「ヤン、お疲れさん。色々大変だったな」。宇宙暦789年1月末、ヤンはハイネセンに戻っていた。
2月にキャゼルヌが結婚するので、その報告や、ヤンの慰労を兼ねた食事会である。
ヤンは、10月末にハイネセンを発ち、20日程をかけて惑星エコニアに到着したが、その日の内に捕虜の暴動が起きた。
その黒幕は所長のコステア大佐であった。大佐は、収容所の金庫に巨大なブラックホールを作っていた。大佐は、エルファシルの英雄が赴任してくると聞き、
「ヤン少佐の様な、前途有る人物がこんな辺境に赴任してくる筈が無い。恐らく国防委員会の命令で、不正を調査に来るのだ」。
確信した大佐は、捕虜を甘言に乗せ暴動を起こさせ、ヤンを捕虜諸共謀殺しようとした。危ないところではあったが、「収容所の主」たる
クリストフ・フォン・ケーフェンヒラー元帝国軍大佐の機転で、危機を脱する事ができた。その後、事件の報を受けて調査に来た、タナトス星域
参事官のムライ中佐により大佐の悪事は暴かれ、拘禁された。
ケーフェンヒラー大佐は、745年の第二次ティアマト会戦において、コーゼル大将の旗艦「クーアマルク」で情報参謀をしていた。
旗艦が大破し、同盟軍に救助され以来、43年に渡り捕虜として生活していた。更に、SOS団マフィアや、ハルヒ提督の勝利の原因を個人的に調べていた。
「それで、ケーフェンヒラー大佐が、ハルヒ提督に関する一連の投書をしていたのか」?
「確信的な答えは、貰えませんでしたが、大佐が阪本さんの名前を使って投書していたと考えて間違い無さそうです」。
ハルヒ提督は、変な力を持っていたのではなく、あるルートで帝国軍内部の情報を得ていた、と資料にはあった。
銀河帝国の閉鎖的な政治に嫌気が差し、同盟に亡命した、マルティン・フォン・ジークマイスター大将と、その同志で、帝国に残留し、内部に大スパイ網を形成した
クリストフ・フォン・ミヒャールゼン中将によって入手した、様々な情報を選択し、ハルヒ提督は同盟軍の勝利に役立てた。
ヤンは、ハルヒ提督は「情報を扱う名人」だったのではないかと思っている。
「この資料はあくまで仮説です。今は最も確度が高い仮説ですが、将来新たに信憑性が有る説が出た場合、呆気無く書き換えられてしまうでしょう」。
事件後、大佐はコステア大佐の犯罪を暴くのに貢献したと言う理由で釈放され、同盟の市民権と、退役大佐の格で年金を貰える事になった。
しかし、首都ハイネセンへの移動中に、新年を迎えた惑星マスジットで心不全で急死してしまう。
資料はB級機密資料扱いとされ、今後25年間の封印とされてしまった。キャゼルヌは残念がったが、ヤンはむしろ30年後の人の方が、
公正に資料を分析出来ると考えていた。その頃には既に、帝国も同盟も無くなっているかも知れない。そうすれば、
帝国と同盟の資料を合わせ、更に確度の高い結論を得る事ができるだろう。
「それで、今後のお前さんの任地はどうなりそうなんだ。ヤン」?「そうですねえ。余り選択の余地は多くないと思いますよ。
「ハイネセンで書類の山に埋もれるか、イゼルローン方面の前線に出るかですね」。
「お前さんは、変に有名になってしまったから、軍としても戦死の危険性が高い、最前線には出さないだろう」。
2月末、ヤンはかつて長門有希提督が司令官職を務めた、第8艦隊司令部情報課勤務を命じられる事になる。
「しかし、先輩未だいろんな謎が残っていますね。例えばSOS団の正式メンバーだった、朝比奈みくるさんの中学卒業後の消息です。
2ヶ月くらい後に、お別れ会があり、彼女は親の仕事の都合で、遠い惑星に行くと言う事だったそうですが」?
「しかし、彼女は歴史から忽然と姿を消している。何か事件か事故に巻き込まれたと、軍は見ているんだけどなあ」。
「大きな事件や事故なら、ニュースになる筈だし、仲間がそれを知らないはずは無いんだけどなあ」。
「一部のバカな歴史家や、タブロイド誌は、彼女を帝国のスパイではないかと言っているそうですよ」。
「中学時代の彼女をスパイする可能性は0だね。彼女が未来人で、ハルヒ提督を監視調査に来たのだと言うのなら、別ですが」。
「なるほど、彼女は任務を終えて未来へ帰ったわけか。それなら辻褄が合うな。」無論冗談で3人とも信じてはいない。
面白そうに笑う3人だが、キャゼルヌは表情から笑顔を消し、真剣な表情で話し出した。
「ヤン、キョン提督のお孫さんから、手紙が来ていると言っていたな」。それは数日前に、届いた手紙である。
「はい。キョン提督の遺書が見つかったらしいですよ。提督は私が行く前から、死ぬ事を考えていたようです。故意に古くなった睡眠薬を大量に飲み、
死ぬも良し、死なぬも良しという考えだったみたいですね。 ミヨキチさんが、万一司法当局に疑われた場合に備えたみたいです」。
「提督の死に、ヤンが責任を感じる必要は無い。遅いか、早いかだけの差だろう。所で、実は俺も暇な時に自分なりに、ハルヒ提督の伝記や
映画等を見て、何か手掛かりにならないか調べていた。その時に、転んで肩を打ってしまった。
念のために、病院で調べてもらったが骨に異常はないそうだが、ある恐ろしい事に気づいた」。
「一体何の事です」。ヤンとアッテンボローは訳が解らず、首を傾げた。キャゼルヌは呆れた様に、
「おいおい、2人とも気付かないのか、SOS団マフィアは全員本名が判明している。1名を除いてだが。キョン提督の名はどう考えても、渾名だ。
考えても見てくれ、小説や映画等で、広く使われている渾名が使用されるという事は有り得る。
しかし、軍の公式文章や、政府発行の資料にまで、あだ名が使われる事はどう考えてもおかしい」。
「確かに、おかしいですね。ハルヒ提督なら、報告書に彼だけ渾名で書いておくと言う事も有るかもしれませんが」。
「それだけじゃないんだ。さらに恐ろしい事に、人脈を使い何とかキョン提督の戸籍謄本や住民票、年金受給票等を見たが、それらも全てキョンになっていた。
無論、昨年10月に出された死亡届や、死亡診断書もだ。さらに、もっと恐ろしい事に、キョン提督の妹さんは、謄本や住民票に全て、キョンの妹と書かれているのだ。
無論本人の名前を書く欄だぞ。彼女は20代で結婚しているが、その婚姻届もだ。結婚したので、名前の半分は結婚相手の名前になった筈だが、
去年3月の死亡届もだ。更に一番恐怖を感じたのは、誰一人としてこの事を指摘しない点だ。歴史研究者も、政府や役所の人間もだ。」
「他にもSOS団の不審な点や変な出来事は山ほどある。古泉提督だが、ハルヒ達の学校に転校して来たのは、5月らしい。普通はあり得ない。
4月に転校してしまうはずだ。まあその程度なら現実に無いとは言えない。更に、その年の秋の文化祭に映画を撮影したが、
その途中に、桜が満開になったり、ハトの色が真っ白になったりした。更に野球大会で、あり得ない逆転劇を演じた事もあるそうだ。
一方的に、打たれていたチームがあっという間に連続ホームランで逆転だ。チームの一員が98歳で未だ存命なので会って話を聞いてきたんだ。
それに長門提督も中学に入学するまでの、出身地や、家族等が全く解らず、資料も何も無い。
古泉提督は、中学入学以前の生活が在ったが、長門提督は皆無だった」。
ヤンとアッテンボローは、話を聞く内に、顔から血の気が引いていくのを感じていた。どう考えてもおかしい。
もしかしたら自分達は、開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまったのかも知れない。外を見ると、小雪だったのが、吹雪になっている。
「先輩、風が出てきましたね。うわっ!停電だ」!突如電気が消え、室内は真っ暗になる。懐中電灯を探していると、
淡い光が集まり、人型を形成していった。長門提督に良く似た・・・・いや長門提督そのものであった。提督は他の人に比べ、廊下が遅かったようであり、
晩年になっても若い日の美貌を保っていた。しかし、現れた長門提督らしき姿は、若き日の長門提督そのものであった。
「長門有希提督なのですか」?ヤンの質問に対し、帰ってきた抑揚の無い声は間違いなく長門提督の物であった。
「そう。貴方達に忠告に来た。貴方達が先ほど話していた事は、知る必要の無い事、知らないほうが善い事。解った」?
3人は確信した。もしここで迂闊な返答をすれば、ここで即座に砂粒にでも変えられてしまうのだろう。
3名は、酸素切れの金魚のように口を開くしかなかった。無言を了承と捉えたのか、長門提督は無言で溶けるように消え去った。
気が付けば、部屋にはいつの間にか電気が付き、吹雪も収まっていた。
「ええと、ハイネセンに戻る際に、惑星マスジットで足止めを受けたのですが、この近くにマスジット料理を専門に出す店があるそうですよ。
値段も手頃で、美味いと評判の店だそうです。今度は私が奢りますので、皆で食べに行ってみませんか」。
「それは、楽しみだな。ハハハハハハ」。3人は恐ろしい出来事は、忠告通り忘れる事にした。それが最上だろう。美味い飯でも食べて忘れるに限る。
それから数日後、キャゼルヌは職務の間に、結婚式の最終的なチエックをしていた。若い部下のラオ中尉も手伝っていた。
「悪いなあ、手伝わせてしまって」。「よく奢ってもらってますからね。恩返しさせてください。
そういえば、未だ確定ではないのですが、同盟政府は、3月末頃に、亡くなられたキョン退役大将閣下に、元帥号を贈るそうですよ」。
「それは良い知らせだな。ヤンの奴にも言っておかないとな。これでSOS団マフィアは全員元帥号を得る事になるな」。
彼は、能力やハルヒ提督を補佐し、司令部を効率的に運営した点から見ても。元帥号が授与されるのは当然と言える。むしろ遅いくらいである。
「中佐、キョン提督が亡くなられた日の噂を小耳に挟みました。」「ふむ、どんな噂だ」。
「キョン提督が亡くなられたのは、夜中から未明にかけてですが、その3時間ほど前の午後9時頃に、近所の4歳の子供が
自宅の廊下から、目撃したそうなのですが、キョン提督の自宅の方を悲しげな顔で見ていた女性がいるそうです」。
「顔は見たのか」?「いいえ、少し距離があるのではっきりとは、見えなかったそうですね」。
「警察の発表によると、あの日は来客もなかったそうだ。セキュリティーにも異常は無い。孫娘や、警備システムの目を盗んで
キョン提督の邸宅や、自室に入る事は無理だろう。未来人が小型のタイムマシンでも用いていたのなら、直接
提督の部屋に侵入し、提督に薬物や毒物を注射する事も可能だろうがな。
無論今のは、冗談だ。4歳の子供の目撃だし、見間違いと言う事もあるかも知れん。そうでなくても事件とは無関係さ」。
「はい、警察も事件とは無関係だと考えているみたいで、聞き込み等もやっていないようですね。恐らく近所を訪ねてきた、無関係の人でしょう」。
「それで、その噂の女性とやらは、どんな人なんだ。」?
「淡い赤毛を持つ、長身の美女らしいですよ」。

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最終更新:2008年10月14日 00:21