俺は校門の前に立っている。しかし寒い。使い捨てカイロで手先を温めるが、こりゃ「焼け石に水」の逆バージョンだな。
何故こうなっているか説明しよう。事の発端は今朝の電話からである。
今週の土曜日は珍しく市内探索が無く、団活が学校で午後からということでゆっくり眠っていた。だが、携帯の着信音が安眠を打破した。
「アンタは11時に来なさい!」
たったこれだけ言うと一方的に切った。何か企んでいるのだろう。様々な不安を抱きながら、学校へ向かった。
 
定刻通りに部室に入るやいなや、ハルヒは眉間に皺を寄せて「遅い!」と言う。約束通りに来てこれだ。まぁ、これも慣れれば一種の挨拶と思えるようになる…ことを祈っている。
「はい」
俺に突き出されたのはピザ屋のチラシだった。
「今日はここでピザを食べるの。注文よろしく!」
「はあ…」
ピザに文句は無い。温かいし美味いからな。だが、何で俺が。
 
とりあえず、「大人気!」という文字が見られる幾つかのピザを注文した。どいつもこいつも片仮名だらけで読みにくい。こういう店がつける料理の名前というのは、化学物質に負けず劣らずの読みにくさである。何度か読み間違えながらもなんとか注文した。
 
で、配達のバイクを待つ為に寒い中一人で校門に立っているのである。アルバイトの人は校舎の中まで入れないから仕方ないのだが、ぱらぱらと雨が降ってきたのはどういう因縁だ?
霧雨に濡れて肩の辺りが冷たくなってきた頃にピザ屋のバイクがやって来た。代金を支払い(これ全額負担なんだぜ、泣けてくる)、袋を持って部室へと走った。
「遅い!」
「それはピザ屋に言え」
俺は机に袋を置くと急いで部室を出て廊下を疾走した。
 
さっきから走っている理由を申し上げよう。汚い話で済まないが、冷えによって腹を下したのである。一刻を争う事態なのである。
なんとか間に合った。ひとまず安心である。だが腹が痛い…。
腹を押さえながら個室に籠城した。冷たい便座に座りながら、「どんな優秀な兵士でも腹痛には勝てない」みたいな台詞を何処かで聞いたのを思い出していた。
 
やっと胃腸が落ち着いた時には既に部室を出てから20分近く経っていた。
もうみんな揃っているだろうと思いながら扉を開ける。
「……」
「……」
「……あ、あの…」
まぁ予期はしていた事態だ。そんなにガッカリする事でもないさ。ピザは一切れ残さず三人(主にハルヒと長門)の胃袋に収まっていた。
「古泉はどうした?」
「急用が出来た為に遅れると連絡があった」
長門はそう言うと、何も残っていないピザの箱を見つめた。なんで二人は全部無くなるまで気付かないんだ? 朝比奈さんの分もちゃんとあったのか?
「あ、アンタが何も言わずに出て行くから…」
ハルヒがアグレッシブじゃないのも珍し…
「……!」
腹痛がぶり返した。
また汚い話で申し訳ないが、どうやら完全に出しきっていなかったようだ…!
俺はハルヒが何やら言ったのを無視して再び部室を飛び出し、廊下を疾走した。
 
なんとか完全復帰を果たして戻ったところ、ハルヒがいなくなっていた。
「涼宮ハルヒは校門にいる」
長門がボソッと言った。何故わざわざ寒い所に突っ立ってるんだ?
「…ごめんなさい」
「唐突に謝られても困るんだが…」
長門も黙ってしまい、部室には雨音だけが響く。その静寂を破ったのは、朝比奈さんだった。
「えっと、キョン君の分まで食べちゃったからって、涼宮さんが…」
そういうことか…。
「俺もちょっと行ってきます」
 
雨は止んでいたが、濡れたアスファルトはさらに熱を奪う。寒さは変わらない。
俺は寒さに震える小さな後ろ姿を見つけた。
俺はカイロをつまむと、背後から接近し、それをハルヒの首に押し付けた。
「あっつ」
「首筋を温めるのが効果的なんだそうだ」
ハルヒは一瞬振り返ったが、カイロを乱暴に返すとまた視線を前に戻した。
「なんでいるのよ」
「まだ足りなかったのか? あれだけの量を」
「アンタの分よ」
ハルヒはこちらを見ずに言った。
やがてやって来たバイクが届けたのはSサイズの小さなピザだった。代金はハルヒが支払っていた。俺はその様子を黙って見ていた。
「はい」
ハルヒはまっすぐ俺に袋を突き出した。「ああ」と曖昧な返事をして受け取ると走って行ってしまった。
袋の底を持つ手に焼きたてのピザの熱が伝わる。いい匂いが漂い、腹痛によってなくなっていた食欲が目を覚ました。
「早く戻らないと冷めちまうな」
そう呟くと部室へと歩いていった。
仕事でくたびれた古泉が来るだろうから、ピザは独り占め出来ないな。
 


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