小学生の時、親爺に連れて行かれた野球場で、わたしは世界を見限った。

 自分が、自分だけが特別ではないこの世界を認めようとできなくなったし、あえていうなら拒絶をもしていたかも知れない。

 だけど、それも纏めて皆が自分の我侭であることに中学校への入学時に気付いて、そしてそれを認め、同時に特別な存在に対して諦めることにした。

 宇宙人。

 未来人。

 異世界人。

 超能力者。

 これらのどの存在もこの世界には存在しないし、わたし自身もまた、ありふれた日常風景での登場人物の一人でしかない。そのことを認め、確かな世界の人生へと足を進めはじめていた。

 

 ところで、人生には障壁がつき物だ。目標を持ち、それを成し遂げようと努力しているその延長線上に一つや二つは障害物がある。そしてそれを乗り越えていくのが人生の醍醐味なんだと、テレビに出ていた司会者がいっていた。

 わたしもそれには同意する。同意するけど、こんな障壁を一体わたしにどうしろっていうの。それを、先に教えておきなさい!

 

 

  【もしもシリーズ:第肆号作『ハルヒちぇんじ』】

 

 

「東中出身、名前などなんでもいいからキョンとでも呼んでくれ」

 

 入学式も早々に行われた自己紹介なんだけど、

 

「さて」

 

 

「ただの人間なぞに興味はない。この中に、宇宙人や未来人や異世界人や超能力者がいやがったら、即、俺の所まで来い。以上だ」

 

 

 異常だ、の間違いじゃない?

 えらい眠そうな顔をした男が、そこにいた。

 ……って、振り返ってたからもろに目があっちゃったんだけど……。

 

「……ふん」

 

 そいつは眠そうな目をまた少し細めただけで、他には特に反応も見せずにゆったりとした動きで席に着いた。

 岡部と言うらしい担任教師も含んだ全員が、呆然唖然とした表情で戸惑いと困惑を表現しているために、とてもじゃないけど発言しがたい空気になっていて、その雰囲気が肌に痛々しく感じる。一応もっとも大人な岡部担任が最も早く帰還してきて、やっとの思いで次へと進める。

 そいつが言ったことなんて、誰もが冗談だと思っただろうと思う。わたしも、このときはそう思っていた。

 結果から言うと、それは冗談でもジョークでもなかった。キョンはいつでも大マジなのよね、ムダに。

 こうして、わたしたちは出会ってしまった。こうなっちゃえばしみじみと思うわ。偶然だと信じたいわよ、って。

 

 

 

 

 本名はまずおいておいて、とりあえずそのキョンと言うそいつは、黙ってじっとしていれば平凡なオーラに呑みこまれた和風な隠れイケメンにしか見えない。それに、高校生活最初のさの字の一画目とも言えるあの自己紹介の場で、あれだけ常軌を逸脱した発言ができると言う度胸とその意思。正直、興味があった。

 だから、たまたま席が真ん前だったという地の利も生かして、近付いておくのもいいかなと、一瞬血迷ったわたしを、あんた、責められる?

 

「ねえ、初っ端の自己紹介のあれ、どこまで本気だったの?」

 

「ん?」

 

 出来るだけ愛想良く見せようと浮かべているわたしの笑みを、無関心そうに気だるげなそいつの目が射抜く。

 

「まず訊こう。初っ端のあれ、とは何だ?」

 

「初っ端は初っ端よ。宇宙人がどうとかってヤツ?」

 

「重ねて訊こう。お前は宇宙人なのか?」

 

「そりゃ違うけど……」

 

「けど、何だ?」

 

 ……話が通じない。そいつの退屈そうな表情は1ピコメートルも動いてない。

 

「……いいえ、何でもないわ」

 

「なら話かけてくるんじゃない。時間の無駄とは言わんが、労力の無駄だ」

 

 どう考えても会話が成立してないわね。ホント、ありがと。とりあえず殴らせて欲しいものだけど。

 

 

 

 

 

「もし彼に気があるんなら、あまりこういう事とやかく言うものじゃないとは思うけど、やめておいた方がいいとおもうのね」

 

「え? …………あっ! ゴメンね、わたし、そういうの知らなくて。大丈夫、そんな気じゃないから」

 

「え? ええ? ……ちっ、違うのね! そういうことじゃないのね!!」

 

 顔を真っ赤にしてわたわたと否定する阪中が可愛い。

 

「……もう……からかわないで欲しいのね……」

 

「悪かったわよ。ほら、つづけて?」

 

「うん……。中学校の3年間、彼と同じクラスだったからよく知ってるんだけど、彼の、なんていうのかな……」

 

「変人さ?」

 

「ストレートすぎるのね。うーん、でもまぁ……そうかなぁ……。うん、でも他の人とは全然違うのね。常軌を逸脱してる、っていうのかな」

 

「あの自己紹介?」

 

 中学からの友人の朝倉涼子が不思議そうな口調で言う。そこは断定口調で良いと思うけど。

 

「うん、まあそれも含めて。中学時代でも、よくわからない事をしていたのね。芸術家のセンスなのかなあ、うん」

 

 百歩譲ってそうだとしたら、最も多作でとんでもなく長いフルネームを持つ、抽象画で有名な画家もビックリのセンスね。

 

「有名なのが、校庭落書き事件なのね」

 

「……何それ」

 

「石灰で白線引く道具があるでしょ? あれなんて言うのかなぁ……。まぁそれはいいのね。それで校庭にとってもおっきい絵を書いてた事があったのね。しかも、夜中の学校に忍び込んで」

 

「……で、その犯人があいつだったってわけ?」

 

「本人がそう言ってたから、間違いないのね。たぶんこの現代社会に対して、教育格差についての警鐘だったのね」

 

 それは違うと思う。

 

「朝学校に来たら、机が全部廊下に出されてたこともあったのね。大掃除は別の日だったんだけど、掃除しようって思ったのかな」

 

 それも違うと思う。

 ふと見上げると、屋上であいつがぼうっと空を見上げているのが見えた。思わず、注視する。何やってんのかしら。

 

「校舎の屋上に星マークが書かれてたりもしたなぁ。“努力を続ければ希望の星がある”と言う事の表現じゃないかしら」

 

 だからそれも違うって。そうつっこむのも諦めて、意識をあいつに合わせる。その間も阪中が喋ってるけど、この際無視しよう。ごめんね。

 屋上にいるあいつが、ふと何かを取り出した。生まれてから一回も下がった事のない視力を最大活用する。テニスボールかしら?

 おもむろに構えると、投げた。投げたわね。給水塔に当たって、侵入防止壁の内側に落ちた。

 

「ちょっとわかりにくいけど、どれもこれも深い意味を持った芸術活動なのね! 彼はただ変なだけじゃないの!」

 

「ねえ、あえて突っ込まなかったけど、どれもこれも流石に過大評価じゃないかしら? そりゃ人を悪く言うのはよくないけど、そこまで曲解しちゃっていいのかな」

 

 朝倉が少し首を傾げながら、ちょっと引きつった笑いを浮かべている。まあそりゃそうだけど、わたしもここまで気付かないほど疎いわけじゃないの。観念しなさい、阪中さん?

 

「正直、あいつのこと、好きなんじゃない?」

 

 意地悪く、微笑みながら。わたしだって普通の女の子、こういう話題は大好物なのよ。朝倉もわたしと同じような笑いを浮かべている。擬音を付けるなら、『ニヤリ』。スカートの中には黒くてとがった尻尾があるに違いないわ。

 問い詰められた阪中が、露骨なまでに顔を紅潮させる。答えを聞くまでもないわね。

 

「うぅ……。この際だから言うけど、彼、とってももてるのね。結構恰好良いし、無関心そうに見えてふとしたときは助けてくれるし。ああ見えてスポーツ万能だし成績もとても良いのね。怖そうに見えるけど、とっても優し……なんなのね、その顔は」

 

「いぃ~~えぇ~~~? なぁんでも。ねぇ、涼宮さん?」

 

「ええそうね、朝倉! ほら阪中、続けて?」

 

 ナイスアシスト、朝倉。

 

「いぢわるなのね、2人とも……。つまり、彼ってとてももてるの。でも、それと同じくらいのフラグクラッシャーでもあるのね」

 

「……え、えっと? ふ、ふらぐ、」

 

「くらっしゃあ? 何それ?」

 

 ふらぐくらっしゃあ

 フラグクラッシャー

 Flag Crasher

 ここまできて意味が繋がった。つまり、旗を折る者? え? 本当に旗なのかしら。フラグメントの方? まあこの際どうでもいいわ。

 

「例えば?」

 

「彼は、告白されても告白とは思わないのね。『好きです』っていっても『何が好きなんだ?』だし、『あなたが』って言っても『俺? わかった、気をつけるとしよう』だし。『付き合ってください』で『どこになんだ? そこに宇宙人でもいるのか』なのね。最初はともかく、好きが“隙”になるなんて相当なのね! どこっていうのも何十年前の……なんなのね、その目は」

 

「え? あ、うーん、お疲れ様って言うか……」

 

「ご愁傷様って言うか……」

 

 やはり息の合う、わたしと朝倉。

 

「そのとおりなのね! 家まで連れ込んだのに、ハプニングに見せかけて押し倒してみたのに、なんら無反応って、優しすぎて逆にダメージなのね……」

 

 あ、やっぱりあんたも告白したのね。よ~くわかったわ。ってか、あんたもかなり大胆ね。ほら、あたしもいっそ宇宙人だったら良かったのに、なんていわないの!

 

「もうっ! ……だから、涼宮さんがそう言う気になる前に言っておくけど、やめておいたほうが良いのね。頑張っても、結構惨めなのね。正面から失恋できた方がまだましなのね……」

 

 やめとくもなにも、そんな気はないわよ。どうでもいいけど、よくあいつはいままで刺されなかったわね。朝倉みたいなタイプに好かれないことを、心の片隅のどこかで祈っといて上げる。

 

「あら、何か言った?」

 

「別に、何にも」

 

 アンタみたいなのが一番危ないのよ、なんて、中学時代からの親友に言えるはずもないわね。

 

 

 

 

 

 体育の休憩の間に、クラスメートの一人が、狙うなら国木田(クラスの男子委員長。ショタっぽいわ)がいいだのとかいうのを右耳から左耳へどうぞどうぞしながら、同じく体育の男子の方を眺める。この時期だから、男子も体力測定みたいね。噂にたがわず、あいつが速い。高校生で5秒台とは、凄いわね。

 でも、この時期はキョンと言うこの男子生徒も大人しい段階で、わたしにとっても心休まる時期だったことが後からわかってきた。だけど、、キョンの奇矯な振る舞いは、この頃から既に片鱗を見せていたと言うことなのよね。

 

 まず、片鱗その1

 超常的な何か以外には無関心そうなあいつなんだけど、

『重そうだな、それ。貸せ、持ってくぐらいしてやるよ』

『おっと、大丈夫か。……貧血か。動くなよ、背負って保険室まで連れて行く』

『いや、まあ、お前も結構美人なんじゃないか?』

 こんな具合に、ほいほいと、阪中的に言うなら、フラグを立てている。話かけると無愛想な応対しかしないくせに、何か助ける時には積極的になるというのはどういうメカニズムなのかしら。宇宙人対策?

 

 片鱗その2

 その1で言ったようなフラグを、

『ふう、これでいいな。じゃあな。礼? 宇宙からの手紙でも持ってるのか。ない? なら要らん』

『保険医を呼んでくる。動くなよ。ああ、呼んだらそのまま帰るからな』

『顔が赤いな、風邪か? ならさっさと帰った方が良い。じゃあな』

 という具合に、ことごとく折っていく。デストロイという表現が正しいような気すらするわね。しかも、これはほんの一例だし、まだ軽いものだし、全部を把握してるわけじゃないわ。ちなみに、2番目は阪中に向けたもので、あとで慰めるの大変だったんだから。

 

 片鱗その3

 呆れることに、キョンはこの学校に存在するすべての部活動に仮入部していたらしい。運動部からは例外なく熱心に勧誘されて、そのすべてを断って毎日気まぐれに参加する部活動を変えて、結局どの部にも入部する事はなかった。何がしたかったのかしらね、こいつ。

 

 

 そういう感じにゴールデンウィークも過ぎ、その休みの魔力からか、多分魔がさしちゃったのね。それ以外に思い当たる節はないわ。

 

「宇宙人対策は、なにかやってんの?」

 

 このキョンと言うやつに、話かけていた。

 

「……なんで、そう思うんだ?」

 

「ん~、別に。ただ、気になっただけ」

 

「そうかい。例を挙げるなら、ふと目に付いたおっさんを尾行している。そいつが宇宙人に関わる裏の組織の一員である可能性を捨てきれんからな」

 

 立派なストーキングじゃない? MIBは映画の話だし、ボブ・ディランはちゃんとした地球人よ。

 

「だが、北島三郎は宇宙人に違いない」

 

「違うわよ」

 

「お前の意見は聞いていないぞ」

 

 そこで会話が止まる。空気の問題じゃない、キョンがあたしをじっと見つめ、いいえ、観察し始めたからよ。なに、睨めっこ? これ。

 

「………」

 

「……むぅ」

 

「……………」

 

「………む~」

 

「…………………」

 

「…………む~う」

 

 正直、居心地が悪い。何か言おうかと口を開きかけたところで、キョンが先に言った。

 

「俺、お前とどこかで会ったことがあるか? 随分前だ」

 

「ないわ」本当になかった。

 

「そうか」

 

 きっかけ、なんていうのは大抵がどうでもいいものなんだろうけど、まさしくこれがきっかけになったんでしょうね。

 でも、キョンが、ボブ・ディランが宇宙人でない事を素直に認め、北島三郎を宇宙人だと思っていた、なんてことは驚きだった。ポール・マッカートニーをどう思ってるのかも少し訊きたいわね。

 

 

 

 

 あれ以来、ホームルーム前のわずかな時間にキョンと話すのは、日課になりつつあった。

 

「ところでさ、あんた、告ってくる女全員をフラグクラッシュしたって噂、本当?」

 

「なんだ、それは?」

 

 まあ自覚もあるはずがないわね。

 

「ちなみにさ、あんた、付き合うのにはどんな子が良いのよ。やっぱり宇宙人?」

 

 そうだな、と言って一拍おいてから、

 

「または、超能力者以外のそれに準ずる者だな。とにかく、普通ではなければ構わん。だが、超能力者は何故か遠慮したいな。脳内で何者かがそう叫んでる。宇宙人からの通達だろう」

 

「……どうでもいいけど、なんでそんなに、人間以外の存在に拘るのよ?」

 

「決まっているだろう」

 

 キョンは腕を組み、ちょっとふんぞり返って堂々と答えた。

 

「そっちの方が、面白いからだ」

 

 

 

 

 

 退屈な古典の授業が終わり、あいつが教室から出て行った事を頭の片隅で認識しながら伸びをしていると、阪中から声がかかった。「ねえ涼宮さん」

 

「なに?」

 

「あなた、どういう魔法を使ったのね?」

 

「……何の話? あんたまでそっちにいっちゃうと、わたしも心細いんだけど」

 

「ううん、いっちゃえば少しは対等に話せる気がするけど、そうじゃないのね。私、中学1年から彼と一緒だけど、あんなに普通に会話できてるの、はじめて見たのね。大体、どこかでキョン君がフラグクラッシュするのに……」

 

 まあまずフラグとやらが立ってないからだとは思うし、普通じゃないとも思いながら。「空前絶後、なのね」

 

「昔から涼宮さんは変な女の子が好きだものね」

 

「えっ!?」

 

 ……ちょっと、朝倉。誤解を招くような発言はしないで。

 

「あ、でも僕も訊きたいなぁ」

 

 背後から話しかけてきたのは、何故かクラス委員長をやっているクラス屈指のショタッ子(らしい)、国木田だった。人の良さそうな笑みを浮かべているわね。まあ、ショタっぽいかも。どうでもいいけど、あたしはノーマルだから無駄にそういう掘り下げはしてくるんじゃないわよ?

 

「僕がいくら話しかけても良い具合にあしらってくるキョンが、どうしたら話してくれるのかな、って。コツでも、あるの?」

 

 なんだ、そっちか。

 

「わからないわ」

 

「ふ~ん…。でも安心したよ、キョンも、いつまでもクラスから孤立してたら困るしね。一人でも友達ができたのは良いことだね」

 

「な、なんでわたしが友達なのよ! ただ、気まぐれに話しかけてるだけよ」

 

「ははは。まあその調子で、キョンをクラスに溶け込めるようにしてあげてよ。折角一緒のクラスになったんだから、みんな仲良くやって行きたいじゃない。よろしく」

 

 なんて言われてもね。

 

「これから何か伝えることがあったら、きみから伝えてもらう事にするよ」

 

「って、ちょっと待ちなさいよ! わたしはあいつのスポークスマンでもなんでもないわよ!!」

 

「まあまあ、よろしくね?」

 

 マシュマロみたいにどこまでも柔らかい口調で言ってくる国木田の、そのやはり人の良さそうな笑顔がどこまでも憎らしかった。忌々しいわねぇ、もう。

 

 

 

 席替え、ね。

 ゴーフルの冠に入れられたくじを引いたわたしは、窓際後方2番目と言う眺めのいいポジションを引く事ができたにも関わらず、結局キョンの真ん前と言う事と相成った。偶然と信じたいわね。

 

 

「全部のクラブに入ってみた、っていうのは本当なの? どこか面白そうな部があったら教えなさいよ」

 

「ないな、まったく。一切」

 

 即答ね。

 

「やれやれ、全然見当たらん」

 

 どうやらこいつの口癖は、『やれやれ』らしい。超常的な何かを望む割には、いやに現実に向けられたかのような口癖ね。

 

「高校に入ればちっとは違うかと希望的観測を持ってみたが、これじゃ、義務教育時代と何ら変わらんな。入る学校を間違えたかね」

 

 何を基準に学校選びをしてんのよ。

 

「ミステリ研究会と言うのがあったんだがな」

 

「どうだったの?」

 

「訊いて呆れて見て失望する。一回も事件らしい事件に出くわしてないとはどういう了見だ。ミステリの名が泣く、というよりミステリに失礼だ。そんな奴らがミステリオタクを主張してんだからな、阿呆か。名探偵のような人間もいねぇし」

 

 それは当然よ。そうもほいほい事件があってもたまらないわ。世の中物騒とはいえ、自分の身の周りくらいは平和でいて欲しいものよ。

 

「超常現象研究会にもちょっと期待はしていたんだが、ただのオカルトマニアの集まりでしかないと来た。そんなの辞めちまえ。ブラックライトに照らされた部屋で丸まっていればいい」

 

「酷い言い様ね」

 

「あー、くそっ」

 

 悪態をつきながら、頭をかく。「つまらんな」

 

「これだけあれば、少しは変なクラブがあっても良さそうなものだがな」

 

「ないものは仕方ないでしょ? 結局、人間は甘い空想を棄てて、そこにあるもので満足しなきゃなんないのよ。それができない人間が、発見とか発明とかをして、文明を発達させてきたのよ。空を飛びたいと思ったから鳥のメカニズムから飛行機を作ったし、楽に移動したかったから自動車や列車を生み出したの。でもそれは、一部の才覚や発想によってはじめて作られたもので、つまり天才がそれを可能にしたわけね。普通の人間は人生を凡庸に過ごすのが最善手で、」

 

「うるさいな」

 

「……」

 

 何よ、人がとくと教えてあげてるって言うのに。でも、不機嫌そうにわたしを眺めるそいつの顔に、何故かわたしは、言葉を止めざるを得なかった。

 そしてもしかしたら、この会話がネタフリだったのかもしれない。

 

 

 

 

 それは突然やってきたわ。

 退屈な授業に、わたしが舟をこいでいたその瞬間――

 

「いたっ」

 

 後頭部に消しゴム、それもシャーペンの芯を内蔵した攻撃フォルムを取ったそれがそれなりの速さで当たり、突き刺さった。

 なにすんのよ!!

 そういう意味を込めて後ろをにらんだ。でも、その先にいたのは、

 

「気がついたぞ」

 

「なにに」

 

 両手を机の上に組み、顔を隠すような体勢をとっているそいつだった。しかも都合の悪いことに、いわゆるニヤリ笑いに口元を歪めているのが確かにわかる。

 

「どうして俺はこんな簡単なことに気がつかなかったんだろうな」

 

「何がよ」

 

「ないんだったら、創れば良い。お前も言っていたじゃないか」

 

「だから何をよ」

 

「部活だよ部活」

 

 こいつは授業中にそんな事を考えてたって言うの? 良いご身分ねぇ、このっ。

 そんなことを考えながら、段々とヒートアップしてきたそいつの顔面に向かって掌を向けて、静止を促す。訝しげな表情が、そいつの表情に浮かんだ。

 

「……わかったわ、まあいまは落ち着きなさい?」

 

「なんだその反応は。もう少しお前も喜んだらどうなんだ、この発見を」

 

「だって、あんたいまはね、」

 

 固まったクラスメートと、困惑の新任教師を示しながら、

 

「授業中よ」

 

 部室が要るな、だなんて聞こえてないわよね。

 

 

 

 

 

「協力しろ」

 

 シチュエーションがもうちょっとハードだったら強女女女されてる気分になるとこね。軽く捕まるんじゃない?

 

「何を協力すんのよ?」

 

「俺の新クラブ作りにだ」

 

「はあ? 何でわたしがあんたの思いつきに協力しなきゃなんないのよ。それをまず教えなさいよ!」

 

「俺は部員と部室を用意する。お前は学校に提出せねばならん書類を調達して来い」

 

 聞いちゃいないわねこのヤロ。

 

「何のクラブを作るつもりなのよ」

 

「どうでもいいだろう、そんなこと。とりあえずまず創るんだ。いいか、放課後までにちゃんと調べてくるんだ。俺もそれまでに部室を用意しておく。いいな」

 

 それだけを断定口調で言い切ると、柵を越えて約一階分の高さを飛び降りて、どこかへと消えた。

 ……一体なんだってのよ、もう!!

 

 

 

 

 

 この際だからもう一回言うわ。

 一体なんだってのよ、もう!!

 運動神経がいいとは知ってたけど、放課後に、わたしを小脇に抱えて、あの速度で、教室から別後者のほうまで走れるとは思わなかったわ……。

 そんな情けない状況のあたしを放ったまま、乱暴にドアを叩き開ける。

 

「これからこの部屋が、我々の部室だ」

 

「ちょっと待ちなさい。どこなのよここは」

 

 連れてこられたのは、なんとも簡素な部屋。殺風景という三文字がよく似合うわね。

 

「文化部の部室棟だ。美術部や吹奏楽なら、美術室や音楽室があるだろう? そういう特別教室を持たないクラブや同好会の部室が集まっているのが、この部室棟でね。通称旧館。この部屋は文芸部だ」

 

「……じゃあ文芸部なんでしょ?」

 

「だが今年の春に三年生が卒業して部員はゼロ。新たに誰かが入部しないと休部が決定していた、唯一の部なんだ。んで、こいつが1年生の新入部員」

 

 さっきから気になっていた、小柄でシャギーのかかった銀髪、ちょっと無骨なメガネをかけたいかにも文学少女、って感じの女の子の頭に、キョンが手を載せる。

 

「じゃあ、休部になってないじゃない」

 

「似た様なもんだろ、一人しかいないんだから」

 

「あの子はどうすんのよ」

 

「別に良いって言ってたぞ」

 

「本当なの、それ?」

 

「昼休みに会って、部室を貸してほしいって言ったら、どうぞって。本が読めればそれでいいんだそうだ。変わっていると言えば変わっているな」

 

 アンタが言うなアンタが。

 口には出さずにそう突っ込みながら、その子へ視線を移す。うん、可愛い子よね。その子はゆっくりこっちを向いて、メガネを軽く押し上げてから、

 

「長門有希」

 

「な、長門さん?っていうのね。いーい? こいつはこの部室を、なにがなんだかよくわかんない部の部室にしようとしてんのよ? それでもいいの?」

 

「……いい」

 

「う、うーん。でも、ほらっ、多分ものすごく迷惑をかけると思うわよ?」

 

「……別に」

 

「その内、追い出されるかも知んないわよ」

 

「……どうぞ」

 

 無意識的に、肩を落とした自分がわかるわね。

 

「んなことはせん。まぁ、そういうことだからな。これから放課後、この部屋に集合だ。絶対来い。来なかったら、命令離反で軍法会議もすっ飛ばして速攻死刑だからな」

 

  ……はあ、わかったわよ。死刑は嫌だもの。

 

 

 

 

 で、次の日。

 

「先に言ってろ」

 

 それだけいうと、キョンは素晴らしいスピードで廊下へ翔け抜けて行った。速いわねぇ、ムダに。

 そういうことで、先に例の文芸部室に来たわけなんだけど、

 

「ねえ、何読んでんの?」

 

「…………」

 

 長門さんは直接答えず、ゆっくりと本の表紙を見せる。結構有名な、最近のSF小説家の本ね。

 

「面白い?」

 

「………ユニーク」

 

「どういうとこが?」

 

「……全部」

 

「本が、好きなのねぇ…」

 

「………わりと」

 

「あぁ、そぉ……」

 

 帰って、いいかしら?

 そう、ちょっと諦めかけたところで、ちょっと乱暴にドアが開いた。……蝶つがい、大丈夫?

 

「よう、すまんすまん。捕まえるのに手間取ってな」

 

「ふぇえぇ!!?

 

 こいつが小脇に抱えて連れて、いや、持ってきたのはまたしても女の子だった。しかもすんごい美少女ね。

 

「何なんですかぁ。ここ、どこですかぁ……。なんであたし、連れてこられたんですかぁ?」

 

 何鍵閉めてんのよキョン。

 

「な、なんでか、かぎを閉めるんですかぁ!? 一体なに……」

 

「黙ってください」

 

「ひぅ!

 

「……さて、紹介しよう。朝比奈みくるさんだ」

 

「あぅ」

 

 繰り色の柔らかそうな髪をウェーブさせて、肩甲骨のあたりにまで伸ばしているそのロリッぽい女の子――朝比奈みくるちゃんと言うらしいけど――の頭にまた手をぽんとやりながら、そう言う。

 …

 …

 …紹介、終わりなの?

 

「どこから拉致って来たのよ」

 

「そんなことはせん。任意同行だ」

 

「似たようなもんじゃない」

 

2年の教室でぼんやりしてるところを捕まえたんだ。他の男子が邪魔だったが、まあ、大きな怪我はしてないだろ。俺はな、休み時間なんかは校舎内を隅々まで歩き回ることにしてるんだが、それで何回か見掛けていて、覚えていたんだ」

 

 下手すりゃストーカーじゃない。しかもこう拉致ってきてると、拳銃吊るした地方公務員にとやかく言われても文句言えないわよ。

 休み時間に教室にいないと思ってたら、そんなことをしてたってわけね。……ってちょっと待ちなさい。

 

「なら、この子は上級生なんじゃないの?」

 

「だからこうして敬語を使ってるんだ。気付かなかったか?」

 

「気付いてたけど、行動がそれに比例してないのよ。もういいわ、ええっと、朝比奈さんだっけ、なんでまたこの人なのよ」

 

「まあ見てみろ」

 

 キョンが朝比奈さん(一応先輩だし)の両肩を持って、わたしに押し出した。「ひうっ」と震えて、身を縮ませる可愛らしい先輩。

 

「見るだけで癒されるだろう」

 

 危ない誘拐犯のような事を言い出したわ。っていうか、危ない誘拐犯じゃないかしら、現時点で。

 

「俺はな、『癒し』って結構重要な事なんじゃないかと思っている」

 

 ……うん、まあ、そりゃあ大切でしょうね。世知辛い世の中だもの、擦り切れた心身には癒しが必要だとは、わたしも思うわよ。

 

「畢竟するに、いわゆる一つの萌え要素と言うべきか。基本的にだな、何かおかしな事件が起こるような物語なんかには、こう言う萌えでロリっぽいキャラが一人はいるものなんだそうだ。漫研に仮入部した時に、なんといったか、成瀬か。確かそうだったともうが、そう言ってた」

 

 成瀬ね。明日じっくり問い詰めなきゃ。何妙な事を言ってくれちゃってんのよ。

 

「それだけじゃないぞ。それだけじゃないが、流石に俺の口からは言えん」

 

 妙なところでデリカシーが聞くのね。まあ、こいつが何を言いたいのか、それはわかるわよ。胸部の二基のN2爆雷でしょうね。うしろから長門さんの視線を感じるわ。まあ、いいとしましょう。

 

「じゃあ、すると何よ。あんたはこの朝比奈さんが可愛くて小柄で巨乳だったからだなんて理由で、ここにつれてきたの?」

 

「巨乳とは言ってないが、まさしくその通りだ」

 

 真性の阿呆ねこいつ。

 

「こういうマスコット的キャラも必要かと思ってな。朝比奈さん? あなたはいまほかにクラブ活動をしてらっしゃいますか?」

 

「あの、書道部に……」

 

「じゃあ、そこは止めてください、即刻。我が部の活動の邪魔になりかねないんでね」

 

 爽やかな笑顔と敬語で、どんだけ横暴なのよこいつは。

 そんな態度にも不満顔や不愉快な顔を一切出さずに、きょろきょろと辺りを見回している。本気で考えてるわねこの子……いや、先輩? まぁもういいわ、この子で通す。先輩だなんて、とてもじゃないけど呼べないもの。

 

「……わかりました」

 

 何がわかったのよ。

 

「書道部は辞めて、こっちに入部します。でも、文芸部って何をするところなのか、よく知らなくて……」

 

「ああ、我が部は文芸部じゃありませんよ」

 

「え?」

 

「この部室は、一時的に借りてるだけなのよ。あなたが入らされようとしているのは、そこのキョンって言うのがこれからつくる活動内容不明で名称不明の同好会なの。ちなみにあっちで座って本を読んでいるのが、本当の文芸部員よ」

 

「……はあ…」

 

 困惑以外の何物も含んでいない声で、みくるちゃんが言う。もう呼称はこれに決定するわ、一番しっくりするもの。

 

「問題ない、名前ならたったいま考えた」

 

「……言ってみなさい」

 

 みんなー、お知らせよ。新しく発足するクラブの名前がここに決定したわ。

 

「ずばり、SOS団だ」

 

 Sekaiwo(世界を)

 Ooinimoriagerutameni(大いに盛り上げる為に)

 Sorenarinigannbaru(それなりに頑張るキョンの)

 団

 

 略してSOS団だそうよ。……何がどう“ずばり”なのかいってみなさい。あと、名前が大きいのか小さいのかハッキリしないのをどうにかしなさい!

 もう、ほかにもイロイロ言いたいけど、どうにもなりそうにないから言わないわ。

 

 ……好きにしなさいよ、もう。

 

 

 

 

 

 

次への意気込み

 

とりあえず、長門とちぇんじとハルヒとちぇんじについては続編を検討しています。

ていうか、この二つが書きたかっただけで。あとの二つはノリと勢いで。

では。

 

 

 

「いま、明らかに何かいたな」

 

「わたしは今、それを問題とはしない。それより、私の発現が異様に少ないことについて、遺憾を覚える。これは、有機生命体で言うところの“怒り”に該当すると思われる」

 

「まあ仕方ないさ、導入部分だし。続編書くとか言ってやがるんだし、なるようになるだろ。とりあえずこれでスタートライン、こっからだろ。よし、じゃあ帰るか」

 

「……コクッ」

 

 

 

(一部文章の改変及び改正 1/11 0:00)


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