10月○日 天気:晴れ
やることななすこと裏目裏目に出るあたしの行動に、自己嫌悪に陥っちゃいました。
あたしって、やっぱり人を教えることに向いてないのかしら?
いやいや、そんなことない。まだあたしには切り札が残ってるの。
そうよ京子。女の子にとっての基本事項且つ最大奥義。これ次第で、男なんてどうにでも転ぶものなのよ。
ふふふふふ、見てなさい。ミヨキチちゃん。あなたにはできるかしらね?
いくらあなたが勉強ができても、体力があっても、異性にモテても、これができなきゃ幻滅間違いないわ。
おーっほっほっほっほ……
……って、別にミヨキチちゃんを陥れるためにこんなことをするんじゃなかったわね。危ない危ない。気を取り直して……
この頃になると、朝や夜は大分涼しくなってきて、何をするにもいい季節だという実感が湧いてきます。
スポーツの秋、芸術の秋、読書の秋……そして、食欲の秋。
そう、今回は食欲の秋にスポットを置いてみましょう。
……そこ、大食い大会する気だろ、とか思ってんでしょ。違いますから。
それにしたくてもそんなにお金ありません……しくしく。
※※※※※※
所謂秋雨前線も秋の高気圧に追い出されて、ここ数日は晴天に恵まれています。しかも夏のようなジメジメむしっとしたような暑さもなくなり、今日は何をするのにも絶好の日和だと思います。
「ええと、何をするんですか? この前みたいなことはちょっと……」
恒例と化した喫茶店で、不安げな顔を見せるミヨキチちゃん。
「大丈夫ですよ、今日は変なことはしませんから」
「今日は、って……それじゃ前回は変なことだったって言う自覚があるんですか?」
う。鋭い。
「もうあんなことはやりませんから。着せ替えごっこで他人の嘲笑を浴びるのはこりごりです」
な、なんだか微妙に白い目線……今まであたしを慕ってきたと言うのに、もしかしてそれが薄らいで来た……?
「今までのやり方に疑問があるんです。何だかわたし、監視されているような気がしてならないのです。事あるごとにメモをしたり、やたら能力調査をしているみたいなので……気になって」
く……ちょっと強引にやりすぎたかな? でもミヨキチちゃんに立派な人になって欲しいと言うのは本当なのです。例え『組織』の話抜きにしても。
それに今日教えることは……
「そして、文化祭も近くなってきました。わたしの最初のお願い、覚えていますでしょうか? 文化祭の実行委員として、クラスの文化祭を成功させたいんです。そっちの件もよろしくお願いします」
ああ、そう言えばそんなこともあったっけな。
「ええ。もちろん。今日あなたに教えることはきっとその役に立つわ!」
「……本当、ですか?」
ああ、あからさまにジト目! なんだかすっごく下に見られてませんあたし!?
「ほ、本当だって。ほら……」
ミヨキチちゃんの耳元で囁くあたし。
「……え? 本当ですか?」
「本当よ。それに文化祭でも役に立つんじゃない?」
「は、はい! 確かに! 有難うございます!」
一転、あたしに感謝するミヨキチちゃん。
ふふふ……どうですか。あたしだって何の策もなくてやってるんじゃないんですからね。見くびらないで欲しいわ。
「ご、ごめんなさい」
「わかればいいのよ。じゃあ早速やりましょうか」
「え? どこでですか?」
いつもの不安げな顔をするミヨキチちゃんに対し、自身満々に答えてやりました。
「キョンくんの家で!」
「こんにちはー!」
「いらっしゃーい! ミヨちゃん、きょこたん!」
インターホンを鳴らさずに声を張り上げると、それに負けじと劣らぬ声が家の方から聞こえてきました。キョンくんの妹さんです。
「え? え? あの……」
「大丈夫よ、今日この時間は家に居ないわよ、キョンくんは」
よそ行きの服を着てこなかったからでしょうか、それともお気に入りの髪型にしてこなかったせいでしょうか。いつも以上にもじもじしているミヨキチちゃんでしたが、それもお見通し。だからあたしは落ち着かせるためにそういいました。
毎週この時間に、キョンくんはSOS団の不思議探索と称した市内漫遊を行っているはずです。あるいは部室に集まって文化祭の催し物の相談なり活動なりをしているはずです。
「さあ、あがってあがって!」
妹さんはお土産を買ってきた時のパパと同じような応対をし、あたし達を家の中へと招き入れました。
ミヨキチちゃん、隠れなくても大丈夫だから。
「で、でも……他に家族の人は……」
「大丈夫。今日みんなおでかけだから。夕方まで誰も帰ってこないよー」
のほほーんと手を振る妹さん。「だから、夕方まで頑張ろうね!」
「え、何を?」
あれ、もう忘れたの? さっきあたしが言った事。
「あ、ああ……そうでした。ちょっと緊張しちゃってて……」
いくらなんでも緊張しすぎです。もっとリラックスしてください。何なら仮眠取りますか? キョンくんのベッドで。
「そ、そんなことしたらバクハツしちゃいます!」
例えではなく本当に頭から湯気を放ちながら真っ赤に答えるミヨキチちゃん。ホント面白い子。……かわいそうだからもうからかうのはやめましょう。
あたしは腰に手を当てて、仕切りたがりの涼宮さんのように元気良く声を発しました。
「さ、張り切ってやるわよ! お菓子作り!」
そう、あたしが今回考えたのはお菓子作りでした。
実りの秋という言葉通りに、秋はたわわに実った果実が豊富に出回る時期でもあります。これらを食さなければ秋が来たとは言えません。
ただ食べるのでも構わないんですが、やっぱり一工夫をかけて食したいところです。そこでお菓子にして食べてしまおうってのが一つ目の理由。
二つ目の理由としては、ミヨキチちゃんに料理を教えこむため。
そして最後の理由。それは秋のイベントに深く関わっています。
そう、時は折しもハロウィンの真っ最中なのです。ハロウィンといえばお菓子! お菓子がないととっても怖い悪戯をされちゃうのです!
それを避けるためにも、今からお菓子を作って常備しておくに越したことは無いのです!
ミヨキチちゃんにお菓子作りの経験があるか聞いたところ、驚くべきことに全然やったことがないということが分かりました。
小さい時、遊び半分で包丁を振り回し親に凄く怒られたこと、そして親自身あまり料理を教えようとしていないことが彼女が料理をしない事由となっていたようです。
分からなくも無い理由ですが……しかしこの年にもなって料理の一つもできないようじゃちょっと問題です。
彼女自身もそう考えているようですが、幼少期の事件がトラウマとなって家で料理をしたくないのと、それを教えてくれる人がいないのでなかなか料理することができないようです。
家庭科の調理実習で少しはやったそうですが、それだけじゃ不足でしょう。
つまり、この料理教室は時期的にも、そして彼女のためにもピッタンコなのです。
彼に美味しいものを作ってあげたら株は一気に上昇しますよ、男の人ってのは手作り料理に弱いですからね。
あたしがそう言うとミヨキチちゃんは反射的に『やります』って言って。
さて、ここで一つ懸念事項が湧いてきます。実はミヨキチちゃん、三ツ星レストランのチーフシェフ顔負けの料理の腕があるんじゃないか、ってことです。
知力でも体力でも、末恐ろしい能力を見せてくれたミヨキチちゃんです。例え料理の経験が無いに等しいとはいえ、いきなり才能を開花されてしまうことだってありえます。
だから、少し試してみることにしました。
「それじゃミヨキチちゃん、リンゴの皮をむいてくれる?」
システムキッチンに据えつけてあったデザートナイフ、そして買い物袋にあったリンゴをそれぞれ取り出して、あたしはミヨキチちゃんに渡しました。
「は、はい」
素直にも頷き、片手でリンゴを、片手でデザートナイフを受け取り、神妙な赴きで交互に見つめるミヨキチちゃん。
「ねえねえきょこたん、わたしは何をしたらいいの~」
うーん、妹さんは場所を提供していただけるだけで十分だったんで、特に手伝ってもらうことなど考えていませんでしたが……ま、あたしの雑用でもこなしていただきましょう。
「そうですね、それじゃそこの薄力粉と砂糖をふるいに……」
その時。
スパーン。
スパーン。
シャキーン。
やたらと威勢の良い音が飛び交いました。反射的に振り返り……
「うげっ!!」
思わず下品な声で叫んでしまいました。
「よ……っと」
スッパーン。
「っしょ……」
シャリッ。
「これ、っで……」
グサッ。
「終了、っと」
ポト。コテン。
――変わり果てたリンゴ……の芯と、その破片……もとい、実がついた皮を辺り一面に飛び散らせて、ミヨキチちゃんは満面の笑みをこぼしていました。
「ああああ……」
「ふー、これでようやく一個、できあがりました」
「なななな……」
「さて、次のを切りましょうか」
「たたたた……」
「えーと、どれを切れば宜しいんでしょうか……」
「わわわわ……」
「ああ、これですね。よし、がんばろうっと」
「なんつう危ない剥き方をしてるんですかぁ!!」
「ええっ!?」
「それは皮をむいているとは言いません!」
「でも、全て皮は取り除いたから……」
「皮だけじゃなくて実まで剥いてるわよ!!」
ミヨキチちゃんに渡したリンゴは、確かに皮を剥いていましたが、その大きさはあたしが上げた時におよそ3分の1の大きさにまで減少していました。
「どこを食えって言うんですかこのリンゴ!」
「まだ食べれる部分あるじゃないですか。ほら、種の周りをこそげ落として食べるとか」
「皮についた実の方がよっぽど食べる部分が多いわよっ!!」
「あー、それもそうでしたね。では皮の部分をこそげ落として食べるってことで」
「ちっがーう!!!」
だめだぁぁぁぁ!! こいつはぁぁぁぁ!!!
「あなた今までリンゴ食べたことないの!? どんな風に皮を剥いていたのか分かってないの!?」
「食べたことはあります……でも、家ではいつも丸かじりでしたし、給食では皮付きのまま切られていましたし」
あーあ、そうですかいそうですかい。
「んん……もうっ! ちゃんと皮むき教えなきゃ! いい! 先ずこうやって……」
「きょこたん、わたしがやるよ~」
その時、突然出てきたのはふるいの作業をし終えた妹さんでした。
「あのねミヨちゃん、リンゴを固定して包丁を動かすんじゃないの。包丁を固定して、リンゴの方をまわすの。ほら、こうやって……」
妹さんは、慣れた手つきでリンゴの皮をむき始めました。薄く、そして長く剥かれた皮は既に1メートルを超えて……上手いじゃない、妹さん。
「……ほら、こうすれば実を残して皮だけ剥けるんだよ」
「うわ……すごい」
「ミヨちゃんもやってみたら?」
「うん、頑張る。……こうでいいの?」
「うん、その調子。上手い上手い」
……二人はその後もわいわいと語り合いながら、リンゴの皮を剥いていきました。妹さんがお上手なのは驚愕に値するのですが、ミヨキチちゃんもたいしたものです。
少し教えるだけでリンゴの皮向きマスターしてしまったようです。無知な部分もあるようですが、能力を身に付ける力には長けているようです。
彼女が見せた鬼神の如き才能は、ここにルーツがあるようです。うん、『組織』とってこれは重要ね。メモらないと!
「きょこたん、そんなところでいじいじしないでこっち来て手伝って!」
『吉村美代子の調査報告書』をつけていると、突然声がかかりました。あのー、いじいじってなんですか?
「だって自分の出番がないからそこでいじけてるのかと思って。ごめんね、皮むきしたかったんでしょ?」
……えーと、もしかして、あたしが皮むきを見せようとするのを妹さんが邪魔したって形になって、それであたしがいじけていると……
うう、そう言われればそうみえるのかも……むなしい……
「ごめんね、きょこたん!」
はっ! ダメダメ、こんな姿を見せたらミヨキチちゃんががっかりするじゃない! 懐の深い部分も見せてあげて、あたしの大物っぷりをみせしめないと!
「そ、そんなことないわ! むしろよかったくらいよ! じゃんじゃん腕を見せてあげて!」
「うん、ありがとうね、きょこたん! ミヨちゃん、二人で作ろうね!」
「うん!」
仲良し二人組みは、キラキラ輝いた顔でお菓子作りを再開し始めました。
ところであたしたちが何のお菓子を作っているかといいますと……もう既にお分かりだと思いますが、そうです、リンゴを使ったお菓子作りです。
以前皆さんと冬合宿を行った際、お世話になった旅館のおばちゃんと仲良くなったんですが、そのおばちゃんが今年豊作だったからと言って送ってきたんです。大量のリンゴを。
そのまま食べても美味しいのですが、一工夫して食べてみたいって言う女の子の憧れも無視するわけには行きません。
だから、コレを機会として料理を作ることにしたのです。
そして栄えある第一弾として、アップルパイを作ることにしました。
サクサクっと焼き上げたパイ生地に新鮮なリンゴとバターの風味が絡み合い、舌と鼻を擽り……もう想像しただけでたまりません!
……はっ! よだれが……拭かなきゃ……
……失礼しました。ええと、さて。実はアップルパイを作ろうと考えたのは今さっき……ミヨキチちゃんの腕を見たからです。
リンゴを使ったお菓子ってのは沢山ありますが、お菓子作りの基本はあまり変わりません。となればなるべく簡単、でも少し腕が必要なものがいいと判断したからです。
いくら素人だからって、リンゴジャムや焼きリンゴを作るだけでは少し寂しいですからね。これくらいの手ごたえがあったほうがいいでしょう。
ケーキでも良かったんですが、意外にケーキも難しいんですよね。スポンジ生地をふっくらさせるのって大変なんです。混ぜ込みが少ないとパサつくし、混ぜすぎるとぺっちゃんこになるし……
その点パイ生地なら冷やせば何とかなりますからね。やり直しも利くから練習にはもってこいです。
そして、パイ生地は甘いお菓子以外の応用も利きます。魚や肉を包み込んでパイ包み焼きにすればお菓子からメインディシュにもなります。
ああ、何て素晴らしきかな、パイ生地よ!
「きょこたーん、さっきから一人で何言ってるの?」
ああ、つい叫んでしまいました! 妹さんとミヨキチちゃんがうっすら白い目でみていますこっちを!
「ああ、気にしないで。それより続きを作りましょう……って、あれ?」
改めて二人を見て、奇異な点があるのに気付きました。先ほどまで調理台の上に転がっていたリンゴがなくなっていたのです。
「リンゴなら全部皮を剥いちゃって、今バターと一緒に煮ている最中だよ。それにパイ生地も下ごしらえが終わって今冷蔵庫で寝かせているところ」
へ……何時の間にそこまで!?
「だって、きょこたんずーっとブツブツ言ってるんだもん。ちょっと避けたほうがいいかなーって思って。ミヨちゃんと二人で先作ってたから。ね、ミヨちゃん」
「うん。でもすごい。料理得意だったんだ」
「まーねー。これでもキョンくんに色々教わってるから」
「え? そうなの?」
「うん。キョンくんってば料理結構得意だし、わたしにも色々教えてくれるの。だから得意になっちゃった」
「そうなんだ……いいなあ、優しいお兄さんで」
「ミヨちゃんも、今度一緒にお料理してみようよ、キョンくんと。キョンくんに声かけておくから」
「いいの?」
「大丈夫だよ、ミヨちゃんなら」
「うん、ありがとう!」
……あのー、お二人で盛り上がっているところ申し訳ないのですが、あたしってばもしかして用なしでしょうか……?
「そんなことないよ、はい、コレ」
ドサッ
妹さんはリンゴの皮と芯を大量に預けてきました。
「はい、ゴミ捨てよろしく!」
「…………」
「どうしたの?」
ここでも下っ端扱いですかあたしは……
「でっきあっがりー!」
オーブンレンジのチーンという音と共に、後片付けをしていた二人が走り出しました。
「うーん、いい匂い」
「上手く焼けてるよー」
バターとリンゴの芳醇な香りがキッチン全体に広がりました。この香りからして、素晴らしい出来具合だと思います。
あつあつのアップルパイにナイフが入ります。中には黄金に輝くリンゴ。んん、もう最高です!!
「さ、みんなでたべよう!」
いよいよお楽しみのおやつタイムです。はやる心を押さえ、みんなの分の紅茶を淹れ、そして席について。
『いっただっきまーす!』
………
……
…
『おいしー!!』
もうメッチャ最高です!
パイはサクサク、中はホコホコでいい感じに仕上がっています。リンゴもバターとシナモンで良く煮たものは味わい深く、シュガーでさっと煮たものはシャクシャクとした食感が残ってて、ダブルで味を楽しめます!
そして、何と言っても焼きたて! 普通のパン屋さんではなかなか味わえません! 自分で作ったからこそ味わえる至高の味です!
「美味しいね、ミヨちゃん」
「うん、美味しいね。本当に料理上手だね」
「えへへ、そんなことないよ。ミヨちゃんが頑張って作ってくれたから美味しくなったんだよ」
「でも、わたし対したことしてないし……」
「そんなこと無いよ。生地を手際よく混ぜたり、熱をかけないで混ぜるのって大変なんだ。細やかに配慮できる人だからこそできる技法だよ! やっぱりミヨちゃんのおかげだよ」
「そ、そんなこと……」
妹さんに誉められ、照れて下を向くミヨキチちゃん。でも確かに妹さんの言うとおりなのです。これだけ細やかにかつ迅速に作業をこなすのは大変なのです。
はっ! 今気付きました。『組織』が今一歩『機関』負けている理由! こういう配慮ができる人間が居ないからなんですね!
佐々木さんが能力を失い、あたしたちの存在意義がピンチだというのに、のうのうと暮らしているメンバーがいることが問題なのです。佐々木さんを影から見守ることは重要ですが、でもそれだけでは何時までたってもあたし達の目的は達成しません!
今こそ革命を起こすのです!
時代は動いているのです。貴族社会から脱却した武士のように、絶対権力をもつ国王に反旗を翻した国民のように、行動を起こしてこそ時代は巡ってくるのです!
今こそ新しい風――ミヨキチちゃんを『組織』のメンバーに加え、パパ……もとい、ボスを始めとした旧幹部をこき下ろし、新政権を樹立するので
「きょこたん、ちょっと黙って食べてくれない?」
「へ?」
「さっきからブツブツ喋って……ちょっと怪しいよ?」
隣の席に座ってアップルパイを食べていた妹さんが、あからさまに侮蔑の色を出していました。
こ……声が出てしまったとは、何たる不覚!
「それにきょこたん、そしきとかボスとか言ってたけど、あれは何なの?」
え゛。
「それにミヨちゃんをそしきに加えるとか何とかって……」
「そしき……? 何の組織ですか?」
「革命がどうとか言ってたし……何だか変なことする組織かも……」
「もしかして、アブナイ組織なんじゃ……」
ちょちょちょ、二人して何を言い出すんですか!
「ああ、もしかしてきょこたん、その組織のメンバーの幹部とかじゃない? 新人スカウトするためにミヨちゃんを誘ってたんだよ、きっと」
「あ……もしかして、今までメモしてたのって、能力チェック!? そう言えば最初の頃は体力テストだったし、次は知力だったし……有り得る!」
ううっ! 微妙に当たってるし!
「じゃあ、きょこたんってやっぱりアブナイ組織のスカウトマンだったんだ! すっごーい!」
ちょっと待ったー!!!
「『やっぱり』ってなんですか! 『やっぱり』って!!!」
妹さんは悪びれた風でもなく、「だって、キョンくんが言ってたよ。きょこたんはアブナイ組織の幹部だから、あんまり親密になっちゃダメだって。うかつに近寄ると組織に洗脳されるんだって」
バカキョーン!! あなたなんてことを教えてるんですか実の妹に!!!
「わたし独り言をブツブツ言う組織なんてイヤ!」
突然泣き叫びだすミヨキチちゃん。
「ち、違います! あたしは決してそんな怪しい……」
「組織の人間じゃ、ないの?」
「う……それは……」
くぅぅぅ、推察が全くの見当はずれじゃないから、頭ごなしに否定するわけにもいかないわ! どうしよう!
「やっぱり、アブナイ組織の人だったんだ」
泣き咽ぶミヨキチちゃんとは違い、楽しそうに話し掛けてくる妹さん。彼女はこの展開を面白がっているようにも見えます。ミヨキチちゃんと同じ行動を取らないのはラッキーです。
しかし、『組織』の前に『アブナイ』っていう言葉をつけるのだけは止めて下さい!
「だ、だからあたしは……」
くう、言葉に詰っちゃいます。まさかこんなことになろう何て夢にも思いませんでしたから。本当のことを言うのはさすがにまずいでしょうし、だからと言っていい言い訳が早々簡単に見つかるわけでも……
「はやく、言ってください」
先までシクシク泣いていたミヨキチちゃんは、やおら顔を上げ、そして視線をキッと向けてきました。
「本当は、何が目的だったんですか?」
……こ、怖いです。すっげえ怖いです。森さんの石化光線に匹敵する怖さです。この年でそんなことができるなんて、やっぱり将来が楽しみ……ってそんなこと言ってる場合じゃない!
「何の目的で、わたしを調査していたのですか?」
ミシリ、と床が鳴きました。ミヨキチちゃんが一歩こちらに踏み出したからです。
「わたしを調査して、どうするつもりだったんですか?」
ミシリ、ともう一度床が鳴きます。あたしが一歩後退したからです。
「組織で強制労働させられ、日の目も見ることなく、社会に出ることも無く朽ちていくのですね……」
な、何でそんなにネガティブな……
「そんな虫けらのような生活は……コリゴリです……」
過去に何か合ったのかしら? 少し問詰めてみたいですけど、それは確実に『死』を意味するでしょうからやりません。
「さあ、答えてください……」
生気が抜け、虚ろな瞳がこちらを睨みつけています。
怖い……でも、何か言わなきゃ……そうしないとこのままじゃあたしどっちにしろ……
うーん……元々はキョンくんとの恋の掛け橋で……文化祭の内容決めもあったりして……今までやったことはあんまり関係なくて……でもこのままじゃ虫けら扱いされる……
……はっ! 虫けら! そうだ!
「じ、実は、重要なことをお知らせしようと思いまして!」
「重要なこと?」
そうです、そのためにミヨキチちゃんを調査してたのです。キョンくんの趣味を理解できるかどうか、今までの調査はそのためだったんです。
「いいですか、ちゃんと利いてください。なんと、キョンくんは――」
――一瞬の間を置き、あたしは声を絞り出しました。
全てを納得させる、魔法の言葉と信じて。
「――――――――――っ!」
『――!!』
……一瞬とも、数分とも思える沈黙が訪れました。
「ほ、本当ですか? それ?」
少し戸惑ったような顔で、声を絞り出すミヨキチちゃん。先ほどの怖い顔はきれいさっぱり跡形も無く消え去りました。
「本当なのです、ね?」
「そう言えばキョンくん、そういうの好きだったような気がする」
「そう……なの?」
「わたしにも自慢気に教えてくれたし、間違いないよ」
そりゃそうです。あたしの情報網に間違いなどありませんから!
「知力をつけたのは、ソレに対する知識を深めるため。体力をつけたのは、ソレを確保するために必要だったからよ。それに料理を教えたのは、彼の大好物を作れるよう修行させたかったのよ!」
「な、なるほど……確かにそう考えれば……あ、でも、商店街でナンパしたのは……」
あれはそのままの意味よ。彼の好みの格好でニコッとされたら言うことなしだと思わない?
「そう言うことだったんですか……」
ミヨキチちゃんは突然佇まいを直し、
「ごめんなさい! わたし勘違いしていました。これからも宜しくご指導お願いします!」
ははは、任せなさい!!
※※※※※※
11月●日 晴れ
その時は、必死でした。
妹さんやミヨキチちゃんが抱いているイメージを何とかして変えようと、在らぬ疑いを払拭しようと、力の限り考え込みました。
だから、気付かなかったんです。
あたしが苦し紛れに放ったその言葉が、後々とんでもないことを引き起こすなんて。
まさかあれほどまでにミヨキチちゃんが、ム……
ペタン。
「ふう……ダメよ、ダメダメ」
暫くペン回しをしていた右手はその動きを止め、制御を失ったペンはそのままあたしの右手を滑り、回転しながらあたしの日記帳の上に落ちました。
――自分がこれまでにしてきた行いを、これ以上文章として残すべきではない――
そんな考えが頭をよぎったからです。
万一のことを考えて、あたしが不利になるようなことは書いてないのですが、それでも『機関』のガサ入れがあったりしたら大変です。このノートは『機関』を通じて古泉さんにわたり、そしてキョンくんや佐々木さん、そして涼宮さんに見られて……
そうなれば、あたしは生きていけません。これ以上、余計なことを書かないようにしなくちゃ。今日からは貝のように堅く口を閉じて生きていくことにします。
……だから、ここから先はオフレコでお願いしますね。
あたしの『発言』で気を良くしたミヨキチちゃんは、あの日から猛勉強を重ね上げました。
彼らの基礎知識、習性、繁殖方法……一般的なことから学術的なことまで、一生懸命学びました。
元々多方面に渡って才能の芽がある彼女です。今回もその芽を大いに開花させることとなり、ミヨキチちゃんは博士と言ってもいいくらいに知識を身に付けました。
『これなら、キョンくんも大いに喜びますね』
キョンくんとの会話のネタを仕入れることができて、より親密な関係になる。ミヨキチちゃんにとっては願ったり叶ったりだし、あたしも面目躍如できたから、これで円満解決。めでたしめでたし。
その時までは、そう思っていました。
しかし……あたしの期待は大きく裏切られました。
彼に――キョンくんに好かれたい。もっともっと好かれたい。
ミヨキチちゃんはそう考えたのでしょう。あたしから得た情報には満足していましたが、競合犇めく彼の情勢に対応するには足りない。ライバルに差をつけるためには、さらに一歩踏み込まなければいけない。それにはどうすべきか。
そして、彼女はある結論に達したのです。
今まで得た知識を元に、それらを複合してある結論。それは――
……聞いた瞬間、あたしはツインテールが絡まるくらい驚きました。まさか彼女が、あの可憐とも聡明とも言える彼女が、そんな結論を下すとは……
『明日はいよいよ文化祭です。わたしのクラスの催し物を是非身に来てください。教えられたことを存分に発揮して、もてなそうと思います』
これは本日届いた、ミヨキチちゃんのメールの内容です。
汚れを知らない彼女のメールには、陰謀だとか悪意だとかが含まれている様子は微塵足たりともありません。純粋に、あたしを招待しているだけなのです。
しかし。
だからこそ困っています。
文化祭に、行きたくない。できることなら行きたくない。可能な限り行きたくない。
『森さんプレゼンツ 秘湯温泉めぐり 3泊5日 ラブラブツアー (森さんの教育指導含む)』と文化祭、どっち行きたいかと言われれば迷わず前者を選びます。しかも5日間ずっと笑顔で過ごすというオプションもつけてやりましょう。
それくらい行きたくないんです。
でも、それではミヨキチちゃんのイノセントなハートを傷つけることに……
「こうなったら仮病を使って……」
……いや、ダメです。多分気を使って『健康にいいですからどうぞ』って、アレを大量に持ってくるかも……それじゃ本末転倒だわ。
「そうだ! 『学校の健康診断があるから今日一日何も食べちゃいけない』って先生に言われたことに……」
……文化祭は休日に行うんでした。嘘だってすぐ見破られてしまいます。
その後も散々文化祭を休む口実を練ってはいたのですが、どれもこれも決め手に欠けるものばかりで、カンのいいミヨキチちゃんならばすぐに嘘を見破ってしまいそうです。
こうなったらもうどうしようもありません。当たって砕けろ、です。いっそ潔く突貫したほうが悩む必要も無くてスカッとした気持ちになれそうです。
でも……やっぱりアレを食べるってのは……ううう、また悩みだしてきた……やっぱりサボりたいよぅ……
ふう……
はあ…………
へぇぇぇぇ…………
――そして、冒頭の溜息とも呻き声とも付かぬ声に繋がるんです。
………
……
…
※橘京子の驚愕(後編)に続く