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第一章『それまで死ぬうんじゃないわよ!!』

 

 


 電車に揺られること数時間、あたしはこった首と肩をほぐしながら駅のホームに降り立った。
 ホームにはたくさんの人。これから仕事に行くビジネスマン、あたしと同い歳くらいの女子大生、隣町の市立高校の制服を着た高校生などが、電車に乗り込んだり、次の電車を待っていたりしている。
「三年ぶりか……ずいぶんと様変わりしたわね」
 駅の中は最近の都市開発ブームのあおりを受けた影響で、大改築をしたようだ。
 あたしは立派になった光陽園駅のピカピカの床に、軽い衝撃を受けながら、朝ごはんを済ませるために手近なファーストフード店に入った。

 

 

 

「……ふう。ごちそうさま」
 ハンバーガーをほお張り、コーラを流し込み、満足な一息をついた。でも、一人で食べても味気ないわね。やっぱりみんないないとつまんないわ。
 キョンが死に、SOS団を解散させてから、あたしは特別親しい友人は作らなかった。だって、どうせいつかはみんなあたしから離れていくのなら、最初から一人がいいと思ったからだ。
「……はあ」
 ため息に重さがあるのなら、きっと今のは床のタイルを削るほどの重さだろう。……やめやめ!とりあえず腹ごなしもすんだことだし、とっととここを出ましょ。
 時間はそうないんだからね。あ、でもその前にトイレに行ってこよう。

 

 


 用を済ませ、洗面台の前に立ったときだ。
「あれ?なにかしら、この紙?」
 白い抗菌の洗面台に浮かぶ、血の色みたいに真っ赤な紙。……気持ち悪いわね。ここの清掃業者は何やってるのよ。
「でも……なんだろう。すっごく気になる」
 なんだか吸い込まれそ……あたしが何やってるのよ。こんな気持ち悪いのを綺麗だと思うなんてどうかしてるわよ。
 とっととここを出よう。出入り口の扉に手を触れた。

 ガチャ。
 ガチャガチャ。

 二度三度、扉をスライドさせることを試みたが、結果は変わらなかった。
「ちょっと!トイレの前にモノを置かないでよ!!出られないでしょ!!」
 トイレの横開きの扉に、鍵なんかつくわけない。絶対に誰かが物を置いたに決まっている。
「開きなさいよ!客がここにいんのよ!!」
 大声で叫びながらガンガン扉を叩いてみたが、誰かが気付く様子はなかった。
「もう!ふざけんじゃないわよ!」
 いっそのこと蹴破ってやろうと思っていたが、ここはトイレだ。もし開かなくて転んだりしたら、汚い床に腰を下ろすことになるかもしれない。
「後で責任者に土下座させてやるわ!」
 頭の中で責任者に言ってやるクレーム文を原稿用紙十枚ほど考えながら、あたしは背中にあった窓枠に足をかけた。誰もいなくてよかったわ。絶対パンツ見えてる。

 

 

 ガシャン。着地成功。何とか駅ビルと駅ビルの間に出られたわ。
「って、こっちもふさがれてるんじゃない!どうなってんのよ!」
 すぐそばの大通りへの通路は、大量のダンボール箱で埋もれていた。もし火事になったら逃げられないじゃない!綺麗なのは外観だけみたいね。
 面倒だけど、反対側から回り道するしかなさそうね。回れ右。後ろに延びている狭い路地を進むことにした。

 

 駅ビルのスタッフ専用通路のドアを通り過ぎたあたりで、あたしはまた愕然とした。
「なんでこんなところに車を止めんのよ!!」
 グレーのワンボックスカーが、あたしの進路を拒むかのように、路地の中にぴったりと駐車されていた。
 イライラを具現化するかのごとく、あたしは車を蹴飛ばした。ただの土下座じゃ足りないわ!摩擦熱で火傷するくらい床に額を擦り付けてもらわないと気がすまないわ!!
 仕方がないのでスタッフ通路から駅ビルの中へと戻ることにした。
「…………あれ?でもあの車の運転手はどうやって車から降りたのかしら」

 

 


 スタッフ通路を抜けたあたりで、あたしは言いようのないおかしさを感じた。なにがおかしいかって?そんなの一目瞭然よ。
 さっきまで人でごった返していた筈の改札前、あたしがハンバーガーを食べたファーストフード店、視界の中に入るすべての場所から人の気配が消えていた。
「すいません!誰か居ませんか?!」
 しかし返ってきたのは「すいません!誰か居ませんか?!」という、あたしのこだまのみ。
「……どうなってるのよ」
 まるであたしだけが異次元世界に巻き込まれたかのように、駅構内から人が消えた。
 その時だ。遠くの通路に人影が走った。
「そこのあんた!待ちなさいよ!」
 ひょっとしたらなにかわかるかもしれない。あたしは全速力でその影を追った。

――ゴツン!

 しばらく走っていると、あたしは床に転がっていた赤いペンキが塗りたくられたマネキンに足をぶつけてこけてしまった。
「いたたたた……ちょっと誰よ!こんなところにマネキンなん」
 それはマネキンなんかではなかった。

「きゃあああああああああああああああああ!」

 なんで!?なんでこんなところに死体がころがってるの!!?
 そこにあったのは、あたしと同い年くらいの女の人の死体だった。血まみれで顔こそよくわからないが、これだけはわかる。即死だ。
「……うぷ!」
 あまりの衝撃に、さっき食べたハンバーガーが、丸ごと口から出てきてしまった。
「ハアハア………………いったいどうなってるのよ……」
 その人は腹部から内臓が飛び出るほどに、刃物でメッタ刺しにされており…………ごめん、無理。次はポテトが出そう。
 目を背けながら考えた。こんなこと誰がやったのだろうか。そしてまだこの近くにいるのだろうか。
 とりあえずその人の冥福を祈る合掌をしておいた。

 

 

――ガーガー、ピー、ガーガー。

「な……なによ?!」
 静かすぎる構内に鳴り響く不協和音。いきなり、汚いノイズがあたしの耳を襲い、あたしは音の鳴った方角へと走り出した。もういいかげんにしてよ!

 

 

 鳴り止むことのないノイズを追いかけ、『警備員室』と書かれたドアの前にやってきた。
「あたしを脅かせた慰謝料、たっぷりとってやるんだから!!」
 目の前のドアを思いっきり蹴破ってやった。うるさいのよ!!
 ノイズの正体は、部屋の中に置かれていた長机の上のラジオだった。
「もう!驚かせるんじゃないわよ!」
 ラジオを手にとって見た。
「……おかしいわね、壊れてるのかしら?」
 どのスイッチを押してもノイズは鳴り止まず、それどころかドンドン音が大きくなっていく。電源も落ちないみたいね。どうなってるのよ?
――ぺタ。
――ぺタ。
――ぺタ。
 背中から、まるで裸足でフローリングを歩いているような足音が聞こえた。

 

「きゃあああああああああああ!」

 

 身長だけならあたしとおなじくらいか。だがそこにいたのは人じゃなかった。


 ドロドロにとけた茶色の皮膚。
 そいつには足がなく、足があるはずの部分には手が生えていた。
 かろうじでわかる顔のパーツはすべて糸で塞がれている。


 そいつは声にならないうめき声をあげながら、あたしに襲い掛かってきた!
「こっちこないで!!」
 コップ、イス、ヘルメット。手当たり次第にあたりの物を投げつけてやった。
――ウオオオオオオン!
 投げるものが無くなり、転がっていた鉄パイプで殴りかかってやろうと思った頃、そいつは断末魔と同時に倒れた。
「ああああああああああああ!」
 ガツン!
 ガツン!
 ガツン!
 起きるな起きるな起きるな!
 化物でも血は赤いのね。そんなどうでもいいことを考えながら、一心不乱に殴り続けた。

 


「……ハァ……ハァ」
 どれぐらい殴っていただろうか。そいつはいつの間にか血の池に沈んでおり、あたしの服は化物の返り血と体液で汚れていた。
「もうわけわかんない!!誰か助けてよ!!」

 気づいたらラジオのノイズは止まっていた。

 

 

 

 こんなところ一秒だっていたくない。乱れた呼吸を整えてから警備員室のドアに手をかけた。
『――気を――けて――』
 その時だ。床に投げ出されたラジオから誰かの声が流れた。
「誰!?」
 ラジオは携帯電話とは違うのはわかっている。でも、スピーカー越しに返事を求めてしまった。
『――思い出して――私は――長――……』
 最後の方はノイズでかき消されていた。でも今の声に聞き覚えがあった。まさか……今のは有希?

 この世界はおかしい。認めたくなかったけど認めるわ。
「確かに不思議で面白いものを求めていたけど、こんなのあたしが求めていた不思議じゃないわ!全然面白くない!」
 どうせなら宇宙人に未来人に異世界人に超能力者が出てきなさいよ!何で死体が転がってて、あたしが化物に襲われなきゃならないわけ?!あたしがなにしたっていうのよ!!
 床に転がっていた鉄パイプを握り締め、有希の声が聞こえたラジオをベストの内ポケットに忍ばせた。
「この涼宮ハルヒにかかってくるなんていい度胸ね!!」
 バンッ!そう叫んでから、ドアを蹴破った。
「化物の大群を掻き分けてでも、絶対あんたに会ってやるんだから!!それまで死ぬうんじゃないわよ!!」
 ドアを開いた瞬間にノイズが鳴り、さっきまでいなかったはずの化物達がいた。その数二匹。
「邪魔よ!」
 もう恐れないわ!手前の一匹の頭を鉄パイプの一撃でえぐり、倒れた瞬間、ブーツのかかとで踏み潰してやった。
 ブシュウ!体液が顔にかかる。
――ウオオオオオオン!
「うっさい!」
 腹部に鉄パイプを突き刺し、足下の床に引き倒した。
 ゴキィン!鉄パイプを引き抜き、そのまんま思いっきり叩きつけた。
「こうなりたくなかったら引きなさい!容赦はしないからね!」
 駅の構内に響き渡る音量で叫んだ。

 

 


 脱出するためにまっすぐ駅の出入り口へと向かってみたが、ある種の予想通り、出入り口には丈夫なシャッターが下ろされていた。さすがにこれは壊せそうにそうにないわね。
 シャッターのハンドル部分に目をやると、ハンドルは錆び付いた鎖でグルグル巻きに封印されていた。
「手じゃ外せそうに無いけど、工具かなんかでならねじ切れそうね」
 さっきの警備室から無断拝借してきた地図を眺めた。工具……工具……倉庫みたいなところならきっと……あった。
 どうやら倉庫はスタッフ通路の一番奥の部屋にあるみたいね。
 あたしは手近なお土産屋さんから、裏口を通ってスタッフ通路に出た。

 道中、さっきの化物に何回か襲われたが、あたしは全て鉄パイプ一本だけで潰していった。
「どうせならピストルとかよこしなさいよ。ホラー映画の主人公の武器はピストルが相場じゃないの?なんであたしは鉄パイプなのよ」
 ま、日本は銃社会じゃないから仕方ないんだけどね。でも飛び道具があったらあいつら葬るのは断然楽なのに。……あるわけ無いか。それに、あっても使い方がよくわからないしね。
 あたしはありもしない飛び道具の存在を思い描きながら、倉庫のドアを開いた。

 

 

 倉庫の中は乱雑としており、棚にはよくわからない物で溢れかえっていた。えーと、工具箱はどこかしら?

 ガシャン。棚から国語辞典くらいの大きさの箱が落ちてしまった。

 なんだろこれ……!!!!!!
「なんで?!なんでこんなものが日本に?!!」
 最初はおもちゃかと思った。でもそれは、あたかも子供へのバースデイプレゼントのように綺麗に包装された本物のピストルだった。
 そしてラッピングされた箱の中を開いてみると、ご丁寧に使い方が書かれていたメモ書きまで入っていた。
「…………こんなに嬉しくて不気味な誕生日プレゼント初めてね」
 ピストルをスカートのベルトに差し込み、引き続き工具箱を探した。…………探している最中にピストルの弾を詰めた箱が出てきたけど、もう驚かないわよ。

 


「ねえ、探してるのってこれかな?」
 背後から声が聞こえた。振り返り、そこに居た人物とは……、
「朝倉!?」
「フフフ、久しぶりね。涼宮さん」
 朝倉涼子だった。片方の手にはあたしが探していたレンチが握られていた。もう片方の手には……バッグみたいだけど、なにが入っているのかしら。
「あんた、カナダに行ったんじゃ……」
 あたしが北高に入学したばっかの五月。朝倉涼子はいきなりあたし達のクラスから消えた。行き先は突拍子も無くカナダだった。キョンと一緒に調べたから間違いない。
「うーん、ちょっといろいろあってね。戻って来ちゃった」
 舌べろをペロッと出して微笑んだ。普通なら綺麗だと思うかもしれないが、あたしにはひどく不気味に思えた。
「そんなことより、探しているのはこれでしょ?」
 朝倉は正確な動作で、あたしの手にレンチを投げ渡した。
「それとも……こっちかな?」
――ゴロン。

「きゃあああああああああああああああああああああ!」

 朝倉のバッグに入っていたもの、それはキョンの生首だった。
「どうやら当たりみたいね。うれしいわ。あなたの役に立てて」
 心のそこから嬉しそうな満面の笑みを浮かべて言った。それはわずかに覚えている一年五組に居た頃の優等生スマイルのまま、変わっていなかった。
「なんで!?なんでこんなことをしたのよ!?」
 やっと会えたと思ったのに!なんで殺しちゃうのよ!?
「フフフ、おかしな涼宮さん。あたしがやったと思ってるんだ」
「あんた以外に誰がいるのよ!?」
「……うーん、そんなことはどうだっていいわ。だってあなたはここで」
 すると、今度はバッグからゴツいサバイバルナイフを取り出した。


「死ぬんだから!」


 ガキィン!あたしはとっさに鉄パイプで受け止めた。
「へー、さすが涼宮さんね」
「ちょ!?あんた本気!?」
「冗談に見える?」
 わかってるわよ!キョンの生首を持ってきた時点でね!
「なら覚悟もできてるわね。死んで」
「冗談じゃないわよ!!」
 朝倉を弾き返し、あたしはピストルを抜いた。
 パン!
 パン!
 パン!
 全弾命中。だが、
「あはははははは。上手上手ー」
 朝倉は何事も無かったかのように、笑いながらゆったりとした足取りで迫ってきた。
「来るな来るな来るな!」
 無我夢中で弾を撃った。お願い!死んで!
 カチン。
「残念。弾切れね」
 いつしか引き金を引いても乾いた金属音しか出さないようになったが、それでもあたしは泣きながら引き金を引き続けた。
「さ、懺悔の時間よ。涼宮さん」
 朝倉の細い腕が、あたしの首を掴む。
「見える?それが走馬灯よ」
 そんなものは見えない。見えるのは朝倉の歪んだ微笑と、鈍く煌くナイフのみ。
「……キョ……ン」

 まだ死にたくない!そう思った瞬間、あたしは気を失った。

 

 

 

 

「……ゲホゲホ!……ハァ……ハァ」
 気がつくとそこには誰もおらず、あたしは床に倒れていた。
「あたし……生きてる?」
 着衣の乱れと首筋の痣が、さっきの殺し合いが事実だと物語っている。
「……わけがわからないけど、助かったのかしら?」
 とりあえず生きてることへの喜びを噛みしめてから、レンチを拾い上げた。
「一応、探し物は見つけたし、とにかくここを出よう」
 もう二度と朝倉には会いたくないと思いながら、シャッターのあった場所まで戻った。

 

 


第二章『何言ってるの?キョンは三年前に死んじゃったじゃない』に続く

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