「いったーい!! 何するんですかぁ!!」
 聞きたいのはこっちだ! 何やってるんだお前わぁここでぇ!!
「見て分からないですか? 高校の進路相談会のパーソナリティですよ」
 そうじゃなくて何でお前が……いや、やめた。理由を聞いたところで俺のメリットになるモンは何もないし。大人しく流そう。そうだ、それがいい。
「えー。そんな事言わずに聞いて下さいよ。減るもんじゃないんだし。実はですね、組織が壊滅の危機に立たされてお給金すら配給の目処が立たなくなって、だからこうしてアウトソーシング的な仕事もこなさないとあたしのバイト代が……」
 嫌だぁぁぁ! 聞きたくないぃぃー!!
「そんな我が儘許しません! これもそれもみんなキョンくんのせいですからね! いわゆる一つの『責任、取って下さい』ってやつですからよろしく!」
 よろしくされる筋合いはねぇ! 全部お前が悪いんだろうが!!
「えー、だって……」
「あの……お楽しみ中のところ失礼致しますが……」
 突如、スピーカーから聞こえてきたのは男性の声。辺りを見渡すと、立ち上がってマイクを持って喋る男性一人。それなりに貫禄があり、夏だというのにスーツを一部の隙無く着こなしている姿は実直そのもの。
 事前に挨拶をしたから覚えている。今年この学校に赴任してきた校長である。見るからに固そうで、真面目一本槍のエリートに見える……が、砂漠化の危機に直面しているその頭が色々と台無しだ。
 ふと妹の言葉を思い出す。なるほど『頭の固い人』ってのはそう言う意味も兼ねているのか。
「お二人の仲の良さは分かりましたから、そろそろ高校についてのお話に移って頂けないかと……」
 低めの声で、しかし諭すかのように勧告した。普通なら注意されていると認識し謝罪のセリフを述べて元の流れに戻るのだが……相手が悪い。橘京子にそんなありきたりな注意が受け入れられるとは思えない。
「きゃー、校長ったらお上手ね! あたしとキョンくんはそんな関係じゃありませんってばっ! ふふふっ。サインのおねだりですか?」
 ほらな。
「あははははは、それじゃあ一枚もらおうかな」
「んもう、しょうがないですね。後からですよ。順番でお願いしますね」
「ふふふふふ……ありがとうございます」
 マイクを握りしめた校長の眉間に青筋が見えたのは……気のせいだろう、薄暗いし。
「さて、ちょっとしたハプニングがありましたけど高校紹介を進めていきますね。彼……キョンくんが在学するのは丘の上にある北高です。さて、どうしてあなたはここへの進学を決めたのですか?」
 本業を思い出したのか、はたまた雇い主を怒らせたらまずいと思ったのか。ここでようやく順調な流れへと舵を取る自称シンガー橘京子。彼女は机の上にある書類(所謂カンニングペーパーってヤツだ)を読み始めた。
 これ以上不毛な言い争いをしても仕方ない。後輩のためにもここはこいつに合わせるか。
 しかし……返答に困ったなこりゃ。倍率が低いことを理由に選んだなんて事はさすがに言い辛いし、言ったら色々と問題になりそうだ。他の理由を模索する必要がある。
 そうだな、電車とか使って通学する事もないから気が楽だし、学力的にも丁度見合ってたし、校則もそんなにキツイって訳じゃなかったし……
「何か、たいした理由じゃないですね」
 うるさい。
「それじゃ中学生に明るい希望を抱かせるとは思えません。もっとこう……なんて言うか、リッチでゴージャスな理由って無いんですか?」
 リッチでゴージャスな理由ってなんだよ。家がお金持ちなら私立の高校に行っても良いんだけどな。
「あれ? えと、違ったかな? ホットでペット? クールでグール? ううん……」
 橘はその後も意味不明な英語を喋り続けている。先ほどネイティブにも劣らない流暢な英語を見せた橘の姿はそこにはなかった。何故か?
「考えるまでもない。さっきの英会話、九曜に情報操「しーっ!」」
 人差し指を鼻の頭に置いてそう言った。どうでも良いが丸聞こえである。
(ああそうですよ! 九曜さんに情報操作してもらいましたよ! でもプロフィール上ではあたしニューヨーク生まれのリバプール育ち、チャキチャキでコテコテのバイリンガール♪ ってなってるんですから、滅多なことは言わないで下さい!)
 アメリカ生まれでイギリス育ち、江戸っ子な関西人という設定はいくら何でも無理があるし、何より『バイリンガール♪』等という寒くて凍え死にしそうな表現だけはやめてくれ。
 もう少しまともなプロフィールを考えろ、そのスッカラカンの脳みそで。
「な、何という罵詈雑言! これでも必死になって考えたんです!」
 必死に考えてそれか……お前中学ちゃんと出てるのか?
「な……当たり前です! 何を隠そう、あたし中学校の頃は某有名一流お嬢様進学校に通ってたんです! 高校は故あって普通のところですけど、こんなパッとしないしょぼくれた公立中学校なんかより十段も二十段も……って、なんですか?」
 ヒートアップしている橘の肩をトントンと叩き、俺はとある方向を指さしてみた。そこにいたのは、先ほどよりも近くでご覧になっていた校長先生。この距離になると青スジが立っているのが良くわかる。
「声、出てるぞ」
「あ……あは、ははは、ダメだこりゃ! 許してぇーチョーダイ!!」
「…………」
「…………」
「……校長、笑ってないと思う」
「古いギャグの方が受けると思ったんですけど……意外と若いセンスをお持ちなんですね、校長。頭とは違って」
「なっ……『どわははははっ!』」
 校長が発したと思われる非難の声は、生徒(教師陣数名含む)の爆笑の渦によってかき消えた。大受けだ。
「やっぱりあたしDJの才能ありますね!」
 いや、お前の才能云々は全く関係ないだろ。




「早く次に行ってくれ。他の人だって待ってるんだろうが」
 このまま橘とのトークに興じると、せっかくの進路相談会は台無しになってしまう。いくらその気がないとは言え、橘の天然っぷりによって幼気な後輩達が毒されてしまうのは忍びない。こうなったらちゃっちゃと終わらせた方が身のためだ。
「あ、そうですね。では中学生の皆さんからの質問に移りますね。えーっと、ここで質問者を募るのは大変ですから、参加者の皆さんから事前にアンケートを取っています。その中から質問を選ばせてもらいますね」
 橘は個々の代表者に対し、質問内容を記入するよう全校生徒にアンケート用紙を配ったのだと言う。なんと言う配慮の良さ。どうしてこの配慮が佐々木の前でできないんだろうか?
「はいはい、好きにしてくれ」
 投げやり気味に答えた俺とは裏腹に、揚々とした態度でアンケート用紙を読み上げる。
「ではまず……」
 自称ラッパーのK.U.u.こと九曜が、山あるアンケート用紙の中から無造作に一枚抜き出し橘に渡す。
「これですか……っと、『高校の勉強ってとても難しいと思うんですが、ついていけるか不安です。どうやって勉強していけばいいですか?』さて、どうなんでしょうか?」
 うーむ、難しいって言えば難しいが、基本は中学校の勉強と変わらない。授業でやったことをちゃんと復習して、明日の授業で出るところを予習して望めば大丈夫だ。そして分からないことはバンバン先生に聞く。これが重要だ。
「なるほど。素晴らしい回答だと思います。でもあなたは本当に予習復習やってますか?」
 うるさい、そこは聞くな。
「このように普段から勉強しない人でも高校生をやっていけるんですよ。皆さん安心して下さい。お姉さんはがっかりですけどね」
 ここで会場からドッと笑い声が押し寄せる。
「では続いての質問に行きますね……んーと、『平日の昼なのに、よく街中で高校の制服を着た人を見かけます。学校行ってないんですか? 行かなくても良いんですか?』
 高校ってのは義務教育じゃない。嫌な授業もあるだろうし、極端な話、出席数と単位認定さえすればあとは学校に行かなくても進学も出来るし、卒業だって可能だ。だから昼間の授業をさぼって遊びに行きたくなるのもよーくわかる。
 でも、それじゃあなぜ高校に進学したんだ? ってことになるな。授業に出席する事、いや、授業なんてカテゴリを外れて、クラスに入って友達とダベって、昼飯食べて、部活して。学校に行くからこそ高校生活なんだ。
 諸問題あっていけないヤツもいるだろうが、いけるのに行かないってのは単なる我が儘だ。高校に行かず商店街やデパートをブラブラしてるなんざ、高校へ行く意味は全くない。さっさと止めちまったほうがいい。
 もう一度言う。高校へ通うからこそ高校生活っていうんだ。自分たちは進学の道を選んだんだ。ならその意志を最後まで貫いて欲しい。
『おぉー……』
 ちょっとした感嘆の声と、疎らな拍手。俺だってたまには真面目なことを言う。
「いやー素晴らしい! いつも断腸の思い、四面楚歌の気分で高校へ行ってたんですね! 素晴らしい覚悟です! あたしも当たって砕けろみたいな覚悟で高校に通わないといけませんね!」
 いや、お前は取りあえず人生を真っ当に生きる事を考えろ。古語の使い方が間違っている。もう一回中学生からやり直したらどうだ?
「ああん、それは言わない約束!」
 再び大爆笑。
 ふう……結構うまい具合に進んでいるな。先ほどまで青筋立ててた校長も自席で幾分ほっとしていることだろう。この流れなら安心できそうだ。
 ――などと思った俺は、すぐさまとんでもない間違いをしていたと気付いた。




「名残惜しいですが、最後の質問に移ります。時間も押していますし……え? 最後はこれですか? はいはい、っと……ふふふーん、なるほどなるほど……」
 ネチリとした笑いがマイクを通じ、会場内を支配した。
「窮地に立たされた悪役がとっておきのカミングアウトをするときに出すような笑いは止めろ」
「まあまあ、これは皆さんなかなか興味がある事じゃないかと思うんですよね、是非聞かないと」
 はいはい、わかったわかった。さっさと言ってくれ。
「その前に。ちゃんと答えることを約束してください」
 ああ、わかったよ。
「言葉を濁すのは無しですからね」
 濁す必要など無い。
「嘘付いちゃ駄目です」
 天地天命に懸けて本当のことを言ってやる。
「よーし、言ったなぁ。それじゃあ質問に答えてもらいましょうか」
 だから早く言ってくれ。俺がそう言うと、橘はそのニヤケ顔をアンケート用紙に移し、例えではなく本当にぷぷぷと笑いながらその質問内容を読み上げた。


「お兄さんは、今付き合っている女性はいますか?」


 ……は?
「だから、質問。『付き合っている女性』を教えて下さいよっ」
 顔を上げ、再び嫌らしく笑う橘。
「え、えーっと……」
「濁さず答えるんでしょ? 天地天命に懸けて本当の事をいうんでしょ?」
「あ……ああ……」
「ほらほら! みんな期待の眼差しを向けていますよっ!」
「う……」
「誰かな誰かなー? もしかしてあの子かなー? それともあっちの子かなー? もしかして二股かけてたりして!?」
「って、そんなヤツいねぇ!!」
「えー」
「心底不満げな顔で『えー』って言っても困る!」
「だって、本当の事を言うって言ったのにぃ」
「本当のことだろうが! 俺はまだ誰とも付き合ってないし手も出してない!」
「またまたぁ、とぼけちゃって。キョンくんもお年頃だし、溜まるとこ溜まっちゃてるでしょ。なら女の子の一人や二人くらいペロリですよね。ああ、それなら『付き合う』じゃなくて『突き合う』かぁ。こりゃお姉さん一本取られちゃった」
「あほかぁぁぁぁ!!」
 ベコンッ
「へぐぉ!」
 先ほど丸めた台本を再び手にして、今度は野球のバットの如く水平方向に強振。橘の鼻っ面にクリティカルヒット。
 公衆の面前でいきなりなんて事いいやがる!! どう考えても中学生に向かって配信していい言葉じゃないだろうが! 第一俺は童○だ○ェ○ーだ! 分かったかこの○乱メス○ぁ!!
 俺が絶叫の限りを尽くして叫んだ言葉(もちろんマイクのスイッチは切った。どう考えても放送倫理コードに抵触する)は、しかし橘にとっては逆効果だった。
「うう、酷い……」
 鼻を真っ赤に染めた橘は、いきなり泣き出しやがった。
「この前の、アレ……あたし初めてだったのに……アレは数に入ってないんですね……うううっ」
「な!!」
「あたしがやめてやめてって言ったのに、キョンくんったら強引にあんなことを……」
 『あの一件』を引き合いに出し、ものすごく微妙な言い回しをする橘。聞きようによっては俺がとんでもない悪人に仕立てられてしまう。というか知らない人が聞いたら絶対勘違いする。
 もちろん真実はそんなことなく、本当のことを話せばあっさりと済んでしまうのだが……しかしあんなアホな事件をわざわざ世間一般に公開して恥をさらす気は毛頭無い。
「馬鹿か、あれは……」
「しかも他に年頃のお嬢さん方が見てる中、あんなコトされて……強○の上に視○ですよ。皆さん酷すぎるとは思いませんか?」
 俺の言葉を遮り、橘の被害妄想は更に度合いを増していく。
 いくら何でも度が過ぎている。みんなが誤解する前に食い止めなければまずいことになる。
「ちょ、誤解をするような言い回しは止め「んだとぉぉ!!!」」


 ――しかし、時既に遅し。その誤解は意外なところに飛び火していた。


『な……』
 本当に突然だった。
 突然、痴話話だか脳内おとぎ話だか分からない会話を遮り、怒号が辺りに響き渡った。
 声は仮設DJブースの更に奥――重ねて置かれているミキサーやプレイヤー、雑多に散らばっているヘッドフォンやケーブルからして、ここが放送室と思われる――から聞こえてきた。
「あんた、抵抗できないことを良いことに、橘京子に対してあんなことやこんなことを……なんてうらや……ゲフンゲフン、餓鬼畜生にも劣る悪逆非道の数々!! 例え既定事項であってもこの僕が許さない!!」
 う、うわあああ……
「な、なんでこいつが……」
「あ、紹介忘れてました。彼はDJ兼あたしたちのマネージャーのPON☆ZEEくんです! 基本雑務担当ですけど、意外や意外、こういった機器にも精通していてビックリしました」
「はははっ、どうだ、恐れ入ったか!」
 …………。
「……あれ? もっと驚いてくれると思ったに」
「反応、なしだと? ふ、これだからこの時間平面の人間は……」
「こ……こ……」
「ココ? コ○イチにでも行きたいんですか?」
「なるほど、そう言えばお腹すいたな」
「じゃあみんなで行きましょうか。もちろんポンジーくんのおごりで」
「な……どうして!」
「だってぁ、あたしの組織、今貧困まっしぐらですし。いいでしょ。男の子は女の子に優しくしなきゃ」
「う……、ふ、ふん、今回だけだぞ」
「わーい! これだからポンジーくんって使い易……魅力的なんだよねー。そう言うところ、ス・テ・キ。んふっ」
「はははっ、じゃんじゃん奢ってやるぜ!!」


 俺は心底呆れかえり、先ほど言葉にならなかった言葉を心の中で反芻した。
『これ以上話をややこしい人間が増えてどおするぅぅ!!』と。


「さて、何を食べようかしら? ヘルシーに野菜系がいいですね」
「――1300――グラムに……挑戦――」
「九曜さん、今はタイムアタックやってないんですよ」
「食べ――る」
「食べたいというのなら止めはしませんけどね、お金はポンジーくん持ちだし」
「ま、待て! こいつの分まで僕が持つと言うのか?」
「お――ね――が――い……ちゅ――」
「おおっと! ラッパーK.U.u.のセクシー投げキッスにDJ PON☆ZEEもメロメロタジタジだ!」
「そんなわけないっ!」
「えー」
「『えー』じゃなくて!」
「だってさっき、あたしのお色気アタックは効いてたじゃないですか。女の子にはからっきしだよ三級品、ってイメージ通りしっかりしてください!」
「あんたはともかく、こいつに靡くことなど無理だ!」
「どうして?」
「ど、どうしてって……」
「彼――は橘……京子――が「わーっ! 分かった! おごる! おごるからそれ以上喋るな!!」
「良くわからないけどよかったですね、九曜さん……もとい、ラッパーのK.U.u.!」
「Ye――ah……チェキラッ――チョ――」




 ――高校進学相談会から何時の間にやら意味不明なカレー談義へと変わっていくのを尻目に、俺はこそこそと壇上を降りそして体育館を後にした。俺の出番はもう終わりだろうし、これ以上変態3人組に付き合う道理はない。
 だから、このままカレー討論会を恙無く進行したのか、それともふいに我に返って進路相談会を真面目に続行したのか。それは永遠の謎として俺の記憶の片隅で滞り、そして一生思い起こすことは無いだろう。


 ただ、退席途中にすれ違った校長先生の形相。修羅とも羅刹とも思えるあの形相だけはなかなか記憶から消えそうにない。
 橘よ、一言忠告しておこう。
 どんな目にあっても自業自得だぞ、と。



 と、こんな感じで橘京子の暴走は例え世界が滅びようとも絶え間なく発生し続け、恐怖の大王だろうがジハードだろうが金色の魔王だろうが、誰にも止められることが出来ない。
 俺は最初に言った。『いつかは至極真っ当な人間にまでその牙を向け始める』と。実際その通りになり、かなりの被害を被ったのだが……
 しかし、世界は広かった。
 橘京子をも上回る、今世紀最大の刺客が既に降臨していたのだ。
 そんな人物を何故今まで見落としてきたのか。それはあまりにも身近なところに潜んでおり、予想だにしなかった人物だったが故。
 その人物が橘京子と接触し――世界はより混沌へと向かうことを、この時は知る由もなかった。




「なんてケチなのよっ、あたし達ちゃんと仕事こなしたじゃない」
「――――」
 太陽は完全に登り切り、暑さも最高潮を迎えようとしている頃、あたし達はようやくこの中学校から……もっと言うと、校長から解放されました。
 本当はもっと早く帰る予定だったんですけど、それができなかったんですよね。あの校長のせいで。
 あのハゲ、全てが終わった後、あたし達を呼び出して説教しだしたんですよ、『あんな無茶苦茶な相談会あるかぁ!』って言って。そして今の今までずーっとネチネチと嫌みを言われ続けられました。
 基本平和主義者のあたしは、事を構えるのを良しとしません。それに相手はカタギの人間。しばらくの間は何とか耐えて、悪いところはポンジーくんのせいにして説得を続けたんですけど……
「そりゃーちょっと無駄話も多かったけど、それもこれも生徒を盛り上げるためです。しかたないでしょ? そう思いません?」
「――――」
 九曜さんはダンマリモード突入でしたか。まあいいです。
 えーと、さて。叱られていた件ですね。それで暫くは聞き流していたんですけど、彼が最後に言い放った一言。アレはひどすぎます。なんて言ったと思います?
『ギャランティは無しだな。プロの仕事とは思えない。お金を払うだけ無駄だ』
 って。必死で仕事をこなした挙げ句の対応がこれですよ? さすがにこの時はムッと来ましたね。だから言ってやったんです。
 ――あなたの増毛に投資するお金よりはマシです――って。
 そしたら面白いくらい顔を真っ赤にさせた校長があたし達に襲いかかってきて、これは危険だと思ったから便利アイテム……いえ、唯一の男の子のポンジーくんを生け贄……もとい、犠牲……ううん、しんがりに任命してあたし達は勇退しました。
 あ、もちろんタダとは言いません。報酬はつけときました。
 え? 『組織』が貧乏なのに報酬なんか出せるのかって? チッチッチ。甘い甘い。誰もお金が報酬なんて言ってません。『いい子でちゅねー、頭ナデナデちてあげまちゅねー』という素晴らしいご褒美を用意してあげたのです。
 そしたらビックリするくらいすんなり交渉成立したのです。
 ……冗談半分だったから、まさかOKがでるとは思いませんでしたけど……
 ま、ポンジーくんだからいいや。
 そんなわけで、ポンジーくんが禿鬼と化したあの校長を引き留めている間、あたしと九曜さんはその場から離れていきました。
「交渉は彼に任せて……さて、これからどうしましょうかね」
「――――」
「え?」
 悟りを開く釈迦のように何事にも応じないと思っていた九曜さんですが、ここで動きがありました。サイレントなのは今まで通りでしたが、ゆっくりと腕を上げ、とある一点を指さしたのです。そこにいたのは――
「……あ、あの」
 中学校の制服を着た女子生徒でした。
 スラリと伸ばしたロングヘアと、同じくスラリとしたスタイル、そして整った顔立ち。繁華街に立たせておけばものの数秒で声をかけられそうな程のとっても可愛い……いいえ、美しい少女です。
 外見から判断して、恐らく先ほどの相談会に出席した中学三年生でしょう。でも制服を着ていなければあたしと同い年と言っても過言じゃありません。やたら細っこく見えるくせに出るべきところは出ていて……なんかくやしい……
「聞きたいことがあります」
 そんなことを考えていると、彼女はあたし達……どちらかと言うとあたしの方を見て、話しかけてきました。ふざけていると怒られそうな気がしたので、真剣に答えることにします。あたしだってそれくらいの分別はあります。信じてください、お願いだから。
「あなたはさっきの中学校の生徒ね。何を聞きたいのかしら?」
 あたしの問いかけに、口を噤む彼女。何か言おうとしているのは分かるのですが、それが言葉にならずグッと唇を噛む。幾度かそのようなことを繰り返し――いい加減何か問いかけた方が良いかなーって考え出した、その時。
「あのっ!」
 意を決したかのようにこう切り出しました。「彼とはどのような関係なんですかっ!?」
 ……へ?
「あんなに楽しそうにお話ししているの、始めてみました」
 ……な、なに? 何のこと?
「もしかして、中学校の同級生で気兼ねなく話せる人って、あなたですか?」
 ……え? 何ソレ??
「つまり、お二人は同級生以上の関係で……」
 ……あのー? 話が分からないんですが……
「違う学校に行っても仲が良くて……ずぅっと付き合いをしてて……うっ」
 ……ええっと……
「わたしなんか……うぐっ……わたしなんか……入り込む余地が無くて……う、うううっ」
 ……ちょ、ちょちょちょっと???
「……うう……ううう……」


 ……な、泣いちゃった……


 あまりと言えばあまりの出来事に、どうして良いわからず、
「九曜さん……この場合あたしが悪いんでしょうか……?」
「――そう」
 そうなるの……かな……?
「やーい――泣かした……泣かした――先生――に……行って――やろ――」
 先生って誰ですか……




 このまま泣かせていると道行く人の目線がものすごく気になるので、近くの喫茶店に入りみんなの分の飲み物とこの子用に季節の桃を使ったタルトを注文し(あたしも食べたかったけど我慢しました)、しばらくなだめていました。
 いきなりのことで良くわからないのですが、あたしが本当に悪者だったっていう気にされらせました。あたしも人が話を聞いてくれない時こんな風に泣いてみるんですが……ホント、相手に自己嫌悪感を助長させますね。
 これからはもうちょっと自重しようかな……。

 そして落ち着かせること数十分。彼女はようやく、ポツポツとですが語ってくれました。
 彼女は吉村美代子という名前で、当然ですがあの中学校の生徒だそうです。あたしが相談会でDJをやってたのももちろんご存じで、その際『ある事』が判明し、とても驚いたそうなんです。
 それが彼女自身の不安を煽ることとなり、居ても立ってもいられなくなった彼女を突き動かし……ああ言った状況に追い込ませたのです。
 その『ある事』とは、即ち、あたしが北高の代表者……キョンくんと知り合いだったと言う事。
「ははぁ……それであたしがその中学校の同級生じゃないかと疑ったんだ」
「中学の同級生に気兼ねなく話せる女がいるから、そいつに相談したらどうだ、って言われて……あまり女の子と付き合っていそうでもなかったし、そんな知り合いがいるように見えなかったから、凄く心配になって……」
「ふーん、つまりあなた、キョンくんのことが……」
「…………」
 彼女――吉村さんは、もう面白いくらい顔を真っ赤にしてうつむきました。いやもうなんて言うか、ものすごく純情。女のあたしから見ても可愛い。間違いありません。
 ……言っておきますけど、そっち系の趣味は無いですからね。古泉さんが振りまいた噂のせいで、未だに女の子からのラブレターが絶えないんですよ。勘弁して欲しいです。
「なるほどなるほど……ようやく話が繋がったわ。あたしをいきなり訪ねて来た理由はそう言うことだったのね」
 コクッと首だけ動かす彼女。
「あ……」あることを思い出しました。「ってことは、キョンくんに質問した最後のアンケート、あれはあなたが書いたのね?」
 再びコクコクと首を動かす。単にウケを狙った質問だと思ったんですが、よくよく考えてみると、『お兄さん』って文章がありましたね。少しおかしいと思ったんですが、いやはや、お盛んな年頃ですね。
「あんな会にまであんな相談するなんて……よっぽど気になるのね、彼が」
 再びゆでだこになる彼女。見た目はともかく、こういったやり取りの応対はまだまだ子供って感じですね。ならば……
「ねえ、気になる? あたしと彼の関係」
 少し嫌らしく言ってやりました。純情でいい子なんですが、なんて言うか、こういう子は少しからかってみたくなりますよね。ほら、男の子が好きな女の子を苛めてしまうのに似た感覚です。あの気持ちよーく分かるな。
 ……もう一度言いますけど、あたしは女の子好きじゃないですからね。
「……は、はい」
「そう、なら言うわ。あたし達はね……」
 ゴクリ。
 彼女の喉が鳴り響く中、あたしは宣言した――



「あたし達はね……そうね、一つ屋根の下で抱き合ったことのある関係かな?」
「!」
「とある雪山で遭難して、体を温めるために二人は一つになって……」
「!!」
「彼、とっても情熱的だったわね。あの時は」
「!!!」



 ――なーんて言ったらまた泣き出しそうだから止めと来ます。人生経験が少ない中学生にそんな事いうのはさすがに気が引けます。それにあの一件は半ば事故ですし、何より語弊がありすぎる言い方ですもんね。嘘じゃないんですが。
「ただの知り合いよ。ちょっとした事で知り合っただけで、特別な関係じゃないわ」
 瞬間、彼女から安堵の息が漏れました。
「でもね……」あたしは真面目な顔をして喋ります。
 彼は結構もてるわよ。あたしが確認しているだけで、彼に好意を寄せているのは2人、それ以外にも仲の良さそうな女性は何人かいるわ。しかもみんな美人で巨乳。
 正直、みんな手強いよ。それでも勝ち取る自身はあるの?
「うっ……」
 彼女は一瞬ひるんだ様子を見せたものの、
「それでも……わたしは諦めません。彼の周りに女性が多いなら、先手必勝です。先ずは自分を磨いて、そして……アタックします!」
「えらいっ! よく言った!」
 あたしは彼女をガシッと掴み、
「あたしはあなたが気に入ったわ! よし! あなたとキョンくんが上手く行くよう指導してあげるわ! キョンくんの好みはよーく分かってるし、あなたが気に入られるようにすることも可能よ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
 何度も何度も繰り返し頭を下げる彼女。本当に素直な反応で痛み入ります。
「吉村さん。これから毎日特訓するわよっ!」
「はいっ!」
「彼に気に入るようになるには色々と努力が必要だから。アレはモグラの神経並みに鈍いですからね。その辺もふまえて講習に実習、とことんやるわよっ!」
「宜しくお願いします! ……っと、それから」
 彼女は姿勢を正し、
「わたしのことは、どうぞミヨキチと呼んで下さい。彼の妹からつけられた名前ですが、彼もそう呼んでいますし……」
 了解、ミヨキチちゃんね。そう言えばあたしもあの妹ちゃんに『きょこたん』って呼ばれてたっけ。でも物怖じしない性格よね、あの子。先輩であるあなたにそんなあだ名つけるなんて。
「え?」
 ミヨキチちゃんはきょとんとした目をむけて、
「あの、わたし、同級生ですけど」
 ……へ?
「小学校からの友達で、今もクラスが一緒なんです」
 ……あれ? 確かキョンくんの妹って中学一年生だった気がしますけど……もしかしてミヨキチちゃん……
「はい、中学一年生です」
 なっ……ちゅ……
「ちゅうがくいちねんせぇ!?」
「……え、ええ。これを見て頂ければわかるかと……」
 若干引き気味になりながら、胸ポケットから出してくれた生徒手帳を出す彼女。その裏表紙には彼女の写真と名前、そして生年月日。それは正しく彼女が現役中学一年生であることを表し……
 な……な……なんで……なんで……
「?」
「何であんた、こんなに大きいのよぉぉぉ!!」
「ひえっ! やっ、ちょっと……やめ……あんっ!」
「てっきり中学三年生だと思ったのにぃ! あたしより大きいじゃないの!! 中学一年でこの大きさは反則よ反則!! レッドカード退場モノよぉぉぉ!!!」
「ふぁ……はぅ! そこ……らめぇ……」
 はあ、はあ、はあ。
 いけないいけない、あたしったらつい我を忘れて揉みしだいてしまいました。いや、すっごくいい触り心地ですね。中学一年でこれだけのものをもってるなんて……末恐ろしいわ。将来はあのお化けかぼちゃと対等の勝負をするかもね……
「ごめんなさい、妬みと羨望が自分を抑えられなくなっちゃって、つい」
「わ、わたしこそごめんなさい……こんなに大きくなると思ってなかったので」
 何故か謝るミヨキチちゃん。その控えめなところが彼女らしくて可愛らしいところですが……ここで謝られたら余計空しいだけです、胸の小さい女性としては。もしかして若干KYなのかしら。
 誰ですか、今『お前に言われる筋合いはねーよ』って言ったのは! どうせそのとおりですよ! 悪かったですね!
 みんなに散々言われて少しへこんでるんですよこれでも! でもしょうがないじゃない! 自分では相手の身になって考えている……と、今はそんな話をしている場合じゃないのです。
「いいえ、良いことだわ。キョンくんってば巨乳好きですし、大きいことに越したことはないわ。でも困ったわね。相手はもっと巨乳ですから……そうだ! 長門さんに頼みましょう。それだと……あ」
「あの、どうしましたか?」
「いいえ、何でも無いわ。今のは忘れて」
 やめましょう。それにあの方法は体にある余分な脂肪分を胸にいどうさせるんですが、よくよく見たらこの子ったら余分なものが全くないから無理でしょう。それにあたしにケチが付きそうな気がそこはかとなくしてきまし……この前みたく。
「胸はこのままで良いわ。まだまだ成長期半ばでしょうし、これからもっと大きくなるから下手なことはしない方が良いわね。それより他に望みはない? お目々をパッチリさせたいとか、鼻を高くしたいとか」
「体に関する不満は……まだよくわからないんで、また今度と言うことにして、それとは別件のお願いがあります」
 はあ、何でしょうか?
 彼女は「こちらが本題だったんですが」と付け加えた後、
「まだ先の話なんですが、秋に文化祭が行われるんです。クラスの実行委員にわたしが選ばれまして……正直、どうしていいかわからなかったんです。でも今日の進路相談会を見て、あんな風に出来たらいいなと思って、ご協力願えないかと思いまして」
「ええっ!?」
「あの……ごめんなさい。自分の都合ばかり押し付けて。やっぱり無理ですよね?」
 いいえっ! むしろ大歓迎です! さっきズッタズタのボッコボコ、ケチョンケチョンのボロッカスに言われましたから、少々ヘコんでたんですよね。自分のイベント開催能力って大したこと無いのかなぁ、って。
 でも、見てくれる人は見てくれるんですね。あたしの能力を高く買ってくれるなんて、本当にこの子いい子だわ。『組織』にスカウトしようかしら。能力者じゃないのが欠点ですが、あたしの寵愛があれば出世も可能でしょう。
 ……しつこいようですけど、あたし同性愛者じゃないですから。
「おっけー! 分かったわ! 恋の悩みも仕事の悩みもあたしがばっちり解決してあげるわ!」
「はいっ、宜しくお願いします!」
「任せなさいっ!」




 こうして、あたしは彼女――ミヨキチちゃんの恋と仕事、両方を成功させるため、東奔西走する事にしました。
 あたしの溢れんばかりの能力を見抜いた見返しというのもありますが、何より恋の一件が楽しみです。
 前回の一件から、佐々木さんも涼宮さんもあたしに対してすっごく冷たくなって、あたしとしてはこのままでは悔しいのです。だから当て馬としてミヨキチちゃんをキョンくんにくっつけてやって、顔面蒼白になった二人を見て楽しむのです。
 え? 世界改変能力が発動したらどうするんだって?
 佐々木さんの能力は無くなったことですし、気にしちゃいけません。
 涼宮さんの方は……『機関』が頑張ってくれますよ、きっと。


 さあ、文化祭向けて頑張るぞっ! えい、えい、おーっ!!


 ……あ、ちなみに九曜さんは喫茶店に入ってから外宇宙からの電波を受信すべく、ボケーッとしてました。
 つまりこの件に関しては役に立ちそうにないって事です。やれやれ。



橘京子の驚愕へと続く


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