七 章






lustration:どこここ

 



 
「お二人様、そろそろ披露宴会場に到着します」
俺と長門は寝ぼけ眼をして、よだれが垂れた口元を拭きつつ起き上がった。シートがふかふかであんまり気持ちがいいので二人とも眠っていたらしい。新川さんが気を利かせて景色のいいところを通ってくれてたようなのだがあいにくと夢すら見ていない。窓の外はそろそろ暮れはじめ夕日が差していた。
「ここどこですか」
「海岸沿いのリゾートホテルです」
リムジンは超高層ホテルのロータリーに止まっていた。ドアを開けて降りると潮のにおいがする。地理的には中央図書館から十五分くらいのところにあるらしい。
 
 俺は花嫁衣裳のままの長門の手を取って車から降ろした。制服を着たドアボーイが胸に手を当てて深々とお辞儀をして俺たちを案内してくれた。長門は裾を引きずらないようにスカートをちまっとつかみ、いそいそと歩く。
 ガラス張りのエレベータで最上階まで上った。そこはレストランになっていて俺たちの名前で貸切の札が立ててあった。まわりの海が一目で見渡せるいい場所だ。休日にこんな高級ホテルのワンフロアを借り切るなんてふつーは無理だが、こりゃ古泉の手配だな。
 
 俺たちが車の中でうたた寝していた間に客はもう集まっているらしく、入り口の受付前には人だかりができていた。メイドドレス姿の朝比奈さんが出迎えてくれた。
「キョンくん、有希さん、お待ちしてましたよ」
デジタルカメラでパシャパシャと写真を撮られ、プリンタから出来上がったばかりの写真がにゅるりと吐き出されている。
「写真ができたらウエルカムボードに貼っておきますね」
そのウエルカムボードとやらは読んで字のごとく披露宴の看板のようなもので、畳二枚分はありそうなパネルに二人の等身大イラストが描いてあった。二人だけじゃなくてハルヒも朝比奈さんもなぜか古泉も描いてあるんだが、昔自主制作映画のときに作ったでかいポスターに似てるな。その上に朝比奈さんが撮ったらしい招待客の写真がペタペタとピンで刺してあった。ボードの上には“二人の愛のステージ造りはお任せを!── 株式会社SOS団ブライダル事業部”とでかでかと書かれている。商魂たくましすぎるぞヲイ。
 
「みなさん、お二人が到着なさいましたよ」
朝比奈さんがファンファーレのようにさえずると拍手が沸いた。受付のテーブルからブライドメイドの喜緑さんがやってきて俺と長門の手を取った。
「さあ急いで、涼宮さんがお待ちですわ」
当然ながらリハーサルもなくハルヒからは披露宴のプログラムも知らされていないんだが、いったいなにをさせられるんだろうね。
 
「おっそいじゃないのよキョン!」
「いやあスマンスマン、車の中でうたた寝してたんだ」
控え室に入るなりネクタイを引っ張られてゴムがびょーんと伸びた。残念だったな、これは長門にプレゼントされたインスタントネクタイなんだよ。
「キョン、有希、さっそく着替えてもらうわよ」
また着せ替え人形ごっこがはじまったな。ハルヒが用意してきた衣装とやらは黒一色の……、なにこれ紋付ハカマ?
「江戸時代じゃあるまいしこんなん着ろってのか」
「文句言わないの。日本では古来よりこれが正装なんだから」
いやまあ正装なのは分かるが、背中にあるマークがうちの家紋と違うのはなんでだ。いや待て、俺がこれなら長門はどうなるんだ。
「先に有希の着付けやってるから、あんたはそっちで着替えなさい」
「俺ハカマの着方とか知らんぞ」
「いいから適当にやんなさい。後で手伝うから」
 
 しぶしぶ間仕切りカーテンの向こうに隠れてモーニングを脱いだのだが、帯のセットの中に妙な布切れが混ざっているのに気がついた。そのブツがなんなのか理解した俺は顔を赤くして、
「おいハルヒ、お前俺にフンドシを締めろってのか」
「あったりまえでしょ、日本男児がフンドシを締められなくてどうすんのよ」
いや、日本とか国籍とかそういう問題じゃ。
「コスプレは見えないところが肝心なのよ。なんなら古泉くん呼ぼうか?着付けくらいやれると思うけど」
それだけはやめてくれ、俺ひとりでなんとかする。古泉にフンドシの締め方を教わるなんざ日本が鎖国してブリーフとトランクス禁止令が出てもやなこった。
 
 相撲取りが巻いているマワシみたいな六尺とは違って、一反木綿に紐がついたような越中フンドシらしいのだが、へそのところで結んで後ろに垂れた布を前に回して垂らすだけの簡単なものだった。よく見りゃフンドシが入っていた袋にイラスト入りで締め方を書いてある。腰紐をキリリと締め上げると、うむ、なんとなく気持ちまで引き締まった気がするぞ。
 
 日本の古式ゆかしい下着と白足袋まではいいんだがその先はちょっと無理難題だった。
「おーいハルヒ、これどうやって着るんだ」
カーテンの向こう側で長門が着替えてるらしいので覗くわけにはいかんのだが、肌襦袢だか長襦袢だか麻布十番だか知らんが着る順番すら分からない。
「ったくもう、あんたそれでも日本男児なの!?」
「んなこと言ったって百年も前の衣装を俺に自分で着ろってほうが無理だぞ」
「百年じゃないわよ、戦後しばらくまで和服のほうが多かったんだから」
お前はいつの生まれだと突っ込もうとしたのだが、ハルヒは電話をかけて鶴屋さんを呼び出しているようだった。俺たちの知り合いで着付けができるとしたら鶴屋さんくらいなもんか。
 
 ドアが開いてメイド姿の鶴屋さんが飛び込んできた。
「はいよー、着付けインストラクターの登場だよ」
「受付が忙しいのにごめんね鶴ちゃん、キョンがどうしてもひとりで着られないって」
「いいっさぁ、あたしにお任せ」
俺はフンドシ姿を見られそうになって衝立の陰に隠れた。
「さあさあ、恥ずかしがってないでさっさと済ませるよ」
「あ、あの鶴屋さん、俺今パン……フンドシ一丁なんですが」
「心配御無用、そんなもんは見慣れてるさあ」
見慣れてるって言われても俺にも羞恥心というものが。っていうか鶴屋さん、なぜにあなたは男の着付けをご存知なのでしょう。
「は、はあ。お手柔らかにお願いします」
「なかなかいいお尻してるじゃないかね、キョンくん」
鶴屋さんに俺の青っ白い尻をぺしっと叩かれるとなぜか気も心も尻も引き締まった。
 
 シャツの代わりに肌襦袢とやらを着てその上に長襦袢を着る。やや暑苦しい気はするんだが、着物を汚さないための古代人の知恵だそうだ。その上から本当の着物である長着を着る。
 
 普通の和服の場合はこのまま帯を締めるんだが、ハカマを履くときは長着の後ろを上げて腰の紐に挟んで止めておく。これをしないと刀を振り回して走れないからな。時代劇でチャンバラをやる侍を見たことがあると思うが、あれはハカマだからできるんであって普通の着物だと裾が足にまとわりついてとても無理らしい。和服の女の人が小股でしか走れないのと同じだ。
 
 そこでやっと帯を締めてギャザースカートみたいなハカマを履かせられる。前を先に止めて後ろで紐を結び、台形みたいな形の袴板を腰に当てて前で紐を結ぶ。黒の羽織を着て羽織紐を止めると、どんな男でもキリリと締まった純日本男児コスプレの出来上がり。
 
 鏡の前で扇子をパラリと開いてみたが、日本舞踊なんか踊ってしまいそうな雰囲気だ。
「いよっ、なかなか似合うじゃないか色男」
「ありがとうございます。日本に生まれてよかったと思えることで数少ないうちのひとつですね」
「ハルにゃん、ちょっと見てみなよ。めがっさ日本男児だねぇ、どうにょろ」
「へー、馬子にも衣装とはよく言ったものね」ハルヒがカーテンを開けて顔を覗かせた。
「っておい、なんでお前まで着物なんだ。さっきまで神父コスプレだっただろ」
「媒酌人が神父コスなんてネタでしかないでしょ」
忘れていたが、そうだったな。披露宴の席では俺と長門、その両脇に古泉とハルヒが座ることになるわけだ。
 
「そろそろ時間ね。さあ、お披露目に行くわよ」
「せめて長門とご対面させてくれ」
「ふふっ、見て驚くな」
ガラガラと重いカーテンを開けて現れた長門の姿は、なんというかこう……。
「スマン、眩しくて見えない」
「しっかり目んたまを開いて鑑賞しなさい」
その白無垢に包まれた長門の姿を見て、俺と鶴屋さんは大きくため息をついた。そのまま数秒間固まっていた。白い被り物の下に少しだけうつむいた長門の艶やかな赤い唇が見え、着物には鶴が羽ばたく柄が浮かび上がって神々しいまでに輝いている。なんだか目が潤んでくるんだが気のせいか。
「なにか言いなさいよキョン」
「なんというか……きれいだ。この世のものとは思えないくらい」
「はぁ……」
鶴屋さんはため息しか出ないようだった。
 
 会場の入り口まで連れてこられると部長氏が待っていた。タキシードのままヘッドセットをつけ、マイクに向かってボソボソと話している。進行役でも任されたのか。
「社長、もうすぐオープニングだ」
「お役目ごくろうさん。キョンと有希は合図があるまでここで待ってなさい」
俺たちを残してハルヒと鶴屋さんはさっさと中に入った。部長氏は長門をまじまじと眺め、
「副社長、晴れ姿がとてもお美しいです」
「……ありがとう」
「俺の羽織ハカマはどうです、自分でもなかなかキマってると思うんですが」
「キミはまあ、それなりに似合ってるね」
生涯に一度なんだからそう率直過ぎるよりもっと褒めてくれてもいいんだが、まあ披露宴の主役は花嫁だからな。
「開演三分前。二人とも準備はいいかな」
「OKです」
「……いつでも」
「新郎新婦スタンバイ」
部長氏のGOサインでドアを開けて中に入ると部屋の中はカーテンが閉められ真っ暗で、唯一のスポットライトが俺たちを照らし出した。長門の衣装が白く浮かび上がった。
 新郎新婦の入場です、みたいなアナウンスが流れるのかと思ったがなにもなく、ドドンドドンという腹の底から響くような音がホールに響いた。なんだありゃ和太鼓か。祭りとか踊りのリズムじゃなくて、相撲とか和風のイベントのオープニングで鳴らされるようなドンドコドンドコと鳴り響く大太鼓だった。招待客の拍手の中、俺は長門の手を取って床に敷かれた花道の上を進んだ。
 
 ステージの前まで来ると舞台黒子のように椅子の陰に隠れた国木田が、そこで止まってと合図した。もうひとつのライトがともり、ステージの上に羽織ハカマを着た古泉が浮かび上がった。
 
 太鼓の音がやむと古泉がパラリと扇子を開き、唸るような低い声で呪文のようななにかを唱え始めた。呪文じゃなくてええと、そうそうタカサゴだ。いつだったか長門も唱えていたような気がするが。
 
   高砂や この浦舟に帆を上げて この浦舟に帆を上げて
   月もろともに出で潮の 波の淡路の島影や 遠く鳴尾の沖過ぎて
   はや住吉に着きにけり はや住吉に着きにけり
 
暗闇の中に滔々と古泉の謡が流れた。あいつがマイクなしであれだけの声量を出せるとは知らなかったな。にしてもこいつの羽織ハカマ、俺が着るのとは雰囲気も風格も違うんだが同じもんのはずだよな。
 
 謡が終わってパチリと扇子をたたみ、古泉が深々とお辞儀をすると嵐のような拍手喝采だった。歌詞の意味はいまいち分からんのだが雰囲気だけはインパクトあったな。部屋全体の照明がともると、どっから借りてきたのかステージの上に本物の大太鼓が据えてあった。留袖の着物の袂を捲り上げてタスキをかけてるが、ま、まさかハルヒが自分で叩いてたのか。
 
 ここは本当はレストランなのだが大きめの丸テーブルをいくつも置いて客席にしていた。いちばん奥には新郎新婦と媒酌人が座る横長のテーブルがあり、客席には五人掛けくらいのテーブルがぽつぽつと間を空けて置かれている。
 
 花で盛り付けられている新郎新婦のテーブルに案内され、古泉とハルヒに挟まれるようにして俺たち二人が座る。さっきの大太鼓と謡の印象が強かったようで招待客があれこれと感想を言い合っていた。ハルヒと古泉が椅子から立ちグラスをスプーンで叩くと静かになった。
「媒酌人といたしまして、ご挨拶申し上げます」
ハルヒはヘッドセットのマイクを使って話し始めた。着物にその姿はミスマッチすぎないか。
「この度、キョンと有希の挙式が滞りなく行われたことを大変喜ばしく思っております。わたくし涼宮ハルヒは二人が勤務する職場の上司として、この契りを見届ける機会に預かることができ歓喜の至りです」
ふつう挨拶は男のほうがやるもんだが、まあこれもハルヒ流か。それから親族とか二人の経歴なんかを軽くおさらいしていた。
「どうぞ皆様におかれましても、この新しき門出に暖かいご声援を賜わりますようよろしくお願い申し上げます。本日はご多用中のところ、ご光来賜りまことにありがとうございました」
後で聞いたのだがこの舌を噛みそうなセリフは全部アドリブだったらしい。
 
 ステージにライトがともりこれから漫才でもやるのかという野郎がマイクを握って現れた。
「それでは、本日ベストマンの役を賜りましたわたくし谷口が乾杯の音頭をとらせていただきます!」
やたらはりきってんな谷口。場違いな白タキシードが役に立ったじゃないか。客席にシャンペンとビールと枡酒とオレンジジュースが行き渡ったところで谷口がグラスを掲げた。
「キョンに有希さん、結婚おめでとう。キョン、お前とは長い付き合いだがまさか先を越されるとは思わなかったぜ。俺の代わりに有希さんを幸せにしてやってくれい。では、ご両家のますますのご繁栄と、新婦の末永い幸せを願いまして、乾杯!」
俺は招待客に向かって深く頭を下げた。新郎が抜けてるぞヲイ。
「ちなみにわたくし谷口は、キョンと同じ歳でありながら未だ独身であります」
客席がドッと沸いた。どうでもいい宣伝してんじゃねえ。
 
 今回はバイキング形式らしく客の丸いテーブルにはドリンク類しか並んでいない。まあ配膳の手間が省けていいだろう。客が席を立って、和洋中華の色とりどりに並んだテーブルで料理を物色している。長門はそっちが気になるようでチラチラとテーブルのほうを見ているが、花嫁は披露宴では食ったり飲んだりしないもんだから、まあ我慢してくれ。
「お召し上がりの途中かと存じますが、ここで祝電を読み上げたいと思います。えーと、おいキョン、これなんて読むんだ?」
笑いを取るのはいいんだがな、お前は素でやってんのか狙ってやってんのか、リアクションに困るぞ。
 
 祝電と来賓の紹介で何度も名前を読み間違えた谷口からマイクを奪い、ハルヒがステージに立った。
「ここでケーキカットよ。メイドさん登場!」
ハルヒが指を鳴らすとブライドメイドの三人がキャスター付きワゴンを運んできた。レースのテーブルクロスとリボンで飾られたワゴンの上に四角いケーキが乗っている。丸いタワーのようなウエディングケーキだと思っていたが、長方形の、ちょうど百科事典を開いたような形をしたデザインだと分かって俺は笑った。なるほど、本をモチーフにしたケーキね。三つのケーキにはそれぞれチョコレートクリームで文字が書いてあって、
 
"Let's share and write down to the page of life."
 
"To one person you may be the world."
 
"Love is to looking together in the same direction."
 
意味は分からんがたぶん恋愛のことわざで、ハルヒか古泉の仕込みだろう。
 
 俺は長門の手を取って、用意された長めのナイフを一緒に握った。ご丁寧にリボンを結び付けてある。勢いよくナイフを振り上げると岡島さんのドラムがバラララと鳴った。なんというか卵とバターと小麦粉と砂糖でできた洋菓子にそこまで気合を入れるのは少し恥ずかしいというか、まあこれも女の子のロマンなのだと理解しておこう。
 
「みんな、全員分あるから好きなだけ切って食べてね」
追加のケーキがいくつも運ばれてきた。これ全員分あんのか。たぶん会場には辛党の人とか糖尿の人とか甘いのが食えない人も大勢いると思うぞ、ケーキ好きな女性陣に全部お持ち帰りさせてくれ。
「キョン、そこで有希に食べさせてもらいなさい。ファーストバイトよ」
「ファーストバイトって何だ?」
人生初のアルバイトでもなさそうだが。
「知らないの?奥さんから食べさせてもらう最初の一口よ」
そんな儀式があったのか。長門がケーキナイフでささっとケーキを切り取り、手づかみで俺の口に押し込んだ。うぐ、そんな雛にエサをやる親鳥みたいにしなくても。口の周りをクリームだらけにしながら客席をふり返り、うんうまいよ、という感じで無理やり笑顔を作ってみせた。
「……あなたも、して」
長門は軽く両手を合わせて、あーんという感じで口を開けている。そのまま唇に吸い付いてしまいそうな勢いなのであるが、期待されているのはケーキであって俺の唇ではない。イチゴが乗っているところを少し切ってフォークで食べさせてやった。長門がほっぺたについたクリームをしきりに指差し、
「……なめて」
と言うので、そのとおりにしてやったらニヤニヤ笑いの嵐に見舞われ、ヒューヒュー指笛を鳴らしているやつまでいた。
 
「さーて、お腹も膨らんだことだし、そろそろいい頃合ね」
長門の隣でケーキをもさもさと食っていたハルヒが客席の様子を見て言った。なにをやらかすんだヲイ。今日は俺たちの披露宴なんだから、少し手加減してくれよ。などと願うのはむなしいことだと分かっているのだが。
 
 ハルヒがステージに上ると大げさにスポットライトが当たった。やおら懐から扇子を取り出し、
「さてお立会い。ここにおわす本日の主人公二人、キョンと有希がいったいどこをどう間違ってくっついてしまったのか。知りたい人は近くで聞け、知りたくない人も遠くに聞くがいい、ここが二人の馴れ初めだァお立会い」
ハルヒは扇子でペンペンとありもしない演台を叩いた。なんだそのガマの油売りみたいな始まり方は。
「時は平成、今を去ること六年前、キョンと有希は手と手を繋ぐこともできないシャイで不器用な高校生だった。この二人がくっつくなんてこたぁ、はりまや橋で坊さんがカンザシを買うのを見るくらい、まんずありえない」
はりまや橋がどこなのか知らんが、その例えはかなり無理があると思うぞ。
 
「そんな二人をここまでベタ惚れにしたのがっ、これ。映画史に残るミリオンセラー『新たなるロマンス Episode_00』です。この映画に出演した主人公の二人があまーいあまい雰囲気に包まれて恋に落ちてしまったのに違いないわ。では、SOS団の血と汗と涙が実を結んだ大ヒット映画の、はじまりぃはじまりぃ」
ありゃ一時間映画だろうが、延々上映すんのかよ!などと突っ込む余裕もなく会場の照明が落とされ、明かりは緑色に光る非常口のライトだけになった。俺もあの絵みたいに逃げ出したいところだ。
 ハルヒがディレクションしたEpisode_00シリーズ映画の、ちょうど俺と長門が抱き合っているシーンが入っている映画だ。雑用だったはずなのに急遽キャストとして俺が引っ張り出された、セリフ棒読みのあんなこっぱずかしい映画をここで一時間も見せられるとは、多忙中にもかかわらず集まってくれたお客様に申し訳ない。
「ご心配なく、三十分に圧縮したダイジェストのようですよ」
古泉がボソリと耳元で囁いた。だよな、いくら人が集まってるからって披露宴が上映会になったりしないよな。
 映画のストーリーは、なぜかは知らんが突然俺が出演している。
『ユキ、イツキのことが好きなのか』
『……好き嫌いについての質問なら、好きの部類に入る』
『やっぱりな。じゃあ俺は身を引くわ』
『……恋愛の対象としての好きではない』
『どういうことだ?』
『……彼は、わたしの兄』
『な、なんだってー!!』
タイトルからしてネタバレしてんだろと突っ込んでしまいそうな生き別れ兄妹の事実が報じられ、そのままヒシと抱き合って濃厚なキスシーンに変わった。カメラが二人を中心にしてグルグルと回り、長門の背中を支えた俺の手が震えているのが見える。
「うおぃ古泉、こんなシーンいつ撮ったんだ!」
ここは抱き合って終わったはずだが、高校でこんなん上映したら即営業停止だ、免許取り消しだ、ガサ入れだ。古泉はクックックと甘い笑い声を漏らしながら、
「ここでも歴史が一致してませんね」
俺が出てるにもかかわらず俺の記憶にない赤面しそうなシーンがいくつも流れた。歴史が歪んだ原因は俺にあるわけでしょうがないっちゃしょうがないんだが、俺が長門にここまでベタ惚れしてたとは思いもしなかった。せめて上映前に検閲くらいしてくれ。
 
 やたらめったら展開の激しい三十分間の映像が流れた挙句、ジャジャーンと仰々しくシンバルが鳴り響いて圧縮された本編が終わった。なんだか分からん拍手の嵐に見舞われつつ天井の明かりがともり、
「お楽しみいただけましたでしょうか。なお、この映画の本編DVDは本日ご出席の皆様にお持ち帰りいただけます!」
まさか売りつけるつもりじゃあるまいな。百人は来てるはずだから一枚千円としてもええっと十万の利益か。などとどうでもいい皮算用をしている俺だったが、引き出物といっしょに配るらしい。客のほうはダイジェストに踊らされて期待しているようで拍手していた。シリーズ最終話だけ見ても話の流れが分からないだろうに。ってあれ、つまりこれを見たやつは朝比奈ミクルの冒険と長門ユキの逆襲の話が気になるわけか。これも営業か、商魂たくましいぞハルヒ。
 
 再び谷口がステージに上がり、
「それではご親族様、ご友人、同僚などの各代表の方に軽くスピーチをお願いしたいと思いますが、まずはキョンのおとうさ……え?飛び入り?」
谷口がヘッドホンを耳に当ててぼそぼそ言っていた。
「ご紹介します。トップバッターは、SOS団のお得意様です」
お得意様って誰だろ、鶴屋さんの関係者かな。などと思いながら見ていると、ステージに向かってのたのたと歩いてくるやつはこれまた奇妙ないでたちで、赤地に白く丸いまだら模様でミッキーマウスが履いているような五十センチはありそうなやたらでかい靴を履きペタペタと音をさせながらやってくる。
 
 ライトに照らされたそいつの顔は真っ白にメイクされ口の周りが赤く塗られていた。トナカイ並みに真っ赤な丸い鼻がちょこんと乗っている。ぶかぶかの衣装を揺らしながらステージの段の前でつるりと滑って派手に転び、客席からドッと笑い声が沸いた。
 マイクスタンドの前で照れ笑いをしながら白い手袋でモシャモシャの頭をかいた。道化師なんか呼んだ覚えはないんだが、いったい誰だこいつ?
 ピエロのかっこうをしたそいつは手品のようにして何もない空中から風船を取り出し、ぷぅと膨らませてきゅきゅっとひねってプードルの形を作った。それを椅子にちょこんと座っている国木田の娘に渡したが、うまいもんじゃないか。ああ、たぶん古泉が呼んだプロの大道芸人だろう。
 
 そいつはマイクを握って口をぱくぱくやりながらスイッチが入っていないよというパントマイムをした挙句、
「どうも、ご紹介賜りました中河テクノロジーの中河です。キョンとは中学時代からの付き合いになります」
な、なんだ中身は中河だったのかよ!あいつ招待客リストにあったっけ?と長門を見ると首をかしげていた。隣にいたハルヒが、あたしが呼んだのよとニヤリと笑った。なにをやらかす気なんだ中河、なにを企んでるんだハルヒ。
 
「本来なら私はこの席に呼んでいただくのもはばかられるような不届き者でありまして、そこにいらっしゃる涼宮社長に恩赦をいただいて参じた次第であります」
中河の野太い声が会場内に響いた。なにがやりたいんだ中河。長門ならもう入籍済みで、そんなかっこうをしてどさくさに奪って逃げようたってそうはいかんぞ、などと考えているとハルヒがまあ落ち着きなさいという感じでドウドウと抑えた。
「自分はキョンと有希さんが相思相愛の間柄であることを知らず、有希さんの光り輝くようなオーラに熱を上げて勝手に空回りしてしまいまして、いやはやまったくお恥ずかしい。皆さんお気になさらずに笑ってやってください、ネタですから」
ネタじゃなくてほんとのことなんだが、中河のコスプレにつられたのか笑い声まじりのスピーチに乗せられて客も笑っていた。
 
「ついでながら昔のエピソードをひとつ。思えば、私の熱にうなされる病は今に始まったことではありませんで、八年前くらいでしたでしょうか、キョンに頼んで有希さんに愛の告白のメッセージを送ったことがあります。今思い出してもまったく赤面して顔から火が出る思いなのでありますが、」
でかいポケットからクシャクシャになった便箋を取り出した。な、なんであれがそこにあるんだよ。年末の大掃除のときにゴミと一緒に捨てたはずじゃなかったのか。ピエロ中河が丁寧に広げた一枚の古びたA4用紙、時を超えてルーズリーフが今俺たちの目の前に現れた。
「SOS団の皆様はすでにご存知かと思いますが、そうです、あのときのラブレターがここにあります。涼宮社長がなにかの記念にと取っておいていただいたそうで、私のバツゲームとしてこれをここで、読み上げます」
お裁きを言い渡すお奉行様のようにやおら広げ、いやもう十分広がってるのだがなにせクシャクシャな上にところどころ破れかかってるもんで改めて広げなおしている。
 
── 拝啓、長門有希さま。いても立ってもいられず、このような形で思いを告げる無礼をお許しください。実は私はあなたに一目会ったその日から、
 
終始汗をかきかき読んでいる中河だったが、客には大ウケに受け、同じ中学だった国木田は腹を抱えて笑っている。十一年後に迎えに行くから待っていてくれというあたりでは沸きに沸いて、スピーカーから流れる中河の朗読がかき消されてしまったほどだった。
「── 敬具。以上、実はこのラブレターは長門さんの目の前でキョンに読み上げてもらったわけでして、キョンの人のよさは昔からのようですね」
全員が俺を見てドッと笑った。中河め、フィニッシュで俺にサヤ当てをして逃げる気か。
 
「キョン、有希さん、これで赦していただけますか。はっはっは」
赦すもなにも中河よ、自分の黒歴史をネタに自らピエロを演じるとはなんて男なんだお前は。目が潤んでくるよ。
「恥ずかしい昔のネタなど披露して恐縮ですが、ビジネスパートナーからのお祝いの言葉とさせていただきたいと存じます。キョン、有希さん、ご成婚おめでとうございます。末永い幸せをお祈りします」
 中河は昔はごつくて鈍い男で、体育会系を体現する熊のような野郎だと思っていたのだが、この人を惹きつけるカリスマ性の高さにおいしいところを全部持っていかれてしまったような気がする。さすがは一社を率いる社長だよな。
 
 中河に続いてうちの親が親族代表の挨拶をしたが、コチコチに緊張して右手と右足が同時に前に出るロボットダンスみたいな歩き方でステージに上がった。用意されたジョークも原稿どおりの棒読みで、聞いているほうも“客ここで笑う”のような棒読みで笑った。まあご愛嬌だな。
 
 ありきたりの慣用句的に三つの袋を大事にしろとか、なりふり構わずてんとう虫のサンバを歌い出すやつとか、まさかいないだろうとは思っていたのに案外まだ生息していて、歌うはずの曲名がかぶって慌てるやつも出てきて苦笑していた。髪の毛に白いものが混じり始めた岡部は説教めいたスピーチをしていたが、意外にもこういう場には似合っていた。
 
 スピーチが続いている中、ハルヒが俺たちに向かって言った。
「さーて、あんたたちにはそろそろお色直しに行ってもらうわ」
「俺も着替えるのか」
「あんたは燕尾服よ」
「燕尾服って、まさか指揮者が着てるあれか」
「なにいってんの、イブニングの礼服は燕尾服に決まってるでしょ」
タキシードとモーニングの違いすら知らない俺だが、どうやら時間帯によって使い分けるものらしい。
 ハルヒがヘッドセットのマイクに向かってなにやらボソボソと指令を伝えると、谷口がステージに上がってマイクの前に立った。
「みなさん、ここで新郎新婦にはご退場いただき、気持ちも新たに衣装を一新していただきます。拍手でお送りください」
いやま、なんというか恥ずかしいんでスポットライトはやめてくれ。
 
 俺は長門の手を取って椅子から立たせ、ゆっくりとドアへ向かった。なんせ打掛衣装ってやつは重ね着で重たいうえに裾がやたら長いときている。ラブソングのBGMが流れる中を白い花嫁と黒い花婿がのろのろと歩いていく。いっそのこと俺が背負っていけたら楽なのだろうが、と考えていると長門もイライラした様子で裾をふわりと舞い上がらせて軽々と歩いていった。は、早いぞ。
 新郎新婦の席には俺たちが留守中を預かるとかいうミニキョンとミニ長門のヌイグルミがぽつりと座らされていた。俺たちに似せてタキシードとウエディングドレスをまとっている。長門のはよく出来てるな、俺が持って帰ろう。
 
「さあ、新郎新婦がいない間にお待ちかねのカラオケタイムです。トリはもちろんわたくし谷口が熱唱をお聞かせします!」
会場を出ようとすると後ろで谷口のやたら張り切った声がガンガン響いた。なに舞い上がってんだあいつは、俺と長門の披露宴なのにどっちが主役かわからん、などと思っているとENOZ演奏の懐かしいイントロが流れてきた。
 
 『LOST MY ITEM』 作曲:ENOZ 作詞:谷口
 
 キョンの顔見上げ 誰もいない夕暮れの部屋で
 あなたはなぜここで 二人抱き合ってるの?
 楽しくしてること思うと さみしくなって
 たそがれの廊下 ひとりきりで走る
 
 大好きな忘れ物よ
 なくして泣きたくなるの
 あした目が覚めても
 ほら きっと見つからない Good bye
 
 One way One way I love you
 I'm looking looking for you
 One way One way I love you
 WAWAわっすれもの Yay!
 
あのときのシーンを歌ってるのは分かるんだがな谷口、替え歌にしちゃその歌詞はちょっと無理がありすぎるんじゃないか。まったく聞くに耐えん絶唱なので俺と長門は早々に退散した。
 
 ドアの外で部長氏が待っていた。
「朝比奈さんがスタンバイしているよ。僕が控え室までご案内しよう」
部長氏はどうしても新婦のエスコートがやりたいらしく、うやうやしくお辞儀をしてから長門の手を取って歩いた。
 控え室の男子ルームに入ろうとしたら朝比奈さんに呼ばれた。
「キョンくん、女子ルームに入っていいわ。衣装はこっちに用意してあるから」
「え、よろしいんですか。じゃ失礼します」
俺は見られても構わんが長門が着替えなくてはならないので部長氏は外に追い出した。
 
 長門が鏡の前に座ると朝比奈さんは白い被り物を取った。雪やコンコンあられやコンコンという歌に“綿帽子”という言葉が出てくるのを知っていると思うが、今長門が被っている白い布がそれだ。白い絹を丸く袋の形にしたもので、高島田の形に結った髪を上からすっぽりと隠すようになっている。
「お嫁さんの髪型って江戸の奥方様みたいになってたんですね」
「そうそう。むかしお武家さんの奥さんがこの形に結ってたらしいわ。あ、もちろんこれはカツラなの」
自前ってわけにもいかないから、まあそれもそうか。朝比奈さんはそういって髪を丸ごと抜き取った。髪をまとめるネットを取ってサラサラにドライヤをかけている。それから白い打掛を取り帯を解いて掛下を取った。着替えるところをまじまじと見るのもなんなので俺は後ろを向いて座っていた。
 
「キョンくん、いいわ」
振り返ると長門は頭に蒸しタオルを巻き白いガウンをまとっていた。
「二人ともおなか減ったでしょう。食事用意したから食べてていいわ」
「ありがとうございます」
「……分かった」
俺は適当にケーキをかじったりしていたのでそうでもないのだが、白無垢をまとっていた長門はずっとうつむいたままバイキングのテーブルにも行けずじっと座っているだけだった。この着物じゃ身動きとれまい。
 
 バイキングとは別に二人のために用意されたメニューをもくもくと食ったあと、俺は羽織ハカマを脱ぎ捨てて燕尾服に着替えた。シャツのせいで目立たないがピシッと決まった白の蝶ネクタイだ。長門はやたら派手なバラの柄の衣装をまとっていた。袖は短く、襟元が広く黒い生地に赤いバラの絵がちりばめられている。スカートの部分は裾がやたら広くてフリルになっている。足元を見るとかかとの細いハイヒールだ。
「これ、なんていうコスプレなんです?」
「これはラテン系のね、……ふふっ、行けば分かると思うわ」
俺が燕尾服で長門がこれって、いったいなにをさせるつもりなんだろ。
 
 ドアの外で待っている部長氏に長門の衣装を見せてみたが、やっぱり何のコスプレかは分からないようだった。クエスチョンマークを頭の周りに巡らせたまま長門を連れて会場に戻った。ホールの入り口に差し掛かると部長氏がヘッドセットに向かって、
「新郎新婦、スタンバイOK」
部屋の中から谷口の声が響いてきた。
「新郎新婦の再突入です」
それを言うなら再入場だろ、空から降ってくるスペースシャトルみたいに言ってんじゃねえ。
 
 部長氏に背中を押されて中に入ると、またもやスポットライトのビームを浴びた。
「似合ってるわよ有希」
「ハルヒ、こりゃいったい何のコスプレなんだ?」
「ダンス衣装に決まってるじゃないの。キョン、ちょっと前に来て踊ってみなさい」
練習もリハもまったくなしで、二人に踊れってのか。いくらなんでも無茶が過ぎるぞ。
「エノちゃん、ダンスミュージックお願い」
エノちゃんってのは榎本さんの愛称らしく、バンドメンバーが四ビートくらいの軽いダンスミュージックを演奏し始めた。俺にしちゃ四ビートだろうが八ビートだろうが踊れないことには変わらんわけで、こんな早いテンポで体が動かせるわけがない。盆踊りくらいにもっとゆっくりな俺たちに合った曲にしてくれ。
 
「長門、タンゴのステップは分かるか」
「……タンゴ。アルゼンチン、ブエノスアイレスで発祥したダンス。後にヨーロッパに輸入され、コンチネンタルタンゴとして広まった」
いや、百科事典はいいから。
「……足運びは分かる」
「即席で悪いんだが、俺の脚を動かしてもらえないか」
「……分かった」
タンゴタンゴといってもいろいろあると思うんだが俺が知ってるのは、……と。黒猫のタンゴとかだんご三兄弟くらいか。あんなんでハルヒが納得するんだろうか。
「黒猫のタンゴでいいか。俺はそれしか曲を知らん」
「……妥当」
俺はそばにいた国木田に耳打ちして黒猫のタンゴを頼むと榎本さんに伝えてもらった。
 
 二人がステージの前まで歩いてゆくとスポットライトが後をついてきた。うわ、こりゃかなり緊張するぞ。スピーカーからアコーディオン風の音が流れ始めて俺は長門の手を取った。これだけじゃいまいち盛り上がりに欠けるような気がしてテーブルの上に活けてある花瓶から赤いバラを一輪抜き取り、長門の前で膝をついた。バラの花を捧げるように両手で持ち、長門の前に差し出した。もったいつけた雰囲気がよかったのかパチパチと拍手が沸いていた。
 
 長門がバラを口にくわえ、俺は左手で長門の右手を取った。踊ってるうちにトゲが刺さったりしないだろうな。
 俺は膝をついた姿勢から立ち上がって右手で長門の腰を支えた。左に一歩、前に一歩ステップを踏み、そのまま丸く円を描くように歩いた。脚の動きは長門の魔法でほとんど自動操縦っぽい運びなのだが、さすがに足がもつれて何度も長門の足を踏みそうになり、ずっと足元を気にしながら踊っていた。リズムにメリハリのあるオルガンが鳴り響き、軽快というより直線的なステップで動き回るのはなんとなく俺と長門に似合っているような気もする。
 
 動きが滑らかになりだんだんとスピードが乗ってきたのを見たのか、榎本さんは曲のテンポを上げてきて俺はやや振り回され気味だった。バラの花を二人の右手と左手で持ち、まっすぐ横に進み顔を真正面で合わせる。間奏で爪先立ちになった長門の体をクルクルと回すとスカートの裾がヒラヒラと舞った。再びバラを口にくわえて手をパンパンと叩いている。タンゴなのかフラメンコなのか踊りのカテゴリがかなり曖昧になっている二人だが、まあどっちもラテン系ってことでよしとしてくれ。
 
 そろそろ曲終わりかなーというあたりで長門の体を仰け反らせ、チャンチャンと終わった。き、決まったぜ。
「すっごいじゃないのキョン!フラダンスなんかいつマスターしたのよ」
フラダンスは国も衣装も違うだろ。
 
「いいダンスだったわ。新郎新婦に盛大なる拍手を!」
超インスタントの無国籍ラテン系ダンスだったが、観客からは割れるような拍手をいただいた。俺は踊りつかれて椅子にへたりこみ、汗を拭いながらジュースを飲み干した。長門のほうは汗ひとつかかずに平気な顔をしているようだったが。
 
『新郎新婦に盛大な拍手を!』
 
『新郎新婦に盛大な拍手を!』
「なあ長門」
 
『新郎新婦に盛大な拍手を!』
「なあ長門」
「……なに」
なんだか嫌な予感がして隣を向いた。前にもこの感じはあった気がするんだが。
 
『新郎新婦に盛大な拍手を!』
「なあ長門、さっきから時間がループしてる気がするんだが」
「……そう」
またやっちまったのかハルヒよ。しかもよりにもよって俺たちの披露宴の最中にとな。
 
『新郎新婦に盛大な拍手を!』
「なあ長門、さっきから時間がループしてる気がするんだが」
「……そう」
「笑ってる場合じゃないと思うんだが。せめて会話が続くようにしてくれ」
 
『新郎新婦に盛大な拍手を!』
「……分かった」
「関係者を呼んでくれ。対策を協議したい」
「……了解した」
 
『新郎新婦に盛大な拍手を!』
「ハルヒが壊れたファービーみたいで怖いんだが、とりあえず一時停止にさせてくれないか」
「……分かった」
 
『し!』
部屋の照明が、というより全世界が真っ暗闇になった。
「あの……。長門?そこにいるのか?」
「……ここにいる」
「真っ暗でなにも見えないんだが。時間を止めてくれるだけでいいんだけど」
「……止まっている。時間が止まると光の速度も停止する」
そういうことか。時間を止めて好き勝手やってるSFネタの理屈が崩れたな。
「この辺だけ顔が見える程度に明かりをともしてくれないか」
長門の指先がぽぅとオレンジ色に光った。俺と長門と、朝比奈さんの顔が浮かび上がった。長門はまあいつもと変わらないのだが、こんな状況にもかかわらず朝比奈さんは笑顔だった。
「キョンくん、またループかしら?」
「朝比奈さん、またやっちまったみたいです」
「そう。よくあることね」
「あんまり驚いてませんね、未来と連絡がつかないんじゃないですか」
「あのときはなにも知らされてなかったから。今回のことはもう……ふふっ、禁則事項です」
百鬼夜行しそうな暗闇の中でウインクされてもときめいてしまう俺は、とうとう病気の域に達してしまったんでしょうかね。
 
「喜緑さん、喜緑さんいますか」
「ここにいますわ」
「ハルヒが時間のループをはじめちまったようなんです」
「特に問題はないと思いますわ」
にこにこ笑顔の喜緑さんの顔が見えた。問題ないって、楽しんでるんだかこの人もなんだか緊迫感に欠けるなあ。
「しかしこのままこの時間を繰り返すわけには」
「以前のときも無事抜け出せたのだから、大丈夫だと思いますわ」
以前っていうと、高校のときの夏休みでしたっけ。一万五千と四百と何回だったか、あのときは俺の部屋で宿題をやるなどという本当にそんなんで解決するんだか疑わしくなるようなありきたりな手法だったのだが。
 
 ドタバタとあちこちのテーブルにぶつかる音をさせながら足音が近づいてきた。
「お待たせしました。とんだハプニングですね」
「古泉、ハルヒをなんとかしてくれ」
「こういう問題に関してはあなたのほうが得意だと思いますが」
「お前は自分の立場が分かっておらんようだな」
「いえいえ、重々承知していますよ」
「今じゃお前はハルヒの彼氏だろうが」
「恋愛は恋愛、フォロー役とは別です。あなたにはあなたの役割を担っていただかないと」
「むぅ……」
この野郎、ジョンスミスの名前を封印しろとまで言ったくせに都合のいいときだけ逃げを打つのか。歴史を書き換えてまで役を譲った俺の苦労はなんだったんだ。
 
「じゃあハルヒはいったいどうしたいんだ」
「この状況からして、涼宮さんは自分が花嫁じゃないことに不満なんじゃないでしょうか」
「ハルヒが長門に嫉妬してるってのか」
「いえ、そういう意味ではなくて“自分が花嫁衣装を着ていない”ことが不満なのではと」
自ら仕切るから任せろと言っておきながら自分が主役じゃないと気に入らないのか。まったくわがままなやつだな。
「それはもう、女性なら誰でも披露宴の主役になりたいものでしょう」
「そうなんですか?朝比奈さん、喜緑さん」
「ええ」
「そうですね」
二人とも異口同音に同じ反応をした。長門、今チラっとだが得意げな顔をしたろ。
「しょうがない、ハルヒにも白ドレスを着せてやれ」
「あなたと有希さんの披露宴で、それはちょっと無理があるかと思いますが」
「いいんだよ、こういう祝い事にハプニングはつきもんだろ」
ハプニングというか、他人の披露宴にウエディングドレスを来て乱入するなんて前代未聞の珍事だが。ここはひとつ俺が仕切ることにしようじゃないか。
「まあここは俺に任せろ。予備のドレスくらい用意してあるだろう」
「新郎であるあなたがいいとおっしゃるのでしたら」
「朝比奈さん、ハルヒのメイクと衣装をお願いできますか」
「えっ、わたしがするの?」
「ええ。なんならハルヒを着せ替え人形にして遊んでもいいです」
「そんな、着せ替え人形だなんて」
朝比奈さんの頬が一瞬だけニヤリと動いたのを俺は見逃さなかった。
 
「じゃあそういうことでよろしくお願いします。皆さん、それぞれの位置についてもらえますか。古泉はハルヒを運べ」
「分かりました」
「……」
「長門?」
「……わたしも、涼宮ハルヒに付き添う」
「そうか。じゃあ用意ができたら再生ボタンを押してくれ」
古泉はマネキン人形のように固まったハルヒを抱えて控え室に向かった。その後ろを朝比奈さんと長門がついていく。なんだか三人とも背中が小刻みに震えてるような気がするんだが気のせいか。
 
 じっと暗いステージに立っていると突然時間が動き出して世界のライトがともり客席のボリュームが一気に上がった。俺はマイクに向かって喋った。
「それでは、新郎からひとことご挨拶したいと思います」
自分を指して新郎などとはふつうは呼称しないもんだが、突然ハルヒと入れ替わった俺を見て観衆は変わり身の手品でもやったのかと唖然としていた。俺はスタンドからマイクを抜いてステージの真ん中に立った。
 
「皆さん、今日はお忙しいところ二人の披露宴にお集まりいただきありがとうございます。婚約から一ヶ月という常識では考えられないようなドタバタスピード挙式でしたが、お義父さんに江美里さん、うちの両親、古泉にハルヒ、鶴屋さん。それから、各方面からお越しいただいた関係者の方々。大勢の皆さんのご支援でこうして結ばれることができました。厚くお礼申し上げます」
なんとなく堅苦しい感じがして、リラックスしたくてポケットに手を突っ込んだ。
「さっきの映画ですでに知っているかと思いますが、二人が出会ったのは高校一年のときでした。最初に会ったときはなんて無口で愛想の悪いやつだと思ったものでしたが、豪快快活なハルヒとは対照的で、逆に物静かでおしとやかなところに惚れたといいますか、」
この辺で汗を垂らしながら真っ赤になっている俺だが、客にはそれが受けているようだった。
 
「実は俺たちをくっつけたのはハルヒ自身なのでありまして、本人は否定してますが、キューピット役のハルヒがいなかったら二人の運命は大きく変わっていたでしょう」
古泉まだか、そろそろ間が持たないぞ。などと冷や汗を垂らしながら話の続きを考えているとホールの後ろのドアが少しだけ開いて古泉が顔を覗かせた。苦笑を見せつつ右手でOKサインを出している。
「では、はなはだ異例のことではありますが、俺からみなさんにサプライズがあります。キューピットの入場です」
スポットライトが一瞬消えて入り口に向いた。ハルヒが顔を覗かせ眉間にしわを寄せていたが、えへへー呼ばれちゃいましたーみたいな感じでパッと営業スマイルに表情を変えた。ドアの直前までなんであたしがこんなことしなくちゃいけないのよ、とブツクサ言っていたに違いない。
 
 現れたのはウエディングドレス姿だった。もとい、ウエディングコスプレだな。肩から裾まですらりと流れるスリムな感じのドレスだった。長いベールは頭の後ろに垂らしてくっつけている。それはいいんだが、朝比奈さん、あなたまで同じコスプレしてるってどういうことですか。後ろから長門も式のときに着た白ドレスでついてきている。これは古泉の陰謀なのかそれとも四人が共謀してやってるのか、いやきっとハルヒの命令だろう。
 
 ジャカジャーンとポップスアレンジの結婚行進曲が高らかに流れ出し、白いドレスに身を包んだ三人は仲良く手をつないでスポットライトの下を歩いてきた。客席からは拍手と指笛がやかましいくらいに鳴り騒ぎパシャパシャとカメラのストロボが光った。俺と長門のときより人気あんじゃねえか。
 
 ハルヒはステージに駆け上がって俺からマイクをひったくった。
「キョン、こんなサプライズ聞いてないわよ」
聞いてたらサプライズとは言わん。眉間にしわを寄せて怒ってるのか笑ってるのかよく分からん表情をしてビシ指をしている。まあいくら怒ってもステージの上でネクタイをひっぱったりはせんだろう。俺はハルヒからマイクを取り上げ、
「ええと皆さん、この三人の中で誰がいちばん似合っているか決めたいと思います。名前を言ったら拍手をお願いします」
「そんなのあたしに決まってんじゃないの」
「聞いてみないと分からんさ」
長門、ハルヒ、朝比奈さんの順で聞いてみたのだがどうやら観客は三人ともに盛大な拍手をしているらしく強弱が聞き取れない。勝者なしのドローということにしておいた。
「女の子の衣装をそういうふうに格付けするもんじゃないわよ」
さっきは自らが一番だと言ってたじゃないか。
 
「ハルヒ、そのまま一曲踊れ。このままじゃ観客が満足せん」
ハルヒは、いきなりなに言ってんのよ、と言いかけて、
「しょうがないわね。じゃあ有希、みくるちゃんいくわよ。エノちゃん、あの曲お願い」
榎本さんは把握しているといった感じでうなずきギターを抱えた。
 ハルヒがワン、ツー、ワンツースリーフォーと両手を打ち合わせて拍子を取り、俺たちがよく知っている曲の演奏が始まった。今日は長門が主役だからだろうか、長門を前にして自分は後ろに下がって踊っている。終幕はウエディングコスプレ三姉妹によるダンスである。
 
 ナゾナゾみたいに地球儀を解き明かしたら
 みんなでどこまでも行けるね♪
 


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