門「……(コクン)。」
ハルヒ「本当に?」
長門「……(コクン)。」
ハルヒ「…有希が嘘つくわけないか。」
長門「……(コクン)。」
ハルヒ「それにしても阪中といい有希といい、皆勘がいいわね。ばれないように気をつけてたつもりなのに。」
長門「どう?」
ハルヒ「…いい。有希だから特別に言うけど皆には内緒よ。多分まだ皆はそこまで気が付いてないでしょうから。」
長門「……(コクン)。」
ハルヒ「あのね、実は…。」
長門「………。」
ハルヒ「ごにょごにょごにょごにょ。」
長門「……そう。」
 
以上で今日聞いた重要そうな会話のピックアップは終了だ。
しかし、体育の時間にハルヒが長門に何て言ったのか非常に気になる。一応近づいて
聞き耳を立ててはみたんだがハルヒの能力のせいかごにょっごにょとしか聴き取れなかった。
くそ、明らかに重要そうな会話だったのに。……過ぎたことを後悔してても始まらないか。
とりあえず、今まで手に入れた情報をまとめてみるとしよう。
 
① この世界が出来てから今までに俺とハルヒの関係を変える何かが起きたらしい。
 
②その出来事はハルヒが夢から覚めたくなるほど本人にとっていい事であると同時に
能力を使ってその出来事を隠蔽するほど他人には知られたくない事ようだ。
 
③この出来事の影響でこっちの俺はハルヒに指輪をプレゼントしたり、夜中にハルヒに
電話するようになったり、仕舞いにはノートを見せてもらっただけでハルヒに奢ると
言い出すなど理解不能極まりない行動を取るようになったようだ。
 
④時間が経つにつれこの世界は向こうの世界との違う点が増えていくのか、状況の変化に
 気が付き始めているやつがこっちの世界の住人もいるらしい。
 
「まあ、こんな所か。」
これらのことから推測するにハルヒが夢から覚めたくないと思った理由は…。
「…いや、まさかな。」
なんせ相手は何時も俺たちの予想の遥かかなたを突き進む我らがSOS団団長涼宮ハルヒである。
あいつのことだもっとぶっ飛んでて常人には想像も付かないようなことじゃないのか?
しかし、古泉曰くあいつは意外と常識人で俺だってそう思わなくも無いわけで…。
「あー。頭がこんがらがってきた。」
考察に行き詰って頭を抱えていると突然部室のドアが開いた。
「考えはまとまった?」
声のほうに振り返るとそこには長門がいた。
「すまん、まだだ。」
「そう。」
案が浮かばないわけじゃないんだが、いまいちぴんとこない。
「…長門。」
「何。」
「ハルヒに会いたいんだが駄目か?」
「…それはかまわない。しかし、何故。」
「こっちに来てから色々見てきたけどさ、なんていうかしっくりこないだ。」
「…………。」
「そりゃあ、俺の行動に事の全てがかかってるんだから、結論が出てないのにハルヒに会うの不味いってのはわかる。」
何せ今の状況でハルヒに会うということは必然的にハルヒを説得しに行くって事だからな。
「だけど、このままただ考えてても埒が明かないというか、……その…。」
答えにたどり着いていない現状でのハルヒの説得はかなりきついだろうが、このまま、ハルヒを観察して
解決策を考えるにしても残り時間は少ないんだから似たようなものだろう。だったら俺は行動に出たい。
「…………。」
長門が雪解け水のような温度の視線を俺に向ける。
「…わかった。あなたを信じる。」
「サンキュー、長門。」
「不可視遮音フィールドを除去する。」
そう言って長門は昨日のように俺の腕を噛み始めた。
 
噛まれること数秒
 
「終わった。後は涼宮ハルヒ以外がこの部室に近づかないようにするだけ。」
そう言って長門は俺に背を向け、部室の外へと歩き出した。
「何から何までありがとうな長門。」
本当に長門には世話になりっぱなしだ。ハルヒ一緒にと向こうに帰れたら何かお礼をしないとな。
「いい。それよりがんばって。」
「ああ。わかってる。」
長門が部室から出て行ってから待つこと十数分。何時ものように勢いよく扉を開けハルヒがやって来た。
「やっほー。」
「あれ?キョンだけ?」
「ああ。」
ハルヒが俺を認識している。その事実が何故か嬉しかった。当たり前のことなのに、不思議なもんだ。
「でもキョンって……、あっ、なるほどね。」
一体何を納得した。
「あんたキョンだけどキョンじゃないでしょ。」
「それ日本語になってないぞ。」
「そんなことないわよ。だって、あんたはキョンだけどあたしが
この2週間あまり一緒に過ごしてきたキョンじゃ無いんでしょ。」
見破られるの早!まだ会って十秒そこらだぞ。どうせ直ぐにばれると思ったがいくらなんでも早すぎだろ。
「話が早くて助かるが、よくわかったな。」
「馬鹿ねえ。あたしはSOS団の団長なのよ。雑用の百人や二百人、見分けが付くに決まってるでしょ。」
「それはたいしたもんだ。」
「第一、キョンは今日掃除当番なの。ここにいるわけないじゃない。」
成る程。…て、暢気に納得してる場合じゃない。
「ハルヒ聞いてくれ。」
「俺はお前を夢から覚まさせるためにここに来た。」
「!!」
「とか言う気なんでしょ。」
今日のハルヒは何時も以上に鋭いな。鋭すぎる。話が早くて助かるのだが心臓に悪い。
「何でそれを。」
「前にもあんたがあたしをリアルな夢から覚まさせた事があったから、今回もそうじゃないかと
思ったのよ。まあ前回の夢はもっと短かったし、あたしとあんたしかいなかったから今回のとは結構違うけどね。」
前ってのは去年の5月末の閉鎖空間の件のことだろう、当たらずとも遠からずだな。
「あんたはあんときのキョンでいいのよね。雰囲気が現実のキョンそっくりだし。」
お前の夢の中の俺と現実の俺の雰囲気の差ってのは如何程のものなのかね。まあ、それは置いといて。
さて、どう返事をしたものか。…まあ、ハルヒはこれを夢だと思ってるし本当のことを言ってもいいだろう。
「…そうだ。」
「やっぱり。あんた前回はよくもあんなことしてくれたわね。」
そのことを思い出させるな。出来れば一生思い出したくないんだ。
「あ、あれはもう時効だろ。そんなことより。」
こっちには時間があまり残ってないんだからさっさと本題に入らせろ。
「はいはい。それで、今回はどうやったら目が覚めるのかしら?」
そんなの俺が聞きたい!…て、いかん、いかん。とりあえず落ち着け俺。
「それはいたって簡単。お前が夢から覚めたいと心から思えばいい。」
それでうまくいくんなら俺が苦労してるわけないが、一応言っておくことにしよう。
「あたしをからかってんの?」
「からかってなんかいない。この夢はそういうふうにできてるんだ。」
なんせここはお前が創った世界だからな。
「無茶苦茶ね。」
お前が言うなと突っ込みたかったが何とか我慢した。今はそんな場合じゃない。
「夢なんてえてしてそんなもんさ。」
「…まあ、いいわ。やってみる。」
「ああ、頼む。」
俺がそう言うとハルヒは目を瞑った。おそらく夢から覚めたいと念じているのだろう。
「………………………………何も変わらないわよ。」
ダメもとでやってみたがやはりダメか。
「ハルヒ。お前この夢が気に入ってるだろ。」
「…そりゃあ…気に入ってるわよ。悪い?」
「いい悪いは置いとくとして、多分それが原因だ。」
「あたしがこの夢に未練があって本気で夢から覚めたいと思ってないからって言いたいわけ?」
「そのとうりだ。しかし、現実とさほど変わりない夢なのにどこがいいんだ?」
俺とお前の様子が少し違うだけだろうに。
「同じようで全然違うのよにぶキョン。」
わかったから、そんなブーたれた顔するな。
「違いってのは指輪やら電話やらのことか?」
「そうだけど、あんたなんでそのことを知ってるのよ。まさかあたしをストーキングしてたんじゃないんでしょうね。」
ギクッ。
「き、禁則事項だ。こういうのは種明かししたら面白くないだろ。」
ハルヒの言うとうりなんだが…ハルヒに知られたら恐ろしいことになりそうだから肯定したくない。
「あやしい。」
ハルヒはアヒル口でじーっと俺を見つめる。やばい、滅茶苦茶疑われてる。
「これは夢なんだから細かいことを気にしてもしかたがないぞ。」
「ふん。」
どうやらハルヒは俺の返答が気に入らなかったらしい。かなり不機嫌そうだ。
「…………………今回だけは一億歩譲って見逃してあげるわ。」
そりゃどうも。
「で、あんたはどこまで知ってんのよ。」
ハッタリを言って情報を得るって手もあるがハルヒ相手じゃ直ぐにぼろが出そうだし
ここは正直にに答え方がいいだろう。
「どこまでって言われても俺が知ってるのは大まかそんなもんだ。」
他にも細かいことならちらほら思い浮かぶが別に言わなくてもいいだろう。
「ふーん。じゃあ、あんたはやっぱり気が付いてないんだ。」
悪かったな。何のことやらさっぱりわからんよ。
「まあ、そうよね。あんた鈍いし、あたしもあいつもあっち方面は奥手だし。」
奥手?こっちの俺はともかくハルヒが?信じられん。その方面とやらは一体どっち方面だ?
まさかと思うが……いや、さすがにそれは無い…よな…多分。
「何を隠してるのか教えて欲しいもんだね。」
それを聞ければこの状況を打開する糸口になるかもしれない。
「うーん…どうしようかしら。」
ニヤニヤ笑顔で俺を見つめるハルヒ。
どうでもいいが今日は何時も以上に感情の変化が激しいな。秋の空でもここまで変わらないだろに。
「教えてあんたの反応を見るも面白そうだけど、秘密のままにしておくのもそれはそれで面白そうよね。」
ええい、焦らすな。お前は知らないだろうがこっちには時間があまり無いんだ。
「決~めた!やっぱり教えない。」
結局教えてくれないのかよ。
「はあ…。」
「だって、あんたがあのときと同じキョンだっていうならここで言ったことが
現実のキョンにも伝わっちゃうかもしれないじゃない。」
それは正しいな、何せ、今お前の前にいるのはその現実の俺だ。まあ、本人には言わんが。
「そんなことあるわけ無いだろ。」
実際にはそんなことあるのだが、ハルヒからの情報が欲しいので嘘を吐いてみる。
「前にあんたがポニーテール萌えとか言ったからためしてみたら、現実のキョンもその気が
ありそうだったし、あんたがハルヒって呼んだ後に現実のキョンもハルヒって呼び出したのよ。
その可能性も捨てきれないわ。」
「偶然だろ偶然。捨てちまえそんな可能性。」
「あたしは捨てるって行為が好きじゃないの。それがアイデアでも物でもいつか役に立つかもしれないじゃない。」
「そうかよ。」
「そうよ!」
はあ、こりゃあ聞き出し失敗かな。
ハルヒが俺の顔をじーっと見てくる。
「随分苦々しい顔をしてるわね。そんなに聞きたかったの?」
当たり前だ、今は今回の事を解決できるかどうかの瀬戸際なんだよ。お前は知らないだろうがな。
「だーめ。あんたも男の端くれなら自分で考えなさい。」
俺が男であることと今回のことに一体何の関係があるというんだ。
「そのほうがいいんだろうが、こっちにはあまり時間の余裕が無いんだ。」
このままやってても時間の無駄だな。仕方が無いやり方を変えよう。ハルヒがこの世界を
気に入っている理由を突き止めるのが無理ならハルヒの興味をこっちの世界より向こうの
世界に向けさせてやれば…。
「何でよ。」
「お前は交通事故にあったショックで気を失っちまってるんだぞ。あんまり長い間起きないで
いると周りが心配するだろうが。特にお前に助けられた妹や心優しい朝比奈さんは気が気でないだろうよ。」
俺が行った時には妹はわんわん泣いてたし、朝比奈さんは目に涙を溜めていらっしゃったぞ。
「確かに…自分を庇った人が目覚めないってかなり気まずいわ。」
「だろ。それに長門や古泉、現実の俺だってきっと心配してるぞ。」
「……そうよね。」
俺の説得に心動かされたのかハルヒは考え込みだした。
今度はいけるか?
「わかったわよ。」
「じゃあ、さっそく―」
「でもその前に1日だけ時間をちょうだい。」
何ですと!?
「あんたの話だと心残りをなくさないといけないんでしょ。そのために時間が欲しいの。
別にいいでしょ1日くらい。人は一夜の夢で一生を経験するって言うんだし、
こっちの1日なんてせいぜい現実での数分くらいのはずだから。」
いやいや、滅茶苦茶困るぞ。長門の話では今日の午後10時まで確実にこの夢が肯定されちまうんだ。
くそっ、どうする!?ただ頭ごなしに却下してもハルヒはきかないだろう。だからといって
タイムリミットのことを説明したとしてもハルヒが信じるとは思えない。
ここが正念場だ、考えろ、俺。この際だハルヒを満足させる方法でも説得する方法でも
どっちでいい、この状況を打破する方法を考えるんだ。
「キョン?」
交通事故 病院 夢 閉鎖空間 切望 電話 寝不足 ノート 奢り いい事 関係 変化
方面 奥手 秘密 現実の俺 男 端くれ 女 キーワード 指輪 赤 小指 チェーン 繋ぐ 
「ちょっと…返事しなさいよ。」
「指輪だ!指輪!!」
「はあ!?」
「お前が早く起てくれないと現実の俺が指輪を渡せないだろ!」
「いきなり何言い出すのよ。」
ハルヒが心持ち心配そうな顔で俺を見てくるが気にせず話を続ける。
「こっちの俺がしてることを自分がしてないと、何か負けた気分になる。何時も
『SOS団に敗北は許されない』って言ってる団長様自らが団員をそんな状態にしておくつもりか?」
「話が滅茶苦茶すぎてよくわかんないけど―、」
そうだろうな。実は話している俺自身も何が言ってるのかよくわからん。何せ、
思いついた言葉をそのまま言ってるだけだからな。
「こっちのキョンだけがあたしに指輪を渡していることが気に入らないの?」
「…まあ、そんな所だ。」
改めて言われると何か小っ恥ずかしくて思わずそっぽを向いてしまった。
「ふーん。」
そっぽ向いているので実際にはわからないが、ハルヒの表情がまたニヤニヤ顔に変化した気がする。
「現実のあんたもこれくらいのこと言ってくれればいいのに。」
「前回は俺がハルヒって呼ぶようになったら現実の俺もお前のことをハルヒって呼ぶようになったんだったよな?」
「そうだけど、それがどうしたのよ。」
「今回も夢で見たことが偶々現実でも起こるかもしれないぜ。偶然が続くってのはよくあることだしさ。」
「そうなったらいいわね。」
ハルヒの声質が若干変わったのを俺は聞き逃さなかった。
どうやら今の台詞がハルヒの琴線に触れたみたいだな。
「だったら、今度俺が現実の俺の夢に出てくることがあったら言っていてやるよ。」
「あんた他人の夢にも出れるの?」
「さあな。出来るかどうかなんてやってみないとわからないだろ団長殿。」
「確かにそのとうりね。じゃあ、今度あのニブチンの夢に出てくることがあったら言っといて
ちょうだい。ニブチン同士の伝言ゲームじゃあ碌な結果になりそうに無いけど一応期待だけはしてあげるから。」
「あのなあ。」
ハルヒがあまりにも人をニブチンと呼ばわりするので少し苦情を言おうと振り返ってみると、
ハルヒは楽しいことを見つけたときの100ワットの笑顔を浮かべていた。
どうやら俺の最後の賭けは上手くいっているようだ。
よかった。正直、いきなり『指輪だ!』とか叫んじまったときはもうダメかと思ったぜ
「もうちょっと信用してくれてもいいんじゃないのか。」
「信じて欲しいならもっと誠意を見せなさい。普段からキョンには誠意が足りないのよ。
誠意のあるなしで同じニブチンでも信じられる度合いが少しは変わるわ。」
ボランティアで世界の危機を回避するべく奮闘している俺より誠意のある奴は果たしてどれ位いるかね。
「そんなもんすぐに備わるもんでもないだろ。今はこれくらいで勘弁してくれ。」
そう言って俺はハルヒに自分の小指を差し出した。
「何よ小指なんか出して。」
「いいからお前も小指をだせ。」
ハルヒが頭にはてなマークを浮かべながら差し出してきた小指を自分のそれに絡めある有名な歌を口ずさんだ。
「ゆびきりげんまん―」
ここでハルヒも状況を理解したらしく俺と一緒に歌いだす。
「「―うそついたらはりせんぼんのーます。ゆびきった。」」
なんとなく指を離す直前に絡めてい小指に少し力を込めた。
「約束だからね。もし約束破ったら針千本なんてケチケチ言わず針の1億本や1兆本どばっと飲ませてやるんだから!!」
「せいぜいそうならないように頑張るさ。」
俺がそういい終わると世界が光に包まれだした。目を瞑っていたのでよく覚えていないが
前回の閉鎖空間から帰ってきたときもこんな感じだった気がする。
「期待してるからね、キョン!!」

 
 

世界を包んだ眩い光はハルヒの台詞の境に1瞬だけ強くなりその後直ぐに消えた。
「…おかえり。」
「お疲れ様です。」
「長門、古泉。」
眩しかったので閉じていた目を開け、周りを見回してみるとそこは年代物の校舎の一室
などではなく、真っ白な天井や壁に囲まれた立派な一人部屋…もといハルヒの病室だった。
「帰ってこれたのか。」
「安心してください。ここは間違いなく現実世界ですよ。」
古泉は急な状況変化に少し混乱している俺に何時もの0円スマイルでそう言う。
「ハルヒは?」
「特殊閉鎖空間の消滅を確認。問題ない。」
「そうか。」
どうやらうまくいったらしい。ふう、よかった。
「じゃあ、今回の件は無事解決ってわけだな。」
ハルヒが目覚めなくなったて聞いたときはどうなるかと思ったが丸く収まってなによりだ。
「ええ、後は涼宮さんが目を覚ますまで待つだけです。暫くしたら自然に目が覚めると思いますがどうします?」
気持ち良さそうに寝てるから起こすのも忍びないし、もし起こしたら後が怖そうだ。
どうせ自然に目を覚ますのならそっとしといたほうがいいだろう。
「わざわざ束の間の平和を縮めることはない。そのままにしておいてやろう。」
「では、そうしましょうか。」
 
 
待つこと2,3分、ハルヒは何事もなかったように目を覚ました。
「あ…れ?…ここ…は?」
現状が飲み込めないのかハルヒは寝ぼけ眼で首を傾げてる。
「ここは病院だ。古泉の知り合いが理事長やってて、俺が前に入院した私立病院。」
「…キョン。」
まだ完全に覚醒してないせいで
「おはようございます、涼宮さん。」
「……………。」
「古泉くん…有希。」
やれやれ、まだ少し寝ぼけてるな。しょーがない、目を覚まさせてやるか。
俺は典型的な目の覚まし方をハルヒに実行してやった。
「!!!」
おっ、目つきが変わった。しっかり覚醒したようだ。
「おやおや。」
「…………。」
しかし、覚醒したのもつかの間、ハルヒは直ぐに顔を真っ赤にさせて怒り顔にシフトした。
やばい、怒らせちまったか?そんなに強くやったつもりはなかったんだが。
「…何すんのよバカキョン!!」
いてっ。人が親切でやったことなのに殴ることはないだろ。
「いたっ。何って、寝ぼけてるみたいだったから起こしてやろうとしただけだ。」
「だからって人前で何てことするのよ!」
おー、こわっ。今なら視線で人が殺せそうだぞ。
「人がいなければいいのかよ。」
「うっ、うるさい、うるさい!この、ばかキョン!」
「いてっ、いててっ。ちょっと待て、暴力反対。ここは話し合いで…。」
「問答無用!」
軽傷とはいえ一応交通事故にあった怪我人の癖に元気すぎるぞハルヒ。
…とはいえ、そんな無駄に元気なハルヒに安堵を覚えてしまう俺であった。俺の脳はそろそろ末期かもしれん。
俺がハルヒをなだめようと四苦八苦していると朝比奈さんと妹が病室に帰ってきた。
「ただいまー。」
「遅くなりました。」
「あっ、みくるちゃんに妹ちゃん。」
2人が帰ってきたことによりハルヒの攻撃は止んだ。ふう、助かった。
ハルヒの攻撃から開放された俺はドアを開けた二人に視線を移す。
二人とかなり驚いてる。頑張った甲斐あるというものだ。
「ハルにゃーん!」
「妹ちゃん?」
妹は直ぐに正気に戻り、ハルヒの胸に飛び込んだ。そして、
「ふええ、よかったです。」
朝比奈さんはハルヒが目覚めたのに安堵したのかドアの傍で泣き出してしまった。本当に心優しいお人だ。
「おっとっと、妹ちゃんは今日も元気ね。」
ハルヒは勢いよく飛び込んできた妹を難なく受け止め、抱きしめてやっている。
「もう、みくるちゃんたら泣かないの。あたしはこのとうりぴんぴんしてるわよ。」
「だっ、だって、涼宮さん全然目を覚まさないから心配で心配で。」
「バカねえ。このあたしが車に轢かれたくらいでどうにかなるわけないじゃない。」
「そ、そうですよね。」
ハルヒが妹の頭を撫でながら朝比奈さんを元気付けている姿を見ていると、何だか3人が姉妹みたいに見えるから不思議だ。
「そうですよ、朝比奈さん。こいつをどうにかしようとするなら戦車でも貧弱なくらいです。」
「そうなんだ、ハルにゃん、すごーい。」
「まあね。」
腕の中で感嘆する妹にハルヒは誇らしげ笑顔で答える。
「古泉くん、何処に行くんですか? 」
「涼宮さんが目覚めたことをご両親と病院の方に報告しに行こかと。」
「それならあたしがお医者さんのほうに行ってきます古泉くんは涼宮さんのご両親に電話してあげてください。」
「じゃあ、二人ともよろしくね…って、何で有希まで一緒に出て行くの?」
「…化粧室。」
「ふうん、そうなの。皆言ってらっしゃい。」
「いってらっしゃーい。」
 
皆出て行っちまった。報告なんて一人ですればいいから、おそらく皆他に用事が
あるのだろう。3人が3人色々と事情を抱えているやつらだからな。
「ハルにゃん。」
「どうしたの?妹ちゃん。」
「今朝はごめんね。」
「今朝?ああ、事故の事ね。別に妹ちゃんが謝る必要なんてないわよ。団長として当然のことをしたまでだもの。」
「でも、あたしがちゃんと周りをみてなかったからあんなことにならなかったから―」
「過ぎたことをくよくよしてもしょうがないわ。そんなの次から気をつければ良いのよ。
まあ、今日の分の借りは後で返してもらうけどね。」
おいおいハルヒ、小学生から巻き上げる気か?
「キョンに。」
「って、俺かよ!」
「あんたは妹ちゃんの保護者みたいなもんなんだから当然でしょ。」
「あのなあ。」
それとこれとは話が別じゃないのか?
「だから妹ちゃんは何も気にしなくて良いわ。」
「ハルにゃん、ありがとう。」
「どういたしまして。」
出来れば俺にも礼を言って欲しいね。お前の借りを肩代わりしてやることになっちまったんだから。
「はあ。」
「何よ、キョン。辛気臭く溜息なんてついちゃって。」
「別に。単に借りとやらを返すために俺がどんなことをさせられるのかを想像して暗澹としてただけだ。」
「けち臭いわね。こんなに可愛い妹ちゃんの身の安全に比べたら安いものでしょ。ねー、妹ちゃん。」
「ねー。」
妹よリピートせんでいい。それと切り替えが早すぎだぞ。全く、やれやれだ。
「それで、俺は一体何をすればいい。」
「そうねえ…。」
頼むからあんまり無茶なことを考えないでくれよ。
「決めたっ。あんた、あたしに退院祝いを贈りなさい。」
「退院祝いだと?」
「文句あんの!?」
お前に対する文句のレパートリーはデパーとかの品揃えより多い自信があるぞ。
「名誉の負傷を負った団長に雑用係が退院祝いを渡したって罰は当たらないでしょ。」
そうかい。
「文句の有無はお前が退院祝いに何が欲しいかによる。」
まさか、火鼠の裘やら龍の首の珠みたいな無理難題を押し付ける気じゃないだろうな。
「欲しいものは色々あるけど、何を送るかはあんたに任せるわ。」
「俺が決めていいのか?」
「そうよ。でも、あまりにもつまらないものだったら買いなおさせるから、そのつもりで選びなさい。」
「キョンくん。ちゃんと、ハルにゃんが喜ぶものを買うんだぞー。」
妹よ、ハルヒが喜ぶような贈り物はこの世の中にそうそう存在していないと思うぞ。
「せいぜい、善処するさ。」
ハルヒの退院祝いか…さて、何を買ったものかね。
「微妙な返事ね。まあ、いいわ。一応期待だけはしといてあげる。」
「そりゃ、どうも。」
菓子やら石鹸やら入浴剤やらタオルやら花やらが定番だがそれでハルヒが満足するとはとても思えん。
と言うか、ハルヒを満足させようと思うと宇宙的や未来的、超能力的なものでも贈らない限り無理だろうな。
もちろん、俺にそんなものを用意できるわけがない。さて、どうしたものか…。
 
 
しかしまあ、結局のところ。もう、ハルヒに贈るものは決まっているのだ。そう―。
向こうの世界であいつがはめていた指輪を贈ってやろうと俺は思っている。
 


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