街のネオンに花の様な鮮やかな色が混じり、道行く人の心を躍らせてくれる今は12
月の終わり。
 師走を迎えて慌しさを増していた街も、今は優しい顔をしている。
 一年、365日で一番好きな日はいつですか?
 そんな質問をしてみたら、きっと多くの人が今日か明日を指定するだろうね。
 ――そろそろわかったかな? そう、今日は12月24日。クリスマスイブだ。

 


 願いを言える日

 


 九曜さん、それは人形だからお返事はしてくれないよ?
 店先に置かれていたバルーンのサンタクロースの目を、彼女は真剣な眼差しで見つめ
返している。
 これは困ったな。頼まれた買い物はまだ終わっていないし、彼女をここに1人置いて
いく事はできないし……。
 何か彼女の気を引く物は無かったかな。
 そう思ってハンドバックの中を探してみると――あ、カラオケの割引券。期限は……
今日までか。でも今日は予定があるし、残念だけどちょっと行けそうにないな。後は、
更新が来月末に近づいてる定期と……これは。
 カードとカードの隙間、隠すような位置に差し込まれているそれは――かつて自分が
通っていた、塾の会員カードだった。
 久しぶりに取り出してみたカードには、500円で取った照明写真がラミネートされ
ている。写真の中の僕は、今より少し髪が短くて……今よりも素直に笑っていた。
 ……その笑顔の先にあったのは……。
 ――なあ、いったい何回撮りなおすんだ? 
 ごめんごめん、どうしても顔が笑ってしまうんだよ。
「――どう――したの――?」
 え? ……ああ、何でもないんだ。
 そう、それはもう終わった事。期限が過ぎてしまったカラオケのチケットと同じで、
持っていても何の意味ももたない。
 それでも――僕はまた、そのカードを財布の奥へとそっとしまい込むのだった。

 


 シャンメリーとシャンパンって何が違うんだろう?
 店先に並んだ、カラフルな包装に包まれたビンのピラミッドを前に数分悩んだ僕は、
とりあえず自分が気に入った赤い色のビンを2本取った。
 さ、これで買い物は終わりだ。みんなの所に戻ろうか?
 頷く九曜さんの手を取り、僕は人波が溢れる街を歩いていった。
 帰り道の途中、何かイベントでも始まったらしく人だかりが道を塞いでしまっていた。
「――通れ――ない――の――?」
 そうだね。
 僕1人だけならなんとか行けなくもないけど、彼女を連れて通るにはちょっと危ない
気がする。
 少し、遠回りして行こうか。
 この辺りの地理に少し自信があった僕は、記憶のままに歩いていった。
 ――そして数分後、自分が辿り着いた場所を見て――僕には、それを切ないと感じる
権利はあるのだろうか。
 灰色のマンションや企業のビルが立ち並ぶ中、ひっそりとそこにあったはずの公園は、
姿を消してしまっていた。
 錆びて乗るたびに軋んだ音がしていたブランコも――お前、本当にブランコ好きだな。
 小さすぎて急な角度だった滑り台も――この幅だと、引っかかって滑れないだろ?
 いつも、君を待って座っていた……ベンチも。
 全てはもう、ここには無い。あるのは整地された敷地と、その中央に置かれたロード
ローラーだけ。
「――――どう――し――たの?」
 え? 
 九曜さんは不思議そうな顔で僕と繋いだままの手を差し出す、そこには街灯の光で照
らされた小さな水滴がいくつもあった。
 これって……僕の……?

 


 僕は忘れようとしていた。
 彼の事も、あの頃の僕の事も。
 だから、彼と離れてからこの公園には一度も来なかったんだ。
 それなのに……どうして?
 ――……嘘。
 うん……それは嘘なんだ。
 彼に否定されるのが怖くて、それでも諦め切れなくて。僕は強い自分を守ろうと、強
がって平気な振りをしているだけ。
 だってそうだろう? そうでなければ、何故財布の中にずっとあの頃の思い出を大切
に持っているのかわからないじゃないか……。

 


 その場にしゃがんで泣いていた僕の肩を、九曜さんは優しく撫でてくれる。
 小さな手から伝わる温もりは、優しく僕を包み――僕は彼女を守っているつもりだっ
たけれど、本当は守られているのかもしれないね。
 ありがとう……うん、もう大丈夫。
 きっと真っ赤になってしまっている目で僕は微笑み、それを見た九曜さんはそっと公
園へと視線を戻した。
「――ここ――は。――――大切な場所――?――」
 ……うん。大切な場所だったんだ。
 瞼の中で笑う君を振り払うように僕は目を開き、何もなくなってしまったその場所を
しっかりと見つめた。
 きっと、サンタさんはこう言ってるんだろうね。僕に前を向いて歩きなさいって。
 ……自分の言葉がまだ胸に痛いけど……きっと、いつかこの痛みも消える。
 その頃には……きっと。
「――――――」
 自分の気持ちを整理しようとしていた僕の隣では、九曜さんが整地されたその敷地を
じっと見つめていた。

 


 その日の夜の事だった。
 みんなで楽しんだパーティーも終わり、1人家路を歩いていた時、僕のポケットの中
で携帯電話が振動をはじめていた。
 背面の液晶には、メールの受信が表示されている。
 こんな時間に誰だろう?
 そう思いながらもメールを確認してみると……驚いたな。
 差出人は、何と九曜さんからだった。こんな言い方は失礼かもしれないが、彼女が携
帯を片手にメールを送信する姿は、僕には想像できないのも事実だったりする。
 タ、タイトルは……なし。
 本文は『公園』――これだけ。
 いったい、これはどんな意味なんだろう?
 メールが来たという事は彼女はまだ起きているはずだけど、日付が変わりそうなこん
な時間に電話するのはなんだか気が引けるし……。
 ――それと、本文にある『公園』という二文字は、僕の心を不思議なくらいに揺さぶ
っていた。
 立ち止まっていた足が自然に歩き出す。
 それは家路へと向けられた物ではなくて……どうしてだろう? 何を僕は期待してい
るんだ?
 軒先に飾られた電飾の明かりが光る住宅街を抜けて、僕はあの場所へ向かって駆け出
していた。
 自分を今、走らせているのはいったいなんなのだろう。
 運動不足を否めない僕の体は急な運動に悲鳴を上げていて、デザインを重視して選ん
だブーツの中では踵が痛みを訴えても……それでも、気持ちはもっと早くと訴えている。
 あの頃と同じ住宅の路地の近道を抜け、ようやく公園に辿り着いた僕が見たのは……。
 巨大なツリーに巻かれた煌びやかな電飾が、夢の世界の様に光り輝いて煌々と辺りを
照らしている……。
 整地され、何もなくなってしまったはずの公園にあったのは――見上げるような大き
さのクリスマスツリーだった。
 突如街中に現れたそのツリーの周りには、たくさんのカップルが楽しそうに集まって
いる。
 ……九曜さんは、僕にこれを見せようとしてくれたのか。
 自然と携帯電話を取り出した僕は、電話帳から九曜さんを選んで……通話を押さずに、
違う相手を選びなおして通話ボタンを押していた。
 ――プルルルルル
 繋がらないかもしれない。
 ――プルルルルル
 無視されるかもしれない。
 ――プルルルルル
 もう、携帯電話の番号が変わっているかもしれない……それでも、願わせて欲しい。
 ――プルルルルル
 今日はクリスマスなんだから――プ 「……もしもし」
 え? 今――
「久しぶりじゃないか、元気だったか? ……おい、聞いてるのか?」
 あ、ああ。すまない。こんな時間に電話して。
「いや、今用事で外に出てるから別にいいぞ」
 久しぶりに聞いた彼の声は……記憶の中と全く変わっていなかった。
「それでどうかしたのか? お前がこんな時間に電話してくるなんて余程の事だろうし」
 えっと……その、いやたいした用事じゃないんだ。すまない。
 ――君の声が聞きたかっただなんて言えないじゃないか。
 君の用事はいいのかい?
「ああ。どうせサンタなんて探したところで見つかるはずもないしな」
 え、今、サンタって言わなかった?
「それはまあ気にしないでくれ。……これは奇遇って奴なのか知らんが……実は今、俺
もお前に電話しようかと思っていた所だ」
 え?
 君が……僕に?
 ――ツリーに仕掛けられた装置は、設定された時間を迎えて起動を始める――
「深夜だから躊躇してた所に電話がかかってくるからびっくりしたぜ。なあ佐々木、お
前に電話しようとしたその用事なんだが……――♪ ――♪♪ あれ?」
 携帯電話から聞こえてきたその音色は、同時に反対の――耳から――
 サンタさんは、本当に居るのかもしれない。
 視線を感じて振り向いた僕が見たのは……僕の少し後ろで、同じようにツリーを見て
立っている君の姿だったんだ。

 


 クリスマスソングを奏でるツリーの頂上、小さな星型の飾りの上にその少女は立って
いた。そんな場所に立つための場所があるはずはなく、さらに言えばそこまで上る為の
足場も存在しないのだが、それは彼女には何の問題でもないのだろう。
 少女は地上でそっと寄り添う二人を見つめて――微笑み、夜空に響く音色にあわせて
そっと口ずさみ始めた。
「ク――リスマス――が――今年も――やって――来る。――――悲し――かった――
出来事――を――消し――去る――――ように。――さ――あ――パジャマ――を――
脱い――だら――出かけよう。――少し――ずつ――白く――なる――街路樹を――駆
『け抜け~て Happy happy holidays」 竹内まりや、すてきなホリディでした。この曲
を聞くと、いよいよクリスマスなのかぁ……って気分がしない? さあ、後僅かで本当
にクリス――あら、ここで臨時ニュースが入りました。このラジオでもお伝えしました
が、駅前にあった巨大ツリー盗難事件の続報です。突如消えた巨大ツリーと、その場に
残されたロードローラーなんですが、なんと住宅地の公園跡地でツリーが見つかったそ
うです! こんな時期にどうやって、誰がツリーを運んだのか? 謎が謎を呼ぶ事件で
すね~。……もしかして、犯人はサンタさん? なんて事もあるかもしれません。あ~
あ、本当にお時間となってしまいました。長い間お付き合いくれたみんな、本当にあり
がとう! 残り十数秒でクリスマス、ここまでの放送は朝倉涼子がお伝えしました。み
んなに、幸せが訪れますように。じゃあね!』

 

 

 願いを言える日 終わり

 

お題「佐々木とロードローラー」より

 

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最終更新:2008年12月24日 21:35