月日は百代の過客だとか行き交う年も旅人だとか、昔の偉人は大凡偉そうな物腰でネット世代で言うブログを自由気儘に書き綴ったり自由奔放な一人旅を満喫していたりするのだが、その心情は一介の高校生である俺にとってはナンセンスなものであろう。
 月日や年のように毎回サプライズイベントを引き起こすこともなく、ただ連々と時間だけを費やすのであれば俺に取ってこれ以上心休まる時間はないと言っても言い過ぎではないと心の中の胸三寸に収まっている。
 この二年半の間――言い換えればこの高校生活の間、俺が旅人として出会った人間は十中八九まともな人間ではないことが判明し、そしてそいつらのために俺の旅先は虚数軸方向の干渉がかかったかの如く無理矢理ひんまげられていった。
 俺の人生を常時サプライズ人生へと変えてしまった原因。今となっては明朗になっている。
 暴虐無人で唯我独尊、ゴ-マイウェイが信条の迷惑千万な女子高生。その名も……
 ……え? ハルヒ?
 残念、不正解。確かに発端となり、引き金となったのは確かに涼宮ハルヒだ。それは認めよう。だがそれはあくまで引き金、重合反応で言うところの重合開始剤、漸化式で言うならn=1のとき式が成り立つ事を証明したに過ぎない。
 連鎖反応の主反応を司っている人物。
 それは人のふり見て我がふり直さず、急がば回り過ぎて手遅れ。石橋ではなく腐りかけた吊り橋を叩いて渡り、そして噂をしなくても影が現れる。
 古成古語故事を悉く破壊するデストロイヤー、アウトローすら外道と恐れおののく風雲児……
 その名も、敬愛すべきKY、橘京子である。
 彼女の強みは、人並み外れすぎた特技、わざとじゃないかと思われる程の間の悪さ、恐ろしい程意味不明な行動の数々。それらが混然一体となって橘京子と言う人格を創り出し、そして辺りに被害をまき散らしていた。
 特に俺が一番の被害者な訳で、迷惑千万なこいつに慈悲の心もをって注意しようとするが、本人としては一生懸命やってたり悪いことをしていると言う自覚がないため、かなり始末が悪いのだ、これが。
 出会った当初、小悪魔的美少女だと思っていたそのキャラクターはこの一年強の付き合いで悉く剥がれ落ち、分別ない、権力ない、空気読めないの三ない娘――おまけに胸もないから四ない娘か――までに成り下がった。
 本人は『キョンくんの中では3枚目キャラなんですか!? ちょっとひどすぎやしませんか!?』等と嬉しい悲鳴をあげており、俺はと言うとなんだそんなに嬉しいのかと心の中でほくそ笑んでいたりもする。
 もしかしたら違うかも知れない。
 ……ああ、分かっているとは思うが『敬愛』ってのは韻を踏んでみただけのお遊びなんで深く考えないで欲しい。というか深く考えてもらってその気があるとか無いとかっていう話にだけは持って行かないでくれ。
 後でどんな不幸が待ちかまえているか、想像するだけでもおぞましい。くわばらくわばら。




 とまあ、ある意味不幸な生い立ちを持つつも、やっぱり自業自得な感のある彼女だが、その暴挙に神様が黙って見ているわけもなく異、ついに制裁のの鉄槌が下った。
 前回、橘がプラナリアの如く増殖しまくった『あの一件』によって、彼女の持つ超能力に大きな制約が発生したという。
 元々、橘の超能力は彼女が崇める神――佐々木によって無意識的に与えられたものであり、その力を発動できる場所が彼女の創り出す『閉鎖空間』と呼ばれるスペースである。
 また佐々木は『閉鎖空間』を定常稼働させており、佐々木に選ばれた人間はその空間に自由に入ることができる。更には『ある事件』を発端に発生し始めたイライラの原因物質、『神人』を駆逐し、佐々木の心情を落ち着かせる事も兼務していた。
 それが橘京子が属する『組織』の役割でもあり、生きがいでもある。
 だが。




 ――『あの一件』以降、『閉鎖空間』における『神人』は全く発生しなくなったのです。
 元に戻ったという言い方が正しいのかも知れませんが、ともかくそれによって『神人』退治に使用していた技の数々――所謂超能力も自然に消滅してしまいました。
 『閉鎖空間』自体は存在しているので、出入りする能力は健在ですけど……でも、その超能力が発揮できなくなったことで『組織』は混乱し始めたのです。
 当然だと思います。自身が授かった能力が消えると言うことは、この世界の滅亡と言っても過言ではありません。彼女を『神』として崇めていたあたし達にとって、それは致命傷とも言えます。
 『組織』の部隊は戦渦と戦慄によって崩壊の危機に迫り、暴走した部隊の手にかかって命を落とす可能性すら唄われ始めました。
 しかし、とある一言により、その危機は回避されました。
 それは緊急重役会議中、ある幹部の一人が言い放った『もうあんな場所に行って戦いを強要されることもないし、むしろ良かったんじゃね?』という言葉です。
 それを聞いた大多数の幹部が『それもそうだな』と納得し、「しばらく放っておこう」という応対を可決させたのです。
 命令は幹部から下へ下へと伝達され、『ああ、そう言われればそうか』、『これでやっと平和になる』、『夜中起こされるのはたまったもんじゃないしな』などと顧客満足度100%で部隊は再び平安を取り戻し、事態は収束の方向に向かっていったのです――




 以上、橘が涙ながらに語った話である。
 自分達が信じている『神』に対する信仰心が全くないのもどうかと一人ツッコミをするものの、確かにその通りで何も間違った行動ではないため、話の大半に対して頷くに留まった。
 少々イカれた『組織』の行動が鳴りを潜めるならばこちらとしても大歓迎である。
 しかし、この意見に否定する幹部もいた。
 言うまでもなく橘京子である。っていうか反対したのはこいつ一人だったらしいが(橘談)。
 橘は重役会議に於いて『もっと佐々木さんの面倒をちゃんと見るべきです! どうしてこんな事になったのか原因を探るべきだと思います!』と提案をしたそうだ。
 そして橘以外の幹部全員が一斉に指を差し、『原因はお前だ!』と突っ込まれて沈黙したらしい(分かっていると思うが橘談)。
 さすがの親父さん――『組織』のボスも庇いきれなかったらしい(しつこいようだが橘談……って、今まで何で罷免されなかったのだろうか、あの親父)。
 会議後、ふらふらした足取りで『佐々木さんの信頼に答えることができませんでした……』と本気でへこんでいる橘を確保した俺と佐々木で上記の話を聞いたのだが……。
 あまりに不憫に思えた俺と佐々木は『ねえよ。最初から。そんなもん』と必死に説得し、『みんなであたしをいぢめるぅぅぅ』と元気いっぱいの声を発しながらその場を立ち去ったため、『元気になって良かったな』と二人で喜びを噛みしめていたのだ。
 その時橘が涙目だったのは――うん、目にゴミが入ったせいだな。
 それはともかく、そんなこんなで橘は佐々木の周りをうろつく理由が減り、2人の関係は次第に疎遠になりつつあった。無論俺もここ最近はヤツの姿をとんと見ることが無くなってきた。
 おかげで今は平和そのもの。そこそこ遊んでそこそこ勉強してそこそこ団活をして。高校生活最後の夏休みは平穏無事に過ごすことができそうだ。
 しかし、このまま終わる橘京子ではなかった。
 佐々木を不安で煽るような事ばかりしでかし、それどころか同じ能力を持つ我が団長に対してもダメ出しを食らわすと言った、イタイ行動をしでかしているあいつだ。
 宇宙人も未来人も異世界人も超能力者でも予測できないその行動は留まることを知らない。
 ――いつかは至極真っ当な人間にまでその牙を向け始める。そんな日も遠くは無いだろう――
 冗談ではなしに何時しかそんな考えが過ぎっていた。


 しかし、そんな日がついに迎えることになろうとは。
 予想以上に早かった……が、これも既定事項の成せる業なのかもしれない。
 何せ相手は橘京子だからな。遺憾ではあるが仕方ない。


 というわけで、今回の事件はこんな感じである。




 球児達が自身の力の限りを尽くして戦う某球技大会も程なく終わりを迎え、その様を延々テレビで見ていた俺の夏休みも残り指折り数えられるようになってきたある日のこと。
 日中の暑さは地獄の業火に投げ入れられたかの様にまとわりつくのだが、それでも朝晩の暑さは多少和らいだ感がある。暑さ寒さも彼岸までと言う言葉もあるが、お盆もその言葉に加えても良いかもしれないな。
 そんな中、俺は母校でもある中学校へと向かっていた。その理由は教師にお礼参りをするわけでもなく、同窓会を行うためでもなく、ましてや妹の代わりに花壇の水やりに来たわけでもない。
「楽しみだね、キョンくん」
 となりで笑顔を絶やさず喋りかけるのは制服姿に身を包んだ我が妹。インナーウェアを着ている時とは違って、少々ませているような気もする。ま、中学生だし少しくらい大人っぽく見えてもいいだろう。特にこいつの場合は年相応に見られることが無い。
「俺はちっとも楽しくなんか無い」
 妹とは対照的にしかめっ面を見せてやった。どうしてかと言われても言葉通りであるからこれ以上の説明は不要である。
「たっのしみだな~、たっのしみだね~……」
 俺が言い放った精一杯の皮肉に動じることもなく、妹は自身が作曲作詞した『お楽しみの歌』を歌い出しながら俺の数歩先を歩んでいる。この歌を歌う時は妹の機嫌の良い時である。
 対してこっちは意気消沈しきって今からでも帰りたい気分、マイハートはブルー一色で染まっている。俺はBメロからサビの部分へと移りつつある例の歌を聞き流し、ジト目で妹を見据えた。『誰のせいでこんなことになったと思ってんだ』とね。
 だがもちろんそんなことをしたくらいでこやつは動じないだろうし、縦しんば俺の愚痴を聞いたところで反省するタマでもない。それは兄貴である俺が一番良くわかっている。そうでなければあんな事勝手に引き受けることなど無い。
 妹よ。年相応に見られないのは構わない。勉強が疎かなのも目をつぶる。歩きながら物を食べたり喋りながら物を食べるのも許容しよう。
 だがせめて妹らしく兄のことをもっと尊重してくれ。中学生になっても俺を起こす際にバタバタと暴れるのだけは止めて欲しい。そして何より兄貴のことを『キョンくん』と呼ぶのだけは勘弁願いたいね。


 さて、一通り愚痴を言ったところでそろそろ俺が何のために母校に向かっているのか、なぜこんなにも不機嫌なのか。その辺りを説明したいと思う。
 俺の中学校では夏休みに中学三年生を対象とした進学相談なるものをやっており、その一貫としてうちの中学を卒業した現役高校生による、高校説明会というものを実施している。
 大体どこの中学でも行う最上級生必須のイベントの一つだろうし、これだけならば然したるものではない。
 だが問題はここからだ。
 もちろん我が北高からも代表者が選出されるのだが、何を血迷ったのか中学教師陣が北高代表として俺に白羽の矢を立てやがり、そして見事……というか勝手にその代表者としてリストアップされてしまったのだ。
 その話を始めて聞いた時は呆然としたね。もし報道陣が俺の前に現れて今の気持ちを聞かせて下さいと言われたらこう言うだろう、『全然嬉しくない』と。
 もちろん立候補してもなれるもんじゃないし、それなりに名誉なことではあるのだが、演説するのならもっとそれ向きの人間を教壇の上に立たせるべきだ、俺よりも適任者がいるはずだ。
 そう思って中学校に抗議した。
 実際のところ、教師陣もそう考えていたようで(ホッとしたが少し悔しいのは何故だろう)、本来ならもっと優秀で真面目な学生を候補としてあげていたのだと言う。
 しかし、不幸は突然訪れた。説明会の3日前、その候補学生のおばあちゃんが危篤状態となり、急遽おばあちゃんの実家、県外の田舎へと向かわなければならなくなったのだ。
 そう言うことなら無碍に出席させることも出来ず、代わりの出席者を捜すことになったのだが……急なことだったから代役なんて考えてもなかったし、代役がいたとしても予定が開いているか確認しないといけない。
 そして一番の問題。それは北高進学生の少なさである。俺の世代を中心とした前後2学年程、うちの中学から北高へと進学した数は極端に少ないのだ。その理由は……更に話がずれるが、我慢して聞いて頂きたい。


 あれは俺が中学一年の夏休み――丁度今頃だったと思う。北高に纏わる怪談話が流布し始めたのだ。
 とあるクラスの男子中学生曰く、北高に通う兄弟が深夜に忘れ物を取りに行った時、職員室ですすり泣くような女の子の声を聞いたのだという。あれはテストの成績を苦に自殺した、北高の霊に違いない――と。
 中学生と言えばその手の話しに敏感なもので、その話は瞬く間に広まった。そして勇敢とも無謀とも思える生徒数人が肝試しを兼ねて噂の是非を確かめに北高へと趣き――そして見たのだという。
 職員室にひっそりと佇む、髪の長い少女を。
 生徒は有無を言わさず逃げだし、そしてこの武勇伝(?)を中学校内に広め……結果として北高への進学数を極端に下げてしまうこととなったのだ。
 俺はと言えばそんなこと信じるようなタマじゃないし、むしろその幽霊に少し会ってみたい気もするし、それより倍率が下がるからむしろ好都合だと考え、北高の進学を成功させたわけだが……それは余談である。
 さらに余談だが。今にして思えば少女の幽霊とは北高の職員室に不法侵入した若かりし頃の涼宮ハルヒであって、たまたまそれを目撃しただけに過ぎないと思うわけだが……真相を知る気はないので、このまま黒歴史にしてしまった方がいいのかもしれない。


 とまあそんなわけで、数少ない北高進学生を探すために教師陣は辟易していたのだが、ちょうどその時タイミング良く職員室のドアを開いたのが現れたのがうちの妹だ。
 そして教師の一人が妹の兄である俺の存在、そして俺が通っている高校が北高であることを思い出したらしい、。
 後はもうお分かりだろう。藁にも泥船にも縋る思いで俺の妹に協力を要請し、俺の妹は二つ返事でOKを出し、見事交渉は成立したのだ。
 もちろん、俺の予定など聞くまでもなく。
 こうして、俺は齢17にして体育館にある、普段校長しか立つことのないお立ち台の上で熱弁を振るうことになり……


「たのしかったな~、たのしかったね~……」
 『お楽しみの歌』の2番を口ずさむ我が妹にそっと目をやる。あいつとっては人助けということもあったのだろうが、正直言って迷惑である。俺はハルヒとは違って目立つ行動はあまり好きじゃないんだ。
 俺は本日二度目の注文を心の中で言いつける。
 お前もそろそろ思春期を迎える頃だろ。俺のこの心境を汲み取ってくれても良い年頃だ。見た目は子供っぽくてもいい。でもせめて趣味思想だけは大人の階段を上り始めてくれ。後生だから。
 手を合わせて神様がいそうな方向に向かって二礼し……
「あ、ニイニイゼミの抜け殻だ! これで今年8個目だよ!」
 ……どうやら、兄の切実な願いは夢幻となって消えていく運命にありそうだ。




「キョンくーん、早く早くー! こっちこっちー!」
 などと妄想にふけっていると、一段と元気溌剌な声が辺りに響き渡った。見上げれば勢いよくぶんぶかと手を振る妹。
 そして、横にいるもう一人の影――妹と同じ制服を着た女の子。
 妹よりも頭一つ分背が高く、落ち着いた出で立ち。面倒見の良い優しい姉と元気いっぱいでやんちゃな妹。仲の良い姉妹が通学している――傍から見たらそんな感じだろう。だが――
「おはようございます」
「おはよう」
 俺は挨拶を返し、そして彼女を見据え、そしてこう思った。
 ――だが、一体どれだけの人間が、実はこの二人が同級生だと知っているのだろう? ってね。
 彼女の名は吉村美代子。妹の唯一無二の親友。あだ名付け名人の妹からはミヨキチと呼ばれている。
 ――もちろん俺の知り合いでもある。
 ここ暫く彼女を見ていなかったのだが、それにしても見るたびに大人っぽくなっていくのは俺の気のせいではないはずだ。
 身長やその他女の子としての部分が成長を遂げているのは言うに及ばず。そしてチャームポイントだったおさげが完璧なストレートヘアに切り替わっていたのが新鮮で、これが彼女の大人びた印象をより強く与えていた。
 これで着ているものが中学の制服でなく流行の服なんか着ていた日には、十分朝比奈さんの対抗馬となり得るだろう。正直朝比奈さんと同い年と言っても過言ではない。
 個人的な欲を言うのであれば、その見事な長髪を括ってポニーテールにしてくれれば感無量、言うことなし。『娘さんを僕に下さい』という下卑た輩をちゃぶ台返しで追い払う親父の役をしてやってもいい。もちろん冗談だ。
「……あの」
 そんな俺の目線に気付いたか、ややもじもじとしながらミヨキチは俺に語りかけた。
「今日、北高の代表として……その、お話をされるんですよね」
 ああ、何故か大役を仰せつかってしまったからな。正直今すぐ家に帰ってベッドの中に潜り込みたい気分だよ。どうせ俺の与太話なんて聞くやつなんざいないだろうし。
「そ、そんなことはない、と思います。わたしはちゃんと聞いているつもりです」
 だと思ったよ。
 本来進路相談なんざ中学3年生だけ出席すれば事足りるのに、任意とはいえ1・2年も出席可能なんだよな、うちの中学は。普通に考えて現状の自分に関係のないことなのに、夏休みの貴重な半日を無駄にする奴がいるとは思えない。
 事実そう考える生徒の方が大多数のようで、クラスで片手で数えられる人数を超えることなどはないのだが、それでも例外というのはどこの世界にも存在していたりする。
 うちの妹や、ミヨキチとかみたいにな。
 妹の場合、俺の付き添いと考えればまだ分からなくもないが、ミヨキチは……どうせうちの妹に強引に呼び出されたのであろう。
「いえ、そんなことありません」
 即座に否定した。「わたし、北高のこと、詳しく聞きたかったんです」
 はて……俺の知る限り、ミヨキチはうちの妹よりも数段頭が良いはずだ。もっと頭の良い高校へと流れても良いんじゃないかと思うんだが……。
 北高は特別な強みのある学校ではないし、歴史が古い学校でもない。しいて言うなら丘の上にあるから見晴らしがいいくらいだが、そのために毎日ハイキングしようなんて奴なんざ陸上部の体力バカだって考えつかない。
 なあミヨキチよ。もっと特色のある他の高校を狙ったほうがいいと思うぜ。俺が言うのも何だが、男子生徒の質は中の下だし正直変なヤツしかいないし……もっと程度の高い高校か、女子校にでも進学した方がいい。
 北高の下にあるお嬢様高校なんか特にお奨めだが、それがだめなら……そうだな、市外の進学校なんてどうだ? 進学に目を向けているから女に興味の無い輩も多いし。俺も心配しなくて済む。
「…………」
 一瞬沈黙したミヨキチは、
「お勧めして下さるなら、そこでも。ご心配をおかけしまして申し訳ありません。ありがとうございます」
 北高のことを詳しく聞きたいと言ったわりにあっさりと進路を変更した。だがミヨキチのためを思えば絶対そこの方がいい。そうだ、そこに行ってる知り合いがいるから、紹介すべきかもしれない。他校の俺よりも詳しい話が聞けると思う。
「あ、あの……紹介して下さる方ってどんな方ですか?」
 俺の知り合いでな。佐々木って言うんだ。ちょっと独特な雰囲気があるし変わった喋り方をするが、決して怪しい奴じゃない。女の子同士だし、色々聞けるんじゃないかと思うぜ。
「え……? 女性……ですか?」
 ああ。俺の中学のときの同級生でね。そこそこ気兼ねなく話し合える知り合いの一人なんだ。
「そう、ですか……」
 言ったきり、糸が切れたマリオネットのように動きが止まってしまった。
 ミヨキチ? どうしたんだ? 調子でも悪いのか?
「……いえ……」
 そして、この言葉を最後に口を閉ざしてしまった。


 ミヨキチの沈黙は中学へ向かって歩き出した後も続いていた。俺が話しかけても簡単な頷きくらいしかせず、黙って顔を俯き加減にして歩いていた。
 何となくだが、先ほどの会話で俺がいけないことを言った気がする。それでミヨキチが怒っている気がするのだが……ただ、特に変なことも言ったつもりもないしなぁ……
「♪~ ♪~」
 そんな中唯一テンションの変わらない、と言うかむしろ余計ハイテンションになったうちの妹だけがスキップしながら先頭を歩いている。何故かミヨキチに話しかけようともせず、相手を俺一人に任せているようにも見えるが一体何をさせたいのだ?
 さらに気にくわないのは、たまに後ろを振り返って見せる、ニヤニヤとした笑い。
 妹よ、その笑いにどんな意味が込められているんだ?


「キョンくん、ほら、もうすぐだよ!」
 分かっている。お前よりも俺の方が長いこと通ってたんだからそれくらい分かる。
 そんなこんなの状況で、程なく中学校の直前までついた俺たち三人。妹は相変わらずのハイテンション。俺は相変わらずのローテンション。
 そしてミヨキチは未だ口を閉ざしたまま。
 取りあえず謝った方が良いのか? しかし何と言って謝れば良いか分からないし、そもそもミヨキチが機嫌を悪くした理由がわからなければそれこそ本末転倒である。
 うーん、どうすべきか……

「ひっ……!」

 その時、突然俺の腕が引っ張られる感触を覚えた。そして小さな悲鳴がこれまた小さく辺りに木霊した。
 何事かと腕を見る。制服のブレザーの裾。そこが重力に逆らって横に伸びて――引っ張られている。
 引っ張られた裾の先にあるのは小さくて白い手。白い手の持ち主はもちろん――ミヨキチ。
「あ、あれ……」
 ミヨキチの端正な顔は恐怖のためだろうか歪んでいた。片手で俺の制服の裾を引っ張りつつ、もう一方の片手を震わせながらとある場所を指さす。指を差したその先には……
「――――」
 どこかで見たことのある黒い物体。それが電信柱の横に鎮座していた。




 突如、俺の脳内にRPG風の戦闘画面が浮かび上がった。



 くろい ぶったい が あらわれた!
 コマンド?

 たたかう
 にげる
 ぼうぎょ


 『にげる』だ。『にげる』以外の行動は命取りだ。後々絶対面倒になる。
「よし、行くぞ」
「あ……」
 裾を掴んでいたミヨキチの手を握り替えし、目線を合わせず中学校へと一目散。
 中学の敷地内までおよそ100m。人を抱えているとは言え、気付かれずに行動することはできるはずだ。俺はミヨキチに気配を消すように促し、本人にしか聞こえない声で囁いた。
(離れるなよ)
(は、はいっ!)
 声は聞こえなかったが彼女の口は確かにそう言った。よかった。空気を読んでくれる人間はまだ絶滅していないみたいだ。それだけで心が潤ってくる。感動ものだ。思わず手に力を込め、その場を全力疾走を再開した。
 もうすぐ校舎。
 黒い物体は気付いているそぶりすら見せない。よし、何とかなるぞ。
(あ、あの……)
 どうしたミヨキチ?
(あそこ……)
 再びミヨキチが指を差す。


「わー、すっごい髪の毛! どうなってるのこれ?」
「――秘密」
「ねえねえ、縄跳びしてもいい?」
「――駄――目――」
「えー、ケチ」
「縄跳びは……もう少し長さが――必要――」
「うーん、それもそっか」


 馬鹿妹ぉ! 何してやがるぅぅぅ!!!
「――――」
 俺の絶叫を聞きつけ、こちらを向いて右手をピョコッと挙げるダークマター――もとい、周防九曜。
「あれ? キョンくんの知り合い? この不思議な人」
 知り合いたくなかったんだが、何のかんので知り合ってしまったんだ、不幸なことに。俺が選ぶ、関わりたくない人ベスト5に堂々ランクインだ。
「ふーん、面白い人なんだね、この人」
 それは認めるが、異様な物体に好き好んで近づくお前もどうかと思うぞ。
「――――」
 冷たい視線が突き刺さる。長門のそれとは一味も二味も違うが、視線が冷たい理由は……面白い人扱いされたこと恨んでか、はたまた実は俺の行動を全てお見通しで、無視したことを恨んでいるのか、単にそう言う目つきなのか……
 ともかく、見つかってしまったのは仕方ない。声をかけることにした。
「こんなところで何をやっている? まさかフランス人形のモノマネとか言い出さないよな」
「――待ち……ぼうけ――」
 は?
「――待ち……ぼうけ――」
「ある日せっせと野良稼ぎ~」
 黙っててくれ妹。俺は近代詩人や作家なんかに詳しくないからそれ以上つっこめないぞ。
「待ち合わせ――来ない」
 漆黒の宝石を思わせる瞳は、天蓋の方向を見据えていた。
「――彼女……遅い」
 なるほど、待ち合わせしているが相方が遅れて待ちぼうけってわけだな――って、
「もしかして待ち合わせの相手って!」
「――――」
 九曜はしばし沈黙し、そして――
「――た……」


 ――皆を聞くまでもない。
 ミヨキチを抱え妹を引っ張り、ダッシュでその場から立ち去った。




「はあ……はあ……個々まで来れば大丈夫だろう」
「あの……どうしたんですかいきなり?」
「そうだよー。あんなにふわふわもこもこの髪の毛、見たこと無いのに」
 普通じゃないから逃げてきたんだよ。それにあのままだと絶対良くないことが起きる。ほら、この腕。
「うわ……凄い鳥肌」
「知らない人に付いて行っちゃいけないって習っただろ? だからほら、行くぞ」
「あっ……」
 ん?
「あ、あの……その……」
 このときようやく気付いた。ミヨキチを抱えていたままだって事に。
 ミヨキチの、蚊細い声が静かに響き渡る。うむ、これはマズイ。見ようによっては、若い女の子を強引に連れ出し、連れ回したとも捕らえられるじゃないか。最悪、警察に通報されかねない。
「スマン。悪い悪い」
 俺はミヨキチをゆっくりと下ろし、地面に立たせてやる。両足が地面に付いたのを確認して腕を放す。ミヨキチが未だ俺の裾を握っていたのが目に入った。もしかしてずっと握っていたのだろうか?
「いえ、いいんです。ありがとうございました」
 言ってミヨキチはようやく裾から手を放し、妹と二人で歩き出した。楽しく談笑をしながら。
 さっきまで沈黙していたのが嘘のようだ。
「……機嫌、直ったみたいだな」
 そんな言葉を思い浮かべていると、妹が突然後ろを振り返り、そして「ニヤッ」と笑いやがった。
 だからその笑顔にどんな意味がこめられているんだ?




「はあ、はあ……す、すみません、遅刻しちゃいました……」
「――ちっ、惜しい」
「は?」
「――何でも……ない」
「でもまだ間に合いそうですね。よかった。初日から遅刻したら怒られちゃうものね。それじゃ急ぎましょう!」
「――待って」
「?」
「遅刻――した人は……お茶を奢ること――」
「えーっ! 間に合ったから良いじゃないですか!」
「駄目――言い出しっぺは……約束守りなさい――」
「普段ボーッとしている割にそう言うことだけは覚えてるんですね、九曜さん……」




 九曜の言葉を全て聞くまでもなくその場を後にした俺たちだが、その移動時間中時の流れが非常に遅く感じたのは光に限りなく近い速度で行動したため所謂ウラシマ効果が発生したのだと勝手に結論づけた。
 事実観測者たる二人の女子中学生にとっては一瞬の出来事だったらしく、九曜との会話は一瞬も聞き取ることが出来なかったようで、不幸中の幸いとはこのことを言うのだろうと妙に納得していたりもする。
 さて、そんなわけで妹とミヨキチは自分のクラスへと向かい、俺はと言えばあまり良い思い出のない職員室へと向かい、担当の先生に簡単な挨拶をした後、応接間でくつろいでいたりした。
 応接間には俺一人しかいない。本来なら他校の生徒がいてもおかしくないのだが、それらは他の先生と談笑している。元担任だとか、元顧問だとか、何となく仲の良かった関係だったとか、あるいは友人同士とか……である。
 対照的に俺の元担任だった先生は他校へと赴任し、その他特に仲の良かった先生も友人もいなかったので、用務員のおばちゃんが淹れてくれたお茶飲み、時間を潰すしかないのである。
「朝比奈さんが淹れたお茶の方が旨いな」と心の中で思いつつ。

「そろそろ時間ですので体育館の方に移動して下さい」
 言われて湯飲み茶碗を置いた。さて、ようやく出番か。
 無駄に緊張するな、こういう時って。




「いきなり遅刻ですか……これでは先が思いやられますね」
「す、すみません……ほら、だから言ったじゃないですか! お茶なんか飲んでる暇なんて無いって!」
「――……――」
「な、なんですかその無言は!? 九曜さんに怒られても怖くないよーだ!」
「――手伝うの……止めようかな――」
「ええっ! それだけは勘弁! 今日は九曜さんがいないと何も出来ません!」
「なら――もう一回――奢って」
(ううう……足本見やがってこの腐れ海産物!)
「――帰る――」
「ああ! もしかして聞こえた!? ごめんなさい嘘です冗談ですってば! 許してぇ!!」
「――奢って……くれる?」
「奢ります! 奢りますからぁぁ!!!」
「……何を言ってるんですか、あなた方は!?」
「あ、いえ、こっちの話で。おほほほほほ……」
「……ともかく、本番は宜しくお願いしますよ。あなた方が人気のある何たらジャッキとかジョッキだとか、若い先生方の一押しだったから私も承認せざるを得なかったんですからね」
(ああもう。こいつもうっさいわね、このハゲ入道が)
「何か言いましたかね?」
「い、いえ、何も!! それより練習の時間を……」
「もうそんな時間ありませんよ。ぶっつけ本番でお願いします」
「ええっ! そんなぁ!」
「遅れてくる方が悪いんですよ。本番には間に合ったとは言え、打ち合わせの時間には間に合わなかったのですからその分報酬は差し引きますからね」
(……九曜さん並のケチんぼね……)
「今『ケチ』って言いませんでしたか?」
「――言った――確かに言った……」
「い、言ってません!! 二人とも何でそんなに地獄耳なんですかぁぁ!!」




「何だこれは……」
 体育館に移動し、まず出たのがそのコメントだった。
 まず驚いたのが傍聴者の数。俺が予想していた人数を遙かに超える人が整列し、体育座りをして今か今かと待ちわびている。
 ちゃんとは数えていないが、それでも中学校生徒全員に匹敵する人数がいるのではないだろうか。
 繰り返し言おう。この進路相談会は3年生は強制、他は任意。任意参加者は殆どいない。
 つまり、この参加者は異常なのだ。
 今年から全員参加のスタイルを取り始めたのだろうか? いや、妹もミヨキチもそんなそぶりは見せなかったはず……
 おかしい点は他にもある。この会場の雰囲気だ。
 薄暗い館内。これは良いとしよう。壇上にある、ガラスと机でセパレートされた対面式の机と椅子。この中でトークすると思いこめばこれもまだ許せる。
 しかし。
 ネオンサインによって描かれた垂れ幕。
 会場を埋め尽くすようなLEDの数々。
 クラブで流れていそうな、ハウス調のバックミュージックエトセトラエトセトエラ……
 中学校の体育館とはおおよそ見当もつかない異様な空間だった。これはまるで、
「間に合わせで作ったライブハウスだよな」
 というかそんな風にしか思えない。
 実は中学校の文化祭でしたってオチは無いはずだし、うーん……
「キョンくん、なにやってるのこんなところで?」
 俺があまりにも呆けているのが目立ったのだろうか、既に集合しつつあった現役中学生の集団から一人の女子生徒が近づいてきた。もちろん妹である。
「今から、高校の、進学相談会を、やるんだよな……?」
 俺の時代の進路相談会とはあまりにも異なるため、思わず妹に聞いてみた。ちょっとどもっていたのは仕方ないだ。
「うん。そうだよ。すごいでしょ」
 ああ、凄すぎて俺の低俗かつ下劣な大脳では事の次第を判断できない故、事細かに語ってくれなかな。不出来な兄ですまん。




 事の詳細は妹から聞いた。
 今年赴任してきた校長の『1・2年の出席率が悪いからもっと上げるように』とのお達しが出たことが事の発端だそうだ。
 進学に興味のない1・2年を無理矢理出席させても意味がないと思うのは先にも述べた通りであるし、実際うちの学校の先生達もそう思っているはずで参加率が低くても黙認してきたのだが、新任校長は相当頭の固い人で自分の考えを曲げることはなかった。
 そこで運営委員(正確には3年生の担任教師)が集まってどうしようかと考えに考え抜いた策がこれだったらしい。
 『生徒の興味を惹くイベントを用意すればいいんだ』、と。
 しかし、単に興味を惹くものだけでは意味がない。高校の進学相談会である以上、芸能人を呼んでのトークショーやアイドルを呼んで握手会などを行うのはナンセンスである。
 熟考に熟考を重ねた結果、『パーソナリティを交え、現役高校生とトーク形式で説明会をしてみよう』という案に落ち着いた。
 なるほど、これはこれで良い案だと思う。一方的に話す演説形式だと聞く方は退屈だし、話す方もお決まりの言葉しか出なくなる。パーソナリティの腕次第ではあるが、対話形式にすればそう言った心配も少なくなるだろう。
 そのパーソナリティの選出は、当初中学校の生徒から選ぶ予定だったが、生徒の意見を取り入れた結果外部の人間を雇うことにしたそうだ。圧倒的にその方が面白いから、という理由からである。
 かくして運営委員は巷で人気のDJに懇願し、その人をパーソナリティとして呼ぶことに成功したのだ。
 そして、DJに合わせてスタジオっぽい雰囲気を出そうってことで、クラブとラジオブースを合体させたこの仮設スタンドが出来上がったのだという。




 いやもう、何というか。
「一つ聞いておくが、今年の3年担当って馬鹿ばっかなのか?」
「うーん、人気はあるみたいだよ。若いし、先生っぽくなくて気が楽だって」
 ……あ、そう。
 3年生担当の先生方。手段のために目的を蔑ろにするのはどうかと思う。これじゃあまるで橘京子だ。
「で、パーソナリティってのは有名なんだって? 誰だ?」
「えーとね、忘れちゃった」
 おい……
「確かね、人気女性デュオと、DJ何とかって人との組み合わせだったと思うんだけど……」
 有名じゃないのか? そいつらは?
「先生が言うにはね、今売れ始めたばっかで知っている人が少ないらしいの。でもその手の人たちに凄く注目されてる、将来有望なユニットなんだって」
 そうかい。そりゃよかった。どうせろくなヤツじゃないな。


 結論から言おう。正しく俺の予言していた通りのユニットだった。
 俺が卒業して早2年。この中学は落ちるところまで落ちたのかも知れない。そんなところに赴任してきた校長に同情する。




 落ち着きを取り戻したと言えば聞こえが良いが、というよりもただあきれてモノが言えなくなった状態で自分の席へと座って開会を待つこと数分。ようやく式の開会の時間を迎えることと相成った。
 だが未だ始まる気配はなく、生徒諸君は少しざわつき始めていた。先生方も少しやきもきし始めてきた。何かトラブルでも合ったのではと心配しているのだろう。
 ふと壇上を見上げる。生徒達とは違い、DJブースと化した壇上に比較的近くにいるのだが辺りは薄暗く、ブースの中がどうなっているかさっぱり分からない。既にスタンバイに入っているのだろうか。
 それとも寝坊して遅刻でもしたのだろうかね、最近の若い人にはよくあることだ。某女子大生みたいにさ。
 そんな事を考えていた矢先。

 パァァーン!

 突然、ラッパだか車のホーンだかの音が会場内に響き渡った。
『…………』
 そして、会場内の全人類が沈黙した。

「Good mornin' everyone! How goes it? hmm... Sounds no good. What's the matter? By any chance, you're overstudy... Hahaha, just kidding! Ok, I know, I know. You are too young, But I ――」
 体育館をサラウンドしているスピーカーから聞こえてきたのは女性の声。しかも英語。砕けたような口調から、喋っているのはまだ若い子ではないかと推測される。
 流暢な英語はなおも続いているが、俺は最初の『Good mornin' everyone!』くらいしか聞き取れず聞き流しているのだが、それは皆同じのようで面白いくらいぽかーんと口を開けたまま彼女の言葉に耳を傾けていた。
「―― Thanks! Don't miss it!」
 瞬間、ブースのイルミネーションが一斉に灯り、スポットライトがブース内にいる人の姿を映し出した。
「……なんとおっ!」
 俺はと言えば、映し出されたその少女――少女達を見て、思いっきり奇声を上げてしまった。


「っていうわけで、皆さんおはようだぜっ! 進路相談会にようこそ来やがったなこんちくしょう! 本日の司会を務めさせて頂くのはこのあたし、シンガーのKyo-Koと!」
「――ラッパー――の……K.U.u.――」
「二人合わせてThree K でぇーす! どうぞ宜しくぅ!」


 ……しーん……


「あれ? 滑ったかな?」
 滑りまくりだ。
「うーん、いいユニット名だと思ったんだけどな……」
 2人なのにどうしてThree Kなんだ? キツイ、汚い、危険なユニットなのかお前ら?
「この辺じゃ有名じゃないから仕方ないか」
 有名なのはお前の脳内横町だけで勘弁してくれ。
 ……ああ、もう。ツッコミのセリフしか出てこない。
 何やってんだあいつら。頭の2・3発叩いて沈黙させたい気分だ。健全な若者があいつの毒牙にかかる前にはっ倒してやりたい。被害者は俺たちだけで十分だ。
「……え? 時間がない? あ、そうでしたか。自己紹介はここまでにしましょう、少し物足りないんですが……では現役高校生による高校紹介に移りますね。先ずは北高の代表者の方、宜しくお願いします!」
 これはこれは……この俺がトップバッターとは。天は俺を……いや、世界を見捨ててなかったようだな……
「フッフッフッ……」
 近席の方々は奇妙な笑い声が聞こえたかも知れないが、気にしちゃいけない。大事の前の小事。些細な出来事に過ぎない。
 さっと立ち上がった俺は本日の進路相談会資料を手に取り、壇上へと上がっていった。
 ワナワナと震える体を抑えつつ。


 壇上に並ぶにわか作りのブースには、俺とパーソナリティを遮る形で長机が2つ並んでいた。
 向かい側には2つのパイプ椅子。もちろんパーソナリティの2人が座っている。薄暗い壇上とは異なり、ブースの中は適度な明るさを保っている。そのため2人の顔をきっちりと把握できた。
 一人は異様なほど長くて黒い髪の毛を地面にまで生やした制服姿の女子高生。
 そしてもう一人。栗色の髪の毛を2つに括った同世代の女性。
 俺の見間違いなどではない。どう見てもあいつらである。
 席を促され、その対面――一つ空いているパイプ椅子の側までやって来たときには武者震いがした。自然と右手に力が籠もる。
「おはようございます」
 だが努めて冷静に声をかける。
「おはようございまーす。今日はよろしく……って、あーっ!」
 栗色の髪の毛の女性が突然叫びだした。
「キョンくんじゃないですか! お久しぶりです! お元気でしたか!? いやー、あの後大変でしたよ。あたし佐々木さんにますます嫌われぐけっ!!」
 俺は手にした凶器(台本を丸めたヤツ)を剣道の竹刀の如く振りかぶり、一方的にまくし立てたコイツに一閃。
 見事このKYを――橘京子を沈黙させた。



 ……たく、こいつはどうしてややこしい時に現れるんだ、いつもいつも。

橘京子の暴走(後編)に続く


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