「秋といえばおでんが美味しい季節だと思わない?」
「あなたは口を開けばそればかり。年中同じことばかり言っている。
おでんのせいで脳が侵されている可能性が非常に高い。しばらく実家に帰省して療養すべき。十年は戻らなくてかまわない」
こちらを見ることもせずにそれだけ言うと、長門さんは再び読書に没頭し始めた。読んでいるのは非常に本格的な黒魔術の本。

ここ最近の、私と長門さんとのやりとりはいつもこんな感じだ。
涼宮さんと彼が付き合い始めてから、彼女はすっかりやさぐれてしまった。
どうにか元気を出してもらおうと、こうして毎日彼女を訪ねているが、まるで取り付く島も無い。
せっかく私が用意した食事(おでん)もとらずに、いつも引きこもってジャンクフードと読書に溺れている。
ちなみに、今日のドリンクはドクターペッパーのようだ。薬臭い。

とにかく、このままでは長門さんはダメヒューマノイド・インターフェイス一直線である。
そう思った私は、彼女の更生のために、まず食生活の乱れを正すことにした。
ジャンクフードばかり食べていては、脳までジャンクになってしまうに違いない。
なんとか彼女を振り向かせるような、素敵な食事を用意する必要がある。
幸い季節は秋。美味しい食材には事欠かない。
遂に、"至高のおでん"に挑戦するべきときが来たようだ。



「長門さん、私はこれからしばらく旅に出るわ。多分数日間は様子を見に来れないけど……、何かあったらちゃんと連絡してね」
「……」
最後までこっちを見てくれなかったけど、ちゃんと聞いていたのかしら……。不安はあるけど、今は行かなくてはならない。
505号室に戻り、さくさくと準備を整えて、今日のうちに出発することにした。もう夕方近いけど、善は急げだ。

気合を入れてマンションを出て、駅に向かう途中、橋下の河原に見知った顔を見つけた。
「古泉君、こんなところに一人でどうしたの?」
「……ああ、朝倉さんですか。あなたも知っているとは思いますが、涼宮さんと彼がくっついて以来、SOS団の活動は大幅縮小。
涼宮さんの機嫌がいつも上々のおかげで、僕がバイトに駆り出されることもほとんどなくなりました。
以来ほとんどすることのない僕は、毎日ここで一人、専ら水切りに興じているというわけです。
おかげですっかり上達してしまいましたよ、ふふふ……」
そう言うと、古泉君は足元に積んであった石を一つ拾うと、夕焼けで赤く染まった川にそれを投じた。
石は勢い良く水面を跳ねていき、見事に向こう岸までたどり着いた。
「どうです、なかなかのものでしょう?」
「そうね……」
確かに上手い。上手いのだけれど、どうしてこんなに物悲しい気持ちになるのかしら。

「そういえば、顔色が少し悪いわよ。ちゃんとご飯は食べてるの?」
「実は、これもお恥ずかしい話なのですが、このところの経済危機の影響で、
数ヶ月前からスポンサーから機関への資金援助が大分削られましてね。
僕の給料にもそれが大いに反映されています。神人狩りが無い以上、危険手当も滅多に出ませんから、
すっかり貧乏生活というわけです。最近は、もやしだけが僕の味方ですよ」
自嘲気味に笑う古泉君の顔は、少しやつれて見えた。

……丁度お供が欲しかったところだ。彼を拾っていくことにしよう。
「ねえ、そんなに暇をもてあましているなら、私の手伝いをしてくれないかな?
その間は食事くらいならなんとかしてあげるから」
「それは願ったり叶ったりですが……、具体的には何をすればいいのでしょうか?」
「難しいことじゃないの。ちょっとした具材集めよ」
全国を回るんだけど、とは言わないでおいた。



出発から一週間、私達はようやく住み慣れた町に帰ってきた。
「まさかタコを獲るために、いきなり秋の海にダイブさせられるとは思いませんでした……」
「そのかわり、捕鯨は諦めてあげたじゃない。それぐらいはやってもらわなくちゃ」
「そもそも鯨なんてどうやって獲るつもりだったんですか……。
松茸狩りのときも熊に襲われるし、無給でやるような仕事じゃありませんでしたよ」
古泉君はすっかり疲れ果てているようだ。無理もないけど。
「まあまあ、熊だって私がちょちょいと倒したし。貴重な熊肉も食べられたしよかったじゃない」
「あの熊肉の強烈な獣臭さは、一生忘れられそうにありません……。あなただって一口しか食べなかったじゃないですか」
「話の種にするにはあれぐらいの方が丁度良いのよ。各地の名物だってご馳走したし、文句ばかり言わないの。
とにかく、目的も果たして無事に帰れってこれたんだからもっと喜びましょう。
これから部屋に戻って調理を始めるから、あなたもちゃんと最後まで手伝ってね」
「毒を食らわば皿までといいますからね。こうなったら最後まで付き合いますよ」

重い荷物を抱えながら、マンションに到着。先に長門さんの部屋を覗いてみたが、不在だった。買い物にでもいったのだろうか。
仕様が無いので、自分の部屋に戻って料理を始める。古泉君は、意外と手際よく仕事をこなしてくれた。

さて、そんな感じで数時間。
「遂に完成ね」
「感無量ですね。至高の名を冠するだけあって、本当に美味しそうだ」
私が今まで作った数多の料理の中でも、文句なしの最高傑作に仕上がったと自負できる出来だ。
「あれだけ食材集めを頑張ったんだもの、当然だわ。さあ、早く長門さんを呼んで……」
ちょうどそのとき、玄関のチャイムが鳴った。
「電報でーす」
インターホンから、郵便屋さんの声。
なんで急に電報なんて?とにかくそれを受け取って、部屋に戻る。


「電報とはまた古風ですね。どなたからですか?」
「父からだわ。内容は……」
『リョウコへ ナガトシンコクナエラーニツキ チョウキカンジッカニテリョウヨウトス 
 ナガトカンチマデノキカンハリョウコニキュウカヲアタエル チチヨリ』
「そっか、長門さん連れ帰されちゃったんだ……。せっかく頑張って作ったけど、無駄になっちゃった」
あんなにあちこち回ってきて、古泉君まで付き合わせたのに、これじゃまるで馬鹿みたいだ。
困ったことに、少し涙が滲んできた。
「……朝倉さん、残念なのはわかりますが、あんなに苦労して食材集めをして作ったんです。
せっかくだから、二人で頂きましょう。あんまり美味しそうな香りがするので、すっかりお腹が空いてしまいました。
まさか、あれを一人占めしようなんて思って無いでしょうね?」
あわてて涙を拭って目線を向けると、いかにも優しげな表情の彼がいた。


料理はまさしく素晴らしい出来だった。古泉君も、私の料理の腕を大いに褒めてくれた。
彼との会話をしながらの夕食というのも、思いのほか楽しかった。
一緒に食事の後片付けをしながら、私はずっと考えていたことを彼に言った。
「ねえ、古泉君。これからしばらく、うちにご飯だけでも食べにこない?
長門さんがいないと私も退屈だし、あなたも毎日河原で水切りやるくらいなら、
私の料理手伝いでもやっているほうがいいと思うの。……どうかな?」
そっと彼の表情を見る。いつもの微笑を浮かべながら、彼は答えた。
「ええ、喜んで」




そんなこんなで、あの日から二週間ほどたった。最近は、すっかり半同棲のような生活になりつつある。
「朝倉さん、毎日食事をご馳走して頂いている身でこんなことを言うのはよくないのでしょうが」
夕食中、古泉君がなんとも気の重そうな顔で話し掛けてきた。
「なあに?もしかして美味しくなかった?」
「いえ。味自体はいつも大変に素晴らしく、その点については全く文句のつけようもありません。
しかし、毎日毎日おでんづくしとなると、僕も頭がどうにかなってしまいそうです」
「一昨日は関西風、昨日は中華風、今日は関東風だったじゃない。何も問題はないわ。
明日はミラノ風を試すんだから、あなたもちゃんと食べてくれないと」
「ミラノ風って……。そこはかとなく不安です……」

生来世話焼きの性分なのだ。そう簡単には彼を離さない。
それに、食事は二人以上で食べたほうが美味しいに決まっているもの。


|