朝。
眠気でだるかったけど私は布団から出る。少し寒い。
十月は私にとって寒い気温。どちらかというと体は弱い方だから。
さて朝ご飯を食べて学校の準備しよう。
家には私しかいないから。
 
マンションを出た直後、私はまた後ろから押された。
 
朝倉「おはよう長門さん」
長門「あの・・急に押さないで」
朝倉「いいじゃないの、心臓止まるわけじゃあるまいし」
長門「・・昨日も言ったんですけど」
朝倉「こまかいことは気にしない気にしない。あっ一昨日借りた本、返すわね」
長門「ありがとう」
朝倉「これってコスプレ少女の話なの?」
長門「ちょっと違う。設定はともかく、ヒロインのセリフの中で私の気に入った言葉があっ!」
 
ピュゥッと冷たい風が吹き上げた。
 
朝倉「あらあらクマパンねぇ。やばっ鼻血出そう」
長門「み・・・見ないで」
 
朝倉さんの言葉で反射的にスカートの前と後ろを押さえた。滑稽だろうな。
同じマンションに住んでる朝倉さんも一人暮らし。一学期の初めから一緒に登校するようになった人。
私とは違って、朝倉さんはいつも元気だ。周りの人にも好かれている。
いつも朝倉さんは私に気を使ってくれてる。
 
学校の玄関に着いた。正直憂鬱だ。
 
朝倉「じゃっまたあとでね」
 
頷いて、私は自分の教室に入った。
別にひどいいじめを受けてるわけではない。ただ
 
寂しい
 
席に着くと、かばんに入ってる問題集を取り出して眺めた。
周りの人たちから孤立した私。私はいてもいなくても変わらないのでは、と何度も思った。
 
授業。
板書をとり先生の話を聞く。
いつも通りの毎日。時間はただ過ぎ去る。
 
昼休みになった。弁当を取り出して食べる。好きな食べ物はカレー、ザ・スパイシー。
一人で黙々と食べる、周りの会話だけ聞いて。
今日は珍しく私の話題を耳にした。
声の方向を一瞥すると、二人の女子と一人の男子を確認した。一人の女子と男子は目立つ特徴のないショートヘア、もう一人は金髪、そもそも校則違反じゃ。
 
生徒A「ねえねえたまには長門さんを誘ってみない?」
生徒B「えー?つまんないわよあいつ」
生徒A「そう?じゃあやめとくわ」
生徒C「長門っていつも一人だけど寂しくないんかね?」
生徒B「逆に考えるの、いつも一人だから寂しくないんだよ」
A・C「あっそうか!アハハハハ!」
 
そんなわけない。
でも反論する勇気もない。
弁当を食べ終わった私は、この学校で最も安心できる場所へ向かった。
 
文芸部室。
普段人が来ない場所。
部室にある本を一冊手にとって椅子に腰掛ける。
静かな場所。
どうせ一人なら周りの人がいないほうがいい。
 
扉が開く音がした。
 
朝倉「ハロー長門さん」
長門「あっこんにちは」
朝倉「他の人は連れてこないの?」
長門「う・・・うん」
 
朝倉さんには私の本当の境遇を話してない。
居もしない友達が存在し、偽りの楽しい学校生活を過ごしていることになっている。
朝倉さんには毎日世話になってる。
これ以上迷惑はかけられない。
 
朝倉「ほっぺに米粒ついてるわよ」
長門「えっ・・取れた?」
朝倉「やばっかわいすぎ」
長門「どうしたの?」
朝倉「なんでもないわ。じゃ私はもう行くから」
 
そう言い残して朝倉さんは部室を去った。
たまに部室に来ては少し話して帰る。朝倉さんは何しに来るんだろう?悪い気はしないけど。
 
放課後。
今日は部室に寄らずに帰ろう。
さてどこにいるかな。あっ見つけた。
 
長門「あの」
朝倉「あら長門さん、今日は部室行かないの?なら帰りましょうか」
長門「うん」
 
私たちは帰路に着いた。


朝倉「でその男子がスカートをめくろうとしたから、大事な部分に蹴りいれてやったわけ。こんな感じに」
長門「下品なのは嫌い」
朝倉「ホントに~?ちょっとあなたの家を抜き打ち訪問していいかしら?とくに机の中ハアハア」
長門「どうぞ」
朝倉「反応うすいわね、残念。そうだ、たまには一緒に夕食の買い物行きましょ」
長門「ごめん。家の鍋にカレーがまだある」
朝倉「一応聞いとくけど何日前のカレーよ」
長門「おと・・・きのう」
朝倉「おとといか。まあ許可範囲ね。ただし今日中に食べること、いいわね?」
長門「う・・うん」
朝倉「じゃあ私、買い物に行ってくるわ」
長門「さようなら」
 
さてあと三日分のカレーを今夜中に食べきれるだろうか。
 
夜。
家に帰った私は、カレーを捨てるのがもったいないので頑張って食べる現在進行形。少食家な私にはつらい。
 
二日分(6杯)を食べ終わったころインターホンが鳴った。うぷっ。
動きづらい体で私は玄関に向かう。
 
朝倉「長門さーん、開けてー」
長門「わっわかってうぅっハアハア」
 
ガチャッ
 
朝倉「見てこれかわいい・・・て大丈夫?」
長門「だいじうぷっ」
朝倉「大丈夫じゃないでしょ!早くトイレ行って出すもの出しなさい!」
長門「これぐらい・・へいき。まだいっぱいあるから」
朝倉「口に付いてるカレーでだいたい察しついたわ。とりあえず残りのカレーは片付けるわ、て鍋でか!」
長門「捨てちゃダメ!・・うぅっケホケホ」
朝倉「そんな泣かなくても。捨てるわけないじゃない」
長門「・・・ちっ違う泣いてない。吐き気がしただけ」
朝倉「本当かしら、クスクス。あのね長門さん、タッパーに余ったカレーを入れて冷凍庫に入れればいいじゃない。食べたい時はレンジで温めればいいわ」
長門「その手があった。待って、今メモをとる。もう一度、食べたい時はどうするの?」
朝倉「うん。タッパーを胸の谷間に挟んで温めるのよ」
長門「えっとタッパーを胸の谷間・・たにま・・・」
朝倉「本気にしないでよ。それに需要はあるわよ、貧にゅ」
長門「違う!」
朝倉「アハハ。あら体調良くなったようね」
 
正直、楽しい。普段からこういう生活をしたい。
 
長門「さっき持ってきてたあの紙袋は何?」
朝倉「あっそうそう。みてみて~!じゃあ~ん!」
 
朝倉さんは持ってきた大きな紙袋から、ほどよいサイズの人形を一つ取り出した。
 
長門「カボチャの化け物?」
朝倉「なあに言ってるのよ、ハロウィンよ!」
長門「ああ、思い出した。でもそれかわいい?」
 
だって手にところどころ赤いカマを持って笑ってるカボチャだよ?
 
朝倉「ええかわいいわよ!」
長門「不気味」
朝倉「このシュールな顔の前に不気味なんて言葉は無効よ!この可愛さがわからないようね。いいわ、わからせてあげる」
 
紙袋から色々出てきた。それらは机の上に置かれていく。
 
長門「カボチャがいっぱい」
朝倉「だからハロウィンって呼んでよ!ほらハロウィンの顔入り時計にブックカバー、それから姉妹ハロウィン人形でしょ。それから・・ンショッ!」
長門「本物のカボチャまで買ったの?」
 
朝倉「ついでよ。特別にあなたにはブックカバーをあげるわ。本読むたびにこのかわいい顔が見れるから毎日寂しく」
 
えっ?
 
朝倉「ないっえっじゃっじゃなくてっ」
 
私が毎日寂しい思いをしてること
 
長門「・・知ってたんだ」
朝倉「・・・ごめん。でもわからない方が難しい・・かな」
長門「・・・そう・・・」
朝倉「・・迷惑・・・だったかな・・」
長門「・・・うれしい!」
朝倉「わっ!」
 
体が勝手に動いちゃった。朝倉さんの体は温もりがあった。
 
 
長門「・・・気持ちいい・・グスッ」
朝倉「もう。甘えたかったなら最初から言えばよかったのに」
長門「だって・・・朝倉さんが迷惑かなって思ったから」
朝倉「そんなわけないじゃない、ね?」
長門「うん」
 
本当のことが伝わって正解だった。
 
朝倉「とりあえず私から離れてほしいな、暑くなってきたわ」
長門「あっごめん」
朝倉「ほら涙拭いて」
長門「ありがとう」
朝倉「そうだ、写真撮りましょう!」
長門「写真?」
朝倉「これからも仲良くしましょう、ていう誓いよ。ほらカメラ持ってきてるわ、使い切りだけど」
長門「うっうん」
朝倉「じゃあ私の横に来て座って。そうそう。じゃあカメラの方向向いて」
長門「こんなにくっつくと・・」
朝倉「抱きついた人がなに言ってるのよ。はいチーズ」
 
机をバックにして私たちは朝倉さんの左手が持つカメラに収まった。
 
朝倉「あとで現像して渡すわね」
長門「ありがとう。ん、これはなに。キラー・トマト?」
朝倉「ハロウィンに似てるからついでに買っちゃったのよ。じゃあそろそろ私はハロウィンたちを持って帰るわね・・・この手はなぁに長門さん?」
 
私の右手が朝倉さんの袖を引っ張っていた。
 
長門「ちっ違う。手が勝手に・・・・」
朝倉「ふーん。じゃあ帰って問題ないわね、クスクス」
長門「・・・いじわる」
朝倉「わかったわ。じゃあパジャマ取ってくるから一度帰らせて」
長門「あっ寝る準備する」
 
帰ってきた朝倉さんに、一緒にお風呂に入ってくれるよう頼んだけど断られちゃった。なんか一線がどうの、と言ってたけど何の話だろう?
先に朝倉さんにお風呂に入ってもらった。私は本を読んで待った、カボチャのブックカバーを使って。
 
朝倉「はい上がったわよ」
長門「あっパジャマ・・・かわいい・・」
朝倉「そう?普通のパジャマだけど」
長門「そっそうじゃなくて・・あ・・あなたが」
朝倉「あらうれしいわ長門さ~ん!」
長門「じゃじゃじゃあお風呂入ってくる!」
朝倉「照れなくていいのに~。私はここでくつろいでるわね」
 
あー恥ずかしい。それにしても朝倉さんはいいスタイルしてるなぁ。
 
入浴中、私は貧相な体をなげいていた。
パジャマを着てリビングへ向かった。
 
朝倉「長門さんってやっぱりスレンダ・・そんなににらまないでよ。それより布団が一つしかないんだけど?」
長門「うちには一つしかない」
朝倉「私はどこに寝ればいい?」
長門「その布団」
朝倉「長門さんは?」
長門「その布団・・・・だめ・・・かな?」
朝倉「もう、今日だけよ」
長門「ありがとう」
朝倉「髪を乾かして歯をみがいてきて。今日はもう寝るわ」
長門「うん」
 
消灯。
 
長門「あったかい。お母さんみたい」
朝倉「さりげなく胸を触らないで。一度やってみたかったの?」
長門「違う・・・寂しくない夜なんて久しぶり・・だからつい」
朝倉「ふふっ安心して休んでね。私がついてるから」
 
あったかい手が私の頭をなでる。
朝倉さん。私の存在を唯一認めてくれる人。
なんかドキドキしてきた。
彼女は周りの人とは違う。周りの人と違って対等に接してくれてる。
 
長門「二つ聞いてもいい?」
朝倉「なにを?」
長門「どうして私の相手をしてくれるの?」
朝倉「そうね。話してみたかったから、じゃだめ?」
長門「・・・うれしい」
朝倉「キャッもうくすぐったいわぁ」
 
朝倉さんの大きな胸に顔を埋めてみた。
 
長門「・・気持ちいい」
朝倉「あのねぇ。でもう一つはなに?」
 
朝倉さんの両腕が優しく私を抱き寄せた。
 
長門「あっ・・その・・・なんでクラスの人は他の人と平等に・・私に接してくれないのかな・・て」
朝倉「・・・びょう・・どう?」
長門「あぅっ痛いよ」
 
朝倉さんが突然私の腰に回した腕の力を強く入れた。
 
朝倉「あっごめんなさい。残念だけど・・・わからないわ」
長門「・・・そう」
朝倉「でもね、私は違うわよ。私とあなたは友達よ?」
長門「・・・うん」
 
友達。なんだろう。うれしいはずなのに悲しい。
この感情はなに?
 
朝倉さんは私を解放した。
 
朝倉「じゃお休みなさい」
長門「お休み」
 
しばらくして。
寝ようとはしたけど、ドキドキして眠れない。
 
長門「起きてる?」
 
返事はない。
朝倉さんは熟睡してるようだ。
 
私は朝倉さんに少しずつ体を寄せた。
 
長門「おやすみ」
 
チュッ
 
朝。
結局興奮して眠れなかった。
学校の準備をするために朝倉さんは一度家に戻った。
制服に着替えてかばんに教科書と一冊の本を入れた。もちろんカボチャのブックカバー付き。よく見るとかわいいかも、笑ってる顔を見ていると元気が出る気がした。
 
朝倉さんが戻ってきた。
 
朝倉「こっちは準備できたわよ」
長門「終わった」
 
登校中。
いつもより楽しく登校できた気がする。
私たちは朝ご飯と昼ご飯を買うためコンビニに寄った。カレー弁当を買おうとしたら朝倉さんにやめさせられて、代わりに鮭弁とおにぎりを買うことになった。残念。
 
教室。
相変わらず周りの人と孤立してたけど、もう寂しくない。
笑うカボチャがいる。
それに学校から解放されれば朝倉さんがいる。
これは以前と変わらないけど。
周りの人なんていらない。朝倉さんが一緒にいてくれればいい。
 
授業中。
授業は普段聞く方なのに、いつのまにか眠っていた。やだっよだれ!
 
昼休み。
四時限の授業終了直後に朝倉さんが教室に来た。
うれしいことに、私と弁当を食べにきたそうだ。
空けられた私の正面の席を借りて朝倉さんは座った。
 
朝倉さんは私に話をしてくれてる間、何度も他の人に話しかけられていた。人気者だから。
この人たちの会話に私は交わらなかった。話せなかったっというのもあるけど、私は朝倉さんとだけ話したかった。
 
もっと二人だけの時間を作りたい。たとえ学校の中だとしても。
 
そういえば今日は文芸部の仕事がある。
 
昼休み終了直前。
 
長門「今日は部室に行って仕事する」
朝倉「あらそう。なにか手伝えることはある?」
長門「今はまだない」
 
あっホントのこと言っちゃった。部室で二人っきりになりたかったのに。
 
朝倉「じゃあ今日は私も文芸部室で待ってるわ」
 
えっ!
 
長門「でっでも退屈する」
 
また失言。
 
朝倉「その間本を読んでるわ」
 
よかった!
 
長門「・・ありがとう」
 
喜んでることをもっと伝えたいけど、これが精一杯。
 
午後の授業。
色んな妄想が広がった。もちろん先生の話なんて右耳から左耳へ状態。
内容は秘密、て私は誰に言ってるんだろう。
 
放課後。
私は文芸部室に行って、動作の遅いパソコンで活動をしていた。
 
内容は、学校の機関誌。活動の遂行に必要な資料は持参のメモ帳に書いてある。
メモ書きを見ていると
 
長門「あっこれ間違ってる。筆箱筆箱」
 
かばんの中を少々荒らした。が
 
長門「・・ない。教室に忘れたかな」
 
かばんの中でカボチャが嫌みでもって笑っていた。
 
ガチャッ
 
朝倉「仕事ははかどってる?」
長門「・・・あんまり」
 
あつい。気温じゃなくて私の顔が。
 
朝倉「ちょっと見せて」
長門「え・・・あ・・あぅぅ」
朝倉「顔近づけただけでそんなに困らなくてもいいじゃない」
長門「・・・ご・・めん・・」
朝倉「て顔真っ赤じゃない!保健室行きましょう!」
長門「だだだだいじょぶだいじょぶ!ちち・・ち・・あっ知恵熱が出てるだけ」
朝倉「ほんとに~?まあ元気そうだからいいけど。どんなこと書いてるの?」
長門「え・・と・・学校の活動記録。だけど私個人のことも多少紹介しなきゃいけない、それで・・・」
朝倉「ネタが思い付かないってことね。じゃあ学校の中で好きなものを書けば?」
 
好きなもの。それはここ。
 
朝倉「あっそうだ。長門さんが恋してる人について書いちゃえば!」
 
恋・・してる人。それは
 
長門「あなた」
朝倉「なーんて冗談よ・・・え?」
 
決めた。微妙なタイミングだけど、今思いを伝えよう。
驚きの色を持つ朝倉さんの目を見て言った。
 
長門「私はあなたに恋をした。おそらくあなたが私に初めて声をかけてくれた時から」
朝倉「あの・・長門さん?」
 
息をはくように言葉が飛んでいく。恋愛小説のようにはいかない、当然かな。
あつい。
 
長門「でも恋してるって気づいたのは最近。今はあなたを見てるだけで胸がドキドキする」
朝倉「長門さん、聞いて!」
 
突然の大声に私は言葉を止めてしまった。答えを聞くのが怖い。
少し悲しい顔をした朝倉さんは腕を組んだ。
 
朝倉「たしかに長門さんの好意はうれしいわ」
 
こわい。
 
朝倉「でもね、それは違うわ。少し図々しい言い方になるけど、あなたは私に感謝してるのよ」
 
えっ?
 
朝倉「今のあなたはその思いが強すぎるだけ。それを恋と勘違いしてる。冷静になって」
 
この思いが・・恋じゃ・・・ない?
 
朝倉「私としてはあなたに求められることはうれしいわ。でもそれは恋じゃない」
長門「うそ」
朝倉「えっ?」
長門「そんなのうそ!私は・・私は・・」
朝倉「最後まで聞いて」
長門「いや!」
 
目の前が涙で霞む。愛しい朝倉さんを残し、かばんを持って部室を走り出た。
 
学校の玄関で私の足は止まった。
膝が笑う。
呼吸が荒い。
涙が止まらない。周りの人が見たらどう思うだろうか。
鐘が鳴った。今は18時。夕日が沈みきりそうだ、暗い。
ふと筆箱のことを思い出した、変なの。
私はゆっくりと自分の教室に向かった。
 
朝倉さんに会わないか不安だった。
私の恋を否定した愛人。ひどい人だ。私を孤独から救ってくれたあなたは私を拒絶した。
 
にくい
 
あれ?私は朝倉さんのことが愛しいはずなのに・・・憎い?
混乱して頭がおかしくなりそうだ!
 
教師「おい長門。下校時間だぞ」
 
そうだ、私は廊下を歩いてたんだ。
 
長門「えっと教室に忘れ物してしまって。それで取りにきました」
 
教師「まだ教室の鍵は閉まってないから早く取りに行って下校しなさい」
長門「・・はい」
 
先生はそう言って階段を降りていった。
 
教室に入って机の中を見た。案の定筆箱はあった。
すぐにかばんに閉まって走りながら帰った。
 
夜。
電気をつけてない暗い家で私は泣いている。布団で横になり毛布にくるまって泣きつづける。
 
夕食なんていらない。
勉強なんていらない。
朝倉さんがいてほしい。
 
でも朝倉さんは私の思いを否定した。
あなたが私をこういうふうにしたんだよ?
あなたが孤独な私を助けてくれたんだよ?
あなたは私から孤独に耐えられなくしたんだよ?
 
ひどすぎるよ
 
朝。
いつのまにか眠ってしまったようだ。
 
重い体を起こして鏡を見た、目が真っ赤だ。
学校を休もうかと思ったけど、やっぱり行くことにした。もしかしたら朝倉さんが考えを変えてくれたかもしれない、というわずかな望みにかけたから。
学校の準備をするためにかばんを開けると、生意気なカボチャが目に映った。本ごと制服の内ポケットに入れた。
捨てはしない。朝倉さんがくれたものだもん。
朝食はコンビニで買おう。
 
カレー弁当を買ってコンビニを出た直後朝倉さんに出くわした・・・けど。
 
長門「あの」
朝倉「・・・・」
 
朝倉さんは顔を俯かせて通り過ぎてしまった。
出そうになった涙は目をこすって止めた。
私はただ学校へ走った。
 
教室への廊下。
たくさんの同級生が廊下に集まっていた。正確には一つの教室の前、あそこは多分・・朝倉さんのクラス。
 
通常通り授業を行うかを質問したかったらしい、教師の返答を聞くとここから去った。
それから15分ほど面談は続いた。疲れた。
 
教室に帰ると、悪夢を見た。私にとってのリアルナイトメア。
 
生徒「よっ放火魔さん」
生徒「おいおい近づくと燃やされるぜ」
生徒「アハハハハ逃げろー!」
 
濡れ衣。
それは実際に体験したことのある人間にしか味わえない精神的苦痛。
 
長門「私は違う」
生徒「違う?先生に呼び出されてたそうじゃないか!よく言うよ!」
 
あのクズ教師ど・・いけないいけない、あまりにも汚い言葉だ。
 
説明してもわかってもらえそうにないので、周りの笑い声を無視して席に着いた。机にごみがたくさん入ってたからごみ箱に捨ててきた。
 
濡れ衣。
それは人の信用・人への純粋な興味を奪うもの。
 
授業。
いつも通りの光景・・たびたび浴びるクラスからの冷たい視線を除いて。
 
さびしい
 
あれ?朝倉さん以外の人間はどうでもよかったはず。なのに
 
なんでこんなに寂しいのだろう。
 
授業の休み時間。
たびたび人が、本を読んでる私にぶつかってきたりケシカスを投げてきた。
カボチャはあざ笑っていた。
 
濡れ衣。
それは周りの人々全てに疑心・蔑みを生むもの。
 
昼休み。
授業終了後私はカレー弁当を取り出して食べ始めた。
使用するのは普段持ち歩いてるマイスプーン。
今日のカレーは心なしかおいしくない。
全体の四分の一を食べ終わったころ
 
カレー弁当に直方体の大きめの木片が生えた。
正面に人が四人。
 
生徒D「よお放火魔!俺じゃなくてこれ燃やしてみろよ」
生徒A「ねっねえさすがにやりすぎじゃ」
生徒B「面白そうだからあんたは黙ってなさい」
生徒C「だがなあ」
 
さっきの男とその仲間の男女といったところか。ショートヘアの女は乗り気じゃなさそうだけど。
スプーンを持つ右手が勝手に震える。
 
生徒B「あっこいつ泣きそうだキャハハ!」
生徒D「おいやってみろよ!マッチでもいいからよ~!」
 
そう言いながらこの男は机に身を乗り出し、両手を机にたたきつけて私を見下ろした。
 
考える前に体が動いた。
 
私は立ち上がると同時に右手に持っていたスプーンをソレの左目に向け突き刺し
 
生徒D「うぉ!あぶね!」
長門「・・・チッ」
生徒A「ヒィッ!」
 
外したか。
直後私を後悔の念が走り回った。
こんなことをすれば学校中の人から避けられる存在になるだろう。あれ、周りの人なんてどうでもいいはずだ。
 
朝倉さん以外・・・のは・・ず・・
 
視界が水・・涙で霞んだ。
私は顔を両手で覆って、周りの野次馬を押しのけて教室を飛び出した。
もういやだ、こんな
 
こ ど く な せ か い
 
とある四階の一室。
窓は全開にした。わずかな風がカーテンをなびかせている。窓の下に、背を壁につけた椅子が一つ。
濡れた手は触ったところを少し濡らした。
ポケットがやけに重いと思ったら、本を入れてたんだっけ。
そう、オマエまで私をあざ笑うの。
右手に持っていた本をドアの方へ投げ捨てた。
バケモノのブックカバーが外れた。
 
思い残すことはない。
朝倉さんは私の愛をわかってくれず、関係ない事件で周りの人は冷たい目で私を見る・・・だから周りの人なんてどうでもいいんだってば長門有希。
 
涙は拭かない、拭く必要はない。私は椅子の上に右足を乗せ右手で窓枠をつかみ左足を窓の外へ出した。
 
朝倉「なにやってんの!!!!」
 
ドアの鍵を閉め忘れてたのか。荒々しく開けられたドアを意にも介さず、息をあらげて立っている「愛しかった人」。
 
長門「止めようとしても無駄。もう疲れた」
朝倉「・・そんな目で見ないでよ。ねぇ・・」
長門「どうせ私は一人ぼっちになった。私が飛び降りたところでこの世界に悪い影響はない」
朝倉「私がいるじゃない!!」
 
視界が見えづらいので涙を左手で拭いて、あらためて愛しかった人を見た。
 
泣いていた。心が少し痛む。
 
長門「『いた』。でも今は違う」
朝倉「・・・朝のアレはね、なんて声をかければいいかわからなくて」
長門「理由の後付けはいくらでもグスッ・・できる」
 
落ち着け私。ここから飛び降りれば終わりじゃないか。
左足をさらに窓から出す。
 
朝倉「だったらなんで今私がここにいると思うのよ!」
 
左足が動きを止めた。
 
朝倉「心配だからでしょう・・」
長門「あなたは私のことを嫌いになったはず」
朝倉「誰もそんなこと言ってないわ。長門さん、私は嫌いになったわけじゃないの」
長門「じゃあ・・なんなの?」
 
心が痛い。心をえぐられていくようだ。
 
朝倉「ともだちよ!私はあなたを友達として好きなのよ!」
 
なんでだろう。
昨日も聞いた不満足な言葉。
なのに、今はそれすらも安らぎのように感じる。
 
朝倉「友達なの、ね?」
 
朝倉さんは天使のように優しく笑ってくれた。
でも、怖い。この世界で生き続けることが怖い。ああ途端にそれは悪魔の誘惑に見えた。
 
手足が疲れてきた。
朝倉さんは腕で顔を拭って私を見た。その鋭い視線に体が一瞬だけ震えた。
 
朝倉「あなたは言ってたわ、寂しいって。私がいたときはどうだった?」
 
温もりがあった。寂しくなかった。
朝倉さんの目は私の心を直接見てるようだ。
 
朝倉「そしておととい、あなたは聞いてきたわ。覚えてるわよね?なんで私はあなたと話すのかって。」
長門「・・・・うん」
朝倉「でももう一つあったわ。なんでクラスの人はあなたと平等に接してくれないか、て」
 
クラス。あんな人ばかり存在するモンスターハウス。
たくさんの冷たい視線が残像としてぼんやりよみがえる。
私は見ないように目をぎゅっと閉じた。
 
朝倉「つまりあなたは私が欲しいわけじゃない。『ほんとうに』寂しかっただけなのよ。クラスの人と話せるようになりたかったはずよ?」
 
閉ざした視界に、よみがえるあのたくさんの蔑みの目。高らかに笑うクチ。
 
ア ハ ハ ハ ハ
キャ ハ ハ
 
長門「いやああぁぁ!!」
朝倉「長門さん!!!」
 
体がソレから逃げるようにあらぬ方向に動いた。
 


 
閉じた視界。宙に浮く足。ああ私は落ちるんだ。
右手・・・痛い・・温かい・・
 
朝倉「大丈夫?!今引き上げるわ!!」
長門「あっ・・・・」
 
開けた視界。
朝倉さんが窓から身を乗り出して私の右手を両手で強くつかんでいる。
 
文芸部室。
私たちは向かい合って、床に腰を落とした。
 
長門「・・・ありがとうって朝倉さん、怪我」
朝倉「ああ足の傷?大丈夫よこれぐらい」
 
私を助けるために走ったときにあの椅子にぶつけたのだろう。申し訳ない。
 
長門「ほんとうに朝倉さんは私のことをよく知ってる。私が気づかないことも知ってる」
朝倉「うふふ、不思議よね。じゃあもう一つ、あなたの知らないことを教えてあげる。おとといのあなたの二つ目の質問の解答よ」
 
知りたい。
 
朝倉「そんなに顔近づけなくてもいいじゃない、襲っちゃうぞ?」
長門「おそう?」
朝倉「なっなんでもないわ。じゃあ私の解答を言うわ。まず平等なんてこの世に存在しない」
長門「えっ」
朝倉「誰に対しても平等に扱う人なんていないわ」
 
なんて残酷だ。
 
朝倉「話を最後まで聞いて。あなたは『不平等』をマイナス方向に考えすぎなのよ」
 
どういうこと?
 
朝倉「不平等は『蔑み』から生まれる。でも『大切さ』からも生まれるの」
 
難しい
 
朝倉「よくわかってないようね。簡単なことよ。あなたをいじめる人がいる、そしてあなたをたすける人もいるの」
 
なるほど
 
朝倉「だいたい『不平等』がなかったら、恋なんてしないわ。あーもう泣かないの、ほらハンカチ」
長門「あっごめん。安心・・・かな、うれしいのかな」
 
やがて泣き止んだ私を見て朝倉さんが立ち上がった。私も腰を上げた。
 
朝倉「あなたからも人と話すよう努力しなさい。私がおととい借りた本にあったあなたの『お気に入りのセリフ』を思い出してみて。私はまだ聞いてないけど、なんとなく目星がつくわ」
 
お気に入りのセリフ。
そうだ、がんばらなきゃ。
私が動かなければ何も解決しない。
 
朝倉さんは外れたブックカバーと放置されてた私の本を取ってきて渡してくれた。
 
朝倉「こんどこんなことしたら承知しないわよ。ふふっ」
長門「ごめんね、カボチャ」
朝倉「わたしじゃなくてそっち!?」
長門「うん」
朝倉「あのねぇ」
 
プッ
 
「「アハハハハハハ!」」
 
カボチャは少し汚れていたけど、笑って迎えてくれた。
 
その後。
朝倉さんが仲裁人になって私とクラスで話し合い、放火の件に関係ないことを彼らにわかってもらった。なぜかクラスの人たち、特に私のカレーを台なしにした人たちは朝倉さんを見て怯えていた。朝倉さん、私の見てない間になにかしたの?
 
十一月。
 
生徒A「あの長門さん、ここの問題の解き方教えてくれない?」
長門「あっ・・え・・とこれなら昨日の授業の応用だから。最初は」
 
現在も犯人は捕まってない。でもそんなことはどうでもいい
クラスの人たちはたまに私に話しかけてくれた。
最初こそ戸惑ったけど、できるだけはっきりと答えた。
そのおかげだろう、十月よりも若干話す頻度は上がった。
今だに自分から話すと、どもってしまうけど。
 
生徒A「なるほどね、ありがと。そうだ、今日の弁当カレーなんだけど少し食べてみる?」
長門「うん」
 
よく見ると、彼女は朝倉さんに負けないぐらいかわゲフン。
 
今では文芸部室は避難所ではなく趣味として昼休みに足を運んでいる。
 
夜、たまに朝倉さんが鍋いっぱいのおでんを持って家を訪ねてくれる。一緒に食べて帰る。私の心があったまり体もあったまる、一石二鳥・・なんてね。
ちなみにカボチャには押し入れで眠ってもらってる。また私の心から悪い化け物を取ってくれると信じて。
 
私はユメ・・以前は気づかなかった、本当に欲しかったものを手に入れ始めていた。
 
十二月。
図書館で助けてもらって以来久しぶりに会った「彼」に本当の恋をした。

―――――end――┐マダヨ└―

 
なんで私が長門さんのことでここまですると思う?
クスクスッついつい守ってあげたくなっちゃうのよ。これは庇護欲かしら?それとも・・・。
ホントは受け入れたかったんだけど、そんなことしたら長門さんはこの世界に見向きもしなくなっちゃうわ。
あらゆる感情が散らばるこの世界に。
―――――end―――――――

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最終更新:2020年06月02日 17:52