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 第5周期 夜明けと鮮血のラメント
 
 さて、これまでの俺が経験した異常な出来事の集合を改めてみてみよう。
 まず手始めに、割れないガラスと壊れない扉で完全に密閉された部室。そこに閉じ込められた俺は壁にぽっかりと空いた穴から異世界へと迷い込んだ。そこは狂気蠢く血濡れの地獄であった。狂人の夢の世界の住人、異形の群れと変わり果てた仲間たち。そのすべてに恨みの視線を浴びながらも同じく迷い込んだ朝倉と出会い、ともに地獄からの脱出を試みた。
 ところが、朝倉はたびたび俺の前に現れた謎の少女によって殺され、本来俺の目的であった部室を出ることができたにもかかわらず、血染めの世界は終わっていなかった。凄惨さを増す中、この狂気の世界にでは「俺」も仲間たちも皆、ハルヒによって殺されているという衝撃の事実を知ることとなる。
 この狂気の世界の理由は、謎の少女の正体は、俺をこの世界に閉じ込めた目的は。真実とは、一体どういうことなのか。俺が見た以上の惨劇が繰り広げられていたのだろうか。
 俺の予測がすべて間違っていたのだろうか。そうであってほしいがそれは否定のしようが無いだろう。あの惨劇をわざわざ見せておいて、それが全てウソというのも、きつい冗談である。
 
 一つだけ、間違っていてほしいことといえば、この世界は救いようが無く、どの方向に進もうが絶望にしか辿り着かないということくらいだ。
 
 
 あの強烈な痛みに溺れもがき苦しんでいたのはついさっきのことだったか、気付けばその痛みもない。
 俺はいったいどうしていたのか、これは現実か、はたまたあの幻覚の世界の続きなのか。今までの凄惨な風景とはあまりにもかけ離れた、全てが真っ黒な空間に立っていた。記憶が途切れる直前まで床を這っていたはずなのに、しっかりと両足で立っていた。
 辺りを見回しても、どこまでも真っ黒であった。暗いのではない、黒いのだ。ちゃんと自分の手足は見えているので、この空間にはそれなりの明るさはあるはずなのだが、それを感じられないほどに周りが黒いのだ。まるで深い闇に呑まれていくような錯覚を覚えていた。ちゃんと地面に足をつけて立っているはずなのに、その姿勢のまま落下しているように思えてならなかった。
 何よりも、感触的に違和感があった。塩の代わりに砂をまぶしたスイカのような、ざらざらとした嫌な感触が全身を覆い、鳥肌が立ったままであった。
 
 気付けば、あの少女が立っていた。距離は大体5メートルといったところだろうか。今までと比べればそれほど近い距離でもない。やはり、長い前髪をまっすぐ垂らして顔を隠していた。
「…………」
 沈黙を貫く少女に、俺は再び問いかけた。
「お前は誰なんだ。そろそろ答えてもいいだろ」
 すると、少女は小さく頷くと、消えそうな声で、それでも脳髄にまで響くような声で話し始めた。
 
「私はここで生まれた」
 
 
 ここ、とはどこのことをいっているのか
 
 
「私は、すべきことを出来なかった」
 
 
 すべきこと、とは何のことなのだろうか
 
 
「だから、貴方はここにいる」
 
 
 その接続詞を使うのは間違っているのではないか、
 
 そして、再び黙った。
 俺は落胆した。真実とは程遠い、あまりにも断片的なその言葉は、結局どこにはまるのか分からないピースが増えただけで繋がることはなかった。
 
 
「貴方は、この後、殺される」
 
 
 突然、とんでもないことを言う
 
 
「回避して」
 
 
 
 それだけ言うと、少女は闇の中へと消えていく。
「待ってくれ! お前は一体どっちの味方なんだ! 本当に……」
 その瞬間、俺はその真っ黒な背景は真っ白に光っていった。
 
───
 
 ここが、幻覚の世界の続きなのだろうか。俺の視界の先には、「俺」と少女の姿があった。
 血が飛び散った部屋に、「俺」と少女がいた。何か話をしているようである。「俺」が生きているということは、これは先程に見た部室の場面よりは以前のものなのだろう。
 外は明るい、久々に見る青空である。早く俺もあんな明るい空の下に戻りたい。その視線はすぐに真っ赤な部屋へと戻されることとなった。
 ここは、長門の部屋だ。そう気付いたのだ。
 俺は、つい数分前まで俺の頭をミキサーでかき回すような痛みに襲われていたことも忘れ、目の前で起こっていることをただ注視していた。目の前で起こっていることは、この一連の惨劇の真相を知る上で重要な手がかりである気がしたのだ。
 
 二人がいる長門の部屋は、先述の通り血が飛び散っている。
 だとすれば、傍らにある骸はあの時ハルヒに殺された長門の……。
 長門の死がショックなのだろう、頭を抱えていた「俺」が少女に話し掛ける声は細々としていた。
「どうすればハルヒは止まるんだ」
 ここで、初めて真実を知ることとなるのか。
 止める、「俺」は確かにそう言った。 止める、ということはハルヒは暴走していたのか? だからみんなを殺したことを嘆いているのか? あの殺戮は自分の意に反して起こっているとでも言うのだろうか。
 だったら、あの笑顔は一体何だ。気を失ってこの幻覚の世界に来る前、立った数十分前に俺はハルヒの笑顔を見ているではないか。あれはいったいどういうことなんだ。この惨劇の中で壊れてしまったのだろうか。頭の中を渦を巻いて駆け巡る不確かな記憶と憶測が俺の水平感覚をも乱そうとしていた。
 
「これを」
 絶望の沼に沈む「俺」の問いに対して、その沼の岸に立つ少女はそれだけ答えると床に落ちているナイフ指差した。床に横たわるその刃を見つめ、「俺」はかすれた声で呟いていた。
「俺にハルヒを殺せ、と言うのか?」
「それに近い。正確には、ナイフに仕込まれたプログラムで能力を修正し、その後肉体を修復する。開発者は、長門有希」
 俺に話す時(粘土の塊を小さくちぎるように単語をブチブチと切って消え入るような声で話す)とは違い、はっきりと答えている。
 どういうことだ? この二人は協力関係にあるようにしか見えない。ちょっとまてよ、こいつは狂気の世界で俺を導いていた、つまりあの世界の主であるハルヒとグルだったと、あの廊下で気絶する前にそう思って、失望していたのではなかったか。
「長門が……」
「彼女は、この行動に失敗し死亡した。彼女を止めることは、残された貴方にしか出来ない」
「これで、ハルヒが元に戻るんだな……」
 そう言うと「俺」は、長門が遺したという、ハルヒの能力を修正するプログラム付きのナイフを拾い上げてその刃を見つめた。
 ハルヒに一体何があったんだろうか。それについては教えてはくれないのか。
 
───
 
 幻覚から覚めると、頬に乾いた砂の感覚をおぼえた。
 俺はグラウンドに横たわっていた。俺は廊下で気を失ったはずだ、まさかハルヒがここまで運んだのだろうか、そう思った瞬間に寒気がした。深呼吸をして落ち着かせてからゆっくりと立ち上がり、あたりを見回した。
 空には満月が輝いていた。その視線を下に降ろしてグラウンドを見る。月明かりだけでも辺りの状態を確認するには充分だった。
 グラウンドは静寂ではなかった。俺以外の誰かが呼吸をする音が聞こえてくる。月明かりに照らされて、大きな白い物体とハルヒの背中が見えた。あの物体は何だろうか。常に動いているところを見ると生き物のようであるが。
 ハルヒは俺が起きたのに気付いたらしく、こちらに振り向いた。やはり微笑んでいたが、何やら演技がましい表情だ。これから遂に本性を現すのだろうか。
 違う、この恐ろしいほどに冷静なのが、今のハルヒなのだ。
「これから神に最後の生け贄を捧げるのよ。これで神は最高の力を手に入れるの。そして……」
 さらりととんでもないことを言った。
 ちょっと待てよ、まさかこの白いのが、「神」だというのか?
 ハルヒの言う「神」とやらは、よく見れば人の形をしているがやたらにでかい。うずくまっているので正確には分からないが、身長は3メートル以上はあるだろう。さっきから何やら呻いている。時折もがくようにして動いているが、全身がクモの糸らしきもので覆われ、それで地面に固定されているためにそこから動くことは出来ないようだ。
 て、その「神」とやらに捧げられる生け贄が
「……アンタで最後なの。本当に最後なのよ」
 どうしてそんな悲しい表情なんだろうな、こいつは。
 どんな方法かは知らんが、こんな怪物に命を捧げるなんて御免である。
 
 今の俺に出来ること、腰にぶら下げられている鉄パイプとショットガンを使って、この儀式を阻止する。つまり、生き残ることだ。
 俺は「神」とやらへの抵抗を開始した。ショットガンを構える、改めて持ってみると重たいものである。もったいぶって使ってこなかったので、拳銃とは持ち方が違うこれを使いこなせるかは分からないが、的がでかいから当たるだろう。
「抵抗しないでよ……」
 その懇願を無視して引金を引いた。拳銃よりもより爆発音に近い銃声が校舎に反響する。その反動で後ろに倒れそうになった。それでもよろけながらも体勢を立て直し、弾を急いでポケットから取り出して慣れない手つきで装填し、再び頭を狙って撃つ。
 攻撃を受けた「神」は雄叫びを上げた。そして両手を振り回して激しくもがき始めた。
 ブチッという音がして地面に張り付いていた糸が切れていく。ご丁寧に血が飛び散る演出付きだ。あの糸にも血が流れていたらしい。
 やばい、こっちへ来る。四つん這いの恰好で接近してくる「神」から逃げ回り、一定の距離をおきながら頭部を狙って攻撃を繰り返した。
 
 俺は焦りを感じていた。散々動き回ってただでさえ残量僅かな体力が消耗していたのもあったが、何より問題なのはいくら「神」に攻撃してもダメージどころか怯みもしないことである。
「まじかよ……」
 次の弾を装填しようとして手を突っ込んだポケットには、もう埃しか残っていなかった。ショットガンは、ただの鈍器と化していた。拳銃はハルヒに奪われたので唯一残された武器は鉄パイプだけだ。これで目の前にいる巨人に敵うとは到底思えない。どこの縛りプレイだか知らないが、俺はこんな近接武器だけでラスボスを倒す自信なんてない。ましてやリトライの出来ない現実(ここが現実であってほしくはないが)においてそんな無謀な挑戦はお断りである。
 
 絶体絶命か、諦めるほかないのか、もう新たな作戦を練ることすら諦めていたその時であった。なんとも不思議なことが起こった。こっちが圧倒的に不利になったにも関わらず、「神」は積極的に攻めてくることが無かった。
 こちらに近づいては来るのだが、目の前に来てもただこちらを見ているだけで攻撃を一切してこない。なぜ『見ている』と表現したかというと、その視線があまりに弱々しく『睨む』には程遠いものだったからである。
 俺は呆気にとられた。こいつがラスボス格のはずだろ? どういうことだ……?
 だが、この事態を想定していなかった人物がもう一人いた。
「どうしたのよ! 早く捕まえなさいよ!」
 ハルヒが涙ながらに叫んでいる。だが「神」はその命令を拒絶したように動かない。
「駄目よ……! このままじゃ……、みんなに会えないじゃない! だからお願い、動いて!!」
 なぜだ、なぜ、ハルヒは涙を流して泣いてるんだ? 今まで散々俺を精神的に追い詰めて愉しんでいたのでなかったのか。
 
 
「この『神』が力を得てしまったら、取り返しがつかないことになる。それだけは駄目。私はまだ彼女の可能性を信じている。だから、そのナイフを使って」
 
 
 少女の声がした。声には出さずに、もう一度問いかけた。お前は俺の味方をしようとしてるんだよな? そう思っていいんだな?
 ハルヒは涙を流しながら、ふらふらとこっちへ近付いてくる。
「キョン……諦めてよ……」
 俺は心の中で即答していた、嫌だと。
「分かってるでしょ……? あたしの願いが……」
 分かってるさ。
 お前も本当は、こんなことはしたくなかったんだろ。
 
 気付けばポケットにあのナイフが入っていた。やれ、ということか。
 いつポケットの中に入れられたのかなんて、考えることもなかった。
 こんなこと、したくなかった。でも、俺にしか出来ないんだよな。
 
 俺はナイフを取り出した。その銀色に輝く光を見たハルヒの表情が変わった。お前はこのナイフがどういう意味か、分かってるのか。
 この瞬間、俺は目の前にいる殺戮者にも負けないほどに冷徹に残酷になった。お前がこのナイフを見て怯えようと、今更止める訳にはいかない。
 それを強く握り、渦巻くあらゆる感情を打ち消す為に、可能な限り大声で叫びながら突進した。
 
 
 お前の世界のことなんて、知らん。
 
 
 この狂った世界から、生きて帰してくれ。
 
 
 
 どすっ
 
 そのナイフは、銃弾でさえ傷つくことのなかったハルヒの身体に、深く刺さっていた。
「なん、で……?」
 さあな。だがこのナイフはお前の世界の長門がお前を、世界を救う為に作ったナイフだ。
「やっぱり……、そうよね……」
 ナイフを抜く。そこから壊れた水道のように血が吹き出して俺の制服を濡らした。
 やがてハルヒが倒れた。胸の穴を押さえているが、出血は止まらない。痛みと苦しみで呻き声を漏らしながら身をよじらせている。ああ、俺も遂に人を殺してしまったのだ。
「痛い……痛い……痛いよ…………」
 俺の目からは涙が溢れていた。ハルヒの願いを断ち、殺したことが本当に正しいのか。もう知るか、そんなこと。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
 耳鳴りがして、視界が真っ白になる。おそらく最後になるであろう幻覚が始まろうとしていた。
 
───
 
「なんで…なんでこんなことになるのよ……」
 血まみれの教室にハルヒが一人立ち尽くしていた。その傍らの血溜まりに倒れている骨格は「俺」のだ。「俺」が殺された直後のシーンなのか。
「………………誰?」
 ハルヒが何か気配を感じたらしく顔を上げた。
「誰がいるの!?」
 あの少女が入ってきた。やはり前髪で目を隠している。それほどまでに見せることのできない事情でもあるのだろうか。
 そうか、俺が幻覚の世界で見たのはこのシーンだったのか。あれはあの少女の視線を借りて見ていたのだ。
「誰よ……」
「私は貴方。貴方から分裂した存在」
 長門のような事実のみを端的に説明する冷静な口調は、その子供の容姿からはかけ離れていた。
「どういうこと?」
 そう答えながら、ハルヒはよろよろと不安定な動きをしながら立ちあがった。
「貴方の能力は、殆どが闇に染まってしまった。その能力は余りにも危険で恐ろしい力。その能力を拒絶したいと思った貴方は無意識に分裂してその大部分を私に移した」
「そんなことが……」
「貴方がこの力はいらないと思ったから、それが実現した」
 ハルヒは力無くよろよろと歩いて少女に接近する。掴み掛らん勢いであった。俺なら少なくとも後ずさりするが、少女は1センチも引かなかった。
「アンタが力を持ってるの? じゃあ、この世界を早く元に戻してよ!」
「……出来ない」
「どうしてよ!」
 ハルヒの口調は長門や「俺」が死んだ時よりも更に激しいにものであったにも関わらず少女の表情は変わらない。
「貴方の能力はその殆どが破壊の方針に転換してしまっていてリセットが出来なかった。私が創造出来るのは、闇だけ」
「戻らないの……?」
 少女が顔を下げる。本当はハルヒの味方をしたいのに、それが出来ないのだ。
「統合思念体をはじめとする広域意識情報体も全て削除されてしまった今、能力の書き換えを行うことが出来る存在は皆無」
「嘘よ………そんなの嘘よぉぉぉぉぉ!!」
 それを聞いたハルヒは泣き叫んだ。少女は、ただ下を向いてじっとしていた。
 
 
 突然、ハルヒは顔を上げた。その表情は、あの微笑だった。
「改変能力は私にも残ってるのよね……?」
 その発言は予期せぬものだったのだろう、今まで全く変わることのなかった口調が、一変した。
「何をする気なの……?」
「見つけてみせるわ、全てをリセットする力を」
 
 
 突然真っ白になり、場面が変わる。
 もはや現実味のかけらもない場所に、二人はいた。辺りは荒れ果て、空も地面も真っ赤で、とてもこの惑星にある風景とは思えなかった。
 瓦礫と砂の大地に座っているハルヒは酷く痩せ、髪も伸び放題になっていた。少女はその脇に立ち、ずっとハルヒを見ている。
「遂にこの日が来たわ」
 少女はもう、何も答えなかった。
「あの日から777日目、神が生まれる日よ。その力で世界をリセットするの」
 そんなに長い間、こんな世界で待っていたのか。神を生みだそうとしたのはこの理由だったのか。
「でも、生け贄がいるのよ、とても強い意思や感情をもった血液が」
 その血液の持ち主が俺のだったのか…。
 そんな方法が本当に成功するのか疑問に思ったが、実際、最後の生け贄を捧げる手前までは成功して……
 
 
 気付いてしまった。
 
 馬鹿だ。
 ハルヒ、お前は馬鹿だ。
 最高に馬鹿だ。
 
 「神」を生み出したのはお前じゃないのか?
 それが出来るなら、創造能力が残ってんじゃないか?
 それに少女も気付いたんじゃなかったのか?
 ハルヒは焦っていたんだろうか、簡単な方法を忘れてこんなのに頼っちまって。
 あの少女も、どうしてそれを言い出せなかったのだろうか。
 それを後悔したから俺に味方したのだろうか。
 
 
「世界を取り戻すのよ、少しの犠牲は必要になるわ」
 ハルヒが立ち上がり、濁った空を見つめた。
「これが成功すれば、みんなに会えるのよ……」
 
 この馬鹿。
 
───
 
 グラウンドにハルヒが倒れている。いつの間にか「神」も倒れていた。両者共に、もう動かないようだ。
 ……要するに、ハルヒは破壊の限りを尽くして戻せなくなった世界をリセットする力を得ようと、異世界であるここに来て「神」とやらを生みだそうとしたんだ。
 「神」が俺への攻撃をしなかったのは、あの少女と同じ考えでも持っていたからなのだろうか。
 
 どさっ
 
 その音に振り返ると、あの少女も倒れていた。ハルヒを刺したのと同じ箇所を押さえ、苦しんでいた。
「おい……!」
 俺はそいつに駆け寄ったが、少女は顔を背けた。
「見ないで……。私と目を合わせると、貴方が……」
「さっきお前の目を見たぞ、何かまずいのか?」
 そう言うと、少女は微かに笑顔を見せた。
「本来ならば、私の闇の力が強すぎて、見た人は、死んでしまう。でも、あのナイフの効果で、闇の力が弱くなっている……。貴方のお陰……」
 お陰って……。感謝されても全く嬉しくはなかった。
「お前も、巻き添えになるのか」
 少女の目から涙が溢れていく。なんだ、綺麗な目をしてるじゃないか。どうしてお前も、こんなことになっちまったんだろうな。
「私は……彼女の一部、だから……」
「気付いてたんだろ、ハルヒの能力が残っていたこと」
「ごめんなさい……」
 だが、死に際になって責めたてるのもどうかと思い、話を切り替えた。
「どうして、今になってあいつに反対したんだ?」
「他の世界を巻き込む訳にはいかなかった……。『神』を生みだすには…多くの犠牲が伴うから……。これ以上の犠牲は避けるべきだと思った……から……」
 呼吸が段々と弱々しくなっていった。
「……」
「ごめんなさい……」
 それを最後に、少女も力尽きた。
 
 朝日が昇り、グラウンドは二色の赤に染まっていく。ようやくこの闇の世界に光があたった、だがこの世界のものがそれを見ることはなかった。俺は少女の亡骸を地面に横たえると立ち上がり、三人の抜け殻に背を向けて歩いた。両手を広げて日の光を全身に受け止めたが、暖かさは無い。
 
 終わった。
 これであとはエンディングとスタッフロールだけ……ってか?
 
 違うだろ。
 
 こんな破滅が、お話の終わりなのか?
 
「違うだろっ!!」
 
 俺は渾身の力で鉄パイプを地面に叩きつけた。赤黒く汚れたそれはたいした快音も出さずに跳ね返ると乾いた音とともにグラウンドに横たわった。
 それが更に俺の怒りを増幅させた。パイプを蹴り飛ばし、近くに落ちていた弾切れのショットガンも目障りなので蹴り飛ばした。
 気付けば拳を強く握っていた。血で真っ赤の手の平が汗で湿り、べとべとしている。
 
「ふざけるなよ」
 
 もう、この怒りの矛先となるものはなかった。もう誰も、俺の怒りを聞いてくれる者はいない。
 
 この崩壊した世界の最後の生き残りを、俺が殺した。理由や手段がどうであれ、世界再建を目指したハルヒの望みを絶ち、ナイフで刺し殺した。この世界にとどめを刺したのだ。
 
 俺は、役目を果たすことなく息絶えた「神」を見た。
 そうだ、「神」は知っていたのだ。自らがどういう役目であって、それがハルヒ本人もしたくはなかったのも。
 
 その横で横たわっているハルヒ。もう出血は止まっていた、出尽くしてしまったのだろうか。立っても地面をこするほどの長さの髪がその赤い水たまりを隠すように広がっている。これだけの長さに伸びるまでにどれほどの時間がかかったのか。
 
「ああ」
 
 頬を伝う温かいその液体は透き通っていたのだろう、しかし汚れた顔を流れていくうちに赤く濁っていた。
 
 どうして俺は泣いているんだろうな。
 
 なあ長門、お前はもうゴーストになっているから分からないかもしれないが、これでいいのか?
 
 こんな終わりでいいのか?
 
 
 
 前方から、大量のガラスが崩れ落ちるような音が近付いてくる。
 主を失ったこの世界が崩壊し始めたのだ。
 俺はもう叫ばない。逃げない。
 
 俺はグラウンドに突き刺さった杭のようにその場に立ったまま、その崩壊に飲み込まれていった。


 

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