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 「誓い」より

 

 

 え? ……わ、私がオープニングトークするんですか? 
 テーマは規定事項についてって、これって禁則――あ、はい……わかりました。
 あ、あの。この世界で起きている出来事は、その全てが規定事項ではないんです。
 時間の流れには、私にもよくわからないんですけど……その、揺らぎがあって、だから私はここに居る事ができ、みんなとお話しする事も
できて。その、なんていうか隙間みたいな物が……あ! でも、だからって歴史を変えてしまったりとかそんな事はできなくて、その……
えっと。できないんです。 
 規定事項と私達が呼んでいるのは、そんな絶対に変える事が出来ない事だけ。
 どんなに過去に遡っても、どんなに未来へ進んでもそれは変えられない事。
 もしも……涼宮さんがそれを望んだとしても。

 


 「就職活動」

 


 昨日の放課後に続いて、今日も部室は静けさに包まれていた。
 沈黙の理由は二つ、一つはハルヒが掃除当番でまだ部室に来ていない事、まあこれが一番大きな理由だな。
 もう一つは……だ。
 俺と古泉の間に置かれたテーブルの上にはチェス盤があり、それを見つめる視線はみっつ。
 対局者である俺と古泉、そして
「……」
 最後の一人は長門ではなく、沈黙を守る朝比奈さんだったりする。ちなみに長門は窓際で読書中だ。
 俺は数分間の長考を終えて、敵陣にナイトを送り出す。我ながら会心の一手だ、これで詰めなかったら後がない……そう、俺はゲームで
初めて古泉に追い詰められていたのだ。 
 今日の古泉は心ここにあらずといった感じで、序盤は俺が優位でゲームは進んでいた。正直に言おう、だからと言って俺が手を抜いた訳
ではない。むしろいつも通りに手加減無しだったつもりだ。
 しかしいつの間にか戦局は古泉有利に進んでいき、俺は全力でそれを阻止しようとしているがなんともならないでいる。
 古泉の手が迷うことなくビショップに伸び、そして俺の陣地の奥深くに飛び込んできやがった。
 ええい、いい手じゃねーか。
 1・2・3……だめだ。俺には攻めきるだけの戦力は無いし、残り4手で詰まれる。
 無能な指揮官を許してくれよ? 俺はぎりぎりの状況まで攻め込んだ痕跡を残す為、最前線で戦っていたルークに無謀な突撃を命じた。
 成長したな、古泉。
 俺の言葉に古泉は顔を上げ、俺と朝比奈さんの顔を交互に見た後
「……どうやらここまでの様ですね、降参です」
「え?」
 は?
 俺より早く朝比奈さんが声をあげていた。
 あっさりと両手を上げて降参する古泉。っておい、よく見ろよ?
 俺に指摘されて古泉は盤へと視線を戻す、
「あ、中々いい試合でしたね。次こそは貴方に勝てるかもしれません」
 そうじゃねーよ。
「あの、古泉君。これってビショップでこの駒を取れば」
 俺の想像していたのと同じ動きで朝比奈さんが駒を動かしていく、それにあわせて俺は自分のキングを逃がしていくが、チェックをかけ
られ続けた俺のキングはあえなくポーンの前に炙り出されてしまった。
 よかったな、キング。朝比奈さんの手で倒されるなんて最高のエンディングだぞ。
 俺の小さな拍手に照れながら、朝比奈さんは定位置になっているポットの前へと戻っていった。
「これは驚きです、まさかこんな手があったなんて」
 ……素で驚くお前には悪いが、朝比奈さんがすぐにわかっただけあって今のは誰にでもすぐにわかる手順だったぞ。
 無残に倒れた乳白色のキングを古泉の目の前に置いてやる。
 なあ古泉、お前が普段負け続けてるのはわざとなのか?
「まさか、そんな事はありませんよ」
 お前はそう言うけどな、今日のお前の力を見る限りそうとしか思えないんだよ。
 古泉、別にそれが本当だったとしても怒ったりはしないぜ? どうせ機関とか色々面倒な事情があっての事なんだろ。むしろ何も考え
ずにプレイできない状況に同情してやるくらいだ。
「いえ、本当にいつも本気で勝負しているつもりなんですが」
 まあいいさ、そういう事にしておいてやるよ。
 俺は弁解を続ける超能力者を無視しつつ、敗者の定め――駒と盤の片づけに取りかかった。
 それにしても、ハルヒの奴は遅いな。
 主が不在の団長席は、いつもより少しだけ寂しげに見えなくもない。
 団長席の隣、窓際に座っている長門が目に入るが――夕方の日差しが暖かいんだろうな、いつもの様に無言だったから読書をしているの
かと思えば、長門は目を閉じて僅かに体を揺らしながら眠っている様だった。
 これは数か月前までは考えられなかった事なのだが、最近では結構よく見る光景だったりする。
 そんな長門にカーディガンをかけてあげているのは以前は長門に恐怖心を持っていた朝比奈さんで、そんな二人の微笑ましい光景を眺め
るのは俺の仕事で間違いない。この仕事を一生涯やり遂げたいと心から思える、まさに天職だろう。
 この職業に就くためにはどんな就職活動をすればいいのか? ハローワークにいけばいいのか? 半ば本気でその方法を考え始めた時、
「ずいぶんと楽しそうですね」
 そんな俺に突っ込みを入れるのがお前の仕事なんだろうな。ったく。
「長門さんや朝比奈さんの変化は僕にとっても喜ばしいものです。もちろん貴方についても」
 そうかい、ついでに言えばお前も変わってきたと俺は思うぜ。ついでにハルヒもな。 
 俺がハルヒの事を言ったせいなのか、それとも自分の事を言われたせいなのか……古泉の表情が露骨に固まる。
 そして流れる不自然な沈黙。さて、これはいったい何なんだろう? 何か隠し事でもあるのかね。
 なあ古泉、最近は例のアルバイトは忙しいのか?
「いえ。おかげさまでここ最近は殆ど出番がありません」
 って事はちょっとはあるって事なのか。
 再び古泉の顔が固まる。
 ……俺の認識で言えば、だ。こいつは自分の感情を隠すのがやけに上手なはずだ。
 だが今日の様子をみると何かおかしい。俺の言葉にやけに動揺したり、突っ込みを待っている様な無意味な沈黙をつくりまくっている。
 今の話だって、明け方の夢でもハルヒは閉鎖空間を作るとか言ってたから、完璧にゼロって訳にはいかないんだろうなと俺は言おうと思
ってたんだぜ? これじゃあまるで、閉鎖空間に関係する事で困ってるとしか思えないじゃないか。
 なあ古泉、何か相談したい事があるんじゃないのか?
「え? あ、いやそんな事は」
 その返事のニュアンスすら、いつもと違ってるぞ。
「古泉君どうかしたんですか?」
 雰囲気を察してか、朝比奈さんも古泉に気遣う様な視線を向けている。
 俺と朝比奈さんの視線を前に、古泉はいつもの愛想のいいセールスマンの様な受け答えも忘れて狼狽していた。
 なあ、本当に何か「古泉君! 居る?」
 扉を無遠慮に開けるでかい音と、それ以上にでかい声が部室に飛び込んできやがった。
 俺が騒音の主へと視線を向けようとすると、入口から勢いよく伸びてきた手が古泉の腕を掴んで勢いよく戻っていく。
「す、涼宮さん? あの、せめて体制を!」
 なるほど、普段の俺ってあんな感じに引っ張られてるんだな。
 どう考えても自重よりも重いはずの古泉を引きずりつつ、
「古泉君借りていくから! 今日はこれで解散!」
 宣誓するように片手を伸ばして、どうしようもなく笑顔のハルヒは言いきった。バタン!
 ……これで解散も何も、お前は今顔を出した所ではじまってすらいないだろうが。
 古泉が連れ去られた扉を俺と朝比奈さんが見つめる中、窓際では騒ぎの音で目を覚ました長門が肩だけでそっと背伸びをしていた。
 さて、こんな状況において俺達が取るべき行動といえば……
 帰りますか。
 俺の経験談で言えば、ハルヒが何か企んでいる時にできる最良の選択は、対策を練る事ではなく休息を取っておくことなのさ。
「はい」
 俺は着替えをする朝比奈さんを残して部室を後にした。お、長門。お前も今日は帰るのが早いんだな。
「話しておきたい事がある」
 そうか、とりあえず寝ぐせは直した方がいいと思うぞ。それはそれでいいとは思うが。
 俺の指摘に数秒固まった後、長門は無表情のまま両手で自分の髪を隠してしまった。
 ええいくそう、可愛いじゃねーか。
「貴方に伝えておきたい。私の事」
 お前の事か。
「そう」
 ふむ、珍しいな。
 寝ぐせを両手で隠したまま、真面目な顔で長門は続ける。
「私は有機生命体とコンタクトする為に作られたヒューマノイドインターフェース」
 なんか懐かしい感じがするな、それ。
「だった」
 いきなり過去形かよ?
「涼宮ハルヒと出会ってから、私の能力は減少を続けていた。原因は、彼女が私にそうあって欲しいと望んでいたからだと推測される。
現在の私は文字通り純粋な意味で、あなたのような大多数の人間と同じと言える」
 あいつが宇宙人が居て欲しいって願ってお前を見つけたのに、見つかったら普通の女の子になって欲しいって願われたせいでそうなって
しまったって事か?
「恐らく、そう」
 ……希少種のペットを密輸入しておいて、自然の方がいいだろうってその辺の山に逃がしてしまう理不尽な飼い主みたいな奴だな。
「昨日の夜の通信を最後に、統合思念体との連絡も取れなくなった。最後の通信の内容は、このまま涼宮ハルヒの傍に居る事」
 それだけか?
「そう」
 この銀河を統括とか偉そうな肩書きの割には適当な奴だな。
 ある意味、迷惑レベルではハルヒと同レベルかもしれん。
「現在、涼宮ハルヒの観察は喜緑江美里が行っている。もしも何かが起きたら私を通じてか彼女に直接連絡してほしい」
 わかったよ。……ところで長門、ひとつ疑問なんだが。
「何」
 お前、日常生活ってできるのか?
 あの殺風景な部屋の中で、制服にアイロンをかけたり黙々と自炊する長門の姿ってのはどうしても想像できそうにない。
「……」
 計量カップを片手に今入れたお米は何合目だったろうか? と考えている様な目が俺を見ている。
 つまりあれだ、ちゃんとご飯とか食べてるか?
「食べてる」
 そうか。ちなみに昨日の夕食は?
 俺に聞かれて、長門は思案するように上を見上げる。ちなみに両手はまだ頭に置かれたままだ。
 さらに言えば寝ぐせの部分は隠せていない、指摘はしないが。
「カレー」
 一昨日は?
「カレー」
 ……ここ数日、カレー以外の食事を食べた事は?
「ない」
 即答。そうか、わかった。
「あ、待っててくれたんですか?」
 着替えを終えた朝比奈さんが部室を出てきた所で、俺は妙案を思い付いた。
 朝比奈さん。今晩、お暇ですか?

 


 ――――

 


 お、また古泉と語り手の交代か。

 


 ――――

 


 ファミリーレストランの抗菌コートで包まれたテーブルの上――。
 時折、思い出すように手を止める事はあるものの、殆ど迷い無く紙ナプキンに書き綴られていく文字。
 テーブルに伏せるようにして手元を隠す涼宮さんのペンが書き綴っているのは……さて、いったいどんな内容なんでしょうね。
 僕の視線に気づいたらしく一瞬顔を上げたものの、涼宮さんの手元は隠れたままで
「ちょっと待っててね?」
 はい。
 いくらでも待ちますよ――ただ、注文しないまま居座っているので、少し店員さんの視線が気になりますけどね。
 僕としても、ゆっくりと考える時間が欲しかった所です。
 何故、昨日涼宮さんと僕が図書館に居た時に発生した閉鎖空間が自然消滅したのかを、ね。
 その答え次第では僕達の様な超能力者も、機関すらも必要無くなるかもしれません。
 神人の消滅以外の方法で閉鎖空間を消す方法、あの時は思い当たりませんでしたがそれは過去に一度だけあった事。
 ただ、それは機関の人間にはできない事のはずなんです。
 鍵である「彼」にしか。
 放課後の部室から連れてこられたファミレスの中、注文せずに待つように言われて十数分後――。
 ペンを置き、満足げな顔をして
「お待たせ! さあ古泉君、注文して?」
 涼宮さんは、そう笑顔で言った。
 え? あ、はい。
 ……平常心平常心、涼宮さんの行動に規則性を求めるのは無謀な事ですよね。
 考え事は後にしましょう、答えがでない問題な気もしますし。そう、昨日の事は偶然だったとすればそれが一番気楽です。
 すみません、注文を――えっと、ミックスピザとオレンジジュース、食後に紫芋のモンブランをお願いします。
「かしこまりました、そちらのお客様は「いらないわ」
 笑顔で言い切られた店員は困った顔で数秒硬直したが――「ご注文がありましたらそちらのボタンでお呼びください」
 そこはプロなのだろう、最後は教科書通りの台詞と笑顔で去って行った。
 店員の姿が厨房に消えるのを確認した後、
「ねえ、古泉君」
 はい。
「……宇宙人って、居ると思う?」
 真剣な顔で彼女はそう聞いてきた。
 そうですね。居るんじゃないでしょうか? それらしい証拠や証言も全国にあるようですし、架空の物だと言い切る方が無理が
ある。個人的には思います。
 機関の心配症もたまには役に立ちますね。この質問は彼女からされる可能性があるとして、事前に練習済みです。
「じゃあ未来人は?」
 過去の人間から見れば僕らは未来人という事になります、いずれ文明が進歩し、時間移動をする事が可能な時代が来れば未来人の
存在も矛盾した物ではなくなるでしょう。
 宇宙人、未来人とくれば続くのは……
「それじゃあ……超能力者! これはどう?」
 どんな能力を超能力と定義すればいいのか僕にはわかりません。ですが、僕から見て凄い人は大勢いますので、それらも含めて
いいのなら誰でも超能力者になれる可能性がある。そんな所でしょうか。
 やれやれ、空で言えるようになるまで練習した甲斐がありました。
 僕の返答に、涼宮さんはゆっくりと肯いた。
「……ありがとう」
 どうしたんですか? 急にこんな話題をするなんて。それにこのファミレスに入ってからの行動といい、何か意味があるんでしょう?
 そろそろ教えてほしい。というよりも、そろそろ貴女がネタばらしをしたい頃合いだと思うのですが。
「ねえ古泉君、お願いだから驚かないでね?」
 努力します。
 僕の返事を聞いて、周りをさっと見渡した後
「実はね? 超能力者が今このファミレスに居るのよ!」
 周りの空気が、異質な何かに変わった気がした。
 動揺してはいけない、何か喋らなければ。
 ……そ、そうなんですか。
 いつになく嬉しそうな涼宮さんは、さっきまで何かを書いていた紙ナプキンを僕の目の前に広げた。
「これ、読んでみて」
 死刑宣告書でも読むような気持ちでその紙を見てみると……
 ――古泉君はミックスピザとオレンジジュースと紫芋のモンブラン(食後)を注文する
 ――宇宙人は証拠や証言があるから居る
 ――未来人はいずれ文明が発達すれば存在するようになる
 ――超能力者には誰でもなることができる可能性がある
 その文字を読み終えて心から思いました、偶然であって欲しいと。
 最後まで読み終えた時、僕はどんな顔をしていたんでしょうね。あまりのショックにこの時の事はよく覚えていません。
 ただ、顔を上げた時に見えた涼宮さんの楽しそうな顔だけは何故か鮮明に覚えています。
「古泉君。あたし、超能力者だったみたい。それと、ここのモンブランはいまいちなのよね」
 肩肘をついて微笑む涼宮さんを、演技をする事も忘れてた僕はただ見つめる事しかできませんでした。

 

 

 「就職活動」 終わり 

 

 「台風」へ続く

 

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