「うすうす」です。うすっぺらです。
 キョン長でしてグロなしエロなし。(オチも微妙にないかも)
―――

「冬、風」


11月24日、学校へと行く道はとてつもなく冷えていた。コンクリートが乾いていて、なんかあの穴それぞれに冷気が詰まっているんじゃないかなどと思う。少し、疲れていたのかも知れない。季節の変わり目というのは、だるいものだ。人肌を求めた根無し草。そんな言葉で自分をよく自虐した。原因、自虐の原因は、自らにある。
三人を同じように愛し、それでいて誰にも好きだと言えない。考えるのは抱きつくことばかりで、これが本当の愛かわからない。冬が近づくに連れて、カイロ代わりにしているのかもしれないな、なんて思うと、決まって俺の口は、自虐の言葉を呟く。
「変温動物か、俺は、、。」
 意味のわからない言葉を呟いては笑う。気がつくと下を向いて歩いている。
 坂の上には学校が見える。灰色の空に白が映える。吸う息は冷たく、覚めない目と反して実にちぐはぐである。街を見ると、活発に電車が走り、クラクションの音がする。これもまたちぐはぐだ。いっそ冬眠してしまいたい。鞄も重く感じられるし、坂の下まで転がり落ちてしまいたい。
 千切れそうなリズムで坂を上りきると、後ろから少しだけ暖かい風が吹いた。振り返ると、いつか見たような風情で、たくさんの生徒が坂を上っていた。がすぐにその景色は飛んでいってしまい、また冷たい空気がやってきた。
 くだらないな、と思った。教室に上がって椅子に座る。振り向かずとも、彼女が机に寝そべっている様子は想像できるから、振り向かない。寧ろ、自分の顔の奥の街を見る。ガラスは澄んでいるが教室の光を反射し、町に不思議な余韻を作り出している。そんなの俺からしか見えないんだけども。
 バイクの爆音がしたが、教室の皆は見向きもしない。当たり前だ。バイクなんて今やどこだって走っているし、音が鳴るものだって多い。が俺とハルヒは、多分同じくらいの強さで、うるさそうに音のするほうを睨んだ。チッと、舌打ちもしたと思う。
 ハルヒがカーテンを閉めた。俺はそれが好きだった。なんだか同じ炬燵に入っているような暖かさを感じられた。ハルヒがそれを感じているかどうかはわからなかった。
 会話も始まらず、アイコンタクトもないゆえに、妄想は膨らんでいく。
 ピンク色の薄汚いカーテンの中で二人、同じことを考えているんじゃないかなんて。
彼女は、「おーい」と言って、ケシゴムの方で背中をつつく。それ、俺のじゃないか。
「なんだ、ハルヒ」と無愛想に振り返ると、マヌケなホッペで俺を見ている。
 なにを言おうとしたか忘れてしまったようだ。虚ろな目で止まっている。俺もなんだかリズムの悪さに少し落胆してしまった。口が開かない。
 机をはさんで向かい合う感じはますます炬燵の感じに似ている。
「寒いけど」
「俺だって寒いよ」
「カイロないかしら」
「ポロポロ酸化鉄と手汗が混ざったお古ならば」
「あ、、そう」
「女子は大変だよな。俺のセーター貸してやろうか?」
「うん」
「あ、着てた」
「あ、、そう」
「でもいいや、なんか知らないが、上だけ暖かくて、足と首が妙に寒いから」
「え、いいわよそんな」
「ほら」
「、、ありがとう」
「いや」
 いいんだ。
 抱きしめたい、と思う。しかし、それは自分が気持ちのいいからだけではないような気がする。こうして俺のセーターでハルヒを包んでいると思うと、なんだかちょっと心が熱くなるような気がするんだ。
 エゴ、だろうか。抱くという行為で抱かれる方に与えている愛に一種のカタルシスを得ているのかもしれないな。なんてな。
「この、変温動物が」

 放課後、やっと目が覚めた。食ってないパンを食ってから、部室へと向かうが、廊下があまりにも寒く、飛ぶようにしてドアを開けた。中には長門が、少し暖かそうな服で本を読んでいる。いつも変わらぬ景色は一種の安息がある。幸い暖かいし。
 明日からの休日利用を考えている。どうせ一人で過ごすのならば、一日中寝転がっていたいものだ。と思いながら実は、部活があることを望んでいる。どんな活動だったらいいかなんてことを知らぬ間に考えてしまっているのだ。俺の行動において部活は大きな原因となってしまっている。
 自分の椅子に荷物を置く。カーテンは閉じている。そっと窓の外を覗く。芝生の上で猫がじゃれている。暖かそうだ。少なくとも静かな部室だが、嫌な寒さはない。じっとしてられるというのはいいものだ。
 全員が揃って、別れる。俺はハルヒと一緒になって帰った。別れ際にセーターのことを思い出し、言うと、洗濯して返すと言った。俺が断ると彼女はしぶしぶ脱ぎ始めた。自らの温度が残ったそのセーターを冷やすように、パンパンと振ると、俺に渡した。が無論まだ暖かかった。彼女は恥ずかしそうな顔をしていた。
「ありがとう」
「いいよ」
「あの、キョン」
「なに?」
「いや、なんでもない」
「そうか」
 呟くように言う声は聞き取り辛かった。
「ばいばい」
「ああ、うん、じゃあな」
 違う方向へと歩きだす。が、どうも視線を感じる。少し歩いてから振り返ってみる。目が合うと直ぐ、彼女は歩き出した。何かを諦めたような、あるいは子どもがおもちゃをなくしたときのような、顔をしていたように感じられた。
 ぎゅっと音の鳴るようにセーターを抱きしめた。繊維が擦れて切ない音が鳴った。

 冬が始まる

 寧ろ、道路の排水溝を見ながら歩いていた。昨日と変わらず天気は悪い。見晴らしも悪く、町は薄くしか見えない。と言っても幻想的なほどではなく、リアルな景色だ。湿気のある空気は顔に痛い。
 起き掛けで目も赤い。隣を歩く朝比奈さんの首はしゃきっと伸びていて、大人らしかった。
 彼女は俺の眠たげな様子を、どうしようかと言ったように覗いて笑っている。黙って隣を歩いてくれるというのもいいものだ、と思うと同時に、頭が軽くなってきた。
 俺達は先ほど、たまたま図書館で出会った。たまたまというより、しめしめというか、何しろ俺は誰かいないかと、座高を高くしてあたりを見回していた。さらさらの茶髪を見つけたとき、黒ひげ危機一髪のように飛び上がった。
 学習も少なく、眠たいまま12時になって、ご飯を食いに行くという朝比奈さんに着いてきた。何しに図書館に来たんだろう。出会いを求めてだ。間違いでは無かっただろう。
 町の中心部をぐるぐるして、食うところを選んでいるうちに、少しずつ晴れてきた。商店街のチャイムが一時を知らせた頃、俺達は一つの喫茶店に入った。二人とも入ったことは無かった。がなんとなく気になってしまい、入ってみようということになった。少し恋人みたくて恥ずかしかった。
 からーんと小気味よく鳴ったベルはもうクリスマスの飾りが着いていた。店内は濃い茶色の木としっくい塗りで、いかにもと言った感じだったが、あからさま過ぎて気分はそう、強くはならない。
 よそよそしくなってしまうのはしょうがないのかもしれない。向かい合って待つ。彼女は喋りだした。
「キョンくん」
「なんでしょう」俺はコーヒーカップの中でスプーンを回している。カランと音を立てている。砂糖入りもたまにはうまい。
 朝比奈さんはココアを飲んでいる。甘いんだろうか。強烈な甘さを口に含んで飲み込んだ。俺も熱いコーヒーを飲む。窓からは町の一角が見えた。
「もうふゆですね」
「そうですねえ」
 吐く息は白い。
「もうすぐ私三年生になりますよ」
「ええ」俺はなんとなくその話が嫌で、適当な返事をした。
「キョンくんもね」
「、、あちち、、。そうですねえ」
「好きな人はできましたか?」
「ええ?ああ、ぅふんあ」朝比奈さんは、俺はまだ好きな人がいないんだと思っていたんだろうか。少し聞き方が気になった。まあ、熱いコーヒーを冷ますほうに神経は行っていたけれど。
 それっきり彼女は黙ってしまった。
「朝比奈さんは」
「ええ?こほっ」
 咳き込む。いたずら心が湧いてしまい俺は更に問うた。
「誰か好きな人はいるんですか」
「いませんよ、、。いや、いますが、、。」
「誰ですか。もし朝比奈さんが言うなら俺も言ってもいいですよ」
「なんですかいきなり、、。でも、どうしようかな。言ってみようかな、、。どうしようかな、、。」
 朝比奈さんが本気で考え出してしまったので、俺は少し具合が悪くなってしまった。もし彼女が告白したとしても、俺は誰を好きといえばいいのかわからない。それにもし彼女が俺を好きだと言ってしまったら、、。どうしよう。
俺は一つの矛盾に気づいた。俺は三人を同じぐらい好きだと思っている。なのにもし朝比奈さんが俺に告白をしたとしても、俺は承諾するかどうか迷っているのだ。どうしてだろうか。なんだか気持ちがわるい。
 彼女は決心しようと、理由付けを頑張っているらしく、小さく納得させるような言葉を発している。暗いからよくわからないが、うつむいた顔は赤かったかもしれない。
「どうしよう」と俺は心の中で思った。自分が知らぬ間に地雷原の上を歩いていることを意識した。
 話をそらそうと窓の外を見る。
 見慣れない町の一角を、見慣れた女の子が歩いていた。信号を待っているのは間違いなくハルヒ。
「あっ、ハルヒだ。」
「えっ?どこですか?、、、あ、ほんとだ、涼宮さんだ」
「なにしてんだろ、、。ちょっと呼んできますね」
「え、ちょっ、、。待ってください、キョンくん!」
 大きな声でそう言うから、店内の人間がこちらをちらちらと見た。
「わ、わたしがいきます。すいません。すいません。」
 彼女はすっと席を立ち、ハルヒのところまで走って行った。俺はぽかんとしてそれを見ていた。少し経つと、朝比奈さんはハルヒを連れて店に戻ってきた。
「こんにちは、キョン」
「ああ」
「なにしてたの」
「飯を食おうとしてた」
 ぶっきらぼうに答えた。彼女は朝比奈さんの隣に座った。椅子がひとつ増えた。
「お前こそ何をしていたんだ?」
「ちょっとね。」と言うと彼女はメニューをパラパラと捲った。朝比奈さんと同じココアを頼むと、せわしく、どこか金属的な様子の街を、いやその奥俺達には見えないところを、ぽかんと見ていた。
 聞く気もうせて、やってきたスパゲティー・グラタンをフォークで弄ぶ。口に運ぶ。うまい。コーヒーで渋くなった舌に熱いクリームソースが絡まる。チーズは小気味よく溶けて固まり、噛むと口の天井をジワジワと熱くする。口に付いてしまわないかと少し不安になる。終始口をナプキンで拭く。
 朝比奈さんは気の抜けたようなあるいは緊張したような風に、サンドウィッチを少しづつ食っている。ハルヒに進めると彼女も食べる。楽しそうだ。二人の横顔を見比べていられた。
 何口目かになると、さっき感じた疑問を反芻した。一番好きなのは誰か。誰を一番抱きしめていたいか、自虐の声が聞こえる、、。うるさいぞ。もう一人の俺。
 隣にいてほしいのは誰か。ケース・バイ・ケースか。
 一夫多妻制の国ならこういう疑問はないのだろうか。いやいやここは日本だ。おちつけ。
「俺だれがすきなんだろ、、。」小さく呟いてしまって、聞かれていないかと前を見た。平気そうだ。
「どうしたの?キョン。」
「ん?いやあ。俺、どんな食べ物が好きなんだろうと思ってな。」
「しらないわよ」
「うん。でも冬はラーメンが好きだ。」
「ふうん。」
「で、夏は、、。カキ氷が好きだ。」
「どうでもいいわよ」
「うん、、。」
 季節ごとにアドレスを変える奴っているよな。ああいう風に、変えられたらいいのに。冬は朝比奈さん。春秋はハルヒ。夏は長門ってな。へえあ。
 つまり俺は恋人を私有化したいのかもしれない。そんなことを思って、露も勉強は進まない。

「と、、、、いうわけさ。」
「へえ、、、、素敵ですねえ?」
「なにが」
「好きな人がたくさんいるとは」
「そうかな」
 古泉が後ろに乗った自転車を俺は漕いでいる。冷たい空気が容赦なく、顔に当たる。後ろの古泉は痛くなかろうに。ちくしょう。
「でもねえ。もうちょっと知り合ってみたらどうです?」
「どういうこと?」
「あるいはキョンくんはそんなに、知らないのかもしれませんよ。」
「そう、、かなあ。」
 確かに、知らないかもしれない。そういえば昔中学に、好きな人から順に消去法で、告っていたやつがいたなあ。全員に振られて次の日から、女子と距離を置くようになったんだよな。面白い奴だったなあ。
「そうだな。やっぱり明確にしておきたいよな。」
「そうですね、、。」
 自転車のカラカラシャンシャンという音だけが二人の空間を包んでいた。
「用ってそれだけですか」
「実はそうなんだ」
「かわいいですねキョンくんは。えいっ。」
「おわ、ちょっ。やめ、やめろ。んっ。ああっ。危ない、、っ。」
「ほらほら」
「ああっ。やめ」
 ドーン。
「いいかげんにしろ!電信柱とぶつかっちまったじゃねえか!」
「ごめんなさい」
「なにのしかかってるんだ!マジでやめて、、。マジで、、うふあっ、、」
「なにしてるの?あなたたち」
 聞きなれた声がした。二人がそっちに顔を向けた。スーパーの袋を両手で持っている黒服の少女は果たして長門であった。
「BLごっこです」
「ちがっ、、」
 古泉が不敵な笑みを、、もしかしたらこいつのために不敵なという言葉があるのかもしれないと思わせるような笑みを浮かべた。
「いいんですか、言ってしまいますよ。」という言葉が隠されていることはすぐにわかった。
 俺は涙目のまま起き上がって、長門に挨拶をした。「こんにちは」
「その遊び、楽しいの?」
「楽しいですよ。でも長門さんはできません。残念ながら。」
「ちっ」
パンパアンと怒りを露にして埃を叩いてから、俺はやっと口を開く。
「長門、お買い物か?」
「そう、、、。あなた、ほほから血が出ている。」
「えっ。」ほほを撫でると血がついている。赤い。冷えた手にはあたたかい。
「おお、これは大変ですね!長門さん。あなたのうちで手当てしていただけませんか?」
 もちろん俺が言ったんじゃないぞ。
「うん」

 炬燵の、孤島

「、、、いてて」
「もう大丈夫ですよ。ちゃんと絆創膏貼れました。」
「お前がするのかよ!」
「深く知り合うチャンスを作ってさしあげたんじゃないですか。」
「余計なお世話だよ、、、。ああ、お前は怪我してないのか?」
「ええ、怪我はしていませんよ。穢れてはいますがね」
「そうか、よかった」
「穢したかった、、。ですが」
「べ、別に俺は手当てなんてしてやれないからな、、。」
 長門の部屋は相変わらず殺風景だ。炬燵に当たって本を読んでいたらしく、みかんの横に本が何冊か重なっている。茶碗の柄がなんとも可愛かった。俺の背筋は曲がってしまっているが古泉はしゃんと伸びている。
 長門はお茶を持ってきたが、茶碗は二個しかないらしく、長門は飲めない。間接キスのような気がして少し恥ずかしかった。
 孤島みたいだな。と思った。三人が座っているカーペットの上がなんだか孤島のように思えたのだ。フローリングは海。そんなふうに。
 図らずも女子の家に男子二人が遊びに来たという風になってしまった。もちろんゲームは無いだろうし。俺は長門の、本について聞くことにした。
「なに読んでるの?」炬燵のせいか少し子どもっぽくなってしまった。
「サンタの伝承、なぞの男サンタ」赤い表紙の大きな本だ。
「へえ。おもしろいか?」
「うん。なかなか」
「、、。」
「あ、そうだ。長門よ。」
「なに」
「クリスマス・プレゼントに茶碗買ってあげるよ。二つしかないと不便だろ?そうだな、、。雪うさぎの柄のやつ。」
「えっ」
「いやか?」
「ぜんぜん嫌じゃない、、。うれしい」
「キョンくんが長門さんのサンタということですか」と古泉が言う。
 そうだな。それもいい。今日は、ちょうど一ヶ月前だし。
「じゃあ今度買いに行ってくる。買い次第渡すから、、。ちょっと早いけどな」
「ありがとう」
 辺りの茶碗屋さんを、古泉と探し回ったが、雪うさぎの柄というのはなかなか無い。その日は諦めて、来週にでも買おうと言って、その日は別れた。
 忙しい毎日が続いていた。帰ってみると、ハルヒから伝言があったらしい。母づてに聞くことによると、ろくな用事ではなかった。いつか俺が撮った写真を欲しいと、そういうことだった。無論かまわない。明日にでも写真屋さんに行ってこようと思う。
 写真といえば、最近撮っていない。それは別段かまわないのだけれども、過ぎてきた長さを忘れてしまわないようにしておきたい。もしかしたらハルヒも俺と、同じことを考えているんじゃないかなんて考えた。
 茶碗に写真、、。大変だなあ。
 月曜日、現像したての写真を持って学校へと行った。写真を渡すとき彼女は物憂げな顔をした。俺が一枚一枚説明をして笑わそうとするのだが、そのたび彼女は憂鬱な表情を見せる。
「もういいわ。ありがとう」と言って終いには、さっさと部室へ歩いていってしまう。困った。
 その後部活でも仏頂面である。俺は無視して長門にごめんという格好を見せた。来週な。と言った。
それを見たのか見ないのか「そうそう、皆さん、陶器屋さんをご存じないですか?」と古泉が言う。
「実は僕の茶碗、割れちゃって。」
「余計なお世話だ。黙ってろ」と目で叫ぶ。
「、、それなら、あたしの家の近くに一軒あるわ。」
「そうですか。じゃあ次の日曜日辺りに行ってみましょう」と古泉。
 そしてハルヒとまた、一緒に帰る。横にして、坂を下りる。町が見える。彼女は話さない。俺はそれもいいと思っている。
「クリスマスも近くなってきたな」と言おうかと思ったが、なんだか長門へのプレゼントのことを思うといやになってしまった。
「そういえば、お前あのときなにしてたの」
「ああ、、。なんだっていいじゃない」
「む。まあそうだがね」
「あんたこそ楽しそうだったわねデート」
「デートじゃないよ」
「あらそうなの」と横顔を見せながら言う。何の表情も感じられない。
 寒くて、震えた。町のほうから吹き上げてくる風は俺と彼女に等しく、冷たい風を当てた。
「ひえー。さむ。寒いな。」と風に向かって言う。答える代わりに鼻に入ってくる。
「マフラー、、」
「なに?」
「マフラー貸してあげるわ」
 そう言うと彼女は襟巻きを首にかけた。一回まわすときに、彼女の胸が俺の背に当たった。暖かかった。でも少し、脆いような気がした。
「ありがとう」
「どういたしまして」
 それっきり黙ってしまった。
 別れ際に返そうと思ったが、「いいの」と言って離れていってしまった。「くれるのか?」と大きな声で言うと。「あげるわ」と大きな声を出した。背中を向けていた。よくその襟巻きを見ると、手編みだった。縫い目が粗い。
 もう一度彼女の方を見るともういない。寒い風だけが斜めから吹き降ろす。飛ばされないように襟巻きを握った。セーターのときもそうだが、俺は何も言えていないんだなと気づいた。
 次の休日にまた陶器屋を廻る。が、無い。雪うさぎの柄のお茶碗無いですか?と何件で聞いただろう。「ないですね」と怪訝な顔で言われることもあった。
 仕方が無い。例のところに行くしかない。自転車を漕ぐ。
 その陶器屋は今までのものと違い、少し由緒の正しそうな佇まいをしていた。緊張しながら入って、ぶつからないように気をつけながら順路を巡る。
 全ての茶碗を回すのはなかなか緊張感がある。
 店員に言うと、奥に入っていった。あるかもしれないと言う。緊張の一瞬だ。でてきたとき彼は白い茶碗を持っていた。白に薄いピンクでさらさらと、かわいい雪うさぎが描かれている。
 値段もいい。買った。梱包に時間がかかると言うので、外に出て、長門に電話をした。
「おう長門、茶碗見つかったから、これから渡しに行くよ」
「ありがとう、、。じゃ、じゃあお茶入れて待ってる」
「そうか」
 ちゃりんという音を聞いて、微笑んだ。いやどうだ。思い切り笑っていたかもしれない。
 ちなみにもう暮れている。五時のチャイムが遠くで鳴った。
 綺麗に梱包された茶碗を受け取るとき、ハルヒに出くわした。彼女は柄で、全てを悟ったのか、走って出て行ってしまった。俺は袋を抱いて、彼女を追った。
 夕暮れの町がガタガタ揺れる。何で彼女は逃げて俺が追っているのかわからないが妙に、彼女に申し訳ない。
「まてー」
 公園で遊んでいた子どもたちが俺達二人を見て笑っているのがわかった。彼女は学校の前まで来ていた。校門の前で止まった、息が切れてしまった。
 彼女は暴力的に息を吐いて、涙を流しそうな目をしていた。

 二人は中庭の木に背をかけて座っている。
 木は暖かい。葉もほとんどないのに大変だ。かさかさと、鳴る音はどこまでも赤い曇り空に合っている。
 校庭にもからっ風が吹いている。一つの新聞紙が校庭を駆け、遠くに消えたとき、彼女が口を開いた。
「ごめんねキョン。逃げちゃったりして」
「い、いや。いいよ」
「それ、有希にあげるのね」
「うん、、。よくわかるな」
「わかるわよ。あんたの顔見れば」
「そう?」顔を触ってみる。
「私ね、あなたに言わなきゃいけないことがあったの」
 俺は彼女の方に顔を見せた。しかし彼女はうつむいている。
「私ね、転校するのよ。遠くに」
 俺は息が吸えず。目を大きく開いたまま、よっかかっていた。
「まじで」
「まじよ」
「それで、写真が欲しかったの。」
「、、、まじかよ、、。」
「ごめんね、言えなくて」
 驚きと失望をどうにかする術を知らない。
「あなたに一番初めに言いたかったんだけど、、。わたし、みくるちゃんに口止めしてたのよ。あの時私、市役所に行った帰りだったの」
「な、なるほど。がってんだぜ」
 彼女は立って校庭に駆けていった。追いかけて走ると風が強い。もう十分に冬の匂いを持っていた。
 校庭を潤んだ瞳で見上げている。どんな風に写っているのか考えると俺も少し悲しくなった。
「好きだったなあ、、、。」と聞こえないような声で呟いたように聞こえた。あるいは風の音かもわからない。
「キョン。」
 振り向いて彼女の顔を見た。もう、涙が零れている。俺を真正面から見て泣いている。無理に笑おうとはしないが、泣き顔でも無い。
「言いたいことは沢山ある。でも、私はこの言葉だけしか、言えない」
「、、、ありがとう」
 彼女はそう言って、背を向けて去っていった。俺は追いかけなかった。
 長門の家まで行く途中に、雪が降った。振り返ると足跡が付いている。街灯が音を立てて点いた時、一つの雪粒が瞼に当たった。それはすぐに溶けて、暖かい涙に混ざった。
 それを拭いたのがあのマフラーだった。粗い縫い目だが、温かい。
 長門の家のチャイムを鳴らした。もう通路には何センチか雪が降っていた。
 彼女はドアを開けた。しかし部屋の中は外の気温とあまり変わらない。
「こんばんは」と彼女は言った。
「こんばんは」と俺も言った。幸い光の加減で俺の涙は彼女に見えない。
「もう、、、冷めちゃったよ、お茶、、。」長門はうつむいてそう言った。
 俺は抱きしめた。長門を玄関前で抱きしめた。キスをしたとき、ドアが閉まった。二人は雪を見ながらキスをした。
「好きだ」
「好きだ」
「一番好きだ、、、、、、、。」

 手紙

 ハルヒへ
 俺の大切にしていた写真を、送ります。
 24枚のフィルム。あげたのは23枚だけでした。知ってましたか?
 最後の一枚を同封します。

 あのとき、なんて言ったのですか。ありがとう、の後。俺には聞き取れませんでした。風の強い日でしたから。
 それはともあれ、写真を見てくださいな。俺達二人、ツーショットでしょう?
 恥ずかしいぞ、まじで。
 お元気ですか?
 俺は元気です。

 ありがとう。

 好きでした。









終わり

 うすうすででこぼこでした。
 ありがとうございました。

 Thank you for reading.
 2008/12/06


|