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「大須」より

 


「5分いいか」
 え? 今、何か言いました?
 暴れ馬、なんて表現をすれば馬に怒られそうな程荒れ狂った走りを見せる車の助手席で、必死に自分の
体をシートに押し付けながら聞き返す。
 街灯の下を通り抜けるたびに一瞬見える姿は、運転席に座っているから等と言う理由では納得できない
程に穏やかな顔で、背もたれも使わないままハンドルを握っている森園生。
 ヘッドライトを付けていない為、僕には暗闇にしか見えない前方を見据えたまま彼女はもう一度呟く。
「5分。いや、3分欲しい」
 な、何の事を言ってるんです?
 そう聞き返しても、時折視線が向けられるだけで森さんから返事は返って来ません。
 僕には彼女の言葉の意味はわからない。ただ、彼女の顔はとても寂しそうに見えてその言葉を否定する
事はできそうにない。
 沈黙の合間も車は闇夜の市街地を狂ったスピードで走り抜けていく、時折見える森さんの視線に――
 いいですよ。
 結局、質問の意味もわからないまま僕は承諾していました。
「感謝する」
 5分、いや3分か。彼女がその時間を何に使いたいのかはわからない、でも少なくともその時間はこの
運転から解放される事ができるのであれば、それは僕にとっても悪い事でわあああああああ!
 慣性の法則を無視、いやありえない程に利用したらしいスピンターンで車は車体を反転させた。

 


 十数秒後――静止した車内でようやく平衡感覚が戻ってきた僕は、まずは自分が生きている事に驚きつつ
神に感謝した。
 たまに本気で思う事があります。
 神人によって世界が終るのと、僕の人生が森さんの運転で終わるのは果たしてどちらが先なのだろう?と。
 そもそも、警察に見つからない様に移動する為とはいえ深夜に無灯火で運転する時点で無茶だと思うんです。
 運転席側の窓の先では、歩道に立ち足元を見つめてじっとしている森さんの姿が見える。
 自分の運転に酔った……って事はないでしょう。
 先日、今より荒い運転しながら服も汚さずに揚げたこ焼きを食べてましたから。
 二人で大須へ出かけたあの日以来森さんは私生活の一部、主に食事面を僕に見せてくれるようになりました。
 まあ、無表情なのは今まで通りなんですけどね。
 森さんはいったい何をしているのか。
 体を起こした僕が見たのは、薄暗い街灯に照らされた小さなお地蔵様とそれを取り囲むように並べられた
お供え物の数々、そして
「待たせた」
 ようやく振り向いた森さんの、思いつめたような暗い表情だった。

 


 これだ。
 モニターに映されたその画像は昼間の物だったが、お地蔵様を取り囲むように置かれたお供え物はあの時
見た物と同じ物だった。
 神人退治を無事に終え部屋に戻った僕は、さっきの森さんの表情が気になってネットを検索していました。
 あのお地蔵様は有名な物だったらしく、検索結果は1万を超えていて、テレビで紹介された動画等も一緒
に表示されている。
 情報によれば、2年程前にこのお地蔵様はテレビで紹介されて有名になったらしい。
 色んな紹介文が書かれているが、そのどれもに共通している事。それは――
『このお地蔵様は、親より先に世を去った幼い子供の魂を救ってくれる』という事。
 元々お地蔵様とはそんな意味を持った物らしいのだけれど、高名な霊能力者と呼ばれる人の何人もが、この
お地蔵様は特にその力が強い等と力説している。
 言われてみると、お供え物の多くは幼児向けのカラフルなおもちゃだった。
 ……何故だろう、少し前にそんな話を聞いた様な気が?
 思い出されるのは街灯の明かりの下、自虐気な顔で見下ろす森さんの顔。そして、
「実は下の子を保育所に引き取りに行かなければいかないんだが、買い物がまだなんだ」
 飾り気の無い私服で、偶然出会った森さんの冗談。
 辿り着いた推論は、神人との戦いで疲れ切っていた体に緊張を走らせる。
 ……あれは、もしかして冗談ではなかった?
 考えて見れば、あの場所での最後の発言は違う取り方もできるじゃないか。
「さっき私が言った言葉の中で一つだけ本当の事がある」
 その後に続けて、暇だったら手を貸して欲しいと森さんは言ったけれど、本当の事とはその事だったんだ
ろうか? それとも、もっと前の……。
 非情なまでに任務に徹する彼女が、神人退治という機関における最優先事項を遅らせてまであの場所に
拘ったという事実。それが意味する事は……。

 


 すみません! 遅くなりました。
「顔色悪いぞ」
「顔色悪いわよ?」
「顔色が悪いですよ?」
「……」
 放課後の部室に入った瞬間、僕に投げかけられる3つの言葉と4人の視線。
 思わずたじろぎつつ、自分の顔に手を当ててみると自分の頬は妙に熱っぽく感じる。
 そ、そんなに酷いですか?
 聞き返す僕に、彼は部室に置かれたスタンドミラーを指差す。
「いいから鏡を見てみろ。今のお前より死人の方が余程健康的に見える」
 言われるままに鏡の前に立つと――なるほど、言いえて妙です。
 そこには青白く疲れ切った顔に、よわよわしい笑顔の様な物を浮かべた自分が写っていた。
「古泉君、今日はもう帰った方がいいんじゃない?」
 え、あ大丈夫です。
「悪いが、どう見ても大丈夫には見えん」
「そうですよ、無理しちゃ体に良くないです」
「……」
 心配そうな視線の束に思わず後ずさると、足もとにあったスタンドミラーの角にぶつかってよろけてしまう。
「みくるちゃん。悪いけど古泉君をお家まで送って行ってくれる?」
 そんな僕を見て、涼宮さんはすぐさま指示を飛ばし始めた。
「おいハルヒ、なんで朝比奈さんなんだ? 俺でいいだろうが」
「あんたよりみくるちゃんの方がナース服が似合うじゃない」
「お前のその台詞のどこに説得力があるんだ」
 あの、なんだか意識がぼーっとしてきてしまったんですが……。

 


 結局、涼宮さんに押し切られる形で朝比奈さんに付き添ってもらう事になりました。
 すみません、付き合わせてしまって。
「いえ、いいんです。昨日は大変だったんでしょ?」
 言葉と共に送られる意味深な視線。
 ……ああ、なるほど。彼女も閉鎖空間を感知できるんでしたね。
 体調不良の原因を理解してもらえている、そう考えると少し気が楽になります。
 もっとも、今日はそれだけではないんですが。
「それに。涼宮さん、今日はなんだかキョン君とふたりっきりでお話ししたかったみたい」
 困った様な顔で笑う彼女は、僕の顔を見ながら続ける。
「……涼宮さん。最近、キョン君が長門さんと仲がいい事に気づいてるんです。でも、キョン君にも長門さんにも
その事を聞けなくていらいらしてるみたい。でも、古泉君の事を心配してるのも本当の気持ちだと思います」
 彼女の言葉は、言われてみると確かに心当たりがある事でした。
 周りに流されるように見えていた彼女が、実は一番周りの事を見ていたのかもしれない。
 朝比奈さん。
「はい?」
 一つ、聞いてもいいですか。
「ええ、どうぞ」
 辛い事が過去にあり、その事を人には言わないまま引きずっていた人が居たとします。その過去に、朝比奈さんが
気づいてしまったら……貴女は気づいた事を打ち明けますか?
「わたしなら、言います。その辛い過去がどんな事かわからないけど、過去の出来事を思い出にする為にはその方が
いいと思うから」
 自分の言葉を噛み締めるように、何度も小さく肯く。
「辛い過去を引きずるって凄く大変な事だと思います。それが出来るのは、本当に強い人だけ。だけど、強い人でも
たまには誰かに頼りたいと思う事って、あるんですよ?」
 何かを思い出しているのだろうか、言い終えた朝比奈さんは視線を僕から外しどこか遠くを見ている。
 この時代ではない程に遠い場所を。
 その時、普段は幼く見えていた彼女が僕の目にはとても大人びた女性に見えました。

 


 部屋まで送りますよ? と最後まで言ってくれた朝比奈さんに丁重にお礼を言ってと別れ、自分の部屋に戻って
ようやく体は限界だったのだと気づきました。
 着替えるだけの力もなく、なんとかベットの上に倒れこんでそのまま目を閉じる。
 だめだ、もう今日は起きられそうにない。
 薄れていく意識の中でおぼろげなイメージが浮かんでは消えていく……。
 部室で最後に見た心配そうないくつもの顔、帰り道で見た朝比奈さんの大人びた表情、寂しげな顔で俯く森さんの
顔……。
 お願いです、そんな寂しい顔をしないでください。
 消えそうな意識の中でその顔へと手を伸ばすと、冷たい誰かの手が僕の手を握り返した。
「起きたか」
 頭上から聞こえる静かな声と、僅かに安心したように見える表情。
 これは夢――じゃない?
「ここ数日、無理をさせ過ぎたようだ。すまない」
 ベットに横に座って小さく頭を下げているのは、以前一緒にでかけたあの人同じ服を着た森さんの姿だった。
 どうしてここに?
 彼女がここに来るという事は、つまり
「3時間前に閉鎖空間が発生した。何故かお前に連絡が取れなかったから私が確認に来た」
 やっぱり!
 驚いて枕元を探ると、そこには着信を示すマークが点灯した携帯があった。
 ……3時間前、という事は既に閉鎖空間は対応済みなのでしょう。そうでなければ、彼女が僕を叩き起こさなかった
理由が説明できない。
 すみません、迷惑をかけてしまって。
「私生活にまでは立ち入ってはいないとはいえ、お前の体調管理も私の仕事だ。もし、家事や身の回りの事で人手が
要るなら申請しろ。見知った者に家の中に入られたくないのなら、外部の人間を手配する事もできる」
 いえ、そんな。大丈夫です。
「古泉。お前は大丈夫だと言い過ぎだ」
 え。
 否定された事などよりも、森さんの言葉に感情が籠っていた事に驚いた。
「少しは人を頼る。いや、使う事も覚えろ。それはお前にとって、いずれ必要になる能力だ」
 貴女は……森さんは、人を頼る事はあるんですか?
「私か」
 はい。
 彼女はいつかのように、諭すような顔で首を振ってみせる。
「所詮、私一人でできる事など多くはない。呆れるほど多くの人の手を借りてようやく生きている。それが、私だ」
 森さん。
「ん」
 今の僕でも、人から話を聞くくらいの事はできます。
「古泉、何の事を言っているんだ?」
 僕でよければ教えてください。昨日の夜、森さんが神人との戦いを遅らせてまであの場所に立ち寄った理由を。
「……」
 お願いします。
 僕は、貴女の寂しい顔を見たくないんです。
 僅かに浮かんでいた困惑気な表情が消え、
「……2年前の事だ。私は罪を犯した」
 静かに、森さんは語り始めた。
「その罪を償うつもりで自分なりに努力してきたつもりだったが、いつになっても気は晴れない。そもそも、償う
等と考える事が自惚れているのだろう」
 自分の指と指を触れあわせながら、伏せ目がちに彼女は続ける。
「私は自分の罪に向き合っていこうと思った。だが、それは許されない自分から逃げているだけだったのかもしれ
ない。……不思議だな、一生誰にも言わないつもりでいたのにこんなにも簡単に話してしまっている。本当は、
誰かに聞いて欲しくて仕方なかったのかもな……喋りすぎたか、すまん」
 最後に謝った時、彼女は笑っていた。
 それはとても小さな笑みだったけれど、それは僕の中にあった辛いものを消してくれる……そんな笑みでした。
 いくらでも聞きます。
 僕の言葉に、困ったような顔をし
「これ以上先を聞けば、お前も辛くなるかもしれないぞ」
 森さんは、そう前置く
 構いません。
 言い切る僕の言葉に、軽く咳払いをしてから――
「……そうか。2年程前の事だ。あの日、例の地蔵がある場所の近くを私は車で通っていた。その時、急に猫が
飛び出してきてな。急ハンドルを切ってなんとか猫は無事だったんだが、代わりに道路脇にあった地蔵を壊して
しまったんだ」
 ――えっ?
「修理しようにも真っ二つになってしまっていてそれもできず、仕方ないから適当な石を買ってそれらしく見える
様に彫って戻しておいたんだが――やはり、地元の人にはわかるのだろうな。あの場所に並んでいた供え物は、
きっと以前置かれていた地蔵に対する供養の……どうした、古泉。何故笑いだすんだ? 古泉?」

 


 「お地蔵さん」 終わり

 

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