いつからだったのだろう────
   ────世界に色がついたのは

いつからだったのだろう────
   ────静寂に音楽が流れ始めたのは

いつからだったのだろう────
   ────いつも笑ってられるようになったのは

いつからだったのだろう────
   ────私の心にあいつが現れたのは





     ‐ 涼宮ハルヒの羨望 ‐






いつもと変わらぬ日常。
くだらない授業。
適当に聞いとけば満点の取れる内容なんて、ばかばかしくてイヤになる。
くだらない、ほんとにくだらない。
この生活が気に入っている人も居るんだろうケド、私にとってはただの苦痛。

なんで私はここにいるの?
なんのために生きてるの?

ふと、頭をよぎる当然の疑問。
誰しもが思い、誰しもが感じる、疑問。

ねぇ、なんで?

小さく、ほんとに小さく、誰にも聞こえないように呟いた。
そうすることで、何かが変わる気がしたから。
実際は───
 ───言うまでもないケド。
退屈は私を覗き見る。
退屈は私を蝕む。
まるで、私は私自身が置き物のように感じる。
その気持ちに押しつぶされそうになる。
目頭が熱くなる。
私は、世界の部品じゃない。

耐え切れなくなって、前の席を叩く。
「……どーした?」
授業の邪魔にならないように、小さく呟くキョン。
めんどくさそうに、いかにもめんどくさそうにね。

キョン。
「何だ?」
……なんだろう?
何のためにキョンを呼んだの、私。
こいつと話してると気がまぎれるの?
そうなの、私?
「………ハルヒ?」
何よ
「いや、用はないのか?」
あるわけないじゃない。
ないから呼んだんじゃない。
……あー、我ながら意味わかんないわね。
イライラするイライラするイライラする。

なんかない?
我ながら馬鹿馬鹿しい台詞。
「なんか、ってなんだ?」
なんかはなんかよ
「まず、何をしたいのか俺によくわかるように言ってくれ」
再び私を沈黙が覆う。
私、何がしたいの?

……
「ハルヒ?」
なんでもない。
「……おーい?」
もういい。
私がそう言うと、諦めたのか、前を見る。
そして会話中に黒板に書かれた文章をノートに書き写す。
なんでこいつはこんなに勉強しててあんなに頭悪いの?
ばっかみたい。

長く連なる時の流れは私に退屈という名のナイフを突き刺していく。
その苦痛のせいで、寝ることもできない。
何か起こらないかな。
そんなどうでもいいことを望む。

───あら?
何気なく校庭を眺めると古泉くんが歩いて校門へと向かっていた。
なんだろう、早退かな?
具合は悪そうに見えないから、何か用事でもあるのかな?
古泉くんの帰宅する理由を考えることで多少の気はまぎれた。
でもわかんないから今度聞いてみよう。
覚えてたら、だけどさ?

───キーンコーンカーンコーン

やっと。

やっと終わった。
なんでこんなにかかるの。
時と交渉ができるのなら私の時間だけ早く進むようにして欲しい。
あ、楽しいときは別よ?
楽しいときはむしろ時間の流れを遅くして

まぁいいわ、ようやく、私の時間だから。
「ハルヒ、さっきはどうしたんだ?」
不意に前の席から声がかかる。
なんでもないわよ、さ、行くわよ

「行くって?」
SOS団に決まってるじゃない!
「あ、ああ」

私は彼を残して教室を飛び出る。
待ちに待った放課後の時間。
待ちに待ったSOS団!
さぁ、今日は何をしようかしら。
みくるちゃんにどんな服着させようかな。
そういえば昨日ネットオークションにかけられてたコスプレどーなったんだろう。
落札できてるといいな。
頭からどんどん湧き出る期待を胸に、私は意気揚々と文芸部室へ飛び込んだ。

部屋には有希と着替え中のみくるちゃんがいた。
「やっほぉー!」
「あ、こんにちは涼宮さん」
挨拶はもっと元気よくしなさい!
そうね、語尾ににゃんとかつけるといいわ、かわいいから。
30分後、キョンが遅れてやってきた。
遅い!
なんで私と同じクラスなのにこんなに遅いのよ!
「ちょっと成績のことで岡部とな」
なんなら私が一から教えてあげてもいいわよ?
丁寧に、かつわかりやすく。
「いい、隣で『なんでこんな簡単なのわかんないのよ、もーぅ』とか言われたくないから」
失礼ね!
そんなこと…………ないと思うわよ?
保障はできないけど。
うん、100%なんてこの世に存在しないんだから。

「そういえば古泉は?」
古泉くんならさっき学校を出て行くのが見えたけど?
「古泉一樹は用事のため早退」
あら、有希、聞いてたの?
「昼休みに少しだけ」
理由はわかる?
「不明」
そっか。

楽しい部活の時間が過ぎていく。
有希が本を閉じた。
それは部活終了の合図。
いつも凄く正確で、驚くぐらい。
私は荷物をまとめて部室を出る。
明日は土曜日ね、いつもの場所でいつもの時間に!古泉君にも言っといて。
最後にそう皆に伝えた。

登校の時はキツめの坂道を、私は悠々と、一人で降りる。

ずっと、皆といられたらいいのに。

ふと、立ち止まる。
ずっと、いられたらいいのに?
不意に、不安が、私を掴む。

どうしてこんな気持ちになるの?
わからない。
まるで、この日常が壊れることへの不安?
気にしすぎよ、少しは体もやすめないと壊れちゃうわ。

違う。

何が違うのかはわからない。
けど、何か違う。
いつも感じる日常とはまた別。
退屈という名のナイフじゃない。


これは何?


不安で足を早める私。
家について、ご飯を食べても、まだ私に絡みつく。
お風呂を浴びてさっぱりしても、何なのこれ。
部屋の中で電気もつけずに、私は枕を抱きかかえる。
ふと、思いついた。

ピリリリリリリ

「もしもし?」
キョン、私だけど。
「どうした」
………
まただ、なんで私またキョンに?

「明日、ちゃんと来てよ?」
…今更じゃない、私?
キョンは予定をサボったりはしない。
少なくともいつもはそうだったし。
「どーした?」
何が?
「なんか、今日のお前変だぞ?」
気のせいよ。
「…そうか?」
そうよ。
「わかった、明日もちゃんと行く」
絶対よ?
遅刻したらまたおごりだからね!
「遅刻しないでもおごるのは俺じゃねーか」
つべこべ言わないの!
「へいへい、じゃ、また明日な」

あ、キョン。
「ん?どした」
……なんでもない。
「?」
明日、ちゃんと来なさいよ?
「わかったわかった、んじゃな」
電話が切れる。
なんだろう、この気持ち。
カーテンを開けて、窓の外を見る。
どこまでも広がる、星の瞬く夜空。
3年前に校庭に書いたメッセージは、どこかで誰かが読んでるだろうか。

その日の月は、とても綺麗だった。


ふぁ~。
よく寝た。
夜空を眺めながら、私はカーテンを開けて寝た。
そうすれば私は安心できたから。
昨日、あんなに不安でいっぱいだった頭も、一晩寝たらすごく軽かった。
結局なんだったんだろう、あれ。
まぁいいわ、準備して行きますか。
キョンより早くいかないとね、おごりはあいつ、私じゃないわ。

そこについた時、キョン以外のメンバーはすでにいた。
やっぱりできのいい団員がいると違うわね、うん。
みくるちゃんはやっぱりかわいいわね、私服も。
「そーですかぁ?ありがとうございます」
ほんとにかわいい、もし私が男だったら襲ってるわ、間違いなく。
有希、いつも眠そうだけど、ちゃんと寝れてる?
「大丈夫」
いつも通りの口調で返答される。
ならいいんだけど。
古泉くん、なんで昨日早退したの?
「少し親族のほうに急な用事ができまして」
肩をすくめて笑顔で答える。
ふーん、ま、いいわ。
にしても、キョンはいつも遅いわね。
いっそのこと集合に遅れないように私が毎朝電話してたたき起こしてやろうかしら。


時間が過ぎていく。
遅い!
遅い!
本当に遅い!
もう一時間も遅刻してるじゃない!
携帯に連絡しても出ないし!
なんなのよもう!

それにしても遅いわね!
何してるのかしら!
もう一度携帯電話に手を伸ばす。
こうなったら出るまでずっとかけてやるんだから!
ピリリリリリリリ……
ガチャッ
あら?繋がった?
「ハルヒちゃん?」
出たのは、キョンの母親だった。
なんで?
予想もつかなかった。
考えたくもなかった答えが返ってきた。






        うそよ!





公道を私達を乗せた車が疾走しついく
「きっと、大丈夫ですよ、涼宮さん」
ありがとう、みくるちゃん。
そうよね、大丈夫よね。
うん、じゃなきゃ許さないわ。
絶対、絶対許さない。
だって、だって約束したじゃない、今日絶対来るって、昨日。
「もうすぐつきます」
古泉くんが呟いた。
走る窓から病院が見えた。

キョンが倒れた?

ありえない。
そんなベタな展開、認めないからね。
さようならも言えずに、サヨナラなんて、そんなの認めないからね!
原因は何?
なんで倒れたの?
なんでキョンなの?
どうして今日突然?
昨日までピンピンしてたじゃない!

病院につくと同時に、私はキョンの入院してる部屋まで駆け出した。

前もあったっけ、こんなこと。
クリスマスパーティの準備中に、あいつがいきなり。
やだ、思い出したくない!
いやよ!いやよいやよ、いや!
気を失ったキョンの顔。

でもあの時は、ちゃんと起きたわよね。
そうよ!
今回も大丈夫なはず!
じゃなきゃ許さない!
約束したじゃない、来るって!

胸へとつかえる何かを感じながら、私は病室のドアを開いた。
そして感じた、視線。
私を見つめる、妹ちゃんの目。
キョンの母親の目。
お医者さんの目。
そして、

キョン!よかった!

キョンが私を見ていた。
意識は戻ってたらしい。
心配かけるんじゃないわよ!バカ!
私はキョンに駆け寄って、まくしたてた。
ホントは別のことを言いたかったけど、とにかく、無事でよかった。
ほんとに、よかった。

なんでそんな目で私を見てるの、キョン。
まるで、初対面を見るような───




「ごめんなさい、あなたは、誰ですか?」




―――――嘘って言ってよ






私は望んでいただけ
そしてあいつは、それに応えてくれていた

私は調子に乗っていたのかもしれない
一度も、あいつの事を考えてあげなかった

いや、考えてはいたのよ
でも、結果的に、私はあいつを蝕んでいた
そして、あいつが手のひらからこぼれおちた時

ようやく、そのことに、気がついたの

キョン?

「キョンというのは、俺のことですか?」
何言ってるの?
キョンはキョンよ、あなたでしょ
「すみません」
なんで謝るの?

なんで?なんで?なんで?
「ごめん、なさい」
胸が痛む。
本当にキョンは申し訳なさそうな顔をする。

やめてよ。

「え?」
こんなの、キョンじゃない……
「落ち着いてください、涼宮さん」
…みくるちゃん
「少し、話をしてもいいですか?涼宮さん」
キョンに聞こえないように私に呟く古泉くん。

古泉くん、話って何?
「彼の記憶喪失の原因についてです」

記憶、喪失?
キョンが?
うそよ、何それ。
何それ何それ何それ。
もしかしてそれが倒れた原因?
「医師の話によると倒れた理由も記憶を失った理由も同じらしいです。」
廊下で医師から一通りの説明をうけたあと、私は古泉くんと話していた。

古泉くんが続きを述べ始める。
「彼の精神は極度に疲労していた、それが倒れる原因になったと」
疲労?
だって、そんなそぶりは一度も。
「長い間に蓄積されたものらしいです。」
どういうこと?

「例をあげて説明しましょう。
フラッシュバックというものがあります。
麻薬の一部には使用することで幻覚を見るものがあります。
その時の感覚が忘れられず人は使用を繰り返し、何度も使用するうちに麻薬は人の体を蝕みます。
重度の中毒者になった場合は、麻薬の恐ろしさに気づきやめるでしょう。
しかし、たとえ長い時間をかけて回復しても、ふとしたきっかけで全てが麻薬をしていた状態に戻ってしまうことがあります。
それが、フラッシュバックです。」
必死に理解する。
「つまり、彼の中には長い間精神的疲労、言わばストレスがたまっていきました。
しかし、そのストレスは小さなもので、簡単に消えていったはずです。
それが、何かのきっかけで消えたはずのストレスが一気に戻ったとします。
いわばストレスのフラッシュバックと言いましょうか、そうして、彼は倒れたのです。」

どうして?
つまり悩みを抱えていたんでしょ?
どうして私に言ってくれなかったの?
「それは、おそらく」
そこまで言って、古泉くんは口を閉ざした。
いつになく真剣なまなざし。

知ってるの?
じゃあ、教えて。
「だめです」
なんで
「だめなんです」
教えないさいよ!
「涼宮さん……」
いいから、教えろって言ってんでしょうが!!
ふと、気がつけば有希が隣に立っていた。
何?
「あなたは、知るべきではない」

何それ
なんでよ?
「後悔する」
なんで?
「選択して」
何を
「知りたい?」
当たり前じゃない
「わかった」
「長門さん……」
「彼女は選んだ、知ることを。
だから伝える。」
「……わかりました」


「彼のストレスの原因は、」
私は言葉を待った。
沈黙で耳が痛くなった。




              「あなた」





わたし?

なんで、私なのよ。
「本当に、おわかりでないんですか?」
何を。
真剣なまなざしで、いつもと違う、怖い顔で私を見る古泉くん。

「彼はいつもあなたに合わせてきました」
…………
「そしてあなたはまれに彼の精神レベルを超えた要求をしていたんです」
………て
「それが彼のストレスとなった」
……めて
「彼はあなたにこたえるために、いつも無理をしてきた」
…やめて
「彼はお人よしですからね」
やめて!

私は気がついたら両耳を抑えて叫んでいた。
「知ることを選んだのは、あなたです」
古泉くんは私に追い討ちをかける。
「だから伝えました、真実を」

いつからだったのだろう────
   ────世界に色がついたのは

いつからだったのだろう────
   ────静寂に音楽が流れ始めたのは

いつからだったのだろう────
   ────いつも笑ってられるようになったのは

いつからだったのだろう────
   ────私の心にあいつが現れたのは

いつからだったのだろう────
   ────私の中のあいつがこんなにも大きくなっていた

いつからだったのだろう────
   ────あいつは、私にとって必要な人になっていた


…ごめんね
私は泣いてた。
ごめんね、ごめんね、キョン
俯いて、両手で、顔を覆って。
ごめん、ごめん、ごめんなさい

有希が、倒れこもうとする私の体を支える。
「今日は、もう帰りましょう」
古泉くんがいつもの優しい口調になって喋る。
「あなたも、少し休むべきです」
うん、ごめんね。
「大丈夫です、おそらく一時的な記憶の混乱です、すぐに治りますよ」
そうね。
治ったら、いいな。

うぇえ…
「涼宮さん…」

どうやって帰ったのか覚えていない
ただ、体がすごく重たかった

ご飯は、全然おいしくなかった
お風呂は、全然気持ちよくなかった

どれだけ泣いたんだろう

枕は涙でびしょびしょだった

でも、涙は枯れなかった
枯れてくれなかった
枯れるどころか、どんどん溢れでる
私にとって、それほどに大きくなってたんだ

キョン

私は呟いた
そして、泣き疲れて、寝てしまった

闇が、私を包んでいく




再び目を覚ましたとき、灰色の空の下、私は駅前の公園に居た。

そして、キョンがそこにいて、私を見ていた。




前にも似たような夢を見た。
夢よね?
夢、だよね?

目の前に立つキョンが私を見つめる。
私は耐えられなくなって視線を逸らす。

「ここは?」

キョンも驚いたような声を上げる。
当たり前よね、なんで私夢の中でまでキョンに迷惑を──

「ここは、覚えてる」

キョンが呟いた。
私は、はっとして彼を見据えた。
覚えてるって?
「なぜかはわからない」
キョンは私と目を合わせた。
私は今度は逸らさずに彼の瞳を見据えた。
申し訳なさそうな、でも、力強い瞳。
「ここに来なきゃいけない気がしたんです」
なんで?

「約束したから……」

私は、また泣いた。
ありがとう、覚えててくれて。

声を上げて泣いた。

ごめんね?ごめんね?
ほんとに、ごめんなさい
私のせいで、私の、せい、で

ふと、私の体がひっぱられた。
背中にキョンの左手が回される。
頭をキョンの右手が撫でる。
暖かい。

ありがとう。
ありがとう。
 ありがとう。

もう少し、このままで。









       「何、泣いてんだハルヒ」








――――っ!キョン?

じっとあいつの顔を見つめる。
いたずらっこみたいな表情で私を見る。
もしかして、記憶が?

「迷惑かけたようだな、悪ぃ」

軽く悪びれたそぶりで語るキョン。

迷惑?

迷惑かけたのは私のほうなのに?
「ハルヒ?」
私は、あなたにむりをさせたのよ!?
私は、あなたにわがままを押し付けたのよ!?
私は、私は、私は、あなたを、縛り付けたのよ!?
私、あなたに………謝りたかった


「ハルヒ」

何?
キョンが私の目を見る
とても力強く、決心したように。
私を抱いていた手に、力が入る。
痛いぐらいに、でも暖かい。
「どうして、俺がお前のわがまま聞いてたか、知ってるか?」
え?
「お前のことが大切だったからだ」
………キョン?

「ハルヒ、俺はな、お前のことが────

え。























ふいに、目を覚ました。
頬を伝う涙。
体に残るあいつの温もり。
ベッドから降りる。
携帯を鳴らす。
再び、彼のもとへ
今度こそ、言えなかった言葉を。
ごめんね、と。
ありがとう、と。
そして─────

ピリリリリリリ……
カチャッ

「もしもし?」
キョン?








    「どうした?わがままな団長さん」












                          - 涼宮ハルヒの羨望 終 -








涼宮ハルヒの羨望、外伝

笑ってくれる
私のために
私みたいなわがままなヤツのために

嬉しかった
すごく嬉しかった

私のわがままにつきあってくれる
それがたまらなく嬉しかった

ある雨の降る放課後
私とあなたしかいない部室

寝ているあなたにそっと呟いた



  ――――ありがとう


‐ 終 ‐

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