『台風一過のハレの日に』
○第五章:旅立ち
空港っていうのはなんとなく好きだ。特に国際線の出発ロビーっていうのは、たとえ自分自身は出発しなくても、ただそこにいるだけで気分が高揚する気がする。
今日はいよいよこゆきの最後の日だ。なんか昨日結婚式の真似事なんかしたもんだから、俺は自分自身が新婚旅行にでも出発するような気分になってしまったが、実際に旅立つのはこゆきだ。
俺たちSOS団の五名はこゆきを見送るため、秋晴れのさわやかな風を感じながら、海上を埋め立てて作られた国際空港にやってきた。
もちろん、本当にこゆきが飛行機に乗って出国するはずがない。マジで出発するつもりなら種子島のロケット発射センターの方がふさわしいのかもしれないが。
ハルヒがどうしても空港まで行って見送りたい、と言うので長門が少しばかり情報操作をして、ここから出発するマネだけすることになっている。おそらく出国審査の前後あたりで姿を消すことになるはずだ。
「いいわねー、この雰囲気が好きなのよ」
だだっ広いけど多くの人が行きかっている出発ロビーの真ん中で嬉しそうにきょろきょろしているハルヒ。どうやらこいつも俺と同じ気分らしい。
「今日はわざわざここまで来ていただいてすみません」
何が入っているのかは知らないが、一応、少し大きめのスーツケースを持ってきたこゆきが答えた。
「一人じゃ大変でしょ? 一緒について行こうか?」
「いえ、大丈夫です」
ハルヒの無茶な申し出に苦笑いするこゆき。
「ほら、キョン、荷物持ってあげなさいよ」
「わかってるよ」
パスポートや航空券などなど、いったい長門がどんな情報操作をしたのかは知らないが、ひとまずチェックインして荷物を預けた後、俺たちは、一階下のみやげ物屋などが並んでいるフロアに下りた。
都合で来ることができなかった鶴屋さんのお土産にと饅頭などを買っているうちに、出発の時間が近づいてきたので、俺たちは再び出発ロビーの奥にあるセキュリティゲートの前に戻ってきた。
小さなかばんを一つだけ持ったこゆきは、取り囲んだ俺たちに向かって、
「じゃあ、行きます。本当にお世話になりました。ありがとうございました」
と、深々とお辞儀をした。
「向こうで何か不思議に出会ったら絶対に知らせるのよ、調査に行くから。でね、またこっちに帰ってきたら必ず連絡してね、約束よ。」
「はい、涼宮さん」
「気をつけてくださいね」
「お体をお大事に」
「ありがとうございます、朝比奈さん、古泉さん」
そしてゆっくりと体を回して俺の方を見上げたこゆきの頬を一筋の涙が滑り落ちた。
「キョンくん、有希さん、本当にありがとうございました。……わたし、きっと幸せになりますから」
「あ、あたりまえだ」
「…………」
こゆきは長門の胸に飛び込んだ。ややためらいながらも、長門はこゆきを包み込むように抱きしめた。
「大丈夫、あなたはいつまでも幸せ。わたしが保証する」
長門はつぶやくように言った。
最後に大きくお辞儀をしたこゆきはゲートに並ぶ行列に溶け込んで行った。そして、そのこゆきの小さい姿が、ゲートの向こうの人ごみの中に消えて見えなくなるまで、俺たちは手を振り続けた。
「こゆきちゃん、いっちゃいましたね」
少しばかりもらい泣きしていた朝比奈さんが振り返ってハルヒに話しかけた。
「ホント、いい子だったわねー。あんな子はめったにいないわよ。キョン、少しは見習うようにね」
ふん、何言ってんだか。見習わないといけないのはお前の方だろ。
しばらく無言でゲートを見つめていたハルヒだが、やがて吹っ切れたような笑顔に戻って話し始めた。
「向こうの展望ホールの下で、パイロットとかCAさんの衣装を着ることができるアトラクションがあるんだって。そこに行くわよ」
「はぁ?」
「え?」
おいおい、こんなところまできてコスプレすんのかよ。昨日まで散々やったじゃないか。
「つべこべ言わないの。あたしはパイロットになるから、みくるちゃんはCAになりなさい。さぁ、行くわよー」
「あわわわ、す、涼宮さーん、そんなに引っ張らないでぇぇ」
ゆっくりと感傷に浸るまもなく、ハルヒに引っ張られていく朝比奈さんの後を、あきらめたような小さい笑みを浮かべて古泉が続いていった。
「長門?」
そんな騒ぎをよそにこゆきが消えたゲートをじっと見つめ続けていた有機アンドロイドは、俺の問いかけに気付いて振り向いた。
「わたしも幸せになりたい……」
「えっ?」
ほんの少しの間、漆黒のまなざしが俺のことを見上げていた。そして瞬き一つした後、きびすを返してハルヒ達の後を追って歩き始めた。
「おい、待てよ」
寡黙な有機アンドロイドの短い言葉の真意を量りつつ、こゆきが去ったゲートを一瞥した俺は、ハルヒたちを追いかけて出発ロビーを後にした。
「さよなら、こゆき」
エピローグに続きます