ミッション・イン・ハロウィン
 
 
 薄い霧がかかった、肌寒い朝方の公園にその男は居た。
 男は1人ベンチに座っていて、懐かしそうな顔で公園の様子を眺めている。
 見たところ年の頃は30代の半ば、いやもう少し上だろうか。
 私が目の前に辿り付いても、その男は私を見ようとせずに公園を見つめたまま「うわ! い、いつ来たん
だ?」本当に気づいていなかったとは驚かされる。
 予定時間どうりだと思いますが。
 この男には、機関の監視を気づかれない様に外して予定された場所を訪ねる苦労など分からないとは思うが
一応睨んでおく。
「そうか、そうだよな。……えっと、その」
 やはり、わからないようだ。
 焦る男は、私の顔を見て何かを言おうとしているが、うまく言葉にならないらしい。
 私が言う事ではありませんが、時間の余裕はないのでは?
 世間話をしたくてTPDDを使って時間遡行をしてきたと言うのなら話は別だが。
「そうだった! お前に頼みたいのはこれなんだ」
 そう言って、男はベンチに置いていた小さな箱を取り私に渡した。
 これは?
「ん~……すまん、これについては禁則事項らしい」
 そうですか。
「悪いな。これを――に渡してくれないか」
 ……なるほど、時間の指定はありますか?
「ああ。今から30分後、いつもの通学路を歩いている所で偶然出会った振りをしてくれ」
 何と言って渡せばいいんですか?
「……えっと、なんだったかな」
 考える事数分――
「何も言わずに渡してくれればいい」
 本当にいいんですか?
「ああ、いいはずだ。その後は自分の思うままに行動してくれ」
 わかりました。
 再び訪れる沈黙。分かり易く言えば、この男は私の扱い方を知らないのだろう。
 彼は何度も私の顔を見ては視線を反らす事を繰り替えしている。まるで……いや、流石にそれは失礼と
いうものだろう。
 待つこと数分――
「なあ、何とか許可を取ってくるから、もう一度会えないか?」
 ようやく出てきた言葉はそれだけ。
 ――この頼りない男のどこに魅かれる物があったのだろうか。
 貴方が望むのならば私に拒否する権限はありません、任務を遂行しますので失礼します。
 小さく会釈する私に、彼は相変わらず困ったような顔をして
「あ……ああ。頼んだぞ園生」
 と言った。
 
 
 目標確認。
 北高校への上り坂を気だるい表情でゆっくりと歩くその男を見て、私は隠れていた路地から歩き出した。
 途端に集まってくる視線……無理も無い。
 今日はメイド服を着ているせいで、無意味に浮いてしまっているのは自分でもわかっている。この服装も
あの男の指定だ。
 何故、高校生の通学時間帯にメイド服を着て待ち伏せなどしなければならないのか? 
 ……そうだな、もしも本当に許可が下りて話をする機会があったら問い詰めてみよう。
 坂道をしばらく下ると、回りの変化と視界に入る場違いな服装のせいで彼も私に気づいた様だ。
 間の抜けた顔で固まる彼の前に立ち……何も言わなくていいんだったな。私は軽く会釈をするだけにした。
「お、おはようございます」
 返事をする代わりに、私は例の箱を彼の前に差し出した。
「えっと、あの」
 流石に不審そうな顔をする彼だったが、私が動かない様子を見ておずおずと手を伸ばして箱を受け取る。
 任務完了。
 私は丁寧に会釈をし、彼が登ってきた坂道をそのまま下っていった。
 
 
 プルルル――私だ。
「おはようございます、朝早くにすみません」
 用件は。
「実は今朝方、彼から妙なお話を聞いたのですが」
 それで。
「えっと、メイド服を着た森さんから何故か箱を渡されたと彼は言ってるんですが」
 事実だ。
「あの、彼はこれをどうすればいいのかわからずに困っています」
 ――だろうな、私でも困るだろう。
「これはいったい何なんですか? 機関の作戦か何かなんですか?」
 古泉。
「はい」
 禁則だ。
「了解です」
 物分りのいい男だ。
 観察対象と彼に何か変化があれば連絡してくれ、メールで構わない。
「わかりました、現在例の箱は彼のロッカーに入っていて、彼女はその事に気づいていないようです。それ
では、また」
『涼宮さんが例の箱に気づきました。彼はそれをハロウィンの小物だと言って誤魔化しています』
 そうか、そういえば今日はハロウィンだったな。
『涼宮さんが箱を強奪し中を見てしまいました。中にはハロウィンのお菓子が入っていたようです』
 いったい何故そんな物を未来からわざわざ……?
『お菓子の取り合いが始まりました。涼宮さんは苺味のクッキーに御執心で、彼と取り合いになっています』
 別に、リアルタイムで状況を伝えて欲しかったのではないんだが。
 立て続けに届いた3件のメールを見て、私服に着替えて待機していた私はなんとなくクローゼットの前に
歩いていった。
 ずらりと並ぶクリーニング済みのメイド服を眺めていると
『涼宮さんがお菓子が手作りだと見抜いて喧嘩がはじまりました』
 ……嫌な予感がすると思えば……。
 
 
 ――コンコン。
「どうぞ!」
 苛立たしい返事の後に扉を開けると。
「え? も、森さん?」
 鍵である彼に完璧なチョークスリーパーをかけている観察対象は、私の顔を見てそんな声を上げた。
 ご無沙汰しております。
 丁寧に頭を下げる私に注がれるいくつかの視線は「何故ここに貴女が?」と聞いてきている。
 古泉は……ん、わざとらしく無い適度な驚き。いい反応だ。
 なるほど、メールの内容は正確だったらしくテーブルの上には無残な姿になった例の箱と、丁寧にラッピ
ングされたお菓子が散らばっている。
 ……この行動で事態を収拾する確証などないが、私は酸欠で青白くなった顔の彼に向かってでまかせを話
し始めた。
 申し訳ありません、こちらの手違いで頼まれていたメッセージカードを箱にお付けするのを忘れてしまい
ましたのでお詫びに参りました。
「メッセージカード?」
 息も絶え絶えな彼に代わって、彼女が私に聞いてくる。
 はい。差出人とお渡しするお相手の名前を書くように頼まれていました。
「それって誰?」
 手元にメモ帳を取り出して、白紙のページを見ながら彼の名前を読みあげた後――そして、お渡しするのは
涼宮ハルヒ様と伺っております、申し訳ありませんでした。
 頭を下げる私と、床に座って荒い息をする彼の間を彼女の視線が往復する。
「……さ、最初っから言いなさいよこのバカキョン!」
 照れ笑いを浮かべて彼を引きずり起こす彼女を見ながら、私は静かに部室を後にした。
 ――後で気がついた事だが、私は嘘をついていなかったらしい。
 
 その夜――誰かが私の部屋の扉を叩いた。
 監視モニターに写る姿は、カボチャの被り物をした……間違いない。
「ぐおっ!」
 わざと何も言わずに勢いよく扉を開けると、すぐ近くに立っていたその不審者は悲鳴を上げて倒れた。
 もしかして、この男は一日この姿で町をうろついていたのだろうか? ……それはないか。
 すみません。
 わざとらしく謝りつつ、私は倒れた彼に手をさし伸ばす。
「いてて……園生、今日はありがとうな」
 のろのろとカボチャの被り物を取ろうとした男の腕を掴んで止める。
 機関の施設は個人の私室内を除いて全て常時監視されています、顔を見られても構わないのですか?
「す、すまん」
 まさか本当に来るとは……。
 不審者の腕を掴んで、私は部屋の中へと戻った。
 
 
 この部屋の中は盗聴されていません。ですがカメラは全て封印できている保障がないので被り物はそのままで
いてください。
「わかった」
 軽く両手をあげた男は、私の部屋の中を落ち着き無く見回している。
 何か飲み物でもあっただろうか。
 彼を部屋に残して、私は台所に移動した。
 元々、この部屋に客が訪れる事など殆ど無い上に今日は不意の訪問だ。無いとは思っていたが、探してみても
茶器棚には茶葉の一つも見つからない。
 少し迷った後に戸棚の引き出しを開けると、そこにはさっき買ってきておいた小さな袋が置かれている。
 一度はその袋に手を伸ばしたものの、手を引いて引き出しを閉める。
 仕方なく手ぶらで部屋に戻ると、落ち着かない様子の男は部屋の中央で立ったままだった。
 座ったらどうですか。
「あ、ああ」
 被り物のせいで視界が悪いのか、よろよろと男はその場に座る。
「えっと、今日の事なんだけどな」
 はい。
「実は……あれはな? その」
 沈黙。いったいここに何をしに来たつもりなのだろう。
 そういえば、あのお菓子は手作りだったそうですが誰が作ったんですか?
「え? ああ、俺だ。それはいいとして……その、なんだ。うん」
 ――再び沈黙。ここまで来ておいて言いよどむ理由とは何だろう? 恥だろうか。
 とはいえあまり長居をされても困る。
 あれがきっかけだったんですね。
「へ?」
 間の抜けた声をあげるカボチャに、私はあっさりと告げた。考えれば簡単な事、私は自分の家族計画の一翼を担っ
ただけの事なのだろう。
 簡単に言えば、今日の事をきっかけに膠着していた2人の関係が進展し、今年のクリスマスに告白する事でついに
恋人になるんでしょう。告白の言葉は貴方からで、内容は――
「待ってくれ!」
 自分の現状を把握しないままに行動するから……。
 私の言葉に驚いたカボチャ男は急に立ち上がり、真上にあった室内照明に被り物が当たってはでによろけて倒れる。
 倒れた際にずれてしまった被り物の隙間から、予想通り冴えない男の顔が見えていた。
「な、何で園生がそんな事を知ってるんだ?」
 母さんから告白までの経緯は聞いていました。
 あまり、ロマンチックな告白ではなかったとも聞いています。
「マジかよ?」
 ええ。
 呆然としているその男、つまり自分の父親の姿を見て私は首を横に振る。
 まったく……何故、母さんは古泉ではなくこの男を選んだのだろう?
 母曰く「え? キョンの方が好きだったんだもん」との事だが、その答えに行き着く理由が私には想像できない。
 ――無言の室内に、玄関の扉を叩く音が聞こえてきた。
 モニターを確認してみると、扉の前には焦った顔の古泉が立っている。
 という事はやはり、監視カメラはまだ残っていたという事だな。
「げ、古泉?」
 後ろから覗き込む父親は、モニターに写っている古泉を見て懐かしそうな顔をした。
 古泉には合鍵を渡していますから、返事をしなければ3分以内にここに来ます。
「あ、合鍵って園生! お前まさか古泉と?」
 機関の同士は、お互いの部屋の鍵を持ち合っているんです。
「すまん、そうだったのか」
 そんなに簡単に自分の娘を信じ無いほうがいいと思いますが……。
 ともかく今は時間が無い、父親を自分の部屋に押し込んで私は台所へと急いだ。
「園生! ハルヒもお前に会いに来たがってたぞ!」
 引き止めてください。母さんがこの時代に来たら、反応が二つになって能力者達が混乱します。
 大声で返事をしながら、引き出しを開けて準備しておいた袋を取り出す。私が部屋に戻った時、TPDDは発動
間近の状態になっていた。
「なあ。たまにはこっちに帰ってこいよ? みんな、お前が戻ってくるのを待ってるぞ」 
 私を早く未来に戻したいのなら、過去の自分に大人しくするよう言ってください。
 皮肉を言って、私は持ってきた袋を父親に手渡した。
 
 
「森さん! 無事ですか? この部屋にカボチャの化け物が出たと機関から連絡が! ……森さん?」
 少しの間、放心していたらしい。
 気がついた時にはすでに父親の姿はなく、代わりに心配そうな顔をしている古泉の姿があった。
「あの……化け物が出たというのは本当なんですか?」
 ああ。
 どうにも憎めない、子供との接し方が下手な化け物が1人な。
「それで、その化け物は?」
 不勉強な奴だな、これは世界の常識だぞ。
 心配そうな顔の古泉を置いて、部屋を出ながら私は教えてやった。
 今夜はハロウィンだからな。化け物にはお菓子を渡して退散してもらったよ。
 
 
 ミッション・イン・ハロウィン ~終わり~


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