異変はすでにテレビの画面の向こうにも現れていた。
朝のニュース番組の中継シーンからは、弟や妹と同様に人々が次々と消滅していく様が映し出されていた。
だが、その事にリポーターたちは気がつく様子も無く淡々と中継が続き、
やがて画面に映し出される人は、リポーターも含めて誰一人としていなくなってしまった。
チャンネルを矢継ぎ早に切り替えても状況は同じで、ついに全てのチャンネルは同じ場面の静止画像を映したまま、
時報だけを虚しく刻んでいるだけの時計に成り果ててしまった。
 すぐさま携帯を鳴らしてダブル涼宮以外の両SOS団全員と連絡を取る。集合地点は駅前の公園。連絡を続けながら、全員に招集をかけた。
「た、大変なんです!」
「時間移動どころか、連絡も出来なくなっちゃいましたぁ」
 朝比奈姉弟の反応はまだ想定の範囲内だった。
「我々の同志たちのほとんどとも連絡がつきません。この日本の、いえ、この地域周辺を除く全世界から人間という人間、いえ世界そのものが消滅してしまったようです」
 古泉からの情報はテレビ中継が、テレビ局の流したタチの悪すぎる冗談などではない事を裏付けていた。
「すでに異変は99.59%の確率で我々の手に負えない事態になっている」
「この銀河系の太陽系を除く全ての宇宙は、こちらの時間軸に直してAM3:50、35.1873秒をもって急速に消滅を開始している」
「統合思念体も同様。対有機生命体用ヒューマノイドインターフェイスのごく一部、私たちを除いて、全て消滅した」
 長門兄妹からの情報は、オレたちから言葉を失わせるには十二分に過ぎるものだった。
オレたち太陽系第三惑星に、苔のようにへばりついて生きていくのがやっとの有機生命体からすれば、
正に神にも等しい能力を持っていた統合思念体でさえ、この宇宙から、いや、この宇宙諸共に消滅してしまったというのだ。
「なんだと……」
「ちょっと、どうしていきなりこんなことになっちゃったのよ!」
 正解に最も近いと推定される情報を握っていたのは、人類社会の動向に最も精通していた超能力者集団だった。
「恐らく、昨日深夜に放送されていた、ある一本の映画が原因なのかもしれません」
「あの映画をか!?」
「それを二人とも見ていたっていうの!?」
「ええ、同士たちが送ってくれた最後の情報では、二人がその時間にテレビを見ていたのが確認されています」
 だからといって、そんな事あまりにも下らな過ぎる事が原因で、この世界が消されるっていうのか?!
そんな下らない事のせいで、この世界に生きとし生けるものが宇宙規模で、オレの妹や弟までが理不尽に消されてしまったというのか?!
「普段のお二人だったら、そんな程度の事でここまで影響を受けるとは思えないのですが……」
「責めるつもりは無いわ古泉くん。でも多分、原因はあなたとヒメちゃんよ」
 アイツの推理だ。
「そ、それは……!」
「そんなことって?!」
「まさかとは思うけど、あなたたち、ものっすごく劇的にベタベタにヨリを戻しちゃったでしょ?」
「……」
「だから、そういうのに敏感になってて、それでハルちゃんもハルヒコも……」
 ハルヒコはともかく、ハルヒだったら有り得ない話じゃない。
だがこの世界が大きくバランスを崩すとすれば、この二人が力の均衡を解いて同じ方向に進む以外に考えられないのも事実だ。
「古泉、ヒメ!お前らは何も悪くねぇ。悪いわけがねえんだ!」
 顔を真っ青にし、目に見えて狼狽している古泉に、ヒメは半狂乱になって泣きついている。
冗談じゃねえ。ダブル涼宮のせいで運命をデタラメに引っ掻き回されて、ようやく元に戻れたこの二人が原因にされて、この世界が消されてたまるものかよ!
「だがこれは、お前たちにとっては当初望んでいた機会が訪れたとも言える」
「長門先輩?!」
「お前たちは最初に言っていたはずだ。この世界は異常な状態になっていると。我々には認識できていないが、お前たちはこの世界の理から半歩足を踏み出している存在だ」
「あなたたちの言っていた事が事実なら、この危機は世界をその“正常な状態”に戻すチャンスでもある」
「正常に……」
「元に、戻すだと?!」
 それはつまり、これまでになくぶっ飛んでいて、頭痛もストレスも数倍。それでいてあれこれユカイすぎるこの世界を元の良く知る世界に戻すチャンスという事なのだ。
 これが五月頃の俺たちなら喜んで飛びついていたに違いない。
だが、今の俺にはその事を惜しむ、いや元に戻す事を強烈に拒絶する感情が、バンカーバスターで粉砕された巨大ダムの津波のように噴出していた。
「だったら、何で今なんだよ!何で、何でこのタイミングで?!」
「それは貴方達が望んでいたから。この状況を短期間で終えるのではなく、継続し続ける為に行動し、選択していた。だから今まで先送りにされてきた」
 その時、俺とアイツ以外の全員の体から、淡く微細な光の砂が天に向かって舞い上がり、その姿をやんわりとかき消し始めた。
「どうやら、お別れのようですね」
 古泉は静かにアイツに手を差し伸べると、その手を優しく包み込んだ。ヒメはオレの体に大蛇のように巻きつく。
「じゃあね、キョンくん。キョンちゃんにはまた会える気がするけど、キョンくんとはもうこれっきり見たいだから」
「私もです。貴女のような方と出会えて本当に感謝しています」
「そんでもっていっちゃん。もっともっとずーっとずーっと一緒に居たかったけど……」
「ごめんねヒメちゃん。それはボクも同じ……」
「古泉くん!」「ヒメ!」
 だが二人の体は抱き合ったまま無情にも消されていく。
クソっ!何でだ?!あんなに露骨に激しい、生々しい感情を人前で見せる事ができた古泉が、
デタラメにダラダラに振舞っていて、その実あんなに繊細で純情だったヒメが、結ばれた途端に永遠に引き離されねばならないんだ?その姿を俺たちは涙なしで見送る事はできなかった。
「じゃあね、キョンくん、キョンちゃん。二人とも、ハルヒコやハルちゃんに遠慮しないで、もっともっと素直に自分の感情に素直になっていいんだよ」
「ええ。お二人とも、もう何物にも縛られる必要など無いのですから」
『後悔だけは、絶対にしないで』
「ダメよ、だめよ二人とも!」
「ちっくしょぉぉ!」
 こうして無情にも、超能力カップルが最初に消滅した。
「な、長門さん!」
 いくるのヤツがとうとう奮い立った。
「ずっと、ずっと見てました!出会った時から、ずっとずっと好きでした!」
「……貴方の作った茶菓子が楽しみだった」
「あ、ありがとうございました」
 長門がそっと延ばした手が、いくるからこぼれ落ちる真珠の涙を優しくぬぐったとき、
いくるはこれまで以上に可憐で繊細な花を咲かせて、そして消えていった。
その手についた涙のしずくをじっと眺めながら、長門はうつむいたまま静かに震えていた。
「朝比奈みくる」「は、はい!」
「有機生命体の中で、貴女ほど理解が困難だった存在は他になかった」
「そ、そうだったんでしょうか?」
 そっと朝比奈さんの肩に長門先輩の手が羽毛のようにのしかかる。
朝比奈さんの表情からは消えかかっていてもはっきりと判るくらいに赤く染まった美貌と、
そのガラス球のような眼から溢れる歓喜の涙が見えていた。
「残念だ。私から貴女を理解する機会は永遠に失われてしまうらしい」
「そんな事言わないで下さい。目の前が潤んで、見えなくなっちゃったじゃないですか」
 こうして、未来人の姉弟もその美麗な姿を消した。
「兄さん」「有希、どうやらこれが最後らしい」
 互いに右手で最後に触れた物への感触を確かめつつ見つめあう二人。
「如何なる選択を行なうのかは、お前たち次第だ。この世界の歴史を繋ぐのも、ピリオドを打つのも」
「決めるのは貴方たち。タイムリミットは近い」
「どんな選択をするのも自由だ。ただし、後悔だけはするな」
「長門先輩!」「有希!」
 最後まで踏みとどまっていた宇宙人の兄妹も、ついに消滅してしまった。
「朝比奈先輩!一樹くん!有希ぃ!」
「ヒメ、いくる、長門先輩……」
「遅かれ早かれこうなったって言ったって」
「でも、こんなのってないよ!いくらなんでもあんまりよ!」
 おそらく、この世界に残されたのは、全ての震源地であるダブル涼宮と、オレたちの四人だけ。
 反則的でデタラメな力が二つ分も同じ方向を向いちまったんだ。
タダでさえ止めようが無いがない無制限の力が二つも合わさっちまったら、当の本人たちだってどうしようもない事になっているに違いない。
「いや、対立させてりゃ良かったのを、曲がりなりにも仲良くさせたのは俺たちだ。ハルヒたちだけが悪いんじゃねぇ」
「判っているわよ、そんな事ぐらい!でも、でも!」
 下唇をきつく噛み締めながらアイツは嗚咽を洩らしていた。
分かれてしまった仲間たちと、二度と合えなくなってしまった妹と仲間たちへのものなのか。
それともこんなことになってしまったダブル涼宮に力なんて与えてしまった運命様への怨嗟なのか。
俺は涙も流さず、呆然とやたら分厚く青空を閉ざしてしまった濃い灰色の天井を眺めていた。
 ふと無気力に携帯に電話の履歴かメールの着信かが来ていないかを確かめている。
だが、画面からはアンテナの表示が消え失せていていた。それはアイツのも同じだった。
「携帯が使えなくなっちまってる」
「……」
「ハルヒたちも世界丸ごとのゴーストタウンにおっぽり出されて難儀してるだろうから迎えに行ってやらないとな。最後に踏み止まった団員として」
「……。うん」
 ようやくオレたちは100Gはあろうかという地面から立ち上がった。
元々随分と朝から長眠していたのと、一年で日照時間が最も短い時期、そして極端に分厚い天井のお陰で辺りは夕方のようになっていた。
まさにこの世の黄昏、ラグナロクの到来というところか。
「お互い団長を拾ったら」
「学校、部室で合流ね」
 
 そこからはカンだった。自分のセンサーの赴くままに、オレは自転車で無人の街を駆け巡った。
年末で沸き返っているはずの駅前を、映画の撮影で使った商店街を、不思議探しと称して歩き回った市街を、遮る車も人もないままひたすらに走り抜けた。
 やがてオレは小高い公園で自転車を停めた。天井がようやく切れて、消滅前の最後の悪あがきに棺おけの窓から顔を出した死に掛けの夕陽が、そこを真っ赤に焼きつくしていた。
 公園の入口に自転車を停めて中に踏み込む。木々の先へ抜けてジャングルジムや滑り台のある広場に出ると、そのブランコがキリキリと音を立てて揺れていた。
「おい、ハルヒか!?」
「!」
 聞き覚えのある突然の声に、少女はビクリと反応しこちらを凝視した。焼け付くような夕陽に一瞬だけ、瞼から雫が飛んだように見えたのは気のせいだったのだろうか。
「バカ!連絡くらい、光よりも早くよこしなさいって、いつもいつも言っていたでしょ!」
 慌てて顔を乱暴にぬぐって、バッタのような跳躍力でブランコから飛び出したハルヒが、いたいけな子供のトムソンガゼルに襲い掛かるチーターのようにオレの眼前に飛びかかってきた。
「悪い。携帯が繋がらなかったんでな。狼煙でも焚いておけばよかったか?」
「まったく、あれだけ指導したってのにこれっぽっちも機転が利かないんだから!携帯がダメになったときの連絡手段くらい整備しなさいって、団長に指摘されるより前にしておくべき事でしょう?!」
 あのなあハルヒ。そんな身振り手振りで強がって見せたって、そんなに目元が緩んでいたんじゃあ説得力が失せ消えちまうぞ、と思わずにはいられない。
まあ、あの時と違って傍らに誰も無く、見つけても目の前で片っ端から消えていくようなゴーストワールドに放置されていたんじゃあ無理も無いか。
「それはそうとキョン、みんなは、みんなはどうしたの?!」
「消えちまった。もう、誰も残っちゃいねえ」
「どういうことよ?!」
「お前も他の人たちが消えていく様子は嫌でも目にしてんだろ。SOS団のメンバーも、俺とアイツ以外は影も形もねえ。みんな俺たちの目の前で消えちまった」
「あと無事そうなのはハルヒコぐらいだろうな。そっちはアイツに任せてる」
「そう、そうなんだ……」
 これまでになくしおらしいハルヒを見ていると、この状況を招いた事への怒りは湧いてこなかった。
ハルヒは、ハルヒコもそうだろう。自分たちがこの状況の作り出した引き金を引いた事なんて知る由も、それ以前に理解する事も納得もできないだろうからな。
何より、俺たちはその力に気付かせないために行動してきたのだ。責めたところでどうしようもない。
 すっと踵を返したハルヒは、静かにブランコに戻っていく。
いつもだったら眼をギラギラと超新星のように輝かせ、そのまま街中に繰り出しているのだろうが、やはり様子がおかしい。
「もう、街中は散々調べたわ。もうひとっこひとり居やしない。もう探しても無駄みたい」
 幼稚園児のようにブランコをこぎ始めたハルヒは、ありえないほどの弱音を吐き出し始めていた。俺は黙って聞く事しかできなかった。
「テレビはケーブルも含めて全滅。ネットだって今朝から更新しているのは自動更新だけ。本当に、本当に世界中から人が消えちゃったみたい。世界のお終いって感じよね」
「ハルヒ。お前、いつになく弱気だな」
「ねえキョン!」
「どうした?」
「このまま世界が消えちゃうんだったら、アンタは誰と居たいの?」
 ハルヒはブランコから立ち上がると、俺の体を引っ張って見晴らしのいい場所まで連れてきた。断末魔の夕陽の最後の輝きが、宝石のように街を、そしてオレたちを焼いている。
「あ、アタシは、私は……」
 オレの顔を両手ですがるように鷲掴みにして自分の方を向けさせ、言葉を物でも叩きつけるようにハルヒは俺に向って叫んだ。
「キョン!アタシは……、アンタでいいの!アンタがいいの!これが最後になっちゃうっていうんなら、キョンと一緒に居たいのよ!」
 夕陽の焼きつく赤さよりも鮮烈に染まった顔の暖色。小刻みに震える全身。今にも崩壊しそうな大海に沈んだ恒星。それはハルヒが俺に向けた、一世一代の告白だった。
「ねえ、アンタはどうなの?!誰と居たいの?!」
「俺は……」
 頭の中を、記憶と感情の発掘調査団が、好き放題に掘り返して分類していく。
連中にとってはお宝で、でも俺の本心とは無関係なものが剥ぎ取られていくと、その最深部から何か姿がハッキリしたものが掘り出された。
連中にとっては無価値だったのかもしれない。だが俺にとっては本当に何よりも大切なもの。
それに向ける感情に、余計な装飾も、嘘偽りの賛辞も必要ない。
 ただそれを、どうハルヒに説明すればいいのかまではわからない。
しかしハルヒが全身全霊を掛けてありのままの全ての感情をぶつけてくれた以上、それに応えない訳には行かない。
とにかく感情の赴くままに、俺はさっきのハルヒのように力強く、思っていたよりも細くて小さくそしてやわらかい両肩に力を籠めて伝えた。
「やっと、やっとわかったんだ」
 これまでの俺は、こんな面倒事、早くて半日。長くても一週間足らずで投げ出していたんだぜ。
だけどな、気がついたらあの日から今の今まで、ずっとこの面倒事を続けていたんだ。正直ありえねえよ。
 今その事に気が付いて、今までと何が違っていたのか考えてみたんだ。
俺を振り回すヤツ、一緒に振り回されるヤツ、巻き込まれるヤツ、振り回されて投げ飛ばされちまうヤツ。
でもどいつもこいつも一緒にいても、腹の中で俺とは違う他の目的の為に行動していたんだ。まあ当たり前の話だけどな。
「キョ、キョン?」
 今までは本当にヤバい面倒事は俺一人で抱え込んで、自分一人で考えて解決しなけりゃいけなかった。
 でもな、今回は違ったんだ。俺と同じ目線に立って、同じように振り回されながら、振り回されるだけじゃなくて一緒に踊ってくれたヤツがいたんだ。
そんなヤツと出会ったのは本当に初めてだったんだ。だから飽きっぽくて案外気が短い俺が、こんな馬鹿げた事に今までずっと付き合ってこれたんだ。
居心地が良すぎてこのまんまでもいいって、本気で思っていた。
 でも一緒になって好きなようにやってきたけどな、とうとうこれ以上続ける事ができなくなっちまった。これ以上は限界みたいだからな。
「キョン?ねえ、何を言っているの?!」
 やっとわかったんだ。今手にしている掛け替えのない物が何なのか。それは一度手放したら、もう二度と戻らない大切なものなんだ。
だから俺は、この世界が終わっちまうんだったら、最後の瞬間まで一緒に居たい。
 
「だから何を言っているのよ!キチンと答えなさいよ!」
 スマンスマン。さっきから支離滅裂で訳のわからない言葉ばっか羅列してしまっていたな。
俺にとってはあれで自分の気持ちを全部ぶちまけたつもりだったんだが、あれじゃあ他人には絶対伝わるわけないもんな。
だから、自分の感情を思いっきり短縮して、わかりやすい言葉に翻訳した。
 
「俺、実はポニーテール萌えなんだ」
「なに?」
「いつだったかのお前のポニーテールはそりゃあもう反則なまでに似合ってたぞ」
「え?!」
「でもな。お前以上にポニーテールが似合っている女が他にいたんだ。意識した事なんてこれっぽっちもなかったが、世界がこんな事になってようやく気が付いちまった」
 
 俺は今まで強請るように掴んでいたハルヒの肩を、そっと手放した。それまで僅かに寄りかかっていた支えが外れてしまったのか、ハルヒの体がわずかにふらつく。
そのふらつきが収まったところで、俺はハルヒの告白に本気で応えた。
俺が今心に抱いている、とても抑えられないくらいに猛烈で猛々しい、確固たる感情を。
その感情を口にする事で人間の道から踏み外す事になっても何ら構いはしない。
恐れる必要も躊躇する理由も、世界が消滅するという圧倒的な現実の前には何らの意味も持たないからだ。だから。
 
「俺はアイツ、いや、キョンを選ぶ。俺はキョンと一緒に居る。世界が終わるその最後の瞬間まで」
「バカじゃないの?」
「俺は本気だ」
 
 即座にハルヒの渾身のビンタが俺の頬を直撃した。
口元が切れたのか、口の中に鉄の味が広がって、僅かに唇の隙間から赤い糸が洩れるのがわかる。
「わけわかんない!わけわかんないわよ!何で、どうしてキョンがキョンを選ぶのよ!?」
 そりゃあそうだろうな。俺だってどうしてこんな答えになっちまったのか、ポニテ萌え以外で説明ができねえんだ。
「みくるちゃんや有希、ヒメならまだわかるわよ!でも何で?!」
「キョンちゃんはキョンと同じ親から生まれた姉弟、一緒に生まれた双子じゃないの!!」
「だからどうしたっていうんだ」
「!」
 確かに男と女じゃ見えているのも違っているさ。
でもな、同じ目線で、同じような問題抱えて、同じように苦しんで、同じように喜びあったのは他の誰でもない。アイツ、キョンだけなんだよ。
「嘘よ、嘘よ!ねえ、冗談だって言いなさいよ!今だったら半殺しで許してあげるから!」
 済まねえハルヒ。例えこのままお前にビンタで張り倒されて半殺しどころか本殺しにされちまっても、俺はキョンのところに行く。
最後の瞬間は他の誰でもなくアイツと、キョンと一緒に迎えたいんだ。だから。
「じゃあな」
 後は振り返らなかった。ハルヒがその場にがっくりと膝を落とす音が耳に飛び込んできたが、あえて聞き流した。
一歩二歩と踏み出すと、俺の向かうべき思いが、砥石で砥がれる刀のような音を立てて砥ぎ済まされていく。
そしてその思いは自転車に飛び乗った瞬間、あらゆる未練と躊躇を一刀両断にして走り出した。
 
 合流は学校の部室と決めていたはずだがそこには向わない。あそこにアイツは来ない。
断末魔の叫びを終えた夕陽の最後の残光が空を薄く赤く染めた時、俺は体が引き寄せられる方向にハンドルを向けていた。
 突然、茂みの中から誰かが飛び出してきたので慌てて急ブレーキを踏む。日が沈みかけ、その表情は遠目でははっきりと解らなかったが、それが誰なのかはすぐに解った。
 アイツだ。キョンだ。
 すぐにアイツも俺に気が付いた。薄暮の空の下では至近距離にならないと表情を判別する事はできなかったが、服装に乱れがあった。
誰かに上着をつかまれて、それを強引に振りほどいたような乱れ方をしている。
「キョン!」
 アイツが俺を涙声を出して呼んだ。大粒の涙を大地震で砕け散った高層ビルのガラスのように瞳から散らしながら一直線に向ってくる。
「乗れ!」
 アイツの顔は見なかった。俺の背中を締め上げんばかりに必死に抱きしめて、嗚咽を押し殺しながら顔を背中に押し当てている。
俺はあえて理由を聞かずに無言で自宅に走らせた。
 自宅に戻ると、背中にしがみついていたアイツを胸に抱きかかえて玄関を破るように飛び込む。
鍵をガッチリと閉めたところで、電気をつけてようやくアイツの顔をしっかりと見た。その顔は涙で痛々しいほどぐちゃぐちゃになっていた。
「おい、大丈夫か?!」
 両肩を包み込むようにしっかり抑えて揺すると、アイツは緊張の糸が切れてしまって、わんわんと泣きじゃくりながら俺の胸元に飛び込んで震えだした。
一秒一秒が数時間に思えるほどの重たい時間。俺は黙ってアイツの小さな体をしっかりと抱き締め続けていた。
 
 玄関に掛けられていた時計の針はあまり動いていなかったから左程時間は経っていなかったのだろう。
しかし体感時間では気が遠くなるような間抱きしめてやった事で、ようやくアイツは落ち着きを取りもどして、嗚咽交じりに言葉を紡いでくれた。
「逃げちゃった。私、逃げちゃった……」
「ハルヒコと何かあったのか?」
 相手が誰であるのか他に考えられなかった。しかしアイツはハルヒコの名前を聞くと強く首を振って泣き崩れてしまった。
「おい、どうしたんだよ!」
「ハルヒコは悪くないよ……。普通そうするはずだから。私の方がおかしいんだよ。絶対、私の方が壊れているんだもん」
 錯乱しているアイツを落ち着かせようと、アイツの右耳をオレの左胸に吸い寄せるように押し当てた。案の定、しばらくしているとアイツの呼吸がゆっくりと整ってきた。
「私ね、ハルヒコにキョンの方がいいって言っちゃったんだ。夏合宿の無人島の時も、ハルヒコがいてもどこか安心できなくて、目をつむったらキョンばっかり映ってたから」
「だからやっぱり、このまま世界が終わっちゃうんだったらキョンと居るんだって言ったら、そしたら」
「お前は正気じゃないって、いつも私がハルヒコに言っている言葉返されちゃった。その時、腕を掴まれたら私……、アンタの、キョンの名前を叫んじゃった」
「そしたらハルヒコ、ビックリして固まっちゃって。私、その隙に逃げ出したの」
「バカヤロウ……。なんで俺と同じような事するんだよ」
 その言葉を聞くと、アイツは一瞬呆然となって、すぐに俺の顔を凄みの消えたその顔で睨み付けながら喚き叫んでいた。
「バカよ……。アンタも私も、空前絶後の大バカよ!」
「バカは承知だ。俺たちは人の道踏み外しちまった、空前絶後のナルシストだ。だけどな、いや、だから最後まで一緒だぜ、キョン」
「うん、最後まで一緒だよ、キョン」
 渾身の力でキョンを抱き寄せる。そうか、お前の体って思っていたよりずっとやわらかくて小さかったんだな。
何、俺の体が思っていたより大きくて案外ガッシリしていたからビックリしただって?
そりゃあそうさ。この八ヶ月間、伊達に揉まれちゃいねえんだ。体育会系に体力で勝つ自身はねえが、根性で負ける気はしねえぜ。
それにしてもお前の匂いをこうやって嗅いでいると、段々と思考が単純になっちまうな。
 


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