ガタッガタガタガタッ!


「えー、誰か…いらっしゃいますかー…?」

その後、帰ることも考えたが、この雨だ。
俺とハルヒは雨を避けるため、とりあえず神社の建物に侵入していた。
立て付けが悪いのか、開けるのに少し苦労したが。

…それにしても、とりあえず不法侵入って辺り俺もハルヒに毒されてるな。
ハルヒと一緒に居ると、知らない間に俺の罪状が追加されていきそうだ。

本殿らしきそこは畳敷きの広間になっていた。
天井が高く、立派なハリが通っている。
中々に由緒正しい神社らしい。
建物の奥にはご本尊らしきものも見えた。

…売れないか? いや、無理か。さすがにカギがかかってるだろうしな。

っていかんいかん。
知らない間に俺のアライメントがCになっていやがる。
俺は永世ニュートラルでいたいぞ。



「あー、もうびしょびしょね…」

先程も二人して濡れたが、それほどひどくは無かった。
しかし、ハルヒを見ればずっと石畳に座っていたからか、そのスカートは水滴が垂れるほどに水気を含んでいた。
畳の上に水滴が垂れる。

「ちょっとキョン、向こう向いてなさい」

ハルヒが部屋の隅に歩いていったかと思うと、俺に指図する。

「…はい?」

「いいからっ!」

急になんなんだ?
俺がおとなしく壁の方を向くと、その内ズルっとした水音が後ろから聞こえてきた。

「…なぁ、ハルヒ。まさかとは思うが、お前もしかして」

「振り向いたら死刑よ」

質問の前に答えが返って来た。


ベチャ


畳の上に、何か水気のある物が投げ出された音がした。

…って、おいおい。ちょっと待て。
コイツは何を考えてるんだ。
ちょっと冷静に状況を考えてくれ、マイブラザー。
ここは暗がり、そうして男と二人きり、普通そこでスカート脱ぐか?
俺だって男なんだぞ?
その…だな。変な事されたりとか、そういう心配は無いのか?

…俺はしないが。断ッじてしないが。
ハルヒ相手にそんな事をした日には、一生後悔させられる事になりそうだ。

「うん、すっきり。やっぱり濡れてるとキモチワル……ふぇっ……くしゅんっ!」

建物の中とは言え、10月。
外は雨。
気温は低い。
そりゃ無茶ってもんだろ。涼宮さんよ。
…やれやれ。

「あー…ハルヒ、ちょっと濡れてるかも知れんが。良かったら着ろ」

そう言うと俺はブレザーを脱ぎ、後ろに向けて投げた。

「え? いいの?」

お前よりは寒くないだろ。
パンツ丸出しのお前よりは。

「へっへー、それじゃ遠慮なく借りるわね」


シュ………シュル……………


衣擦れの音がする。…何やら無意味にエロいな。

「もうこっち向いていいわよ」

そう言われて振り向く。

「うん、あったかい。でもやっぱりブカブカね。ふふっ」

そこには、長すぎるブレザーのソデをちょんと摘み微笑むハルヒが居た。
…ブレザーの裾から見える白い脚が眩しい。

ってこら、そんなに動くなしゃがむな歩くな。
見える。見えるっての。

「ってゆーか…なんか…、くんくん…キョンの匂いがする」

ハルヒはブレザーのソデを鼻先に近づけるとそう言った。
…そりゃそうだろ。

「そこ。くんくんしないように」

…恥ずかしい奴だな。
…主に俺が。

「はいはい。でも、まぁ…ヤな匂いじゃないわね」

ハルヒはそう言うと再び小さく笑った。








「…なぁハルヒ。お前、ずっとここに居たのか?」

ハルヒがスカートを絞り、それを外に干した後、二人並んで腰を落ち着けてから聞いた。
…ちなみにハルヒは俺と反対側の壁にもたれるよう体育座りで座ったのだが、
視覚的に大いなる問題が発生したので俺がハルヒの隣に座りなおした。

「え? どういう意味よ?」

「だから…学校が終わった後、ずっとここに居たのか?」

「あー…うん、まぁね。妹ちゃんが事故にあったって聞いて…なんだかじっとしてられなくて。
神頼みーなんてガラじゃないかなとも思ったんだけど」

…もしかしたら、本当にハルヒのおかげなのかもな。
いや、ハルヒだけじゃない。
非現実的だが、妹が無事だったのは、みんなの想いのおかげなんじゃないか。そんな気がしていた。

「…ハルヒ。さんきゅな」

思わず漏れた。
…ハルヒに本心から感謝したのはこれが初めてかも知れないな。
…最初で最後かも知れないが。

「…なによそれ? 全然似合わないわよ?」

ハルヒはそう言って笑う。
暗がりに浮かぶハルヒの笑顔は何だか無駄に印象的だった。







「雨…止まないわね」

「…そうだな」

外からはまだ雨の音が続いている。
ハルヒはそう言ったきり黙ってしまった。

…俺は何だか違和感…というか、落ち着かないものを感じていた。

ハルヒと一緒の時はいつだって騒がしかった。
軽口を叩き合って、振り回されたり、世話を焼いたり、振り回されたり、
命の危険にさらされたり、トンデモ現象に巻き込まれたり、振り回されたり。

コイツと知り合ってからというもの、それまで平々凡々な人生を過ごしてきた俺の人生観はあっさりとブチ壊されちまった。

そんなハルヒと、こんなに静かな時間を過ごすなんてな。
…本当似合わないな、ハルヒ。俺達には。









…っと。
いかん。のんびりしすぎて忘れる所だった。
俺は携帯を取り出し、時刻を確認する。

22時41分。

どうやら間に合ったらしい。

「…ハルヒ」

俺が名前を呼ぶと、彼女は「何よ?」といった顔でこちらを見て来た。

…えーとだな。
こういう場合なんて言えばいいんだ?
ウィットに富んだジョーク混じりに言えばいいのか?
哲学的な引用でもまじえて言うべきか?

…ってなんだそりゃ。
ここは素直に言うべき所だよな。
…こっ恥ずかしいが。

「…誕生日、おめでとう」

「………は? ………ぷっ…あはははっ」

俺がそう言うとハルヒはキョトンとした顔をする。
かと思ったら急に笑い出した。

「…何が面白いんだ?」

「ふふっ…。ねぇ、キョン。あんた達、あたしの誕生日パーティやろうとしてたんでしょ?」

ハルヒが挑発的な上目遣いでそう言う。
…ドキっとした。
何故ハルヒが知ってるんだ?

「…なんでお前がそれを?」

「ふっふーん。こないだ部室にね? クラッカーが隠してあったのを見つけたの。
そんなのが部室にあるなんてどう考えても不自然じゃない?
だから、みくるちゃんに聞いたの。そしたら、みくるちゃん途端に慌てちゃって。
これは何かあるーっと思って問い詰めたのよ。そしたらあっさり教えてくれたわ」

…なるほど。
そこで証言台に朝比奈さんを選ぶ辺り、団長様だな。

「ふふっ、でもみくるちゃんたらね?」

ハルヒが思い出したように笑う。

「皆さんには内緒にして下さいって言うのよ? あたしの誕生日だってのにおかしな話じゃない?」

朝比奈さんがハルヒに問い詰められて、あたふたしている姿が容易に想像出来た。

「それは…お前が嫌がってたからな。内緒にしようとしてたんだ」

「…やっぱり、キョン。あんたが言い出したのね?」

ハルヒが俺を睨んだ。
…うっ。やはり嫌だったのか?

「おかしいと思ったのよねー。あたし、自分の誕生日の事、誰にも言ってないのよ?
あの時、あんたに聞かれちゃった以外は」

「…あぁ。俺が言い出した」

「…やっぱりそーなんだ。
……ねぇ、キョン?」

ハルヒはそこで注意を引くかのように俺の名前を呼んだ。
…今までおとなしかったが、改めてここで罵倒か?


「……ありがと」


…俺が身構えていると、ハルヒはハルヒらしからぬ穏やかな声でそう言った。
…さっきは自分で思ったが、コイツに礼を言われるってのも珍しい体験だな。
それこそ最初で最後かも知れん。

「…結局、祝ってやれなかったけどな」

「いいのよ、そんなこと。それに…」

ハルヒは言葉を切ると天井を見上げた。

「あたし、自分の誕生日って嫌いなの」

ハルヒの横顔からは何も読み取れない。

「だと思ってたが。今朝のお前の不機嫌具合は人が死ねるほどだったからな」

「何よそれ? そんな事あるワケないじゃない」

谷口はリアルに瀕死ってたけどな。

「…どうして嫌いなのか。聞いてもいいか?」

俺がそう言うとハルヒはじっと俺を見つめた。
…暗がりに浮かぶハルヒの両の瞳。
その光は俺の心の奥底まで覗いてくるようだった。

俺も視線を逸らさず。
…ハルヒの光をぐっと受け止めた。
その内、ハルヒはふっと笑うと呟いた。

「…ま、あんたになら話してもいいかもね」

…そりゃ、光栄だね。






「前にあたしはトクベツな存在じゃなく、ただのちっぽけな存在だって事に気付いたって話したの覚えてる?」

「…あぁ」

あの時も、ハルヒはおとなしかったな。ちょうど、今みたいに。

「それでもあたしは楽しもうと必死だった。
与えられた世界。与えられた環境の中で面白い事をしようとした。
健気なもんでしょ?」

お前が健気だとしたら朝比奈さんはマリア様だ。

「でも結局はそれも無駄だった。
元々、自分を騙せるハズが無かったのよね。
あたしはもう一度世界に打ちのめされる事になった。それが四年前」

…四年前…小学生の時か。

「それまでのあたしは…自分がすごくトクベツな存在で、自分が死んだら世界も無くなっちゃうって信じてたの。
…でも、それは違った。ただの…勘違いだったのよね」

…それはまた、ずいぶんアドルフな子供だな。

「あたしだって、今までずっと誕生日を一人で過ごして来たワケじゃないわ。
友達に祝ってもらった事だってあった」

…何よりだ。

「けど…四年前のみんなに祝ってもらった誕生日のこと。
みんなにプレゼントをもらったの。
…すごく嬉しかった。あたしの欲しいものばかりだったから。
世界も捨てたもんじゃないって思えたわ。
でもね…あたしが喜んでると、あるコが言ったの」

………。

「僕はこの前の誕生日にこんなものをもらったんだって。
それを聞いたベツのコも、私はこんなものをもらったの、って言い出したの。
…なんてことないわ。ただの自慢。子供らしい、ね」

…そうだな。

「でも…それを聞いた時、あたしはたまらなくイヤだった。
みんなと一緒。それに嫌悪感すら覚えたわ。
…気付いたら、あたしはみんなからもらったプレゼントを叩き壊してた」

……ハルヒ。

「みんな泣いてたわ。涼宮さんどうしたの、ハルヒちゃんどうしちゃったの、って。
でも…あたしにはそんなコト関係無かった。
その時、やっぱりあたしはトクベツじゃない、普通の女のコなんだってコトを改めて思い知らされたから。
世界が…急に色あせて見えた。…灰色の世界」

……そんな辛そうな顔をするな。

「それで…それまでのあたしが終わって、今のあたしになったの。
今思えばすっごく迷惑な子供よね。
…ふふっ、自分でも笑っちゃうわ」






「………ハルヒ」

「…なに?」

「お前は、そんなに特別な存在で在りたかったのか?」

「…そうね。誰かと同じ存在っていうのがイヤだったのかも知れないわね」

「…それは、今もか?」

「どう…なのかしら。やっぱり他の人と一緒なんてイヤって気持ちはあるわよ。だからSOS団を作ったんだし。
でも、心のどこかでは、ちょっとだけ。ちょっとだけ思ってるかな。あたしも普通の人なんだって。
…つまんないけどね」

「…そうか。でもな、ハルヒ」

「…なによ?」

「…少なくとも俺にとっちゃお前は特別な存在だぞ」







OK、分かってる。
分かってるんだ。
みなまで言うな。
俺がどれだけ恥ずかしい事をのたまわったかなんて、そんなこと俺の心臓が一番よく分かってるんだ。

俺にとっちゃお前は特別な存在だって?
笑っちまうね。いまどきそんな事10年前のドラマでも言わねぇよ。
おっと、いまどき10年前って表現はおかしいな。
つーか、誰だよ、そんな恥ずかしい台詞ホザいた奴。顔が見てみたいぜ。
はい、俺です。すみません。


「あ、あんた、何恥ずかしいコト言ってんのっ?」


イエッサー、オフィサー、分かってる。
分かってるって言ってるじゃねぇかよ。ハルヒ・涼宮。

だけどな。
お前が悪いんだぞ。
前に話してくれた話とは決定的に違う所。
それは傷。
たぶん、この話はハルヒに取って辛い話だったハズだ。
イベント大好きなお前が、今まで誕生日を嫌っていたほどのエピソード。
辛く無いわきゃ無い。
だが、それを俺に晒してくれた。
だったら俺もそれに報いなきゃならない。
紳士かつ真摯な気持ちで向き合わなきゃならない。
いわばジェントル&シリアス。
だから、あんな恥ずかしいセリフを言わざるを得なかったんだ。
そこのところ分かってるのかハルヒ。

…って落ち着け。俺。


「…俺もそう思うがな」

「さ、参考までに聞いてあげるけど…、…その…ど、どういう意味よ?」


おいおい、団長さんよ。
今さっき落ち着いたばっかりだってのに、どうしてお前はそんなに俺の神経をエグリゴリ。隼人もビックリだな。
つーか、何でお前顔赤いんだよ。
恥ずかしいのか?
恥ずかしがってんのか?
天下の涼宮ハルヒ様とあろうものが恥ずかしがってんのか?
ちなみに俺は今、すっげー恥ずかしいぞ。
人生で三本の指には入る恥ずかしさだね。
ちなみに四位は学校の女教師をお母さんって呼んじまった事だが、今はそんな事どうでもいいこと山の如し。


「…どんな意味でもない。そのままの意味だ」

「…そ、そう」


って何でそんなにしおらしくしてんだよ。
もっといつもみたいに突っ込んで来いよ。
って黙るなよ、ハルヒ。
今ここで沈黙とか二人して照れてるみたいだろ?
なぁ、ちょっと、おい。喋ろうぜ。
つーか、喋ってくれ。


「…ふぇ…くしょんっ!」


なんだハルヒ、寒いのか?
寒いならもっとこっち来いよ。
俺があっため
ってバカー!
何を考えてるんだ俺は。
頭のネジがどっか一本吹っ飛んだか?


「なんだか…冷えるわね…」


そりゃそーだろ。
何故ってお前は今、ブレザー羽織ってるだけで下はパンツ一枚。
ってパンツ一枚て、おい!
やばい、思い出したら無駄に意識してきた。忘れろ、忘れるんだ俺。
落ち着け。落ち着く時の呪文。
何か無いか? そうだ、サキエルシャムシェルラミエルガギエルイスラフェ


「…ねぇ、キョン。もうちょっとそっち…行ってもいい…?」


ってエスパーかキサマは!?
何でさっき俺が考えた事言うんだよ。
そんな人種、古泉だけで充分だぜこんちくしょう。
ってどーすんだ俺。
おい、ハルヒ、そんな寄って来るな。
って、ちょっとじゃねぇじゃねぇか。
肩触れてるから!あったかいから!
そんなのお前のキャラじゃないだろ?
つか、どーするの、どーするの俺ッ!?

rァ許容
拒絶
告白

そのネタはもういいんだよ、くそっ、いまいましい。
っていうか一番下の選択肢なんだそれ。
あ? あれか?
お前も俺の事バカにしてんのか?
ちょっと俺がテンパってるからっていい気になってんのか?
ここぞとばかりに俺いじりか?
俺はイジメなんかに負けないぞ。
イジメカッコワルイ。



っていい加減落ち着け。俺。
そもそも誰と喋ってんだ。

このテンションは疲れる。
というか話が進まん。







ハルヒは俺に寄り添うようにその体を合わせて来た。
彼女の熱が伝わる。
コイツってこんなに体温高かったか?

「…ふふっ」

ハルヒが急に笑い出した。
…コイツもどっか壊れたか?

「なんだ急に」

「べっつにー。なんだかあたし達、似合わない事してるな、と思ってね」

禿同。

「…ま、今日ぐらい、いいんじゃないか?」

誕生日だしな。

「そーね。あったかいし」

本当、似合わないよな。ハルヒ。
似合わねぇよ。こんなの。








「あ、忘れるところだったじゃない! はい!」

突然ハルヒがそう言い出したかと思うと、手を差し出してくる。

「…お手?」

俺はハルヒの手に、自分の手を乗せる。
俺は犬か。
というかハルヒが犬か?
この場合どっちになるんだ?
どちらかと言えばハルヒは虎だが。

「なぁ、ハルヒ。虎は何故強いと思う?」

「はぁ? 何言ってんのよ? そもそもお手って何?」

いや、俺もわからんが。

「ちっがうでしょ! 今日は何の日?」

「…だから、お前の誕生日」

「そう! で、誕生日といえば?」

そう言うとハルヒはニィッと笑った。
…あー…そういう意味か。
しっかりしてやがるぜ。

「…叩き壊したりしないだろうな」

「何言ってんのよ、それは昔の話! ほら、早く!」

俺が物を贈るというのに、なんだろうか、このカツアゲ空気は。
ま、これもハルヒか。
さっきのラブコメ空気よりはよっぽどマシだ。



そうして俺は重大な事に気付いた。

「…なぁ、ハルヒ」

「何よ?」

「…ここで俺がプレゼントを忘れたって言ったらどうする?」



ハルヒが('A`)って顔をした。
その視線が冷たい。マジ冷たい。

「キョン…、あんた寒いわ…寒すぎる…! ここはどこ? 南極? それとも紅蓮地獄? ねぇ、キョンどう思う?」

無駄に機知に富んだ皮肉が飛んでくる。
紅蓮地獄ってのは灼熱地獄だと思われがちだが、その実態は寒すぎて肌が裂け、その吹き出る血が紅い蓮の様に見える事から紅蓮地
そんな事はどうでもいい。

「仕方ないだろ、病院にカバン忘れてきちまったんだ。お前への貢物はその中だ」

「…そっか。それじゃ…仕方ないわね」

俺が病院という単語を出すと、ハルヒのれいとうこうせんが止んだ。
…少しズルかったかもな。

「…ねぇ、キョン。あたし思ってたんだけど」

「何をだ?」

「なんであたしがココに居るって分かったの?」

…えーとだな。
それは長門が。ってそんな事いえるか。
事実ではあるが、それでは長門がストーカーになってしまう。
何か上手い言い訳は無いか。

「…学校の奴がな。見てたんだ。お前が神社の方に向かったって」

「あんた誰よりも早く学校から出てったじゃない」

その通りです。
的確なツッコミだな、ハルヒ。
勘弁して欲しいほどに。

「…電話で、聞いた」

ある意味事実だが、なにやら言い訳に言い訳を重ねているな。
俺は債務者か。

しかし、ハルヒは「ふーん」と、それ以上は興味が無さそうに答えた。
どうやらタイトロープを渡り終えたらしい。

「…それで…病院からココまで来たの?」

そう思っていたら今度は違った切り口の質問が飛んできた。
…コイツは何が言いたいんだ?

「あぁ、そうだが」

「…どうして?」

「…どうしてって…」

「妹ちゃんをほったらかしにしてまで。
カバン…ってゆーかプレゼントまで忘れるぐらいに慌てて。
どうしてココまで来たの?」


ハルヒは真っ直ぐ前を向いたままそう言った。
その視線は何かを睨むようだ。
思わずその先を追ってしまうが、当然そこには向かいの壁しかない。
その頬には朱が差しているようにも見えた。

…それは、妹が言ったから…なんだが。
それじゃ、答えとして成立しそうに無いな。
俺も何だか違う気がした。
…妹に言われたからってだけじゃない。

…どうしてもハルヒに会わなきゃならない気がした。


ってそれをどーやってコイツに伝えりゃいいんだ!?

その文面のまま伝えるのは恥ずかしすぎるぞ。
さっきのラブコメ空気はもういい。
何か上手い表現は無いか。何か…何か…

「…虫の知らせでな」

…なんだそりゃ。
それは蟲です、とでも言うつもりか。

「何よそれ? つまんないわ」

はい、すみません。俺もそう思います。



「…あたしに…会いたかったの?」



ハルヒはキッと顔を上げ、俺にガンをくれるとそう言った。

…なんだその顔は。耳まで赤くなりやがって、目なんか潤んでるぞ。
そんなに分かりやすく照れてますって顔するぐらいなら言わなきゃいいものを。

…だけどな。
残念ながら。
それもまた事実っぽい。

…ままよ。


「…かもな」

「……そう」


俺はもうハルヒの顔を見ていられなかった。
自分の顔が赤いのを自覚する。
俺はハルヒに見られないよう、顔を隠した。
隠した所で赤くなってるのはバレバレかも知れんが。

…気付けばまたラブコメ空気になってやがる。
今日はなんだ? ラブコメ運でも絶好調か?
嬉しくって涙が出るね。



「…ねぇ、キョン」

「…なんだよ」

「…やっぱりプレゼント、欲しいわ」

「だから無いって言って…。 …ッ…!」



俺がハルヒの方を向いた時。

ハルヒは、目を閉じていた。

少しだけ、上を向き。

その唇を、捧げるように。



……タイトロープは渡り終えたと思ったんだがな。
綱を渡った先はガケだったらしい。

…普通そういう事は俺の誕生日にやるもんじゃないのか?

っても…ここまでされて…怖気づくわけにはいかないか。
……いかねぇよな。

俺も、目を閉じた。
ハルヒの唇に俺のそれを近づける。




…なぁ、ハルヒ。

…誕生日、おめでとう―――。









ガタッガタガタガタッ!


―――ッッッ!!!!!


俺とハルヒの唇が触れ合う寸前、神社の扉がガタガタと激しく揺らされた。
ちょうど俺達がこの建物に入って来た時のように。
その時の俺とハルヒは凄かった。
まるで示し合わせたみたいに、一瞬でお互いから離れ、背を向け合っていた。
この瞬間、俺とハルヒは亜光速を超えていたかも知れない。

俺はといえば扉を揺らした相手が誰かというよりも、ハルヒと唇が触れたかどうか、その事が気になっていた。
思わず自分の唇に触る。
…してない…よな?



「あー、いたいた! みんな、居たにょろー!」

扉を開けた人物が外に向かって叫ぶ。
って…今の声…

「鶴屋さん!?」
「鶴屋さん!?」

俺とハルヒの声がハモった。
思わずハルヒと顔を見合わせる。

「…おんやー? もっしかしておっ邪魔だったかなー?」

そんな俺達の様子を見て、鶴屋さんがニヤニヤと笑った。
…いや、邪魔じゃないです。
というか、鶴屋さんが開けなかったら間違いなく、その、してたんで。


「鶴屋さん、どうしてここに?」

「ふっふーん、あちしだけじゃないにょろ?」

俺の質問に鶴屋さんはニヤリと笑うと、中途半端に開いていた扉をパンッと開け放った。
殿内に月光が差し込む。その月光をバックに立っていたのは。

「古泉!? 長門、朝比奈さんまで!?」

「今晩和。いい夜ですねぇ」

「………」

「こんばんわですっ」


…俺は何だか混乱していた。
見ればハルヒも俺と似たような顔をしている。

どうしてコイツらがここに居るんだ?


「…わたしが皆を呼んだ」

俺達が呆けていると長門が答えた。

「そっそ、有希っ子からキョン君が神社の方に走ってくの見たって連絡が来てね。それでみんなで探してたんさ。
んで、したらハルにゃんのスカートが干してあるじゃん? そりゃもー、こっこしかないってね」

長門の言葉を鶴屋さんが引き継ぐ。

「そっれにしてもキョン君、めがっさひどいにょろー。
妹ちゃんが無事だった事、あたしだけには教えてくれないなんてさー。
あたしだって心配してたのにさー」

鶴屋さんが口を尖らす。
…いかん、すっかり忘れていた。
そう言えば、他の奴等にもメールを返していない。

「す、すみません」

平謝りな俺。

「にっしし、ま、いっいけどねー。…それにしても、ズイブンとお楽しみだったようですなー?」

鶴屋さんは何か含むように笑う。
…何の話だ?
俺が鶴屋さんの視線の先を辿ると…、…そこには半裸のハルヒが居た。
俺のブレザーの裾から覗く白い脚。それは月光に照らされ、更に白く浮かび上がっていた。

「ち、違いますっ!」
「ち、違うわよっ!」

…おい。またか。
かぶるな、ハルヒ。

俺とハルヒが再び顔を見合わせる。
彼女は「うー…」といった顔をしながら俺のブレザーを脱ぎ、ヒザにかけていた。

「あっはっはっはっ! 何だか今日はいつにも増して息ピッタリだんね。
ま、キョン君にそんな度胸が無い事は、この場に居る全員が分かってんだけどさ」

高らかに笑う鶴屋さん。
…それはそれで男としてどうかと思うが。


…ってちょっと待て。月光?

「お前ら…雨は?」

「えぇ、とっくにあがっていますよ。ほら、いい月です」

古泉が月を見上げる。
そこには中秋の名月とも言える満月が浮かび上がっていた。
…やれやれ。雨があがった事に気付かないほど舞い上がってたんだな。



それにしても、長門や朝比奈さん、鶴屋さんはまだ分かる。
だが、古泉はさっきまで―――

「古泉、お前、その…、バイトはどうした?」

えぇい、微妙に喋りづらいな。

「えぇ、案外近場だったもので。それに先刻、落ち着きましてね」

古泉がハルヒに視線を流した。

「それで僕も馳せ参じた、と。そういった次第です」

…あの空間はハルヒの精神状態がどーたら言っていたな。
ハルヒも落ち着いたって事か。




「さてっ! それじゃあ始めるとしますかっ!」

鶴屋さんが声を張った。

「始めるって…何をですか?」

「もっちろん、決まってんじゃん! ほら、みくる!」

鶴屋さんが朝比奈さんを神殿に招きいれると、その背中を押す。
朝比奈さんは肩に大きなバックを持っていた。
それを畳の上に置き、バックの口を開けると、中から白い大きな箱を取り出した。

「えと、涼宮さん。わたしが作ったんであんまり美味しくないかも知れないですけど…」

朝比奈さんがハルヒに向かって箱を差し出す。

「みくるちゃん、これって…。
……開けて、いいの?」

「はいっ、もちろんですっ」

ハルヒがそっと箱に手を掛ける。
そうして、ハルヒが箱のフタを開けたそこには。

真っ白なクリーム。
赤いイチゴ。
チョコレートで描かれた【涼宮さん おたんじょうびおめでとう】のメッセージ。

…どっからどう見てもバースディケーキだな。



「…せーのっ…」

鶴屋さんが何やら小声で呟いた気がした。


「ハルにゃん!」「誕生日、おっめでとー!」
「涼宮さんっ!」「お誕生日おめでとうございますっ!」
「…涼宮ハルヒ」「…お誕生日、おめでとう」
「涼宮さん」  「誕生日おめでとうございます」


パンッ! パンパパンッ!


四人がそう言ったかと思うと連続して炸裂音が聞こえた。
俺は驚いて目を瞑ってしまっていた。
再び目を開けると、どこに隠し持っていたのか空のクラッカーを持つ四人。
それから、クラッカーの中身にまみれたハルヒの姿だった。

「…キョン」

ハルヒはこちらを向き呆然としている。

「…ハルヒ」

どうでもいいが、クラッカーの中身が口に入ってるぞ。

「…おめでとう」

俺がそう言うとハルヒは、俯いてしまった。

「……ッ……バカ………何よこれ………」

ハルヒがポソッと呟いた。その表情は暗がりになってよく見えない。

「えっと、えと、涼宮さん、その、えっと、やっぱり、嫌…だったんですかぁ?」

朝比奈さんがあたふたしながらハルヒに話しかける。
…そうじゃない。そうじゃないよな、ハルヒ。



ガバッ!

ハルヒが急に朝比奈さんに抱きついた。

「………みくるちゃん、ありがと。
みんなも、ありがとねっ」

ハルヒはみんなの顔を見渡すと笑顔でそう言った。
その顔は、今日一番ハルヒらしい。
…目尻が光ってたような気がするのは、俺の気のせいだろうな、きっと。








そうして名も知らぬ神社、時刻は既に23時過ぎ、そんな中ハルヒの誕生日パーティが行われる事になった。
長門も大きなバックを持っていたのだが、その中から出るわ出るわ。
飲み物だの紙コップだのフォークだのスプーンだの。
部室に隠してあったのを持ってきたと言っていたが、その様子はまるで四次元ポケットだ。
…って、ホントに四次元ポケットじゃないだろうな。
長門ならあり得そうで恐い。

俺達は朝比奈さんのケーキに舌鼓を打ち、さんざん馬鹿騒ぎした。




折を見て長門にそっと話を振ってみる。

「どうだ、長門。これが誕生日ってヤツだ」

「…興味深い」

「また変わった感想だな…。一応聞いておくがどんな所が興味深いんだ?」

「みな、浮かれている。涼宮ハルヒに至っては暴れていると言っても過言では無い」

ま、ハルヒが暴れてんのはいつもの事だが。

「来年になったら、今度はお前の誕生日だな」

うなずく。

「楽しみか?」

「………少し」

長門が、微笑んだ気がした。




朝比奈さんはと言えば、正にハルヒに弄ばれていた。

「ひ、ひぇぇぇんっ! す、涼宮さんやめてくださ~い~っ!」

「ふっふっふっ。良いではないか良いではないか」

お前はどこの悪代官だ。

「…あれ? みくるちゃん、もしかしてまたおっきくなった?」

「ふぇ? そんな事ないと思いますけど…ってゆーか、モミモミしないでぇ~っ!」

「いーやっ、これはぜったいおっきくなったわ! このあたしが言うんだから間違いない!」

「お、どれどれー?」

鶴屋さんまで乗ってきた。

「あー、これは確かにおっきくなってんねぇー。よっ! みくる! このホルスタインっ!」

どんな褒め言葉だ。

「つ、鶴屋さんまでぇ~! お、オモチャにしないでくださぁい~っ!」

…刺激が強すぎるっす。
というか二人とも揉んだら分かるのか。
分かるぐらい揉んでいるのか。
…羨ましい。




「のぅ、キョン君や」

鶴屋さんがさんざんモミモミしまくった後で、話し掛けて来た。
…後ろの方で朝比奈さんが凌辱された後みたいな様相を呈していたが、それはそれとして。

「なんです?」

鶴屋さんがニヤっと笑ったかと思うと俺を見上げて来る。

「あたし達が来る前、ほんっとーにハルにゃんと何も無かったのかなー?」

「な、何言ってるんですかっ! 無いに決まってるじゃないですか!」

「ほんとかなー? あたしが扉開けた時、なーんかあっやしい雰囲気じゃなかった?」

「無いです。断ッじて無いです」

「ほんとにー? めがっさ怪しいにょろー。…ま、いっいけどねー。にっしっしっし」

そう言って鶴屋さんはずっとニヤニヤと俺を見てきた。
…やはり、あなどれない人だ。




気付けば古泉は外で涼んでいた。
俺も熱気に当てられ、外に出てみる。

「おや、あなたも涼みに来たんですか?」

「あぁ、少し熱くなっちまったからな」

さっきまで寒かったのが嘘のようだ。

「…古泉、そのアレは大丈夫だったのか?」

「…空間、の事ですか? えぇ、今頃は恐らく完全に収束しているでしょう」

古泉が月を見上げた。

「…あなたのおかげ、なんでしょうね」

「…俺は何もしていないぞ」

「またまた、ご謙遜を」

謙遜も何も本当に何もしちゃいないんだがな。

「あははっ! それそれーっ!」

ハルヒの馬鹿笑いに殿内を覗くと、ハルヒが朝比奈さんを脱がそうとしていた。
って、おいおい、そりゃやりすぎだ。

「涼宮さん、楽しそうですねぇ。あんなに楽しそうな彼女を見るのは久しぶりです」

古泉も俺と同じように殿内を覗き込んでいた。
最近のハルヒはネガティブ路線まっしぐらだったからな。

「…これからも、涼宮さんをよろしくお願いします。世界の平和のために」

世界平和とはまた大きく出たな。

「お前はハルヒの親父か」

「はははっ。………いえ、そうですね。どちらかと言えば彼女は母ですよ。我々の」

古泉が優しい視線でハルヒを見た。
…チカラってヤツの事か。

「これからも、母さんをよろしくお願いします」

「…お前みたいなデカい息子が突然出来たら、ハルヒもいい迷惑だろ」

俺がそう言うと古泉はもう一度笑った。



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