会長「ふわーあ、あ~」
喜緑「どうしたんですか、会長? 先程から生あくびを噛み殺したりして」
会長「実はこの所、少々寝不足ぎみでな」
喜緑「まあ、会長ったら。お若いから仕方ありませんけど、自分で自分を慰める行為は1日1回程度に控えておいた方が」
会長「違うわっ! そんな事にばかりかまけている訳ではない!
なぜだか寝付きが悪いのだ。疲れて眠いはずなのに、布団に入っても眠りに就けないまま、時間ばかりが過ぎていく。春眠暁を覚えずと言うが、俺の場合はどうも逆のようでな」
喜緑「筋金入りの偏屈なひねくれ者ですものね、会長は」
会長「ああ、俺は筋金入りの偏屈な…って、おい!
いや冗談じゃなく、本当に困っているんだ。どうせ眠れないのなら試験勉強でもしようとしても、ボーッとした頭では全然はかどらないし…」
喜緑「そういう事でしたら、わたしにお任せください」
会長「キミに? 何かいい方法でもあるのかね?」
喜緑「ええ。何を隠そう、先日ぴったりの対処法を習得したばかりです。さっそく始めましょう、どうぞそちらの椅子にお掛けになってください」
会長「むう。なんだかやけに自信たっぷりなのが逆に引っかかるが、ともかくここはキミに従おう。頼むぞ、喜緑くん」
会長「………で、その『ぴったりの対処法』というのがコレか?」
喜緑「あなたはだんだん眠くな~る。眠くな~る~」
会長「わざわざ五円玉に糸を結んで左右に揺らしてまで、ご苦労な事だが。喜緑くん。習得したばかりというのは、ひょっとして…」
喜緑「ええ、先日のTV番組で憶えた特殊技能です。眠りを催す術と書いてズバリ、催・眠・術っ! これで会長もグッスリですね」
会長(TVを見ただけで習得したとか、しかもそれをすぐ誰かに試したがるとか、小学生かキミは。
だがしかし、喜緑くんも善意でやってくれている訳だしなあ。相変わらず眠れそうにはないが、とりあえず掛かったつもりで目を閉じてみるか…)
喜緑「ほーら、次にみっつ数を数えたら、あなたはもう永眠しかねない勢いで眠ってしまいますよー。いちにーさん、ハイ!」
会長「………で、どうしてこうなってしまうんだ」
喜緑「くーくー」
会長「まあ俺が目を閉じたりしないで、五円玉の動きをしっかり追っていれば、きちんと術に掛かったのかもしれないが。だからといって、掛けようとした当人が術に落ちなくてもいいだろうに」
喜緑「くーくー」
会長「ともかく、そろそろ起きてくれないか、喜緑くん。俺の膝など枕にしても、寝心地は良くないだろう?
というか、俺も一応男だし。こうも無防備な姿で異性に密着されては、いろいろとまずい事が…」
喜緑「くーくー」
会長「ううっ、柔らかな髪の合間から白いうなじが…スカートの裾から生足が…。ちょ、ちょっとだけなら触れてみてもいいかな? 据え膳喰わぬは何とやらとか言うし。
いやいや待て待て、まがりなりにも喜緑くんは俺のために術を掛けようとしてくれた訳で、それなのに寝込みを襲うような真似をしては卑怯千万、男がすたる。うむ、ここは堪えに堪えて、ぐっと我慢を――」
喜緑「ううン…」
会長「うおあああ!? き、喜緑くんその手の位置はヤバいって! あーもう、めちゃくちゃ柔らかいし何とも言えずいい匂いがするし、俺の理性は決壊寸前だッ!
た、頼む喜緑くん、早く目を覚ましてくれ! でも正直言えばもうしばらくこうしていたいような気もするし、俺は一体どうすればいいんだ…ああああ………」
ちなみにこの日の晩、まるで敗残兵のごとく憔悴しきった顔で帰宅した会長は、泥のように眠る事が出来ましたとさ。めでたしめでたし。
喜緑「計算どおり!」
催眠療法士喜緑さん おわり