『台風一過のハレの日に』
○ 第二章:親睦
「えー、それではみなさん! これよりSOS団主催、鶴屋杯争奪、こゆきちゃん歓迎大ボウリング大会を開催いたします!」
すっくと椅子の上に仁王立ちし、いつものように腰に手を当てて高らかに宣言するハルヒ。単なる開会宣言にしては態度がでかいが、気にするのも無駄なことだ。
「まずは、SOS団名誉顧問、鶴屋さんに開会のご挨拶を頂きたいと思います。鶴屋さん、どーぞ!!」
「いやー、ただいまご紹介いただいた、鶴屋でっす! 硬い挨拶は抜きだ、みんな、こゆきちゃんとの再会を祝って、めっがっさ楽しむっさ!」
この二人に任せたら、また南の海上でうろついている次の台風でさえ遥か彼方に飛んでいってしまう、そんな勢いだ。
昨日のカレーパーティで決まったように、今日はこゆきの歓迎のためのボウリング大会が開催されている。
そのこゆきと長門はほぼお揃いの格好をして鶴屋さんの話を聞いている。少し短めの白いふわっとしたスカートに、長門は膝下丈の黒のレギンス、こゆきはグレーのレギンスがすらりとした足元によく似合っている。ちょっと見たところそっくりの二人だが、違うのはレギンスの色と、表情があるかないかだな。
俺の隣で、いつものように少々胡散臭いがちょっと見では爽やかな笑顔を浮かべている古泉がそっと話しかけてきた。
「涼宮さんの退屈しのぎにはもってこいのイベントになりましたね」
「そうだな、これでお前のバイトもしばらくは楽ができるだろう」
「最近は、結構楽させてもらっています、あなたのおかげですよ」
そういって古泉はニヤケ度二割増量になった。
「えー、ではここで賞品の紹介をしまーす」
参加者がそれぞれに親睦を深めている間にも、開会式の式次第は順調に消化されているようだ。ハルヒの進行に鶴屋さんが受け答えている。前から思っていたんだが、この二人、いいコンビだ。ダブルツッコミ・ボケ知らずなので勢いだけは十分だ。ここにボケ担当の朝比奈さんが入ると、最強かも知れない。天然の朝比奈ボケに対して、ハルヒと鶴屋さんが両側から激しいツッコミを入れるシーンを想像して、俺は一人にやけてしまった。古泉並みだな。
バカな妄想を蔓延らせていたんだが、鶴屋さんの声で我に返った。
「第一位の賞品は、豪華!神戸牛の詰め合わせ、三キロだ!」
なにぃ、神戸牛ですか? それほどのものを賞品にしていただけるなんて。
「いやー、もらい物で申し訳ないんだけどね。なんだかんだと、うちの親父のところに付け届けがあるのさ。遠慮することはない、がんばって優勝して持って帰るにょろ!」
「第二位は……」
脳内でドラムロールが鳴り響く。ドドドドドド、ドン。
「高級茶器セットだ。これもまたいいもんだっ」
鶴屋さんのところに届く物だから、有名かつ高級な品に違いない。そんなものをSOS団のイベントに惜しげもなく提供してくれるなんて、さすがは名誉顧問。
「これはみくるに持って帰って欲しいところなんだが、たぶん二位にはなれんだろう、残念っ!」
「もう、鶴屋さん、ひどいぃ」
といって朝比奈さんは軽く腕組みして、ぷっと頬を膨らましている。それにしても、どんな顔をしていても絵になる人だ。その膨らんだ頬を指でツンツンしたい衝動をぐっと押さえる。
「あははは、すまないね、みくるぅ」
「あとは、飛び賞が用意されているから、みんなあきらめずにがんばるように」
そのあと、ハルヒから試合の進め方の説明があった。
二ゲームして総得点で順位を決めるということ、また、こゆきには一ゲームあたり二十点のハンデをくれるということだった。でもたぶんこゆきにはハンデは要らないような気がする。むしろ、朝比奈さんにこそハンデを差し上げるべき、と直訴しようと思ったが、かえって朝比奈さんに失礼な気がしたので、そうはしなかった。
第一ゲームのレーン分けでは、第一レーンにハルヒと鶴屋さんが、第二レーンには朝比奈さんと古泉、第三レーンには長門とこゆきと俺、というようにくじ引きで決まった。
各レーンの準備ができたところで、鶴屋さんが中央に進み出ると、
「準備はいいかな、よし、じゃあ、始球式だ。SOS団が誇る三名の女神、ハルにゃん、みくる、長門っち、前へ。合図に合わせて同時に投げるようにね」
そういわれて三人がボールを持って位置に付いた。
「それでは、これより試合開始だ、みんなめがっさがんばるにょっろーん!!」
鶴屋さんの『にょっろーん』っと妙に力の抜ける掛け声とともに、美少女三人が投球フォームに入った。
第一レーンのハルヒが、お手本のようなきれいなフォームで投げた十二ポンドと言う普通の高校生の女子には重いはずの黒い球は、一番ピンと三番のピンの間にまっすぐと吸い込まれ、パッカーンと心地よい音を響かせてストライクを取った。まぁ、順当なところだ。振り返ったハルヒは満面の笑みを浮かべ、鶴屋さんとハイタッチをしている。
俺のレーンの長門はと言うと、胸の前でピンクの球を抱えたまま、始球式を告げる鶴屋さんの掛け声に合わせて、とととと、と、ファウルラインの前まで進んで行って、そこでいったん立ち止った。そして、ゆっくりと右手を振り下ろすと、最後は手首のスナップだけで球を投げた。
そう、まさしく投げたのだ。
ピンクの球はレーンを転がるのではなく、地表二、三十センチぐらいの高さで、ビューンと飛んで行き、一番ピンの手前でショートバウンドすると同時に、大音響を立てて十本並んだピンを吹っ飛ばした。
ストライク……、お見事。
長門は、割れたやつがないか確認するかのようにピンが吹っ飛んだところをじっと見つめた後、回れ右して、行ったときと同じように、とととと、と戻ってきた。唖然とする俺の前まで戻ってきた長門は、無表情のままで、肩の高さに両手を上げて小さくバンザイの格好をしている。
なんだ? 長門?
「……ストライク」
すまん、ハイタッチがしたかったのか。
「や、やったな長門」
何とか長門と両手を合わせた後、俺はそっと長門に言ってやった。
「投げるな、転がせ」
長門は小さく首肯した。
そんな両隣のレーンの大騒ぎの狭間で、朝比奈さんがエイヤっと転がしたボールは、ハイスピードカメラで撮影された超スロー映像のようだった。ご・ろ・ん・ご・ろ・んと転がるボールは一番ピンにまっすぐ向かって行き、そのまま一番ピンに当たって止まるかと思われたが、何とか一番ピンとの戦いには勝利し、少しコースを変えてピンの並びの中に突入して行った。倒れた一番ピンが隣のピンを倒しつつ、気が付くと残っているピンは一本もなかった。
なんとこちらもストライク。
取った朝比奈さん本人が一番驚いているわけで、きゃあきゃあと叫びながらぴょんぴょん飛び跳ねつつ戻ってきて、こちらも鶴屋さんと古泉と手を合わせて喜んでいる。
こうして三者三様のストライクでSOS団ボウリング大会はスタートしたわけだ。
試合が始まると、隣の方のレーンでは、ハルヒと鶴屋さんがこゆきに何か話しかけながら高らかに笑っている声が響いたり、朝比奈さんがボールを後ろに投げてしまって古泉に当たりそうなったり、といった騒ぎが巻き起こっていた。
俺のレーンはというと、第一投目でストライクを取った長門は、その後は俺の忠告どおり、普通にボールを転がすようになった。あいかわらずファウルラインのところから手首のスナップだけで転がしている。しかし不思議なことに、始球式のストライクの後、第二フレームから、今長門が投げ終えた第七フレームまで、ずっと、「一本倒してから二投目でスペアを取る」という正確無比な投球の繰り返しだった。
長門の身体能力であれば、いや情報改ざん能力なのかも知れないが、余裕で三百点パーフェクトゲームも夢ではないはずだが、適当に下手に見せかけているのだろうか。
投球を終えた長門が俺の隣に腰を下ろしたので、俺は頭の上に表示されているスコアを指差しながら問いかけた。
「あの妙なスコアメークは何か魂胆があるのか?」
「別に……」
「わざとやっているんだろ」
「……」
長門は黒曜石の瞳をきらりと輝かせて静かに俺のことを見つめている。うーん、さすがに長門の表情専門家を自負する俺でも、ここは真意を量りかねる。
「まぁ、いいけどな。ほどほどに頼む」
粛々とゲームが進行する中、隣のレーンの朝比奈さんから、
「キョンくん、上手なんですね。私にもコーチしてください」
というありがたい申し出があった。俺は、朝比奈さんの傍らに立って、手取り足取りいろんなところを取って、我らが天使様に投球フォームをコーチする自分の姿を思い浮かべながら、
「いやー、僕なんかたいしたことないですよ、いや、ほんとに」
と言っては見たが、近くにハルヒがいたら、このエロキョン! と突っ込まれるような表情だったはずだ。
「それにしても、こゆきちゃん、かわいい格好ですねー、長門さんと一緒に行って買った服でしょうね」
「そうですね、なにげにお揃いだし……」
以前、長門がこゆきのために一緒に買い物に行ったとか言っていたな。その時に長門が買った服の一つなんだろう。長門にしろこゆきにしろ、素材がいいからどんな服を着ていてもよく似合うわけだが。
「ナイススペア、こゆき」
どう見ても朝比奈さんよりはるかに上手なこゆきは、難なくスペアを取って戻ってきて俺の隣に腰掛けた。
「朝比奈さんも言ってたが、今日の格好、いい感じだな、前に長門に買ってもらったやつか?」
「そうなんです、いいでしょ?」
こゆきはペットボトルのお茶を少し飲んで、僅かに俺の方に振り向きながら、
「有希さん、制服ばかり着ないで、もう少しかわいいカッコしても似合うと思うんですけどね」
そう言ってあごの下に人差し指を当ててほんの数ミリ俯いた。
「まぁ、そんなところも長門らしいわけだ。また機会があったら長門の服、なんか選んでやってくれよな」
「はい!」
投球動作に入ろうとした長門をチラッと見た後、こゆきは少し微笑みながら俺のことを見上げていた。
朝比奈さんは引き続き超スローボールで、少ないながらも少しずつピンを倒してはいたが、結局、始球式のストライクは、出会い頭の偶然の出来事であったことを証明するには十分なスコアだった。
「おーい、そこの連中、写真取るぞー」
突然聞こえた元気いっぱいの声の方に振り返ると、鶴屋さんが携帯を構えながら立っていた。
「どうも、鶴屋さん」
「三人並んで記念写真だ、ほらほら、もっとくっついて、入らないよ」
鶴屋さんの言葉を受けて、俺の右隣に朝比奈さんが、左側にこゆきがやってきて、それぞれ俺の腕に巻きついてきた。特に右側の腕に当たるふんわりした感触を確認していると、鶴屋さんが、
「ほら、長門っちも入りなよ、そう、そう、並んで。さ、撮るよ」
気がつくと長門も俺のとこゆきの間から顔を出している。
「はい、スモークチーズ!」
パシャリ。
「すまない、邪魔したね、続きもがんばってくれたまえ、じゃ!」
一枚だけ写真を撮った鶴屋さんは嵐のように去っていってしまった。俺は、両方の二の腕あたりに残された暖かい感触の余韻を堪能しながら、次の投球の準備に取り掛かった。
結局、長門はその後も「一本倒してスペアを取る」パターンを繰り返し、第十フレームも一本・スペアときて、三投目はまた一本のみ倒して、合計百十九点だった。こゆきはハンデ込みでちょうど百点、俺は百三十点だった。
さて、一ゲームが終わったところで、トップはやはりハルヒだった。二位には古泉、僅差で俺、以下は、鶴屋さん、長門、こゆき(ハンデ付き)、朝比奈さんの順となった。
第二ゲームは成績順にレーンを分け、得点を競うことになっている。ということで、俺はハルヒと古泉と同じ組で戦うことになった。
「キョン、古泉くん、あんたたちには負けないわよ!」
ハルヒは俺たち二人を指差して力説しているが、俺は最初からハルヒに勝てるわけない、と踏んでるし、古泉だってハルヒに勝ってしまったら、後ほど灰色空間で苦労する可能性があるわけで、そのあたりは分をわきまえているはずだ。どっちかと言うと、俺と古泉による二位決定戦の方が重要だったりする。高級茶器セットをゲットして朝比奈さんに進呈するためにも負けられん。
ところがふたを開けてみると、いまひとつハルヒの調子が上がらない。簡単そうなスペアをミスったり、思いっきりスプリットになってみたり、と前のゲームのほどの勢いがない。反対に俺の方はすごく調子がいい。七番十番ピンが残ったスプリットが取れたり、と不思議なほどだ。
「うーむ、キョンにリードを許すなんて……。雑用係にあるまじき暴挙」
「何言ってんだよ。勝利の女神はちゃんと見てくれているのさ」
「ふん、まだあたしの方が合計点ではリードしてるんだからね」
そういいながらハルヒは、がしっと球をつかみあげると、レーンの向こうのピンを見据えて投球フォームに入った。
「涼宮さんは、あの様にいってますが」
わっと、驚いた。急に顔を近づけるな、古泉。
「すみません。涼宮さんはあなたに活躍して欲しいと思っているのではないでしょうか」
「なに?」
「昨年の野球大会の時もそうでした。あなたは四番を任された……」
「あの時は、相手もあっただろ。今回はSOS団内部の戦いだからな、関係ないさ」
「そうでしょうか? とにかく、全力を尽くしてください。ただし、涼宮さんに勝利しない程度に」
「また、難しい注文だな。要はハルヒを退屈させないように追い上げて盛り上げろ、ということか」
古泉はすまなそうに微笑んで言った。
「よろしくお願いします」
一投目で七本倒したハルヒが悔しがっている。その後姿を見ながら、おれはしみじみと、この一年間で身につけた悟りの境地で、つぶやいた。
「どっちにしてもだ、最終的に俺が勝ってもハルヒが勝っても、賞品の神戸牛の肉は俺の口には入らん、それだけは言える……」
古泉は、肩をすくめて苦笑いをした。
古泉の要望通り、第九フレームで俺が二十五点のリード、総合計ではハルヒの三点のリードと言う接戦となり、勝負は第十フレームに縺れ込んだ。つまりは、ここでミスした方が負けということだ、実にわかりやすい。
すでにゲームを終わっている他のメンバーが集まって来て、否が応でも最後の戦いに注目が集まっている。こゆきが「キョンくんがんばれー」と応援してくれているしな。でも、所詮はSOS団の内部抗争なんだぜ、と思いつつも、俺もだんだんと負けられないような気になってくるから不思議だ。
第十フレームはまずは、俺から。一投目は八本、二投目でスペア、三投目は何とストライクを取ってしまった。ということで、二十点プラスして、ハルヒに総合計で十七点勝ち越したことになる。古泉が微妙に引きつった顔をしていたが、軽く無視して、ハルヒの投球を待つ。
俺を含めたメンバーが固唾を呑んで見守る中、ハルヒの一投目は七本、二投目で残りを倒してスペア。差は七本。
「普通なら、こんなに苦労することないのに、なんでかしら」
そうつぶやきながら黒球十二ポンドを構えたハルヒは、二、三歩の助走の後、相変わらずのきれいなフォームから黒球をスタートさせた。
微妙にコースが悪い。このままだと一番三番の間のポイントからは外れそう、と思ったところで小さくカーブして、スィートスポットに吸い込まれた。
ばっかーん、と気持ちよい響きと共に、すべてのピンが倒れた。
うーん、絵に描いたようなストライクだね、さすがはハルヒ。
「い、ぃやっっほーっ!」
右手でガッツポーズをしながら戻ってきたハルヒは、鶴屋さんや朝比奈さんと抱き合って喜びを表現している。
「正義は勝つのよ!」
どこが正義なんだよ、このやろう、と思いつつ俺の隣で納得したようにうなずきを繰り返している古泉に小さく話しかけた。
「これでよかったんだろ」
「いい感じで盛り上がりました、ありがとうございます。それにしても、あなたと涼宮さんはいいコンビと言うことですね」
「ふん」
古泉の戯言は軽く聞き流して、二位の賞品をゲットできたことに俺はホッと一息つくことができた。
結局、最終成績は、逃げ切ったハルヒが一位、俺が二位、以下、鶴屋さん、古泉、こゆき(ハンデ付き)、長門、朝比奈さんの順となった。ちなみに長門は、最後まで「一本倒してスペアを取る」を続けていたようだ。なんだろうね、まったく。
「それでは、表彰式を始めまっす!」
ボウリング場のロビーの端っこをかりて今日の参加者が閉会式の司会進行の鶴屋さんを囲んだ。
「まずは、飛び賞、四位の古泉くんと六位の長門っち、おめでとう!」
古泉と長門が前に出てきて鶴屋さんから小さな包みを受け取った。
「賞品は、図書カードだ。これで好きな本を買ってくれぃ」
そうか、ひょっとして長門はこれを狙っていたのか? それにしても、あのスコアの取り方はよくわからんのだが。小さく一礼した長門は、鶴屋さんから受け取った賞品の包みを大切そうに握り締めて、少し、はにかんでいるように見えた。
「次はブービー賞。大方の予想通り、みくるだ、おめでとう!」
朝比奈さんが照れくさそうに前に出てきて、鶴屋さんから賞品を受け取った。
「賞品は、玉露の詰め合わせだ。きっとみくるが取ると思って用意していたのさ、あははは」
「ふぇーん、鶴屋さーん……」
朝比奈さんは、飲みかけのミルクをいきなり奪い取られた子猫のような哀しそうな苦笑いをしていた。
「ここで、特別賞。ハンデがなくてもみくるよりいい成績だった今日のスペシャルゲスト、こゆきちゃんだ!」
えっ、っという感じで少し驚いたこゆきは、長門に促されて照れながら前へ進み出た。
「賞品は写真立てなんだ」
鶴屋さんが差し出した、ガラス製のシンプルだけど高級そうなフォトフレームには、すでに一枚の写真が入っていた。
「あ、この写真……」
「そう、この前にメイド姿でみんなで写したやつだよ。こゆきちゃん、急に帰っちゃったから持ってなかっただろ」
「あ、ありがとうございます!」
こゆきが手にしているフォトフレームの中には、こゆきを中心とした五人のメイド美少女と、やや不釣合いな燕尾服に身を包んだ俺と古泉が写っていた。その写真をじっと見つめるこゆきは、写真の中と同じくらいに、いやそれ以上にとってもいい笑顔だった。
さすがだな、鶴屋さん。こゆきのために準備してくれていたんだ。俺が鶴屋さんの配慮に感心していると、鶴屋さんは俺の方をチラッと見て軽いウィンクを投げかけてくれた。
「さてと、追い上げむなしく二位に甘んじたキョンくんと、堂々の第一位、ハルにゃん、前へ!」
俺は、ハルヒと並んで前に出た。鶴屋さんが少し大きめの包みを差し出した。
「まずは二位から。おめでとうキョンくん! 高級茶器セットだ。重くてすまないが、持って帰ってくれ、よろしくっ!」
「ありがとうございます」
「で、第一位、おめでとうハルにゃん!」
「ありがとう、鶴屋さん」
「さすがに神戸牛は生モノだからね、これは目録だけなのだ。お肉はうちの冷凍庫に入っているから、あとで届けるよ」
そういって鶴屋さんはでっかい目録をハルヒに贈呈した。
目録を見つめていたハルヒは、にこやかに「うん」と小さくうなずくと、いいこと ―それは多くの場合、ハルヒとってのみいいことであることが多い― を思いついたように話し始めた。
「あたし一人で三キロも食べられないし……」
はい? 一人で全部食うつもりだったのかよ……。
「運動しておなかも減ったから、これから鶴屋さんちで焼肉大会しましょう!」
こら、勝手に決めるな、鶴屋さんのご都合も聞かずに。
「うん、そりゃいいね!」
って、鶴屋さん、いいんですか?
「いいよ、いいよ、七人だろ、それぐらいの人数なら平気さ」
確かに、あの鶴屋邸なら、七人ぐらい誤差のうちだよな。
「んー、でもみんなで食べるなら神戸の三キロじゃ足りないね、松阪や米沢でいいなら十キロぐらいはストックがあったと思うがそれでもいいかい?」
い、いいに決まってるじゃないですか? 松阪牛に米沢牛ですか! 高級牛肉食べ比べなんて、そんなおいしい話、SOS団の創設以来経験したこともない幸せです。
余ったらお土産に持って帰ってもいいですか?
「あははは、いいともさ。何ならお肉に合うワインもつけようか?」
いや、そこまでは……。
「とにかく、決まりね」
ハルヒははちきれそうな笑顔で叫んだ。
よし、こうなったら意地でも神戸と松阪と米沢を食べ比べしてやる、遠慮はしない、戦いだ、新たな戦いの始まりだ……。
俺たちは、いろいろな思いを秘めつつ大いに盛り上がりながら、秋晴れの青空の下、鶴屋邸へと向かった。
「今日は楽しかったですね」
「そうだな」
「……」
楽しそうに歩くこゆきの隣には、なんとなく満足したようにも見える長門が歩いている。途中まで帰る方向が同じなので、俺はその二人と並んで歩いているが、そんな俺が手にしている紙袋の中には、お土産に、と、鶴屋さんからいただいた佐賀牛のすき焼き肉と赤ワインが一本入っている。
鶴屋邸での高級焼肉パーティーはいろんな意味でおいしい宴だった。
鶴屋家の専属シェフにステーキとして腕を振るってもらうべき代物である高級牛肉が、それ自身も高級品であろう大きな絵皿に無造作に乗せられて、次から次へと出てくるんだから、恐れ多い話だった。
「こうなったらとことん食べ比べをするにょろ!」
という鶴屋さんの発案により、結局、神戸に松阪に米沢に加えて、佐賀牛とか近江牛とか飛騨牛とか、鶴屋さんちにあるだけの銘柄牛が出てきたようだった。
どれもこれも言葉にならないぐらい美味いものだったし、それ以上に時折焼けたお肉を俺の皿に取り分けてくれるハルヒ以外の四人の女神たちも最高に輝いていた。
ハルヒ? あいつはとりあえず自分の分ばっかり食っていたようだが、最後のほうで、一切れだけ俺の皿に肉を入れてくれた。
「これ、神戸牛。今日のあたしの賞品だから、よく味わうように」
とか言っていたが、その頃には少し胸焼けするぐらいに堪能したあとだったので、味の違いは少しもわからない状況だったけどね。
さすがに、全部は食べ切れなかったので、鶴屋さんは各自にお土産として包んでくれた。ついでにワインまで一本つけてくれたみたいだ。鶴屋さんは何も言わなかったけれど、きっとかなり高級なんだろうな。
しばらく歩いて、長門のマンション近くのいつもの公園にたどり着いた。
前にこゆきとの最後の別れの場所となったベンチ近くを通りかかった時のことだった。
「あの、有希さん、キョンくん、一つお話しがあります」
ふと立ち止まったこゆきが一歩前に出て振り返った。そしていつもの笑顔ではなく、少し神妙な面持ちで話し始めた。
「お話しするべきかどうか少し迷ったんですが、やはりお二人には知っておいて欲しくて……」
「ん、どうした? こゆき」
大きな瞳を輝かせながら、はっきりとした口調でこゆきは言った。
「実はわたし、地球人的な表現で言うところの『結婚』をするんです」
そうかー、ついにこゆきも結婚かぁ、うんうん、それはよかった、めでたいことだね……、って、
な、な、何だってーーー?!
第三章に続きます