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This page was created at 2009.01.28 by ◆9yT4z0C2E6

Welcome to the beutiful world!

「無事の出産おめでとう、ハルヒさん」
 ドアを開けて入ってきたのは佐々木だった。
「わざわざ来てくれたのか。 ありがとう、佐々木」
「わざわざってほどのことでもないでしょ、ほんのご近所じゃない」
 ベッド脇の丸いすを勧めると、佐々木はそこに腰掛けて
「大仕事、お疲れ様でした」
「ありがとう、佐々木さん。 赤ちゃん見てくれた?」
「それがまだ。 キョンの弛みきった貌とセットで見ようと思ってね、このあと少しキョンを借りるわね」
 頷くハルヒに、佐々木は手に持っていた紙バッグを掲げて、
「これがリクエストされていたもの。 それとオマケ」
「すまんな」
 そう言うと、佐々木はこちらへ振り返って
「できれば、素直にありがとうと言って欲しいわね。 あと、キョン充ての物は無いから、残念でした」
「へいへい」
 苦笑する俺をよそに、佐々木は包みから箱を取り出して、
「まずこれはハルヒさんに桃かん。 古来、桃は滋養の果実として珍重されてきたからね。 国内産で妙な添加物もないから大丈夫」
「ありがとう」
 ハルヒが礼を言い、俺に合図したのを受けて代わりに箱を受け取った。
「開けていいか?」
「もちろん。 冷やして食べても美味しいと思うよ。 9月とはいえ、まだ暑いしね」
 俺は包みを開け、缶詰をいくつか冷蔵庫にしまいこむ。
「次はリクエストされていたおもちゃ。 なかなかいいのが見あたらなくて、ありきたりの物になっちゃったけど。 これがわたしの本気だとは思わないで欲しいわね」
「もしかして、いろいろ探してくれたの?」
「もちろん。 けど、イメージに一致する物がなくって。 自作しようかとも考えたんだけど、口に入れても平気な素材の選定からとなると、さすがに時間がね」
 受け取りながらハルヒが礼を言う。
「ありがとう。 そんな風に掛けてくれた手間が何よりよ」
「ううん、親友の初子ともなれば気合いの入り方もおのずとね。 もう一つあるんだけど、それは本人の貌を見てからにしましょう」
 佐々木はこちらを向きながら立ち上がり、
「お嬢さんのところまで案内していただける? 『お父さん』」
 おまっ、『お父さん』を強調するな! 照れくさいんだぞ!
「おまえな…… からかうなよ、人が悪いぞ」
 できるだけ平静を装って言い返したが、ハルヒはもちろん佐々木にもバレバレで、二人して笑っている。
「僕は昔からこうだよ、気づいてもらえなかったとは哀しいね。 だが、今は知ったわけだ。 親友の新たな一面を知ることが出来てうれしいだろう?」
 中学の頃のような口調で佐々木が言う。
「親友の人の悪さを知ることは、果たして喜ぶべきことなのかどうなのか、考える余地がありそうな気がするが……」
 あごに手を当てて考え込むフリでそう返す俺を、佐々木はくっくっくっと笑っていた。
「ハルヒも一緒に行くか?」
「そうね」

※※※※※※※※

「どの子?」
「手前の左から三番目。 緑の産着の」
「ちいさい…… よく寝てるのかな。 ふふっ。 あらためておめでとう、ハルヒさん」
「あらためてありがとう、佐々木さん」
「名前は?」
「『緑海』。 緑の海と書いて『りくみ』」
「すてきな名前をもらったね。 ハッピーバースデイ、緑海ちゃん」
 娘に魅入っていた佐々木は振り向くと、
「今日の目的は果たしたから、これで帰るわ」
 そう言って手に持った封筒を俺に向けて差し出し、
「これは緑海ちゃんへ。 お誕生日プレゼント」
「お、おう? ありがとう。 開けていいのか?」
「まだ。 わたしが帰ってからにして」

※※※※※※※※

 佐々木を見送って病室に戻った俺たちは、封筒を開けてみた。
「なんだこりゃ?」
 中は色紙だった。 文字がびっしりと書き込まれている。 言語がばらばらだ。 いくつかは読めるが、読めないものもいくつもある。
「これ……」
 隣でのぞき込んでいたハルヒが文字をなぞって
「英語が多いけど、これはフランス語ね。 こっちはドイツ語、これは……スペイン語?」
 よくわかるな。
「これ、全部Welcome messageだわ。 読めないのもあるから、たぶん、だけど」
「佐々木が書いた…… んじゃないよな。 筆跡がばらばらだし、どう見ても寄せ書きだし」
 ふたりしてクエスチョンマークを頭に浮かべてても仕方ない。 携帯を取りだし、佐々木に電話を掛けた。
「これ、なんなんだ?」
『ご想像のとおり、Welcome messageの寄せ書きだよ。 観光客にね、もうすぐ生まれる赤ちゃんに歓迎のメッセージをお願いします。 と呼びかけて書いてもらった』
「おまえこれ、大変だったんじゃないか?」
 いったい、何人に声を掛けたんだ?
『そうでもないよ。 わたし自身も楽しかった。 うん、とても楽しかったから』
「ありがとう佐々木さん。 緑海は幸せだわ。 こんなにいっぱい、世界中の人に歓迎されて……」
 ハルヒ? おまえ、泣いてるのか?
「佐々木も一筆入れてるのか?」
『それは秘密』
 入れてないわけはないだろうな。 最初の墨入れは自分自身でやったに違いない。
「ありがとう佐々木。 緑海が大きくなった時に見せてやれるよう、大切にするよ」
『喜んでもらえて嬉しいよ。 それじゃ』
「嗚呼、またな」
 電話を切った俺たちは色紙に目を落とす。
 今の緑海の世界はベビーベッドの広さしかない。 けれど、いつか、ここにあるすべてを受け止められるくらい世界を広げるだろうか。
 いつか、これに筆を入れてくれた誰かに出会うことがあるだろうか。
 夢見ずにはいられない。
 願わずにはいられない。
 それは、きっと、とても幸せな未来。

fin.
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