<妹サイド>
今日から数日この家には邪魔な両親が居なくなり、わたしとキョンくんだけになる。
と、言うのも二人とも急用で実家に戻ったからだ。まぁ、用の内容は詳しく語るのは難しいから割愛するけどね。
それにしても、どうしてこんなに胸騒ぎがするんだろう。
原因は解ってる。洗濯物しようとして見つけたハンカチ。女物のハンカチ。誰のだろう。
みくるちゃんのかな…柄的に。
やっぱりあの女…邪魔だね。どうせ制裁を下すつもりだけど、本当に苛々してくるよね。
「ふふっ…」
こんなハンカチ捨ててしまおう。わたしのキョンくんが毒されちゃう。
そういえば今日は燃えるゴミの日だったよね。丁度良いや。収集所に出す前に袋に入れてしまおう。
と、リビングの扉が開いてキョンくんが現れた。
「お、長門のハンカチ丁度これで返せるな。流石、我が妹。洗濯が上手だな」
「え? あ、う、うん…えへへ」
そう言って頭を撫でてくれる。でも、流石我が妹、って…キョンくん、そんなセリフが言えるぐらい洗濯が上手だったっけ?
一回、配分を間違えて失敗してたような気がするんだけど…。
まぁ、そんなお兄ちゃんだから、わたしはキョンくんが大好きなんだけどね。
それにしても…有希ちゃんのだったんだ…。ちょっと恥ずかしいな。
んー…でも、頭撫でてもらったし…ちょっと気分が良いかな…。うん、有希にゃんには感謝しよう。
おかげで頭を撫でて貰えたんだから感謝するべきなんだよ。要は考え方だね。
何でも要らないって決めたらばれちゃうもん。それだけは駄目だよね。
「じゃあ、俺はちょっと長門の家に行ってくるぞ」
「うん! その間に美味しい昼ごはん作って待ってるからね!」
「そいじゃ、早めに帰ってくるとするかな」
玄関まで送ってあげるのは基本だよね。キョンくんより先に玄関へ小走りで先回りしなきゃ。
それで靴を出してあげて、磨いてあげて…と。
「はい」
「ありがとう。じゃあ、行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
 
キョンくんが外へ出て、扉が閉まるまで手を振る。
扉がゆっくりとしまって、キョンくんの姿が見えなくなっていく。
そして、
 
ガチャン―――カチッ。
 
しまる。
鍵も閉めたし。さてと…。
「準備しなきゃ…ミヨちゃん呼んでアイツを殺す準備をね」
お掃除の時間、だね。
 
 
My little Yandere Sister   第三話「Night-ship”D”」
 
 
<キョンサイド>
「………ふぅ」
最近、あいつがよく解らない。
あいつとは無論のこと妹のことなのだが、以前よりも表情の変化が目まぐるしい気がする。
何と言えば良いのか蟹の食べられない部分の味ぐらいついていけない。
言い得て妙な例えだな。うむ、我ながらあっぱれだ。正直どんなもんか自分でも解らんぐらい。
さて、早いところ長門にこれを渡しにいかなきゃな…。そのついでに谷口について何か解ったことがあれば聞かなくてはならない。
そして自分なりに考えを纏める。勿論ハルヒには悪いが団長様には内緒でな。
「あ…お兄さん?」
「え?」
ふと聞いたことのある声がしてパッと顔を向ければ、そこには朝比奈さんにも負けず劣らずの美少女が立っていた。
俺の妹と同学年とは思えないお上品な顔でおどおどとしながら立つ少女。大人びて幼い、純真無垢な可愛さ。
まぁ、簡単に言ってしまえばミヨキチがそこに立っていたということなのだが。
「こんにちは。お出かけですか?」
とことこと小走りで俺の前に駆け寄ってくるミヨキチ。それだけで愛らしいというのに…。
くっ…その角度からの上目遣いは色々と反則だろう、常識的に考えてな。
さらに笑顔。くそ…相手が小学生じゃなければぎゅうっとしてキスしたいところだ。
…同意の上じゃないと犯罪だぞ、俺。同意なんて取れるわけがないだろう。
もちろんミヨキチから来るのなら同意がなくても俺はOKだけどな。
と、そんな妄想はどうでも良い。
「あぁ、ちょっと友達にハンカチ借りてたのを返しに行くところなんだ」
俺はポケットにしまっておいたそれを取り出して見せる。瞬間、
「…女性のですか?」
 
―――ぞくっ。
 
背筋が冷たい。そんな比喩表現が適当だろうか。
とにかく俺は軽く恐怖を覚えた。ミヨキチは何一つ変わってないのに怖い。ただ一点が怖い。
何でそんな目で見てくるんだ。
鳥肌が立っていく。これと同じ類の恐怖を知っている。一度味わったことがあるんだ。
紛うことのない恐怖。それは、あの夜の妹とまるで空気が同じなんだから。
「あ、あぁ…ちょっと怪我した時に同級生から借りてさ。それだけさ」
ちょっと怖くて視線をずらして俺は答えた。
しばらくの沈黙。俺は目線を戻せずにいた。戻したらいけない気がしたからだ。
「そうですか…。モテるんですね、お兄さん」
ふと可憐な声が響いた。俺はそう言うミヨキチの顔をちらりと見る。
ニコッと微笑んでいる。気付いてみれば何も怖いところなんてありやしない。
そう、いつも通りだ。俺は精神的に参っているらしい。ミヨキチにあの日の妹の幻影を重ねるなんて…。
冷静に考えてみればありえない話だよな。ミヨキチのような大人しい子があの日の妹みたいになるなんて。
そもそもあの日の妹も実はただの幻想だったりするんじゃないだろうか?
「冗談を。俺はモテてなんかないぞ。彼女なんか居やしないし」
「そうですか。ふふっ…なら良かったです」
「え、っと…それはどういう意味の言葉だろうか?」
思わずどきっとしちまったじゃないか。相手が小学生と解っていても期待してしまう。
何せ色気っていうか大人っぽいしな。それで居て可愛いんだから仕方が無い。
朝比奈さんに並ぶ、って考えて居たがこりゃ朝比奈さんを追い抜かすんじゃないだろうか。
「じゃあ、お兄さんじっとしてて下さい。ヒントをあげます」
「え?」
ふとミヨキチが俺の肩に手を置いて、背伸びして、何か柔らかいものを頬に当てた。
「これも含めて、意味はお兄さんが考えて下さい…えっと、その…じゃ、じゃあ、わたし妹ちゃんとお約束があるので失礼します!」
顔を真っ赤にしてミヨキチは走り去っていく。
その姿をただ黙って見ているしかない。その姿が見えなくなった頃にハッとして我に返る。そして呟いた。
「…ませてるなぁ」
俺は年上の威厳も何もなく、ちょっと熱い顔を気にしつつ長門の家へと向かって歩き出した。
 
<妹サイド>
「ねぇ、妹ちゃん。あのハンカチの持ち主は消さなくても良いの?」
家にやってきたミヨちゃんはむすっとした口調で言った。
「考え方だよ、ミヨちゃん。キョンくんが怪我してあのハンカチを借りなかったらキス出来なかったって考えると感謝すべきじゃない?」
「そういう考え方もあるんだ…ふふっ、妹ちゃんらしくて可愛いな」
そういって微笑む顔に感情が高ぶる。あまりにも可愛いんだもん。
慈しみ。愛しさ。合わせて慈愛。なお愛しいということなのかもしれない。
「ミヨちゃんの方が可愛いよ?」
わたしはミヨちゃんに手を回して抱きしめる。そのまま口付けを交わす。
「んぅっ…ふっ…あっ…」
「ぷはー。ミヨちゃんの口、やっぱり柔らかい」
こうするとやっぱり恥ずかしがってすぐに顔を真っ赤にする。ほら、可愛い。
呼吸を肩でする姿も、上気した顔も、わたしを見つめてくる視線も。
キョンくんぐらい愛しくて、キョンくんぐらい大切。でもどちらかと言えばキョンくんのほうが大切。
だけど絆だけならキョンくんよりもミヨちゃんの方が強いかもしれない。
「妹ちゃん…」
本当に欲情しちゃう。だけど、今はそれよりも大事な事があるから我慢しなくちゃ。
「さて、あのビッチを殺す方法を話し合おう」
「うん。二人が居ればなんでも出来るよ、きっと」
「やり方はどうしようか?」
「妹ちゃんはこだわりとかある?」
「うん。限界まで苦しめる方法を考えてるんだけどなかなか思い浮かばなくて」
「それなら良い方法があるよ」
「本当に?」
「うん。えっとね…」
 
―――それは、すぐに行動に移す事になった。
 
<キョンサイド>
「で、長門、何か解ったか?」
「ごめんなさい…まだ」
「そうか。いや、良いんだ。焦って変な結果が出たら困るからな。ゆっくりやってくれ」
「ん…」
俺はハンカチを返すついでに長門に谷口の件について尋ねた。
インターフェースですら混迷を極める事件だ。警察なんかには到底解決できる気がしないな。
機関も裏で動いているというし、それなりに重要視されてたみたいだな、谷口は。
「まぁ、もし何か解ったら連絡くれ」
「解った」
俺は長門に見送られながらマンションを後にした。
さてその帰り道。俺は何と言う奇遇かミヨキチと妹に出会った。
「これからお出かけか?」
「はい。と言っても私の家に少しだけ立ち寄っていくだけですけど」
「ちゃんと夕飯までには帰ってこいよ?」
「うん、解った!」
やれやれ。子供は元気で良いな。
ミヨキチが一緒なら妹を外出させても安心だし、ゆっくり考え事するには丁度良いな。
ふと前方を見るとそこにはどうしようもないぐらい大きな太陽が沈もうとしている。
「くそっ…」
何で赤いんだろうな。どうしてもあの現場を思い出してしまう。
まだ血の残っていた現場。谷口の血で満ちていたあの現場。
谷口はどうやって死んだんだ。苦しんでたのか。それとも苦しまずに逝けたのか。
あいつは何を見ながら死んだんだ。犯人か、それともただの天井か。
そして何を思いながら死んだのか。犯人への恨みか。それともまた別のことか。
またそんなことばかりを考えてしまう。
考えれば考えるほどのめり込む蟻地獄。足掻けば足掻くほど考えてしまう。
もはや考えないことを諦めて、ぼーっと谷口のことを考えながら家路をゆっくりと歩いた。
 
<朝比奈サイド>
何気なくお茶の研究をするわたし。キョンくん達に喜んで貰えるようにと。
あと元気を出して欲しいから。
谷口くんが死んでから、みんな暗くなってる。キョンくんもポジティブに考えるように勤めているけど、それでも前より暗い。
わたしも悲しい。だけどきっと彼はそんなの喜ばないと思う。少ししか会話らしい会話もしたことないけど。
だから笑顔を少しでも取り戻して欲しい。特にキョンくんのためにも。
わたしが厳しい任務でも遂行できるのは彼が居るから。いつだってわたしの心には彼が居る。
いつの頃からか、ずっと心に住み着いて離れない。うん…わたしは、キョンくんが好き。
もちろん叶うことのない恋だって解ってます。だけど、それでも良いの。
だって友達という関係でも幸せなんだから。
わたしは陰で支えられるような存在でありたいな、と思うんですよね…。
それにわたしはSOS団のみんなが大好きですから。だから、良いんです。
叶わない片思いの代わりにわたしはとても良い友達を得たんですから。これ以上望んだらバチが当たっちゃいます。
そう言えば今日はTPDD停止させての自由行動が認められたんだっけ。じゃあ、お茶の葉を沢山買いに行きましょうか。
少しでも心を癒すお茶を研究しなくちゃ。ふふっ…わたしもだいぶお茶汲み係にはまってますね。
 
―――ピンポーン。
 
ふと玄関が鳴らされる。こんな時に誰だろう。
「はーい…と、妹ちゃん?」
まず真っ先に視界に入ったのは笑顔のキョンくんの可愛い妹さん。
いつ見ても元気な笑顔。微笑ましいなー、と思う。この純粋な笑顔はとても癒されます。
「うん! 遊びに来たよ、友達も連れて」
そう言われて横に立っている少女に気付いた。妹さんよりも身長が高い、大人びた少女。
「こんにちは。私は吉村美代子って言います。同級生です」
「こんにちは。わたしは朝比奈みくるです。えっと、吉村さんって呼んだ方が良いでしょうか?」
「お好きなようにお願いします」
妹さんと比べるととても大人びた容姿。そして雰囲気も大人びていて二人が同級生とは思えません。
でも幼い感じはします。
「上がってください、お茶を淹れますから」
わたしは二人を家の中に上げるとお茶を入れるために台所へ向かった。
ん~最近見つけた新しいお茶の組み合わせで入れてみることにしましょうか…。
自分では美味しいと思うんですけど…何だか実験台みたいで悪い気がします。
でも、この組み合わせには自信があります。オリジナルブレンドの中でも最高だと思います。
「みくるちゃん、何か手伝うことある?」
ひょこっ、と明るい笑顔で妹ちゃんが顔を出してくる。
客人に気を使わせてしまうとは、わたしもまだまだですね。
「いいえ、大丈夫ですよ。あ、熱いのと冷たいのどっちが好みですか?」
「わたしは冷たいのが良い! ミヨちゃんも同じので良いと思うよ~」
「はい、解りました」
砂時計を置いてしばらく時間を置いて、と…。じゃあ、その間に茶菓子の用意をしなくちゃいけませんね。
どうしよう…煎餅とかならあるんだけど…あ、そういえばケーキがあったかな。それを出そう。
そしてケーキを更に置いた頃に丁度砂時計が全部下に落ちた。
「どうぞ」
「いただきま~す!」
「いただきます」
妹さんは元気よく、吉村さんは丁寧に手を合わせて食べ始めました。
どうやら喜んでいただけたみたいで幸いです。さて、その間にわたしは洗い物を済ませなくちゃ。
わたしが立ち上がって台所へ向かおうと背を向ける。すると、
「あ、みくるちゃんも一緒に飲まなくちゃ駄目だよ!」
と妹さんが不満げな声を上げました。わたしは振り向くとやっぱり不満げな顔をしています。
「解りました。では、わたしもご一緒させてもらいます」
まだティーポッドには一人分ぐらいなら残ってるはず。わたしはカップを取り出してそこに注いだ。
…何か少し色が変な気がする。
「ん」
味もちょっとおかしい。…置いていたから少し濃くなっちゃったのかな。
だとしたらまだキョンくんにこれは出せません。今度は濃度とかも考えて茶葉の量を調整をしなくてはいけないですね。
そうしてわたし達はお茶を交えつつ談笑を交わしました。
…それにしても、何だろう、少し体がおかしい気がする。体を横にしましょう、少し。
「どうしたの、みくるちゃん」
「ちょっと体がおかしくて…」
どうして…体がこんなに動かし辛いんだろう。何か、変。
「…みくるちゃんが悪いんだよ?」
ふと妹さんが呟いた。
「え?」
「みくるちゃんがキョンくんを誘惑するから」
「何を言っ―――」
「うるさいよ。静かにして、あばずれ」
一体何がどうしたというのか。わたしには解らない。
いきなりガラッと変わった雰囲気。漂う殺気。
今のわたしの体調と関係があるのかもしれない。けど解らない。
「お兄さんを誘惑する悪い女性は消えたら良いということです、みくるさん。お兄さんには私と妹ちゃんが居れば充分ですから」
何でこんなにも純粋な瞳でそんな事を言えるんでしょう…。
だから…怖い。体が動かせないのが怖い。
そして感覚が段々と無くなっていくのに気付いてしまって、怖い。
「どうせなら壊れてしまえば楽なのにねぇ、みくるちゃん。だけど残念。みくるちゃんは死ぬまで意識は正常に保ったままだよ」
「それも30分~1時間を掛けてです」
「でも大丈夫。哀しいことはないよ? 死ぬまで一緒に居てあげるから。ずっと死にいく姿を見ててあげるから、孤独死だけはしないから」
「助けて…お願いです…」
「駄目。キョンくんに悪い虫が付くのを見過ごせないもん。谷口よりは楽に殺してあげるんだから感謝してよ?」
「谷口く、ん…? もしかして彼を殺したのも…」
「察しがいいね、みくるちゃん。でも谷口くんを殺したのはわたしだけだよ?」
何でこんなに飄々と言えるの。どうして。怖い。やだ、死にたくない…死にたくない!
「いやです…いやァ…」
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い………!
「残念です。でも大丈夫。死ねば恐怖から抜け出せますよ?」
意識を保たせている理由が解った。怖がる様を喜ぶためだ。二人は子供で、純粋すぎるから。
だからこんな簡単に残酷は殺し方を出来る。わたしを、ゆっくり蝕むように。
苦しみながら死ねるなら、その方が何てマシなんでしょうか…。苦しむことすら許されない。
ふとキョンくんの顔が浮かぶ。助けて、キョンくん…。
「毒ニンジンはそれなりの量を使ったからそろそろだね」
こうなるなら伝えたかったんですけど、どうやら言えず仕舞いになりそうです。
「ここ触れられても感覚ないでしょう?」
言葉から察するに触られてるんでしょうか…。何も感じないのが、また怖い。
「へぇ…ナイフ突き刺したらどうなるのかな?」
ふと感覚がほんのりと漂う。体内に異物が入る感触。動かせない視界に血の付いたナイフが見える。
わたしの血。わたしが壊れていく。怖気がした。
「じゃあ、次はここ!」
妹さんの無邪気が笑顔が見える。笑顔のまま手を伸ばしてくる。そのままずっと、眼窩へ。
右目の映像がおかしい。そしてずるずると何かが引きずられる感触。それに伴う鈍痛。
視神経に繋がった、わたしの右目が握りつぶされていた。痛い。
痛い。痛い。痛い痛い痛い。痛い! 痛い! 痛い! 痛い!!
「あ、これは痛いんだ。あはは、面白~い!」
本当は冷静にこんな事考えられるような事態じゃないのに…。
怖い…。わたし、怖いよ。やだよ、死にたくないです…。
ねぇ、キョンくん。わたし、生きたいです……。またお茶入れてあげたいのに………。
 
―――やだ。
 
やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。
やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。
やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。
 
「死にたくな…いっ…!」
  
あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ。
あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ。
あ・あ・あ・あ。
あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ。
あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ・あ。
 
大きな声を上げたくても、上げられない。上げられない。上げられない。上げられない。上げられない。上げられない。
上げられない上げられない上げられない上げられない上げられない上げられない上げられない上げられない!!
「駄目。おとなしく、死んで?」
意識が朦朧としていく。あぁ、もうきっと動くことはなくなるのかな…。
いつの間にか伴っていた痛みすらなくなって冷静になる意識。
わたしはここでこうして正常な意識に、死を恐れながら冷たくなっていくのかな…。
その前に呟いても良いですか。貴方には届かないけど、届いて欲しい言葉なんです…。口すら動かなくなる前に。一言だけ。
「―――キョンくん…大好き…でし、た………」
胸に何かが入る感触がして、意識は、一気に、暗………。
 
<妹サイド>
「まだバカな事を言うから思わずナイフを心臓に突き立てちゃった」
「妹ちゃんったら、お茶目なんだから。ふふっ」
わたしは息絶えたその女の顔を思いっきり蹴った。蹴ったついでに潰した目についていた視神経がちぎれる。
最後に呟いた言葉の何とユニークなことか。笑っちゃうよね、本当に。
「どうする、妹ちゃん。この死体」
「ん~…なんかイライラするからこれ殴ってストレス発散しちゃおうよ」
「そうしようか」
わたしとミヨちゃんはひたすらに死体を蹴った。
元々こんなのゴミみたいなものだし、人間じゃないし、というか物みたいなものだから別に誰も何も言わないよね。
調子に乗るからこういうことになるんだよ。ジゴウジトクって言うんだっけ。
 
―――パキッ。
 
ふとずっと踏んづけているとゴミの死体から変な音がなった。指が見た事もないような形で曲がってる。
「面白ーい! もっとやろう!」
「うん!」
もっともっと…。
 
―――ゴスッ。
 
「あははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
 
―――ドスッ
 
「ふふっ…あはははは」
 
―――ベキッ。
 
―――ボキッ。
    
―――ビシャッ。
 
―――グチュッ。
 
―――………。
 
―――……………。
 
わたしとミヨちゃんが疲れてその場に座り込んだ頃にはもう人の形をしてなかった。
骨が折れたら人間ってこうなるんだ、と思った。もうその形はまるでスライムだった。
この女にはこの醜態がお似合い。醜い無様な姿で墓に入れば良いよ。
わたし達からキョンくんを奪おうとするからこうなるんだよ。
本当に、馬鹿な女。
どこまでも低脳で愚鈍。そんな奴と遊んでたと思うと鳥肌が立っちゃう。
早く忘れたいなぁー。こんなクズのこと。
でも今は利用価値があるから良いよ。おもちゃとしての。人でなしの、おもちゃ。
「もっとこれで遊ぼう?」
こんなに物を壊すのが楽しいなんて。かつて人だったゴミを。
「どうやって遊ぶの?」
もっと壊したい。もっと壊れて欲しい。
「やりたいようにやっちゃえば良いんだよ。わたしナイフでグチャグチャにするー!」
あの可愛かったビッチが、どれぐらい醜くなるのか見てみたい。もっともっと。
羨ましいぐらい可愛い顔と、妬ましいぐらいの体だったそれを。
それを壊したい。どこまでもひたすらに。ゴミを更に細かく細かく。
「じゃあ私は釘を探してくる。人に打ち込んだらどうなるのかな、って思って」
ミヨちゃんは優しいな。こんな不要な物体のことを人と呼ぶなんて。
「わたしもやりたーい!」
「うん、妹ちゃんの分も探してみるね」
「ありがとう、ミヨちゃん! ミヨちゃんにもナイフ貸してあげるね」
そう言いながらわたしは考えていた。次は誰を消そうかな、って。
誰かが死ねば誰かが悲しむって言うけど、消せば消すほど不安は増すんだもん。仕方ないよね。
悲しむ人は勝手に悲しんでいれば良いと思う。わたしには関係ないもん。
だってキョンくんとミヨちゃんしか見えないんだから。
”私”だけの二人なんだから。二人だけの”わたし”なんだから…。
 
渡さない。誰にも渡さない。
 
わたしが死んでも、守ってみせる…。
全てを守ってみせる…。
ミヨちゃんも、キョンくんも…わたしが守ってあげるんだから…。
 
だから、ゴミを消さなきゃ…要らないものはゴミ箱へ…。
 
<キョンサイド>
払拭しきれないもやもやを抱えながら、谷口の事を未だに考えていた。
ナイフを刺し方から怨恨の線が強いとは言うが…あいつを恨むような奴って一体誰なんだ………。
が、自分の携帯が震えている事に気付き思考をそこでやめた。
誰かから着信が来たらしい。モニターを見ると長門からだという事がすぐ解ったので出る。
「もしもし」
『急いで朝比奈みくるの自宅へ』
いつもの抑揚が欠けた声が何やら若干の抑揚を持っている。
どことなく焦っていると感じるのは俺の気のせいじゃないはずだ。珍しく、思いっきり焦っている。
「どうしたんだ?」
『朝比奈みくるの生体反応が途切れた。朝比奈みくるの元へ急いで』
「朝比奈さんの身に何か!?」
『解らない。ただ行くしかない。わたしもすぐに向かう』
「わ、解った!!」
俺は急いで朝比奈さんの家へと急いだ。
その途中で時と場合を考えて古泉へと電話を掛ける。
『もしもし』
「ハァ…ハァ…もしもし! 古泉か!」
『どうしました!?』
俺の喋り方から空気を読んだらしく緊急事態だとすぐに悟ったらしく、若干古泉の声に焦燥が滲んだ。
「朝比奈さんの家へ向かってくれ! 何か大変なこと、が起きているらしいんだ! っ…俺と長門も今向かってる!」
走りながらなせいで少し呼吸が上手くいかない。しかし、何とか言葉は伝えた。なら任務完了という奴だ。
『解りました! 僕も急いで向かいます!!』
電話が切られたのを確認すると俺はポケットに携帯をしまい、とにかく全速力で走る事にした。
生体反応が確認できない。
長門が言った言葉が頭をよぎる。その言葉の意味を考えると恐怖を覚えてしまった。
谷口が死んでから間もないというのに。そんな事は無いはずだと思わずにはいられない…。
そして恐怖を感じながら朝比奈さんの家に到着した。丁度向こうから黒塗りの車が来て、助手席から古泉と長門が降りる。
恐らく途中で合流したのだろう。
「長門、古泉!」
「車の中で長門さんから話は聞きました。急ぎましょう!」
車から降りるや否や走り出す長門と古泉。もちろん俺も走った。
俺達はとにかく急いだ。
エレベーターは残念なことに最上階を表示している。待っている時間が惜しい。
「くそっ!」
仕方なく階段から上へ上がった。そして部屋の前に到着した。ドアノブに手を掛ける。
 
鍵は、閉まっていない。
 
一気に膨れ上がる恐怖。もう衝動的に動かずには居られない。
「朝比奈さん!」
俺はドアを開けて室内へ飛ぶように入った。だが、その勢いも入った途端に終わった。
「俺が先に見てくる…」
後ろの二人に言って慎重に進む。
一瞬、鼻を突く臭い。鉄錆に腐った何かを混ぜたような不気味だが、嗅いだことのある生々しい臭い。
一枚隔てた、閉じかけたドアの隙間から漂うそれ。恐らくこの扉を開けば更に強い臭気が襲ってくるだろう。
俺はしばらく対峙し、意を決して開いた。
「うっ…!!」
思ったとおりの強い異臭。より濃厚になったそれに我慢しながら歩を進めた。
 
―――ふと視界の隅に肌色が見えた。
 
俺はゆっくりと歩を進める。恐怖が足を止めようとし、好奇心が足を進ませる。
肌色が段々と姿を現す。段々と形を現す。…そこで違和感は何となく覚えていた。
更に今度は赤色。心臓の鼓動が酷いことになっているのに自分でも気付いた。
「っはぁ…はぁ…はぁっ…」
自分の呼吸が乱れていく。心臓の脈動の加速していくと同時に。それに伴い滲む汗。
体が震える。恐怖で。だが堪えて一歩一歩踏み出すしかない。
そして、視界の隅に全体像が現れた。急速に合いだすピント。
 
―――やめろ…。
 
俺は意識的にそれに目の焦点を合わせないように努力した。
 
―――見たくないんだ…やめてくれ…。
 
だが体は言う事を聞かず、無意識的にそれにゆっくりとフォーカスを合わせていく。
 
―――やめろッ!!
 
目を閉じようにも閉じれない。もう意思とはまったく逆方向へ進む自分の体。
無意識を意識は凌駕する事を出来ない。
段々とはっきり捉える形。それは人なのかどうか、わからないような形状をしている。
有り得ないぐらい形を失った腕、ぐにゃりと曲がっている足、明らかに異常な方向へ捩れた首。
抉り出されて潰され、引きちぎられた目。ズタズタに裂かれた全身。見慣れた髪の毛の色。
その人だった何かには釘が大量に打ち付けられていた。何本も何本もあちらこちらに。
物体と化したそれが何だったのか俺も認めたくは無かった。
だが、かろうじて形状を留めていた顔面の半分が間違いなく朝比奈さんのものである事を視認してしまった。
最初は思考が動かなかった。だが段々とそれを理解して、完全に理解した瞬間、
 
―――釘の刺さった右目と視線が合わさった。
 
「あ゙ぁああぁあぁああああぁぁあああぁぁああああああぁあああぁぁぁぁぁ―――――――――――――ッッッッッ!!!!!」
 
俺はただひたすらに絶叫した。
「おあ…ぐぇ…はぁ…はぁ…うぐっ」
その慟哭に圧されるように溢れていく急激な吐き気。口を押さえ、抑えるが我慢が出来そうになかった。
「どうしました!?」
俺の絶叫に後ろで待機していた古泉が声を上げる。
「おげっ…げぇ…おぼぉ…ゲホッ…はぁ…ハァ…」
だが、呼びかけに反応することも出来ずただ、俺は胃の中のものを吐き出した。無くなってもひたすらに逆流する。
びちゃり、と流動体のような形があるとも無いとも言えない消化しかけのそれらが残らず出てくる。
もはや呼吸すら苦しくなる程。胃液で喉にやや違和感が生じる。
朝比奈さんの血と嘔吐したものが混ざる。それは臓物のように異質で更に吐き気を催す。
古泉と長門は俺から返事がないことに慌ててやってきた。そして、二人ともハッと息を呑んだ。
「こ、これは……なんという…なんという事………ッ!!」
古泉の声が震えている。
「朝比奈、みくる…そんな…そんな………」
長門は小さく呟いて、その場に膝をついた。
俺はなるべくそれを見ないようにして、深呼吸をした。
もう鼻が慣れたのか猛烈な臭いを感じる事はないが、それでも深呼吸をすればそれを捕らえてしまう。
冷静になれる要素が何一つない。ただこの場でやらなければならないこと。
「古、泉…電話だ。早く、警察かもしくはお前らのところにッ…!!」
古泉は急いだ様子で携帯を取り出した。
「許さない…俺は許さない…ふざけんなよ………くそっ…くそおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉッッ!!」
サイレンの音が聞こえるまで俺は天使だったその人の亡骸の前で吼えていた。
やがて古泉の機関の連中が入ってきた頃にやっと落ち着いた。
「うっ…」
「大丈夫ですか?」
「ごめんね…私、耐えられない…。新川、ここはお願い………」
凄惨さに森さんが早々に退場し、新川さんが代わりに現場で何か指示を出している。
機関の人たちの声が聞こえる。古泉と長門が俺に何か声を掛けている。
色々な声が聞こえている。聞こえている…。
その声が段々と遠くに聞こえ、やがて俺は気絶した。
 

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最終更新:2020年08月19日 17:00