※ 涼宮ハルヒの鬱憤のアナザーストーリーです


 

季節はもう秋。
空模様は冬支度を始めるように首を垂れ、
風はキンモクセイの香りと共に鼻をそっとくすぐる。
彼は人との出会いが自分の心の内を乱し、
少しずつ緩んできている事に時の流れを感じている。
夏休みから学園祭まで一気に進んでいた時計の針は
息切れをしたかのように歩を緩めていたが、
周りが熱を冷ましていくのとは相反するように
彼の日常は慌ただしく、動き出していく――――
 
夢をつんざく音が聞こえる…
渇いた喉にイライラしながら鬱陶しい音に手を伸ばす。
無意識に一つ溜息が漏れた。
朝も寝起きから閉鎖空間か…
ここの所、涼宮ハルヒの精神は安定していたが。
それは最近、暇と鬱憤を紛らわせてくれるイベント続きだったからか?
僕は安穏とした日々が続く事に満足し過ぎているのかもしれない。
何にせよ、発生してしまったものは仕方がない…

発生場所に到着するとスーツ姿の森園生が腕組みをしながら立っていた。
「森さん、今の状況は?」
森の鋭い目線が突き刺さる。
「古泉、遅い…連絡は行ってたでしょう?
朝だからと言って寝惚けている暇があったら
もっと迅速に行動出来るよう心掛けなさい」
手厳しい、と言うか怖い。
 
いつも閉鎖空間に飛び込み神人と相対する度に感じる。
これは涼宮ハルヒの純粋な想いから溢れてくる水のようなもの。
綺麗だけど、切なくて、苦しくて、柔らかくて、暴力的で…
これは本当に僕らが力ずくでも抑えるべき代物なのだろうか?
誰にだってある感情、僕自身にもある。
日常はつまらない、下らないと思い、溜息を漏らしては
幸せをまた一つどこかへ落としてくる事が…。
僕らは本当に世界の安定に一役買っているのだろうか、と。

「ご苦労様」
森は笑顔で皆を出迎えた。

「今日のはそれほど大事にならずに済みました。
以前の報告通り涼宮ハルヒは最近、彼の成績等、色々と思う所があるようですから
機関としても何らかの対策を打たないといけないかもしれませんね」
森は首を傾げた。
「そうね。私にも経験あるけれど女の子にはそういう時がままあるものよ」
女の子って歳じゃ…
その時の頭の中を見透かしたような森の視線に一旦、思考を停止させた。
「何の大事件も起こらずに安定していてくれないものかしら…」

腕時計を見ると10時を回っている。
「また遅刻か…今日、学校サボろうかな?」
ふと漏れた愚痴にもならないような言葉に森が噛み付いてきた。
「古泉、またあなたは機関の仕事にかこつけてすぐにサボろうとする!
もうちょっと機関の人間としての自覚を持ちなさい。
あなたは機関の人間の中では涼宮ハルヒに最も近しい人間。
彼女を監視し、彼女により安定した日常を過ごしてもらうのに
機関にとってあなたの存在が重要な鍵である事は重々、承知しているでしょう?
それに機関はあなたに学業まで疎かにしろとは言っていない。
新川に車を用意させたから、時間のある時はちゃんと学校に行きなさい」
また森さんに説教された…

車は朝の街の喧噪の中を学校へ向かって滑り出した。
僕がサボらず学校に行くように森さんの監視付きで。
1年半この学校に通ってきたがSOS団の部室以外では
この時間限定で、この人のいない学校までの坂道は結構、気に入っている。
「古泉、今日は夜の9時から定例会議がありますから
涼宮ハルヒの監視後にちゃんとサボらないように顔出しなさいよ」
はい、了解です。僕の作り笑顔はこの人に鍛えられたといっても過言ではない。
キンモクセイの香りが鼻をくすぐる坂道は秋になり涼しく寝そべっている。

昼休み、SOS団の部室に足を運ぶと部屋の中から
廊下まで響く涼宮ハルヒの上機嫌な声が聞こえてきた。
どうやら朝までの不安定な精神は落ち着きを取り戻したようだ。
「ふっふっふっ…ハロウィンよ!!小さい頃、読んだ絵本には
魔人、ドラキュラ、フランケンシュタイン、魔女、黒猫、コウモリ、ゾンビ、
黒魔術なんかが出てきて、事件と謎の匂いがプンプンする話だったわ。
という訳で今週はハロウィン調査を開始するの。
ハロウィンってまずはコスプレから始まるのよね。
だからまずは全員どんなコスプレにするかパソコンで調べないと!!」
なるほど、また新しい『遊び場』を見つけた訳ですか。
 
そっと部室に入ると何やら話し込んでいるようだった。
「へぇ~、ハロウィンではお菓子を配るのね。
ついでに秋の味覚も集めちゃおうかしら?」
長門有希も珍しく強い興味を示したようですね。
僕も秋の味覚には興味あります。
 
「ハロウィンパーティーですか、面白いアイデアですね」
彼に話し掛けると驚いたような顔をこちらに向けてきた。
まるでくり抜かれたハロウィンのカボチャのような顔ですよ?
「じゃあ、決定ね。古泉君、みくるちゃんと?あとせっかくのパーティーだから
鶴屋さんにも伝えといてくれる?受験勉強の邪魔でなければって」
思い付いたら即行動、涼宮ハルヒの精神にここまでのエネルギーが
満ち溢れていれば、余程の事が無い限りは大丈夫でしょう。
「わかりました」
「じゃあ行くわよ、キョン」

ケルト民族のハロウィン祭ではひとつの大きな篝(かがり)火から
村の家々に火を分け合う事でお互いを
共通の絆を持つ一つに繋がった輪としている。
SOS団にとってその絆は涼宮ハルヒという
大きな篝火を中心にして出来たものだろう。
時々、全てを燃やし尽くすように暴れるその大きな篝火を鎮める為、
彼は水になりたいと願っている。
ただ、今の彼に出来るのは彼女に向かって欺瞞の笑顔を差し出す事だけ。
いつか素直な気持ちで友として笑い合いたいと願っている――――
 
涼宮ハルヒが形式的な連絡網と称して交換した為、
一応、SOS団に関わる面々の連絡先は入手している。
メールは時々、素の人間性が引き出される事があって苦手です…。
まずは森さんに報告ですね。
あと、涼宮ハルヒの為と称して機関に秋の味覚も要求しちゃいましょう。
 
To:森園生
タイトル:報告
本文:お疲れ様です。古泉一樹です。
涼宮ハルヒの急遽の発案により、
ハロウィンパーティーを開催する事になりました。
彼女の精神は朝とは違い、非常に安定したものと見受けられます。
彼女はお菓子や秋の味覚なども所望している様子です。
機関でも多少、用意して頂けると幸いです。
 
ふぅ~…機関や森さんへの報告はお決まりの文章で楽なのですが、
次は朝比奈みくるへのメールか…文面が難しいですね…。
朝比奈みくるは僕を含め、機関に対して強い不信感を持ってますからね。
あまり強い刺激を与える事で警戒心を抱かせ、今後の活動に
悪影響を及ぼしたくはありませんね。
文面を少し明るめにしておいた方が宜しいのでしょうか?
 
To:朝比奈みくる
タイトル:無題
本文:どうも!!古泉一樹ですアヒャヒャヘ(゚∀゚*)ノヽ(*゚∀゚)ノアヒャヒャ
涼宮さんの発案により今週のSOS団の活動はハロウィン調査を行うそうです。
お菓子と秋の味覚を集めたハロウィンコスプレパーティーも開くそうなので
時間の都合が付くようならば鶴屋さんもお誘い下さいとの事です(m。_。)m
では、宜しくお願いしますo(>▽<o)(o>▽<)oキャハハ
 
頑張って絵文字を使ってみたのですが、
皆さんが僕に対して抱いているイメージより
多少、メールのテンションが高過ぎたでしょうか…?
送信ボタンを押してから少し後悔しています。
 
おや?もう森さんから返信がありましたね。

From:森園生
タイトル:Re:報告
本文:ハロウィンの件に関しては了解致しました。
速やかに上に掛け合い、準備に入ります。
恐らく何の問題も無く、通過すると思われます。
ただあくまで涼宮ハルヒの監視と精神の安定の為という目的を忘れずに。
あなたは時々、遊び心が過ぎますからね。
 
色々とバレているのでしょうか?怖いですね…。
そうだ。絵文字の使い方に関して森さんに絵文字を使ってみて
使用法などに問題が無いか、確かめてみる必要がありますね。
森さんからなら的確なアドバイスが得られそうな気がします。
 
To:森園生
タイトル:Re:Re:報告
本文:了解ですO(≧▽≦)O ワーイ♪
お手数お掛け致します!!アリガタビーム!!(ノ・_・)‥‥…━━━━━☆ピーー

機関からの支援の事をハロウィンパーティーの発案者でもある
彼ら2人にも伝えておきますか…
そういえば携帯電話に入っている彼のメモリーを見るといつも思うのですが、
彼の本名ってなんでしたっけ?キョンとばかり呼ばれているので
ついつい忘れてしまいますね。
涼宮さんと仲良くやっていてくれると良いのですが。
 
To:Kyon
タイトル:無題
本文:今朝まで発生していた閉鎖空間も消えてくれて、
機関も僕もあなたにはいつも感謝しきりです。
お礼といっては何ですが、僕と機関から
今回のハロウィンパーティーに幾分かの差し入れを出します。
涼宮さんの事はあなたにお任せします。
では、頑張って下さいねp|  ̄∀ ̄ |q ファイトッ!!
 
お?森さんは仕事だけでなく、いつもメールを返すのも早いですね。
さすが機関の中枢を担うお方だ。
 
From:森園生
タイトル:Re:Re:Re:報告
本文:もう一度言いますが、ちゃんと気を引き締めなさい。
あと、あなたが絵文字を使うのは気持ちが悪いから止めなさい。
 
森さん…的確なアドバイス、ありがとうございます………。

秋の空というものはどうにもうつろいやすいもので
それを人の心に例えたりもしますが、
雨には気持ちもしょげるもの。
夕方になり降り出した雨は雨脚を強め、
街をオレンジ色から灰色に変えていく。
 
朝比奈みくると鶴屋さんが持ってきたスモークチーズの香り漂う
SOS団の部室では3人が三者三様の時間を過ごしています。
朝比奈みくるは妙な沈黙に耐えられなかったのであろう…
お茶を2人に差し出しながら話し掛けてきました。
彼らがいない時にこうやって会話を交わすのは慣れないものです。

「涼宮さんとキョンくんのいない部室って静かですね。」
「そうですね。こういう部室も嫌いではありませんが、やはり物足りないですね。
ところで鶴屋さんはどこへ?」
「チーズに合う飲み物が必要とかでどこかへ行ってしまいました。」
「それは危険な香りがしますね。」
その時、大きな足音が聞こえたと思うと勢いを付けて扉が開きました。
「お待った~!!」
鶴屋さんでしたか。
「おっや~、あの2人はまっだ帰ってきてないっかな~??
ま~たどっかでイチャついてんのかね~?」
「鶴屋さん、それ…」
「あぁ、ワインっさ!」
「だ、大丈夫なんですか~?受験前に。」
「めがっさ美味しいにょろ!まっ息抜き♪息抜き♪まずは軽く一杯。」
息抜きの範疇を超えてますね。?
「遅いですね~涼宮さんとキョンくん…」
と、音も立てずに静かに扉が開くと雨でずぶ濡れの彼が1人で立っていました。
非常に嫌な予感がしますね。
「あれ?涼宮さんは?」
「分からん…」

「私は付き合いだけで無理して皆とここにいる訳じゃありません!!」
朝比奈みくるが珍しく、怒りを露にしている。
「ごめんなさい…」
「なんでキョンくん、そんな事言ったんですか!?
いい加減、涼宮さんの気持ちに気付いてあげて下さい!!
涼宮さんは私達の為というよりもキョンくんの為に
きっとこのハロウィンパーティーをやろうって言ったんですよ!」

涼宮ハルヒはここ最近、部室で色々と計画を練っていたが…
ハロウィンパーティーにはやはりそのような意味があったのですね。

「涼宮さん、キョンくんが最近、成績の事とかで悩んでるってずっと気にしてたんです。
だから涼宮さん、部室にいる時に一人でキョンくんの為に解説用のノートや
一緒に期末テストの勉強する為のスケジュール作ったりして、
来週からはスパルタで行くから今週くらいはキョンくんと
何か息抜き出来る事して気持ちを晴らして羽を伸ばしておこうって言ってたんです!」
「あ~ぁ、今回はやっちゃったね~!キョンくん。」
今の鶴屋さんの意見には実に同感です。
 
事の顛末を簡潔に申し上げますと、
涼宮ハルヒは彼が最近、学業の成績などで悩んでいる事に危惧し、
期末テストで彼の手助けをしようとしていました。
その前に溜まっている彼のストレスをパーッとガス抜きさせる為に
SOS団でハロウィンパーティーの企画を立ち上げたのだが、
その事に対し彼は涼宮ハルヒに受験生の朝比奈みくるや鶴屋さんまで
こんな下らない事に巻き込んで計画性が無さ過ぎる、自分は帰って勉強がしたい
と、涼宮さんに責め立て街中でそのまま喧嘩別れしてきたという…
最近は彼とも打ち解けてきて僕も彼との友人関係を継続したいと
願ってはいますが、今だけは彼の事を『この男』と呼ばせて頂きたい。
 
この男は時々、とても無神経になるのが癇に障る。
涼宮ハルヒの想いに気が付いていない訳がないとは思うのだが…
涼宮ハルヒを監視し、安定に導く為の鍵としてこの男の存在は欠かせない。
それがここまで鈍感だとさすがにイライラしてくる。
機関で拘束して拷問にでも掛けてやろうかという気さえしてくる。
あぁ~…やはり案の定、機関からの連絡が入ってきた。

「ふぅ~…すみません、どうやら急なバイトが入ってしまったようです。」
この男を睨みつけて恨み節を放った所で何も解決しないのは百も承知なのだが…。
「まぁ正確には涼宮さんらしく、団長の責務として団員の世話まで
しっかりやらないといけないから大変だ、とおっしゃってましたが。
あなたの悩みは彼女の悩みでもあるんですよ。」

しれっとまるで分からないという顔をしているのが非常に癪だ…。
さすがに鼻につきますよ、その態度には。

「まだ分からないんですか?彼女からすれば何故、自分に相談してくれないのか?
悩みがあるなら共有してくれないのか?とね。
あなたに涼宮さんをお任せしたのは失敗でしたかね…では、失礼。」

少しばかり感情的になり過ぎたようだ…。
ただこの男に一言でも言わないと気が済まなかったのも事実。
しかし、一日で2回目ともなるとさすがにうんざりだ…。
森さんに一度、連絡を取っておこう。
「もしもし、古泉です」
森さんの携帯からノイズ混じりの声が聞こえる。
「緊急事態なので私が車を回します。話はそこで伺います」
と言われ、一方的に電話は切られた。
 
坂道を下ると猛スピードで黒塗りの車が目の前に滑り込んできた。
「乗りなさい、古泉」
助手席に乗り込み、事情を説明していると
森さんの表情は見る見る険しくなっていった。
隣にいる僕でさえ、緊張してしまう程だ。
「…という事だそうです」
その話を聞いた森さんは両拳をハンドルに一度、思いっきり叩き付けた。

「あんの鈍感男!!何、考えてんのよ!?」

…も、森さん?

「あれは本当に女心の欠片も理解していないわね!!
それとも知っててわざとそんな真似してんの!?
ただの度胸が無いヘタレ!?それともゲイか何か!?
少なくとも男の風上にも置けない奴だわ!!」

さすがの僕でもここまで怒り狂っている森さんは見た事がありません…

「大体、何よ!?のらりくらり逃げてばかりで、
涼宮ハルヒにキスするなり、押し倒すなり、さっさとヤっちゃえば良いのよ!!」

いや、さすがにそれは…

「か、彼にも彼の想いというものがありますから。そこまで強制させる訳には…」
森さんの勢いに気圧されて僕が逆になだめる立場になってしまった…
「分かってるわよ、そんな事!!でも、それならそれで真摯な応え方というものが
あるでしょうが!?一言、言ってやんないと気が済まないわ!!」
そういえば、ちょっと前に森さん、男と別れたとかで
酒に溺れて愚痴をこぼしながら暴れ回ってたな…女は怖い…。

現場に付くと落雷と豪雨が入り混じった暗闇のような閉鎖空間が
ぽっかり口を開けていた。
「これは非常に危険な状態ですね。このような閉鎖空間は初めてです」
冷静さを取り戻した森さんが話し始めた。
「どうやらこれまでのものとは形も歪で性質も全く異なるもののようね。
今、機関の人間を総員配置して解決に当たっています」
「世界が呑み込まれてしまう危険性もありますね。とにかく空間内に入ってみます」
閉鎖空間の入り口に手を伸ばした瞬間、雷に打たれたような衝撃が走り、
弾き飛ばされてしまった…空間内に侵入出来ない…?何故?

その時、空間内より機関の仲間である能力者達が投げ出されてきた。
「皆さん、どうなさったのです!?」
能力者達は怪我を負っている。機関の能力者の中でリーダー格の男が語り始めた。
「分からん…閉鎖空間より追い出されてしまった。
空間内に涼宮ハルヒが存在している感覚は掴める。
しかし、どうやら涼宮ハルヒはこの世にある全ての存在を拒絶し始めたようだ。
私達の能力も上手くコントロール出来なくなっている」
「新川!!」
森さんは新川さんを呼び寄せながら僕の肩に手を置いた。
「とにかく彼らの治療は新川に任せましょう。
機関でも最も能力の高い部類に入る古泉の能力を持ってしても
駄目だというのならもう手は一つしかありません」

今は不本意だが、機関の人間が手を打てないとならば
やはり涼宮ハルヒに対しては鍵としての彼の力に頼り、協力を仰ぐしかない。

新川さんと怪我をしている他の能力者達は治療に向かい、僕はこの場で待機。
彼を捜し、迎えに行く役は森さん自らが有無を言わさずに自分がやると申し出た。
きっと彼に対して森さんはどうしても『一言』言わないと気が済まないのだろう。
精神的に潰されなければ良いのですが…。
 
待機と言っても駅前の広場で一人立ち尽くしているだけだから
特にこれと言ってやる事も出来る事もない。
閉鎖空間には相変わらず、拒絶されたままだ。
雨脚が強くなってきた。傘に打たれる水の音が激しさを増していく。
「古泉君…」
ふいに声を掛けられた。振り返るとそこには朝比奈みくると長門有希の姿があった。
「朝比奈さん…長門さん…どうなさったのです?」
傘を差している二人の髪は秋雨に濡れていた。
「キョンくんと古泉君が飛び出していってから私達、
いてもたってもいられなくて…力になる事は出来ないかもしれませんけど、
キョンくんと涼宮さんの事、放っておく訳にもいかないんです」
それでとりあえず彼ら二人が喧嘩別れしたこの駅前の広場にやって来た訳ですか。
「僕も同じ想いです。どうも彼ら二人は素直じゃないと言いますか、
最近は友人として見て見ぬ振りが出来なくなってきました」
これは率直な想いだ。
以前の僕なら現状維持で見過ごすべき所は見過ごしていただろう。
「…そう」
 
3人、広場で雨に打たれながら無言で彼を待っていた。
結局、僕らはなんだかんだ言いながらも
お互いを信頼し合っているのかもしれない。
その時、黒塗りの車が水しぶきを立てながらブレーキを掛けた。

「お待ちしていましたよ。」

涼宮ハルヒという暴走したアクセルに対してブレーキとなれるのはあなただけ。
これでも僕らはあなたのやる時はやるという一本、芯の通った所が好きでもあり、信じてもいます。

「情報統合思念体は混乱している。
現在の涼宮ハルヒは有機生命体の持つ全ての感情を?強い力で衝突させ、爆発を起こしかけている。
本来、情報統合思念体にとって感情とはエラーと認識されるもの。
それが処理出来ないほどの量と質で埋め尽くされている。
情報統合思念体にとって自らの存在を消去し得る
触れる事は危険且つ、不可能な領域として認識した。
だから、あなたに任せる。」

最後の一言こそ、複雑な想いを抱えながらも長門有希の本音なのだろう。

「キョンくん…さっきは怒鳴ったりしてごめんなさい…
でも、キョンくんにしか涼宮さんを助ける事は出来ないと思うの。
キョンくんの素直な気持ちをちゃんと伝えて、お願い。」
今回ばかりはのらりくらりと逃げる事は許されませんよ。
きちっと責任を取るつもりで覚悟を決めて下さい。
「では、ここからが閉鎖空間の入り口です。?僕らはこれより先には進めません。
ですが、あなたならきっと大丈夫です。
いえ、あなたにしか出来ません。」

涼宮ハルヒはきっとあなただけは拒絶する事はないはずです。
何故なら、彼女はいつもあなたの傍にいてあなたと共に行動する事が
何よりも好きなのだから。
彼が一人で閉鎖空間に飛び込むのを見送るともうやれる事はない。
やはり全てを拒絶するあの空間も彼だけは受け入れてくれたようだ。
あと僕らに出来るのはただ待つのみ。
僕ら3人と森さんは激しくなった雨に打たれながら雷の音を聞いていた。

「皆さん、お車の中で待機なさってはいかがでしょう?」
森さんが愛くるしい笑顔を僕らに向けた。
あぁ~…僕だけの時にもこれくらいの柔らかい態度で接してくれたなら
どれだけ機関の仕事が楽になるだろう…
朝比奈みくるは頑なに車に乗るのを拒否していた。苦い思い出があるからだろう。
まぁ、僕らも車の中で安穏と過ごすつもりは毛頭ない。
「大丈夫ですよ、森さん。僕らはここで待ちます」
「そうですか」
さっきから気になっている事を2人には聞こえないように森さんに訊ねてみた。
「…ところで森さん。彼にはなんとおっしゃったんですか?」
森さんの目が鋭く光った。
「飴と鞭、というところでしょうか。
私は訓練により精神破壊系の拷問テクニックも身に付けているから」
その時の森さんの笑顔ほど僕を凍り付かせ、震え上がらせたものはなかった。
ニッコリと微笑む悪魔のようにただただ怖かった…
この人だけには悪戯心の冗談でも逆らわないでおこう。
そう心に誓った。

雷鳴が遠のき、雨脚が弱まったかと思うと街の喧噪が騒がしくなった。
さっきまで分厚い雲に覆われていた空は風と共に流れ、
雲の隙間から眩しい夕陽が顔を出している。
「どうやら彼ら二人は無事、仲直りしてくれたようですね」
今、気が付いたのだが僕はいつもの笑顔を忘れていた。
僕もそれなりに緊張していたのだろうか?
「良かったです~、キョンくんはちゃんと涼宮さんに
素直に想いを伝えたのでしょうか?」
「きっとそうでしょうね。彼は普段は鈍感極まり無い方ですが、
やる時はやる方ですから」
「…そう」

今、彼ら二人がどこにいるのかは分かりませんが、
二人の時間を邪魔するような無粋は止めておきましょう。
「さて、僕ら3人は部室にでも戻りますか?」
「そうですね~♪」
その時、森さんが僕の耳元でそっと囁いた。
「ハロウィンの件は許可がおりましたが、鶴屋家との相互不干渉の取り決めより
どちらか一方が、という事になりました」
なるほど、そうですか…。
「では、きっと鶴屋家で準備して頂けると思います。
決まり次第、また連絡を入れます」
「了解致しました。あと、あなたも分かっている事だとは思いますが、
私へ報告のメールをする際、もう決して二度と絵文字は使わないように」
ハハ…そんなに気持ち悪かったのだろうか…?

嵐来りて大暴れ。
上へ下への大騒ぎ。
嵐は去りて一番星。
誓いを立てて笑い顔、
夢か現か幻か。
 
「ではこれより!SOS団ハロウィンパーティーを始めます!!」
結局、部室では時間が遅いと言う事で急遽、鶴屋家で
お菓子と秋の味覚を取り揃えた
あまりにも豪華なパーティーを催す事になった。
涼宮ハルヒと鶴屋さんはタッグを組んで朝比奈みくるに
セクハラまがいの行為を繰り返している。
長門有希は相変わらず、物凄い食欲だ。
僕自身も涼宮ハルヒに渡されたドラキュラの格好をさせられている。
僕にとってSOS団のメンバーと過ごすこういう時間は
かけがえの無い大切な時間となってきている。
機関の命令により、仕方無しに参加していたかつてなら
考えられなかったくらいの心境の変化だと自分でも実感している。
涼宮ハルヒはミニスカートの妖精、鶴屋さんは幽霊、朝比奈みくるは黒猫、
長門有希は魔女、そして彼はカボチャ…。
涼宮ハルヒは一体、このカボチャのコスプレをどこから持ってきたのでしょうか?

「今回もあなたに助けられましたね」
「まぁ、今回は俺が原因でもあるからな。色々すまんかったな、古泉」
「いえ。初めに話を聞いた時は機関で拘束して?拷問にでも掛けようかと思いましたがね」
本気で手配しようかと考えたくらいです…。
「で、涼宮さんとは付き合う事になったんですか?」
おやおや…せっかくの秋の味覚を吹き出してしまうなんて実に勿体ない。
「ば、馬鹿言うなよ!」
「おや?今回もキスしたんじゃないんですか?」
「しとらん!」
全く…なかなか彼ら二人は先に進んでくれませんね。
ここは一つ…
「それは……また森さんが怒りますよ」
脅しをかけておきましょう。
 
「キョ~ン!」
「なんだ?」
「あんた、美味しそうなもん食べてんじゃないのよ」
「やらんぞ。自分で取れ」
「ケチ!うりゃ!」
「おい、取るなよ」
「だって私、この付け合わせの甘い人参、好きなんだも~ん」
まぁ、でも今回は元の関係に修復出来ただけでも良しとしましょう。

「じゃあ、お世話になりました~!」
「良いって事さ~!今度はクリスマスだね!」
「おやすみなさ~い!」
宴もたけなわ、ですね。
来週からはしばらく期末テストに向けての試験対策。
しっかりやらないとまた森さんや機関の上層部にどやされる…。
「では、僕もこのへんで」
「…同じく」
「わたひもおうひにかえりまひゅ~」
お二人のお邪魔になるでしょうから
泥酔している朝比奈みくると長門有希は僕が送り届けますよ。
「では、涼宮さんを家まで送り届けて下さいね」
二人っきりの時間はチャンスですよ、勇気を振り絞って下さい。
「キョン!」
「はいはい。」
「はい、は一回。」
「はぁ~い。」
 
彼は一つ決めました。
これからはあの二人を見守っていこう。
自分が入り込めるような隙間は無い。
時には譲れず、手を出す事はあったとしても
友人として接していこう。
 
冬も間近な秋の夜。
空に浮かぶ星達は遠い遠い所から
優しく光を落としています。
彼は待ち望んでいます。
まだまだ遠い将来にいつか彼らと心を開き、
ただただ笑い合える日を――――
 
The End

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最終更新:2008年11月07日 18:59