まだ何も無い部屋に荷物を置く。
ここに来るまでに時間がかかってしまったようで、既に陽が落ち掛けていた。

「…一人暮らしかぁ」

ポツリと呟く。

まだ実感が湧かないが、俺は高校を卒業して地方の大学に入ることになった。
SOS団のメンバーとは違う大学だが、みんなして近場の大学になってしまったので、結局会いたくなったらいつでも会える状態だ。

古泉も長門も朝比奈さんも、高校生活が終わったらいなくなってしまうと思っていたのだが…

「僕は元々この世界の住人ですので」
「…観測期間が延長された」
「禁則事項です☆」

と、三者三様の成り行きによりめでたくももうしばらく一緒に日常が過ごせるようになったのだ。

…そういやしばらく会ってないな。
入学が決まってから慌ただしかったこともあってか、ハルヒの集合の声もかからず、なし崩しに日にちが経っていた。

「ま、落ち着いてからでいいか」

荷物も整理しないといけないしな。
みんなの新しい連絡先も聞かないとだし…
っても朝比奈さんだけはわかってるんだよな。
一年早く高校を卒業して、確か今は鶴屋さんのとこに住ませてもらってたはずだ。 

と、ここで荷物の中から丁寧に包まれたタオルとお袋の手紙を発見する。

『アパート暮らしなんだから、ちゃんと隣人の人に挨拶すること』

…正直に言おう。
面倒臭い。

しかしやらないで放置するのもなぁ…仕方がない。

「…とりあえず、片っ端から渡していくか」

◇◆◇◆◇

「えぇ、はい。では今後もよろしくお願いします」

…ふぅ。
結構疲れるんだな、挨拶って。
後は、俺の隣の部屋の人か。
と、歩みを進めようとしたところで先程挨拶していた人に止められる。

「あ、そこはまだ誰も来てないんだよ」
「そうなんですか…タオル一個余っちゃったな」
「でもすぐに新しい人が入るって大家さんが言ってたから、その時に渡せばいいんじゃないかな?」
「それもそうですね…ありがとうございました」
「いえいえ」

そっか、更に新しい人が増えるのか。
ここの住人は良い人ばっかりだから、また接しやすい人が来てくれるといいなぁ。

「…ん?」

チャイムを鳴らす音がする。
誰か来たようだ。

…誰だろうか。

まだここに引っ越したってのは誰にも教えてなかった気が…
あぁ、もしかしたら隣の人も今日引っ越して来たのか?

もう一度チャイムを鳴らす音。

「あ、今開けます!」

慌てて玄関の戸を開けると…

「よぉキョン!引っ越し祝いに来たぜ!」
「…チェンジで」

パタン

「おい!閉めんなよ!」

ったく、記念すべき訪問者第一号があいつかよ。

「わかったよ。開けるから戸を叩くな。近所迷惑だ」
「だったら最初っから通せっての…」
「まぁ何にしろ、久しぶりだな谷口」

懐かしき友人の顔がそこにあった。
ってか何で俺がここにいるってわかったんだ。

「大学に合格したからキョンにも報告しようと行ったんだよ。したらお袋さんがここだって」
「携帯あるんだからそれで連絡すりゃいいだろ…で、どこ受かったんだ?」
「あぁ、県内の○×大学ってとこだ」
「…はぁ」
「おい、今ため息ついたか?」
「…別に」
「もしかしてキョンも同じ大学か!?」

………。

「なんだ!それならそうと早く言えよ!俺、知り合いがいないかと思ってたぜ!」

腐れ縁…か。

「あれ?んでもキョンならもう少し上のランク目指せたんじゃねぇのか?」
「あー…色々会ってな」
「涼宮達と同じ県内にいたかったとかじゃ無いだろうな?」
「………」
「図星か!」
「だぁ!もううるせぇ!これ以上余計なこと言うなら追い返すぞ!」
「そんなカリカリすんなって。ほら、祝いモンだ」
「…サンキュ…ってなんだこりゃ」 

「酒だ!今日はもうじゃんじゃん騒ごうぜ!」

勘弁してくれよ。
引っ越しやらなんやらで疲れてるんだぜ?

俺の心配を余所に、ズカズカと入り込んでくる谷口。

「へぇ、結構広いんだな」

…まぁいいか。
どうせしばらく日が空くし、明日ゆっくりすることにしよう。



















翌日

「頭がガンガンする…」

谷口が帰った後、部屋に開けられた空き缶を見てため息を吐く。
…とりあえずこれらを片付けてから一眠りするか。

…というか…ゴミ袋が無い。

「あちゃー…まだ買ってなかったか…」

酒が抜けてから買いに行こう。
もう限界だ。

谷口の訳の分からん話で疲れてるんだ。

ピンポーン

だからさっきから鳴っているチャイムも幻聴なんだ。きっとそうだ。

ピンポーン

「ごめんくださーい」
「…ん?」

この声…聞き覚えが…
酒でオチかけている頭をフル稼働させて思い出す。

あぁ、そっか。
この声は…

「ハルヒ!丁度いいところに来てくれた!」

戸を開けるとそこにはSOS団団長が驚いた顔でそこに突っ立っていた。

「キョン!?…って酒臭いわね!」
「谷口とバカ騒ぎしたんだ。すまんが袋かなんか無いか?部屋を片付けたいんだ」
「え?あ、ちょっと待ってなさい」

そういうとパタパタと駆けていくハルヒ。
あぁ、わざわざ買いに行ってくれるのか…

「というか…もう…限界…」

気がつけば、俺は玄関に座り込み、夢の国へと旅立った。















『お前って何考えてるかよくわかんねぇよなー』

まどろみの中で谷口の言葉がリフレインする。

『あのヘンテコリンな部活に入った時もそうだったが、大学に行ってからも涼宮達とつるもうってんだもんなぁ』

いいじゃねぇかよ別に。
あのメンバーと一緒にいるのが楽しいんだ。

『涼宮もなぁ、三年間で普通の女みたいになったしなぁ…いや、気が強くて我が儘なのは変わらないか』

でも身勝手さとか無くなったし、下手に不思議を求めることも無くなったよ。
…罰金制度だけは勘弁してほしいがな。

「─────!」

『そういや、国木田も県内らしいぞ。何でも、涼宮と同じ大学だったとかなんとか』

ハルヒも国木田も頭良かったもんなぁ。

「──キョン!」

『ってかお前だってまともに勉強すりゃ涼宮と同じとこに行けたんじゃねぇのか?』

俺を過大評価すんな。
ハルヒのマンツーマンでさえこの大学だったんだ。
…まぁできることなら…

『できることなら?』 

「いい加減起きなさい!この馬鹿キョン!!!」
「のわっ!!!!」

どうやら居間までハルヒが引きずってくれたらしい。
まだ小さめのテーブルしか置かれていない部屋で俺は目を覚ました。

「……あー」
「あー、じゃないわよ全く…まだ寝ぼけてるの?ほら、ゴミ袋」
「…サンキュ、文句があるなら谷口に言ってくれ」
「谷口に?」
「あいつが勝手に押し掛けてきたんだよ…まだ頭がガンガンする」

…あれ?

「そういえばさ」
「何よ」
「…何でハルヒは俺の家に来たんだ?」
「…引っ越しの挨拶よ」

挨拶?
あぁ、谷口みたいにお袋から俺の引っ越し先を聞いたのか。

「違うわよ」
「え?じゃあ何だ?」
「あたしが、あんたの家の隣に引っ越して来たのよ」

………。

「…ハルヒ?」 

「何?」
「その…だな、エイプリルフールにはまだ早──」
「嘘じゃないわよ」
「………」
「………」
「いや、ドッキリ──」
「何なら引っ越しの際の書類でも見せてあげようかしら?」
「………」
「………」
「…とりあえずこのタオルは引っ越しの挨拶ということで」
「ご丁寧にどうも」
「………」
「………」
「本当に?」
「本当に。というか、昨日みんなにメール送ったんだけど」

…何ですと?

「はぁ…その様子じゃ読んでないみたいね」
「ち、ちょっと待ってくれ…」

携帯を開いて履歴を確認する。

着信4件 メール1件

…全部ハルヒか。

「あんただけメール返さないから、電話したのよ。案の定出なかったわね」
「…それはすまなかった」

メールの内容は…

『○○のアパートに引っ越したから、荷物運びの手伝いをしなさい!!』

「…この手伝いってもしかして」
「雑用係のあんただけよ。他のみんなには、キョンが荷物運びしてる間、ゆっくりお茶でもしない?ってメールしたわ」
「…鬼」
「何か言ったかしら?」

…我が儘ったって限度があるだろ…
まぁ、久しぶりだからパワーが余ってんのか?

「いや、何にも…ってことは、古泉と長門と朝比奈さんも来るのか?」
「まぁ、来るって言うか…」

と、ここでハルヒが俺の少し後ろに目をやる。

「もうみんないるんだけどね」

………。

「…久しぶり」
「お久しぶりです」
「おひはひぶりへふ」

…三人が正座してこちらを見ていた。

「ゴミ袋買いに行くときに見つけたのよ。あたしの家で待たせるのもなんだから、こっちに連れてきたわ」
「…状況は把握した。が、ひとつ質問していいか?」
「どうぞ」
「えと、じゃあ朝比奈さん」
「はひ?」
「何でずっと鼻つまんでるんですか?」
「へ?は、それはほの…」
「あんたが酒臭いからでしょうが。みくるちゃんなんか臭い嗅いだだけで顔真っ赤になるのよ?」

あー…そういや孤島の時もすぐ寝てしまってたっけか。

「…すみませんでした」
「ひえ、ひひははははいへいいんへふほ」

…すんません、流石に何言ってるかわかんないです。

「…『いえ、気になさらないでいいんですよ』」
「解読ありがとう、長門」

で、俺はどうすりゃいいんだ?

「とりあえず顔を洗ってきたらどうでしょうか?少しは目が覚めると思いますよ」
「…それもそうか」
「顔洗ったら、あたしの荷物を部屋に運び込んでおいてね」
「…お前も少しは手伝ってくれよ」
「ダメよ。あたし達は引っ越しパーティーの準備しなきゃ。それと、あんたの部屋片付けといてあげるから。感謝しなさい」

そう言うと、ハルヒは俺の手からゴミ袋をひったくる。
だったら渡すなよな。

「というかな、俺が荷物運びをするのはこの際どうでもいい。しかしだな、パーティーってどういうことだ?」

俺はもう昨日のバカ騒ぎで疲れてるんだぞ。

「…楽しみ」
「長門さん、食料買うとき楽しそうでしたからね」
「ははひほ、ひんはへはふはふほはひはひふひははははほひひへふ」

…長門、通訳頼む。

「…『私も、みんなで集まるのが久しぶりだから楽しみです』」
「ほら!キョンに拒否権何か無いのよ!」

…やれやれ。

またこのみんなで過ごせる日常がやってくるのか。

「わかったよ…とりあえずお前の荷物を運べばいいんだな?…それとハルヒ」

と、ここで俺は嬉しそうにハルヒが取り出した袋を一瞥して注意を促す。

「今日はもう酒禁止な」
「えぇ!何で!?」
「朝比奈さんが大変だろ、というか孤島の時もう懲りたとか言ってたじゃねぇか」
「良いじゃない!こういうお祝いの日にこそ飲むのよ!」
「却下だ」
「はほ、ははひはははひほーふへふほ」
「…『あの、私なら大丈夫ですよ』」
「長門さん、二人とも聞いてないですよ」
「…そう」

兎にも角にも、隣人にハルヒを加えた大学生活。
一体どんな非日常的な日常が待ちかまえてるんだろうね。

『ま、大学は別でも結局涼宮と一緒にいられてうれしそうだな』

谷口うるさい黙れ。



第二章につづく


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