キョソの旅Ⅱ ――the Anal World――


 あなたが抱く悲しみも、あなたが抱く喜びも、アナルは受け入れる――。
 ―Anal knows everything.―



 プロローグ 「言い伝えのある国・b」
  ―Hope follows Anal・b―

 東の門は、もう何十年も閉ざされたままだった。
 ひさしぶりにそこを旅人が通るということで、さびついた錠前が国の男たちによって外された。
「なんでもモトラドに乗ってくるらしい」
「モトラド!? 僕、モトラドって始めて見るよ!」
 父親に子どもがわくわくした様子で言った。この国は移動用の機械がほとんどなかった。
「わたしも七十年ぶりだ。楽しみだねえ」
 祖母が両手を合わせ、神に祈りを捧げた。
「来たぞ! 旅人さまだ!」
 村の誰かが叫び――、

「うっほうほっほいいおとこー、もっほもほっほいいおとこー♪」
 一台のアナルゲイモトラド(注・一日におとこを七十人は軽く平らげる。まだまだいける)が疾駆して、入り口にいた老若男々を残らず掘りつくした。

 アッ――!

「う、うわぁああああああん!」
 孫はショックで泣き出した。隣の父親も容赦なく掘られていた。

「…………」
 祖母は呆然とした表情で、ただその場に立ちつくしていた。
「おいこいずみ! 掘るなっつってんだろが! このバカ! ガチホモ!」
「もふっ!」
 旅人が注意する頃には、国の男衆は全員がアナルヴァージンを喪失していた。


 第一話 「見えない国」
  ―Where is my Anal?―

 うららかな日射しの照らす草原を、一台のこいずみくん(注・モトラド、男を掘るものだけを指す)が走っていた。
 それに乗るのは、十台半ばの、血圧の上がかろうじて百を超えていそうな少年、キョソ。
 こいずみくんがキョソに話しかける。
「キョソたん、次の国はどんな場所なんですか?」
「それがな、どうも見えない国らしい」
「見えない? そりゃどういう意味でやんすか?」
 こいずみくんはいつも口調がめちゃくちゃだった。
「さあな、俺にも解らん。まさか国がまるごと見えないなんてことはないだろうが」

 入国口に到着したキョソは、ちょっとした違和感に思わず質問をした。
「お前、どうしてアイマスクしてるんだ?」
 入国審査官はアイマスクをしていた。審査官は「ああ、これですか」と言った後で、
「入れば解りますよ、たぶんね」
 二秒後にこいずみくんが彼を掘った。

 市街に出たキョソは驚いた。
 国民は誰もがみな一様にアイマスクをしていた。中には白い杖を持つ者もいた。 
「どうなってんだ? こりゃ」
「目隠しプレイですね!」
 昼日中にも関わらずとんでもないことを言うこいずみくんを無視し、キョソは道行く人を呼び止めた。
「なあ、この国はどうなってんだ? 全員目隠ししてるが」
 明らかに年上が相手でもキョソは平気でタメ口を使った。
 相手の男性は、
「ああ、これね。これはうちの国の決まりさ。法律があってね。プライバシー保護のためのものなんだよ。外見で知らない人を判断してはいけない! という教訓の意味もある」
 男性の話によると、国民はみな外出時にアイマスクをしなければならず、それを外せるのは家の中だけだという。
「人によっては杖を持ち歩いてるよ。慣れないとぶつかるしね」
 二秒後にこいずみくんが彼も掘った。

 キョソが宿を決めようとこいずみくんを走らせていると、ベンチでうんうん唸っている男性がいた。
「どうしたんだ? 露骨に話しかけてほしそうな感じだが」
 やはりアイマスクをした男性は、漠然とキョソのいる方へ顔を向け、
「ああ。君は誰だい?」
 キョソは自分が旅人であることを告げた。
「旅人さんか。それじゃ悩みを打ち明けるのも悪くないかもね。さ、座って」
 男性はベンチの横を示した。キョソはこいずみくんをしばらく野放しにし、代わりにこの男性の安全を守ることにした。
「実はね、僕は明後日結婚するんだよ」
「そりゃよかったな」
 ひどく棒読みでキョソが言った。
「相手と縁談をして、とてもいい人だと解った。趣味も共通だし、うまくやっていけそうだ」
「いいじゃねえか、ならどうして唸ってるんだよ」
「それなんだが……」
 男性はこの国の結婚制度について話した。
 それによると、結婚する男女は誓いのキスの時、初めてお互いの顔を見ることが許される。
「その後家ではずっと互いの顔を見ることができるってわけさ」 
「なるほどな」
「でも、もしも僕の好みの顔じゃなかったらって思うとね」
 男性はそう言ってまた頭を抱えた。しばらく待ってみても顔を上げないので、キョソはその場を去った。
 面食いってやつか、とキョソは思った。

 次の日は曇りだった。
 街を散策するためにこいずみくんをまた野放しにし、キョソは散歩をしていた。
 すると、昨日のベンチで女性がうんうん唸っていた。彼女もやはりアイマスクをしていた。
 キョソが昨日と同じ言葉で話しかけると、女性はキョソに、
「私、明日結婚するんです」
 キョソはピンと来たが、ひとまず続きを聞くことにした。女性は話を続ける。
「相手はとってもいい人で、趣味も合うし、うまくやっていけそう。でもね、この国の制度は知ってます? そう、おかげで顔がね……」
 キョソは、昨日と今日の二人は似たもの同士だな、と思った。
「迷うわ、すごく。取りやめにしようかしら。でもなぁ、こんなチャンスそうそうなさそうだし」
 女性が勝手に独り言を続けるので、キョソはその場を去った。

 昼。キョソとこいずみくんはカフェテラスでのんびり話していた。
「なるへそ。相手の顔が解らないんですね」
「見えない国ってのはそういう意味だったんだな」
「僕だったら顔が見えようが見えまいがいいおとこを判別する自信がありますよ!」
「お前とは違うだろあいつらは」
 キョソが溜飲を下げると、ウェイターがやってきて空になったカップを下げた。こいずみくんが漏れなくウェイターを掘った。

 三日目はたいへんによく晴れた。
 出国の準備をしたキョソがこいずみくんに乗って出国口を目指していると、結婚式場の前を通りかかった。
 見ると、ちょうど結婚式の最中らしかった。
 案内板の写真には一日目と二日目に会った男女の目隠し写真が映っていた。キョソは、いったい誰が見るんだこれ、と思った。 
「キョソたん! タキシードを着たおとこどもをぜひ堪能したいのですが!」
 キョソは首を振ったが、こいずみくんは一目散に式場へ駆け込んだ。
「やれやれ」
 キョソはしかたなく式場に入った。真っ白な陽光が照らす、とても明るい教会だった。
 教会では今まさに近いのキスが行われようとしていた。来客はみな一様にアイマスクをしている。
「これじゃ来る意味がねぇな」
 キョソがつぶやいた。
 アイマスクをした神父が新郎新婦に、
「さ、それでは誓いのキスを。アイマスクを外してください」
 キョソはその時だけ少し興味を惹かれて正面を見た。その時客席の男の半数はすでにこいずみくんに掘られていた。
 アイマスクを外した新郎と新婦は互いに見つめ合ってから、目を細め、表情を崩すと、最後に両手で顔を覆ってしゃがみ込んだ。

「「なんてことだ! まぶしくて顔が見えやしない!」」

 やれやれ、とキョソは思った。


 第二話 「庭師の話」
  ―A flower looks like Anal―

 私は庭師をしている。
 小さい頃からお花が大好きで、お母さんからお花の名前を教えられながら育った。
 何といっても好きなのはバラだ。どの色も好きだけれど、赤い色が特に好きだ。花言葉は愛嬌。私にふさわしい言葉かどうかは解らないけれど。

 今、私は荒野にある庭園の花を守る仕事をしている。
 小さな庭園だけど、花の種類とその状態管理には自信がある。
 チューリップやスイセン、ポピー、パンジーなどの有名な花はもちろん、ゲッカビジンやアエオニューム、カラスウリなどの珍しい花もある。
 この険しい土地で、繊細な草花を育成するのは容易ではない。
 油断するとすぐに枯れてしまうから、一定時間ごとの水やりはもちろん、必要な時はビニールハウスにプランターを運んで風雨に備える。
 私の生活はこの草花にかかっている。主に希少な品種を売買して私は生計を立てている。
 やりがいはある。何より、この庭園を通りかかった旅人さんの笑顔を見られることはこの上ない喜びと言える。
 しかし反対に危険も大きい。
 たとえば盗賊だ。彼らは一見旅人の風貌をしているが、実は草花を強奪することをもくろんでいる。
 私はそれを見抜き、時にはパースエイダー(注・銃器。この場合は拳銃)を使って撃退しなければならない。
 体力もなく、身体も細い私には軽い銃を扱うのが精一杯だ。けれど愛しい草花のためだからしかたがない。
 これまでにピンチはいくらでもあった。防衛のために人を撃ったことだってある。それでもこの庭園を守っていかなければ。

 私の朝は早い。アサガオなどは早朝だけに花を咲かせるから、生育日誌をつけるために早起きする必要がある。
 その後は水やりと栄養剤の管理。大型の鉢植えなどはすぐに病気に侵され、枯れてしまうから、油断は禁物だ。
 私の仕事には代わりがいない。
 だから、私が倒れてしまってはお花全部が枯れることになる。 
 そうなれば、この地に咲く植物はなくなり、荒涼とした風景だけが残るだろう。それだけは避けなければ。
 大げさに聞こえるかもしれないが、命を賭けた仕事だと思う。このまま続ければ人生捧げることにもなるだろう。
 でもそれでいい。私は心からそうしたいと願っている。
 旅人さんに、笑顔を届けられれば。

 お昼。
 紅茶とサンドイッチの昼食をとった私が庭に出ると、遠くから何かの走る音が聞こえてきた。
「何だろう? 馬にしてはリズムが不規則。それに静か。モトラドならもっと大きな音がするはず……」
 すごいスピードで移動してくるのが遠くからでも解った。もうもうたる土煙を上げているため、その姿は目視できない。
 万が一盗賊が来た時のために、私は細い銀色のパースエイダーを懐にしまった。相手は大切なお客さんかもしれないが、そうではないかもしれない。
 土ぼこりがこちらに迫ってくる。決してマナーのいい走行とは言えな――、

「いいおとこみっけ! いただきもっふ!」
 アッ――!

「……こいずみ、お前って奴は」
「キョソたん、草花が咲き乱れまくってもすよ!」
「お前さ、もすこし掘る前に躊躇っつか考えろよな。この庭園の庭師なんじゃないのか、この人」
「掘っちまったもんはしょうがねえです。以後善処しますよ!」
「三日は起きないだろうなぁ」

 草花……。 


 第三話 「天才のいる国」
  ―Genius comes from Anal―

 未来的なつくりの通りを、一台のこいずみくん(注・モトラド。全裸。歩くわいせつ物陳列罪)が走っていた。
 それに乗るのは、朝目覚ましを三つかけても余裕で寝ていそうな少年、キョソ。
「キョソたん。ずいぶんキラキラてかてかもっさもさした通りですよ!」
「もっさもさはしてねぇだろ。でもまあ、なかなかかっこいい通りだな」
 道は金属質のプレートで舗装されていた。数台のホヴィー(注・ホヴァー・ヴィークル、浮遊車両のこと)が走っている。
「こいずみ、こういうとこでは交通法を遵守しろよ」
「もす!」
 ホヴィーに乗る男性たちは、もちろん掘られた。

 キョソたちが入国手続きを済ませると、そこには今まで見たこともないほど文明の発達した街があった。
 家屋はみな半球状のドーム型をしていて、公道の一部はチューブのようなガードの中を通っている。
「すげぇ」
 キョソは珍しく感嘆の息をついた。彼が何かに心打たれるのは珍しいことだった。
 街は都市といっていいくらいに繁栄していた。植物が随所に植えられ、それが建物と奇跡的な調和をなしていた。
「未来の街ですね!」
 こいずみくんは目をきらきらさせた。
「お、ありゃ何だ?」
 キョソは道路を走る小型の乗り物に目を留めた。直立したカプセルのようなその乗り物は、地面から数センチ浮かぶと横になり、そのまま発進した。
 同じ乗り物が市街のあちこちを行き交っていた。
「乗り物のようでぃすね。僕と同じですよ!」
 いささか違うのでは、とキョソは思ったが言わなかった。

 先に宿を確保したキョソはさらに驚いた。
「ピピ、イラッシャイマセ。スドマリデショウカ、メシツキデショウカ?」
 主人の代わりにロボットが宿の案内をしていた。若干言葉遣いに問題があるものの、それはキョソも同じなので気にならなかった。
「んなぁ! ロボット! これじゃ掘れないじゃないですかあん!」
 こいずみくんが地団駄を踏んでもんどり返った。たまにはいい、とキョソは思った。
 散歩を始めたキョソは、だんだんこの国について解ってきた。
 この国はものごとのほとんどがオートメーション化されている。それは人の移動から日常のちょっとした雑事まで幅広い。
 先ほどのカプセルは個人専用ホヴィーらしかった。しかも、中でネットワーク端末やテレビを使うことができる。
「こんなに発達した国は見たことがないな」
 ぶらぶら歩きながらキョソはつぶやいた。
「キョソたん! あのカプセルはにくいあんちきしょうですよ! 中にいるおとこが掘れないんですよ!」
 こいずみくんが不満を漏らして卒倒した。キョソは、たまにはそれもいいと思った。
 レストランに入っても、人々はカプセルに入ったままだった。
 手にはめいめいの携帯端末が握られ、それで彼らは向かいの相手や離れた友達とコミュニケーションを取っているらしい。
「なんか迂遠な手段だな。目の前にいるならそのまま話せばいいのに」
「僕なら言葉すらいりませんよ! 二秒ですみます!」
 キョソはやれやれと肩をすくめた。

 確かに素晴らしい街だったが、キョソは二日目にはこの国に飽きはじめていた。
 あまり人と話すのが好きではないキョソだが、まったく話さないというのもそれはそれであれだった。
「僕がついてますよ!」
「お前は人の話を聞いてねぇしな」
 キョソとこいずみくんが数少ないベンチに座っていると、道の向こうから眼鏡をかけた仏頂面の青年が歩いてきた。
 彼は早足でキョソたちに近づくと、ぶしつけな視線を投げて、
「君ら、旅人か?」
 と言った。
「ああ。何で解るんだ?」
 キョソが返すと青年は鼻で笑い、
「ふっ。答えは簡単、カプセルに入ってないからさ。この国であれに入ってない人間なんてそうそういないから」
 カプセルを眺めた。遠くに、高いタワーのような建物があった。
「あのタワーは政府中枢の施設さ。お偉いさんがたが集まってる。まあそんなことはどうでもいいや」
 青年はキョソの隣にどっかと座った。何となく投げやりな印象をキョソは受けた。
「この国さ、どう思う?」
 青年は退屈そうに空を見上げた。チューブ型の道路が上を走っていた。
「初めはすげぇと思ったが、飽きる」
 キョソは素直に感想を述べた。青年はふっと笑い
「そっか。でもそれはあのカプセルに乗ってないからだ。一度あれに乗っちまうと、快適すぎて普通の生活なんかバカらしくてやってられない」
 青年はカプセルの概要について話し出した。
「あれの中は人に最適な環境が保たれてる。気温とか湿度管理はもちろん、陽光の紫外線も適度にカットする。目的地をセットすれば移動時の速度調整は勝手にやってくれる。
 初めは家の中がそんな感じだったんだけどな、それじゃ退屈だってんで『移動できる家』のような物体が開発されたってわけだ」
 「開発」ということばにこいずみくんがびびくんとしたが、キョソが目で制した。
「全部俺が作った」
 青年は言った。
「そりゃマジか」
 キョソが言うと青年は頷いた。
「そうさ。全部だ。俺は昔っから機械を作るのが大好きだった。それしか取り得もなかったし」
「スキルをみんなのために生かしたんですね!」
 こいずみくんが目を光らせた。
「そうとも言うな。ああ、そういうことになってるとも」
 キョソは眉をひそめて、
「違うのか?」
「いいや、合ってるさ。半分はな。俺は自ら望んでこの素晴らしい環境を提供してやったんだから」
「じゃあもう半分は何だよ」
 キョソが問うと、青年は前かがみになり、両手を合わせて顎に当て、
「俺はこの国を滅ぼそうと思ってるんだ」

「滅ぼす?」
 キョソが言った。まるで予想もしない答えだった。
「滅ぼすっつったら普通、国を壊すんじゃないのか? これじゃやってることが逆だろ」
 すると青年は首を振って、
「いいやこれでいいんだ。これで。あと少しさ」
 にやりと笑った。
「君、あのカプセルに欠点があることに気がついたか?」
 青年は滑走するカプセルたちを見ながら言った。
「何だ? 解らん。快適ならそれでいいんじゃないのか」
 キョソが答えると、
「いや、そうじゃない。あのカプセルは確かにこの上なく便利だが、人間に大事なことがいくつか欠けてしまうんだ」
 青年はチューブ道路を見上げ、
「まず筋力だ。身体を動かすことがほとんどなくなるから、とにかく体力が衰える。レストランの食事は健康に配慮したものではあるが、動かないことには身体ってのはなまる一方だ」
「何だ、そんなことか」
「そう思うだろ。そこなんだよ。『運動なんて簡単なことだからとりあえず今はいいや』と思ってると、どんどんあのカプセルなしではいられなくなっちまう。結果がこの国さ」
 青年は背もたれに身をあずけ、
「それにコミュニケーションだ。顔を見て話すなんてのは人間の基本だからな。それをしないと遠慮ってものがなくなっちまう。実際、ネットワーク上じゃ毎日のように討論の嵐が巻き起こってる。
 匿名性だから誰が発言したかなんて解りゃしないけどな。でも無責任に好き勝手言うこと自体は楽しいからさ、結局離れられないわけだ」
 キョソはごくりと喉を鳴らした。少しだけあのカプセルの脅威が解る気がした。青年は話を続ける。
「達者な文明ではあるが、実はほとんどが電気に頼ったものなんだ。予備電源をいくつも用意しちゃいるが、まあそれでも万全じゃない。例えば予備電源からショートしちまったら、もう代えの命綱はない。
 そうなったらカプセルを捨てるしかないわけだが、筋力が著しく低下した状態で表を歩いてみろ、一発でダウンだ」
 青年ははっきりと笑っていた。
「俺は昔いじめられててな。引っ込み思案で根暗だし、身体動かすのが苦手だったからさ。友達なんていなかった。だからその復讐さ。お前らの身体を動けなくしてやるってな。ガキみたいだろ?」
 ひとしきり笑うと、青年は「じゃあな」と言って帰って行った。キョソは何か思ったが、何も言わなかった。

 宿に帰ると、キョソは明日の朝一番にこの国を出ようと思った。
「この国ではおとこが不作でしたよ、鉄壁すぎんです」
 こいずみくんが不満を漏らす頃、キョソはぐーすか眠っていた。

 翌朝、こいずみくんに乗ったキョソがカプセルを避けながら出口を目指していると、
「きゃっ!」
 少女とぶつかりそうになった。
「おいこいずみ! 危ないだろが!」
「すんましぇん、カプセルばっかりだから飛ばしても平気かと思っちまいました」
「大丈夫か?」
 キョソが少女に問うと、
「あ、私は大丈夫です。……っと、手紙手紙」
 少女は自分のポシェットから紙製の封筒を取り出し、近くにあった、年季のあるポストに投函した。
「手紙なんて届くのか? この国」
 キョソが言うと少女は、
「はい。いちおう郵便制度は残っています。ってもポストはここにしかないですけど」
「メール使えば早いだろ、何でわざわざ」
 すると少女は、
「私、ああいうのどうしても好きになれなくて。機械が苦手っていうのもあるけど。うちのお兄ちゃんがすごいそういうの得意だから、その反作用かも」
 いたずらっぽく笑った。
「キュピピーン!」
 こいずみくんが何かに気づいたらしかったが、キョソが黙らせた。
 少女はポストを見上げて、
「今もお兄ちゃんに手紙を出したんです。私書箱だから、居場所は解らないんですけどね。この国にいるのかどうかすら」
 少女はチューブ道路を見上げて、
「お兄ちゃん、何年か前に家を出て行ったきりなんです。それからこの街が見違えるように発展して」
 「はってん」という言葉にこいずみくんが鋭敏な反応をしたが、キョソが蹴りを入れた。
「だから私、お兄ちゃんがこの街を豊かにしてくれたんだって、勝手に思い込んでるんです。そう思えば、お兄ちゃんがまだこの国にいることが解る気がして……」
 それから少女は思い出したように口をふさぎ、
「あ! やだ、私知らない人に何こんな話してるんだろ。すみませんでした。それじゃ」
 手を振って返っていった。キョソはちょっとだけその後ろ姿に見とれていた。
「キョソたん。とっととこんな国は出ちまいましょう。次の国ではおとこを十倍掘らないと気がすみませんよ」
 やれやれ。
 そう思いながら、キョソはこいずみくんに発進指令を出した。


 第四話 「横断歩道にて」
  ―On the crossing,to your Anal―

「はいみなさん! これがいつも使っている横断歩道ですね!」
「はーい先生!」「今日もここ通ってきましたー」「登校班が遅れてたいへんでした!」
「はい、いいでしょう。そう、ここは横断歩道。みなさんが日頃どれだけルールを守っているかが試される場所です」
「僕は自信があります先生!」
「それはそれは。交通ルールをしっかり守ることは、自分だけでなく他の人の安全を守ることにつながります。例えば信号です。
 青は進め、黄色は注意、赤は止まれ。歩行者の場合黄色はありませんが――」
「代わりに青い色が点滅します先生!」
「その通り。事故を避けるためには、注意の表示になったらもう渡らないようにしましょう。
 日頃、私たち歩行者は歩道を歩きますね? 同じように、自動車は車道を進みます。歩行者と違って自動車やモトラドは大きな機械ですから、衝突すればそれだけ大きな事故につながります。
 だからこそ、運転者は最大限の注意を払わねばなりません。ほら、あの車を見てみなさい」
「…………」
「ちゃんとスピードを守っていますし、横断歩道を渡る人をしっかり待っています。いいドライバーだと言えるでしょう」
「うちのパパはたまに赤信号でも突っ切っちゃうよ!」
「それは危険です。帰ったらお父さんに安全運転を心がけるよう言ってみましょうね」
「はい先生!」
「自動車は高速で動く乗り物ですから、運転手は優柔不断であってはならないのです。たとえば道の真ん中で止まってしまったらどうなるでしょう?」
「はい! 渋滞が起きて、後ろの車が進めなくなってしまいます!」
「その通り。渋滞はずっと後ろのドライバーにまで迷惑をかけます。それは他の人の時間を奪うことと一緒です。みなさんも出かけた先で遊ぶ時間が減ってしまうのは嫌でしょう?」
「いやー」「せっかく早起きしたのに渋滞だと最悪だよな」
「そう。だから、いつ、どんな時でも『冷静な運転』を心がける必要があるのです」
「わあ! なんだあれ!」
「どうしました!?」

「おいこいずみ! 止まれ! 止まれっての!」
「キョソたん! トラックがずらすら並んでますよ! いい男ガレッジセールですよこれは! うほもほ!」
「うわっ、バカ! 横断歩道の真ん中で止まるな! お前は仮にもモトラドなんだから!」
「知ったこっちゃねえですよ! どーれーにーしーよーうーか、なっさふぃ!」
「こいずみ! あーすんません、マジすんません。おい! 車止まりまくってんだろ!」
「そのほうが品定めしやすいんですよ! 知能犯こいずみくん!」
「知能犯じゃねぇだろ! ただのバカだ!」
「うっほもほっほいいおとこー、やっさもさっふいいおとこー♪」
「……あー、パトカーのサイレンが聴こえてくる」

「……先生、あの人たちは」
「論外、言語道断です」


 第五話 「こいずみくんの一日」
  ―A day in the Anal―

「じゃあなこいずみ、夕方には戻れよ」
「もっすふぃキョソたん! 了解しました!」
 こいずみくん(注・モトラド。若干筋肉質のおとこが好み。三倍いける)は主人のキョソに手を振ると、今日もおとこあさりに繰り出しました。
「もっほうほっほふんもっふー、ほっほうほうほもっすふぃー♪」

 三十分後、こいずみくんは国のおとこどもをひとしきり堪能しました。
「むっはー! くったくった!」
 モトラドがつまようじで歯をしーはーしていると、
「くーんくーん」
 愛くるしい鳴き声が足元から聞こえてきました。
「むふ?」
 こいずみくんが足元を見ると、子犬がぺろぺろモトラドの足をなめていました。
「むひょっふぁ! ななななにをするのだ!」
 こいずみくんは座っていたベンチに飛び乗って臨戦態勢を整えました。しかし子犬は臆することなく、
「くーん、くん?」
 つぶらな瞳でこいずみくんを見上げました。
「お主、そのキュートな瞳で僕を落とすつもりでござろう! ふふふ、お見通しでござるよ」
 なぜか時代劇調のしゃべり方をするこいずみくんはおそらく動揺しているのでしょう。
「くーん?」
「しかもお主、女ではござらぬか。そのような色仕掛け、拙者はぴくりとも感じぬ!」
「くーん……」
 子犬は少し寂しげに鳴きました。
「しっしっ!」
 珍しくびびっているこいずみくんが手を払うと、子犬はとぼとぼと歩き去ります。
「ふう、やっと平和になったでござるよ」
 どっかとベンチに座ったこいずみくんは、口直しのおとこを探しはじめます。
「くぅん……」
 しかし子犬が近くで座り込み、力なく尻尾を振る様子が気になってしかたありません。
「お、おとこです! こんな時こそいいおとこを探さねば!」
 眼力をフル稼働するも、気はそぞろ。いっぽう、子犬はなんだか元気がありません。
 こいずみくんはうなり声を上げ、
「おいそこのわんちきしょう! どうしやがったってんでぃ!」
 びしっと子犬を指差しました。と同時、子犬はこてんと地面に倒れました。
「わんこ!」
 こいずみくんは子犬のもとへ駆け寄りました。観察を開始します。
「んむう、こりは空腹ですね、この犬っころ」
 こいずみくんの目はいろいろなものをスキャンする優れた機能を持っています。
「しょうがねぃ、ちょっとひとっ走りだ!」
 こいずみくんは犬を抱きかかえると、まっぱ……いえ、マッハで公園を走り去りました。

「おーそっかそっか! それでおめぇが、なるほどねぃ」
 パン屋の主人は感心して言いました。
「くーん!」
 お腹いっぱいになった子犬は元気に鳴きました。
「そういうことなんですふぃ。まったく迷惑なわんこでやんしょう」
「しかしそのわんこ、迷子なんじゃねぇか? 首輪つけてんぜ?」
「もふ?」
 パン屋の主人をいただく方法を思案していたこいずみくんの注意が逸らされました。子犬は確かに首輪をつけています。
「この際だ、主人を探してやっちゃどうだ?」
「んむむぅ」
 こいずみくんは首を捻りました。子犬は尻尾を振ってこいずみくんを見上げていました。

「おいわんこ、さっきの主人を掘りそこねちまったじゃねぃですか。それもこれもおまいのせいです」
「くん?」
 午後、手の平に子犬を乗せたこいずみくんは街を歩いていました。
「おうい! この犬っこの飼い主出てきやがれこんちきしょーい!」
 そんな呼び方をされたら来るものも来なくなりそうですが。
「あー、見つかんねぃ。わんこ、お前どっから来たとですか?」 
「くーん」
 こいずみくんに犬語翻訳機能は備わっていませんでした。
「ほへぇあ……」

 こいずみくんはそれから二時間主人を探しました。
 結果はさんざん。交番に行ってもダメ、駅前に行ってもダメ。
 子犬のことが気がかりで、おとこあさりにもいまいち精が出ません。日も暮れかかってきました。
 最初のベンチにこいずみくんと子犬が戻って休んでいると、
「あー! ポノ!」
 ふと、一人の女の子が犬っころのもとへ駆け寄ってきました。
「んお!? ちみ、この犬っこの飼い主でっか?」
 女の子は子犬を楽しそうになでていましたが、
「違うよー。ポノはうちの近所の飼い犬だよー。ねー?」
「くうん」
 こいずみくんはほっと胸をなで下ろしました。
「へいガール、特別に乗っけてってやっから、その場所までマックスバリュー超特急だぜもさ!」

「到着!」
「わーい!」「くうん」
 そこは豪奢な家でした。界隈で一番大きな邸宅と言えるでしょう。
「ここの門から入ってー、たぶんいつもお庭で本読んでるよ!」
 女の子がクスクス笑って言いました。ポノは彼女の両手で気持ちよさそうに眠っています。
「うっし、それじゃ入りましょう!」
 こいずみくんは意気揚々と門を開けました。

「わあ! ノブさんどうしたの! ねえ!」
 そこには一人のおとこが、掘られた状態で倒れていました。
 女の子はノブさんと呼ばれた男性を揺すります。
「ねえノブさん! 誰にやられたの! ねえ!」
 しかし返事はありませんでした。
「…………」
 こいずみくんは、やべぇ、朝に掘った人だもさ、と思いました。
「やっちまったふぃ」
「何か言った? こいずみくん」
「いいや何でもないですふぃ! 断じて!」
「くーん?」
 こりゃあ、今夜は長くなりそうだぜ。
 こいずみくんはキョソにする言い訳を考えながら、やたらめったらおとこを掘るのも考えものかもと思いました。


 第六話 「旅人の話」
  ―Anal come true―

 何もない、荒涼とした大地を、一台のこいずみくん(注・体脂肪率6%、むきむきまっすふぃ)が走っていた。
 それに乗るのは十台半ばの、期末テストで六十点取れば奇跡を感じる体質の少年、キョソ。
「あーこいずみ、疲れた」
 かれこれ五時間は走りっぱなしだった。すでに日は落ち、キョソは眠くなり始めていた。
「キョソたんはぶっちゃけ何もしてませんよね」
 こいずみくんが事実を言った。
「バカお前、座りっぱって結構疲れんだぞ。ナンタラ症候群ってやつだ」
「アナホリーバロス症候群ですね」
「二点」
 などと馬鹿げたやり取りをしていると、遠くに明かりの灯る家屋が見えた。
「お。人家だぜこいずみ。もうひとふんばりだ」
「もす!」
 疲れ知らずのこいずみくんはやっさいもっさい駆け足で残りの道を走破し、間もなく家に着いた。
 そこには流麗な書体で「旅人の宿 どなたさまも歓迎」とあった。
「旅人の宿! 素晴らしい響きだ!」
 珍しくハイテンションでキョソが言った。
「ハッテン場! ハッテン場!」
 何か大きな勘違いをしてこいずみくんが言った。
「やや! 旅人さんですか!」
 ガラス戸が開いて、中から恰幅のいい、三十歳くらいの男性が現れた。
「んに」
 こいずみくんは微妙な声を出した。微妙らしい。
「ここはどこからも遠いし、さぞお疲れでしょう。ささ! どうぞどうぞ」
 主人は柔和な笑みと共に手招きした。

 主人はステーキを作ってキョソたちをもてなした。
「うまい! こりゃすげぇな」
「そうでしょうそうでしょう! ここに来た旅人さんが笑顔になってくれるなら私は何だってしますよ。それはサービスです、お代はけっこう!」
「何て気前がいいんだ……」
 キョソは不覚にも涙しそうに……ならなかった。
「代わりに、といっては何ですが、旅の話をお聞かせ願えませんか?」
「むほっ!」
 なぜかこいずみくんが反応した。特に意味はない。
「旅の話?」
 キョソが訊くと、
「はい! 何を隠そうこの私、旅に出ようと画策中でして。この宿は旅人さんの休息地としてはもちろん、私が旅の支度を整える場所でもあるわけです」
 主人はにこにこしながら言った。キョソは眉を寄せて、
「つっても大した話はできないけどな。基本こいずみに乗って各地をほっつき回ってるだけだし」
「それでいいんですよ。そういうエピソードをもう少し詳しくお話いただければ」
 そう言われたので、キョソは眠い目をこすりながら今まで訪れた国のことを話した。こいずみくんは長い話が苦手なのでスリープモードに移行していた。
「……なるほど。宿は早めに見つける。今までの旅人さんも多く口にしていたことですね、それは」
「基本だな。とりあえず寝床が決まればそこを拠点にできるし」
「キョソさんは基本三日滞在を厳守されているんですよね? それには何か理由が?」
「んー、特にないけど、三日いると大体飽きる」
「……」
「どうかしたか?」
「いえいえ! 他に何かポイントはありますか?」
「ううむ、モトラドにおとこ漁りをさせないことかなあ。ほっとくと一日で国外退去とかザラだからなー」
「……」
「どした? ここ結構重要なポイントなんだが」
「は、はあ。そうですか」
 そのようにして夜は更けた。

 翌日の昼下がり。
「もう出発なさるとは。名残惜しいです」
 残念そうな主人にキョソは、
「このへん何もないしな。そういうとこはさっさと通りすぎるに限る」
「……」
「どした?」
「いえいえ! あ! そうだ、もしよかったら私の旅支度でも見ていきませんか?」

 主人の一言で、キョソとこいずみくんは家の隣に備えつけられた大きな倉庫に移動した。
「じゃん!」
「おお」「ほひぇ!」
 そこには立派なモトラドがあった。こいずみくんのような超特殊な型ではなく、純正二輪型。排気も上等らしいことがキョソにも解った。
 高級な革張りのトランクケースが二つ、後輪両脇に据えつけられている。ヘッドライトが点灯させずともぴかぴか光っていた。
「こりゃすげえな」「僕も認めざるおえません」
 キョソとこいずみくんの感嘆に主人は、
「光栄です、いやはや」
 そう言うと、奥から鞄をいくつも持ってきて、中身を広げ始めた。
「旅人さんから『これはいい』と聞いたものはとにかく集めておくことにしています。これはほら、便座カバーです。旅先のトイレで得体の知れない病原菌に感染したら大変ですから。
 そしてこれはパンツ百着。これだけあれば当分替えには困りません! これはノドあめですね。これがヒゲそり。タオルは大小三セット。自炊用のフライパンと飯ごう、緊急時の……」
「あー、ちょっと訊いていいか?」
「何でしょう」
「これいつから準備してんだ? まだ百倍くらい量があるみたいだが」
「かれこれ八年ですかねぇ。若かりし頃、私は旅に出る決心をしたのです。しかし途中でのたれ死んではまずい。さいわいにして資金はありましたから、こうして宿をはじめたわけです。
 しかしまだまだ準備不足ですね。あと五年は費やさないと万全とは言えません」
「……」

 一時間後、キョソとこいずみくんは荒野を走っていた。
「なあこいずみ、あの主人、旅に出られると思うか?」
 キョソが言うと、
「僕ならいつだって準備なしでおとこを掘れますよ!」
「……お前に聞いた俺がアホだった」
 どるるるるん、とこいずみくんがうなりをあげ、二人は次の国へ向かった。


 第七話 「最初の国」
  ―The first AH!―

 キンコンカンコン。
 チャイムが終業を告げた。少しして、生徒が三々五々に教室から出ていく。ここは学校だった。
「あー」
 十代半ばの、小遣いを月の真ん中には八割使っていそうな少年、キョソはため息をついた。
「つまんねえ」
 キョソは本音を言った。今日二十三回目の台詞だった。
 窓の外にはグランドが見えた。部活を始める生徒たちが、すでに準備にとりかかっている。
 キョソはポケットから一枚のチケットを取り出した。そこには「モトラドフェスタ つどえ男の熱きロマン」とあった。
「あー」
 やる気のない声を上げ、キョソは教室から出た。
 その国は資本主義社会のもと、平和で豊かな暮らしが成り立っていた。人々は毎日学校や会社に行き、同じ毎日を繰り返す。
「何でこう同じことの繰り返しに飽きないんだ、この国の連中は」
 キョソは独りごちた。彼にはそれが唯一にして最大の疑問だった。
 同じ毎日を繰り返したって、見えるのは同じ景色だけではないか。
 物心つく頃にはキョソはそんなことを考えていた。以来、この国は居心地が悪くてしかたなかった。
 同じ世代の子どもたちが夢中になる遊びにも、さして興味をひかれなかった。
「作り物だろ、所詮」
 斜に構えたがるのはこの世代特有の性質と言えた。しかしキョソの場合、心底国になじめなかった。
 そろそろ限界だ。二、三日もしないうちに国を飛び出してしまうかもしれない。
 国の報道によれば、外はとにかく危険で、命の保障がないとか言っている。でもそんなのはどうでもいい。
 それがキョソの思いだった。つまらない景色を見て長生きするくらいなら、面白いものを見て早死にしたって構わない。
「これが……ロックスピリットってやつか」
 そうだろうか。

 翌日、キョソは憂さを晴らすためにモトラドフェスタに出かけた。
 国中のモトラドが一同に会し、新製品を国民や業者に売り込む場だ。 

 キョソがこの国で興味ある数少ないものがモトラドだった。ドルンドルンと排気をし、重低音とともに大地を駆ける。
 これさえあれば俺も旅をできるかもしれない。
 そう思ったが、キョソは学生なのでお金がなかった。
 いや、あるにはあるが、それは旅の資金に取っておきたかった。なにせモトラドは高価なのだ。維持費もかかる。
「ん?」
 会場内を歩くキョソがその場所を通りかかった時、彼は自分の目を疑った。
 というか、これは夢だと思った。
「お」
 つややかな肌、しなやかな筋肉、洗練されたイチモツ。
「おとこだ」
 全裸のおとこが寝ていた。
「なぜ、こんなところに……」
 キョソは昔から「何でもないところに裸で寝ているようなおとこには注意しなさい」と聞かされていた。聞かされていなくても要注意だが。
 思わずキョソは財布からお守りを取り出した。それはキョソの家系に代々伝わる不思議な水晶で、漢字で「命」と書いてあった。
 キョソが小さい頃、今は亡きおばあちゃんからもらったお守りだった。
「これを持っていれば、土壇場で奇跡が起こるかもしれないえ」
 今思えば何だか変な祖母だったと思う。何だよ奇跡って。
 キョソはお守りを握りしめ、そそくさとおとこの前を通りすぎようとした。
 しかし、目の前にいた大柄な男性にぶつかり、
「おわぅ!」
 よろよろとおとこのほうへ向かい、
「のわあ!」
 こけた。
 お守りが見事におとこの口の中へ入ってしまった。
「だあああああああああああ形見なのに!!!」
 キョソが声を上げた直後、
「ももももももも、ももももももももも、もももももももももも」 
 得体の知れない駆動音が会場の極一部を揺るがした。
「もももっももっもももっももっもももももっふもっふもっふもっふもっふ! ふもっふ!」
 おとこが急に閉じていた目を開いた。
「きゅぴーん!」
 ガビーン。
 そんな擬音が似合うくらいにキョソは仰天した。
 おとこは意外とハンサムメンズだった。キョソが女だったら惚れていたかもわからない。
 だが、しかし、これはいくらなんでも危険すぎるだろう。罠のニオイがぷんぷんするぜ。キョソはそう思った。
「惚れるより、掘れるほうが、いいよね!」
 おとこはキョソにウィンクとグーサインを放った。キョソは心を読まれた気がして八歩後ずさった。
「僕こいずみくん、フリーのアナルゲイモトラドさ! 君は?」
 キョソが無関係を装って立ち去ろうとすると、こいずみくんはキョソの眼前に再度現れた。
「君は?」
「うわああくんな! 寄るな! ぶらんぶらんさせるな!」
 繰り返すがこいずみくんは全裸だった。
「うーん、ずいぶん長いこと寝ていたような気がします。人で言えば三百年くらい。モトラドで言えば三百年くらい」
 一緒じゃーん!
 激しくツッコミたくなったが、キョソはぐっとこらえた。
「お前、何なんだよ」
「だから僕はこいずみくんです。最初に目が合ったその日から、僕はキョソたんの味方だよ!」
「俺名前言ってねぇのに何で知ってんだあああ!」
「もっすふぃ!」
 こいずみくんはキョソを軽々持ち上げ、勝手に肩車すると、
「朝飯朝飯、いっちょめし!」
 あたりにいるおとこをひとしきり掘った。瞬・天・堀。
「もりもり元気がわいてきたもさ!」
「止まれっての! おい! バカ! ガチホモ!」

 やめられない、止まらない。

 そうしてキョソは旅立った。
 数時間後、彼は旅の風景に夢中になっていた。
「すっげぇ……」
 それは彼が初めて見る外の世界だった。雄大な自然が、地平線の向こうまでずうっと広がっていた。
 気持ちのいい風景だった。キョソは嬉しくなっていた。
「キョソたんはあの国から出たことないんでぃすか?」
 こいずみくんが訊いた。
「ああ、ねえよ。毎日同じことの繰り返し。それがあの国のルール」
「ふうん。僕なら毎日同じおとこはいけすかん感じでもさ」
「でもそのほうが安全なんだよ」
 キョソがそう言うと、こいずみくんは急に立ち止まった。
「おわっ、何だよ急に!」
 こいずみくんは両腕を広げた。
「キョソたん。旅に出たけりゃいつでも出りゃいいんでもっふ。結局のところ、旅するか、しないか。それだけなんでもさ!」
 そう言うとこいずみくんはまた走り出した。
「旅するか、しないか」
 キョソはこいずみくんの言葉を反芻した。それはキョソの中で大事な言葉になった。
「うっほうほっほいいおとこー、もっふももっふいいおとこー♪」
 こいずみくんは一秒で自分の言葉を忘れていた。このモトラドにとってはどうでもよかったらしい。

 見晴らしのいい草原を、一台のこいずみくん(注・モトラド、年代もの。一説によると魔法の力で原動力を失くしていたらしい)が走っていた。
 それに乗る少年、キョソは、数年ぶりに笑みを浮かべた。


 第八話 「説得力」
  ―Anal persuader―

「最後だ、用件を確認しよう」
 暗い部屋で男が言った。
「いいですとも」
 もう一人のおとこが言った。なぜか全裸だった。
「お前にはさる政治家を葬ってもらう。やり方は問わねぇ。再起不能にしてくれればOKだ。ただし殺すなよ、殺しはこの国じゃ大事になるからな」
「もともとそのつもりはありませんよ」
 にやり、と全裸のおとこが笑った。ある意味残忍な笑みだった。
「報酬ははずむぜ。何せ奴には手練れのSPが何十人もついてやがる。あいつらを退ける、あるいはかいくぐるだけでも至難の業だからな」
「もちろん承知しています」
「余裕だな。武者震いってやつか?」
「むしろむしゃぶりたい」
「あん? 何か言ったか」
 それがその日の男の最後の言葉となった。

「そうか。引き受けたんだな」
 薄暗い部屋で少年が言った。
「ええ。旅の資金も尽きてきたところですから。ここらで一発」
 もう一人は先ほどのおとこだった。やはり全裸だった。
「あんまり派手にやるなよ。止めても無駄だってのは解ってるが、それでも止める」
 少年が言うと、
「解ってますふぃ、こう見えて僕はアナル拳法四十八手を使いこなせますから」 
「……もっと多い気がする」

 夜が深まった。
 昼間鳴いていた鳥たちはとうに夢の中、人々も明日に備えて夢の中。
 そんなうしみつ時。
 ある立派な邸宅の敷地内で、黒いスーツ姿のSPたちが何やらささやきあっていた。片方は若い下っぱ、片方は風格のあるリーダーらしい。
「リーダー、噂は本当ですか」
「ああ。ボスが狙われてるらしい」
「ボスは立派な政治家だと思いますが、いろいろ風評を耳にします。悪徳政治家だとか」
「何言ってやがる。最近成立した子どものための法案はあの人が考えたんだぞ?」
「確かに子どものためにはなってるのかもしれませんが、代わりに老人がないがしろですよね、あれは。おかげで高齢者の不満爆発だ」
「まあな。他にも、歩きタバコ容認法案とか、飲酒年齢引き下げとか、いろいろ過激な素案を通してるらしいからな」
「とにかく実績を作りたいらしいですね。それで地位を上げたいとか。どっちかっつうと自分のために政治家やってるって感じだな」
「おいおい、雇い主の悪口叩くのはやめようや。俺は仮にもあの人に十年近くつき合ってんだ」
「すいません。……それで、敵はどんな奴なんです? パースエイダーを持ってるとか?」
「それはない。この国じゃアレは特S級危険物扱いだぜ。入国審査官が持ってっちまうよ」
「じゃあ他の暗殺手段を持ってるとか?」
「どうだろうな。ただひとつ言えるのは、奴らは自分の正体がバレずに標的を潰せりゃいいと思ってるってことだ」
「『奴ら』って、もしかして、他の政治家が襲撃依頼したんですか?」
「さあな、わかんねえよ。ともかく相手は熟練のプロに違いない、気を抜くな」
 ふと、近くの茂みから音がした。
「何だ!?」
 下っぱがささやいた。SPたちは油断なき視線を方々に飛ばしたが、何も見つからない。
「揺動作戦か?」
 リーダーらしき男は無線機に向かい、
「持ち場を離れるな。奴が来たのかもしれない」
 SP全員に指令を飛ばした。
 直後、

 アッ――!

 十メートルほど向こうを警備していたSPが一人、力のない声を発して地面に倒れた。
「!」
 さきほど会話していた二人は、仲間が無残に掘られているのを確認した。
「な……なんてことだ」
「こいつぁ、洒落にならねえな」
 下っぱがにやりと笑った。リーダーはごくりと喉を鳴らした。

 静かな夜だった。
「ぐー」
 国の宿屋で、少年はすこやかに眠っていた。今起こっている惨劇など知る由もなく。

 見る見るうちに仲間は掘られていった。
 みな似たような声を上げ、誰もが尻穴を突き出して地面に崩れる。
 深夜の静寂を崩さぬように、怪異はひたひたと、しかし確実にその射程を館内に近づけていた。
「リーダー、とうとう俺たち二人だけになっちまいましたね」
「ああ。今まで、長い間あの方の警護をしてきたが、今夜が最後になるのかもしれん」
「俺も人生初の敗北を喫することに……なるのかもしれませんね。今まで負けたことがなかったのが自慢だったんですが、こいつぁマジでやべぇ」
「いや、お前だけでも生きるんだ。まだお前は若い。未来がある。将来有ぼ――」

 アッ――!

「リーダー!!」
 リーダーが倒れた。下っぱひとりだけが残される。
「ちくしょう、ちくしょう!」
 下っぱは拳を固めた。地元で無敗を誇ったその拳も、この場においては頼りないものに思えた。
「くっそ、まったく気配を感じなかった。どこだ……どこにいやがるんだ!」
 しかし答える声はない。ただ、夜の静かな風だけが庭園を吹き抜ける。
 ぴた。
 不意に音がした。
 ぴた、ぴた。
 背筋がぞわっとする音だった。
 ぴたぴたぴたぴた。
「誰だ! 出てきやがれ! かかってこい!」
 ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。
 すごい速度だった。なのに姿が見えなかった。下っぱは全身を恐怖に支配された。
「やっぱり来るなああああああああああああああっ!!」
 ぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴたぴた。

 アッ――!

 翌日の朝刊。
『謎の暗殺劇、政治家とボディーガード、掘られる
 ○○日未明、衆議院議員、モモフ・モッフ二世氏の邸宅で、モッフ氏とそのSP全員が掘られる事件が発生した。
 国家警察は犯人とその背後関係について調査中だが、依然として手がかりは見つかっていない。
 過去、ここまで大規模かつ巧妙な襲撃は類がなく、これはプロの暗殺者によるものではないかとの見方が強い。
 モッフ氏は精力的な政治活動を続ける反面、過激で行き過ぎた法案を立てることも多く――』

 舗装された公道を、一台のこいずみくん(注・モトラド、アナル拳法四十八手を使いこなす。実は四百八十手ある)が走っていました。
 それに乗るのは十代半ばの少年、キョソ。
「ひさびさに稼いだなー」
「ひさびさに堪能しましたもす」
「ああいう国はありがたいよな。勝手に見えない敵のせいにしてくれるしさ」
「僕も暗闇でのプレイに背筋がぞくんぞくしました!」
 相変わらず二人の会話は噛みあっていませんでした。


 第九話 「二つの塔をのぞむ国」
  ―The two Anals and―

 広々とした道路を、一台のこいずみくん(注・世界最初のエコカー、排気はないが燃費はかなり)が走っていた。
 それに乗るのは十台半ばの、カラオケとか行っても一曲歌ってあとは見てるだけみたいな少年、キョソ。
 晴れ渡った牧歌的な空の下で、こいずみくんが何かに気がついた。
「んお!? キョソたん! 遠くにでっけえイチモツが見えますよ!」
「ん?」
 キョソは、地平線の手前に小さな突起のような影を確認した。
「何だろうなあれは」
「きっと巨大なおとこのブツでやんすよ! 今からぞっくぞくでもさ!」
「それはないと思うがな」

 結果から言うと、こいずみくんの予想は外れた。
「うおお」「でっけええええ」
 そこには塔があった。
 真っ白い石の骨組みを互い違いに組み合わせて土台にし、それを少しずつ積み重ねて高くしてあった。
 塔はどこまでも高く伸びて、しまいには青空の彼方に消えている。
「こりゃ大したもんだな。誰が作ったんだ?」
「この人じゃないでしょか!」
 キョソの問いに、こいずみくんが傍らを指し示した。そこには三十台後半の男性が、うなだれて座っていた。
 こいずみくんの声に男性はゆっくりと顔を上げた。目にはクマがあり、頬はすこしこけていた。
「君たちは誰だい」
 男性は老人のようなしわがれ声で言った。
「旅人だ。こいつであちこち回ってる」 
 キョソはそう言ってこいずみくんを指差した。こいずみくんは男性をためつすがめつして、首を振った。健康なおとこが好みらしい。
「そうか……旅か。いいね」

「私は十八年間、この塔を作り続けているんだよ」
 男性は言った。キョソとこいずみくんは輪になるように草原に腰を下ろしていた。
「ここから少し行ったところに国があってね。今でこそ発展しているが、昔は貧乏な小国だったんだ」
「びびっきゅーんずぎゅーん!」
 こいずみくんが「ハッテン」という言葉に激しく反応したが、キョソは華麗にスルーした。男性は話を続ける。
「そこで国おこしをすることになった。とにかく、何らかの方法でわが国の存在を他国にアピールするんだ。そうして交易をする」
 男性は遠い目をした。
「そのために塔を作ることになった。仕組みは簡単で、作業自体は誰にでもできる。ただ、箔をつけるために、たった一人の努力で作ろうということになった」
「なるほど」
 キョソが言った。男性は、
「塔の建築者は大変に名誉ある仕事だ。後世まで名前が残るし、給与は普通の仕事をするより何倍も高い。私ももちろん立候補した。そうしたら当選してしまったんだ」
「よかったじゃねえか」
 しかし男性は首を振って。
「どうだろうね」
 溜息をついた。それから塔を振り仰いで、
「もうすぐ完成するんだよ」

 男性の話を聞き終わったキョソとこいずみくんは、国へ向けて走り出した。後ろにはさっきの白い塔があった。
 しばらく行くと、
「キョソたん! 今度こそでっけえイチモツでやんすよ! 黒々してるおす!」
 また似たような形のシルエットがあった。
 
「やあ! 旅人さんかい?」
 ボーイッシュな風貌の、二十代半ばの女性が挨拶した。
 彼女の後ろには黒く高い塔があった。先端は空に向かっていたが、こちらは頂上が目視できる高さにあった。
「お前も塔を作ってんのか?」
 いつもどおりのタメ口でキョソが言った。女性はにっと笑って、
「その通り! これはとっても名誉な仕事なんだ」

「アタシは八年間塔を作り続けてる」
 女性は言った。日焼けした肌がよく似合う笑顔で。
「白い塔は見てきたかい? そうか。それじゃ話が早い」
 女性は遠くの白い塔を見据え、
「あの塔ができてから、ウチの国は大いに栄えた。みるみる豊かになってね。でも代わりに、塔をつくってるオッサンが欝になっちまってさ。
 『私はこんな人生を送りたくはなかった。塔をつくるためだけの人生なんて』とか言って。笑っちまうよな。やりたくてやってんじゃねえのかよって。
 そんな時、より画期的で早い塔の建築方法が見つかってさ。名物を二つに増やそうって立案があったわけ。もちろんアタシは立候補したね」
 女性は胸を張った。
「アタシの見込みじゃあと三年、いや二年であの白い塔を抜ける。そしたら富も名誉もアタシのもんさ。そっからは悠々自適に暮らすつもり。とっくに一生分稼いじまってるしね」
 ウィンクを放たれたがキョソは表情を変えなかった。

 ふたたびこいずみくんに乗ったキョソがしばらく行くと、道は林を迂回して国に至った。
 白と黒の塔からちょうど等間隔のところに国はあった。近代的な整備と、伝統的な建築様式のふたつが折り重なった見事な国だった。
 宿を決めたキョソはこいずみくんを適当に放流し、珍しくパブに向かった。ちょうど日暮れ時だった。
 キョソはお酒は嫌いだったが、情報収集にはここがうってつけだと知っていた。
「よう。若いお客さんだね」
 しわがれた声で店主の老人が言った。年齢を重ねながらもなかなかいい体つきで、キョソは「こいずみのタイプかもしれないな」と余計なことを思った。
 キョソはひとしきり事情を話した。すると老人が、
「ほう! あの塔は見事じゃったろう! あれができてからこの国はみるみる発展してのう」
 キョソは例の言葉にこいずみくんがどこかで反応した気配を察知したが、無視した。
「おうじいさん! 賭けは俺が勝つぜ?」
 隣で飲んでいた筋骨隆々の男が老人に言った。常連客らしい。

「賭けって何だ?」
 キョソが訊くと男は豪快に笑い、
「あの黒い塔と白い塔、どっちが最終的に高くなるかってね。この国じゃほとんどの奴らがどっちかに賭けてるんだ。まあ普通に考えて黒い方だよな。もうあのオッサンのほうはダメさ。一年以上進んでないうえ、旧式の建築様式だからな」
「っほ、何を言う。あの若い小娘は今に投げ出して放浪の旅にでるじゃろ。ダテに六十年生きとらんぞ、わしの目は確かじゃ」
 店主と客はにかにか笑った。話題が飛び火して、他の客も塔の話をしはじめた。パブが熱気を帯びた。
 店主はキョソにメープルラテを出しながら、
「お前さんはどっちに賭けるんじゃ? 旅人でも賭けに参加することはできるぞえ?」
 キョソは首を振って「興味ねえな」と言った。

 三日経って、キョソとこいずみくんは出国した。
「いやあ! あのパブの老人は味わい深かったでもさ!」
 こいずみくんがほくほく笑顔で感想を述べると、キョソは「お前ほんと雑食だよな」と言って、
「でもまあいい国だったかな。設備は」
 これはキョソの中ではかなりの褒め言葉だった。
 ゆるやかにうねる公道をしばらく行くと、
「んおうむ?」
 こいずみくんが急ブレーキをかけた。キョソは後頭部をぶつけた。
「急に止まるなっての!」
「キョソたん、あれ!」
 こいずみくんが指差した先に、キャンプファイヤーの土台のような骨組みがあった。
 その隣で、眼鏡の少年が土台を見つめていた。
「おい、何してんだー?」
 キョソが訊くと、少年はこっちを向き、にっかと笑った。

「一年で世界一高い塔を作れます」
 少年は言った。
「僕の発明です。もちろん誰にも内緒ですよ。手柄は僕が全部持っていきますから。さっき始めたところなんですが、ほら」
 少年は携帯端末のような装置を操作した。途端、金属の骨組みがまるで生きもののように動き、塔の高さが一メートル伸びた。
「勝手にやってくれるんです。もちろんこの方法も内緒です。国を去る旅人さんには特別に見せていますけどね。
 この場所と国の間には小山があって、ちょうど死角になっています。つまり、かなりいい高さに達しないと塔が見えないわけです。すなわち僕が頂点に立つ日です」
 少年はにやにや笑った。キョソはこういうタイプが苦手だったので、さりげなく急いでいる風を装って、この場を去った。

 国から延びる舗装道路が終わったころ、キョソはようやくこいずみくんに感想を述べた。
 「俺はあのおっさんを応援する。十八年も続けるってのは尋常じゃねえよ。もちろんあの姉ちゃんとか少年もすごいけどさ、あのおっさんには敵わないと思う」
 そう言うとこいずみくんは、
「キョソたん、あの塔に登れば、世界中のおとこが一望できる気がしませんか?」
 キョソは鼻で息を漏らした。するとこいずみくんは、
「僕も、その時はあのおじさまの塔に登りたいと思いますよ!」
 道がまたカーブを描いた。遠くから見ると、白い塔は陽光を反射して光のすじのように見えた。
 キョソはふっと息をついて、こいずみくんに指令を発した。
「うし、飛ばせ、こいずみ」
「もす!」


 第十話 「故障した話」
  ―Anal is brake down―

 典型的な配置の、ごくありふれた国の中を、一台の人型モトラド、こいずみくんが走っていた。
 それに乗るのは十代半ばの少年、キョソ。二人は国に入ったばかりで、宿を探している最中だった。
「ももももももも、ももももももも」
 突然、こいずみくんが奇声を発した。
「こいずみ?」
 キョソが呼びかけるや、こいずみくんは止まってしまい、動かなくなった。
「おい、どうしたんだよこいずみ。なあ!」
 キョソがこいずみくんのアナルをくにゃくにゃすると、
「んなっ!」
 こいずみくんは目が覚めたようにハッとして、キョロキョロあたりを見渡した。
「こ、ここ、どこですか?」
「こいずみ?」
 キョソの声などどこへやら、
「なんで僕、ここにいるんですか?」
 さらに自分の裸体を見たこいずみくんはびっくりぎょうてん、
「なな、なんで僕服着てないんですかあ!」
 そのまま走ってどこかへ行ってしまった。
「おいこいずみ! 待てよ!」
 キョソはあわててモトラドを追いかけた。

 キョソが追いつくと、こいずみくんは洋服屋にいた。
「あーよかった。服も着ないで外に出るなんて考えられません」 
 支払いはキョソ持ち(といってもいつも兼用)で、こいずみくんは勝手に自分の洋服を購入してしまった。
「おいこいずみ、いったいどうしちまったんだよ」
 キョソの言葉にこいずみくんは、
「服を着ただけですよ。さあキョソさん、宿探しを続けようではありませんか」
 しごくまっとうな口調で言った。
「どうなってんだ、こりゃ」
 キョソは首を傾げた。

 宿を探すまでの間も、こいずみくんはおとこあさりを望んだりはしなかった。
「普通の国ですが、それだけになかなか情趣があります」
 これにはキョソが調子を狂わされた。いつものツッコミも出る幕がない。
 二人は普通に観光しつつ宿を取った。旅に出てから今まで、二人ぶんの部屋を取ったのはこれが初めてのことだった。
「それでは明朝七時に。おやすみなさい」
 そう言ってこいずみくんは眠ってしまった。
「やれやれ」
 キョソはこの日、珍しく夜更かしして、このままこいずみくんが元に戻らなかった場合を考えた。
「……宿代がかさむな」
 そっちかよ。

 三日目まで、こいずみくんはずっと真人間モードのままだった。
 キョソは、人型モトラドに果たして故障はあるのか、だとすればそれは何が原因なのか考えたが、解るはずもなかった。
「しかし静かな国ですね。自動車の類が走っていないのが要因ですか。すばらしいと思いますよ」
 こいずみくんの発言に、キョソはそういえばと思った。
「つうか機械が何もないんだな、この国は」
 街灯さえも旧式のランプだった。
 キョソは思いついて、道行く人に訊いてみた。
「なあ、この国はどうして自動車が走ってないんだ?」
 すると男性は、
「ああ、君は旅人なんだね。この国は機械類の一切が機能しない場所なのさ。あたり一帯に非常に珍しいなガスが出ていてね。人体に害はないんだけど、それが機械を狂わせるんだ。
 それに気づいた国のお偉いさんが、ここは昔ながらの生き方を大事にする国にしようって決めたのさ」
「それじゃ、もしここに機械を持ちこんだらどうなるんだ?」
「何らかの誤動作をするね。モトラドなんかはエンジンがかからなくなることが多いみたいだよ」
 「ははあ、なるほど」とキョソは思った。

『ちょうど国境あたりがガスの境界になってるみたいだよ』
 国の人からそう聞いたキョソは、こいずみくんと歩いて出口に向かった。
「何に乗って行くんですかキョソさん。次の目的地が決まっているなら教えていただきたいものです」
 流暢に話すこいずみくんにキョソは、
「そろそろだ」
 そう言って国境をまたいだ。途端、
「もももももももも、もももももももも、もももももっふもっふもっふんもっふ!」
 こいずみくんは激しく足踏みをし、

「ウホォーォオ ウホォーォオ アッアアアッアッアッー!」

 再起動した。
「うほっ! キョソたん! 何だか身体があちいですよ! ウホットですよ!」
「それのせいだ」
 キョソはこいずみくんのおされな洋服を指差した。
「んなああああっ! これじゃおとこが掘れないじゃあん!」
 こいずみくんは地団駄して、即刻服を脱ぎ捨てた。
「やっぱり、うまれたまんまがいいよね!」
「……あー。今さら後悔してる俺がいる」
「どしたんですふぃ、キョソたん?」
 何でもねえよ、と言って、キョソはこいずみくんに飛び乗った。


 第十一話 「紅茶の国」
  ―Royal Anal tea― 

 よく晴れた日だった。瀟洒な歩道の両脇には、紅く色づいた木々が等間隔に並んでいる。
 民家は少しこじんまりとしていて、それがこの国のアクセントになっていた。
「いい国だなあ」
 十代半ばの、ついさっき起きたような顔をした少年、キョソが言った。
「ですねえ。もっさもっさします」
 意味不明な形容とともに、こいずみくん(注・モトラド、しばらくおとこを掘らずにいると加速しすぎて危険)が言った。
 キョソは紅茶をすすった。紅茶はこの国の名産品だった。かれこれ一時間、オープンテラスで二人はまったりしていた。
「たまにはこういうのもいいよな」
 キョソが言った。
「いえっさ。僕もたまには休息が必要でもす」
 秋の空は高かった。日だまりに包まれた国で、人々は和やかな休日を過ごしている。
「こういう国に来るとさ、旅すんのが億劫になってくるよ」
「僕もです。こういう国なら、ジェントルなムチムチメンズがいつまでも堪能できるもす」
 キョソは名残惜しそうにザッハトルテを一口食べた。皿が綺麗になった。
「そういやこいずみ、お前、どうしてあんなモトラドフェスタなんぞにいたんだ? ほら、旅立った日のことだけど」
 キョソの質問に、こいずみくんは首を傾げて、
「それが覚えてないんでもさ。ずーっと前から、僕は長い長い眠りの中でおとこを掘りつづけてましたにょ」
「……夢でもかよ」
 やれやれ、とキョソは首を振った。
「いろんな国に行ったけど、お前みたいな形のモトラドは他にひとつもなかったよな」
「アイアムオンリーワンアナル!」
 こいずみくんが胸を張った。
「キョソたん。不思議なことですが、僕はずっと前からキョソたんを知っていたような気がするのでもふ」
「ううむ」
 キョソは首を捻った。
「認めたくないが俺もそんな気がする。……あ、すまん紅茶お代わり」
 通りかかったウェイトレスにキョソは言った。
「もすかして前世は穴兄弟だったのかもしれませんおすね!」
 こいずみくんがろくに意味も知らない単語を言った。よい子は真似しちゃいけません。
「なあこいずみ、お前ほんとに三百年も眠ってたのか?」
 キョソが問うと、
「んむぃ、正確にはわかりやせんがそのくらい長い間スタンバッてましたおす」
「昔のこととか覚えてないのか? 前にも誰かが乗ってたんだろ」
「綺麗さっぱりでやんすよ」
「うーむ、どうしてばあちゃんの形見でお前が動き出したのかも謎だしなー」
「それよりキョソたん、おとこ掘ってきていいすか?」
 ほどほどにな、と言い切る前にこいずみくんは姿を消した。まもなくウェイトレスが紅茶を運んできた。
「しかしうめぇなぁ、この国の紅茶」
「お客様は旅人さまなのですか?」
 ウェイトレスが言った。不意を突かれ、キョソは熱い紅茶で舌をヤケドした。
「わっつ!」
「これは失礼いたしました。大丈夫ですか?」
「平気だ。……そう、俺は旅人だ。他力本願の」
 そうでございますか、とウェイトレスは言って、
「この国に立ち寄られたのなら、隣国の噂はお聞きになられましたでしょうか?」
「いや、知らねぇ」
 するとウェイトレスは声を小さくして、
「ここより南にある森を回った先に、『誰もいない国』があるのです」
 キョソはびくっとした。
「誰もいない国?」
「そう。もう何年も無人なのに、いっこうに朽ちることのない、それは不思議な場所です。さらに神秘的なことには、誰一人領土に足を踏み入れることができません」
 キョソはぽかんとウェイトレスを見上げた。
「ウソつけ」
「本当でございます。この国はその『誰もいない国』への中継地としても有名なのでございます。日頃、観光ガイドなどはご覧になりませんか?」
「見ないな。行き当たりばったりだし」
「では一度行ってみるのもいいかもしれません。名所ですので街道が通っておりますし」
 そう言うとウェイトレスはもう一度ヤケドの詫びをし、去っていった。
「『誰もいない国』ねえ……」
 キョソは紅茶をよく冷ましてからすすった。
 柔らかな日差しが、紅葉した木々を鮮やかに照らしていた。ぼんやりと眺めていると、こいずみくんが戻ってきた。
「やっぱりここのおとこはすんばらすぃですよキョソたん!」
 興奮気味のこいずみくんに、
「名残惜しいが、次の目的地が決まったぜ。こいずみ」
 キョソはそう言って、紅茶を飲み干した。


 第十二話 「誰もいない国」
  ―No Anal lives there―


 エピローグ「言い伝えのある国・a」 
  ―Hope follows Anal・a―

 ある辺境の地に、旅人などまったく訪れない、閉ざされた国があった。
 その国は作物や子宝にさほど恵まれず、人々は生活に苦しみ、未来を憂っていた。
 とある民家では、祖母と孫がこんな話をしていた。
「おばあちゃん、僕はどうしてこんな国に生まれちゃったんだろう。おいしいものも食べられないし、遠くて他の国にも行けないし、いいことなんか全然ないよ」
 孫の言葉に祖母は、
「そうだね。確かに、この国はあまり恵まれた場所とは言えないかもしれない。でもね、信じていればいつかいいことがあるかもしれないよ。この国にはちょっとした言い伝えがあるんだ」
「言い伝え?」
 興味津々といった様子で、孫は祖母を見上げた。祖母はゆったりとした表情で微笑み、
「この国は外から誰もやって来ないだろう? けどね、その昔、たった一度だけ旅人がやって来たことがあるんだよ」
「そうなの!?」
 孫はびっくりして言った。祖母はうなずき、
「そうさ。わたしがまだ幼い頃の話だよ。その年は本当に不作だった。飢饉といっていいくらいにね。多くの人が死んだ。わたしの母もその年に亡くなったしね」
「そうなんだ……」
「でもね。そう、あれは秋のことだったかな。旅人がやってきてね、あたらしい穀物の種を持ってきたんだ。彼はこう言った。『この種を育ててみてください。五年間、この土地はとても豊かになるでしょう』
 実際その通りになった。今でも覚えているよ。大地が黄金色に染まり、夕日がそこをまぶしく照らすんだ。ああ、生きていてよかった。そう思ったものさ」
 孫は目をきらきらさせて祖母の話に聞き入っていた。祖母はゆっくりうなずき、
「旅人の言ったとおり豊作は五年で終わってしまったけどね。でも、それ以来この国は希望を抱くようになった。『旅人が現れれば闇は光に変わる』そんな言い伝えがささやかれるようになったのさ」
 孫はほうっと息をついた。祖母は孫を澄んだ瞳で見て、
「だからね、希望を捨てちゃいけないよ」
 祖母が言ったその時、家の戸が勢いよく開かれ、祖母の息子、つまり孫の父親が入ってきました。
「おい! 東の果てから旅人がやってきたらしいぞ!」
 父親の顔は驚喜の色に満ちていた。 


 (おわり)


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