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「……あれ? ねえ、キョン。あの人って確か」
 マックシェイク片手にハルヒが指差す先に居るのは……あ、喜緑さんじゃないか。
 大きな袋を両手で持ち、こちらに向かって歩いてくる上級生の姿があった。
 っていうかハルヒ、よくあの人の事を覚えてたな。
 俺はお前が指摘しなければ気づかなかった自信があるぞ。
「あたりまえでしょ? SOS団に初めて依頼を持ち込んだ人じゃない」
 どうやら、喜緑さんもこちらに気づいたようだ。
 このまますれ違うのもどうかと思い、俺達は何となく彼女の前で足を止める。
 どうも。
「お久しぶりです。その節は、お世話になりました」
 頭を深々と下げる喜緑さんに、ハルヒはご機嫌で胸を張った。
「あれくらいお安い御用よ」
 お前はわらびもちを食っただけだけどな。
 顔を上げた喜緑さんの視線が、俺とハルヒの間を意味ありげに彷徨う。その視線に気づいたハルヒ
は急に顔を赤くして、
「ご、誤解がないように言っておくけど、あたしとキョンが一緒に居るのはデートとかじゃなくて、
建前はSOS団の活動なんだからね?」
 日本語で頼む。
 常識人らしい喜緑さんは、ただ上品に微笑んでいる。
「そうでしたか」
「そうなの! 今日は何と宇宙人を探す為に来てるのよ! 見つけたら写真を撮ってホームページの
一面に載せるつもりだから期待しててね!」
 ……おい、頼むから人前でそんな事を大声で言わないでくれ……喜緑さんも苦笑いを浮かべてるだ
ろうが。
「あれ? そう言えば今日は1人なの?」
 喜緑さんの周りをハルヒがぐるぐると回って誰かを探している。
 ……あ、そうか。ハルヒはコンピ研の部長さんと喜緑さんが付き合ってるって思ってるんだったな。
「ええ」
「そんなに重そうな荷物があるのに?」
 確かに、喜緑さんの持っているやたら大きな紙袋は、彼女の小さな手には重そうだな。
「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫ですから」

 


「それにしても……変よね」
 喜緑さんと別れて再び歩き出した時、ハルヒは真面目な顔でそう呟いた。
 変って何がだ。
 俺には、宇宙人探しよりも変な行為ってのは思いつかないが。
「喜緑さんよ。何であんな美人があの冴えないコンピ研の部長とつきあってるわけ?」
 さあな。それよりハルヒ、さっき言った宇宙人を探してるってのは本気か。
「本気に決まってるでしょ? あんた、まさか手を抜いてたんじゃないでしょうね?」
 手を抜くも何も、集合場所に宇宙人は居ただろ……なんて言ってもこいつは信じないんだろうな。
 っていうか、宇宙人なんて物が俺みたいなただの高校生が本気で探したくらいで見つかるとでも思っ
ているのだろうか?
 溜息をつく俺の隣でハルヒは急に走り出すと同時に、
「いたーーー!!」
 大声を上げて……居たって、宇宙人がか?
 驚いてハルヒが突っ走る先を見ると、そこに居たのは灰色の小人でも、タコのお化けでも、別行動を
している長門でもなく――欠伸をしながら歩いている見慣れた顔
「――ん? え、SOS団の団長?!」
 おい待て! ハル「とりゃー!!」
 通りの先を歩いていた部長氏の体が、ハルヒのドロップキックによって宙を舞ったのだった。

 

 

 「世界はそれを、何と呼ぶのでしょうか?」

 

 

「喜緑さ~ん! はいこれ!」
 後ろから聞こえてきた声に振り向くと、そこには笑顔の涼宮さんとそれに付き添う保護者の様な視線
を浮かべた彼。……そして、何故か涼宮さんの手で引きずられたコンピューター研の部長さんの姿があ
りました。
 あの、えっと……。
 戸惑う私よりも先に、地面に居る部長氏から抗議が上がる。
「何なんだよいったい! 白昼でいきなり蹴り飛ばしたりして、僕に何の恨みがあるんだ?」
 埃まみれの体で訴える声に、
「特に無いわよ」
 涼宮さんは平然と答える。
「じゃあ、後はよろしくね!」
 それで説明は十分といった顔で涼宮さんは立ち去って行き、疲れた顔でこちらに頭を下げた後、彼も
涼宮さんの後を追いかけていった。
 取り残されたのは私と、ぼろぼろの部長さん。
 よろしくと言われても……。
 これからいったいどうすればいいのか分からず立ち尽くしていると、足元で部長さんが溜息をついた。
「……まったく、台風みたいな奴だな。君もあの団長さんに振り回されているのかい?」
 見上げる視線には疲れと、ある種の諦めが浮かんでいる。
 不思議な事に、彼女に蹴られたという話の割に怒りは浮かんでいなかった。
 いえ、ちょっとした知り合いなんです。
「そうかい」
 ようやく立ち上がり、彼は服の埃をはたいてもう一度溜息をつく。
 彼に事情を聞かれたらどう答えようか考えていると、
「じゃあ、僕は用事があるからこれで」
 軽く頭を下げて、彼はその場から去っていく。
 その背中を何となく呼び止めようとして――なんと声をかけていいのかわからずにやめる。
 ……さて、私も帰りましょうか。
 足元に置いたままだった袋を持ち上げ、私もまたゆっくりと歩き始めた。

 


 今日、私と観察対象が出会った事はただの偶然なのか。
 それとも、観察対象がそう望んだからそうなってしまったのか。
 答えの出ない問題を考えながら駅までの道を歩いていると、自分がいつの間にか見覚えの無い場所を
歩いている事に気がついた。
 えっと……ここは。
 駅への近道のつもりで踏み入れたその細い通路には、他に歩いている人の姿も無く市街地とは思えな
いほどに静まり返っている。
 電柱に貼られている町名や、回りに見える大きな建物にも見覚えが無い。
 携帯電話を取り出してみても、ビルの谷間に居るせいか圏外になってしまっていた。
 ……困りましたね。
 こんな事で統合思念体とコンタクトするのも躊躇われますが、紙袋の重みは左右に持ち変えるだけで
は誤魔化せなくなってきました。
 どこかのお店で、道を聞いてみましょう。……そうですね、喫茶店が見つかれば申し分ありません。
 休息を取ろうとしていた体に力を入れ再び歩き出して数十分、私は自分の決断を後悔した。
 ――嘘……また?
 狭い十字路を抜けた先に見えてきたのは、自分が迷い始めた事を自覚したあの交差点だった。
 ここを通るのもこれで3度目、もしかしたらもっと多いかもしれません。念の為、敵対勢力による攻
撃の可能性も考えてみましたが……それらしい兆候も無し。
 認めざるを得ません……自分が迷子になっているという事を。
 インターフェースとしての力を使わずに解決したかったけれど、こうなってしまえばどうにもなりま
せん。
 不甲斐ない自分に溜息をつき、情報思念体にアクセスしようとしたその時、
「……あれ、君は」
 ビルの陰からふっと現れた男性、それは数十分前別れたはずの部長さんでした。
 私の姿を見つけた彼は、不思議そうな顔で近寄ってくる。
「どうしてこんな所に居るんだい?」
 あの、こんな所とはどんな意味でしょうか。
「どんなって、この辺りは僕みたいな機械好きしかこない所だからさ」
 そうだったんですか。
 どうりで、いくら喫茶店を探しても見つからないわけですね。
「もしかして、道に迷ったのかい? この辺は道が複雑だから迷う人が結構多いんだ」
 私を気遣ってなのか、部長さんは軽い口調で聞いてくれました。
 実はそうなんです。
「よかったら案内するけど」
 お願いできますか?
 彼は快く頷いてくれました。
「ああ」
 では、よろしくお願いします。
「で、どこに向かえばいい? 駅かい、それともどこか他のお店とか」
 駅までお願いします、今日は疲れましたから早く帰りたいです。
 自分ではそう思っていたのに、何故か出てきた言葉は違っていました。
 ……近くに、喫茶店はありませんか?

 


 こんな所に……。
 彼について3分程歩くと、まるでビルの壁に隠れるような位置につくられた小さな喫茶店が見えて
きました。
 手馴れた様子で店に入る部長さんについていくと、
「あ」
「……」
 珈琲の匂いが漂い、落ち着いた内装で固められた洒落た店内に居た2人の先客。
 目を丸くして私達を指差す涼宮さんと、疲れた顔で頭を下げる彼の姿がありました。
「な、なんであんた達がここにくるのよ?」
「……おいハルヒ。理不尽な言いがかりは止めろ」
「だって! せっかく貸切だったのに!」
「営業妨害だ」
 さっそく痴話喧嘩を始める二人を無視して、彼はカウンターの席へと向かう。
「こんにちわ、マスター」
 手馴れた様子で席に着いた彼は、カウンターの向こうでカップを磨いていた初老の男性に笑顔を向
けた。
「おや、いらっしゃい」
 マスターの低音で響く優しい声と一緒に、水の入ったグラスが手元に置かれる。
「僕はいつもの」
 部長さんはここの常連なのだろうか、それだけ言ってグラスの中の水を少し口に含んだ。
「そちらのお嬢さんはどうしますか?」
 えっと……彼と同じ物で。
 メニューをしばらく見た後で私が何となくそう注文すると、
「いや! 止めたほうがいい。僕がいつも頼んでるのはちょっと普通とは違うって言うか……」
 そ、そうなんですか?
 あまりの彼の慌てぶりに驚いた私だったけど、店内にはもう1人感情を動かされた人が居たみたい
です。
「マスター! こっちにもその「いつもの」って奴2つね!」
 窓際の席で手と一緒に大声をあげる涼宮さんと、
「どんな物が来るのか見てから頼もうとは思わないのか?」
 彼女の向かいの席で小さくない溜息をつく彼。
「何言ってんのよ? 何が来るかわからないんだから楽しみなんじゃない!」
「だったら、せめて注文するのは1つに……聞いちゃいねー……」
 涼宮さんを説得する事を諦めたらしく、彼はマスターに向かって頭を下げた。
 ――10分後
「お待たせしました」
 厨房の奥から戻ってきたマスターが運んできたのは、
「……」
 思わず無言になる3人と、恥ずかしそうな部長さん。
 全員の視線の先にあったのは、4つの特大パフェだった。
 大き目の皿に載せられたそれは、容積で言えばクリスマスケーキに匹敵する量でしょう。
「な、なんだよ。言いたいことがあるなら言えばいいだろ?」
 真っ赤な顔で部長さんは自分の分を取り、もそもそとクリームを食べ始める。
「ハルヒ、ちゃんと食べ切れ……」
「ふぁひよ(何よ)」
 早々とパフェに取り掛かっている涼宮さん。
「いや、なんでもない」
 甘いものはそれ程得意ではないのか……というより、目の前のパフェの大きさに圧倒されているら
しく彼は中々スプーンに手を伸ばせないようです。
 正直、私は苦い珈琲が出てくるとばかり思っていました。
 困った顔でパフェを見つめている私に、
「ねえ君、この店は頼んだ料理の持ち帰りもやってくれるから無理はしなくていいよ」
 既に半分ほどパフェを食べ終えていた部長さんは、そう言ってくれました。
 ……甘いもの、お好きなんですね。
「ああ。パソコンばっかり触ってると、無性に甘いものが欲しくなる事があってね」
 そうなんですか。
 あ、パソコンと言えば。
 思わず自分の荷物に目を向けると、彼もつられてその袋に目をやった。
「ん、その荷物ってもしかして」
 所々破れ始めている紙袋の中には、今日買ってきたばかりのノートパソコンが入っている。
 生徒会で使っていたパソコンが壊れてしまったので、代わりの物を買ってきたんです。
「ふ~ん……」
 部長さんの視線は紙袋の中身ではなく、何故か紙袋その物に注がれている。
 やがて躊躇った様な口調で、部長さんは口を開いた。
「よかったら、ちょっと中身を見せてもらえないか?」
 え? ……はい、どうぞ。
 そろそろと手渡した袋の中から部長さんはパソコンを取り出すと、さっそく仕様書を確認し始める。
 視線は書類に落としたまま、
「……これって生徒会で使うパソコンだよね」
 はい、そうです。書類を作成するのに使います。
「パソコンに詳しい人って、生徒会に居るかい?」
 いえ? よくわからないので、お店の方に予算と使い道を説明して選んでもらいました。
 私の説明に、彼は何故か顔を暗くする。
 突然街中で涼宮さんに蹴られても怒ろうとしなかった、彼が。

 


「少し、ここで待っていてくれないか?」
 そう言い残し、彼が喫茶店を出て行くと……
「ねえねえ! あの冴えない男のどこが気に入ったの? 何か秘密があるんでしょ? ……ちょっと
キョン! 何するのよ?」
「マスター、御代はここに置いていきます、ご馳走様でした。いくぞ、ハルヒ」
 すかさず私の隣に移動してきた涼宮さんの腕を抱えて、彼は店を出て行くのでした。
「こら離しなさい! 今から色々聞き出すんだから邪魔しないの! ……――」
 やがて涼宮さんの声が聞こえなくなり、静まり返った店内に感じのいいジャズが流れていた事に私は
ようやく気がつきました。
 そんな騒がしい空気の中でも、穏やかな笑みを絶やさないマスター。
 心地よい沈黙の中で、注文した覚えの無い紅茶がいつの間にか目の前に置かれている。
 あの、これは?
「サービスです」
 見れば、マスターもいつの間にか私に出した物と同じ紅茶を自分でも口にしています。
 いったいどうやって?
 ……驚く私に、マスターは微笑むだけ。
 ――それからしばらくして、
「待たせてすまなかった」
 店に戻ってきた部長さんが持っていたのは、私から受け取ったぼろぼろの紙袋などではなく、持ち
易いように紐で掴む部品が取り付けられた、新品のパソコンの箱でした。
 もしかして、袋を取り替えてもらってきてくれたんですか?
 そう訪ねる私に、彼は何故か困った顔をする。
「いや、差し出がましいとは思ったんだが……。君が買わされたパソコンは、店の在庫を組み合わせて
作った物ではっきり言えばぼったくり商品だったんだ」
 ぼったくり、ですか。
 聞き覚えのない単語に小首を傾げる私に、
「えっと、値段に内容が見合っていないとでも言えばいいかな。その事を指摘して、値段に見合った物
と取り替えてもらってきた」
 彼は持ってきた箱を私に手渡し、それと一緒に封筒も差し出してくる。
 あの、これは。
「これは君が支払った代金の一部だ」
 という事は。
「君が支払った金額よりも、安い値段で買えたんだよ。僕が言ってる事が嘘だった時の為に、仕様書は
最初に買った物の分も一緒に貰ってきてある。気になるならパソコンショップに持ち込んでみるといい」
 そんな……私の為にわざわざありがとうございました。
 頭を下げる私に
「いや、僕が勝手にやった事だからそんなに気にしないでくれ」
 部長さんは何故か困った顔で慌てていました。

 


 帰りの電車の中、座席に座って揺られていると今日の出来事が思い浮かんできました。
 涼宮さん達と出会った事、部長さんに会った事、迷子になった事、喫茶店に行った事、そして――。
 自分の足元に置いてある、綺麗なパソコンの箱へと視線を落とす。
 何故、あの部長さんは私を助けてくれたのでしょう……。
 私と面識がある訳でもないのに……誰にでも優しい人なのでしょうか?
 困った顔で笑う、部長さんの顔が思い出される。
 彼は決して強くはないけれど自然に人を思いやる事ができる人。
 いつもは使わない背もたれに、なんとなく……そっと背中を預けてみる。
 ……そうだ、来週のお休みに今日のお礼をしましょう。甘い物がお好きなようですから、何かお菓子
を作って……そうだ、あの喫茶店にまた行くのもいいですね。
 そんな予定を考えていると、何故か自分の中が暖かくなるのを感じる。
 ……あの人と一緒に居る時に似ていて……どこか違うこの感覚……。
 電車の窓から見える景色を眺めながら、私は自分の中に確かに存在している言葉にできない感情に、
何故か微笑んでいました。

 


 「世界はそれを、何と呼ぶのでしょうか?」 ~終わり~

 

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