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「キャラ指定 キョン×森」

 

 お地蔵さん より

 

 


 着きましたよ。
 そう私が言っても、助手席に座った彼は車から降りようとはしなかった。
 ここに来るまでに、目的地については予め説明しておいたのだが……彼はそれを
認めようとしない。
 車の前方には林に囲まれた静かな敷地が広がっていて、そこには洋風な造りの簡
素な墓石が整然と並んでいる。
 先に車を降りた私は、久しぶりに訪れたその場所を見て……自分には感慨に耽る
だけの記憶は無かった事を思い出した。
 やがて、躊躇いながらも彼は車から降りてきたのを見て、私は彼を先導するよう
に墓地の中へと踏み入れた。


『正に、世界崩壊の危機ですね』


「これが……そうなんですか?」
 私が立ち止まった墓石の前に立ち、彼は吐き出すように呟く。
 その墓石には、名前が無かった。
 いや、正しくはこの墓地にある全ての墓石に名前はおろか記述と呼べる物は1つ
もなかったのだ。
 真新しいその墓石を前に、彼はただ静かに立ち尽くしている。
 それは自分の中にある感情を納得させる為の時間なのか、それともそんな自分に
酔いしれる為の時間なのか……その二つの明確な違いは私には分からない。
「なんで、こんな事になったんですか?」
 ようやく口にした彼の疑問は、私には不可解なものでしかない。貴方も見たはず
です、閉鎖空間で荒れ狂っている神人の姿を。


『そうならない様に、頑張っています』


 神人との戦いは危険な物です。
 あっさりと告げたその返答は、彼を納得させられる物ではなかった。
「……だったら! だったら、もっと安全な方法を取るとか……その……出来なか
ったんですか?」
 ……貴方の言葉は、交通事故にあったら何故、車ではなく歩いて来れなかったの
か? と聞いている様なものですが……まあ、その気持ちは理解できなくもありま
せん。
 彼の中にあった苛立ちは、やがて内部で押さえつける事ができなくなってきたよ
うだ。体は小さく震えてだし、私を見る目には怒りすら感じられる。
「古泉は貴方の仲間だったんですよね」
 同士です。
 私がそう訂正すると、彼の手が私の襟元に伸びて掴み上げてきた。
 その手を避けるのは簡単だったが、私はそのままにしておいた。
「じゃあ……何で森さんはそんなに冷静なんですか?! そんな危険な事を一緒に
やり遂げてきた古泉が居なくなっても……貴女は何も感じないんですか?!」
 激昂する彼の手が私を揺さぶる。
 されるがままになっている私の顔を見て、彼は何か答えを求めるように手を止め
た。


『涼宮さんの事、よろしくお願いします』


 彼がどんな言葉を求めているのか、私にはわからない。
 だから、言ってあげられるのは真実だけなのだろう。
 ――を言う時は形だけでもいいから笑いなさい。
 懐かしい言葉を思い出した私は、そっと口の端をあげて笑顔を浮かべてみる。
 古泉は、やっと休めたんです。
 淡々と告げたその言葉に、彼は掴んでいた私の襟を離して……崩れるように地
面に膝をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「只今戻りました!」
 私がマンションの掃除をしていた時、部屋の主は土産物が入っているらしい袋を
片手に帰ってきた。
「これ、お土産です。森さんって甘い物って大丈夫でしたか?」
 テーブルの上に所狭しと並べられたお土産の全てが甘そうなお菓子で、それだけ
で食欲が満たされそうなレパートリーである。
 ゆっくりできたか?
 土産物の中で一番甘くなさそうな袋を開けながら聞いてみると、古泉は無駄に力
強く頷いて見せた。
「はい! おかげ様で。僕が留守中の間、涼宮さん達に何かありませんでしたか?」
 いや、何もなかったぞ。
 私は古泉から預かっていた機関の携帯を返しながら、そう言い切った。
「……おや、何件か着信がありますね。そういえば、涼宮さん達には僕が休暇を取
って帰省している事をどうやって説明してくれたんですか?」
 キョンと言ったか、あの男に適当に誤魔化して説明しておいた。他のみんなには、
彼から説明すると言っていたぞ。
 ずいぶんと思いつめた顔でな。
「そうでしたか。実は最近、彼に嘘をついてしまって休暇の件を言い出せなくて困
っていたんです。ですから、森さんが代わりに話しておいてくれると言ってくれた
時は本当に助かりました」
 それはよかった。だが、戻ってきたのなら早めに顔を見せてやったらどうだ? 
土産もある事だし、電話よりも直接会いに行った方がいいと思うぞ。
 私の提案に古泉は何度も頷き、
「そうですね、ではこれからさっそく行ってきます!」
 ああ。きっと驚くだろう。
 未開封の土産をいくつか袋に入れて、私の言葉の不自然さに気づかないまま古泉
は出かけていった。
 ……ただ笑われただけだったのに、意外と執念深かったんだな。私は。
 1人になった部屋で呟いたその言葉はすぐに消え去り、私は何事も無かったかの
ようにまた掃除へと戻った。

 


 子供の頃、父は私に向かって困った顔をしながら何度もこう言っていた。
 ――園生……冗談を言う時は形だけでもいいから笑いなさい。じゃないと相手は、
お前が本気で言ってると思ってしまうんだよ?
 あの男は、今の私を見たら何と言うだろう。
 また、困った顔で何か説教でもはじめるのだろうか。

 


 「古泉の墓の前にて」 ~終わり~

 


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最終更新:2008年12月07日 21:25